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”日本一周の旅”の記録をはじめ・・
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私(織内将男)のホームページへようこそ!!


『人が旅をするのは到着するためではなく、旅をする為である。』 (ゲーテ)
(仮に目的地に到達できなくても、そこに至る道のりには多くの発見がある。 到達という結果しか見ることが出来ない人は、そこに到達しても何も発見しないだろう。 発見する目を持たない人の人生には、何の花も咲かず、実を結ぶこともない。)

「広く旅をし、方々を遍歴したものだけが、知識という名の富を有している。」 (詩の神・オーディン)

「旅」という文字を三つも重ねて書くと、「旅」という字・・!、こんな字が有ったかな・・?、と不思議に見えてくる。 更に、『旅』という字をバラバラにすると、「方」という字に「人」という文字が三つ入っているのが判る。 何とも意味ありげな文字である。

「世界は一冊の本だ。旅をしないものはその本を一頁しか読まないことになる」
(アウグスティヌス;古代キリスト教時代の神学者、哲学者)

「旅:たび」の語源は不定であるが、その意味上の共通性やアクセントの面から、「とぶ(飛)」との関係や、度数を表わす「たび(度)」が「たび(旅)」が転じたものともいう。 英語でいう「トラベル」とは旅行のことで普通にはツアー会社の旅行を想像するが、トラベルという英語の語源は「トラベイユ」(労苦、苦労の意味)、フランス語の語源「トラベラー」(拷問の意味)に近い状態であるという。 ラテン語の語源では何と「拷問、拷問のための責め具、拷問台」という意味もあるという。 それを受けて「つらいこと」や「苦しみ」という意に派生し、現在では「旅」という意味を持つに至っているという。 

「長生きするものは多くを知る。 旅をしたものはそれ以上を知る <アラブの諺>

尤もで、一昔は「旅」というのは自分の脚で歩いて移動したものであって、そこには多大な苦労や苦痛があった筈である。 然るに、語源の「トラベイユ」というのは納得なのである。 又、「可愛い子には旅をさせよ」という諺を例にとってみても、旅というものに対する前途多難さや、若者もしくは学を志す者たちのとって、「旅」とは何らかの「苦行」から切り離せない意味合いが含まれている。 旅が、我々に楽しみや喜びだけを付与する存在であるとは言い切ることはできないのである。

「他国を見れば見るほど、私はいよいよ私の祖国を愛する」 (スタール夫人;フランスの批評家、小説家」


「旅」をしようとするにもそれなりの目的やキッカケはあろうが、心に決するのはやはり自分である。 それは積極的、能動的であるのが望ましいが、 消極的、受動的であっても構わない、先ず行動を起こす事であるし、旅に限らず物事を起こそうとする時、とかく面倒くさい、億劫だ・・、と思ってしまったら人生の展開、発展性は望めないのである。 日常の矮小な循環社会で、中々時間がとれないという人もいるが、それは言い訳にすぎず、思考力、行動力に乏しいソレッキリの人生であろう。

「旅は私にとって、精神の若返りの泉だ」
 (アンデルセン)

旅は一人旅でも、二人旅(夫婦旅)、家族旅行でも何でもよいが、周りを干渉しない、されないですむ一人旅はお勧めであろう、密かに自分を見つめ直す機会にもなるはずである。 ところで「あなたの趣味は?」と聞かれて、昨今は皆さんが無意識のように「旅行」と答えているようである。 でも、「旅行」って何だろう・・?、「旅」ってなんだろう・・?、よく、「旅行」は現実からの逃避、普段の煩わしさからの逃がれる、違う場所でぼーっとしたい、色んな観光地を訪ね、その土地を歩く、日常を刺激する営みを求める、などと言われる。

「旅のなかで生きる喜びを感じ、創造への意欲をかりたて」

「旅」には、しっかりした目的があるはずだし、合わせて修養・冒険でもあり、楽しさもさることながら、辛さとの対比も生ずる。  興味の無い人に言わせれば「なぜそんな」とか、「どうして」と問われても即答に困るのである。 自然との触れ合いとか、異郷との交わりとか、何れも、一端は示しているようであるが。

「旅へでたら、石ころをひろってこい・・!」

しかし、筆者の場合は単純である、「好奇心」である、別世界を覗き見たい願望である。 その単的な例が「山」であったのだが・・、

「長旅はつらいが、楽しみのがビール待っている」

小生の「旅の記録」のほんの一部をお楽しみください。


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