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ゲームボーイのキセキ




 25周年記念。意外と知られていないゲームボーイの凄いところ・10選を紹介します。


『 世界初の1億台を突破したゲーム機 』
 ゲームボーイは、初めて累計出荷台数が1億台を越えた家庭用ゲーム機です。2000年に累計1億台突破が報告されて、雑誌やweb上でゲームボーイ特集が組まれました。


『 現役12年のロングセラー 』
 ゲームボーイは、マイナーチェンジを繰り返しながら、後継機のアドバンス発売まで12年間現役で活躍しました。その12年のうち、ミリオンソフトが出ていないのが1年だけ(91年)というのも驚きです。国内のソフト供給で考えるとさらに+2年。横井軍平氏曰く「ゲームボーイは、当初からいわゆる「静かなブーム」なんですね」。


『 世界共通のデザイン 

 ゲームボーイは名称もデザインも世界共通のものでした。ファミコンやメガドライブなど、当時のゲーム機は国内外でデザイン・名称・仕様が異なっていることが一般的でしたが、ゲームボーイは最初から世界中で同じものとして作られていたのです。乾電池を使うのも、外国人が使うことを見越しての仕様だったと伝えられています。


『 実際に世界中で遊ばれた 』
 ゲームボーイは、携帯ゲーム機なので持ち運んでどこでも遊ぶことができます。アメリカでは「病室でゲームボーイを遊ぶ大統領」「湾岸戦争でゲームボーイを遊ぶ兵士達」が報道され、ソ連では「宇宙で遊ばれたゲームボーイ」がオークションに出品。また、フランスのゲームボーイ写真コンテストでは「砂浜に首まで埋まりながら遊ぶ姿」が賞をとりました。電車内で遊ぶ日本人なんて、まだまだだったのかもしれません。


『 女性ユーザーを掴んだ初のゲーム機 』
 ゲームボーイは、初めて女性ユーザーに受け入れられたゲーム機だといわれています。海外の調査では、1995年時点のゲームボーイユーザーは女性が約46%を占めており、性別に関係なく受け入れられた初のゲーム機だと認められました(ファミコンは29%)。ゲームボーイポケットでは女性をターゲットとした本体色も発売されています。


『 カラーバリエーションの先駆者 』
 ゲームボーイの弟として発売された「ゲームボーイBros」は、機種カラーバリエーションの先駆けでした。今ではスタンダードな商品展開ですが、これも元はといえばゲームボーイから始まったもの。発案者はコピーライターの糸井重里氏で、携帯ゲーム機のパーソナルな部分に目をつけたアイディアだったといえます。


『 ゲーム機最大の互換性 』
 ゲームボーイソフトほど多くの互換性をもったものはありません。スーパーゲームボーイをはじめとして、後継機であるアドバンスからゲームボーイプレイヤーまで、幅広い互換性をもちました。開発一部の出石武宏氏のコメントによると「10年たってハードが進化していても20年前に出たソフトで遊べるというのが理想なんです」「だって、昔に買ったソフトが遊べないとイヤでしょう?」(1999年)。


『 通信機能の火つけ役 』
 ゲームボーイは今の携帯ゲーム機でも欠かせない「通信機能」を搭載していました。データ交換に注目を集めた『ポケットモンスター』はやはり偉大ですが、対戦型の落ちものパズルを初めて形にした『対戦型テトリス』など見逃せない作品は初期にも存在します。携帯ゲーム機がコミュニケーションツールとしても機能することを示しました。


『 窮地だった任天堂を救った 』
 1996年に発売された「ポケットモンスター」はゲーム史に残るほどの大ヒットを記録しました。この快挙は、その後のニンテンドー64やゲームキューブで不振が続いた任天堂自体を救っています。「本当だったら任天堂は倒れているところなんやけど、僕に運があったのは、『ゲームボーイ』が誕生して『ポケモン』も出てきたこと」と、ロクヨンを振り返って山内溥元社長が述べています(2007年)。


『 信念のモノクロ画面 』
 ゲームボーイの成功を語るうえで欠かせないのが、液晶にモノクロ画面を採用したことです。これは当時、ゲームボーイの生みの親である横井軍平氏が社長から貰った携帯カラーテレビがすぐにバッテリー切れになってしまった体験がきっかけとなっています。「ACアダプタを必須にするとファミコンと比べて長所がなくなる」「カラーで面白さが2倍になるわけではない」という考えから、カラー化の提案を蹴ってまでしてモノクロが採用されました。この決断がなければ、上に述べてきた数々の功績も語られることはなかったでしょう。



以上、ゲームボーイの凄いところ×10を紹介してみました。ゲームボーイの偉大なところは、現在の携帯ゲーム機では当たり前とされているようなことを、当たり前ではなかった時代に築きあげてきた、ということに尽きます。外に持ち出して遊べることはもちろん、通信機能やカラーバリエーション、実用ソフトなどほとんどモノクロ時代に実現しています。ソフトの安さ・頑丈さ・互換性・ケースの付属など、ユーザーにうれしい配慮にもこと欠かず、携帯ゲーム機のスタンダードを作り上げました。ゲームボーイが発売された頃は、ゲーム機のグラフィックや性能がどんどん上がっていく時期だったので、モノクロであるゲームボーイはメディアから冷たい目でみられていました。しかし、そのゲームボーイが後世代に残したものは他のゲーム機に劣らず大きかった。『枯れた技術の水平思考』という言葉がまさに生きていたハードだったのです。



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