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日本周遊紀行(131)九重 「九重・坊がつる」




写真:坊がつる道中の「雨ヶ池」とミヤマキリシマ


「坊がつる」は、ミヤマキリシマが満開であった・・、

やまなみハイウェイの左手一面は湿原状の草原が広々としていて、その中に木道が整備されている。
この草原状の湿原を「タデ原湿原」という。 
2005年11月、山上湿原「坊がつる」と合わせて「坊ヶツル・タデ原湿原」と名付けて、世界的に重要な湿原、水鳥の生息地として九州で初めて「 ラムサール条約」に登録され保護されることになった。 


「坊がつる」は阿蘇国立公園内の山岳地にあり、湿原としては国内最大級の面積で、ヌマガヤ、ミズゴケなど貴重な湿原植物が群生している.
タデ原湿原は白水川沿いにススキやヨシ、ヌマガヤといった通常平地湿原に生える植物で、乾燥化が進んでいるようにも思われ、地元の人たちが行う「野焼き」により維持されているという。大分県内での登録は初めてであるという。


「ラムサール条約」とは湖沼や河川、干潟など湿地の保全と利用を目的とする条約で、正式名称は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」としている。 
1971年イランのラムサールで開催された国際会議で条約が採択され、日本は1980年10月に加盟した。現在の登録湿地は北海道・釧路湿原など33カ所が登録されている、やはり、大自然の北海道が大半を占める。


坊がつる、雨池へ・・、


その「坊がつる」、「雨池」方面の登山道はタデ原湿原の最奥部にあった。 
湿原木道は「自然研究路」、そして、こちらの登山道は「九州自然歩道」とも称している。 
始め、平坦な樹林のトンネルを行く。 見慣れた広葉樹のミズなら、クヌギ、ヒノキ、カエデなどの木々が鮮やかな葉緑素をたっぷり溜め込んで輝いている。歩くほどに次第に勾配が増してくる、応じてゴロ石が多くなる、山屋にとっては毎度御馴染みであるが。

T字型の指導標が一寸しつこいぐらいにあるが、こらばかりは幾ら有っても安心である。 
それにしても人の多さには驚く、次から次と途絶えることなくやってくるようだ、普通の観光客風、ハイカー、重装備登山者と其々、目的に応じて歩を進めている。 
小生は軽ハイカーといった感じであろうか、脚には薄いズック靴で、やはりボコボコの悪路は歩き難い。しかし、そこは長年のキャリアで山慣れしているので慎重に足を運ぶ。
 ペットボトル1本とチョコ一つにカメラと、殆ど空身で体調も極めて良く、ゆっくリズムの先行者を追越しながら、やや早足で登ってゆく。

高度が上がるに従って次第に樹々の様相も変わってきて、本格的な登山道になってきている。 
下山者も時折すれ違う、昨日、入山して坊がつるの「法華院温泉」に宿泊した登山者が多いようである。情報によると、この先上部の雨ケ池からの周辺、山の端はピンクのツツジ「ミヤマキリシマ」が満開だという。 
30分ほど歩いたところで、沢筋のやや開けたところで一服入れる。 
斜面岩場に初めて身近で見るピンクのツツジが色鮮やかに花を付けていや。

ここから先はさすがに急登が続く、道程の所々にミヤマキリシマやツツジ科のベニサラサドウダンの花が心身を癒す。 
お天気は当初山腹付近でガスが垂れ込めていたが、雲霧の動きも活発になって次第に上方に追いやられ、明るくなってきている。 湿地部やぬかるみには木板の足場が施してあり、歩きやすくなっている。人気がある山とはいえ、さすがに山の管理人達には頭が下がるおもいだ。
ナナカマドやヒメシャラが現れて山の植物相も変わり山全体の様相、雰囲気も大部変化してきている。視界も広がって周囲の山々が見渡せるようになった、「雨ヶ池」は近そうである。

青天井の視界が大きく広がり、歩道横には広大な湿地帯が広がる。
前方は平治岳や大船山が見え、すぐ其処に三俣山が控える。 三俣山の裾野に広がる「雨ヶ池」は今は乾いた泥沼であるが(今年は雨が少ない)、その名の通り雨が降ると水が溜まり池になるという。
山道の横、周辺一帯の草付き丘陵地には、ミヤマキリシマの群落やベニサラサドウダン(当地ではツクシドウダンツというらしい)をはじめ、多くの高山性草花が咲き競い、登山者の目を楽しませてくれる。 
周囲の山並みも所々ピンクに染まっていて実に壮観である。 暫く、周囲の景観、山の霊気とミヤマキリシマを堪能して山を下りることにする。広大な「坊がつる」まで行きたいが他にも予定があるため、ここ雨ヶ池だ引き返すとしよう。


初夏の「九重」はミヤマキリシマの開花とともに始まると言われる・・、 


ミヤマキリシマと言えば九州・火山性高山地帯に産し、霧島、えびの高原のほか、阿蘇山(熊本県)、雲仙岳(長崎県)、九重・久住山など分布する。 
本来、鹿児島・霧島を代表する植物の一つで鹿児島の県花になっている。 
ミヤマキリシマはツツジ科の植物で深山(ミヤマ)に咲く霧島(キリシマ)の花ということでその名が付いたのだろう。 
樹勢は概ね50cm程度の背丈で横に広がる性質をもち、枝先に2、3個づつ散形に2cm程の可愛らしい花をつける。花の色は紫紅色が一般的で桃色、薄紅色のものも見られ、花期は概ね5月下旬から6月中旬頃。

九重・久住山系では平沼岳や大船山から三俣山、硫黄山が知られている。 
ミヤマキリシマは火山活動が生存を支えているといわれる、その活動が完全に治まってしまうと時間の経過と共に草原の森林化が起こり、やがて枯れてしまう運命にあるともいわれる。
 

 「坊がつる賛歌」  詞 神尾明正 松本征夫  曲 竹山 仙史  唄 芹 洋子        
(1) 人みな花に 酔うときも
  残雪恋し 山に入り
  涙を流す 山男
  雪消(ユキゲ)の水に 春を知る

(2) みやまきりしま 咲き誇り
  山紅(クレナイ)に 大船(ダイセン)の
  峰を仰ぎて 山男
  花の情けを 知る君ぞ
(3) 四面山なる 坊がつる
  夏はキャンプの 火を囲み
  夜空を仰ぐ 山男
  無我を悟るは この時ぞ

(4) 出湯の窓に 夜霧来て
  せせらぎに寝る 山宿(ヤマヤド)に
  一夜を憩う 山男
  星を仰ぎて 明日を待つ

(5) 石楠花谷の 三俣(ミマタ)山
  花を散らしつ 篠(シノ)分けて
  湯沢に下る 山男
  メランコリーを 知るや君

(6) 深山(ミヤマ)紅葉に 初時雨
  暮雨滝(クレアメタキ)の 水音を
  佇(タタズ)み聞くは 山男
  もののあわれを 知る頃ぞ

    

次回は、九重・「寒地獄温泉」 

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日本周遊紀行(131)九重 「寒の地獄温泉」


写真:「寒の地獄温泉」正面入口


「寒の地獄」で、話し好きの美人女将と暫し談笑・・、

長者原へ一旦戻って、昼時期なのでレストハウスで「高原ソバ」を食した。
この後、店員に
「寒の地獄温泉へ行きたいが、どのくらいの道のりですか・・?」と聞く
「チョウジャバルのはずれに案内板があり、左へ行くとすぐがだよ」
と言う
「チョウ・・なんですか・?」
と聞きなおすと
「長者原と書いて、ちょうじゃバル・・と言います、・・ハイ」、
「アア、そうですか、・・」
と納得して礼をし引きあげた。

そう言えば熊本の有名地「田原坂」を“たばるざか”と読んでいた。
九州には、「――原」を本州のように「はら」や「わら」と読まずに「ばる」、「はる」と読む地名が非常に多いという。 

例えば、「前原(まえばる)」、「春日原(かすがばる)」、「西都原(さいとばる)」などである。 
「バル」の読みの由来として考えられるのは韓国語で「原」を意味する言葉に「ボル」とよみ、変じて九州の地名を呼ぶパターンとして「――ばる・はる」になったと・・?。 
古代九州は朝鮮・百済の民が半島から多数、渡来している地でもある。

又、稲作文化も中国、朝鮮より九州へ伝来し、田畑の開墾、即ち、「墾る(はる)」が転じたものともいう。つまりは稲作のため開墾された場所、または、「山間部から平野部に“張り出した”場所」を示す。つまり、「はるばる見晴らしが良い場所」という説もあるらしい。 

長者原は、九重九湯の一つである長者原温泉郷(ちょうじゃばるおんせんごう)ともいわれ、九州で一番高地に泉源をもつ星生温泉(ほっしょうおんせん)や牧の戸温泉、冷泉で有名な寒の地獄などがある温泉郷でもある。  


その「寒の地獄」へ向かった・・、


再び「やまなみハイウェイ」から案内に従って行くと、林に囲まれて「寒の地獄温泉」があった。 
日本風の粋な造りの宿兼温泉保養所といった感じで、格子戸の玄関を入ると和服装いの美人女将が出てきた。 
泊まりの客でなくて一瞬、顔が曇ったように見えたが、すぐ取り直して案内してくれた。
女将さんの話では、冷泉は7〜8月の夏季営業のとのことで、現在は閉鎖中。 
以前は冷泉しかない湯治場だったらしいが2年前に改築し、加熱した温泉の浴室も造り、通年営業するようにしたのだそうだ。
早速、新しくできた「温泉」に向かった。

こちらは別棟にあり「互久楽(ごくらく)湯」と名付けられ、浴室、湯船とも木目調で落ち着いた造りである。 
大きな浴槽と小さな浴槽の2つがあり、小さい方が冷泉である。小さいながらも冷泉があって良かった・・、と思ったが実は小生は冷水は苦手であった。 
湯船には底に石が張られており、無色透明の硫黄泉が惜しげもなく注がれている。 硫黄泉ということでややその香りが漂うが、温泉そのものは実にサッパリとして心地よい。
湯船からはザーザーと惜しげもなく溢れ出しており、まさに天然掛け流しの純温泉で、これぞ互久楽いや極楽々々である。


ところで、寒の地獄温泉の売りは冷泉で、摂氏14度の恒温は通常の湧き水よりも冷たい温度らしく、2分も浸かっていることシビレがきて、その名前の通り「地獄」のようだという。 
この冷泉と温泉を交互に入ると更に効果が上がるといわれるが、冷泉は水着着用(混浴)であり、行ったり来たりが大変だろうなと変な気をまわす・・?。

思案しながら湯上りに冷泉場を覗いて見た、開けっぴろげの湯小屋に大きくて深そうな浴槽に満々と「入れず」の冷泉が溢れている。
それにしてもエメラルドグリーンの透明の冷泉は見とれるほどの美しい冷湯である。単純硫化水素冷泉、水虫などの皮膚病・リュウマチなどに特効があるという。
浴場奥には薬師如来の祠があり、1857年以来に当時の人がこの温泉に入って不治の病を治したとの銘文があるので、江戸の頃からすでに知られていたようである。

先ほどの帳場へいって温泉タマゴとビールを注文した。 
例の美人女将が・・、
「どちらから・・?」と声を掛けられて、今の状況など掻い摘んで話すと
「まあ・・素敵・・」といってオドケテ見せている。 
「こちらは日本秘湯の宿の会員らしく、昨日、黒川温泉の新明館に行きましたヨ・・」と言うと、またまたビックリして、
「あたしも知ってますはヨ」といって、「日本秘湯の宿」の本を持ち出してきて話し始めた。

彼女、余ほど話し好きで、更に旅行好きで各地の温泉地巡りをしているらしく、半分見聞、見学をも兼ねていると言う。
イヤー、実に結構な身分である。 
小生が既に巡った北海道や東北の名湯を話すと目を輝かせて聞いている。
「あたし、北海道は未だ行ったことないの、是非今度行ってみるわ・・」
と羨ましげである。 

長野に知人がいてその周辺も承知のようで小生の白馬別宅のことを話すと、その知人宅から白馬へスキーに出かけたこともあるという。 
話が盛り上がってしまったところへ、お客がきたので退出したが、帰り際、何故か(商売っ気もあって・・?)宿張にサインをさせられた。 別棟、囲炉裏を施してある休息コーナーで、一味、美味しくビールを飲み干した。


『旅まくら 小沢昭一的こころ』より・・、

「寒の地獄は、標高1000メートルの長者原にわく鉱泉でありまして、浴びてよし、飲んでよし、当初は傷ついた猿が入ったのだそうでありまして、不思議に思った土地の猟師が自分でも浴びてみると、実によく効く。 以来、この鉱泉が開かれたと言われております。硫黄泉でありまして、皮膚病、神経痛、リューマチ、痔、婦人病、胃腸病、ぜんそく、中風、精神病、性病に効能があるとございます。ま、何にでも効くようでありますが、性病は淋から梅、わけても変性梅毒にいいとある。変性の梅ちゃんとはどんな病気か存じませんが、プロデューサーには、なにやらうってつけのお湯でありましょうヨ。それにしても、プロデューサー氏の悲鳴はいったい何なのか。 “小沢さん、こ、これ温泉じゃない、温泉じゃない。 み、み、み、水だ、 チ、チ、チメタイ、 ブルブルブル。”
だからご注意申し上げたでしょう。寒の地獄という以上、身を切るような冷たい水に相違ないって。あんた、自業自得だよ。」

(TBSラジオ12時15分頃、全国30曲ネットでオンエア中のラジオ番組『小沢昭一の小沢昭一的こころ』。)より


「やまなみハイウエイ」を更に進めると、山峡のヘアーピンカーブを繰り返しながら上る、ドライブ中に目に入ってくるのが硫黄山である、長者原のシンボルとも言われる。

その途中に、「牧の戸登山口」の駐車場や休憩舎があり、ここからも大勢の登山客が山を目指している。硫黄山は活火山である九重連山のシンボルで、立ちのぼる噴煙によりその様子を覗える。
崩れ落ちる急峻な涸れ沢には何箇所かの堰堤が施してある。
その先は火山性の荒涼たる世界が広がっていて、山頂直下は噴煙が絶え間ない。 その両側の谷間から山肌の斜面にかけては赤と緑の絨毯、花の大競演であった。 赤は勿論「ミヤマキリシマ」の大群落である。

硫黄山は古くは信仰の対象として崇められ、修験道の盛んなところとして知られていた。 
近世に入り、産業用火薬の原料となる硫黄の採取地であったが、石油精製の過程で硫黄ができるようになったため、今はその役割を終えている。 
近年(1995年)に水蒸気爆発による噴火によって噴火性活火山であることを証明されたが、現在は小康状態を保っているという。 近付くと、迫力ある活動中の鳴動音も聞くことができると。

次回は、九重、久住・・?、    PartVへ

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