HOME > SPECIAL
ボタンの歴史2 衝撃のSFC編



※注意…以下の記事は当時の資料をもとにした推測&考察を含んでいます。





 コントローラーはゲームには欠かせない要素のひとつです。FC→SFC→64……というように任天堂のコントローラーにも歴史と変遷があるわけですが、その流れのなかでゲームボーイがもたらした影響というものを考えたことがあるでしょうか?



 上の図をみると、一見、それほど大きな変化はありません。ファミコンで水平に並んでいたボタンが、ゲームボーイでは少し斜めになって配置された。ただそれだけのことです。


 
しかし、このとき歴史は動いたのです。割ととんでもない方向に。


 ゲームボーイとスーパーファミコンは開発時期がもともと近かったため、設計にいくらか似通った部分があります。どちらも灰色のカートリッジで、ソフト抜け防止の穴がついているところは、ファミコンにはなかったわかりやすい共通点といえるでしょう。スーパーファミコンのボタンがゲームボーイと同じように斜めに配置されていること自体はそれほど不思議ではありません。

 しかし、ここで問題となってくるのは各ボタンの名称です。すなわち、4つのボタンのうちAボタンとBボタンはどれなのか、という問題がありました。



 上の図は、一番最初に発表された開発段階のSFCコントローラーです。
(ちょっと見にくいですが)AボタンとBボタンの位置が現在のものと異なっていることがわかります。今ではよく知られているBボタンの位置にAボタン、Yボタンの位置にBボタンがあるのです。

 ここで初期のスーパーファミコンソフトを思い出してほしいのですが、「スーパーマリオワールド」ではおなじみのBダッシュ+Aジャンプが、なぜかYダッシュ+Bジャンプになっていました。実際にBボタンが決定ボタンになっているソフトもいくつかあります。

 ここまでいえばおわかりのとおり、もともとスーパーファミコンはB・Yボタンの位置にA・Bボタンが置かれていたのです。しかもほぼ決定事項として。それが現在のようなボタン配置へと変更された理由には、先発のゲームボーイのボタンの影響があったといえそうです。

 「そんなバカな。Aボタンが右でBボタンが左なのはファミコンからの伝統じゃないか」という方もいるかもしれませんが、よく見てください。このボタン配置でもちゃんとAが右側でBが左側なのです。ニンテンドウ64では、この配置が実際に使われています。ゲームキューブでは元に戻りましたが。

 話をもどしますと、ゲームボーイはスーパーファミコンに先駆けて発売されました。同年のテトリス発売もあって、ゲームボーイは飛躍的に売り上げを伸ばします。あのボタン配置が多くの人々の手に馴染むきっかけとなったのです。
その後に発売されるスーパーファミコンのAボタン・Bボタンの位置が違っていたら、ユーザーに無用な混乱を与えかねません。



 ゲームボーイ発売から約3か月後、1989年7月に再び発表されたSFCのコントローラーには予想外の変化がありました。なんとスタート・セレクトボタンの角度が変化していたのです。

 一見奇妙ですが、よく見ると開発段階のA-Bボタンの角度と同じであることがわかります。ついでにボタンの名称がA・B・C・D・E・FからA・B・X・Y・R・Lへと変更されました。はっきりした理由は不明ですが、内部ではなんらかの討議があったのかもしれません。

 補足:このとき「スーパーファミコンは今後1年発売することはありません」と任天堂が発表して、ゲーム雑誌の紙面を騒がせました。また、ボタンの名称変更については「これは2種類のボタンが3組付いている、という意味を強調したため」という説明があります(ファミ通より)。




 その後、さらなる延期をして発表されたスーパーファミコンのコントローラーは、現在知られているようなボタンの配置に変わっていました。結局、ゲームボーイのボタン位置を踏襲したA・Bボタンを採用することで落ち着いたといえます。スタート・セレクトボタンの向きも元に戻りました。


 
 そしてスーパーファミコン発売が本当に決まった数か月前。赤青黄緑の4色がそれぞれのボタンに割り当てられて、ようやく現在知られているSFCコントローラの完成です。スーパーファミコンのシンボルが4つのボタンをモチーフにしているのは、それまでのボタンの苦労を反映しているからかもしれません。


 
 さて、話はまだまだ終わりません。ゲーム業界に新しい風を吹き込んだ、プレイステーションの登場です。1994年にソニーから発売されたプレイステーションは、もともとスーパーファミコンとの共同開発から生まれたものです。そのため、プレイステーションのコントローラーはスーパーファミコンを原型としていて、形状は異なるものの、ボタン配置はよく似ています。


出典:「PlayStationと科学」展、日本科学未来館で開幕。game.watch.impress.co.jp/docs/20040429 出典:「PlayStationと科学」展、日本科学未来館で開幕。game.watch.impress.co.jp/docs/20040429
 上はPSコントローラーのプロトタイプのひとつですが、○ボタンと×ボタンの位置が現在とは逆になっています。完成形に近いコントローラもこの配置になっているところをみると、ボタンをどのように配置するかという問題はプレイステーション開発段階でもあったということでしょう。

 ただしSFCとはちがって、プレイステーションの場合は決定ボタンを右にするか左にするかで悩んでいたのだと考えられます。任天堂はファミコンのころから決定ボタンが右でしたが、海外でヒットをとばしたセガなどは決定ボタンを左にしていることが多いのです。


  
 ※左からネオジオ、ドリームキャスト、XBOXのコントローラー。どれもSFCと似た4ボタンだが、決定ボタンは左側に置かれている。


 最終的にプレイステーションはスーパーファミコンと同じような配置を採用して、Aボタンの位置に○ボタン、Bボタンの位置に×ボタンをおきました。しかし、これは後でちょっとした問題を残します。海外に輸出されたプレイステーションは○ボタンと×ボタンの機能が日本と逆になっているのです。

 このせいで、「どうして海外のプレイステーションソフトは○ボタンと×ボタンが逆なのか?」という疑問が挙げられることがあります。「日本の○×のイメージが海外では通用しないから」「海外では正解にチェックマークVをつけるから」という解答がありますが、これはすこし不完全。たしかに海外では日本のような○×のイメージはほとんど通用しませんが、Vと×を似たものと考えるのもまた日本的な感覚だからです。地域にもよりますが、海外では正解にVとつける一方で、不正解にやはり×をつけるところも少なくありません。

 そう考えると、チェックマークから「×ボタン=決定」になったと考えるより、やはり記号よりもボタンの位置のほうが重視されたからと見るほうが自然でしょう。つまり、ただ馴染んでいるほうの位置を採用しただけのことなのです。

 ちょっと話がずれましたが、ここで面白いのは、これだけSFCに似た4ボタンが使われながら、SFC開発段階のA・Bボタンの組み合わせを採用したものがひとつもないという事実です。つまりどのゲーム機も、SFCのYボタン・Bボタンの位置に決定・キャンセルを据えたものがないのです。ボタンの名前や色、決定ボタンの左右が違っていても、この組み合わせだけは同じ。単にこちらの方が押しやすいからなのか、それともこれが固定観念というものでしょうか。


 もしゲームボーイがなかったとしたら、スーパーファミコンは開発段階のボタン配置で発売されていたかもしれません。そうなるとSFCを元にした(と思われる)ネオジオ・ドリームキャスト・プレイステーション・XBOX・ニンテンドーDSなど、その後の多くのゲームコントローラーのボタン配置もまるまる違っていたかもしれない。そんなお話でした。

 ちなみにゲームボーイが2つのボタンの位置を斜めにずらしたのは、宮本茂氏によると「自然に押し分けられるメリットを優先させたから」と説明されています。


 
BACK