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25日目:Part14(越前、三国)  Part15(三国)へ     写真集W  日本周遊ブログ
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日本周遊紀行(206) 越前 「越前海岸」


越前岬灯台
写真:越前岬灯台

梅浦漁港
写真:国道が交差する越前梅浦漁港

洗濯板

鉾岩
写真:弁慶の洗濯岩と柱状節理の鉾島

呼鳥門


水仙
写真:呼鳥門と越前海岸の水仙


鄙びた、玉川温泉から新造成った玉川トンネルを抜けると突端の越前岬である。 

小さな(断崖絶壁にやっと設えたスペース)駐車場があり、古めかしい「越前海岸」と記した看板がチョコナンと立っていた。 
越前岬は、越前海岸で最も西に突き出した、所謂・「く」の字の先端地点である。 
海岸に見える、一種異様な岩の形は、海食洞やノッチ(VあるいはU字形の切り込みやくぼみ)、ベンチ(腰掛状の平らな部分)などの姿で数多く見られ、日本海の荒波が作り出した変化に富んだ奇岩・断崖でもある。この海岸段丘の高さ130mの断崖に白亜の越前岬灯台建っている。
光は53kmまで届くという。

すぐ近くには、呼鳥門、鳥糞岩といった奇岩怪岩の名所がある。 
海食による自然が造り上げた洞穴に国道が走るという珍しい岩である・・!。(現在はすぐ横に迂回路ができ、歩行にての見物スポットになっている) 糞鳥岩というチョット変わった名称の断崖は、多くの鳥住み着き鳥の糞が白くなっているで名づけられたという。

この先の国道沿いにも、夫婦岩、軍艦島、弁慶の洗濯岩、鉾島、亀島といった奇態な岩峰群が無数に乱列しているのである。 

車のドライバーは、周囲のあまりの景観に注意しなければいけない・・!、越前海岸は全体的にこのような風景が連続しているのである。


又、越前海岸一帯は日本一の水仙の名所であることは周知である・・、 


既に花の時期は終わったのであるが、海岸のほぼ全域に細く、しなやかな葉をそよがせている。 
冬から早春にかけて、甘い香りを放ちながら海岸一帯に咲き誇るのが特に「越前水仙」といわれる。 日本海の寒風にもかかわらず、強く美しい花を咲かせ、雪が積もっても折れることのない越前水仙は別名「雪中花」ともいい、可憐な花と冬の荒々しい日本海との対比が印象深い。
この越前岬を中心とする中部でも水仙が自生し、12月から3月にかけて咲き乱れるといい、「越前岬水仙パーク」も整備されている。
 
ところで、日本のスイセンは外国のものが帰化したものとされている。 
日本への伝来については中国・朝鮮からの渡来説と,暖流による漂流説とがあるが定かではないという。 まさか、稲作、鉄器、更には、焼き物と一緒に渡来した訳ではないだろうが、同一視することで一段とロマンも広がるというものか・・?。 

一帯は、福井県を代表する自然景観でもあるが、日本海の季節風にさらされたスイセンは花が引き締まって日持ちも良く、香りも最高といわれ、切り花として関西を中心に中京、関東などへ出荷されている。 越前スイセンは,「福井県の花」に指定されており、郵政省の「花の切手シリ−ズ」第1 号に取り上げられた。
 
河野村は2005年1月南条町、今庄町との合併で「南越前町」として誕生している。 
やはり2005年2月、越前町、織田町、朝日町、宮崎村の3町1村が合併し新「越前町」としてスタートしていることは先に述べたが、又、2005年10月、嶺北地方の中南部に位置する武生市と今立郡今立町が合併して「越前市」が誕生している。

この地方、地域の人々は古来からの名称である「越前」という名に相当固執しているようで、これはこれで大いに頷けるのである。

一方、越廼村(こしのむら)は、 2006年2月に福井市へ編入された。 
この村は岬の先端に位置していて、合併廃止の前の時点では福井県の市町村では面積最小、人口最少であったらしいが、これで県内の貴重な村は全て消えて無くなったことになり、残念でもある。

次回は、三国・九頭竜川流域

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日本周遊紀行(207) 三国 「九頭竜川流域」


三国港
写真:九頭竜川河口に広がる三国港



九頭竜川流域と水運・・、

荒々しくも見所一杯の越前海岸の国道305号を北上し、三国町に近付くに従って、どうやら穏かな平地が広がってきた。 
左手には、今までの自然景観とは異なって、海岸に沿って物凄い工場群が連なっていた。 
その終点に「九頭竜川」が万端の水をたたえて、すぐ其処の日本海へ注いでいる。 

三国の地柄は日本海に沿って臨海企業、工場群が林立し、湊は九頭竜川の河岸に沿って開けている港といってもよい・・!。 
これは往年の九頭竜川水運の特徴を今に残しているのかもしれない。

九頭竜川(くずりゅうがわ)は、福井県嶺北地方を流れる九頭竜川水系の本流で、越前福井と飛騨岐阜の国境にある油坂峠(717m)辺りを水源として、九頭竜ダムを経、大野盆地・勝山盆地を北西に進み、福井平野を潤しながら日野川と合流し北進、三国(坂井市)で日本海に注いでいる。 

その九頭竜川は昔から河川物流、水上交通、水運の要として重要な地位を占めていた。

昔の人々が辿った陸路は、峠越えなど自然条件も過酷で難渋が多かった。 そのため林産物や平地で採れた穀物など重い荷物の輸送には大変苦労する。 そこで舟を利用した海、湖、川を利用する水上交通が発達した。



九頭竜川流域には、奈良時代は東大寺荘園、平安時代には興福寺兼春日社領荘園が多くあり、流域で産出された米や穀類などは、舟で九頭竜川から三国湊に集められ海路を敦賀まで廻送した。
敦賀で陸揚げされた産物は駄馬に積み替えられて、陸路を琵琶湖の北岸にある海津、塩津まで運ばれ、次に琵琶湖水運を利用して大津まで廻送され、再び、荷揚げされて陸路を都や大阪へと運ばれたという。

九頭竜川は本流、支流とも昔から舟を利用した輸送が盛んに行われ、併せて良港や街道と交差する河川付近には市が立ち、人々が集まって発展してきたとする。 
特に嶺北七郡の諸物資は、舟で九頭竜川などを下り、日本海沿岸にある交通の要地、三国湊に集まったという。 江戸近世の頃は、三国湊と越前国内の諸河川を往来する舟の利用度が高くなり、三国湊〜福井間を往来する舟は昼夜の別なく舟便があったとされている。



九頭竜川の名の由来や伝説・・、

この川は有史以来氾濫を繰り返す大河で、当初は「崩川」とも呼ばれていたが、いつしか変じて九頭竜川と名づけられるようになったと・・?。 
しかし、“九頭竜“とは本来、印度伝来の仏法から生じたもので八大竜王の一仏神とされ、昔から水の神、雨乞いの神様として各地に祀られている。 
或いは、水を治める為に命名されたものであろう。

他に、平安中期、平泉寺の白山権現が衆徒の前に現れ、その尊仏像を川に浮かばせたところ一身九頭の竜が現れ、尊像を抱いて流れに下り黒竜大名神社の対岸に着いたという。
それ以降、この川を九頭竜の川と名付けられたとする、「越前名蹟考」より。

又、やはり平安中期における国の守り神として国土の四隅、すなわち東は常奥の鹿島、西は安芸の厳島、南は紀伊の熊野、そして北は越前の崩山の黒竜大明神に四神が置かれたとする。
この黒竜大明神の祭神は水体、黒竜王であり、即ち、黒竜から九頭竜信仰が生まれ、その前を流れる川を黒竜川、つまり、九頭竜川と呼ばれるようになったとされる。

九頭竜は仏教と神道を守る神仏習合の神となり、九頭竜は水の神、雨乞いをつかさどる神として信仰を集めた。 
現在、黒竜神社は、旧国道8号線の九頭竜橋南詰、船橋交差点東側に鎮座している。

神仏に因んだ九頭竜川の源流域から中流域の東部にかけては、「加賀白山」の大山域が横たわり、この山麓一帯は日本の三大山岳霊地とされて加賀白山信仰が盛んな地でもあった。 
その中心が勝山市の平泉寺・白山神社である。



次回は、平泉寺・白山神社      Part15(三国)へ

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