19.大津宿  (現在の滋賀県大津市)


中山道69次大津宿の浮世絵  (『木曾海道六拾九次之内 大津』より)

瀬田の唐橋を渡り、石山の商店街を歩きます。

石山の商店街

しばらく歩くと膳所城跡に到着します。膳所城は琵琶湖岸に作られたお城で、琵琶湖に浮かぶような形になっていたそうです。 膳所城は公園となり、現在では石垣くらいしかお城の遺構を見ることはできませんが、琵琶湖にせり出したお城の形ははっきりと分かります。
中山道を伝って長いこと山の中を歩いてきましたが、ここ膳所城にてようやく琵琶湖畔に立つことが出来ました。

膳所城址  膳所城址

膳所城址  膳所城址

再び街道を歩き出します。大津プリンスホテルが見えてきます。半円状の形が特徴的です。

大津プリンスホテル

大津市には義仲寺があります。

義仲寺

義仲寺はその名の通り、木曽義仲が葬られたお寺です。境内には木曽義仲の小さなお墓があります。
また、松尾芭蕉のお墓もこの義仲寺にあります。松尾芭蕉は木曽義仲の生き方に親しみを持っており、何度か義仲寺を訪れていました。 芭蕉は大阪で亡くなりましたが、その遺言によって義仲の隣にお墓が作られたそうです。 芭蕉の弟子が詠んだ「木曽殿と 隣り合わせの 寒さかな」という句は有名です。

木曽義仲の墓  松尾芭蕉の墓

境内には芭蕉を祀る翁堂などがあり、狭いながらも見るべき物が沢山あるお寺だと思います。

翁堂  亀

ここで中山道から外れて、大津湖岸なぎさ公園に立ち寄ることにしました。
琵琶湖の波打ち際に腰掛けて、しばらく中山道を歩いてきた旅路を振り返りました。 大津市の隣は京都市になります。ここまで来たらゴール地点の京都三条大橋はもうすぐです。 病気になったときはもう旅行など無理かと思っていたのですが、本当によくここまで歩いて来れたものだ。 何となく感慨深い気持ちになりました。

大津湖岸なぎさ公園

再び中山道に戻って歩き出します。大津市は滋賀県の県庁所在地なので都会化されてしまっていますが、所々に古い建物を見かけることが出来ます。

明治天皇休憩所跡  大津宿の町並み

市内には路面電車も走っています。現在では、この電車に乗れば京都三条大橋まではあっという間に行けます。

路面電車

大津宿を抜けて、最後の難所である逢坂山越えに挑みます。 その昔、逢坂山は畿内と東国を分ける場所で、交通の要所として関所も設けられていました。
江戸時代には旅人のための茶屋が建ち並んでいたともいいますが、現在では民家も少なく、休む場所がない辛い峠越えとなります。

逢坂山越え  逢坂山越え

逢坂山の峠越えもようやく頂上に差し掛かりました。逢坂山関址の石碑や常夜灯が設置されています。

逢坂山関址

関所跡を過ぎたら、一気に坂を下ります。「京都 11km」の看板が見えてきて、本当にゴール地点が近づいてきたんだなと実感します。

国道1号  国道1号

Y字路に差し掛かります。ここは山科追分で、京都に向かう道と、伏見・奈良方面に向かう道の分岐路であり、 道標には「みぎハ京みち、ひだりハふしみみち」と刻まれています。

伏見道追分  追分道標

山科追分の分岐路を右に進みます。長い下り坂の先には京都市山科区の市街地が見えてきます。 そしてその先にうっすらと見える山を越えたら京都三条大橋です。
ゴールを間近にしながら、この日はJR山科駅まで歩いて旅を終了することにしました。 大津市内に予約しておいたホテルで体を休めながら、翌日に迫ったゴールの瞬間を想像しつつ床に着いたのでありました。

山科駅近く


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