16.武佐宿  (現在の滋賀県近江八幡市武佐町)


中山道69次武佐宿の浮世絵  (『木曾海道六拾九次之内 武佐』より)

この日は近江鉄道五箇荘駅からの出発です。
歩き出してすぐに道標を発見。「右 京みち、左 いせ ひの 八日市みち」と刻まれています。 「京道」とは京都に向かう中山道のことです。 一方の「いせ・ひの・八日市みち」とは、八日市、日野を経て東海道土山宿付近で東海道に合流し、伊勢神宮方面へと向かう道です。
( 参考リンク先 ⇒  東海道土山宿
今回は中山道を歩くので、この道標のある分岐路を右に進みます。

道標

中山道は近江商人の街として知られる五個荘へと進んでいきます。 さすがに全国を股にかけて商いをしたという近江商人の街だけあって、古くて立派な倉が建ち並んでいます。 街の所々にポケットパークがあるので、足を休めながら街並みを眺めて歩くことが出来ます。

五個荘の町並み  五個荘の町並み

五個荘の町並み  五個荘の町並み

五個荘の街を抜けると街道はのどかな田園風景へと変わっていきます。茅葺き屋根の建物も見ることができます。この建物は昔はういろう屋だったそうです。

田園風景  茅葺き屋根

しばらく進むと、現在の主幹道である国道8号と合流します。合流地点には「てんびんの里」近江商人像が建っています。

近江商人像

ここから少しの間は国道8号を歩くことになります。国道とは言っても、この辺りは静かな田園風景となっています。 また、道路の右側に見えるのは新幹線の線路です。昔の主幹道・中山道、現在の主幹道・国道8号、東海道新幹線が並行している珍しい区間でもあります。

国道8号

「愛知川宿へ一里半」と刻まれた道標にしたがって左折して東老蘇の集落がある細い道へと入っていきます。
奥石神社(右下の写真)にある「老蘇の森」は古くから歌枕として都人にも知られた土地で、多くの和歌に詠まれてきました。

道標  奥石神社

老蘇地区を抜けて、しばらく田園風景の中を歩き、再び集落が見えてきたら、それが武佐宿になります。

田園風景

武佐宿に入ると、すぐに牟佐神社が見えてきます。この神社の前には高札場が設置されていました。 高札場とは、法令などを庶民に周知するために掲げる掲示場所です。

牟佐神社  高札場

現在の武佐宿の町並みはこんな感じです。

武佐宿の町並み

武佐宿脇本陣跡は集会場になっているようです。何となく昔風の建物になっているのが嬉しいです。 武佐宿の特徴は、昔の遺構に設置されている案内板が小学生によって作られていることです。

武佐宿脇本陣跡  武佐宿案内板

武佐宿本陣跡には立派な門が残っています(左下の写真)。
また旅籠中村屋は、現在でも昔風の建物で料亭旅館として営業中とのことです(右下の写真)。

武佐宿本陣跡  旅籠中村屋

武佐宿内には、詳細な解説が書かれた案内板を備えたポケットパーがあり、また伊勢道への道標もあり、見所満載の宿場町となっています。

中山道公園  道標

この日は武佐宿の西端近くにある近江鉄道武佐駅まであるいて帰ることにしました。
武佐駅の駅舎は昔風の建物となっており、しかも上を見上げたら看板には「中山道 武佐駅」と書かれていました。 この地区の人々が、かつて宿場町であったことを大切にしていることがよく伝わってきました。

武佐駅



月日が経ち、再び武佐駅から旅を始めます。
中山道は主幹道である国道8号に合流します。見上げれば標識に「大津」の文字が。
ついに最後の宿場町・大津宿の名前が出て来て、自分がゴールに近づいていると実感します。
しかし、主幹道だけあって国道8号は大渋滞です。

国道8号標識  渋滞中

しばらく国道8号を歩いた後、中山道は細い道へと入っていきます。
道幅は昔の街道そのままの幅です。

中山道の風景

歩いていたら、民家の数はどんどん減っていき、どうやら行き止まりのようだが・・・。

行き止まり?

突き当たりに案内板が立っていました。ここ日野川は『木曾街道六拾九次之内 武佐』が描かれた場所のようです。 僕が歩いたときは草が生い茂っていたため、この案内板が立っている地点からは浮世絵に描かれているようには川は見えませんが、 違う位置から見ると、右下のようにちゃんと川が流れています。

日野川の案内板  日野川

さて、次なる守山宿を目指してまだまだ歩きます。


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