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初代ゲームボーイのエピソード


 


『 ゲームボーイの名前 』 

 「GAMEBOY」というネーミングは世界共通で使われました。この名称はもともと複数候補の中から選ばれたのですが、じつは候補の中には最初から外されていたネーミングがあります。それは名前に「ファミコン」とつくもので、たとえば「ポケットファミコン」「ハンディファミコン」といったネーミングは、候補の段階でリストから外されていました。当時はファミコンが大人気だったため、当然そういうネーミングも候補として考えられていたのですが、「基本的にファミコンとは違うコンセプトでゲームボーイは作られた商品ですから」「ファミコンの亜流として見られるのがイヤだったんです」という理由から除外されました。ゲームボーイは、ゲーム&ウォッチの流れから生まれた商品。ちょっと開発者の意地がこめられているのです。

「ゲームボーイ」と「バーチャルボーイ」のネーミングは、コピーライターの糸井重里さんがつけたいう噂がありましたが、「ほぼ日刊イトイ新聞」のサイトで本人より否定されました。

GAMEBOY」のロゴは、アドバンス以降も変化していません。これはGBがどんなに進化しようとも、どれも同じGBだぞ!という強い主張の表れだそうです。



『 世界のゲームボーイ 』 


 ゲームボーイは「任天堂の世界戦略商品だった」といわれています。もともとゲームボーイの前身であるゲーム&ウォッチが世界的に売れた商品だったので、その流れを汲むゲームボーイが世界的な普及を視野にいれていたことは自然な成りゆきだったのかもしれません。どこでも手に入る乾電池を使用して遊べるため、テレビや電源がない国にまで普及しました。さらに全国の電波防止法にパスする世界共通規格として作られています。ゲームソフトについても、国内外で互換性があるため、海外のゲームボーイで日本のソフトを遊ぶことも、その逆も可能となっています。

アメリカ大統領が病室でゲームボーイを遊んでいる姿が報道されたり、ソ連では宇宙にまで持っていった宇宙飛行士がいたり、パリの駅Tuileriesのホーム(壁に前世紀の重要な出来事・発明が描かれている)にゲームボーイも描かれていたり、といった逸話もあります。

上にも書いた、宇宙にまで持っていかれたゲームボーイは、2011年5月5日にイギリスのオークションハウスであるBonhamsによって「The Space History Sale」(宇宙の歴史セール)に出品されました。付属ソフトはやはり「テトリス」。落札価格は1,220ドルだったそうです。



『 ゲームボーイは何故縦型か 』 

 ゲームボーイは、初代からカラーまですべて縦型のデザインとなっています。これはかなり珍しいことで、あらゆる携帯ゲーム機のなかでも、縦型はゲームボーイを除くとPCエンジンGTくらいしか見当たりません(キーホルダー型などは除く)。ゲームボーイが縦型となった理由は、当時電池4本を含めた基盤などのレイアウトや重量を考えると、縦型にするのが一番バランスが良かったからと述べられています。しかし大きな液晶を載せた上での小型化を考えると、横型のほうが都合が良いということで、ゲームボーイ以降はほとんど横型のデザインになりました。後継機であるゲームボーイアドバンス・ゲームボーイミクロも横型です。縦型の筐体は、今となっては初期ゲームボーイのアイデンティティといえるかもしれません。

アドバンスでは縦型だとL・Rボタンをどうするか、という問題もあったのですが、それをクリアーして、しかも縦型といえるのが「ゲームボーイアドバンスSP」です。



『 初期ゲームボーイの価格とヘッドホン 』 

 初代ゲームボーイの発売時の価格は、12500円(メーカー希望小売価格)でした。これは当時の液晶つきゲーム機としては格安でしたが、それでも最初の設計では一万円をきる価格になるように励んでいたそうです。しかし「部品メーカーが価格を抑えたくても、外交政策の一環として、部品の値下げができなかったんです。これには参りました」という理由から、価格が一万円を越えてしまいました。当時は日米で貿易摩擦のような問題があって、これがゲームボーイの価格にも影響したのです。そこで当時の任天堂社長の提案によって、初代ゲームボーイは1万円を超えるかわりに「ヘッドホン」がつけられたということです。(値下げされた後期版にはヘッドホンが付属していません)

 ゲームボーイの値下げは、12500円→9800円→8000円、ゲームボーイポケットで、6800円→5800円→3800円と、年の進みとともに値下げが行われました。



『 ゲームボーイと湾岸戦争 』 

 1991年、湾岸戦争で多くの多国籍軍の兵士がゲームボーイで遊んでいる様子が放映されて話題を呼んだことがあります。当時のNOM(ニンテンドウ・オブ・アメリカ)が、アメリカ兵に大量のゲームボーイを寄付していたのです。これによって「湾岸戦争のときから、日本から一番緊急に援助してもらいたい物質は兵士の無量を慰める”ゲームボーイ”だ」という話が広まったこともあります。このとき爆撃をうけて焼け爛れたゲームボーイが発見されましたが、これに液晶を差し替えて電源を供給したところ、なんと正常に動作したというエピソードがあります。このゲームボーイは、ニューヨークにある任天堂直営店Nintendo World Storeに展示されました。ゲームボーイの耐久性を示す話はいろいろあるのですが、これが最も極端な例かもしれません。

耐久テストについては、「任天堂の商品の耐久テストってホントに厳しいんです」「愛情をこめて製品を作っているぼくらとしてはイヤになるくらい厳しいテストですね」「でも、そのようなテストはやってもらってよかったと思います。ぼくらとしては1回市場に出せば回収するわけにはいかないわけです」と語られています。


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