北海道・道北部旅行 PartW-2
道北旅行:4-2(富良野、層雲峡、大雪、遠軽)
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  《 富良野・美瑛 》

  国道沿いにある「旭川ラーメン」の店へ遅い昼食のため寄ってみた。

 地元の地ビールと一緒に食していたら、何やら奥のほうの席が騒がしい、そして、店の人と記念写真やサインなどをの所作をしていた。 
 息子の言によると、地元北海道のSTV(札幌テレビ放送)で活躍中の有名キャスター・木村洋二アナウンサーであるという。 

 道内のTVファンなら誰でも知っている人気キャスターで、タレント並みの人気がある。 
 かつて日本テレビ系の「ズームイン!!朝!」では北海道中継を担当し道中に知れ渡ったという。
 現在は、北海道で人気のローカル情報番組『どさんこワイド180』のメインキャスターや、北海道を拠点に活動している大泉洋と共に「YOYO'S」というユニットを結成し、『1×8いこうよ!』というローカルバラエティ番組にも出演している。
 そして今日は『どさんこワイド180』の「今日は富良野スペシャル・・!!」」と言う番組で「ファーム富田」を生中継するという・・。 今は、その為の腹ごしらえというわけだろう・・。

  ところで、相棒の「大泉洋」は北海道出身の人気タレントで、独特なキャラは今や全国区であろう。
 小生は最近の日本テレビ系列で放映されていた『ハケンの品格』を拝見したが、憎らしいほどの好演技が光ったように思った。
 道内では、彼のバラエティー番組が秀悦だったようだが、俳優、声優としての活躍も見せてる。 
 変り種は、北海道出身の彼が、札幌のメーカーと組んでのプロデュース、開発したという「スープカレー」は、彼出演のTV番組や本なども出版されて知れ渡り人気を博した。


  スープカレーは、当初はややマニアックな存在であったが、大泉洋の出現によってこれらのカレー店の評判が一般にも普及され、21世紀初頭に至ってスープカレーは札幌市を起点に爆発的ブームを巻き起こした。
 今やもう、札幌ラーメンどころじゃない!ラーメンはもう古い!?・・、などとも言われている。

  以前、娘に連れられて札幌・すすきののスープカレー専門店にて食したが、そこそこの味であった、そして若者が続々見えられたのが記憶に残る。


  チョッと話が反れたが・・、富良野は今、ラベンダーを中心に各種花々が華やかであり、これからその「ファーム富田」へ向かうのである。 
 ラーメン店のすぐ横を行くとJR富良野線の踏切を渡り、すぐ右折すると中富良野の駅の裏に達する、それより間もなくしてファームへ着いた。 
 平日だと言うのに既に相当の人出である、駐車場から直ぐにラベンダー畑になっていて、今や盛りと咲き誇り、粋な香りを発散させている。
 小屋では自家製のメロンが人気を呼んでいるようだ。小屋向こうは又、色とりどりの花々が遥か彼方まで縞状に咲き誇っている。

  あちこちの建物はTOMITAブランドのオリジナル商品が充実し、店内は芳香で包まれている。 
 又、ラベンダーを理解するうえでの貴重な資料が展示され、富良野のラベンダーの歴史、富田ファームの軌跡の紹介にもなっている。 
 今では富良野のラベンダーといえば「ファーム富田」と言えるほどの人気で、ガイドブックには必ず紹介され、観光バスの定番スポットでおまけに全国ネットでテレビ中継などもされている。
 そのTV番組生中継のため、ラベンダー畑のど真ん中で先ほどの旭川ラーメン店で食事をされていた「木村洋二キャスター」が盛んにリハーサル中であった。 
 我らは御多忙中を承知で図々しく、記念の写真を同撮してもらった。


  富良野を後にして美瑛の丘に到る、息子が気を利かして美瑛町で一番有名だというポプラの木を車中より覗いた。 
 「ケンとメリーの木」といって、昭和48年頃に日産自動車のケンとメリーのスカイラインのCMに使用された木から名がつけられた。
 ケンとメリーの木は車道の直ぐ横、周りには他の木がなく美瑛の丘とマッチしていて美しい景色である。 息子は今でも日産スカイラインの往年の車に乗っていて、「スカイライン同好会」に入っている。そして、時々仲間と好味を通じているようであり、どうしてもわれ等を案内したかったのだろう。 

 他にも、「マイルドセブンの丘」、「セブンスターの木」、「ぜるぶの丘」など慌しく案内ガイドしてくれる。
 息子にしてみれば旭川、美瑛、富良野は第二の故郷で、この地は自分の庭のようなものである・・、と自称している。

  時間も余り残されていないので、旭川の実家(嫁さんの、・・既に到着を待っているはず)、神楽岡へ向かう。



  
《 
層雲峡 》

   我らは、茶飲みばなしで一時を過ごし、急ぎ今夜の泊まり宿である層雲峡へ向かった。
 親戚宅の神楽岡より、旭川の外環道を北に向かい、今人気絶頂の「旭日山動物園」を右手に見る。 

 更に、「愛別・当麻・旭川線」の道道140号の山間を行くと、程なく道央道の延長線上にある「旭川紋別道」を愛別I・Cからのる。こちらは無論有料高速道路であるが、今は部分開通のため無料になっているらしい。 

  層雲峡へは「上川・層雲峡I・C」で降りることになる、後は上流部の石狩川に沿って、山域の国道39号線を一路進むとやがて山間地の巨大ホテル群が見隠れする「層雲峡温泉」へ到着である。
 今夜の宿「朝陽リゾートホテル」は温泉街の入り口、国道沿いにあるので判りやすい、それにしても巨大なホテルである。 
 六階の部屋に通されて更にビックリ、見晴らしのいい二間続きの和室の部屋であり、真新しく気持ちがいい、それもそのはず2004年7月に新しくオープンしたばかりであるという。
 建物は石狩川、そして渓谷を背に北東向きに建っており、国道39号を旭川方面から来ると右手にある。地上6階建て地下1階、客室総数227室、全長120mもある横に長い巨大リゾートホテルだ・。 

  野口観光(本拠を北海道登別市におき、道内の主要な温泉場に旅館、ホテルの経営、観光産業を行っている)グループが営むホテルで、層雲峡では既に名高い温泉ホテル『層雲峡 朝陽亭』に次ぐ二つ目のホテルでもある。

  先ずは一服茶を入れて、早速ながら温泉入浴である。浴場は地下一階にあるが、地下といっても薄暗い地下ではなく、実際は明るい緑濃き立派な地上である。
 大浴場は「大自然の湯」と銘うって、正面に新緑の世界が広がっている。露天は森林浴も一緒に楽しめる風呂で、(男女日割交代)森の向こうからは、石狩川のせせらぎが聞こえてくる、イヤハヤ大満足である。温泉の湯元は当館地下60mから湧き出す源泉で自然放流型、泉質は、若干の硫黄臭が漂う単純硫黄泉、白い湯華が沈殿する濁り湯でもある。 

  温泉は尚、こちらのホテルと本館朝陽亭を結ぶ「シャトルバス」が運行されていて、両館の温泉も利用できるらしい。尚、聞くところシャトルバス以外にも、希望によっては送迎してくれると言う、何とも有り難い話で、就寝前の本館入浴を楽しみにする。

  バイキングの夕食を満パン詰めて、お土産等を物色して自宅に送り込み、多少の時間を費やしてイザ本館入浴へと向かおうとした時、大変な事に気が付いた。 大事なカメラが無いのである。 
 浴場更衣室に忘れたのだ・・!!。 

  既に夜は深かった、更衣室を確かめても、フロントに尋ねても不明であった。 
 長道中の旅の一切をデジカメに収め、その数、数百枚にも及ぶ・・、カメラ本体はともかく中身は欲しかった。 

  本館入浴はおろか、あれこれ想像を巡らし、マンジリともしない夜を過ごす羽目になってしまった。(その割りに意外とグッスリ寝たのだが)。



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  【 第七日 】


層雲峡(黒岳ロープウェイ・リフト→→下りハイキング、流星・銀河の滝)⇒石北峠⇒留辺蕊(るべしべ・温根湯温泉)⇒遠軽⇒丸瀬布・白滝⇒上川・旭川(親戚 泊)


  《 大雪 》

  目覚めて・・、再びフロントにてカメラの一件
を尋ねてみた。 

 すると、今朝方早く浴場管理者から届出があったという。 
 収得物のケースから小生のカメラが出てきたときは、さすがに天を仰ぎ、安堵のため息が出た。
 謝礼のことを申し入れたが、ホテル係員は当然の事をしたまでと恐縮していたようで、丁重な礼を申し述べて辞した。 
 お陰で、これから先も気持ちよく道中が続けられる。


  さて、当館宿泊の特典として黒岳ロープウェイの往復券が付いていたので、あまり天気は良くなかったが参ることにした。 
 層雲峡の温泉街には、花々で飾られた洒落た街路が下部の国道沿いより黒岳ロープウェイの基部まで続いている。
 早速、20分ごとに運転しているロープウェイ・ゴンドラの人となった。
 更に7合目までリフトを乗り継いで上ることになる。

  垂れ込めている雲霧はこの辺りから始まり、後は霧中の道中となる。
 リフト終点から上部は、7月〜8月にかけては高山植物で埋め尽くされ、夢のような風景を楽しめるはずであったが残念の一語である。
 正面の「黒岳(1,984m)」へは1時間半で登れるし、周辺は「旭岳(2,290m 北海道の最高峰 大雪山系の北部に位置する)、北鎮岳(2,244m)、白雲岳(2,230m)、愛別岳(2,112m)などといった山々が望まれるはずである。


 大雪山・・、

  アイヌの人たちは古来から大雪山のことをカムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)と呼び、神々の棲む山として尊んできた。
 本州・北アルプスの3000m級と同程度といわれる2000m級の大雪の山々は、広大な自然を抱え懐が深く、日本最大の山岳国立公園であり、その面積は神奈川県に匹敵するという。 
 今回はそんな大雪の黒岳周辺を登行散策する予定であったが、天候事情もあり再度挑戦することにした。
 大雪の一端から流れ落ちる「流星・銀河の滝」(ともに日本の滝百選に選定)などを国道39号から眺めながら先へ進んだ。


  層雲峡を過ぎ大雪湖を右に見ながら、「石北峠」に到る。
 その名も石狩地方(上川町)と北見地方(留辺蘂町)の境界となる標高1050mの峠である。
 道内では3番目に高い峠で展望台や古風な土産店も並ぶ。
 因みに、標高1位は三国峠(R273)で1136m、2位が幌鹿峠(R85)の1081mである。


  エゾマツやトドマツ、タケカンバなどの大樹海が広がる急坂を下り、やがて 開けた平野に出ると間もなく留辺蘂の「道の駅・おんねゆ温泉」である。 
 道の駅は、石北峠の基部に当たり、旭川、層雲峡の大雪観光圏と阿寒・網走・知床観光圏を結ぶ中継地点で、道内の古湯といわれる温根湯温泉も湧く。

  中央スペースに悠々と駐車して一服仮眠をしていると、突然、横の三角タワーが音楽演奏を奏で、からくり人形らしいのが飛び出して踊っていた。
 時報と同時に始まったようで周囲は既に人だかりになっていた。

 このタワーは、高さ約20mのシンボルタ ワー「果夢林」と言うらしく、からくり人形と世界最大級のハト時計を組み合わせた作りは、時報に合わせて様々な楽器を手にした森の妖精が踊りはじめ、羽の長さ約2mもある大きなハト「ポッポちゃん」も登場するという。

  ところで、「留辺蘂」と書いて「ルベシベ」と読む。 
 町名の由来はアイヌ語の「ルペシュペ」(越える道)と言う意味らしいが如何にも峠の麓の町らしい名称である。それはとも角「蘂」と書いて一見「薬」のように見えるが実は「クサ冠に心が三つ、その下に木」を書いてシベと読む、オシベメシベの蘂で蕊とも書く。 難解な字であるが判り易い。

  留辺蘂町は、2006年3月に北見市・端野町・常呂町と合併し新しく北見市となっている。
 常呂町はオホーツク海とサロマ湖に面するホタテと遺跡とカーリングの街であることは周知である。
 新しい北見市は大雪山系の石北峠からオホーツク海を含む広大な地域になったのである。
 道の駅にほぼ隣接していて山裾、無加川の畔に温根湯温泉街がある。
 「北見地方の奥座敷」とも呼ばれ、歴史の浅い北海道の温泉地の中ではかなり老舗的な温泉地の一つともなっている。 

 最近では、この温泉の成分による肌に対する美白効果があることから「源泉100%かけ流しの美白の湯の温泉郷」としてPRされているようである。なお、「温根湯」の名称は、アイヌ語の「オンネ」(大きな)・「ユ」(お湯)に由来する。
 留辺蘂は又、東西南北へ結ぶ交通の要衝でもある。 旭川から石北峠を越えてきたR39は北見から網走え、南下すると陸別、士幌から帯広へ、北上すると遠軽、湧別から紋別へ其々到り、我らはその遠軽方面へ向かう。


  石北本線と並行しながら北海道特産のエゾ松、トド松の林を行く。 
 生田原は林産とともに発展した町で、この街もそうだが近辺は昔から森林業が盛んな地域らしい。 
 製紙材として針葉樹が切り出されたが特に、この地区は「経木」や木の弁当箱作りが盛んだという。 

 経木はキョウギといい、今の若い人には・・ん?と思うだろうが、薄い木の板で作った包装材で、古来より一昔前までは肉や魚などの生鮮食料品、おにぎりや納豆などの包装に使用したもんである。 
 なかでも道内特産のエゾマツの経木は高級品で、水分にも強く殺菌効果もあり、化学物質も出ない。 

 近年はビニール袋の普及により使用量が激減したが、しかし最近、通気性や殺菌性に優れていること、使用後は焼却や堆肥化利用ができ環境に優しいとして再び脚光を浴びているともいう。


  国道が其々交差する遠軽の町並みをそのまま進むとやがて石北本線の遠軽駅に達した。 
 遠軽は中央の湧別川、の他に生田原川、サナブチ川が合流する扇状地に開けた街で、町並みも湧別方面に向かって展開している。元より肥沃な大地で農業、林業が盛んな町であり、町名の由来は、町のシンボルである瞰望岩(がんぼういわ)を指すアイヌ語の「インガルシ」(見晴らしの良いところ)を指している。

 その瞰望岩は鉄道を挟んだ西部にあって、太陽の丘・えんがる公園の一角を占め、眼下の町並みはおろか厳冬期には湧別川の河畔平地を通してオホーツク海の名物・流氷をも遠望できるという。 実に、インガルシである。

  遠軽駅舎はやや高台にあって、今は人影も疎らにひっそりとしている。 
 この駅は、かっては宗谷本線が通じていたという。 
 名寄市の名寄駅で分岐し紋別市を経て湧別から遠軽駅で石北本線に接続していたが、国鉄再建法の施行により1989年に廃止された。
 従って、北海道では数少ない、スイッチバックの駅である。
 もともと旭川方面と北見方面を結ぶ列車はここでスイッチバックしていたが、遠軽駅から北に伸びていた名寄本線が廃止されたために駅自体がスイッチバックの駅になってしまったのである。

  遠軽町は本線二つをまたぐ交通の要衝であり、商業の中心でもあった。
 町は2005年10月、生田原町、丸瀬布町、白滝村と対等合併し、新生の遠軽町がスタートしている。
 その結果、道内の市町村の面積では足寄町、釧路市に次ぎ3番目、全国では7番目に広い面積を誇る。


  国道333号は、遠軽から丸瀬布、白滝村を経て上川までJR石北本線に沿った形で進んで行くことになる。 
 この街道は「旭川紋別道」が所々開通している。

  本来なら道央道の旭川からオホーツク海・紋別を結ぶ有料高速道路になるはずであり、現在の開通部分は国道450号として333号のバイパスの役目をし、無料で開放されている。
 ただ、昨今の有料道路事業の厳しい現状を踏まえて、完全開通のメドは立っていないという。
 現在の区間は丸瀬布から白滝村を通り、北見峠のトンネルから273号線が合流する浮島I・Cまで、更に川上町天幕から道央道へ連結されている。
 但し、白滝で一部一般道になっている。


  その旭川紋別道を丸瀬布から乗る、いっきに旭川に向かうことにした。 
 夕刻、神楽岡の親戚宅へ到着、再びご厄介になった。


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