日本周遊紀行



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日本周遊紀行(129)湯布院 「湯布と由布」


写真:宝泉寺温泉・「石櫃の湯」


写真:九州の名山:由布岳(標高・1584m)


湯の町・宝泉寺、湯布院、別府へ・・、

国道387に標識があって「ファームロード」と書かれていた、広域農道のことだろう。
2車線幅のなだらかなカーブの道、車も格段に少なく快走である。
この先から次第に山間部に入り、くねくねした道は一寸した峠越えという感じである、まもなく亀石峠に着いた。 
標高800メートルで四方の視界が良く清々とした結構な場所である。 ここは既に県境のようで、これより大分県・九重町であった。 


下ったところに宝泉寺温泉があり覗いて見た。
名前の通り以前は「宝泉寺」というお寺があったというが、現在はお寺は残っていないようだ。 
川沿いに数件の鄙びた温泉宿が並んでいて、実に雰囲気が良い。 心地よい清流の木橋(太鼓橋)を渡った場所に、風情の良い共同露天風呂の「石櫃の湯」というがあった。 
石櫃とは棺桶のことで何かお寺に関係がありそうだが、確かに露天風呂の横にお堂があって、何故かそこに石櫃が鎮座している。簡単な男女別の脱衣所はあるが、湯船は一つで混浴になっている。

宝泉寺温泉は、作家・檀一雄氏がふらりと立ち寄り、入湯したことでも地元では知られ、「澄み通ったお湯が絶えずあふれ出していた・・」と短編・「女の牧歌」に記している。
檀が投宿した「湯本屋」(現、宝泉寺観光ホテル)には、その名も「檀の湯」というのがあるらしい。檀一雄は破天荒な人生を送ったことでも知られ、有名な自伝的ベストセラー小説「火宅の人」は映画にもなった。 長女には小生も好む女優・「檀ふみ」がいる。

宝泉寺温泉は九重九湯の一つで、平安期には開けていたという古湯である。
因みに、九重九湯とは宝泉寺温泉のほか近在の壁湯温泉、川底温泉、龍門温泉、湯坪温泉、筋湯温泉、筌の口温泉(うけのくち)、長者原温泉、寒の地獄温泉を指す。 


山峡の地も九重町あたりからは町並みも表れてきて賑やかになり、伴って国道210号と九州高速・大分道が並行するようになる。 しかし、すぐまた山中へ分け入るようになり、その峠が湯布院の手前の「水分峠」と言われる所である。 

別府と阿蘇・一の宮、九重連山を跨ぐ県道11号・「やまなみハイウェイ」が交差する峠でもあり、かつ福岡と大分とを結ぶ国道210号線の最高所(標高707m)である。 
並行してきた大分道がいつの間に消えたと思ったら、この下がトンネルになっているらしい。 

ここは三国の分水嶺で九重、玖珠、湯布院の各町の境界でもある。 普通なら「分水峠」と称するところ、「水分峠」という呼称の訳は定かでない。 
峠にはドライブインの他、スタンド、コンビニまである盛況である。 


下りきった所に今度は「道の駅・ゆふいん」があった、“ゆふいん”と「かな文字」で書かれているのが判る気がする。
“ゆふいん”は「湯布院」又は「由布院」と呼ばれる温泉地でもあり、このことは後の項目に譲るとして尚、湯布院には後日訪れる予定である。 

この先は国道から分かれて、県道11号にて別府を目指すことになる。 
湯布院の高目を更に、大曲を繰り返しながら登ると「狭霧台展望地」というところへ来た。
大草原の真っ只中にスケールの大きな眺めが得られる。 眼下に湯布院盆地と温泉の町並みが一望できている、振り返れば眼前に由布岳が迫っている。 
ここは霧がよく発生するところでもあるらしい、霧に包まれた湯布院盆地は幻想的だが、この付近は山岳路で霧のあるときは危険極まりない道路でもあろう。


「風のハルカ」と由布岳・・、

さて、「由布岳」である・・、登山好み、山好きの小生、美しい山が現れると、つい、見惚れてしまうのである。 そして、この由布岳も際立った山である。 
人気の高い観光地である湯布院の北東部に聳え、古くから神の山と崇められ「豊後風土記」や「万葉集」にも登場する名峰で、豊後富士と呼ばれ親しまれている。 

標高は1584mの独立錐形峰であり、頂上部は双耳の峰になっており通称、東峰、西峰といわれる。 小生見るところ雄岳、雌岳であり、夫婦融合の山の様に映るが・・・?。 
尤も、地元、別府の人に言わせれば、由布岳は男の山であり、この先に控える鶴見岳が女の山であると言い、この両山が夫婦の山と呼んでいるようである。

ところで、「風のハルカ」というタイトルでNHKの朝の連続テレビ小説が本年(2005年)10月3日から放送されている、舞台はこの湯布院である。 
湯布院の父子家庭の下で貧しい生活を送った主人公“ハルカ”が、大阪の別れた母の元へ行き、やがて幸福の本当の意味を知って湯布院の観光職員になって街のPRに務めるという、家族の再生のサクセスストーリーである。 タイトルバックにこの由布岳が登場し、中村メイコが由布岳の「精」という設定で主人公を暖かく見守るという、「由布岳の声」を演出している。
小生も今、懐かしく拝見していて、今後のストーリーが楽しみである。
 

展望地から道は更に曲折を繰り返し、由布岳の直下まで登る。 
由布岳の山麓の草原地帯には噴火時の火山岩であろう、巨石が点々として一種異様は風景を呈している。 
この辺りが峠になっていて、今度はじわじわと下りながら別府へ近ずく。 

次には「鶴見岳」の堂々たる勇姿が左に望め、間もなくロープウェイの山麓駅が路側にそってあった。 標高1375mの鶴見岳へは、このロープウェイが山頂近くまで運んでくれる。 春はミヤマキリシマ、冬は霧氷が特に美しいという。 
山頂には、「火男火売神社」が祀ってある。

鶴見岳は平安期867年に大噴火し、火山泥流が別府湾岸まで流下した。
この大噴火を鎮め、鶴見山麓一帯に別府温泉を創ったというのが「火男火売の神」であるといわれる。
つまり火を治める神にして、別府温泉創生の神というわけである。 
火男火売神社の御祭神は、火之加具土命(ヒノカグツチ・男神:神話ではイザナギ・イザナミが生んだ神々の一神とされ、火の神のことである)で、鶴見岳の大噴火のさい火気を鎮め、以来火を治める火の神、温泉の神として別府温泉の総鎮守として崇敬されている。 

近年では開運の神様として県内は勿論県外よりも多数の参拝者があるという。 
境内には“天神さん”や“お稲荷さん”、“秋葉さん”などの末社がある。 その「秋葉さん」は別府市秋葉町にある秋葉神社のことで、やはり火を治める神として有名であり、この秋葉神社の総社は静岡にあるのは周知である。

現在も鶴見岳北側からガラン岳にかけては火山性噴気が噴出しているが、火の神を祀る鶴見岳への大自然への感謝なくして、今の別府の温泉及び観光は成り立たないのである。

カーナビに従って別府・鉄輪温泉へ向かう。 高めより町並みを見渡すと、既に街の彼処(かしこ)に温泉の湯気が立ち上っている。 鉄輪温泉(かんなわ)の温泉地の入り口に大きな案内板が立ち、従って、逗留地「双葉荘」へ到着した。

次回は、別府・鉄輪温泉

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日本周遊紀行(130)別府 「鉄輪温泉」




写真:湯けむりの街「別府・鉄輪温泉」と雰囲気のある「いで湯坂」


鉄輪温泉は貸間方式の湯治場風・温泉旅館が特徴である・・、

別府・鉄輪温泉(かんなわおんせん)の「双葉荘」滞在・・!!と今日は、休養の一日と決め込む、愛車も当然休養である。

鉄輪温泉は別府温泉郷の中でも湯治場風情が最も残るエリアで、その最も特徴的なのが「貸間」という名前の湯治宿が数多く存在することである。
貸間は基本的には温泉立寄り客や普通の観光宿泊客は受け付けず、湯治目的の滞在型連泊、逗留するためのもので、その良さが体験出来るのである。

小生が鉄輪温泉の「双葉荘」を知ったのは、或る若き男性が九日間も逗留し、その良さを切々と記載してあったのをインターネットの配信上で拝見したからである。

別府七湯の一つ鉄輪温泉は、別府市の北側に位置する。湯布院から鶴見岳の麓を来た県道11号線(やまなみハイウェイ)が国道500と合流して鉄輪の温泉街に入る。その左側が湯治場風情が残るエリアであり、中心を「いで湯坂」が雰囲気宜しく通り抜けている。

投宿する「双葉荘」は、いで湯坂の入り口部の角にあり、温泉街でも大きい部類の湯治宿ではなかろうか・・?。
「貸間」と言われる部屋を取り巻く中心、中庭に巨大な地獄のタワー(高温の温泉ガスが噴出する塔で下部に温泉、上部は温泉蒸気を分離する塔)が二塔あり、その周囲に蒸気釜が五個、熱湯釜が二個あり、湯治客が調理等に利用している。
これらに面している各部屋は、タワーの持つ熱気で夏場は大変であろうが、冬場は暖房いらずであろう。

小生の借りた部屋は廊下伝いの入り口角にあたり、廊下の表側にはこじんまりした庭園があり、その外は「いで湯坂」という緩い坂道になっている。 
部屋から中庭を隔てて正面に見えるのが、飾り玄関のある「地獄熱温泉」と命名している共同湯である。 
いで湯坂を往来する湯治客もそうであろうが、時間ともなるとこの共同湯の浴室窓から聞こえてくる浴客の声が、何とも賑やかで華やかで雰囲気が出ているのである。

「いで湯坂」は温泉タウンらしい派手さは無いが、下駄の音が快く響く湯治場らしい雰囲気があり、やや勾配の付いている細い路地を7、8分歩くと、かの有名な「別府地獄めぐり」が点在しているのである 

貸間部屋には湯治自炊のため小さな台所と流し台が付いていて、この勝手口を開けるといきなり地獄のタワーの正面に出る、重宝で極めて便利である。
小生の隣の部屋の老夫婦・・?(小生も老の部類に入るかもしれないが自分では、そう思わないことにしているし・・、しかし、ここでは敢て老夫婦と呼ばして頂く)たまたま、冷蔵庫が共用になったのを機に話す機会があった。 

奈良の田舎から見えてるらしく、ここ数年間定期的に双葉荘に厄介になり、その時は凡そ1ヶ月位逗留するという。御両人とも内疾患、外疾患の持病を持ち、来るたびに概ね回復して帰るという。 
鉄輪温泉・「双葉荘」の常連湯治客で、二人にとってなくてはならない存在になっているようである。

鉄輪温泉は別府八湯の中でも最も地熱が強い地帯の一つだそうで、外から見ても湯煙があがっているのが見える程である。
又、外湯がたくさんあって、別に宿に浴槽がなくてもいいような場所であるが、この双葉荘にはそんな鉄輪のお風呂の中でも最上のものがあるようだ。 内湯は、二つあって一つは男女別の浴室と家族用と思える混浴の内湯がある。 
 


ところで、温泉というと一昔前は社員旅行や各種団体の旅行で、有名温泉地は一種の歓楽街の様相を呈していた。
その後、バブルがはじけて不況感が出始めると歓楽温泉地はひっそりとして、所々に廃墟のホテルも出現するなど鳴りを潜めてしまった。 

昨今は、「日帰り温泉」施設などと称して、地域振興も兼ねて各地に千mも、二千mもの掘削をして温泉を引き出している。
これらはクアハウス、温泉館と称して低料金で一日楽しく遊べて、さらにストレス解消に役立ち、庶民温泉の代表として人気がある。 
また、「癒し」を求めて、鄙びた温泉地や名物の露天風呂を巡る旅行者もいる。

人それぞれに温泉の目的が異なるし、温泉地も社会の変化に応じて変わってきた面もある。
立ち上る白い湯気に包まれて、湯船にどっぷりと身を沈め、思いっきって手足を伸ばす。 我が家の風呂でもそうだが、まして温泉ともなると、この一瞬に幸せを感じるのである。 
今も、温泉それ自体は何ら変わることなく、人々に愛され好まれている奥の深いものであろう。


一般に温泉に効能、効果があることは誰でも知っているし、その健康的な癒しのイメージが温泉の魅力の一つであることは誰も否定しない思う。 
温泉は昔から存在していて、しかも、どの温泉場も昔は湯治場風であったであろうし昨今の興味、趣味的癒し、娯楽的温泉の楽しみは少なかったのではないかと思う。

医学の発達していない昔は温泉による健康回復、病の克服など、その願いは今よりはるかに深刻であったであろうし、それは湯治場の湯泉や浴槽に祈るような気持ちで入湯したものであろう。 
老いと向かい合い、病と向かい合い、死と向き合う場所、本当の温泉とはそうしたところではなかろうか・・?。
「双葉荘」の三つの浴室の一つに正面に「薬師如来」が安置してあり、その脇には如来仏に捧げる「珍奇品」が供えてあり、出窓には千羽鶴が数対奉納してあった。 
しいて名前を付ければ「薬師の浴槽」とでも申そうか・・!。

各所の温泉場には温泉神社や温泉寺があり、そこには必ずと言っていいほど「薬師如来」を祀ってある。 
薬師如来は医薬を司り、人々の病気を治し、安楽を与える仏でもある。
そのため仏像は左手に薬壺を持っていることが多いという。 極楽往生を約束する仏である阿弥陀如来とともに日本においてはもっとも信仰されてきた如来である。 

「私は温泉山の薬師如来です。あなたの情け深い心には感心しました、そなたの病を助けましょう、そなたも人々の為になりなさい」、人々は薬師如来に祈り、温泉に浸かって気を癒し、病を治し安楽な体気になって戻っていくのである。 
そして千羽鶴の真摯な祈り、切ない願いが伝わって来るようである。 

双葉荘のこの浴場こそ本来の温泉湯治場の姿であったのかもしれない・・!。 
この浴場は、きっと皆から大切に使われ、その過程で自然にこのような姿に形成されたのだろう、このような浴場を意図的に造ろうと思っても造れるものではないだろう。
昨夕は先ず到着するなり、早速この湯船に浸かったのである。 

薬師仏を祀った浴泉は、一層霊泉あらたかな気分がするのである。

湯上りに、この付近をのんびり散策し今夜からの食材を若干調達する。 
スーパー、コンビニはすぐ近くにあるから便利である。 
部屋の前の泉熱で簡単な調理が出来るし、どうしても火が必要な場合はガスコンロが設置してあるから安心である。 米を磨いでコッヘルに入れ地獄釜に入れておくと、一風呂浴びている間に出来上がる。 

調理場の看板によると先ず、地獄釜は100度以上あるのでヤケドに注意・・と記されて御飯・赤飯30分〜、ゆで卵10分、葉物野菜3分、根菜20分・・・とある。 勿論、部屋には簡単な台所、調理場がありナベ、カマ、茶碗その他が揃えてあって気軽に利用できる。

初日なので、炊きたて御飯にボンカレーと大缶のビールなどを先ず食す。 
気分が解放され、ホットな湯上りのビールは喉越しにしみとおるが、何より今日一日の達成感と生の喜びまでがしみわってくるのである。 
表通りからはカランカランと下駄の音が聞こえ、向の浴室から掛け湯の音や賑やかな女性のカン高い声が伝わってくる。

実にいい雰囲気で開放された気分であり、遂々、ウイスキーまでアオッテ酔っ払い寸前にまでいってしまった。 
それでも湯場には数回通って、終いには酒に酔ったんだか、温泉に酔ったんだか判らない具合で床に沈んでしまった。 

一般に酔っ払って風呂に入るのは好くないと言われるが、これが実にいい気持ちなのである・・ハイ。
宿の各部屋を取り巻く中庭に温泉の熱源があるので、冬でも蚊がいる・・と、お上さんから電気蚊取りマットを拝借していたので、お陰で昨夜はグッスリ眠れたようである。

引き続き「鉄輪温泉」へ続きます   第14日目へ

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