20.京都  (現在の京都府京都市)


東海道53次京都三条の浮世絵  (『東海道五拾三次之内 京師』より)

中山道歩きの最終日。
前日から大津のホテルに宿泊したのですが、ゴールを目の前にした興奮のためか早朝4時には目が覚めてしまいました。
朝5時半、JR大津駅から電車に乗り、スタート地点のJR山科駅へと向かいます。

山科駅

ほどなく山科駅へ到着。さあ、最後の旅路を歩き出します。
まだ早朝なので人影もまばらで、山科の街並みもひっそりとしています。

山科駅近く

「右ハ三条通」の道標。 旅を始めた頃は地図を見なくては道が分からなかったのですが、今では旅慣れたもので、昔の道標を見て、どちらに進んだらいいかを判断するようになってきました。
でも、こうやって道標を見かけることも今日で最後かと思うと、何だかしみじみしてきます。

道標

しばらく歩くと大通りに出ます。この通りは「三条通」。 その名の通り、京都三条から東に延びている道で、この道に沿って真っ直ぐ歩けばゴール地点となる三条大橋に辿り着くのですが、昔の道はそうそう単純ではないのです。

三条通

三条通を渡り、反対側の細い路地へと入っていきます。本当にこれが旧中山道か?
歩いていて何となく不安になってきます。

細い道

何だか三条大橋のある方向とは全く違う方向へ進んでいるような。しかも目の前には小高い山が。
まさかあの山に登るんじゃないだろうな?と思っていたら・・・

目の前に山

案の定、山登りとなってしまいました。 この坂、距離は長くはないのですが、かなり急な登り坂で、しんどいしんどい。 山科から三条大橋までは楽に歩けるだろうと甘く見ていましたが、思わぬところで難所に出会ってしまいました。

山登り

山沿いの集落を抜けます。道の脇には「旧東海道」の記念碑が。 正式には草津追分〜京都の区間は東海道らしいのですが、僕は太田宿を出発して以降、中山道に愛着をもって歩いてきてきたし、 草津追分以降も中山道のつもりで歩いてきたので、「旧東海道」の標識にはちょっとながら不本意。

中山道の風景  道標

旧街道はようやく現在の三条通に合流します。この道を真っ直ぐ歩けばゴールだ。

国道に合流

三条通との合流地点には、広場があって、何やら石と荷車が置いてありました。 何だろう?と思ってみてみると、「車石」だそうです。今でいうところの、鉄道の線路みたいなものでしょうか。


車石
東海道五十三次大津八丁(札の辻)から京三条大橋までの約三里(12km)の間、物資輸送する牛馬車の通行を楽にするため、 花崗岩に溝を刻んで切石を敷き詰めた。文化二年(1802)心理学者脇坂義堂が発案し、近江商人中井源左衛門が財を投じたとも伝えられている。 (方光山閑栖寺前の案内板より抜粋)


車石  車石

道の脇には「三条大橋 2km」の標識が。

三条大橋2km

蹴上浄水場付近に達したとき、ようやく京都の市街地が見えてきました。京都は僕が大学・大学院時代を過ごした場所です。 よくよく目を凝らすと、母校の時計台が見え、実に懐かしい光景です。

京都の町

京都東山の三条通りを歩きます。もうすぐゴール地点です。無意識のうちに遥か前を見て三条大橋を捜しながら歩いてしまいます。 まだ見えないようです。早く見えて欲しいような、まだ見えないで欲しいような、そんな気分です。

京都の町中

白川橋を渡ります。この付近はとても情緒があって良い場所です。白川橋の袂には古い道標があります。 白川橋道標には「三条通白川橋」「是よりひだり ち於んゐんぎおんきよ水みち」と刻まれています。 平仮名で書いてあると分かりづらい野ですが、この橋を左折して進むと知恩院、祇園、清水寺に至ります。 このように道標にいちいち記してることを考えると、これらの現在の観光地は江戸時代からすでに観光名所だったことがうかがえます。 この道標は1678年に作られた京都市に現存する最古の道標だそうです。

道標

白川橋を渡ると、ついに三条大橋が見えてきました。

遠くに三条大橋

三条大橋の手前では高山彦九郎像がお出迎え。京都市民が待ち合わせの目印として使う場所で、俗に「土下座像」と呼ばれていました。 ちなみに高山彦九郎とは、幕末の勤皇家だそうです。

高山彦九郎像

高山彦九郎像前でちょうど赤信号になったので、三条大橋を目の前にしながらしばらく信号待ちをしました。 あと数メートルでゴールか・・・、信号が早く青になって欲しいような、欲しくないような。

信号が青に変わり、横断歩道を渡ります。一歩一歩をじっくり踏みしめながら、最後の数メートルを歩きます。

そして、ついについに京都三条大橋に到着です。 ヽ(^◇^*)/ ワーイ
学生時代、何度もここを訪れているので見慣れた風景なのですが、長い旅路を自分の足で歩いてきた事もあってか、この日の三条大橋は特別な物に見えました

三条大橋

ゴールの記念に、三条大橋をバックに記念撮影。

記念撮影

三条大橋の上から鴨川を眺めつつ、しばらくの間、病気になってからの日々を振り返りました。
手術をして、体重も10kg落ちて、当然体力も落ちて、さらに抗がん剤治療をしながら、副作用に耐えながらの歩き旅。 最初は「ちょっと近所の宿場町まで散歩してみよう」と気軽に始めたのですが、知らない間に約150kmにも及ぶ長い旧街道の旅となっていました。 振り返れば、我ながらよくこんな事をやった物だと思います。

本当は病気の体に配慮をして、安静に家で療養して過ごした方が良かったのかもしれませんが、 体が動く内に自分の足で歩いてこの様な旅を出来たことは、きっと良い思い出になると思います。

鴨川の眺め


追記
番場宿の久礼一里塚跡で中山道を旅しているおばさんと話したとき、僕が太田宿から京都方面へ歩いていることを告げると、 おばさんは「きっと京都に着いたら、今度は東京まで歩きたくなると思うよ」と言いました。 そのとき僕は「そんなのこの病気の体では無理ですよ」と思ったのですが、おばさんの予言通り、東京まで歩きたくなりました。 本来なら愛着のある中山道を使って江戸日本橋に向かたいのですが、さすがに抗がん剤治療をしながら峠越えがいくつもある中山道を歩くのは難しい。 そこで、今度は平坦な道の多い東海道を使って日本橋を目指すこととしました。その旅の記録はこちらになります。

( 参考リンク⇒ 東海道五十三次のんびり歩き )



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