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日本周遊紀行


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写真:男鹿市の国道沿いに立つ、巨大な「なまはげの像」


紀行(22)男鹿 「なまはげ」(1)


そのうち、あの「なまはげ」で有名な男鹿半島へ到った・・、


男鹿は、秋田県で最も早くから開けた地域といわれ、西部にある男鹿三山(本山・真山・毛無山)は古くから霊場として名高く、各地から多くの人の出入りがあったという。 

また、南岸の船川港は天然の良港で、そこにも各地から多様な文化が持ち込まれていたようである。
こうした様々な文化の影響が、「ナマハゲ」などの伝説・伝承に影響を与えたものと思われる。


潮瀬崎からすぐに男鹿市門前の船川の港、道路・左手に巨大な「なまはげの像」が在った。

ここは「なまはげ」の故郷であった。


「男鹿のなまはげ」とは・・、 

恐ろしい形相の鬼が、ケラミノやハバキ(地元でいう脚半、外出・遠出などの折、脛に巻きつけるもの)を着け、大きな出刃包丁を手に「ウォー、ウォー、泣ぐ子はいねがぁー」、「ウォー、ウォー、悪い子は、いねがぁー」、「なまはげにつれでいがれるぞ」と奇声を上げながら集落の各家々を練り歩く。

奇習「なまはげ」は、12月31日大晦日の夜、男鹿半島全域の約60地区において行われる伝統的な民俗行事である。
若者らが、鬼のような面をかぶり、素足にわらぐつをはき、手に木製の出刃包丁を携えて忽然とやってきて、なまけ者や、ぐずる子供を戒める。
一年に一度訪れて、集落の各家々を巡り、悪事に訓戒を与え、災禍を祓い、祝福を与えて去るといわれる「なまはげ」は、年の節目としての年越しの夜にやってくる「神」ともいわれている。


「なまはげ」の語源は「なもみはぎ」ともいわれ、「なもみ」は「火形・火斑」のことらしい。

昭和53年、国の重要無形民俗文化財に指定されている。


名前も不思議だが、どうして「なまはげ」の様な物が発祥したかも、根拠として知りたくなる・・!!。

もっと深く地元で語り継がれてきた神々の創造にもつながる伝説があろうし、伝説を探ってみると、この地に生きる人々の古い文化と歴史や偉大なロマンが読み取れよう。


日本海に突き出した男鹿半島に鎮座する「赤神神社」・・、


断崖絶壁が連なり、海抜ゼロメートルから男鹿三山:本山(ほんざん)、真山しんざん)、毛無山(けなしざん)へと一気に競り上がっている。 
南の西目町付近から男鹿半島を眺めれば、陸というよりは海に山が突き出したように見え、その特異な景観に驚かされるという。 

この特異な半島地形と奇習「なまはげ」が生まれたのは、何か因果があるのだろうか・・?、 
今なお「なまはげ」には謎が多い。

なまはげ伝説には諸説あるが定説は無いともいわれる。 
男鹿市では約60集落でなまはげ習俗が伝承されているというが、なまはげが神だとすれば、なぜ邪悪な鬼の形相をしているのか・・?。
その謎を探るには、なまはげ伝説のルーツとされる半島・本山に祀る「赤神神社・五社堂」にあるという。

半島の南西部の突端・潮瀬崎の男鹿市門前に、山伏信仰の名残りをとどめる長楽寺(赤神神社の別当寺)と赤神神社の本殿がある。 

本殿横から、石段の登り口にある赤神神社の古刹・仁王門をくぐり、これから先が自然石を積み上げた999(ん・・?)の石段を登る。

急な石段の両脇には、日本海の強風に耐えてきたブナ林が覆われて、石段を一つ一つ登るたびに山岳信仰の匂いが漂ってきて振り返れば、遙か眼下に日本海の荒海が見える。 

樹木も疎らになり平坦地に達した辺りの隅に、忽然と「赤神神社・五社堂」と言われる五つの社が横一列に鎮座している。 
ここには、五匹の「なまはげ」が祀っている、それは家族で両親と子供三人だともいわれる。

更に、「ナマハゲ」に続きます

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写真:男鹿・真山山頂に祭られている「赤神神社・五社堂」

紀行(22)男鹿 「なまはげ」(2)



「999」の石段と五社堂の縁起伝説について・・・、

男鹿の本山、真山に祭られている「赤神神社・五社堂」と言われる五つの社が横一列に鎮座している。ここには、五匹の「なまはげ」が祀っていて、それは家族で両親と子供三人だともいわれる。


昔、漢の武帝が五匹のコウモリを従えて男鹿にやってきた。
コウモリは男鹿で五匹の鬼に変わった。

武帝は五匹の鬼たちを家来として使ったが、一年に一度だけ正月に休みを与えた。 
鬼たちは大喜びして里へ降り、畑作物や家畜を奪って大暴れし、しまいには娘まで浚(さらって)ってくるようになった。
困ってしまった村人は、鬼に賭けを申し入れる。 

「 あの山のてっぺんまで、一夜のうちに1000段の石段を築けば、一年に一人ずつ娘を差し上げる。 だが、それができなければ、二度と里へ降りて来ないと約束してほしい 」・・と。

鬼たちは、日の暮れるのを待って、さっそく石段造りに取り掛かった。
遠く離れた「寒風山」から空を飛ぶようにして石を運び、あれよあれよという間に石段を築いていった。 

これに驚いた村人は、物まねのうまい「天邪鬼・アマノジャク」に鶏の鳴き声を頼んだ。 
999段を積み終え、あと一段というところで、アマノジャクが「コケコッコー」と叫んだ。 
鬼たちは一番鶏が鳴いたことにびっくりし、約束どおり山の奥深くへと立ち去って行ったという。 

鬼が来なくなって、何か寂しい気持ちになった村人たちは年に一度、正月15日に、鬼の真似をして村中を回り歩くようになった。 

これが「なまはげ」の始まりだともいう。


ここまでは民話風の空想伝記物語であるが、現実的な二番目の伝説について・・、

古く大陸の国の人々を見る機会のほとんどない時代、漂流民のように男鹿半島の海岸にたどり着き、その異国人らを「なまはげ」としたのではないか、というものである。 

大身肥満でしかも紅毛碧眼(こうもうへきがん)の異邦人は村人にとって、まさに、なまはげに見えたというのであろう。 
それに彼らがもっていた技術や知識によって驚異的な石段作りが成し遂げられたといい、滑車や特殊な綱によるものであったとする伝えがある。

三番目には男鹿の真山、本山は古くからの修験道の霊場として知られていたことから、修験者は修業姿のまま里に下り、門付け祈祷をして回った。 
修業の間の凄(すさま)じい形相や山中の修業後の姿などを「なまはげ」としてみたのが始まりともいうのである。


なまはげ」の伝承、伝説については他にもあるようだが・・、

明治後半から戦前にかけて、ナマハゲ役は未婚の若者であった。 
役に当たった若者は,まず神社を参拝してお祓いをしてもらい、そして風呂に入って身を清め、肉、ネギ、ニンニクを断ち、つまり精進潔斎(しょうじんけっさい:肉食を絶つなどして身をきよめること)に勤めると。

小正月に訪れること、女性はナマハゲ面を被っても、触ってもいけないこと等々から、ナマハゲの正体は「歳神様」であり、古い民間信仰(地主神=祖霊)に基づく歳神を迎え入れる行事であったと言う説ももっともである。


現在、一般的に言われるナマハゲは・・、

山の神様や正月の歳神様の化身といわれている。
大晦日の晩、赤と青の恐い仮面をかぶり、身には藁で編んだミノをまとい、大きな声で「泣く子はいねが、怠け者はいねが」と家中を探し廻ります。 
その荒々しさによって家の悪霊や災禍を祓い清めるといわれている。

又、ナマハゲは、お田植祭などに参加した子供たちに「食べ物を粗末にしないように」、「両親の言いつけをよく守るように」と約束させる場面の先導役ともなる。

ナマハゲは、人々を戒める役割を持つと同時に、春の到来を告げ、その年の実りをもたらす神様でもある。


潮瀬崎から門前を過ぎるあたりから急勾配で一気に高度を上げ、一転して山岳の道路になり、アップダウンの激しい曲がりくねった道でやや緊張を強いられる。 

俯瞰する日本海が美しく、途中からは断崖絶壁の海岸線も望まれる。 
平日の為か交通量も少なく快適に走っていると、突如、野生のキツネに遭遇した、キタキツネであろう、こちらの様子を覗いながら道路を横断して森の中へ消えた。 
しだいに高度を下げるとやがて戸賀の浦に着いた、山地が噴火してその岩石がばら撒かれたような様相の、荒々しいしい岩礁群の海辺が広がっている。

男鹿半島のことで・・、
半島付け根・中央部には標高354メートルの寒風山が聳える、聳えるといっても草原状台地の火山で、五つの小火山と二つの火口から成ってるらしい。 又、男鹿三山をはじめ、麓の戸賀湾を含んだ地域は爆裂火口地帯を構成している、つまり、男鹿は元々は火山の島であったようである。
東部山麓には八郎潟が広がっていて、そこに国道101号が通じ、秋田市方面からは男鹿線が通じている。 もともとは離島であったが、米代川、雄物川から運搬される土砂により陸繋島(砂州によって陸地とつながった島)となったという。


さて、戸賀浦のことであるが・・、

先端部付近には世界的にも珍しい神秘的な火山湖である一ノ目潟、二ノ目潟、三ノ目潟といった沼湖が存在する。 
いずれも日本では男鹿半島にのみ存在する爆裂火口(マールとよばれる)湖であり、 この湖はマール湖と呼ばれる地形の典型的なものだといわれている。 
戸賀湾そのものも火口が海とつながった火口湾(四ノ目潟とも)であるともいう。


深底部にあるマグマが、地下水と接触し急激に接触反応すると、水蒸気マグマ爆発と呼ばれる激しい 爆発が起こる。
この時マグマと水の接触の割合によって、その爆発力は連続的に 変化するが、その中でも激しい爆発が起こった時に作られるのが火山地形のマ ールである。 

爆発力が強いために大きな火口が作られ、そのため噴出物は広い範囲に撒散らされるので火口の周りにはごくわずかの堆積物しか残らない。 
そのため噴火が終わると火口は速やかに地下水で満たさる。 地下から上昇してきたマグマと地下水が接触して爆発が起こるのである。
その爆発は 地下水面よりも下で起こり、マールの形成には,マグマと水の接触の割合が関係しているとう。


このことから、どこの火山でも見られるという火山地形ではなく、国内では、九州・指宿地域、男鹿半島の当地、伊豆大島の波浮港などが代表的なマール地形で、地下水の豊富な海岸付近に比較的多いという。

地歴的に観ると、一ノ目潟の形成は9000年前、二ノ目潟と三ノ目潟は4000年前の縄文期と推定されている。 
東側「一ノ目潟」、西側に「ニノ目潟」の間に「八望台」という日本海を一望にできる絶好の展望地がある。 
北は青森県境、南は奥羽山脈まで望むことができ、この景観から高松宮殿下が命名されたものあるという。
 


この麓の岩礁海岸に、今年7月、オープンしたての近代的な「男鹿水族館」があった。

周囲は人家一つ無い自然の中の海岸に忽然とあり、モダンな建物のわりには何故か違和感が無く自然に存在している。 
オープン前に、人気の映画「釣りバカ日誌」のロケ現場として利用されたらしく、前評判が大きかったこともあり、平成16年7月13日のリニューアルオープン以後、大勢の来場客で賑わいを見せているという。

小生も、開業直後の水族館を1000円の入館料を払って見物した。 


アシカ、ペンギン等の人気の生き物や川の生き物をはじめ、巨大水槽、水中トンネルなど見所が満載で、水中トンネルは海の底にいる気分である。  
館内には男鹿・秋田の海の生物が数多く展示されており、身近ながら中々見ることの出来ない目の前の日本海の中を知ることも出来た。 
秋田の名物魚・ハタハタなどの男鹿を代表する魚も沢山展示されていた。



この地域は、昭和58年(1983年)5月26日午後0時「日本海中部地震」の強震が発生している。

秋田県能代市西方沖約100kmの地点が震源地で、マグニチュードは7.7、秋田市、むつ市、深浦町で最大震度5を観測している。地震により発生した津波などにより、104名の犠牲者を出したことは記憶に新しい。 
戸賀の加茂青砂地区でも、海岸で遊んでいた合川南小学校児童13人児童や外国人観光客が逃げ遅れて津波に飲まれた。 
この日は、雲ひとつない青空で、海は鏡のようであったという。
現在はこの地に慰霊碑が建っている。

夕景の戸賀湾を左に見ながら、山手の方角へ、小さな峠を越えれば男鹿の温泉郷である。
間もなく本日の目的地、国民宿舎「男鹿」に到着した。

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