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ボタンの歴史1 ゲーム&ウオッチからファミコンへ
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【猛反発にあった十字ボタン】

 

 ゲーム&ウオッチのドンキーコングから生まれた「十字ボタン」は、ゲームのインターフェイスを大きく変えた発明品です。感触だけで押している方向がわかることに加えて、コンパクトかつ安全性・耐久性に優れ、しかも安価。その特性は、ビル・ゲイツに
「次世代のマルチメディア機器はキーボードではなくて十字キーにする」と言わしめました。

 しかし、この十字ボタンはファミコンに採用しようとしたとき、任天堂社内では猛反発にあったことがわかっています。

「コントローラは、任天堂の内部でも最初はたしかジョイスティック推進派が多かったんです」「それにしても、今考えてもよく企画が通ったな(笑)」今西鉱史氏のコメント(ファミ通2003年)。「新しいインターフェイスは、以前のものに慣れ親しんだ者にとっては、変えることに対してひどく保守的になる傾向がある」宮本茂氏のコメント(DIEC2005第2部の講演)。

 当時の家庭用ゲーム機のコントローラはジョイスティックのほうが主流だったので、ファミコンもそちらを採用するべきだという意見が多数だったようです。ファミコンの生みの親である上村雅之氏は、ファミコンのコントローラのインターフェイスについて、次のように語っています。

 実はその源流は、僕の先輩にあたる横井軍平という人が、ドンキーコングとか、ゲーム&ウオッチマルチスクリーンと呼ばれる二枚の液晶画面を使った面白いゲーム&ウオッチを作っていたのですが、僕はそれが大好きでして、お正月に遊んでいて、上の画面を見ていたら下を見てないわけです。ゲーム&ウオッチはいわば上がなくて下しかなかったので、必ず視野の中にAキーと十字キーがあった。ドンキーコングでは「上だけ見ていてもゲームができるやん」というところから、先ほどの決断をしたといういきさつがあります。(ファミコンとその時代より)。

 つまり、ファミコンに十字ボタンが採用された理由ののひとつは「手元を見ないで操作できると確認できたから」でした。

 しかし、それ以上に大きな理由となったのがコストの問題。ジョイスティックは頑丈にするためにコストが余計にかかってしまいます。社長から価格を抑えるように指示されていたファミコンは、十字ボタンをつける以外選択肢がなかったのです。
「ゲーム&ウオッチに十字ボタンをつけたのは薄くするためだったが、ファミコンにはつけたのはコストを抑えるため」とは横井軍平のコメント(横井軍平のゲーム館より)。

 ファミコンに2つのコントローラをつけられたのも十字ボタンでコストダウンできたおかげでした。十字ボタンは、ファミコンに大きな恩恵をもたらした発明品だったのです。今では一般的になりすぎて発明品だということがピンとこない方もいるかもしれません。しかし、ファミコン前後の家庭用ゲーム機のコントローラを見比べてみれば、その改革は一目瞭然でわかるはずです。




【2つのボタンも大きな変化】

 

 また、次の資料によると、ファミコンでボタンを2つに増やしたことについても一悶着あったことが察せられます。

 ボタンを2つに増やしたことについては、宮本氏によれば「そろそろそういう時期かな」と思ったというが、「このあたりからこれまでゲームを作っていた人と、これからゲームを作る人の間で葛藤が始まった」という。
(DIEC2005第2部「ゲームデザイン・テクノロジーの今と未来」より)


 ファミコンが発売される前、アーケードではレバーと1ボタンで操作する「スペースインベーダー」や、レバーのみで動かせる「パックマン」が大流行していました。ファミコンの目玉商品となる予定の「ドンキーコング」も1レバーと1ボタンだけで遊べる作品です。2ボタンも使うのは複雑すぎないかと思われる時代だったのです。

 実際、ファミコンが発売して一年くらいは「Bボタンを使わない」か「AボタンとBボタンの役割が同じ」作品しか発売されていません。2つのボタンに明確な違いをもたせた「ゼビウス」は、それだけで画期的な作品でした。

 ファミコンのボタンが左から「B」「A」と並んでいるのも、ここに理由があります。1ボタンしか使わないのなら、右端に近いほうを主要ボタン(=Aボタン)にしたほうが遊びやすいことは、ゲーム&ウオッチ「ドンキーコング」が実証していたわけです。

 ちなみに、今では当たり前となったアルファベット一文字の名前も当時は珍しいものでした。そもそもコントローラーのボタンに名前が書かれていないケースも多く、それ以外では数字を割り当てたもの(テンキー含む)のほうが主流だったといえます。

 それにしても、宮本茂氏や上村雅之氏のコメントから、ファミコンのコントローラは、ゲーム&ウオッチのドンキーコングのボタンを2つに増やしたものと自然に考えていることがわかります。改めて、ファミコンのコントローラの源流は「ゲーム&ウオッチ」にあるといえそうです。



【○ボタンは進化したボタン】


 ところで、ファミコンのコントローラの源流がゲーム&ウオッチだとすると少し気になることがあります。それは、ゲーム&ウオッチのボタンは円形(○ボタン)だったのに、初期型のファミコンのボタンは角形(□ボタン)が使われていたという点です。

 一体どうして、○ボタンから□ボタンに変わってしまったのでしょうか。

 手がかりは、ファミコンのコントローラ開発の様子が描かれた次の記述にありそうです。
 中川は機構設計担当の湯川と相談して、ボタンの大きさをゲーム&ウオッチよりもひと回り大きくすることにした。(『TGS2008スペシャル』任天堂「ファミコン」はこうして生まれたより)。

 じつのところ、当時の家庭用のゲーム機は□ボタンが多く使われていました。オデッセイ・マイクロビジョン・コレコビジョン・SG1000など、コンピュータといえばキーボードやテンキーが常識だったこともあり、どちらかというと円形ボタンより角形ボタンのほうが多く使われていたのです。そういった当時の風潮から、ファミコンもボタンの面積を大きくするときに角形ボタンへと形状を変えたのだと考えられます。

 しかし、業務用ゲームでは○ボタンも多く使われていました。そもそもファミコンはアーケードゲームを家庭用として遊べることをコンセプトに作られたゲーム機です。それにも関わらずボタンが□に変更されたということは、そのくらい当時のコンピュータには角形ボタンの印象が強かったということを示しているのかもしれません。

 ところが、角形ボタンを採用したファミコンは発売後数ヶ月もしないうちに、ある予想外のトラブルに見舞われることになります。多数のユーザーからAボタン・Bボタンが使えなくなったというクレームがきたのです。

 修理のため送り返されてきたファミコンのコントローラを見ると、押し込まれたまま操作できないボタンが散見された。特にAボタンの不良が多かったと記憶している。ファミコンのコントローラは、ゲーム&ウォッチで使用実績がある平面型のコントローラのボタンとして設計したものであった。もちろん、設計の段階から、ボタンの耐久テストについては専用の自動耐久試験機と実際の手動による試験を繰り返し行っていた。しかも、ゲーム&ウォッチでは同種のトラブルは発生していないことが判明していた。(ファミコンとその時代より)

 ファミコンのトラブルの原因は、調査の結果、「にじり押し」にあるとわかります。プレイヤーがボタンを真上からではなく斜めからすり動かすような押し方をすると、角形ボタンはこれに耐性をもたず、押しこまれたままになるという不具合がおこっていたのです。

 ゲーム&ウォッチではボタンの横にゲーム画面が位置しており、ゲーム画面を真正面から見るために自然にボタンを真上から押していた。そのため「にじり押し」になることがあまりなかったと考えられる。加えて、ファミコンでは様々なゲームを同じファミコンのコントローラで遊ぶ上、ゲーム内容がゲーム&ウォッチより格段に刺激的になっていたことでボタン操作回数や操作速度が増し、操作時の指に入る力が格段に強くなっていたと推察される。
(中略)
なお「にじり押し」対策として、にじり押しに強い円形のボタンへの設計変更がなされた。(ファミコンとその時代より)


 こうしてファミコンのボタンは円形に変更されました。素材も十字ボタンと同じプラスチックとなり、さらに耐久性があがります。後のゲーム機でほとんど円形ボタンが使われているのは、円形のほうが耐久性が高いとわかったからです。「にじり押し」がされやすい横持ちのコントローラーにとって、○ボタンは最適解だったというわけです。この点においても、ゲーム&ウオッチの設計はさすがといえるかもしれません。


 

【スタート・セレクトボタンの意味】


 最後に、スタートボタンやセレクトボタンの話です。これらはファミコン開発当初のときには、スタートボタン・ポーズボタンという組み合わせでした。

 上村雅之氏は当時の家庭用ビデオテープレコーダーに搭載されたポーズボタンをみて、ファミコンのコントローラにも装備させようと考えたそうです。実際には、スタートボタンが(ファミコンソフトの設計として)その機能を担うことになりました。

 スタートボタン・セレクトボタンの原型は、ゲーム&ウオッチの「GAMEA」「GAMEB」にあたるといってよいでしょう。これはAかBかでゲーム内容が違っていて、押した方のゲームが開始するという、いわばスタート・セレクトの意味を同時に担うボタンでした。ワイドスクリーンになる前のゲーム&ウオッチを見てみれば、「GAMEA」「GAMEB」の位置と、スタートボタン・セレクトボタンの位置はほぼ同じだと確認できます。

 このボタンにも“年代物の常識”があるといえます。当時のボタンは一対一対応関係、つまりひとつのボタンにひとつの意味しかもたないことが多かったのです。たとえば、かなり古いテレビをみると8チャンネル見るために8つボタンがつけられている物が存在します(リモコンではなく本体に)。つまり、それぞれのチャンネルにボタンがいちいち割り当てられているのです。同じように「スタートボタン」は元々ゲームをスタートさせるためだけのボタン、「セレクトボタン」は元々ゲームをセレクトするためだけのボタンだったのです。

 「ファミコンとその時代」という書籍によると、初めてボタンの一対一対応関係を壊したファミコンソフトは、「スーパーマリオブラザーズ」だったそうです。



【それは「KONG」から始まった】

 

 ファミコンのコントローラは、後からでるゲーム機の標準的なインターフェイスとなりました。しかし、これらの仕様もすんなりと決まったわけではありません。当時の感覚からすると、ファミコンのコントローラは明らかに異質で、それまでの常識とは異なるものだったのです。

 
マスコミ向けにファミコンを発表したときも 新聞などの反応がとても冷たかったんです。どこにもキーボードが付いていなかったので・・・。(社長が訊く・ファミコン25周年より)

 しかしファミコンのコントローラは、それらの常識を見事に変えてしまいました。持ち方も、スティックの位置も、ボタンの形もバラバラだったコントローラは、ファミコンの登場によって「横もち、左に十字ボタン、右に○ボタン」という設計を当たり前にしてしまったのです。

 その源流にあたるゲーム&ウオッチには「前例」といえるものが、そもそもありませんでした。そのため、それまでのコンピュータの常識なんてものを考慮する必要がなく、単純に遊びやすい形を追求することができました。当時、十字ボタンの使用実績を作れたのは「ドンキーコング」が電子ゲームだったからこそといえるのです。前例のないゲーム&ウオッチ「ドンキーコング」の存在が、その後の家庭用コントローラの改革をもたらしたといえるでしょう。



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