長い旅のはじまり
30歳でがんになり、入院、手術をすることになりました。 多数のチューブが体に繋がれて、自由に体を動かすことが出来なくなりました。 ベットに横たわって天井を見上げながら、いつか元気になったら自分の体を使った歩き旅をしたいな、そう思うようになりました。
退院後、ふと近所の宿場町・太田宿まで散歩に出掛けました。 まさか、この散歩が京都まで続く中山道の長旅になるとは、その時は思いもよらなかったのですが・・・。
このホームページは、そんな中山道の旅の記録です。




01.太田宿  (現在の岐阜県美濃加茂市)


中山道69次太田宿の浮世絵  (『木曾海道六拾九次之内 太田』より)

太田宿は太田の渡しを控えた宿場町として栄えました。
昔は「木曽のかけ橋 太田の渡し 碓氷峠がなくばよい」といわれ、中山道三大難所の一つでした。
渡し場からは復元された石畳の道が続いています。

太田の渡し石畳

渡し場から西を見ると『木曾海道六拾九次之内 太田』に描かれたのと同じ景色が見えます。
江戸時代と全く変わらない景色です。

鳩吹山

太田の渡し場のすぐ近くに太田の宿場町があります。
宿場町の入口には「これより中山道太田宿」と書かれた標識が。

太田宿は交通の要所で、太田宿からは京都方面(中山道)、江戸方面(中山道)、 富山・高山方面(飛騨街道)、名古屋方面(木曽街道)と四方に道が延びていました。 右下の写真は太田宿東出口に立つ道標。「左 飛騨高山、右 東京・善光寺」と刻まれています。

太田宿東口  飛騨街道追分

太田宿には古い建物が残っています。うだつが上がっている建物も幾つか見かけます。

太田宿町並み  うだつ

また昔風に作られた無料休憩所などもあって、宿場町情緒がよく漂っています。

休憩所  休憩所

こちらは酒造会社御代桜の酒蔵。これも良い雰囲気。

蔵元御代桜

太田宿には、その他にも本陣の門、および脇本陣林家の建物が残っています。
さすがにお殿様が宿泊した建物だけあって、とっても立派な作りになっています、

(参考)本陣とは大名が宿泊した宿のことで、脇本陣とは本陣が満員の時に使用した宿のことです。

太田宿本陣  太田宿脇本陣

下の写真は宿場祭り「おん祭MINOKAMO秋の陣」の様子。
江戸時代に朝廷から将軍家に嫁いだ姫様は中山道を通ることが多かったそうで、その様子が再現されています。

おんさい美濃加茂  おんさい美濃加茂

本来なら太田宿まで歩いて家に帰る予定だったのですが、 天気も良く、体調も比較的良かったので、もうちょっと歩いてみようかと欲を出してしまった。 これが遠く京都を目指す長旅の始まりになるとは、この時は思いも寄らなかった。


home go