2009年3月 朝日岳 

   
■日付 3月20(金)〜22日(日) 
■登った山 旭岳(北海道)
■山域 旭岳
■天候 曇り時々雪(視界不良)
■参加人数 3人
■ルート 1日目:旭川空港〜(レンタカー)〜旭岳ロープウェイ・旭岳山麓駅〜同・姿見駅〜旭岳石室避難小屋
2日目:旭岳石室避難小屋〜旭山頂手前〜旭岳石室避難小屋〜姿見駅〜旭岳山麓駅〜(レンタカー)〜旭川市内ホテル
3日目:ホテル〜(レンタカー)〜旭川空港

旭岳は2年振り、2回目の挑戦となる(雪洞隊的には3度目だそうだが…)。2年前は、避難小屋まではたどり着いたもののパトロールのおじさんの「帰れ」の一言に敢無く退散、旭山動物園でお茶を濁して帰阪したという、ほろ苦い山行であった。今回はそのリベンジを果たすべく、Kさん、Iさん、Nの3名は、鼻息も荒く北海道に乗り込んだのだったが…

3月20日
旭川市内は曇り、出だしとしては悪くない。レンタカーを駆り、ロープウェイ駅へと向かう。今回はビジターセンターでスノーシューを借り、準備にぬかりはない(と思っていた)。
天気が良いせいだろう、ロープウェイはスキー・スノーボード客で賑わいを見せていた。前回とはまるで違う賑わいに少し安心しつつ、食堂で腹ごしらえを済ませて意気揚々とロープウェイに乗り込んだ。
しかし、姿見駅で我々一行を待ち構えていたのは、大自然の厳しい現実であった。
360度見渡しても、姿見駅以外何も見えない…本当に。もしや眼底出血かと思い、幾度も目を擦るも、駄目。避難小屋までは大した距離ではないはずなのに、どの方向に進んでよいのか、皆目見当のつかない状況であった。いきなり訪れたこの危機的状況を救ったのは、地図とSILVAコンパスであった。
地図から避難小屋と磁北線とのなす角度をコンパスに写し取り、コンパスの針を頼りに真っ白な中を恐る恐る進んでいく。もちろん、いつでもひきかえせるように、Kさん特製の赤旗を立てながら。15分ほど進んだ頃だろうか、ふと一瞬視界が晴れ、正面に避難小屋が見えた。我々は意外なほど正確に避難小屋に向かっていたのであった。これに俄然気を良くして、一気に避難小屋まで駆け上った。
雪洞は避難小屋の北側に掘ることにした。所々に固い氷の層があり、掘削作業の行く手を阻む。作業はいつにも増して難航したが、2時間以上をかけて3人が横になれるだけの広さの雪洞が完成した。思い思いの夕食と、旭川市内で購入した地酒を堪能し、初日は無事幕を閉じた。

3月21日
天気予報は確か晴れの予報であった。雪洞に差し込む朝の光も心なしか力強く感じられる。そんな期待を胸に雪洞を出てみたのだか…そこには何とも残念な景色が広がっていた。
昨日にも増して真っ白。とりあえず1、2時間寝て待つことにしたのだが、天気は一向に良くならない。雪洞を出て、さらに避難小屋で天気の回復を待ったのだが、結局11時をまわっても回復の兆しすら見えない。ロープウェイの時間のこともあるので、これ以上待機していてもしょうがないということで、取り敢えず行けるところまで行くことにした。
真っ白な中を、コンパスと赤旗を頼りに山頂方向(?)に向かって歩いた。昨日の小屋まではふかふかの雪であったが、今日の雪はしまっていて、アイゼンで十分である。旗は大体 50m位の狭い間隔で立てていたが、それでも一つ前の旗が一瞬視界から消えることもあった。途中、スノーボーダー(バックカントリーと思しき)1名とすれ違う。彼はこの悪天候に、あきらめて途中で引き返してきたそうだ。1時間半程歩いた頃、尾根が近づいたせいだろうか、風がかなりきつくなってきた。
40本用意していた赤旗も残り僅かとなっていたこともあり、3人ともここらが潮時と感じ、引き返すことにした。帰りは赤旗の威力により驚くほど早く(30分位)避難小屋までたどり着いた。これにて今回の我々の挑戦は終戦を迎えた。

後のことは、特に書く必要もないだろう。一つ付け加えるとすれば、残念会を行った店の料理が非常に美味しかった。芸能人御用達の店らしい。来年は是非この店で祝杯を挙げようではないか、そう誓って我々は旭川を後にした。

※来年に向けて…
[匹づ卦い魎待してはいけない。
△茲螢▲織奪のチャンスを増やした日程を組む。
赤旗を 100本に増強する。

Top > 2008年度の記録