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本日の記録・データ

本日・年月日 平成17年6月6日 延日数 第16日
出発地 別府・鉄輪 出発時間 7時35分
到着地 同上 到着時間 12時55分
天 候 晴・暑い 体 調
走行道路名 県11、R210、県11
主移動地名 明礬温泉⇒湯布院・由布院温泉周遊⇒湯平温泉⇒別府・鉄輪
現在(宿泊)地 双葉荘逗留
道の駅・PASA 湯布院・ゆふいん
温 泉 鉄輪温泉「双葉荘」  「地獄原温泉
由布院温泉・「ゆのつぼ温泉」  湯平温泉・「金の湯
名所・旧跡
由布岳  別府・明礬温泉
由布院ロマチックタウン金鱗湖,  湯平温泉

写真集 V

走行関係(km) 燃料関係(L) 金銭関係(現金円) 金銭関係(カード円)
本日表示 4279 今回入油 0 本日支出 300 本日支出 0
昨日表示 4219 前回累計 . 前日累計 47717 前日累計 .
走行距離 60 今回累計 . 本日累計 48017 本日累計 .
総距離 .  . . . . .

 16日目:PartT(別府・鉄輪温泉、由布院) PartU(由布院、湯平温泉)へ  写真集 V  日本周遊ブログ
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日本周遊紀行(133)鉄輪温泉 「双葉荘」



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写真:双葉荘と愛車と小生の貸間
写真:薬師仏が見守る内湯、地獄の調理場と利用案内


 
鉄輪温泉の「双葉荘」は人のいい女将さんでもっていると言っても過言ではない・・、

目覚めて・・、
否、実際には完全には目覚めてはいない、半覚半眠の状態で這うように浴室に向かった。 
湯船の際に腰をドッカと下ろして湯を浴びようとすると、これが又例によって「熱い」・・!、蛇口を捻って冷水をガンガン入れる。
熱い温泉水と冷水を程よく混ざり合った適温水を頭からぶっ掛ける、湯加減が塩梅よくなったところで身体を漬け沈め、ジャブジャブと湯船の湯で顔を洗う頃になって、やっと目が覚めてくるのどである。
この辺りの湯(鉄輪温泉)は、概ね一番湯とはこんなもんであろう。 一番方が湯温を調整しなくてはならない高温泉の宿命であろう。 
適度に浸かりながら身体の全細胞が目覚めたところで、棚の「お薬師さん」に一礼して部屋に戻る。

次は地獄釜で朝食を作る、朝食は温泉卵とジャガイモ。
ジャガイモは既に蒸してあったので温めるだけで、お出掛分をも含めてチョット多めに。 玉子は全熟だったら約10分位で出来上がる。バターならぬマヨネーズを付けて、生キュウリと一緒に食す。これが非常に美味かった、地獄釜のお陰である。
軽い朝食の後、早、向かいの共同湯から女性の話し声や洗い場の音が気になったし、お向かいさんに挨拶代わりに、もう一浴びすることにした。年増のズウズウしさでステテコと肌着姿で出向いた、幸い通りに人影は無かったが。

瓦屋根の和風平屋造りで、外観もなかなかの感じである。 
入り口横に石碑がありその横に待合の長椅子が置かれてあったのも良い。 玄関奥にお地蔵さん(一遍上人・・?)が祀ってあり賽銭箱がある、そこに100円玉を一個ソロリと入れて入室する。 
無人なので入浴料は賽銭箱に入れるという小さいながらも、きちんと管理されていて素朴な外湯である。 


ここは「地獄原温泉」というが・・、


この平穏な温泉街に相応しくない恐ろしそうな名称で、その由来については先に記したが、昨日訪れた「長者原」(ちょうじゃばる)同様、「じごくばる」と仰しゃるらしい。
男女別の内湯の入り口は右が男性、左が女性で入るとすぐ脱衣所があり、広くはないがサッパリ小奇麗な浴室にほぼ正方形の浴槽がある、石作りの床がいい。

普通の銭湯のイメージは湯船の縁が床から高く、足を上げて跨ぐ感じで浸かるというのが多いが、鉄輪周辺では、(宿、渋の湯・・とも)このように床に湯船が埋まってる感じがお風呂の造り特徴の様である、バリアフリー浴槽とでも申そうか。 
湯は微かに白濁しているようにも見えるが、やはり透明かな・・?、湯加減の都合で、投入量はそんなに多くはないが、熱めの湯は肌がスベるようだ。長湯は遠慮しながら、湯ったりと雰囲気を味わった後、退出した。泉質は含ホウ酸食塩泉(暖和性低張高温泉)

さて、今日も天気が良さそうである。 
本日は特に女性に人気のあると言われる「湯布院」を訪れることにした。
これまた湯ったりと「湯布院」を散策することにしよう。


湯布院は朝霧に包まれた風景が桃源郷にたとえられる湯の里で、旅行したい場所のナンバー1にもあげられ、特に、黒川温泉と並んで女性に人気のある温泉地だと言われる。

宿の主人(女将さん)に・・、
「今日は湯布院へチョット行ってきます」と言うと、
「お天気もいいし結構だね・・男一人じゃもったいないね」と冗談を返す。
「何なら、お女将さん一緒に行くかい・・?」、
「ハハハハ・・・暇ならね・・」
 

「双葉荘」は独特の温泉施設もさることながら、この女将さんでもっているといっても言い過ぎではない。
小生がこの旅荘を知ったのも、ある単独旅行者の青年が10日余り滞在し、宿のことは勿論であるが人の世話を進んでするこの女将さんの事を御袋さんの様に慕い、その人柄に惚れ込んでいる様子を知ったからである。


ある滞在者の感想文の中に・・、


「貸間の女将さんはとても優しく、短期、長期、分け隔てなく滞在の一人一人を丁寧に気遣っている感じでした。そして、いつもニコニコ穏やかに帳場周辺を漂っています。ダラダラとお世話になってしまった双葉荘ですが、帰る頃には自分の家のような気になってしまい本当に『去りがたし』でした。女将さんにはお土産に浴衣をいただき、おじいちゃんには『電車で食べなさい』と茹でタマゴやミカン、おやつを沢山持たされました。やっぱり双葉荘はいいなぁー、館内に漂う独特の優しい臭いがたまりません。気兼ねなく利用出来る気さくな貸間、長期、短期にかかわらず絶対におすすめです。 また行こう!」・・とあった。 

宿のパンフレットにも・・、

「長いお付き合いのお客様が多いので毎年同じ時期に同じ方々がお越しになり、炊事場で、地獄釜で、お風呂で、お友達になられています。 湯治客は皆友達ですし、又、来年会いましょうと1年後の再会を楽しみにお別れします。私達も同じ気持ちです。また、親子、兄弟姉妹等の集まり、お里に帰られるように泊まられる方もいらっしゃいます。荷物を預けて帰られる方もいらっしゃいます。」・・と、
宣伝文句とは承知しているが、これを100%地で行っているのが、ここの旅荘の女将さんなのであり、女将さんを頼ってくる常連客も多いのである。

鉄輪温泉「双葉荘」HP     http://www.owl.ne.jp/kannawa/futabaso/


今日は再び、鶴見岳、由布岳の南側を走る九州横断道路(県道11号)を行く、いやー、それにしても大曲小曲の急坂が多い、漸く峡霧台の展望地まできた。 
湯布院の街が眼下に一望でき、山々に囲まれた盆地に沈む湯の町が望める場所として人気スポットでる。
今の時期は初夏で薄い霞がかかったように見受けられるが、秋冬の早朝の頃には、湯布院名物の朝霧が町全体を覆う幻想的な様を眺められるという場所でもある。

一服してヘヤ―ピン状の坂を下ると、既に観光地らしい洒落た造りの旅館やホテルが見受けられる。 案内標識に従って観光案内のポイントにもなる駅へ向かった。

次回、人気の「湯布院」

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日本周遊紀行(134)由布院 「湯布院」




写真:平仮名の「ゆふいん駅」、由布岳と駅前通り


湯布院・・?、由布院・・?、ゆふいん・・?、

一風変わった造りの「ゆふいん駅」へ来た。
ゆふいん」と平かな文字の駅名が気になったが、思えば「道の駅」も「ゆふいん」であった。 
大分道のI・C名は「湯布院」であり、この地方を「由布院」とも言う。
「ゆふいん」は両者の中間を取った「当て字」のようであるが種々あって紛らわしい・・?。

ところで先般、久住か九重かで物議なる内容を記したが・・、
こちらは「ゆふいん」という呼称で「湯布院」と「由布院」があった。
この表記の違いについては昭和30年、由布院町と湯平村が合併した際に起因するという。 

新しい町名、行政上の名称は由布院の「布」と湯平の「湯」を合作し、「湯布院町」が誕生したという訳である。 読みが同じなので、どんなものかと思ったが意外と内容は単純であった。

湯布院町の北部地区は旧来の地名のまま由布院温泉、由布高原、由布岳といった名が残り、南部地区には湯平温泉、湯平高原といった固有地名詞が存在する。 
ところが、平成の大合併に併せて本年(2005年)10月1日、大分郡挾間町・庄内町・湯布院町が対等合併して新規に「由布市」(ゆふし)が誕生している。 
挾間町、庄内町、湯布院町という地域名は残していて本庁舎は庄内町に置いている。 
観光の中心地(由布院、湯布院・・?)と行政機関の中心の本庁(庄内町)を分離した珍しい例でもあろう・・?。 
尚、JR久大本線の正式駅名は、「ゆふいん駅」ではなく「由布院」として登録されているらしい。


ところで「由布院」という地名には古い歴史があった・・、 

「ゆふ」の名が文献に現れるのは奈良時代に編纂された「豊後国風土記」に柚富郷(ゆふのごう)として記されていて、「常に栲(たく・タク:コウゾの古名)の皮を取りて木綿(ゆふ)を造る」とある。 
この地方にはタクの木が群生していたらしく、タクの木は和紙の原料になるコウゾのことで、その樹皮の繊維をほぐして木綿がつくられた。 

木綿は「ゆふ」 (紙布地のこと)と呼ばれ、それが由布郷(ゆふのごう)という郷名になったという。 「ゆふ」の名が柚富、木綿、由布、油布などの豊かな農産物、ないしは加工品の名で表され、「院」という名はいろんな意味合いがあるが、主に貴人などが住む別荘などの大きな家のことを指すようで、木綿(ゆふ)が採れ、温泉が湧き出すところに貴人が住まわれていたということになる・・?。

「ゆふいん」は平安の昔から連綿と続いてきた由緒ある呼称で、呼び名は変わる事なく今日まで続いているのである。 
出来れば「由布院市」でも良かったとおもわれるが・・?、これはお節介である。



駅の観光案内でパンフレットを戴き、温泉、見所、名所などの箇所を親切に説明してもらった。 
一寸賑やかな駅前通りを抜けた適当な箇所に車を置いて、湯布院のメインストリートといわれる「湯の坪通り」を散策する。 
所々に緑を配した洒落た木造和風の家、アンテーク建物などにカフェ、装飾品、土産店などが並び、賑やかな通りになっている。

湯の坪通りの中ほどに湯の坪横丁もあり、ここは湯布院の特産品や食べ物のお店が連なっている一画で、中々雰囲気のある横丁である。
何処も土産物を探す観光客、茶店で一服する人達で賑わっていた。
この街はパチンコ屋、カラオケスナック、大衆劇場など風俗店などは一切無く俗化してない。
その割に鄙びた田舎臭さ感が無いのもいい。 散策する面々はカップルや2〜3人の女性グループが多く、やはり女性向き(若い女性・・?)にターゲットを絞って町造りされているのが判る。しかも、人力車や「辻馬車」といった「見世物」まである。 
いやどうも詰る所、熟年男の一人歩きなどは全く様(さま)にならない通りである。 出掛け際に宿の女将に、些か冷やかされたのを思い出した。

中間地の横道沿いに「湯の坪温泉」という共同湯があったので、帰路に寄ることにしよう。 
通りに面して猫屋敷や犬屋敷があって、店内は猫、猫、猫、猫の猫グッズ、よくもマアここまで集めたと感心しきり、猫好きの娘に是非見せてやりたいと思った。
金鱗湖へ出た・・、新緑に囲まれた神秘的な美しさの小さな湖だった。 
この湖には、それぞれ冷泉と温泉が湧き朝霧の名所としても知られる。晩秋から冬にかけて湯布院は毎朝のように美しい朝霧に包まれるらしいが、水温の高いこの湖が朝霧発生の主要因となっているという。

ところで「風のハルカ」というタイトルでNHKの朝の連続テレビ小説が本年(2005年)10月から放送されている。
舞台はこの「湯布院」であることは既に書いたが、タイトルバックに由布岳やこの金鱗湖が映される。そして、物語の始めの頃、倉田旅館のオーナー宗吉(藤竜也) が若い嫁の百江(木村佳乃)を娶り、花嫁行列が通るシーンでこの湖畔が描かれていた。

倉田旅館は金鱗湖のすぐ横の「亀の井別荘」がモデルになっているという。
物語では倉田旅館の主、倉田宗吉が湯布院の街の活性化、町興しの中心人物として描かれているが、事実、亀の井別荘の主人・中谷健太郎氏(現オーナー)は湯布院にとって神様のような人物と言われる。

昭和30年、由布院町と湯平村が合併して湯布院町が誕生したが、その「街興し」、「町つくり」の中心的役割を果たし、成功して全国に知名度を上げた話は有名である。
中谷氏の著書・「湯布院発、にっぽん村へ」の中で「別府、熱海、北陸など有名な先進温泉地が五階建てや八階建てのビルを建てて、巨大な宴席やダンスホールを造って、お客様わんわんという時に、私どもの湯布院は閑古鳥が啼いていました。それでも、地域の振興を常に考え、活性化されても自然を守るということは大切である」と。

「亀の井別荘」は湖畔の緑の中に隠れるように佇んでいるが、その広大な敷地の中に、暖かさと凛とした気品が漂っていて、超一流旅館といえる高趣な人々には絶大な人気があるという。 
国際観光都市別府の生みの親とも言われた「油屋熊八」が、由布院盆地の金鱗湖の美しさに注目し、別府・亀の井ホテルの別荘として建てたもので、(中谷巳次郎との共同建築ともいわれる)油屋氏は別府本館に宿泊した皇族、政治家、文人、アメリカの観光団などを由布院の「亀の井別荘」に次々と案内してきたという。

2002年、東京・東銀座の新橋演舞場で『別府温泉狂騒曲「喜劇 地獄めぐり:生きてるだけで丸もうけ―」』という長ったらしい題材を、中村勘九郎主演(他、有名俳優出演多数)で公演された。 

油屋熊八という「別府観光生みの親」をモデルにした喜劇であるが、亀の井別荘に滞在していた中村勘九郎が、中谷健太郎氏(創業者・中谷巳次郎の孫)から「面白い縁の人物」として油屋熊八の話を聞いたことが公演のきっかけになったそうである。

引き続き「由布院」   PartUへ

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