07.垂井宿  (現在の岐阜県垂井町)


中山道69次垂井宿の浮世絵  (『木曾海道六拾九次之内 垂井』より)

相川橋を渡ったら垂井宿です。

相川橋

垂井宿には古い街並みがよく残されています。旅籠・亀丸屋は安永7年(1777年)に建てられた旅籠で、現在でも旅館として営業を続けているそうです。

旅籠・亀丸屋  旅籠・亀丸屋の説明板

垂井宿の落ち着いた街並みを進むと大きな鳥居があります。これは南宮神社大鳥居で、東海道一の鉄製鳥居だそうです。 南宮神社は美濃の国一の宮の由緒ある神社で、この垂井宿の南に位置しており、垂井宿は参拝の入口になっていました。

垂井宿の町並み  南宮大社大鳥居

垂井宿内には垂井の泉と呼ばれる湧き水が出る清水があります。 古来より湧き出ている清水だそうで、生活用水として利用されたり、旅人の休憩場所になったりしていたそうです、 垂井の地名は、この垂井の泉水に由来しています。

垂井の泉

垂井宿には黒板壁の旧家や格子窓の商家など、古い街並みが実によく残されています。

垂井宿の町並み

格子窓  格子窓

垂井宿を抜けるとJR東海道線の線路を渡ります。下の写真は西方面を見たもの。この春か先が目指す岐阜滋賀県境、さらに京都となります。

JRの線路を渡る

しばらく行くと盛り土の上に植えられた大きな木が目に入ってきます。この塚は、垂井一里塚です。 明治以降に多くの一里塚は壊されてしまったのですが、そんな中、この垂井一里塚は江戸時代そのままの形で残されている貴重な物です。 しかし、間近で見ると、実に大きい。

垂井一里塚

国道21号を横切り、細い道へと入っていきます。 「これより中山道 関ヶ原町」と書かれた案内板を発見。 どうやら垂井町から関ヶ原町へ入ったようです。しばらく歩くと街道は松並木の景色へと変わっていきます。 この辺りは、有名な関ヶ原の戦いが行われた場所となり、武将の名が書かれた「○○の陣地跡」などと書かれた看板をよく見かけます。

関ヶ原町へ入る  関ヶ原松並木

松並木から左手を見ると小高い丘があります。そこは徳川家康が最初に陣地を構えた桃配山です。 ちょうどお昼時になったので、桃配山に登って、関ヶ原の町を眺めながらお弁当を食べることにしました。 約400年前、徳川家康もここから同じ景色を眺めていたかと思うと、不思議な思いに駆られました。

桃配山


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