[北の大地へ] 1991夏

復刻・利尻登山編

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この紀行文は完全版ではありません。利尻登山までの行程は、レンタカーでの道東&知床めぐり、民宿びばうしを拠点とした散策、礼文島での8時間コース、でした。
8/15(木曜)

礼文船泊YHにて
一昨日に敢行した礼文島西海岸8時間コースのリハビリがほぼ完了し、今日は利尻に渡る。 (ちなみに、8時間コースを踏破したのは、カミさんだけで、 私は、途中(西上泊)から乱入した。 私はスコトン、ゴロタ、澄海の各岬を巡るコースは何度も歩いてるし、 浮いた時間を利用して、海中公園予定地でのんびりしたかったのだ。)

午前中のバスで香深に移動し、桃岩展望台で利尻を望む。朝方、山頂に少しばかりかかっていた雲も消え、鋭角な山体は裾野を広げ、青く輝いていた。 そして、鴛泊行きフェリーで利尻へ。 今回の登山計画は、カミさんの強力なプッシュが、きっかけである。とりあえずフェリーターミナルで荷物の仕分けを行い、不要な装備はロッカーに入れておく。 夕方、これからの天候を占うために、ペシ岬で夕日を見る。 礼文に沈みゆく夕日、そして残照。 あまりの見事さに、真っ暗になるまで、その場を離れられなかったのである。明日も100%好天だ。

「もう、これは登るしかない!!」

近くの食堂で、行動プランを練る。 利尻グリーンヒルYHの夜間登山8時間コースに参加するという方法もあったが、 以下の理由で、2人だけで行動することにした。
1)マイペースで登りたい。
2)もちろん経費節減のため。

20:00ころ、登山口に向かって出発する。途中、かつて北海道3大キチガイYHとして名を轟かせた旧利尻オシドマリYH前を経由するが、気付かぬまま通り過ぎた。 (利尻オシドマリYHは、1983年をもって閉館。当時の情報では、港での見送りで暴力沙汰を起こしたことに起因する、といわれていたが、事実関係は未確認である。) すぐに民家はとだえた。今夜は新月。旧登山口から、甘露水付近のキャンプ場まで車道が伸びており、暗いながらも歩きやすくなっている。甘露水でおいしい水を補給し、いよいよ登山道にはいる。さすがに新月だけあって、漆黒の闇である。

私が先頭を、カミさんが後ろを歩く。 このとき「命の次に大切なものは?」と尋ねられたら、 迷わずヘッドランプと答えただろう。 後でカミさんが言うには、「私が消えてしまったらどうしよう、と思った。」 そうで、やはり強烈な心細さだったようだ。 しかし、たかだか15分くらいで森林限界を越えた。

利尻の山影、満天の星空、鴛泊と礼文の夜景、水平線の漁火。 素晴らしい眺めだ。暗闇から来る不安感は一気に氷解する。 小間目に休憩を入れながら、のんびりと高度をかせいでいくのであった。

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8/16(金曜)

いつしか日付は変わって、更に高度を稼ぐ。やがて肩の小屋に到着。かなり荒れた小屋だが十分に寝泊まり可能で、熟睡中の登山客もいた。ここの標高は約1200m。まだ残り500mある。低木からハイマツ帯に変わると登山道の斜度は強くなり、ずり落ちそうな道を四つんばいでよじ登る場面も出てきた。4:00前には、山頂に到着。とりあえず一番乗り。まだ暗く満天の星空で、寒さも身にしみる。しばらくすると、単独の登山者や、利尻グリーンヒルYHからの一行がやってきた。

水平線の漁火が幻想的で、礼文島の周囲にはポツポツと明かりが見える。 かすかに夜が白み始め、水平線上の薄い雲に光が射し込む。そして、空と海は茜色に染まり、ぽっかりと御来光。空気は澄み渡り、樺太の島影もはっきりと確認できる。

360度、視界を遮るものは何もなく、足元は急峻な崖で、 荒々しい沢がいくつも見える。 利尻は丸い島だと実感。 東の海上には、北海道本土が薄い膜のように広がっている。 その海岸線はぐっと南に続いて、空気の層に青く溶け込んでいる。 兜沼や、ペンケトー/パンケトーに光がさす。 反対側に目を移すと、見事な影利尻が....

感無量のひとときを過ごして、太陽が十分高くなってしまったので、 ゆっくりと下山開始。すれ違う登山者に挨拶を交わしながら、 灼けつくような道をぐんぐん下る。空と海はあくまでも青く、山の緑が眩しい。疲れが溜まったのか、石で滑って転び、何度も尻餅をついてしまう(靴の裏が減ってたみたい)。

やっとの思いでふもとに辿り着き、甘露水を大量に飲み込んで、屋根つきのベンチで1時間くらい居眠りする。この先はアスファルト道で、照り返しと暑さに苦しめられるのは明らかなので、ついつい旧道に入ってしまう。 しばらくは木陰の快適な道だったが、しまいには、薮漕ぎになってしまった。 無事脱出したものの、あとでカブレになり、通院を余儀なくされたので、相当の代償を支払う羽目になった。 旧オシドマリYH前を通過。当時の建物がそのままリフォームされて、 田中という名の旅館になっていた。

フェリーターミナルまで歩いて、グリーンヒルYHに今日の宿をとり、 港に引き込まれた甘露水は、ぬるくてまづいとか、 土産店のトドのはくせいを叩きながら、「とどじゃね〜」と わけわからんことを言いながら、YHからの送迎車を待っていたら、 なんと、カミさんの妹君(当時大学生)が現れたのだった。 いわゆる輪行チャリダーで、同じ日に利尻に登ったが、同行者の体調悪化のため やむなく8合目で引き返したそうだ。 (1997年夏に再挑戦し、登頂に成功している。)

この日はとても日差しが強烈だったので、観光に出掛ける元気もなく、YH裏手の海で海水浴を楽しむことにした。水平線に樺太がくっきりと浮かんでいる。しかし、水は冷たく寒かった。夕方になると西から薄曇が広がり、夕日は見られなかった。YHの食事はまずまずだったが、船泊YHに比べると一品少ない感じである。思わず居眠りするとミーテイングは終わっていた(残念)。

いよいよ旅も終わり。明日は、首都圏への列車に乗る。

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8/17(土曜)

今日はやや日差しのある曇り空で、風が蒸し暑い。あまり外に出る気にもなれず、ダラダラ過ごす。利尻も全山見えるが、今朝の夜間登山は雨が降ったりであまり良くなかったらしい。 すでに、何人ものホステラーが、「完歩」に出かけていた。 昨日も、「完歩はいいよ〜、ぜったいおすすめ」と言われた。利尻に来て完歩にハマる旅行者は多いらしい。私の場合、登山なら歩くしかないので諦めもつくが、道路だとついついバスに乗ったりヒッチしようという欲求に勝てないだろう。カミさんもあまり食指を示してなかったようだ。

午後のフェリーで稚内へ。 近くの銭湯に立ちよって、どこかのすし屋で打ち上げをする。この日の気候は稚内の住人にとっては、ものすごく暑かったそうだが、首都圏での地獄の暑さに比べると、何ら問題ない。列車の座席確保のため早目に稚内駅で並び、急行利尻に乗る。

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8/18(日)

朝、列車は無事に札幌に到着した。ここからカミさんとも別行動。単身、函館行きの特急に乗りかえる。そして津軽海峡線へ。ここまでは大した混雑はなかったが、青森では自由席の列車に乗り込めないほどの猛烈なラッシュで、盛岡では自由席のホームにさえ入れない状態だった。少しでも冷房の効いたデッキを探して、片隅でうづくまりながら、東京までの3時間を堪え忍んだ。

カミさんは、札幌から層雲峡へ。層雲峡YHを拠点にして大雪山白雲岳を観光した。天気も回復して、最高の景観だったそうだ。しかし、帰りの列車が台風で立ち往生、大変だったようである。

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