北海道・道北部旅行 写真集-Part2
  道北旅行写真・2;(利尻島、礼文島主要観光地)
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ペシ岬の登り口に、会津藩士の墓と顕彰碑が有った。 江戸後期の1807年、 徳川幕府はロシアの侵攻に対抗するため、
奥羽諸藩に北方警備を命じた。翌1808年には会津藩に、宗谷、樺太、利尻の守備が命ぜられ、宗谷に本営が、利尻に分営が、そして樺太に警備の陣営が置かれた。
遠方、ペシ岬と鷲泊港
野塚展望台にある「ラナルド・マクドナルド上陸記念碑」  姫沼
周囲1kmのうっそうとした原生林に囲まれた神秘的な湖
 利尻郷土資料館  
利尻一周の3分の2、概ね鴛泊の反対に位置する鬼脇地区に在って、大正期に建てられた旧鬼脇村役場庁舎を活用した洋風建物である。
裏庭には、ロックガーデンを施した高山植物も良い。

  オタトマリ湖
利尻島最大の湖だそうで、「姫沼」と同様利尻富士の逆さ富士が“売り“らしいが、生憎湖面はさざ波でその影はなかった。ただ、今まで雲の中にいた利尻富士は、その姿を間もなく現そうとしていた。島内最大の湖という謳い文句であるが、何故か湖畔一周コースは約15分程度であった。

 上空はスカイブルーに染まり、利尻山の末広がりの三角錐は、青天に向かって天を指していた。 一帯は、橙色のエゾカンゾウの花を散りばめた草原状になっていて、山は一層の優美さを演出していた。 又、仙法志の海岸は、その利尻富士の火山岩が海岸へ流れ付き、奇岩・怪石を形成した特徴ある海岸を形造っている。  天然水族館の途中に老漁師が馬糞ウニの試食販売をしていたので、一個戴いてみた。 潮の香りに何ともいえぬ独特のウニの香りがして絶品であった。因みに一個500円でした。
 島の西岸は、流出溶岩が造った奇岩、怪岩が点在する変化に富んだ海岸が連なっている。 バスは時折、ガイドに従って少停止してくれる、そこは人の横顔に見えるという人面岩、横から見ると熊が寝ているようにも見えるという寝熊の岩などいったユニークな奇岩だそうだが、窓際の小生もどれがどうなんだかチョッと判り難かったが、上さんに言われて納得した・・?。よーく見ると、ロープで鉢巻きを付けられているのが人の頭みたいです。  小生  海底探勝船遊覧を、オプションで乗ることにした。 定刻に船長さんのガイド&繰船で海底探勝へ出発した。美人バスガイドと違って、こちらはシワガレ声の中年漁師のガイドで小生のすぐ横にいたせいもあって少し騒々しい感もあった。それでも途中から希望者への船の操縦をさせてくれので、小生早速希望して行ってみた・・、と、言っても舵をクルクル回す程度の物でしたがね。  稚内から利尻へ向かう時もそうであったが、ここ利尻を離れてから物欲しげに「かもめ」の群れがフェリーを追いかけてくる。 上さんが面白がって“カッパえびせん”を与えると、指先から上手に嘴でさらってゆく。 否、カモメと思ったがこの辺りでは「ウミネコ」一般的らしい・・、カモメとウミネコの違いは見ただけではわからないけど、何でも、「カモメ」と「ウミネコ」の違いは「尾」にあるらしく、尾が真っ白なのが「カモメ」、黒いラインのあるのが「ウミネコ」らしい、この辺に居るのは九割がたウミネコみたいです。 ウミネコの後ろには、天辺が雲でかすんだ利尻富士が見送ってくれている。

礼文・香深港入港と利尻岳

 北海道・利尻島、礼文島
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礼文島の風景  
 「金田の岬」周辺は、平坦な丘陵地になっていて、その草原一帯には一面に「エゾカンゾウ」の橙色の花が絨毯のように咲き誇り広がっていた。 
又、船泊湾を挟んでスコトン岬を先端に抱く、なだらかな半島が横たわっているのが鮮やかに見て取れる。 
ここには人っ子一人いない、謂わば我等両人の貸切の大自然の饗宴であり、岬の変哲のなさに比ぶれば余りある景観であった。
 アイヌ同士の戦いで、礼文のアイヌの酋長が北海道本土に渡った時、その妻・セレナは泣きながらいつまでも見送って、そのまま岩になってしまったと言う伝説があり、アイヌの悲恋が秘められた「見内神社」である。 この岩を見ると悪いことが起きると言うので、見ないで通るとか・・、(実際は見てしまったが・・)・・・今は安産祈願の神社。  スコトン岬の付け根にあたる地域を「江戸屋」と称する。  
そこに「銭屋五兵衛」という地味な記念碑が建っていた。
横に説明版があって「享和から文化年間にかけて(約160前)加賀の国・銭屋五兵衛が露国と密貿易のかたわらキンツバ焼を始めたのが江戸仕込みであったので屋号を「江戸屋」としたことから・・」とあった。
 北限の地

スコトン岬とトド島
丸太の柵を施した岬はさすがに展望絶佳であるが、
更に、その先に切り立った尾根に歩道が付いていて岬の展望地が開けている。 
正面には、海に浮かぶのは海馬島(トド島)が至近に望まれる。
 澄海(スカイ)岬は、スコトン半島・・?の付け根付近西海岸にある明媚な観光地である。青い空と透き通った青い海の美しい岬は、礼文島のパンフレットなどで見る景色はここが定番らしい!。 岬近くでは海底まで見え、晴れ渡った日は南国の海のように鮮やかな美しいブルーを見せてくれる。 特に、入り江(右写真)になっている部分は、ハワイの「ハナウマ湾」のミニサイズを連想させる。
 (ハワイは今年の5月末に訪ねたばかりです・・ http://outdoor.geocities.jp/orimasa2007/hawai.t.htm  )
 写真右の先端は稲穂ノ岬、その後ろに微かにみえるのはゴロタ岬。 又、あの「中島みゆき」もこの場所で、プロモーションビデオを撮影している。 『銀の龍の背に乗って http://www.youtube.com/watch?v=4NKG7Cv9HCI 』
 駐車スペースのすぐ横に木製の歩道が整備されていて、なだらかに延びているそのピークが本来の展望地であろう。 周辺は色とりどりの草花が咲き誇っているて、草原に埋もれるように花の歩道がどこまでも続いている。 草原越しに霊峰・利尻富士が鮮やかに遠望できる。
 西海岸の奇観・「地蔵岩」に達した、海沿いに切り立った岩が2本屹立している、地蔵が合掌している姿に似ていることからその名をつけたらしいが、小生には地獄の入り口の門の様にもみえるが・・、高さは50メートルもろうか・・。嘗てはここが西海岸8時間コースの終点ででもあり、有名な「礼文の滝」までのコースが整っていたようだが、現在はこの先宇遠内まで落石の恐れがあるため通行できなくなっているらしい。  眼前に、今頃出盛りの桃を伏せたような形の巨大な岩塊が居座っている。 又、反対方向の海中には猫が後ろ向きにチョコナンと海面に座っているような形の「猫岩」が見て取れる。(下右) 岩の形を「桃」や「猫」に形容するのは微笑ましい。車道とは別に遊歩道があって、先ほどの元地展望台から元地灯台へ向かうコース・フラワーロードであろう・・、だが夕刻迫っているのでさすがにハイカーの姿は見当たらない。 桃岩展望台から見る西海岸線・元地の点々とした集落も遠大であル。
 猫岩に見えるかな・・?  旅館の座敷広間の奥床に「礼文凧」と称して丁重に飾ってあったのが目を引き写真に収めた。 礼文凧は、ニシンを追って礼文島に来ていた津軽の漁師によって始まったといわれている。  一番フェリーにて礼文に別れを告げ、稚内へ戻った
 北海道・利尻島、礼文島
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