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写真で巡る日本一周(西日本編U 第7日目〜第13日目)
(四行一口メモは本文より抜粋)
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日本周遊紀行:詳細目次
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【第7日目】  高知市⇒宇佐⇒窪川⇒四万十市(中村市)⇒足摺(土佐清水)⇒宿毛⇒宇和島⇒松山⇒道後温泉

はりまや橋 昔は欄干に見合う大きて立派な、華麗な「播磨屋橋」が架けられていた・・が、現在の、橋は、取って付けたような朱色の飾り橋で、通人に言わせれば「日本三大ガッカリ名所」とか・・? 高知城 関が原の合戦後、徳川家康に土佐一国を拝領したのは山内一豊であり、1601年(慶長6年)に土佐へ入国した。高知城は前城の掛川城にそっくりで、「南海道随一の名城」と呼ばれる優美な姿を残す。 桂浜 箱庭のような風景は土佐を代表する名勝桂浜である。月の名所は桂浜・・”に納得、砂浜に整備された遊歩道の高台の竜頭岬には土佐を代表する志士「坂本龍馬像」が遥か太平洋を望んで、堂々と建つ
四万十川 風物詩等のTVでお馴染みで、四万十川は特に生活に密着した川である。古くから独特の漁(りょう)が盛んに行われて、川漁で生計を立てている人が多いことでも、日本有数の河川といえる。 足摺岬 道中椿のトンネルがある「足摺灯台」、四国の最南端の突端に白亜の灯台は断崖絶壁に立。周囲は展望台にもなっていて、潮風が強く、岩礁に砕ける白い波頭や無際限な太平洋の風景は圧巻 道後本館 文豪・夏目漱石が松山中学の英語教師として赴任したのは本館の完成した翌年のことである。 『坊っちゃん』の中で「温泉だけは立派だ」と絶賛している。八銭の入浴料で「湯に入れば頭まで洗ってくれる」と

【第8日目】   松山⇒北条⇒東伊予⇒西城⇒新居浜⇒川之江⇒豊浜⇒琴平⇒善通寺⇒倉敷(山陽道)⇒赤穂⇒相生

奥道後温泉NTT保養所「拓泉荘 昨今は官営・公営の宿屋が、民化の煽りでドンドン潰されてゆく。 NTTも同様で、関連宿舎は全国150〜160ヶ所ちかくあったのが、民営化してからは30前後に減ってしまった。

国分寺 今治の周辺は奇妙な「巳正月」という行事がある。又伊予の中心で国府があったとされるが、今治のどこにあったか様々な説が有り定かでない。この寺院はその名残か・・?「国分・古国分説」もある。

宝寿寺 奈良天平年間、聖武天皇が 諸国の国府に一の宮を造られた時、伊予一の宮神社が建てられその別当寺として創建された。大正10年には予讃線開通のため境内を駅へ譲って現在地に移転したという

石槌神社 石鎚山を御神体とし、山頂の頂上社、中腹の成就社と土小屋遙拝殿、そして、ここJR石鎚山駅近くの本社の4つを合わせて石鎚神社という石鎚山は1300年余り前、役小角(えんのおづぬ)によって開かれた。 ここから歴代総理の「大平正芳」氏が出現。昭和50年代の第68・69代の総理大臣で、口ごもって物をいい、演説や答弁の際に「あー」「うー」と前置きをする事から“アーウー宰相”の異名を取る。風貌から“鈍牛”とも 金刀比羅宮 古くから海、航海の守り神として信仰されている。瀬戸内海は古来より海上交通の要衝であり、しかも海流が激しい海難の地域であった。讃岐の琴平山はこの瀬戸内海を見下ろし、見守る絶好の地であった。

【第9日目】   相生⇒姫路⇒備前⇒牛窓⇒西大寺⇒玉野(宇野)⇒瀬戸内(因島、生口島、大三島)往復、三原、山陽道、広島、宮島(厳島)

瀬戸大橋 坂出、倉敷を結ぶ橋は六つの長大大橋が三種類の橋形で架かる斜張橋の「吊橋」。いずれも世界最大級の橋梁が連なる姿は壮観である、この橋は併用橋で上部が自動車道、下部が鉄道になっている。 姫路城 秀吉が西国支配の根拠地として入城、家康の女婿・池田輝政が戦国末期から江戸慶長年間から八年の歳月をかけ城域を拡張し、姫山に五層七階の天守を築いた。秀美では日本城郭の最高峰 大石神社と四十七士 元禄15年の赤穂事件、 一つは吉良上野介暗殺という刑事事件、それに武家政権の徳川幕府が開かれてから1世紀を過ぎてから「武士道とは・・」という根源的な問いを突きつけた事にある。
西大寺 日本三大奇祭と言われる裸祭りが深夜、ふんどし一丁の男たち約9千人が、2本の宝木をめぐって、裸男たちがすさましい争奪戦を繰り広げる。会陽は近年、死者を出したほどに荒っぽい。 しまなみ海道と大三島 大三島は天照大神の兄神である大山積大神(オオヤマズミ)を祀る。国土建国を命じた大神であり、日本民族の総氏神である。古来より北の出雲大社、南の大山祇神社といわれる。 厳島神社 平氏崇敬を受けて平氏の氏神となった。清盛によって造営された社殿は、厳島にある本宮(内宮)・本殿以下37棟、対岸の地御前にある外宮が本殿以下19棟を数え、全て完成するまでに数年えお費やす。

【第10日目】   岩国⇒徳山⇒小郡⇒小野田⇒下関⇒門司⇒大宰府⇒佐賀・唐津
錦帯橋 毛利2代目広正、3代目広嘉によって建造が始まる。。日本三名橋 お江戸・「日本橋」、岩国・「錦帯橋」、長崎県・めがね橋。日本三奇矯 岩国・「錦帯橋」、甲斐大月「猿橋」、四国・祖谷地方の「かずら橋」。 関門橋 迫力と圧巻であるが、本州・四国の架橋を見つめてきたせいか意外と短小に感じる。“四国は身一つにして面四つ”、九州は九つの国の成立で筑前・筑後・肥前・肥後・豊前・豊後・日向・大隅・薩摩の9か国 海ノ中道 福岡・新宮町の西に10kmにも及ぶ細い半島、先端は「志賀島」という砂州により本土と陸続きになっている、これを陸繋島といい全国的にも珍しい。半島の中心に国営の「海ノ中道海浜公園」がある

大宰府天満宮 「東風吹かば 匂い遺せよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」 京の都の梅が一夜にして大宰府まで飛んできたという、菅原道真は天神様と呼ばれて、学問の神で親しまれているのは周知

虹の松原 始め二里の松原と称していたが、秀吉の時代、唐津城主となった寺沢氏が防風林として築いた。夕刻になると海面に映る夕景色虹で「虹の松原」になった。中に国民宿舎「虹の松原ホテル」が在る。

唐津城 松浦川河口に「唐津城」が立つ。秀吉の側近・寺沢広高よって7年の歳月を掛け築城された。唐津湾、松浦川に堀割をつくり舟運の便を図った、その築城技術は唐津城の特筆すべき点である


【第11日目】   唐津⇒伊万里⇒平戸⇒長崎⇒佐世保⇒諫早⇒小浜温泉

平戸城 平戸の瀬戸の入り江をなす丘の平戸城が実にいい、素晴らしい情景の麓に、巨大なコンクリートの建物が美景を台無にしてる。お役人というのは無粋で、アホなことを平気ですると、つくずく思った。 佐世保港 三方を高い山に囲まれ、水深10m以上で天然の良港である。旧帝国海軍は明治中期に軍港とし、戦後はそのまま米海軍共用基地。佐世保は西海国立公園として九十九島など景勝地も多い ハウステンポス 東京ドームの33個分の広大な敷地に17世紀のオランダの街並みが再現されたウォーターフロントリゾート。街にはう全長6kmの運河が走り、様々なアミューズメント・ミュージアム施設がある。
オランダ村 赤レンガの洒落た洋風の建物群であるが・・、人気は全く感じられない。それもそのはず、当地は2001年に閉鎖しているのであった。町役場職員の神近義邦氏により1983年に開園しているが・・。 平和記念像 昭和20年8月9日午前11時2分、長崎上空500メートルで炸裂した原爆。像は天を指す右手が原爆の怖さ、左手が平和、閉じた目が犠牲者の冥福を祈ってるそうである。犠牲者137,000人 小浜温泉 この温泉町は比較的に庶民的、湯治場風の面影を残す。 源泉20数ヵ所から一日の湧出量15,000トンを越える。、水蒸気をあげた源泉のすさまじさに圧倒される。源泉温度100度という。

【第12日目】   小浜温泉⇒雲仙温泉⇒深江⇒島原⇒熊本⇒阿蘇外輪

雲仙地獄 荒涼とした岩肌は“邪見地獄”、“大叫喚地獄”、共に噴気音と高々と白煙をたちのぼらせ、灰色の熱湯地極池はゴボゴボと間歇的に吹き上がる、ここは雲仙で最も噴気活動が活発な地獄であろう 雲仙普賢岳 平成3年6月3日に発生した大火砕流は、巨大な黒煙を上げながら水無川に沿って猛スピードで流れ落ちた。各関係者などが巻き込まれ、死者40人、行方不明3人という犠牲者を出した。 島原城 五層の天守閣は、単に五枚重ねただけ、日本建築の造形美を演出している重要な構造物である破風(はふ)がなく屋根の装飾が全くない・・。破風とは屋根の切妻部分につく合掌形の装飾板のことう。
普賢岳と眉山 寛政4年の大地震で島原城下の「ビサン」(818m)が大崩壊、土砂は有明海へ崩れ落ち巨大な津波が発生、死者約15000人は未だに記録に残る最大の火山災害。「島原大変、肥後迷惑」と呼ばれる 熊本城 日本三名城(姫路城、大阪城)の一つ、加藤清正によって慶長6年(1601)に始まり、同12年(1607)に完成した、この地を「熊本、熊本城」に、 周囲9Km(築城当時)、広さ約98万m平方、天守3、 阿蘇外輪と阿蘇山 外輪の二重の峠には参勤交代de
石畳の道も残る。周囲は大展望で、晴れていれば阿蘇五岳を一望することができる。 「NTT外輪山荘」は、この二重の峠のほぼ真下にあった。

第13日目】   阿蘇山⇒一の宮⇒黒川温泉⇒九重高原⇒湯布院⇒別府・鉄輪温泉

草千里展望所 見晴らし道路の一角に小さな出店があって、この地区の手工芸、特産品を販売していた。小生も写真撮影を頼んだが喜々として撮ってくれた。天気もよし、景色も良し、人も良しで、気分満開である・・。 草千里ヶ浜 阿蘇五岳のひとつ烏帽子の中腹に広がる直径1キロの火口跡、観光用の牛や馬が草を食べたり水を飲んだりしている、その奥に烏帽子岳本峰がドッシリと据わって、素晴らしい景色だ。
阿蘇神社 参道は拝殿の横参道である。本来の祭神は阿蘇山で阿蘇山−阿蘇神社の北方の延長上に「国造神社」がある。この阿蘇山−阿蘇神社−国造神社の南北の一直線を“聖なるライン”と言われる。
黒川温泉新明館  温泉ランキングで日本一。新明館は「露天風呂の神様」と言う後藤哲也氏が10年をかけて岩山を削り、客が感動するような幻想的な露天風呂を作り、現在の洞窟風呂を完成させた。 双葉荘 別府・鉄輪(かんなわ)温泉は高めより町並みを見渡すと、既に街のそこ彼処(かしこ)に湯気が立ち上っている。地獄原地区・温泉地の入り口にしばらく逗留予定の「双葉荘」へ到着した・・。 双葉荘地獄釜 部屋の前(中庭)の温泉熱釜で調理ができる。御飯、赤飯30分〜、ゆで卵10分、葉物野菜3分、根菜20分・・とあり調理器具も有る。100度以上あるのでヤケドに注意。後方は温泉気水分離塔
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