’98年12月19・20日の2回中国河北省石家荘において「蓬莱の国―
徐福伝説」というオペラが公演されました。石家荘は北京から車で高速道路を
を約4時間南西へ走った所にあります。この都市は比較的新しく、たくさんの
人達に「あなたはどこの人ですか」と尋ねるとだいたいよその土地からの人ば
かりです。
しかし町並は北京と比べると高層ビルとデパートが無いといった感
じです。物価はかなり安いです。タクシーなど初乗りが半分の料金です。逆に
空気はとても汚いです。北京でも東京や大阪よりもはるかに汚いのに、その上
をいくのですから。私は経験したことがあるか記憶にないのですが昭和45年
頃から始まった光化学スモッグ状態のようだとのことです。日本から20数名
来中した出演者もこれには悩まされ、喉を傷める者、頭が痛くなる者、目眩な
どいろいろな症状が出ました。北京支部長として約4か月滞在して慣れている
つもりでしたが少し頭が痛かったです。

 一時は出演することも危ない人もいましたが何とか気力でふんばり最後までや
り抜きました。若干男子1名光熱でリタイアしましたが。
皆なの為にマスクや薬などを買いに走り回り、一生懸命だった私ですが、
ちょっとマスクを買い過ぎ33個も余ってしまいました。1個30円・・・・
とまあ日本側は悪戦苦闘していましたが中国側も少しは堪えていたようです。
 このオペラのことは以前ファンクラブ会報で紹介されたこともありますので
ご存知の方もいると思いますが、まだ知らない方のために少し説明します。
 監督エドワード氏が「徐福」という歴史上の人物をもとに「農業」「環境」
「生き方」「日中友好」をテーマに日中の合作で作り上げたものです。’97
年には上海など各地で’98年には日本全国8公演をしてきました。私はこの
日本公演の時からマネージャーとしてスタッフに加わりました。私の尊敬する
自然農業の師「福岡正信」氏からの間接的な紹介と私自身このオペラの主旨に
共鳴することによって加わったのです。また福岡さんはこのオペラの顧問でも
あります。詳しいことは会報のバックNoを参照して下さい。

 今回驚くべきことがありました。実は私とファンクラブの会員である並木由
美子さんが舞台で歌いそして踊ってしまったのです。彼女も私も初体験です。
彼女は少しだけかじったことがあるようですが私など全くありません。おまけ
に北京であれこれ仕事しているのに練習するひまなどあるません。しかし監督
の強い勧めと私のチャレンジ精神が引き受けてしまった。結局監督が12月1
0日に皆より一足先に来中してからの短い間に何とか様になるようにまでにな
った。これもいつもの「開き直り努力精神」の賜物でしょうか。

 よく中国は「近くて遠い国」と言われていますが約4か月の滞在とオペラを
通してよく分かりました。例外はありますが、とても自己主張が強く、面子を
重んじ、人をなかなか信用せず、また騙し、金に振り回される、そして自分さ
え良ければという精神。これらが、いい悪いということではありません。いか
に日本と違うかということです。歴史的背景や風土などの影響が大きいことで
しょう。日本にもこのような人はいます。幸い上記のような中国人の人を見た
り触れたり話を聞いてきただけでなく、すばらしい中国人と友達になれて本当
に良かったです。本当の友達になるまでは長い時間を必要としますが一度なる
と恐いぐらいの親密さになるというのは本当でした。

そして中国の子供たちは違いました。このオペラには石家荘のある小学校から
50人もの生徒が参加し一緒に練習をしたり、お喋りしたり、ただ笑顔を見せ
あったりと。子供たちは、無垢で純粋で元気です。言葉で説明する必要などあ
りません。でもこの子供たちが将来変わってしまうのかと思うと淋しくなりま
す。やはり教育なのでしょうか。今日本でも教育、教育と騒がれていますが、
これからの時代を担っていく者が大事なのは当然で、また教える側も変わらな
ければいけません。愛や創造力など生きるうえで最も基本的なことを見直して
いくべきでしょう。瞼を閉じると今でもあの子供たちの最後の大粒の涙が思い
出されます。
 さて、肝腎の観客数は一日目二日目とも800人前後で合計1600人ぐら
いでした。観客の雰囲気や反応も好意的でやってよかったなと思いました。
もちろんこれからの課題もありますが。前回の上海その他各地の公演では日本
人の観客が多く中国人が少なかったのですが上演中お菓子をぼりぼり食べたり
ジュースを飲んでお喋りをしたりと大変だったようです。今回はほとんど中国
人の方達でしたのでどうなるか心配でしたが杞憂に終わり一安心です。
 ここまでオペラそのものについて、あまり述べてませんでしたが、それは実
際に見て頂かないと感じてもらうことが出来ないと思ったからです。また私の
北京における苦労話や中国人たちとのふれあいなど書きたかったのですが、紙
幅の都合上ちょっと無理ですので次回機会がありましたら書いたり話したりす
るともりです。最後に私が実際に見て食べた中国の食について書いておわりま
す。

北京とその周辺では米は全く作られていないのですが、いわゆる白米という
ものが存在します。しかしどちらかというと小麦で作られたもの(例:饅頭、
包子、麺、ナンみたいなもの)の方が主食になっています。また白米をご飯と
して食べることは少なくほとんど炒飯にして食べています。炒める時は昔はよ
くラードを使っていたそうですが、健康に良くないということと植物油が普及
してきたことによってほとんど大豆油がつかわれています。しかし豚肉の脂身
をミンチにして料理によく混ぜている店がありますので要注意です。

よく外国のご飯はパサついていると言われますが、そんな事なかったです。た
だ炊きかたが悪く、一度湯こぼしをしたり白米を極端に洗い過ぎたりと考えら
れないことをします。後は水分量ですね。自分自身白米を買って電気コンロと
鍋を使っていつものように炊いてみましたら、そんなに言うほどではありませ
んでした。ちなみに私の勤めていた日本料理店では、もち米を5%混ぜて炊い
ていました。しかし我々日本人スタッフが目を離すとすぐに炊きかたを間違え
まずくなってしまいお客様に叱責された事もしばしばあります。
玄米は売ってはいましたが、調理する機会がなく、私の知り合いが炊いてみた
そうですが、まずかったそうです。しかし彼は玄米の炊きかたも知らないし、
ましてや食べたこともないので、あまり参考にはなりません。一応圧力鍋は、
売っていました。また玄米を食べている中国人にはついぞ出会いませんでし
た。
主食の小麦ですが本場であるためか、とても美味しかったです。ただ麺類だけ
はいただけなくて、こしも味もなく不味いです。ラーメンなどというものはな
く中国にいる日本人は皆がっかりします。例えあっても、それはそれはまずく
日本人のあいだでは「ラーうどん」と呼ばれています。それに中国人のあいだ
でも、まずいと評判です。
野菜叩くさんありましたが、冬に茄子やトマトが売られていて季節感があまり
感じられなかったです。葱などは日本のように繊細な味のものはありません。
25才のある日本人留学生と飲んだ時のことですが彼は留学する前、ある企業
が中国で日本のねぎを栽培する研究に参加していたそうですが、いろいろ手を
つくしてみた結果だめだったようです。身土不二からすれば当然ですが。その
企業は成功したら、それを日本へ輸出するつもりだったようです。安い人件費
で採算が合うのでしょう。困ったものです。野菜で困ったのは香菜という、す
ごい臭いの野菜がたくさんの料理に出没するので、よけるのに大変だったこと
です。この臭いはかめ虫の臭いと似ていて日本人は、結構いやがり、皆苦労す
るそうです。中国や東南アジアに行けば必ず見受けられる事請け合いです。
 私がよく食べた料理は、古漬けの白菜と春雨の太いのを一緒に炒めて中国の
醤油で味付けしたものです。毎晩のようにビールを飲みながら食べていたもの
です。中国の醤油は、まずいものから美味しいものまでぴんきりで、よく見て
選ばないととんでもない目に会います。裏の表示やメーカー名を見て買ったこ
ともありますが、ある日本のメーカーであいたので、まあまあでした。スー
パーでいろいろな製品の表示を見ましたが、想像通り、味の素が大半のに入っ
ていました。一生懸命日本料理店の従業員に味の素や菜食の事などをいろいろ
と説明しましたが、反応は日本の一般人と大差ありません。「宗教は何な
の?」「病気なのか?」などなど・・・。
以前、正食協会の編集部のある方に「桜沢さんや相原さんの時代にどうして中
国で広まらなかったのでしょうかねえ」と伺ったところ「中国には普茶料理な
どの知識が幅を気化しているため、だめだったそうですよ」とおっしゃられて
いました。当時は、そうだったかもしれませんが、今はそれ以前の問題ではな
いかと思います。
 日本にいる時、よく「肉を入れないで作ってくれませんか」と言うとたいて
い断られるものですが、北京では、すぐOKしてくれます。しかし民族性か返
事をしたものの注文通りに出てくる確立は60%です。
私は昔から「満州」という言葉にひかれていたせいか東北料理が、とても性に
合いました。美味しい菜食料理も多いし、ご飯には、きびやあわなどの雑穀も
入っています。出されたお茶も、とても美味しかったので、聞いてみたら大麦
を炒って煮出したものでした。熱い状態で飲みます。たまたま私の行った店が
そうだったのかもしれませんが、友達の中国人(東北出身)に言わせると、間
違いなさそうです。ちょっと辛すぎるのが、たまにキズですが。
 以上、私のつたない中国語で交流してきたことを書きました。まだ始まった
ばかりです。