北海道旅行2005 第4日


北海道旅行・第4日(大樹町、帯広、狩勝峠)
   top   北海道旅行・第4日-2(富良野、旭川)へ  
小生の旅と山旅   日本周遊紀行   世界遺産と鎌倉・湘南   日本周遊ブログ   日本周遊写真集T

【本文関連情報




   【第4日】

温泉効果もあってか、身体のアルコール分もすっかり抜けて気持ちよく目覚められた。

ゆったり気分で朝湯を戴き、のんびりとバイキング式の朝食を摂る。
大樹町まで息子夫婦を向かえに行きながら、家人に改めて昨日の御礼をいい、別れの挨拶をする。


国道236号から帯広方面へ・・、


中札内を過ぎた辺りに「幸福駅」の矢印標識が有った。

国道すぐ右側がかって帯広〜広尾間を国鉄「広尾線」が走っていた。
その中の愛国駅と幸福駅の両駅間の切符が「愛の国から幸福へ」と読めるため人気となり、路線廃止から長年経過した今日でも、愛と幸せを求めて訪れる観光客が絶えないいう。 



現在、愛国駅の駅舎は改修され、交通記念館となっている。
館内では当時使用していた切符、パネル、SLを展示している。
また記念館横には愛国駅から幸福駅までの
片道乗車券を模したモニュメントが設置されている。



  ところで、愛国駅を「愛の国から・・・、」とチョッと艶かしい意味付けをしているが、元よりこの辺りの地名が愛国町であり、地名に因んでの駅名となったそうである。 
その地名の由来となったが、明治期に入植した「愛国青年団」という名の団体(開拓団)があったことによるという。

ところで、現在の風潮として、愛国や愛国心という言葉は余り使われなくなっている。
愛国心とは,人が自分の地域に生活する親密な共同体,社会に対して抱く愛着や郷愁の意識と行動であろう。

日本国、愛国の象徴として国旗・「日の丸」や国歌「君が世」があるが、昨今、学校現場では国旗、国歌を引用するようにと、法律まで出来たようだ。
しかし、未だ一部の地域や団体がこれに反対している部所があるらしい。 
特に、地元の北海道の教職員組合(北教組)は、国旗・国歌を入学式や卒業式から排除するという思想をとっているらしい。
確かに、学校の行事に過ぎない卒業式や入学式に、どうして国旗や国歌が必要なんだろう・・?、という疑問もある。

ともあれ、日の丸は国旗・君が代は国歌なんだから、そのことを学び、またそれらを通じて日本の歴史や伝統・文化を大切にしていく態度を学ぶのは大切なことであろう。
太古の昔から日本列島に住み、その気候の中で生きてきた祖先から受け継がれてきた“精神・心”を尊ぶ、と言い換えることもできるだろう。

愛国駅を訪れた際は、「愛の国から・・・、」というの今風の想いも結構だが、この機会に当地の「愛国」の意味合いを思い起こし、「愛国や愛国心」という事を、一時でも考える機会になれば、なお、結構であろう。



【本文関連情報



帯広市街が近ずく、道東では釧路に次ぐ大都市である。


北方後背に十勝連峰や大雪山系をひかえ、そこから流れ出る簾のような大小河川が十勝平野の肥沃な大地を形造っている。
そこの中心に在るのが帯広市である。 

帯広を含む十勝地方はやはり農業が主産業であろう。
その殆どが大型機械による大規模畑作営農が中心であり、周辺の農家1戸あたりの平均耕地面積は約30haで、北海道の平均17ha、全国の平均1.6haを大きく上回っているという。

畜産関係、なかでも養豚が盛んらしく、「豚丼」といえば十勝地方の郷土料理として定着している。 
また酪農を基本とした全国ブランドのお菓子屋さんも多く、御存知、六花亭や柳月・クランベリーといったところが帯広には在る。帯広の名の由来は、アイヌ語「オベリベリ」(湧き水が流れる口)からといわれている。


北海道の開拓といえば官主導の屯田兵や旧幕府家臣によるものが主であるが,帯広は一般民間人に拠るもので、静岡県出身の依田勉三率いる晩成社(一種の会社組織)一行が明治16年に入植したのが開拓の始まりといわれる。

「晩成」といえば六花亭の銘菓「マルセイバターサンド」のマルセイは晩成から名付けたと言われ、実際に「晩成」という名のお菓子もある。
また、大樹町の「晩成温泉」は、そのものの名前である。 現代に生きる人が祖先の人々に敬意を表して、それらに命名することは素晴らしいことである。

市内は碁盤の目のようにスッキリしている。
帯広駅を中心に区画が四方に広がるが、ところどころ対角線方向の道路も設けられているという。これはアメリカの首都ワシントンD.C.にならったものだそうだ・・。




  狩勝峠へ・・、


一呼吸入れて、「音更帯広」ICから道東自動道にのる。

高架道路になっているところからは、十勝の大平原が広大無限に広がっているのが360度見渡せる。 
いかにも北海道らしい雄大で迫力ある風景である・・!。


「十勝清水」ICから道内主要幹線R38を行く。 
新得町の国道38号線は別名ソバロードというらしい、道を包むように広がるそば畑は7月下旬ころ一面白い花が咲き乱れるという。
日本一のソバ産地と高原リゾートの町・新得町から十勝山地へ入り込む。
ヘヤーピンカーブを何度とやり過ごす、残雪もかなり多くなあってきたところで、「狩勝峠」へ着いた。




狩勝峠;南富良野町と新得町(旧石狩の国と十勝の国)の間にある峠


広大無限と平地では晴れて遠望がきいたが、さすがにここは山岳地であるが、視界は良好である。

狩勝峠はトンネルが無いのがいい、展望台から十勝側、富良野側がそこそこ見通せる。
それにしても寒い・・! この寒い中、展望台の横から、若者がパラウライダーを楽しんでいる。


狩勝峠が「日本新八景」(語呂が似てるが百景ではない)に選ばれていることは、以外と知られていない。

昭和初期毎日新聞が選定したもので、審査委員には谷崎潤一郎、泉鏡花、横山大観等そうそうたる人物である。他の七景は華厳の滝(栃木県)、室戸岬(高知県)、木曽川(愛知県)、雲仙(長崎県)、十和田湖(青森県)、上高地(長野県)それに 別府(大分県)である。

またこの地は日本三大車窓と云われ(世界三大車窓の一つとも言われていた)たが、そもそも旧根室線(狩勝線・・?)からの展望であって、昭和41年の新根室本線(新狩勝線)の完成と同時に失われている。 

休憩舎で暖かいコーヒーを戴いて峠を後にした。
 



次頁へ、    北海道旅行・第4日-2(富良野、旭川)へ


        

【本文関連情報

北海道旅行・第4日(大樹町、帯広、狩勝峠)   top      北海道旅行・第4日-2(富良野、旭川)へ  
小生の旅と山旅   日本周遊紀行   世界遺産と鎌倉・湘南   日本周遊ブログ   日本周遊写真集T

【本文関連情報

【小生の旅のリンク集】
旅の紀行・記録集
山の紀行・記録集 山のエッセイ
「旅行リスト」
日本周遊紀行「東日本編」
日本周遊紀行「西日本編」
日本周遊紀行 (別URLです)

【日本の世界遺産紀行】 
北海道・知床  
白神山地 
紀伊山地の霊場と参詣道 
安芸の宮島・厳島神社  
石見銀山遺跡とその文化的景観 

ハワイ旅行2007
九州旅行2008
沖縄旅行2008
北海道道北旅行
北海道旅行2005
南紀旅行2002



「山行リスト」 

立山、剣(天の記)(1971年)
白馬連峰登頂記(2004・8月)
北ア・槍−穂高(1968年)
上高地・明神(2008年)
南ア・北岳(1969年)
八ヶ岳(1966年)
八ヶ岳越年登山(1969年)
谷川岳(1967年)
丹沢山(1969年)
西丹沢・大室山(1969年)
西丹沢・檜洞丸(1970年)
丹沢、山迷記(1970年)
奥秩父・金峰山(1972年)
「上高地雑感」
「上越国境・谷川岳」
「丹沢山塊」
「大菩薩峠」
 


スキーの記録  
「スキー履歴」