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日本周遊紀行(185)玉造 「三種の神器」

勾玉と大国主
出雲大社の奥参道左、波の上に立つ「勾玉」を大国主が天を仰いで崇敬している姿


玉造の 「三種の神器」・・、

三種の神器(サンシュノジンギ)とは、瓊瓊杵尊(ニニギ)が天孫降臨の時に、天照大神から授けられたとする鏡、剣、玉を指し、日本の歴代天皇が継承している三種の宝物である。 
神器とは神の依代(よりしろ)を意味する。

天皇の即位に際し、この神器の内、鏡と剣のレプリカ及び勾玉を所持することが日本の正統なる帝として皇位継承の際に代々伝えられている。
三種の宝物は、八咫鏡(ヤタノカガミ)、八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)、天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ:草薙剣)のこと。 

神器という言い方が一般化したのは南北朝時代ごろからと言われているが、本来人間が持たなければならない「三徳」、つまり鏡は知、勾玉は仁、剣は勇というように、智・仁・勇、至徳・敏徳・孝徳としているともいわれる。
又、「命」と「愛」と「知恵」の意味を尋ねると、「命」が光の放射する「八咫の鏡」であり、「知恵」が「草薙の剣」で、「愛」が「八坂瓊の勾玉」ともいわれる。


草薙剣(クサナギノツルギ:天叢雲剣)・・、

須佐之男命(スサノオノミコト)が八岐大蛇を倒した場所は出雲国とされ、クサは臭、ナギは蛇の意で、原義は「蛇の剣」であるという説がある。 
倭姫命(ヤマトヒメ)から、蛮族の討伐に東へ向かう倭建命(ヤマトタケル)に渡されたとされる。

剣は全ての問題を切り分け、整理整頓して解決し、適材適所に配置するという働きがあり、 「草薙の剣」というのは、宇宙創造の時の三大根本神力の一つとされる。
「中海」の南に位置する安木市は須佐之男命が八岐大蛇を退治し天叢雲剣を獲得した地とされる。 又、この地は、古来、砂鉄を産し、現在でも鉄鋼の生産で有名な安来市の山奥、奥出雲町でをが獲得したと古代製鉄と神話の深い関係を伺わせる。

「安木」は、神代からの名称とされ、都市名では最古の部類の属するという。
この当時より安来の山中や船通山周辺を源とするオロチ河川群の周辺では「たたら吹き」(タタラ=多多良、鈩、踏鞴、鞴韜)、たたら製鉄と呼ばれる古代製鉄法が盛んであったがためオロチ伝説が生まれたとされている。
天叢雲剣は出雲国の古代製鉄文化を象徴するとされ、オロチの腹が血でただれているのは、砂鉄で川が濁った様子を表しているとする説もある。


八咫鏡(ヤタノカガミ)・・、


三種の内、一番大事なのが「八咫の鏡・ヤタノカガミ」とされる。
記紀神話によれば、天照大神の岩戸隠れの際に石凝姥命(イシコリドメノミコト)が作ったとされる。
天照大神が岩戸を細めに開けた時、この鏡で天照大神自身を映し、興味を持たせて外に引き出し、そして再び世は明るくなったと記紀に記されている。 八咫鏡は天照大神自身ともいわれる。
天孫降臨の際、天照大神から瓊瓊杵尊(ニニギ)に授けられ、この鏡を天照大神自身だと思って祀るようにとの神勅(宝鏡奉斎の神勅)が下された。 

「鏡」は、「輝く身」であり、姿を映す鏡というのは、あくまでも裏面の話であって、光り輝く、輝くのが「鏡」なのである。 
「輝く身」という意味で天照大御神の一番中心の働きを現わし、形式的に見ても皇室の御紋章(十六菊の御紋章)であるとされている。
菊の花弁である十六の方向に放射されてるということで、十六とは無限を表し、実際はそれを無限に複雑化したものを全部束ねたのが「八咫の鏡」ともされる。 
無限に輝いて、全体を総まとめにしたような姿、それで十六菊の紋章として模型がつくられているともいう。


八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)・・、


神璽」(シンジ:天子の印、御璽・ギョジ=御名御璽)と呼ばれる「八坂瓊勾玉」は、翡翠(ヒスイ)などの石を磨いてつくった勾玉(カンマのような形の玉)をたくさん紐でつないで首飾り状にしたもので、製作者は玉祖命(タマノオヤノミコト、櫛明玉命ともいう)は、玉造部(たまつくりべ)の祖神とされ、「職人集団」の祖神であるとする。


家庭の神棚の向かって右側に飾る眞榊(マサカキ)は、この天の岩屋の前に神々がお立てになった鏡と勾玉をかけた神木を模したもので、その存在について、「日(陽)」を表す八咫鏡に対して、「月(陰)」を表しているのではないかという説もある。 
後に天孫降臨に際して瓊瓊杵尊(ニニギ)に授けられたとする。
「勾玉」というのは、お玉じゃくしのような「曲がった玉」というが、これは表面のごく一部のことで、実際は、「マアカタマ」と言い、「マアカ」というのは「完璧な玉」という意味がこめられ、その中には「無限の、全ての、完璧な形あるもの全部」という意味を込めるという。 

宇宙であり、地球であり、安定した全ての形(球)あるもの全部「勾玉」とされる。
それを全部ひっくるめて束ねて、国土を安定させた姿の全体像が「八坂瓊の勾玉・ヤサカニノマガタマ」である。 

出雲大社の奥参道左に、「海幸彦 山幸彦」の1シーンと言われる像が在る。
波の上に立つ勾玉を大国主が天を仰いで崇敬している姿である。

次回は、「美保関」

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日本周遊紀行(186) 松江 「昭和の決断」



「昭和の決断」、中海の大干拓事業中止・・!、

国道431から中海サイドを経て「美保関」へ向かう。 
中海は地図上を見ると大根島(だいこんじま)、江島と二つの島が浮かぶ。 
この二つの島が「八束町」(やつかちょう)を形成している珍しい町域であった。(2005年松江市と合併) 

更に、車窓からも眺められるが長大な堰堤(堤防道路)で島の間と湖岸を結んでいるのである。
厳密に言うと湖岸部分は橋で結ばれていて、実はこの堰堤部分は干拓事業の名残という。

神話の海、まほろばの海と呼ばれる「中海」の美保関側を干拓して農地を作ろうという、当時の米増産時代の思いつきだった。 
一般的な見方であるが、公共事業は一旦動き出したら止まらないというのが普通で、好例なのが長崎・諫早干拓であろう。 漁業被害や環境破壊が報告されているにも関わらず止まる気配がないのが実情であった。


「昭和の国引き」は失敗・・??、

しかしながら、この中海干拓に関しては事業が相当部分進行してしまったにも関わらず中止が決定したという。
中海の大規模干拓および淡水化は、古来、出雲地方でよく言われる国引きの神話になぞらえて「昭和の国引き」とも言われ、1960年代に事業が開始された。 
この間、一部完成して共用されるまでに及んだが(南部、揖屋地区)、その後、時の地元出身の竹下総理の肝いりもあり、国の減反政策が本格的になり、又、水質汚染や環境破壊を懸念した反対運動が高まり、近年では、県の財政圧迫なども発生して、結局、凡そ40年を経て、中海・宍道湖の淡水化を目的とした大規模干拓事業は2000年、完全中止が決定したという。


無駄な公共事業費、800億円がパーー・・!!、

結局、中海と境水道を仕切っていた中浦水門は(江島と境港間)は取り壊された。
かっては、水門の総延長は414m、10門の二段式ローラーゲート(上層と下層の2つの扉体を操作する)と中央部に設置された3門の閘門(こうもん:運河・放水路などで、水量を調節するための堰)から構成されていた。 
閘門の上の部分は、船舶が通過する時に備え、跳ね橋としての機能も持っていたという。 

現在、これらの建造物は「世紀の遺物」となり、やがて消えてしまった。
この水門の構築には100億円かかり、更に、取り壊しに100億円かかって、合計200億円がパーになったという。
結局、総じて無駄な公共事業費は700億とも800億とも言われる。

次回は、美保関・「関の五本松」    Part9(美保関)へ 

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