13.鳥居本宿  (現在の滋賀県彦根市鳥居本町)


中山道69次鳥居本宿の浮世絵  (『木曾海道六拾九次之内 鳥居本』より)

中山道屈指の景勝地・磨針峠へと向かいます。 しばらく名神高速に沿って歩きます。江戸時代と現在の大動脈が並行している貴重な光景です。
途中から山間部へと入って行きます。民家も少ない場所で、途中に猿に遭遇したりしました。 「中山 鳥居本、摺(磨)針峠 彦根」と刻まれた道標があります。 「中山鳥居本」と書かれた方向は、磨針峠越えを迂回して鳥居本宿へ至るルートになりますが、 今回は磨針峠を目指すので「摺針峠 彦根」の指示に従い右折します。

左側は名神高速  磨針峠への道標

磨針峠を登っていきます。それほどきつい坂道ではありませんが、抗がん剤治療をしているためか、かなり体に疲労を感じます。 登り続けると、鳥居が見えてきました。峠の頂上です。

磨針峠を登る  もうすぐ磨針峠頂上

『木曾街道六拾九次之内 鳥居本』は磨針峠の頂上にある望湖堂からの眺めを描いたものです。 浮世絵では眼下に琵琶湖が広がっていて、当時、江戸から中山道で山の中を歩いてきた人は、琵琶湖を見てとても感動したそうです。 現在では干拓事業により琵琶湖は遠く離れてしまいましたが、それでも琵琶湖を見ることができます(左下の写真ではちょっと霞んでますが・・・)。

僕も琵琶湖を見て、実に感動しました。奇しくも、この日(4月8日)は、がんの告知を受けた日です。 それから1年。ちゃんと生きていることが出来、しかも自分の足で歩いて旅をして、 さらにこの様な景色を見ることができるということが、本当に夢のようでした。
ちょうどお昼時だったので、お弁当を食べながら、しばらくこの絶景を堪能しました。

磨針峠からの眺望  磨針峠の碑

磨針峠を下ると国道8号に合流します。 岐阜県内の太田宿以西において昔の中山道は現在の国道21号となっていましたが、滋賀県内では中山道はほぼ国道8号へと引き継がれています。
しかし、ここではすぐに国道8号と別れて左の細い道へと入っていきます。そこで「おいでやす彦根市へ」との標識を発見。ついに彦根市に突入したようです。

中山道はY字路を左へ  おいでやす彦根

この辺りは、かつて松並木が続いていたそうです。現在でもわずかに松が残っています。

鳥居本松並木

ほどなくして鳥居本宿になります。
かつて鳥居本宿には薬局が多かったそうで、現在でも宿場の入口にある赤玉神教丸本舗が残っています(右下の写真)。 現在の建物は宝暦年間に立てられたもので、和宮や明治天皇も利用された建物だそうです。

鳥居本宿の町並み  赤玉神教丸本舗

鳥居本宿本陣は残っていませんが、本陣跡には倉庫が建っています。この倉庫の扉は本陣門の扉が再利用されています。

鳥居本宿本陣跡

鳥居本宿は合羽(かっぱ)が特産だったそうで、現在でも合羽の看板を掲げた家々を見かけることが出来ます。 この看板は少し文字がはげていて見辛いですが、「本家合羽所嘉右衛門」と書かれています。

本家合羽所嘉右衛門  本家合羽所嘉右衛門の看板

その他、宿場町内には古い建物が幾つか残っており、街道歩きをしている人を楽しませてくれます。

鳥居本宿の町並み  鳥居本宿の町並み

鳥居本宿の町並み  鳥居本宿の町並み

鳥居本宿を歩いていると丁字路があり、「左 中山道、右 彦根道」と書かれた道標が立っています。 彦根道とは朝鮮人街道とのことで、鳥居本宿はこの2つの街道が交わる交通の要所としても栄えました。 中山道はこのまま直進しますが、この日は右折して彦根に向かい、彦根城を見学して帰ることとしました。

朝鮮人街道
中山道鳥居本宿で中山道と分岐し、琵琶湖畔沿いに彦根、安土、近江八幡を経て野洲で中山道に再合流する道。 江戸時代には朝鮮からの使節団がこの道を通って江戸に向かったため、朝鮮人街道とよばれた。


彦根道追分  追分道標


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