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  18日目:PartZ(頴娃、指宿)  第19日目(錦江湾)へ    日本周遊ブログ  写真集W
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写真:池田湖越しに観る「開聞岳」



日本周遊紀行(148)頴娃 「幸村伝説・・?」


「大阪の陣」の後、あの真田幸村が豊臣秀頼を奉じて薩摩へ落ち延びた・・?、

指宿を目指すため、先ず「指宿スカイライン」に乗って頴娃I・Cを目指した。 ところで「頴娃町」・・??、何て読むの・・?、サッパリ分からない・・!!。 

一般に漢字は音読み、訓読みと両方あって普通の漢字なら大抵どちらかが読めるはずであるが、どちらにしても皆目見当が付かない。 実は、頴娃の2文字で「エイ」と読むらしい。 
地名とか人名の謂れを詮索してもしようが無いが、「頴娃」の2文字の意味はともかく、単字で「頴」は鋭い、秀れる、「娃」は姫、娘、美人、善女などの意味を持っているという。 
どのような意味合いで付けたかどうかは不明だが、いずれにしても日本的な名称ではなく、中国伝来、古代の渡来人あたりが付けた名であろうと想像は出来る・・?。

尤も、近年までは頴娃郡頴娃郷なるものが存在し、中世以降から戦国時代は島津氏の有力家臣であった頴娃氏が領土を支配していたため、その名が付されている。 
現在の頴娃町は揖宿郡(いぶすきぐん)に属し喜入町、山川町そして開聞町などが合併により郡から離れたため揖宿郡唯一の町となっている。 

そして頴娃町は、あの「真田幸村」の伝説地であるとも言われる・・!?。

慶長年間・大阪冬の陣があり、そして翌年の大阪夏の陣(冬そして夏の陣で江戸幕府が豊臣宗を滅ぼした戦い)において徳川・豊臣の最後の決戦が行われたが、当の頴娃村の地にも大阪の乱において、豊臣側支援のための軍資、兵員の出費を相当に課せられたという。
夏の陣も終わり、豊臣側の敗戦が決した後、薩摩には豊臣秀頼公を始め、眞田左衛門幸村、木村重成等の上下一千余人の大阪残党が続々と逃がれて来たという。 
真田幸村が薩摩へ豊臣秀頼を奉じて落ち延びたという噂は、童歌にも唄われ流行ったという・・、

『 花の様なる秀頼様を 鬼の様なる真田がつれて 退きものいたよ 鹿児(加護)島へ・・、 』、とある。

薩摩では真田を真栄田(真江田)と名乗り、伝説の古書に残っていて墓地まであるという。 
史実的には幸村は1615年5月、夏の陣において家康の本陣へ突撃し、討ち死にしているはずである。 源義経や楠(木)正成もそうであるが、日本人好みの悲劇のヒーローであり、伝説を生んでいるのかもしれない・・?。


車も少なく、展望の良い快適な「指宿スカイライン」であり、時折、池田湖や開聞岳の円錐形の姿が見え隠れする。 
下りきって程なく湖畔に着いた、「レイクグリーンパーク」というサッパリした園地に着いた。
芝生の先に満々とした湖面が広がる、その正面に円角錐の勇姿「開聞岳」が立つ、絵になる風景である。
池田湖は、周囲15キロメートル程の小さい湖であるが、九州では一番大きい湖で、深さも錦江湾と同じ230mもあるという。 

全体に明るく輝くような雰囲気であるが、湖の東側は切り立った岩山が湖面にまで落ち込んでいて、人を寄せつけない険しさもあり、神秘的な佇まいをも見せているともいう。 
ところで、池田湖には謎の怪物ネッシーならぬ、イッシーが生息していると昔から言い伝えもあり又、池田湖の東側にある鰻温泉で知られる「鰻池」とは湖底洞窟で繋がっていて名物の巨大ウナギが生息しているいう噂もある。
 
 薩摩半島の最南端の海辺から、いきなり立ち上がる「開聞岳」は標高924mの火山で、日本百名山の一つで別名「薩摩富士」とも言う。 
深田久弥氏が百名山を選んだ基準に「品格」、「歴史」、「個性」とあり、これに付加的条件として、1500m以上の高さが加わるという。 
開聞岳は高さこそ及ばないが、いきなり海上から屹立しているというユニークな山容であり、他の、どの山にもこの様な姿は見当たらない特異な山である、その為に敢えて加えたのだろう。

開聞岳の北麓に枚聞神社(天照大神を祀るが、祭神には諸説がある)がある、「ヒラキキ」と読む。 
枚聞大神の神霊が宿る御神体山で、古代より信仰の山として崇められ、開聞岳は古くはヒラキキ岳と呼ばれた。 
 
枚聞岳は薩摩半島の南東端に突出している若い休火山で、鹿児島湾の門戸に位置し、即ち海の門である。 その雄姿は海の門、即ちカイモンであり、一時は海門岳とも言われたそうで、ヒラキキは開聞で音読みでカイモンとも読むので、自ずと両方の意味合いを取って「かいもん」が開聞と呼ばれるようになったという。

薩摩には大壮な三つの山が在る・・!、
  
 『 開聞に 西郷南州 桜島 』  小生



夕刻も迫ってきている、県道28号(開聞岩本線)で一旦海岸へ出て、案内に従って今夜の泊まり魚見岬の先端に位置する「指宿国民休暇村」へ急いだ。

次回は「指宿」

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写真:指宿国民休暇村の「砂蒸し湯」(小生です)



日本周遊紀行(149)指宿 「休暇村と砂湯」


日本イレブン、2006年W杯サッカー・ドイツ大会へ六大陸で一番乗り・・、

指宿国民休暇村は、魚見港から田良岬の一端に広がるリゾート地域にある。  
館の前は広大な芝生が敷き詰めてあり、正面に魚見岳の姿がいい。 
通された部屋は正面が青く光る錦港湾で、左右に広がる砂浜は指宿市のサンビーチ海水浴場でもある。

今夜は大事なTV放送があるので、急ぐようにして入浴、食事を済ませた。
ところで、九州でも指折りの温泉地である指宿温泉は「砂蒸し風呂」で有名なところである。 
指宿・湯の浜海岸には「砂むし会館」という砂蒸し専門の名物の風呂が楽しめるところもある。

天然自然の砂風呂は、海岸の波打ち際の砂の上にあり、横たわると係の「砂かけさん」が砂をかけてくれるという。 
指宿の砂湯は既に300年以上の歴史があり、しかも、干潮時に砂を被ると効果が有るともいわれる。
こちら、休暇村の館にも“砂蒸し”はあったが、残念ながら天然自然のではなさそうである。 ただ、砂蒸しは本日・特別サービスデイで、通常1000円のところ先着30名まで300円で入れるらしい、ラッキー・・!。

渡された専用の浴衣を着て、係員に穴を掘ってもらった所に寝ると、頭だけ残して砂をかけてもらえる。 最初は砂が重く感じ、しばらくすると身体全体が熱し、次第に痛痒くなってくるが、15分ほど我慢するとサウナのように汗が吹き出してくる。 終わる頃は体の芯から暖まり、砂を洗い流す頃にはスッキリ・爽快さを感ずる。 後は大浴場と露天風呂に浸かり、二度目の癒しを味わう。 

浴室は海岸沿いの松林に囲まれた雰囲気のいい場所に面していて、特に露天風呂がよかった。
風呂からでて食堂にて夕食を食す。単品料理のメニューを見て、鰹のタタキを特注、「う〜ん、旨い!」ビールにピッタリである、大瓶2本飲んでしまった。間を見計らって、大満足の食事を終え部屋に戻り、早速、TVのチャンネルを捻る。


日本、北朝鮮を2対0で破り、ドイツ本大会へ一番乗り・・!!、

来年、2006年はサッカーW杯ドイツ大会である。 
現在、各地、各セクションで予選会が行われているが、日本はアジア地区B組の最終予選に進出し今日は、その最終戦で本戦出場の決定戦である。 


対戦相手は北朝鮮だ・・!。 

今回の試合は本来、北朝鮮の平壌で行われるはずであったが、前回、平壌で行った他の試合で観客が暴徒化しトラブルが有ったため、連盟が「第三国で観客を入れずに開催する」と処分を決定していた。 そして、今日この会場はタイ・バンコクの無観客の試合となっている。 
飛んだハプニングの試合であったが兎も角も本日19時35分(日本時間)、いよいよキックオフになった。

日本は序盤からピッチを支配しが、だが今ひとつ攻撃にスピードがなく、北朝鮮DFに守備を固める時間を与えてしう。 好機を生み出すまでには至らず、要所要所でミスが出て、北朝鮮にカウンターの機会を与える場面もあり、まだ油断できない展開であり、後半、早い時間帯で先制点を奪いたいところだ。

本来なら、ジャパンブルーのサポーターが嬌声で賑やかなところだが、やはり、異様に静かだ。小生は一人、遠い九州の果てでの、テレビの前の応援であるが、チャンスになると「イケ、・・イケイケ」と声援を送るが、どうも前半戦は届かなかった様だ。

後半開始から、本大会ラッキーボーイとなっているFWの大黒を投入し、勝負を仕掛けてきたジーコ監督
。 大黒の鋭い動きが最終ラインを脅かし、北朝鮮ディフェンスを混乱させ、ついに後半28分柳沢が先制点を奪った。 
当然ながら、ここでは観客が大騒ぎするはずであるが全く静かで不気味である、TVのアナウンサーだけが興奮しながら伝えていて、やはり異様であった。 

小生は一人TVの前で、「ヨッシャ・・!!、ヤッター・・!!」と両手のガッツポーズの意気軒昂であったが・・。 その後も日本が完全に試合をコントロールし、守備陣はしっかりと北朝鮮の攻撃をシャットアウト。 試合終了間際には、やはりラッキーボーイの大黒がワールドカップ本戦出場を決める追加点を奪った。この時も「よーし、決まった・・!」とテレビに吼える。 

結果は2対0、日本は六大陸の中で最も早いワールドカップ予選突破、ドイツへ一番乗りを果たしたのである。 普段はスポーツ番組は余り見ないほうであるが、高校野球をはじめ本来スポーツ好きの小生である、特に国際大会になると愛国心旺盛で、応援にも熱が入るのである。 いやー有難う日本勢、実に満足である。


こんな訳で昨夜は、名湯、名食事、そして名勝負の一夜で、気持ちよく眠りに就いたのである。

次回は、錦江湾・「薩英戦争」     第19日目(錦江湾)へ 


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