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日本周遊紀行(206) 越前 「越前地方」(2)

ありふれた滝


越前かにミュージアム
写真:白竜の滝と蟹の甲羅に似た「越前がにミュージアム」


その越前海岸を行くことにする・・、

早速、険しい海岸線のR305を行くことになる。 間もなく「白竜の滝」という園地が在って、そこから一筋の滝が流れていて涼味を誘う。 山中ならば何処にでも在りそうな、何の変哲も無い小滝であるが、海岸にいきなり流れ落ちているのは普通でない。 
道路も園地もない以前の自然のままであったら、いきなり日本海に落ちていたのかもしれない。

またこの公園の南には、大正末期に舞鶴へ向かう途中、この沿岸付近で座礁・破船した軍艦の遭難園地があり、園内には墓銘碑も建っていた。 
大正13年12月12日、舞鶴港へ向かう特務艦・「関東」(民間から転用された軍需用の給油艦)が激しい吹雪に見舞われ、河野村糠地区の沿岸で座礁破船した。事故の報せを受けた河野村民は、自らの危険も顧みず献身的な救助活動を繰り広げたというが、97名の尊い命が奪われた。

山肌の急斜面を無理やり切り取ったような海岸線に道路を付け、所々に道路に沿って人家があり、鄙びた漁村も点在している。 
傍目(はため)では、長閑な雰囲気の海辺の田舎の風景であろうが、われわれ都会人・・?から見ると実際の生活は大変だろうな・・と変に勘ぐってしまうのである。 しかし現地の生活者に言わせれば、余計なお世話と叱られるかもしれない。 
それにしても、厳冬期に日本海の季節風を的もに受け、実感としては厳しい地域風景を想像するのである。
 
河野村は、2005年1月南条町、今庄町が合併、「南越前町」として誕生している。
そして、「此れより越前町」の標識があった。 その千飯崎海岸近くにも集落と小さな漁港があり数艘のイカ釣り船が待機している。 この近辺も、海水面付近の波の侵食作用によるのだろう、海上には無数の奇岩、怪岩や海食洞などが形成されていて、見る者を圧倒させる。
久しく賑やかな港へ出た、越前町の港である、湊である・・?、 

「ミナト」のことであるが・・、
昔はミナトを「」と書き、今は「」と書くらしい・・? 、漢字源から察すると湊は陸の部分を指し、港は水の部分を指すらしい。 
船が越前の港に入り、越前の湊に着く・・、とするのが正しいようである。
今、日本語が乱れていると言われるが、このぐらいの事はどうでもいいか・・?。

貴重な平地(殆どが人工的に造作した)に細長く人家が立ち並び、やはり陸地にへばり付くように湊が展開している。 
ここは言わずと知れた「越前カニ」の最先端の基地である、カニの看板を付けた漁業関係の店や民宿風の宿屋が目立つ。  
日本海の冬の味覚、ズワイガニ漁は11月頃から冬場にかけて最盛期をむかえる。 解禁と同時に海が荒れなければ、日本海に繰り出していた漁船が底引き網を投下し、網を引いて海底にいるカニを捕る。 福井県内の漁船は夕方には港に帰り、水揚げされたカニは早々に競りに掛けられる。
 
一般には「ズワイガニ」と呼び、福井県では越前ガニ、山陰地方にいくと松葉ガニと呼ぶらしい。 
ズワイガニは雄カニの名称で、雌ガニはセイコガニと呼ぶらしい、これは初耳であった。 
雌のセイコは背(背中)に子(卵)をもっていることから「セイコ」と呼び名が付いたという。 他に山陰地方ではセコガニ、石川、富山県ではコウバガニ、丹後地方などではコッペガニとも呼んでいるという。

ズワイガニは日本海、北方海域に広く生息していて、日本海では水深200メートルから500メートルの範囲に生息し、カニを賞味する日本人の嗜好が、ズワイガニを冬の味覚の代表とした。 
一時は取りすぎで、カニ資源が枯渇するのでは・・、という懸念があったが、最近では沿岸自治体、漁港関係者等の努力で資源保護の成果も挙げてきているという。

最近、某水産メーカーが「ベニズワイガニ」を「ズワイガニ」として景品表示したとして、公正取引委員会から排除命令を出された事件があった。
ズワイガニ(本ズワイ)は、「松葉ガニ」、「越前ガニ」などの地域ブランドで知られる高級品として扱われている。 
それに対し、ベニズワイガニは同じズワイガニ属の近縁種であるが、若干水っぽい肉質・鮮度落ちが早いなどで、加工用として用いる場合が多い。 価格もズワイガニの1/5以下の値段で取引されているようである。

越前ガニで名高い越前町厨海岸(くりやかいがん)には、国内にただ一つ、越前がにの生態を学べる「越前がにミュージアム」がある。

 

次回、越前の渡来人


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日本周遊紀行(206) 越前 「渡来人と焼物」

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沿岸道を北上すると越前町の梅浦という湊地区で、国道365号線と交差する。 
この国道は内陸の武生から宮崎、織田という丹生の山間地を通って、ここ越前海岸に達している。 
元々、織田町、宮崎村、朝日町というのは福井県嶺北地方に位置する行政地域であったが、2005年に2町1村が旧来からの越前町と合併し、新越前町が誕生している。

この宮崎、織田地区は「越前陶芸村」という陶芸の故里でも有名である。 
この地域は古来、奈良朝以前から焼物が行われ、初め須恵器という大陸系技術による素焼の土器などが焼かれていたらしく、大陸伝来の手法が現在にまで引き継がれている地柄であるという。
 
丹生山地のことは前項にも記したが、海岸に沿って高位の山稜が続き、海側に急斜面となって落ち込んでいる。 
最高峰は「六所山」(698m)で、「く」の字形の先端・越前岬からも水平距離にして4〜5kmと僅かな距離である。 逆に東方向、内陸に向かっては盆地などを形成しながら比較的緩やかに福井平野に繋がっている。

丹生(にゅう)山地の、「丹生」というのは「砂鉄を含む赤い土」という意味があるらしい。 
縄文末期から弥生期にかけて、稲作とほぼ同時に鉄器文化(製鉄製法)やそれに類する様々な技法が大陸から移入されてきたことは以前にも数度述べたが、大陸に近いこの地方にも比較的早い時期に渡来したものと思われる。 

この時期、朝鮮半島においては製鉄のための燃料となる樹木が多量に伐採され、ある箇所などでは禿山になって全く燃料が無くなったともいわれる。 
この不足分を日本に求めたとも云われ、 越前の丹生山地などは恰好の地域であったと想像できる。
福井平野で稲作が作られるようになり、丹生山地の宮崎、織田の盆地では砂鉄による製鉄が行はれていた。 
併せて半島(朝鮮)でも盛んであった、焼き物が行はれるようになったことは自然であり、理に適っているのである。
 
丹生山地は砂鉄を産し、尚且つ、焼き物の原料となる土類(粘土)も適性であったことから製鉄技術者及び焼物師も土着したものと思われる。 
焼物は始め「須恵器」という硬質の生活用品、祭具としての器が製造されていたことが明らかになっている。 
須恵器が朝鮮からやって来たのは5世紀頃とされ考古学的な文献にも残されていて、当、丹生山地にも相当数の遺跡が発掘されているという。
平安後期から壷や瓶などの日用雑器が焼かれるようになり、室町後期には北陸最大の窯場になり、「越前焼き」として確立されたという。 

この地は瀬戸、丹波、常滑、備前、信楽と並ぶ国内の六古窯の一つでもあり、これら古窯跡は宮崎、織田に200基以上もあったとされている。 
宮崎村と織田一帯の丘陵地、丹生山地には、窯の燃料となる雑木林と良質の粘土が豊富にあり、当初から壺や甕、擂り鉢などの台所用品が作られていて、越前焼は現在も、古来より趣向を変えることなく芸品、生活用品、そして雑器を焼き続けているという。

昭和45年、全国から陶芸家が集り、それらの有志によって「越前陶芸村」が造られたという。 小生は、陶芸の事はサッパリだが、愛好家には堪らない地域であるとか。

国道365号線は、越前沿岸と内陸を結ぶ主要幹線であることは当然であるが、併せて、古来より越前町と内陸部、そして京、阪神地方へと結ばれ、港は大陸との交易の窓口であったのかも知れない。

次回、越前海岸        Part14(越前、三国)へ

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