北海道・道北部旅行 PartW-3
道北旅行:4-3(美瑛、千歳空港、帰路)     道北旅行     写真集Part4
小生の旅と山旅   日本周遊紀行   世界遺産と鎌倉・湘南   日本周遊ブログ   日本周遊写真集T

【本文関連情報




  【 第八日・最終日 】


旭川⇒美瑛(四季の塔、四季彩の丘)⇒天人峡(羽衣の滝)⇒旭川⇒新千歳空港

新千歳空港: 19:25⇒⇒⇒21:00羽田⇒厚木自宅



  《 美瑛 》

  長き北海道北部の滞在も今日が最終日になった。
 台風4号が昨日(7月14日)九州鹿児島に上陸というニュースを報じていた。
 その後、本州西南域を東に進んで現在東海地方を進んでいるらしい。
 従って、空の便がのきなみ欠航する中、我らも今夕刻千歳空港から帰路の途につく予定である。
 だが、このままだと航空便の欠航も覚悟しなければならない状態になった。

  こちら北海道は久しぶりに好天に恵まれたので、台風の心配をしながら尊宅の主人の案内で美瑛方面へ観光することになった。 
 先刻も訪れたが、富良野や美瑛は花の時期真っ盛りで名所の一つとなっている。
 北海道中央部の一大観光名所にもなっていて、本州からのツアー客も最も頻繁に訪れて来る時期でもある。おまけに今、旭川は「旭山動物園」が人気沸騰で訪れる人が四季を通じて絶えないのである。 

  息子が昨日富良野を訪れた際もものすごい車や人々で閉口したらしい。
 こんな訳で我らは、どうしても旭川空港便のチケットは取れずじまいで千歳空港になってしまったのである。


  午前中は時間的余裕があるので、当主の案内で美瑛に向かった。  国道を避けて地元民しか知らない脇道で行くことになる。 
 旭川空港を横目に見ながら、間もなくして美瑛の丘の一角に到着した。
 道路わきにマニアと思しき数人が、カメラの銃砲を向けていた。
 緑と茶色のうねる様な丘の谷間に一軒の赤い屋根の家が埋もれるように建っているのである・・。聞くところ隠れた名所で、カレンダーの絵やポスターなどに示される風景のポイントだという。


  一時の景観を楽しんで先へ向かった。
 美瑛の町の中に到った、駅から数百米のところに美瑛の役所があり、そこに周辺を一望できるタワー「四季の塔」があった。
 役所の施設なので本日日曜日は、もしかすると休館かもしれないという不安もあったが幸い開館していた。
 早速エレベーターで上場展望台へ昇った。
 地上32mの展望台からは十勝岳連峰が雲をたなびかせながら遠望できるし、美瑛の町から広がる丘が楽しめた。
 こちらも特定の人しか知らない隠れた名所だという。


  美瑛の表玄関JR富良野線の美瑛駅へも寄ってみた。
 大理石作りの美しい駅で、もともと美瑛は美瑛軟石という大理石の生産地で、美瑛駅近くから石切り場もある。 JR変わってから改装し、観光客に「石造りの駅」として人気が高まり、北海道の駅の中でも1、2の人気らしい、旧国鉄時代「山口百恵のいい日旅立ち」や富良野・「北の国から」の田中邦衛のトヨタカムリのCMに採用された駅舎でもある。

  さて、次に訪れたのが富良野との境の深山峠の近く237号線から東に少し入った所「四季彩の丘」である。   美瑛の丘の観光で見逃してはいけないスポットといわれ、お花畑を中心に園内をトラクターを使った乗り合いバス?が園内を巡回し、又、入り口には巨大な藁人形のキャラクターなどが一つの風物を演出している。 

 美瑛の特有のなだらかな丘がこまでも続く大地上に一面びっしりと花たちが咲き誇っている。 
 十勝岳をバックに30種類ともいわれる花々で、パッチワークのようにつぎつぎと丘を染めていて、ゆるやかな曲線上に虹がかかっているようであり、気持ちも広くなる。 
 一巡りめぐった後、酪農牛乳の香り高いソフトアイスが喉越しに気持ちよく入っていった。
 到着したときはさほどでもなかったが、限りある駐車スペースは既に満車で遥かに路上渋滞を引き起こしている、胸を撫で下ろしながら四季彩の丘を後にした。


  ところで、「日本で最も美しい村連合」というのがある・・。
  “農漁村の景観や環境や文化など、これら地域資源を守るとともに、地域に誇りを持ち、さらに磨きをかけることにより、地域の活性化、地域資源の保護、村ブランドを確立しての観光振興、地域の自立並びに発展を目指す地方自治体の連合体”と謳っている。

  2005年(平成17年)10月 -美瑛町長の呼び掛けにより7町村で発足したもので現在9町村が加盟している。
 その本部・連合事務局(美瑛町役場政策調整室内)が美瑛町に置かれていて世界遺産白川郷のある岐阜県白川村や黒川温泉のある熊本県南小国町などが加盟している。
 先ほど訪れた役所のタワー「四季の塔」は、それらのシンボル記念の塔かもしれない。



写真集Part4           

【本文関連情報



  《 閑話休題 》

  我が家と旭川との縁については先に述べた。
 スキー狂であった息子が北の学校へ行きたいという希望もあり、旭川で4年間過ごした。その間、地元の女性と知り合って所帯を持つに到り、今では二人の子供ももうけている。
 そんなわけで嫁さんが時折里帰りしているが、今回のわれらの長期北海道旅行も、その里帰りを兼ねていたのである。

  その旭川は北海道のほぼ中央にあって上川盆地に位置し、内陸でありながら扇状地で発達した川の町でもある。 
 石狩川、忠別川、美瑛川、牛朱別川など大小の多数の河川が流れ多くの橋が架かる。 

 中でも石狩川と牛朱別川の交わるところにある旭橋は、1932年完成した鉄製アーチ橋で「川のまち」旭川の象徴として市民に愛されてきた。旭橋は北海道遺産に選定されている。 
 この橋の上流で冬季・旭川雪祭りが行われる、北海道雪祭りで札幌雪祭りに次ぐ知名度を誇る。

  旭川は道内の多雪地域に比べて決して多くはないが、内陸特有の気候で冬は北海道の中でも厳しい寒さとなる。
 1902年(明治35年)1月25日には日本の気象官署での観測史上最低気温摂氏-41.0度を記録した。
 この時、青森の八甲田山(はっこうださん)系で、青森歩兵第五連隊が雪中行軍の演習中に記録的な寒波に由来する吹雪に遭遇し、210名中199名が遭難した事件(八甲田雪中行軍遭難事件)が発生した日でもあった。

  旭川は、昨今旭山動物園が超有名になり、すっかり北の国の全国区になり、2006年度の入園者数は300万人を突破し、月間入園者数が4ヶ月連続で日本一を記録(6〜9月)するなど、そのユニークな飼育法など関係者の注目をあびている。

  旭川は「川のまち」であるが、アイヌの人々は、忠別川のことを「波のある川」の意味でチウ・ペツと呼んでいた。
 しかしこれをチュッ・ペツ(日の川)と勘違いした結果、「旭川」という地名が生まれたとされている。



  この後、我らはこの忠別川の上流というか源流域を目指してみた。
 有名な「羽衣の滝」の涼味を味わい、見物するためである。

  北美瑛から忠別川に沿って先ずは天人峡へ。

  天人峡は旭川市からほぼ1時間の山間部に位置し旭川の奥座敷といわれ、外界と完全に隔絶された場所に天人峡温泉もある。
 数軒のホテルからなる大雪山麓の小さな温泉郷である。その最奥に建つ天人閣の前から、忠別川沿いに遊歩道がついていて、本流に懸かる敷島の滝とあわせて訪れることができる。
 忠別川は、アイヌ語で“波の発つ川”で、その名の通り川の水量も多く、流れは荒々しい。
 歩道には木々が高く繁り、炎天下でも陽は葉に遮られて涼しい・・。

  遊歩道を歩き始めて凡そ10分、この滝の懸かっている二見川の橋を渡ると、ほぼ正面に羽衣の滝が忽然とあらわれるた。 
 山歩きの好きな小生山間で幾多の滝を見物しているが、やはり第一級の滝であった。

  羽衣の滝は高さにして国内第3位で270mだという。 
 因みに、1位は称名滝(350m・4段、富山県中新川郡立山町)、2位は雪輪の滝(300m・3段、愛媛県宇和島市)である。
 羽衣の滝を後に、さらに忠別川をさかのぼると「敷島の滝」が落ちているという。
 高さはあまりないけど、本流に懸かるだけに圧倒される水量で、羽衣の滝から20分ほどの距離であるという。
 我らは次回を楽しみに、天人峡を後にした。



  情報によると現在、台風は千葉・房総南部を急速に衰えながら、東へ進んでいるらしい。
 従って、東京方面のへの飛行便は欠航することなく時間通り運行しているという。

  一時、旭川の尊宅で厄介になった後、家族全員(われ等夫婦、息子夫婦、孫二人の6人)は夫妻に千歳まで見送られ、無事機中の人となった。

 『終』


写真集Part4           

【本文関連情報

道北旅行        写真集Part4
小生の旅と山旅   日本周遊紀行   世界遺産と鎌倉・湘南   日本周遊ブログ   日本周遊写真集T

【小生の旅のリンク集】
旅の紀行・記録集
山の紀行・記録集 山のエッセイ
「旅行リスト」
日本周遊紀行「東日本編」
日本周遊紀行「西日本編」
日本周遊紀行 (別URLです)

【日本の世界遺産紀行】 
北海道・知床  
白神山地 
紀伊山地の霊場と参詣道 
安芸の宮島・厳島神社  
石見銀山遺跡とその文化的景観 

ハワイ旅行2007
九州旅行2008
沖縄旅行2008
北海道道北旅行
北海道旅行2005
南紀旅行2002



「山行リスト」 

立山、剣(天の記)(1971年)
白馬連峰登頂記(2004・8月)
北ア・槍−穂高(1968年)
上高地・明神(2008年)
南ア・北岳(1969年)
八ヶ岳(1966年)
八ヶ岳越年登山(1969年)
谷川岳(1967年)
丹沢山(1969年)
西丹沢・大室山(1969年)
西丹沢・檜洞丸(1970年)
丹沢、山迷記(1970年)
奥秩父・金峰山(1972年)
「上高地雑感」
「上越国境・谷川岳」
「丹沢山塊」
「大菩薩峠」
 


スキーの記録  
「スキー履歴」