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日本周遊紀行(126)阿蘇 「中岳」


写真:阿蘇中岳火口、エマラルドグリーンの火口池が望まれる。


阿蘇の噴火は大明神の怒り、神霊の祟りとして畏れられた・・、

中岳の火口へ向かう・・、 
途中、火山灰の台地の草原にピンクの色彩が鮮やかになってきた、「ミヤマキリシマ」であった。
この花木は5月下旬〜6月上旬が開花時期で、この付近から阿蘇山周辺は30万本のミヤマキリシマの大群生があるという。 
特に、ここから反対側斜面の「仙酔峡」のミヤマキリシマが有名らしい。 
ここには多くのトレッキングコースも沢山あり、満開の中を散策できるという。


阿蘇山公園道路(有料)のゲートを抜け火口に向かう。 
公園道路に入ってからはそれまでの景色とは一変して、植物が育たぬ荒涼とした大地に変わる。 あまりの風景の変わりように驚きながら進むと、もうもうと噴煙を上げる中岳噴火口にほど近い広大な駐車場に着いた。

車を降り噴火口に歩いていくとそこには想像できなかったスケールの景色が広がっていた、 まさに地獄の絶景とでも言おうか・・?。 
活発な噴火活動を続ける中岳、白い煙をあげる火口周辺は、溶岩の露出したダイナミックな山肌を望む荒涼とした風景が広がっている。
火山灰質砂と噴石からなる砂漠を思わせる地帯には、克っての火口であろうか溶岩や火山灰の重なりが、火山噴火のすさまじさを思わせる。 ここは確かに阿蘇のクレーターであり、月面を歩いている気分になる。この一帯を草千里ヶ浜に対して「砂千里ヶ浜」と称しているのが面白い。

管理棟のスピーカーから、火口見物時の注意項目を大声で流している、有毒の火山性の硫化水素ガスの発生状況のことであろう。


大駐車場から中岳の大火口へ向かう。
木の柵からから眺める火口は地獄そのもので、その地獄の各所から濛々と白煙が噴出している。
これが有毒ガスを含む火山噴煙であろう・・、風向きによって右へ左えと吹き流されている。
この噴煙の流れが手前側に吹き込んでくるようになると見物策からは撤退させられ、駐車場の安全地帯まで下がらなければならないそうだ。 

阿蘇山の火口は新旧、大小取り混ぜてはっきりした数が判らないほど有るらしく、無論阿蘇山系で現在、未だに活動を続けているのはこちらの中岳の火口だけである。 
火口の直径は約600m、深さ約130m程あり、吹き上がる溶岩の温度は1000度〜1200度に達するという。
火口には池もあって、青緑色とでも云おうか鮮やかな色合いを呈している。これは強酸性の池に金属(鉄、銅その他)が溶け込んでいるからだろう・・?、それにしても噴煙上げる活性の火口に、これだけ神秘的な火口湖があるのも珍しいのでは・・?。 
中岳火口にはカメラや地震計が設置され,24時間体制で観測が続けられている


次に、火口より左手の高台に展望台があり、そちらへも立寄ってみた。
荒涼とした砂千里から遠くは草千里の緑まで、そして正面には烏帽子岳の勇姿が裾野を延ばしていた。周囲も素晴らしい絶景である。
周囲の展望を楽しんでいる時、突如として警報が鳴り出した。係員が河口付近にいる観光客、見物人を慌てて非難させているのである。
気が付くと確かに噴煙の風向きが見物エリア、駐車場の方向へ向かってきているのである。小生達も取り敢えず駐車場の所まで避難させられた。

阿蘇山中岳火口からは主に二酸化硫黄が発生している。 あの咽る(むせる)ような強烈な悪臭を放つガスである。
二酸化硫黄は亜硫酸ガスとも呼ばれ、不快で強い刺激臭を与え、呼吸困難を引き起こし、長引けば呼吸停止による死に至ることもあるとも言われる。

阿蘇火口の防災では、ガスの濃度と風向きによって五つのゾーン区分による立入規制を行なっているようで、規制が行なわれた際は監視員の指示に従わねばならない。 
特に喘息、気管支系疾患、心臓疾患の方は、低濃度でもこの症状が起るので、このような人達は火口見物は遠慮したほうがよい。
観光をしている最中にもガスの発生などにより、退避命令が出ることもある。 丁度、今がその時であった・・!!。


阿蘇山は複式活火山と呼ばれ高岳、中岳、根子岳、烏帽子岳、杵島岳のいわゆる「阿蘇五岳」の総称で中岳に山系に唯一つの大噴火口があり、現在も活発な活動を続けている。 昔はこの中岳を霊山としても仰ぎ、火口を神霊池又は御池とよんでいた。
そして、激しい噴火や爆発があると神の怒り、大明神の怒り、神霊のたたりとして畏れおののいたという。 ごく近年では1958年6月(昭和33年年)、第一火口が突然爆発、噴石は火口西12kmに達し、山腹一帯に多量の降灰砂、死者12名、負傷者28名、建物にも被害が出たようである。

五岳はそれぞれの個性も豊かで季節、場所によって同じ山でも表情が異なる。 最高峰の高岳は標高1592mである。 地球の胎動、世界のカルデラを満喫して、山を下りることにしよう。


一路、北へ向かって防中へ下りる、阿蘇登山道路の防中線である。 
途中、杵島岳、往生岳の豪快な姿を右に見ながら相変わらずの大草原を行く。

放牧中の牛、馬がのんびり草を食む。 近年、肥後の赤牛が放牧されるようになったという、阿蘇の象徴である原野に放牧された赤牛の数が、最近でやや少なくなってきているといわれる。 
因みに、お隣の大分県では「肥後の赤牛・豊後の黒牛」といって、阿蘇の外輪山を超えるととたんに何故か毛色が黒くなるという・・?。 
何れも、スキヤキ、ステーキには最高だとか・・?チョット現実的になったかな。
やがて、防中へ下りた。 

真正面がJR豊肥本線の阿蘇駅であった。 昭和中期までは「坊中駅」と名乗っていたそうだが、いわゆる「昭和の大合併」でできた「阿蘇町」が誕生したことからこの名が付いたという。 
昔は、この地が坊:お寺の領地だったこともあり、坊中は古くから山岳信仰の阿蘇山への登山口として栄えた。 尤も、今も昔も阿蘇山への玄関口である所に変わりないが。

「阿蘇町」は、本年(2005年)2月の「平成の大合併」により、一の宮町、波野村が合併し「阿蘇市」が発足したばかりである。

次回は、阿蘇一宮・阿蘇神社

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日本周遊紀行(126)阿蘇 「阿蘇神社」




写真:阿蘇神社本殿と楼門


阿蘇山が火の神の象徴で、その祭神が・・、

宮地の駅前を左折して県道11号線に入った先に、一の宮の「阿蘇神社」へ出た。
境内の一角に駐車場があり、ほぼ正面に威風堂々の門が構えていて、まずその大きさに驚く、「楼門」と言うらしい。 
大楼門は全体の造形美に加えて屋根下部の細かい彫刻もすばらしく、日本三大楼門(他に茨城県の鹿島神宮、福岡県の箱崎宮)の一つとされ、屋根は二層式で正式には「二層楼山門式」と云われる。 くぐり通路の上には巨大な注連縄(しめなわ)が飾られ、上部には金文字の大額が「阿蘇神社」と標している。
この文字は、有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう:明治維新戦争時の官軍総大将・東征軍の軍歌「宮さん、宮さん、お馬の前で・・・」とは親王のことを指す)の御筆によるという。
高さ21mの2階建造り。


阿蘇神社と阿蘇の神話・・、

楼門をくぐり境内へと入ると格式、風格ある社殿が鎮座する。
先ず、本殿正面の参拝殿に額ずく。左右を見渡すと社殿の数が多い、その数なんと12神の祭神を祀ってあるという。主神・一宮が健磐龍命(タテイワタツノミコト:阿蘇大神)、二宮が阿蘇都媛命(アソツノヒメノミコト:阿蘇大神の妃)。

日本の初代天皇である神武天皇(紀元前660年即位)の孫にあたる健磐龍命はこの阿蘇の地に新天地をつくったとされ、創立は孝霊9年(紀元前282年)と言われる。
阿蘇神社は、阿蘇開拓の祖と言われ歴史、格式とも申し分ない神社である。

健磐龍尊は現在の京都府である山城国宇治から阿蘇に来たとも伝えられ、神武天皇の勅命により阿蘇に下って鎮西鎮護の大任を果したとされる。 
健磐龍は、健々しく岩が立つ状態を神格化したもので、““立つ”とは自然現象が急に出現する状態を指し、阿蘇山が噴火して火を噴き、火山弾が降ることで阿蘇山に対する霊異から「火の神」とも言われ、この地方を広く「火の国」とも称したという。
又、水神・治水の神の自然神とも見られ、国造り、農業の神として崇められている。


阿蘇の伝説・・、

「 その昔、阿蘇の大爆発で裾野のを残して大陥没を起こした。やがてそこに水がたまり、外輪山の中は一面湖水で覆われてしまった。健磐龍命はこの水を流して作物の取れる豊かな国にしようと考え一蹴りされると、山は一気に崩れて大きな穴があき、水は勢いよく外へ流れ出した。その為か、今は緑豊かな田園が広がる肥沃な地になっていると。 」


阿蘇神社の参道は拝殿に向かわずに、阿蘇山(高岳・・中岳)に向かって拝殿の横(西方)を真っ直ぐ南方に伸びている(阿蘇神社は全国的にも珍しい横参道という)、つまり、本来の祭神は阿蘇山であるとも言われ、又、阿蘇山−阿蘇神社の北方の延長上に「国造神社」がある。
この阿蘇山−阿蘇神社−国造神社の南北の一直線を“聖なるライン”と言われてる。

国造神社(こくぞうじんじゃ)は別名・北宮ともいい、阿蘇神社の北約4qの地点で外輪山の内側麓に鎮座している。
この国造神社と阿蘇神社の直線上に阿蘇五岳の中岳が位置していて、聖なるラインと言われる。 
祭神は健磐龍命の第一子・国造速瓶玉命(クニノミヤツコハヤミカタマノミコト)といわれ、社は延喜式には905年創建と書かれている。

阿蘇神社の末社は全国450社を超え、その殆どが熊本県内に存在しているが、明治に定められたの社格の制度では官幣大社(かんぺいたいしゃあ)という最上位の神社に位置していた。
社殿は総欅の白木造り、「阿蘇式」と呼ばれる他に類のない様式であるという。

楼門を出て横へ行くと、確かに門前横丁と言われる「横参道」(聖なるライン)商店が並び、中には昔の面影を残す粋な建物も並んでいる。

次回は、阿蘇・大観峰    PartVへ

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