2015年03月08日  ”千羽ヶ嶽・大嶽”

オリーブ発祥の島に聳える憧れの岩峰に立つ



GPSトラックログ (カシミールソフト使用)
この地図の作成に当たっては国土地理院長の承認を得、同院発行の数値地図50000(地図画像)、及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用
承認番号 平18総使 第582号る)



この間から、小豆島のある島が気になっている

「大嶽もあれっきりになってるし、久し振りに行ってみん」

YouTubeで音楽を聴きながらいそいそと支度して、夢の中

瀬戸は日暮れて〜♬ 夕波小波〜♬ あなたの島へ お嫁にゆくの〜♬・・・



昨夜の雨がしつこく残り、気が重いまま家を出る

讃岐に入って雨は止んだものの、霧に覆われて讃岐富士もすっきり見えない

そう言えばこの時期の瀬戸内海は、濃霧がよく出る

遠い昔、宇高連絡線が欠航して困った事があったけど、今日は大丈夫かしら

7時20分、空はまだまだ雲が厚いが無事に高松港を出港 

1時間後、フェリーが土庄港に入港  皇踏山には未だ雲がかかっている


千羽ヶ嶽 (371.1m)


(9:20)〜(9:55)拇指平(10:05)〜(10:20)千羽ヶ嶽(10:30)〜(10:45)拇指平東の岩場(11:00)〜(11:30)
                                                         (2時間10分)



土庄港から、先ずは小豆島町を目指す

朝方まで雨だったんだろう、路面がぬれている 登山道に岩場もあるんで、ちょっと心配

千羽ヶ嶽登山口のある橘地区に入ると、他を圧倒する拇指嶽がその全貌を現した

三叉路の路肩に車を停め、岩にペイントされた「親指岳→」の指標(右写真の中央)に従って舗装路を進む



駐車地点から3分程で登山口(此処まで車で来られる) 石垣に親指岳と書かれている

(地図では拇指嶽ですが、指標は親指岳となっている)

取り付き付近の草地は、ストックで雨露を叩き落しながら歩いたけど

石がゴロゴロしたガレ場はやっぱり滑って歩き難い 

道は何となく判るが、所々の石に赤ペンキで→も記されているので安心だ

登山口から15分で、石仏が鎮座する「滝場」に突き当たる 雨の後なのでかなり水が流れている

此処から左へ道を取れば、ロッククライミングの聖地・拇指嶽の基部 迷わず右に進む



最初のロープ場は苔むした大岩、足下を確認しながら慎重に上る

 この後何箇所かロープ場が続く  濡れたロープと岩角で、手袋がビショビショです

此処を頑張れば拇指平  長いロープを繰って垂直に近い急坂を登って行く


 
ヤッホー、「拇指嶽さん、こんにちは〜」 入江を見下ろせば、こじんまりとまとまった橘集落

 眼を凝らせば、遠く大鳴門橋が見える

空が明るくなり、青空が少しずつ広がってきた その内、上天気になるだろう



歩き易い道だったのは 拇指平から少しの間だけ、またまた滑りそうな岩場が続く 

足掛りが無い場所は、腕力で身体を引っ張り上げる 明日は二の腕が痛むかも

(翌日、脇腹から腕にかけて痛くて大変でした)



拇指平から15分ほどで、千羽ガ嶽頂上 (371.1m)

目の前には、瀬戸内海に浮かぶ島の山の最高峰・星ヶ城山や、小豆島町の展望が広がっています

山頂岩場に、真新しい行者札が奉納されている
不動明王の梵字カーンマン)奉修行讃岐國千羽ヶ嶽入峯天下泰平如意祈攸  
平成二十六年 十一月吉祥日    熊野修験 那智山青岸渡寺

熊野の修験者が山伏姿で駆け上がり、瀬戸内海に向かって法螺貝を吹き鳴らしたのだろうか

初めて見た行者札から、そんな事を想像しながらワクワクしてくる

吉野の大峰や羽黒山などで、自然の霊力に触れるために行われる奥駈・山岳抖擻(とそう)は有名だが

この小豆島でその痕跡に出会えるとは! まさしく此処は修験のお山!!



上りで苦労した岩場も、日が当たり乾き出したので楽々クリアーです 

拇指平まで下りてきて、少し東へ行った所のテラスでの〜んびりコーヒータイム

大満足で下山し、次のお山・大嶽登山口へ向かいます




大 嶽 (400m弱)

(12:20)〜(12:55)碁石分岐尾根〜(13:05)大嶽(13:15)〜(13:55)P   (1時間35分)


以前、碁石山から眺め、「大嶽さん、待っててね〜」と言ったものの

あれから早やくも10年が経ち、今回やっと約束を果たしに来られました

グランパは大嶽〜碁石山〜洞雲山と縦走したがっているけど、大嶽〜碁石山間はかなり厳しそう

「そなん危なげなところ私はパス!」 と言うことでピストンになりました



苗羽バス停少し南を左折し、碁石山霊場への道を走る 左写真(登山口)手前に駐車し歩き始める

正面に大嶽を見ながら、4分程舗装路を歩く

舗装が切れた辺りから(標識無し)、右の笹の繁みを通過し水路沿いに登って行く

滑車の櫓を見て直ぐ、沢が分かれ右を歩く



間もなく左に滑車が見え、滑車を潜り沢を渡る

尚も沢沿いに登って行くと、笹の中に「小豆島山の会」が作成した「大嶽→」の道標がある



此処からは何処でも道、木に付けられた青ペンキを追って落葉道を登って行く

殆ど展望は無いが、時折左に大嶽の雄姿が見える 右のピークが頂上です



歩き始めて35分で、大嶽と碁石山を繋ぐ主稜線の鞍部に出る 標識に従い左に進む

主稜線はウバメガシなどの林の快適な道  傾斜が少し急になり露岩が出てくると頂上は近い



心配していたロープ場も無く、すんなり頂上に着いた ちょっと拍子抜けです

頂上は木々が茂り、想像していたほどの高度感は無い

直ぐ前の屏風のような岩まで行けば凄い迫力なんだろうが、そんな危ない事ようしません ここで十分です

南に碁石山、北に星ヶ城山 尖がりピークの手前に先程登った千羽ヶ嶽が見える



西に小豆島町の市街地 手前から延びる半島先には岬の分教場 遥か向こうに屋島や五色台が見える

展望を十分楽しみ、鞍部まで引返す 碁石山方面が気になるグランパを急かしながらジグザグ道を下って行く

途中、花でも無いかと探したが・・・大嶽に花は似合わないかなぁ〜



満開の梅で装った大嶽が、「お疲れさ〜ん」って笑っている

靴を脱いでいると霊場巡りのバスが通り過ぎた 遍路の季節ですねぇ

土庄町に引返す途中、大嶽(左)〜碁石山〜洞雲山の洋上アルプスを眺める




さて、今日どうしても行きたかった所は 「沖ノ島

この2月に放送された、NHKにっぽん紀行「”瀬戸の花嫁”のいま〜香川 沖ノ島〜」を見て

あの名曲「瀬戸の花嫁」のモデルになったのが、土庄町小江地区のすぐ前に浮かぶ沖ノ島だと初めて知った



白無垢姿の花嫁が嫁いでゆく風景を思い浮かべながら、小さな渡し船・うずしおUで出発です

と言っても僅かに1分強、景色に見惚れる暇も無く沖ノ島に到着しました

何かモニュメントが無いかと探していると、漁港で網の繕いをされていたご年配の方が

「テレビ観たんかな? 此処には何もないよ そこらへん歩いたら10分で一回りしてしまうよ

昔は、学校へ行くにも船を2往復せにゃいかんほど子どもがようけおったんじゃけど、今は寂しなった。

折角じゃけん、おやつどうぞ」と、大福をお相伴させて頂きました  ありがとうございます

散策中に出会った老婦人は 「昨日も雨の中、何人か歩いとったわ

私も白無垢で船に乗ったんよ。」と、笑顔を残して緩やかな坂道をゆっくりと下って行かれた

15分程で集落の中心部や丘を歩き港に帰ったら、渡し船がこちらに向かって来ている

遠くなった昭和の時代の郷愁を感じながら、「島から島へと〜♬」の歌詞を実感した小さな旅でした




小瀬の大黒岩(重ね岩

船が土庄港へ近付くと、西端の山にある不思議な形の岩が目を引く

大岩が重ねられているので重ね岩とも、 大黒天さんに見えるので大黒岩とも呼ばれている



土庄港から、小瀬地区方面へ車を走らせ、重岩不動の案内に従い、急坂を登り詰めると重岩不動駐車場

「史跡 大坂城石垣石切小瀬原丁場跡」の看板が立つ

大坂城築城の際、石垣に使う石が切り出された丁場跡が小豆島の各所に残っているが

此処には、加藤肥後守の家紋 加藤清正の家紋(蛇の目) (蛇の目の紋)が刻印された岩が残っているそうだ

出迎え不動の祠に手を合わせ延々と続く石段を上り、滑りそうな急坂を進めば

大迫力の大岩が眼の中に飛び込んできた どうやって重ねたんだろう?

祠の前に、「安永八年霊峰石鎚山三之鎖として懸垂せしもの也・・・」の碑が立ち、鎖が奉納されている

霊峰石鎚、此処から見えるんかな〜?

天から降り注ぐパワーを存分に受け、充実の小豆島を後にした

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