保坂教授の論説を検証する


 09年2月23日韓国の中央日報のウエブサイトに世宗(セジョン)大独島総合研究所長の保坂祐二教授の「日本よこの地図を見よ、独島がどこの領土か」(邦題「于山島が独島」…19世紀の「海東輿地図」を分析 )と題した論考が掲載されました。このページではこれを検証してみます。

「日本よこの地図を見よ、独島がどこの領土か」(韓国語 )
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=025&aid=0001997424

「于山島が独島」…19世紀の「海東輿地図」を分析 (日本語 )
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=111727&servcode=400&sectcode=400


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引用開始

(前略)世宗(セジョン)大独島総合研究所長の保坂祐二教授(53)は「独島は韓国の領土」であることを改めて確認できる史料と解釈を出した。 保坂教授は独島問題専門家として広く知られる日系韓国人だ。
日本人はその間、「韓国の古地図に頻繁に登場する鬱陵島(ウルルンド)付近の島は現在の独島ではない」と主張してきた。 日本側は「韓国の古地図に表示された于山島は鬱陵島(ウルルンド)近隣の島である竹嶼(ちくしょ)島を指す」という主張を繰り広げた。 しかし竹嶼島は鬱陵島のすぐ前にある附属島嶼で、観音島など近隣の他の島や暗礁のように地図に別途に表記する理由のない島だ。

引用休止
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解説

 保坂教授は竹嶼は地図に別途に表記する理由のない島なので韓国の古地図に登場するはずがない。古地図の于山島は竹嶼ではなく竹島=独島であると主張しているようです。しかしながら1882年に鬱陵検察使李奎遠一行が作製した「鬱陵島外図」には竹嶼が描かれています。その他の鬱陵掃討官の地図にも竹嶼が描かれていことは前のぺージで指摘したとおりです。



 地図に別途に表記する理由のない島ならばいったいなぜ「鬱陵島外図」に竹嶼が描かれているのか説明できません。保坂教授は以前「鬱陵島外図」に関する論文を発表し、その中でこの地図に竹嶼が描かれていることを指摘していたにもかかわらずなぜこのような主張をしているのか理解に苦しみます。

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引用続行


保坂教授は19世紀前半に描かれた「海東輿地図」(彩色筆写本・国立中央図書館所蔵)に出てくる于山島の絵に注目した。 于山島にははっきりと峰が描かれている。
鬱陵島観光名所の一つである竹嶼島は平地形態で、海底からそのまま隆起した独特の姿の島だ。


     竹嶼(左側が北、右側が南)

 保坂教授は「竹嶼島には峰が存在しないため、19世紀に筆写した『海東輿地図』に出てくる于山島は明確に今の独島を指す」と説明した。 日本側の「朝鮮時代には独島に対する認識がなく、古地図に出てくる于山島は今の竹嶼島に該当する」という主張に対する反論だ。

引用休止
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解説

 保坂教授は竹嶼は平地形態で峰がないため、峰の描かれている于山島は独島であると主張しています。上掲の写真を見ると確かに竹嶼は海から直接競りあがっている部分を除けばなだらかな地形です。しかしながらよく見ると北側から南側へ少しずつ傾斜していて、北側に峰があるように見えなくもありません。 
 私は竹嶼に峰があるかどうかどうかは現在を生きる我々が直接見て判断するのではなく、歴史的に峰があると判断されていたかどうかを過去の史料から確認して判断すべきであると考えます。峰があれば日本側に有利であり、峰がなければ韓国側に有利である以上、どうしてもお互いに都合のよい解釈をしてしまう可能性を否定できません。しかしながら過去の史料ならばどちらかに有利になるように捏造されているはずもなく、客観的な判断が可能です。それにあくまでも過去の史料にある于山島について判断するわけですから、現在の我々の価値判断基準で判断するよりも過去の史料に示されている過去の価値判断基準によって判断したほうがより正確に歴史的事実を理解することができると考えます。
 それでは早速過去の史料の中で竹嶼が描かれているのが明かな、前述の「鬱陵島外図」に峰があるかどうかを確認してみましょう。


 どうやら「鬱陵島外図」には峰がはっきりと描かれているようです。となると古地図の于山島に峰があるからといって竹嶼であることを否定することはできません。実は人は目視で絵図を描くと、実際にはわずかな地形の違いにすぎないにもかかわらず、誇張して表現してしまうことがよくあるわけですが、保坂教授はこれを考慮に入れていなかったようです。
 さらに付け加えると、峰がある古地図の于山島のなかには竹嶼と形がよく似たものがあります。




 竹島=独島の地図を描こうとしてたまたま偶然竹嶼のような形になってしまう確率は万に一つもなさそうです。となると誰かが鬱陵島で竹嶼を見ながら于山島の絵図を描いたとしか判断のしようがありません。これらの古地図が作製された18世紀から19世紀後半にかけてはいわゆる空島政策が採られていて鬱陵島への渡航は原則禁止されていました。したがって当時鬱陵島に渡った朝鮮人は王命で鬱陵島を探索した鬱陵島掃討官一行と密航者の二種類の人間しかいなかったと思われます。密航者の認識が公式の地図に反映されることは考えにくいですから鬱陵島掃討官が竹嶼を于山島と考えていた、すなわち于山島が竹嶼であるというのが当時の公式な認識であったと判断するよりほかありません。
 ちなみにこれらの古地図について、「竹島=独島であるはずの于山島を竹嶼と間違えた」と説明する者も韓国の研究者のなかには散見されますが、「間違えた」と判断しているのは間違ったことにしないと困ってしまう韓国の研究者であって、当時の朝鮮人ではなさそうです。

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引用続行

「海左全図」(嶺南大博物館所蔵)

「原版朝鮮全国之写」 - 1877年8月「海左全図」か?(日本国立公文書館所蔵)


19世紀初めの「海東輿地図」の筆写本だけでなく、19世紀半ばの「海左全図」(嶺南大博物館所蔵)にも、鬱陵島の隣の于山島に峰の絵が描かれている。 さらに日本は当時、朝鮮のこの「海左全図」を筆写して残したが、日本側の「海左全図」(日本国立公文書館所蔵)の于山島にも峰が表示されている。

引用休止
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解説

 保坂教授は「海左全図」に峰が表示されていることを于山島が竹嶼ではなく竹島=独島である根拠としています。しかしながら「鬱陵島外図」のほかにも日本には竹嶼に峰のある絵図が存在しています。それが「竹島之図(乙)」 - 1877年8月 (国立公文書館所蔵)です。



 木が生えている以上、これが竹島=独島であるはずがありません。しかもよく見ると、本来鬱陵島の北東方向にあるはずの竹嶼がなぜか南東方向にあります。偶然ですがこれも「海左全図」と同じです。
 今度は明治三十七八年海戦史 ・第十九艦隊 鬱陵島見取り図(防衛研究所図書館所蔵)を見てみましょう。



Googleearthで再現するとこのようになります。


 鬱陵島南東部に位置する道洞が右よりにあることから鬱陵島の南の海上から鬱陵島を描いたものと推測できます。
 これは絵図ではありませんが竹嶼を目視で描くと峰があるように表現されるものであることは判断できます。
 もう一度確認してみましょう。



 やはり竹嶼は峰があるように表現されるものであるようです。

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引用続行

保坂教授は「『独島は歴史的に日本の領土でなかった』と指摘する日本の良心的学者も『しかし朝鮮にも独島に対する領有意識はなかった』と話す」とし、「しかし朝鮮時代の史料と古地図の相当数が独島(于山島)を明確に記録している」と述べた。

引用休止
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解説

 韓国人の皆さんが良心的であると評価する日本人でさえ歴史的領有を否定しているということは、韓国人の竹島=独島の歴史的領有主張自体が良心的なしろものではないことを意味しているということを、韓国人の皆さんに理解していただける日は果たしてやって来るのでしょうか。それでも私は人間が良い方向に変化する可能性を信じていたいと思います。そうでないと世の中世知辛くなりすぎてやってられません。

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引用続行

保坂教授は「特に独島を表記して峰を描いた地図は、朝鮮人が当時、独島の地形をはっきりと認識し、明確な領有意識を持っていたという点を見せている」と強調した。

引用終了
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解説

 反証主義の立場に立つならば反証可能な主張は事実であるとは認めることはできません。したがってまともな学者ならば、何らかの主張を公表する際にはまずその主張に当てはまらない事象が存在しないかどうかを調査して、それが存在しないことを確認して初めてその主張を公表するものです。韓国の主張の是非を云々する以前に、保坂教授の学者としての姿勢に疑問を持たざるをえません。



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