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0676 '06年01月09日 道の駅「相生白龍城」から宮山と唐船山・基山 [地形図2万5千-相生] 神戸新聞の1月9日刊に唐船(からせん)山で初登りの催しがあると載った。この山は県下最低標高の山で、昨年「JR坂越駅からJR備前福河('05/02/06)」で、近くまで来たが時間がなく止めにした山だ。初登りの日は登頂証明書が貰えるらしいので出かける。唐船山自体は2~3分で登れるだろうから、途中の相生の宮山に登ってから赤穂に入ることにする。宮山は、市街地に近い山だから早朝登山の道くらいあるだろう。相生市街も一度歩きたいので道の駅「あいおい白龍城」の駐車場に車を駐めて登りの用意をして始める。国道の向かいの公園から西に歩く。 マックスヴァリューがあって、その奥の道路を東へ歩いて「丘の台バス停」を左折すと小さな団地に着く。住宅地の道を縫って上へ登って墓地に出ると、最奥の家人がちょうど散歩に出かけるところだ。墓地の上部から20mほど踏跡Aをたどると、よく踏まれた登山道に合流できた。岩稜の登山道で一枚岩の岩に出ると、相生の市街地と瀬戸内の家島や相生火力発電所の豪快な煙が見える。前ピークから山頂へは指呼の距離で、日章旗のたなびく宮山山頂に出る。風もなく東に開けた展望岩から太子方面の市街地と山陽自動車道を走る車が見える。本当に気持ちが晴々する。 下山路は、登山道の出合いからそのまま八幡神社の境内へ下る。ここが本当の登山口らしく、那波小学校という小さな学校があって鳥居に出る。振り返れば宮山が200mも満たない山とは思えぬ堂々とした山で見えた。そこから南へ真っ直ぐ下ると、今度は全面凍結したプレジャーボートばかりの港があり、 「みずべの散歩道」と書かれた遊歩道を通ると、白龍城の向かいの公園に東側から出られた。さあ唐船山だ。高取峠から赤穂に入り、千種川の右岸道路から海浜大橋を渡り、次の信号を右折すると赤穂海浜公園の西駐車場で、唐船山がこんもり広がる小さな砂浜に着いた。 登山口に行くと「19メートル 兵庫県最低峰(平成17年4月)」の標示があって唐船山の由来が書いてある。最高点までは2~3分。60歳を越えたくらいの先行者が一人、「景色がいいね」と言葉を交わして、写真を撮って車に戻った。駐車場にはタクシーでやって来た登山者?一人がいるものの、結局この3名のみ。新聞の催しはないようだった。帰路に、新舞子浜の西に聳える基山にいってみる。綾部山の麓に菜の花畑があり、基山の東の河口部の潮干狩り場から、10分ほど道路を登って別荘地の道路脇に真新しい四等三角点を見つけた。
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0677 '06年01月15日 旧生野国民宿舎から千町峠 [地形図2万5千-生野・長谷・神子畑・但馬新井] 今年の雪は日本海側で物凄い。特に一度登りに行った新潟県津南町や秋山郷周辺は、毎日のテレビのトップページを飾っている。加古川に住んでいると分らないが、県の北部地方も大雪らしい。去年もそうだったが、雪歩きは段ガ峰に限る。雪が多かったら引き返すつもりで出かける。倉吉谷Aまで車で行きたかったが、昨年と同じようにKassel以降は、積雪あり入れず旧生野荘の駐車場まで引き返し登山の用意をする。他に車がおらず、雪も深そうで達磨峰からは踏み抜きがあって、到底、段ガ峰までの到達は無理のようなので、千町峠までの林道スノートレッキングに切り替える。 この2~3日前まで、一月にしては暖かくて、しかも多量の雨が降ったにもかかわらず積雪がある。栃原の林道出合には、通り抜けができないのか工事用の通行止めがしてあった。林道全面の雪道になる。融雪が盛んのようで、雪解け水がいたるところに吹き出ていて水音も高い。倉吉A谷の手前で谷でチェ ーンを付けないジムニーが林道を走り去る。倉吉A谷に出ると道の真中に車をほっぽりだした運転者のいない車がある。いよいよ雪が深くなって、もうジムニーの轍跡を忠実に歩く以外に歩けないようになる。走れないのかジムニーも引き返してくる。 困ったもう少しで轍跡がなくなる。轍が切れると、今日歩いたらしい複数の靴跡があった。このあとを正確にトレースすると踏み抜きはない。大きい倉吉B谷に入ると進行方向に段ガ峰山頂の一本松が見え始める。この谷で同じような装備で引き返してくる若い単行者とすれ違う。倉吉A谷に車を放置している男だろうか。とすると、先に行くパーティーはカンジキを履いた登山者のようだ。1m以上の積雪になったが、林道が固いせいか踏み抜きはない。倉吉B谷を抜け千町峠の山荘が見え始めると、先を行くパーティーに追いつく。林道分岐の谷は落ち、ここで道路が不通になっていた。 峠付近の雪は薄い、峠から段ガ峰方向へ10分ほど登ってみるが、道は開かれておらず踏み抜きが始まる。雪歩きの道具を持たない者はこれ以上は無理だ。気温が上がると、林道の雪も柔らかくなってくるだろうから踏み抜きが始まる。無理することもないので引き返す。ここまで2時間半かかっている。復路はやはり踏み抜きは多くなったが、倉吉B谷のところまで引き返したところで、先のジムニーがフル装備で林道を突進してきた。物凄い突破性能だ。後を付いて来た大型の4WDのおかげで、また踏み抜きのない大きな轍跡を歩き、旧生野荘まで戻ることができた。
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0678 '06年01月21日 権現山から志方城山の遊歩道 [地形図2万5千-笹原・加古川] 今日は昨夜の雪の予報だったが見事に外れ、無風で薄日が射してまずまずの天気だ。昨年暮れに権現ダム湖畔の権現山に登った時に見つけた整備された遊歩道らしき道を確かめようと、志方東公園に車を駐めて、時計回りに権現ダムに向かう。あの遊歩道は志方城山に続いているに違いない。この湖畔のコ-スは「近畿自然道(志方東公園~中道寺城山一周('03/11/16)」で歩いているので簡単、野尻集落のゲートボール場を南へ折れ権現ダムへ入る。権現ダムの別当橋周辺から目指す城山が見える。近畿歩道の湖畔を歩き、「カーブミラー1856」から例の遊歩道に取り付く。 先週の雪道歩きで濡れた登山靴がまだ乾いておらず、運動靴だからよく滑る。四つん這いになったり、木に縋ったりして権現山までの急登、この寒さでも汗が吹きだす。先秋にも下刈りしたらしい遊歩道らしき道は、権現山からも続くが、次ぎの200m+ピークに反射板が見隠れし始める。この道は反射板の巡視路らしい。反射板ピークからは城山が近くに見えるし、整備がいいので周囲の景色も見渡すことができる。写真を撮って城山方向ヘ下る。以降も巡視路の整備は良く、途中2つの分岐があり左に左に歩いて、大下りし、古い道しるべがある峠に出る 。 野尻側にはいい峠道が下っているが、私有のゴミ焼却場のある志方側は藪になっている。志方、岡の遊歩道に続くと思えるトラバース道があったので、少し行ってみたが、もう藪に返っていて進めなかった。覚悟を決めて尾根伝いに歩く。まったく歩かれてないから暗いがブッシュは疎だ。平らで方向性がなく北に廻りこん後、真西に歩くようになると石積みの道に突き当たる。城山側の遊歩道が整備される以前の、大手道らしい道のようだ。尾根を登り遊歩道に飛び出る。 ここから10分ほど登って2度目の志方(中道寺)城山山頂に着く。縁起によると、この城は赤松氏範によって築かれた山城で、秀吉の城攻めに対抗し、秀吉側の兵士を近づけないように竹の皮を敷いたが、その竹の皮に火をつけられあっけなく落城した。加西の善坊山落城と同じ話だ。誰もいない山頂の芝生も短く刈られ、相変わらず展望のいい山頂で、一等三角点の標石も大きい。ぐるっと芝生を一周して景色をみながら写真を撮る。下山は毘沙門岩方向に下り、遊歩道の出て志方町岡の近畿自然歩道に出てから、志方東公園に戻る。
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0679 '06年01月28日 堀越古道からキスラシ山・ナダレ尾山と滝ノ山 [地形図2万5千-有馬] 約1年ぶりのこの山域だ。有馬への県道506号線から砕石会社の案内を右折して谷に入る。が、ダンプ多くて車を駐める場所がなく、高速北神戸線の高架下に市民公園と書かれたゲートボール場らしきものを見つけ車を駐める。周りに人家なく地域名がわからないが、電柱に「ホリコシ」と書いてある。用意をして歩き始める。予定していた尾根に取り付きは、砕石会社の敷地内で入れず、桜池の堰堤から取り付くことにする。桜池は全面凍結しており、淡雪が積もって寒々としていた。堰堤の尾根にも取り付きがなかったが、谷の右岸は護岸が崩れているが、石積の古道が続いている。 地形図で確認すると稜線の峠地に繋がっているようなのでこの谷を歩く。10分ほどで谷床を歩くようになり、西から尾根が迫ったところの2番目の谷を左手に登る。踏跡はないが杉の30~40年ものの植林だから容易に歩け、10分弱で稜線に出られた。出合に出てここも左へ、小さなピークを一つ越すとキスラシ山の四等三角点に着いた。西に狭い切り開きはあるが展望のない山頂だ。地形図のキスラシ山は砕石の山らしいので諦め、出合いに引き返してのナダレ尾山へ縦走を開始する。赤の残存テープのある明瞭な踏跡を拾って歩くが、時々径を見失う。 コースの難所は495m峰から縦走路に出られるかどうかだ。ピークから右手に赤テープの取り付けられた同程度の踏跡が続く。先の桜池に続くらしい古道の峠に出る。その後、PL28の高圧鉄塔に出てからは、巡視路を通って「太陽と緑の道(多聞寺へ)」のコースに合流する。ここもトライヤルバイクで走る輩がいて、深い轍が掘られて歩き難いことこのうえない。一度歩いた丹生山系縦走路に出て天ガ辻方向(南)へナガレ尾山に向かう。途中ジープが乗り捨ててあるところで男の単行者に逢う。ここで最高峰の538m北に廻いて地形図の破線路分岐に出る。 読図が合っているなら次のコルにナガレ尾山の尾根尻があるはずだ。読図通りに指示標があって、無事ナガレ尾山に導いてくれた。下山は先の縦走路分岐に引き返し、標識「神鉄五社・堀越」方向に進んだのが悪く、30分以上歩いても堀越への下山路は現れず、476mの東から北へ狭い谷を砕石場まで下った。古道峠から下ったほうが、早くしかも安全に下れただろう。帰路に、寄り道して滝ノ山に登る。落ち葉の急登で滑り難渋したが、狭い山頂からの景色は抜群だった。
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0680 '06年02月04日 竜野「そうめんの里」から愛宕山 [地形図2万5千-龍野] 姫路市最高峰の葛城山に登ろうと林田町奥佐野に入る。今日は今年何番目かの寒気が入ったそうで、道路に薄く雪が積もっている。凍結はしているが滑りはない。それよりさっき擦れちがった軽トラには、猟犬のケージが積んであった。今日は絶好のハンティング日和であることも確かだ。葛城下池から暗い植林の道路を抜けると二軒のログハウスがあり、駐まっている車が2台共も猟師の車で、猟犬の甲高い鳴き声の近郊の山から聞こえる。ここは登山はだめだ。このまま帰宅するのもしゃくだから、国道29号線追分交差点から県道5号線に入って、横内の愛宕山に登ることにする。 この山は以前「觜崎橋から鶴嘴山・貴船山・祇園嶽('03/12/13)」で鶴嘴山に登ったときに南側に見えていた山だ。地形図でも周辺に山陽自然歩道の記載があり、公園化されているようだったから登山道はあるにちがいない。神岡町北横内から愛宕山を見上げると、頂上部に何やら建物らしきものが見える。小さな山だから時間があるので車で愛宕山を一周してみる。林田町上構で、貴船山を背にしたいい里山風景が撮れた。なかなか登山口が見つからずに「そうめんの里」まで来て、裏手を走っていると「遊歩道まで350m」の案内標が目にはいる。車を施設内に駐めて歩き始める。 最初は竹薮で、竹を切り出している人に挨拶をしなが数分歩くと荒神社があり、ここに廃神社の遺構があったと縁起がある。10分弱で登山口で猪侵入防止の頑丈な門と立派な遊歩道入口の標があった。もともとの登山道ではなく、あとから造られた遊歩道のようで 斜度もなく楽に登れる。10分ほどで鳥居のある磐座に出れた。この鳥居は、下の横木が両端切れ落ち漢字の「丹」の形になっている。林田川の流域の町が見える。東に歩くと北横内から見えていた愛宕神社に着く。小さな神社だが灯篭はでっかく、周りの木々が伐採されているからいい眺望が開けている。 ここで弁当を食べることにして本殿に一礼をして愛宕山山頂に向かう。すぐの愛宕山山頂は、夢前川を隔てて亀山城の山群が正に「寝釈迦」のように見え、南に林田川の流域が見えて、その延長上に瀬戸内海が遠望できる。台形の家島本島も浮かんでいる。風が西側から吹き始めて肌寒くなってきた。山頂には標高だけ書かれた柱が一本、写真を撮って神社方向に引き返す。愛宕神社は風裏になって、太陽光線が射して気持ちがいい。弁当を食べながら、この周辺の登れそうな山々を物色する。まだ名前がわからないが、林田付近には空を刺すような尖頭峰がまだ残っている。
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0681 '06年02月11日 JR備前福河駅からJR日生駅 [地形図2万5千-日生] まだ狩猟期なので恒例のJR赤穂線沿線を歩く。前回はJR坂越駅からJR備前福河まで歩いたので、今回はJR日生駅まで歩くことにする。せっかく歩くのだから県境にある266.6m峰を登って、岡山県入りをしようと勇んで出かける。JR備前福河駅のまん前に車を置き、朶山の集落に入ると70歳前後の男が野良仕事をしていたので、266.6m峰と福河の北に聳える313.2m峰の名前を尋ねた。266.6mは「タカンバ」、313.2mは「毘沙門山」だという。峠を降りると品川煉瓦の工場があったというから信用できる。峠までは小さい頃は歩けたが、もう道はないだろうともいう。 辞して池まで舗装道路を歩き堰堤に上がったが、池の右岸を歩くところを間違って左岸を歩いたので5分ほど藪を漕いだ。地形図にはないが上部にも池があったようで堰堤跡を越えるとまた峠道が現れた。県境の鞍部峠に出る。防火帯だろうか兵庫県側に切り開きがある。品川煉瓦へ下る峠道は、あるにはあるが密生した笹の中だ。防火帯をタカンバを目指して歩く。振る返ると県境の山並と、鹿久居島の水道を行き交う船が見える。10分ほどでタカンバの肩に着き南へ、防火帯に生え始めた松の小枝に頼りの急登する。息が切れ一度休んでタカンバ山頂部に着く。 防火帯は山頂部を東に廻くようにあるからコースには三角点はなかった。ここだと思うところから入ってみるが、瀬戸内の照葉林が密生しており何度探しても三角点が見つからない。結局少し引き返して照葉樹の切り開きを見つけ、草を掻き分けて三角点を見つける。セメントで修繕された三等三角点が暗い藪の中にあった。良かった良かった。三角点探しに疲れ、すこし下った別荘の見える展望台で小休止をとる。もう県境の峠に引き返す気もなくなり、そのまま県境防火帯を南に急降下して、岡山県境の車道に出た。頂上部から立派に見えたがこの別荘地は廃墟だった。 車のまったく通らない県道をトボトボと10分ほど歩くと日生マリーナがあって、ここにもう藪に返った先の峠道が下っていた。品川煉瓦工場沿い道路を歩き、深谷で海岸沿いの道路に出る。日が照っているときはなんともないが、日が陰ると西風がやけに冷たい。日生運動公園の西の入口潮見橋まで歩くと「あとJR日生駅まで1.5Km」の案内板がある。やっと終わったか。来年は牛窓とかいうところに行ってみようか。ここは冬でも暖かかい日本のエーゲ海だ。
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0682 '06年02月18日 大原野素盞鳴命神社から天狗松~布身ガ岳 [地形図2万5千-武田尾] 今日は、やや曇っているが雨の心配はないらしい。宝塚市大原野の素盞鳴命神社の近くに車を駐め天狗松に登る。20分ほど登ると妙見宮の祠が祀られたピークに着く。山頂にアンテナが見えているから巡視路と思っていたら、このお宮さんの参道だったようだ。天狗松の名の由来の枯れた松が傍らにある。祠の南から10分弱でNHKのテレビ塔のある天狗松の三角点に出られた。南に古宝山、北に尖頭峰の清水東の愛宕山が見える。ここまで来たら布見ガ岳まで行ってみよう。南へ青テープの付いたいい山道が続き、下り5分で「K453」の境標のあるコルに出る。 ここを西へ上ると368m峰の南の肩に出たようで、進路を北にとって竜王山に出た。ここにも波ナイロン製の屋根のある祠があったが、東に先ほど登った天狗松が見える以外展望はない。北側に灯篭があって、よく踏まれた参拝道が下っている。尾根伝いに縦走を再開する。が、青と赤の景気のいいテープにつられて竜王山の西の谷に下ってしまった。ここで谷を下ればよかったが、方向感覚麻痺してせいで東へ谷を遡行し峠に出る。先ほどの竜王山の肩から南に下った道が交差している。ここでもまた「←黒岩」と書かれた道標ににつられて西に登ると岩稜ピーク(黒岩)に出てしまう。 西の谷の小さな野池の向こうに目指す布身ヶ岳が見えている。これで読図バッテリ。もう間違いついでに北に薄い踏跡を拾い西の谷へ下った。ここに『松茸山につき命の保紀はしない』とかなりドスの効いた看板がある。20mほど谷を上りテープを追って、368mからの縦走路鞍部へ上がり西へ進んだが、境石と青テープはあるものの、波豆の清瀬橋からの破線路出合までは踏跡は薄かった。布身ガ岳の登路に合流するとピンクのテープが現れ、15分ほどで2度目の布身ガ岳山頂に着いた。登山ブームだからもっと小綺麗になっているかと思いきや前と変わらぬ静かな山頂だった。 下山路は南に大岩岳へ縦走路を下り、南の鞍部から酪農センターに下る。何故か縦走路に黄色のテープが横に張られいたので、東へ下って行くと小さな野池に出くわす。最初は、黒岩のピークから見えた破線路のある池だと思っていたが、そこだと西の谷が東にあるはずだ。地形図の誤記かな。確かめるために林道を西の谷に入る。すぐの西に池の堰堤が見える。読図が正しければ、この道は酪農センターと境野を結ぶ古道のはずだ。もう酪農センターには下って大回りすることはない。古道を「黒岩」の峠に出て破線路を境野に戻った。
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0683 '06年02月25日 大曲からウリュウド(馬の頭)~鉾立山 [地形図2万5千-寺前] 土曜日は曇りの予報だったが、一日ずれたようで寒いが快晴だ。Webで見つけた山、夢前のウリュウドに登る。直前まで登山口を安富側にするか、夢前側からにするか迷うが、安富側は時間がかかりそうなので夢前町の板根から登ることにする。秀麗な雪彦山の岩峰を賀野神社から眺め、大曲の東屋の駐車スペースに入ると先着の初老の登山者がスタートするところだった。最初来た時と比べると随分荒れた登山道を歩き「虹の滝」に着く。時間を節約するため地蔵岳の裏登山道には行かず、北側の下山専用路を登る。下山路といっても岩の道ではないが急登ですぐに顎があがる。 縦走路に出ても洞ガ岳には行かず、ウリュウドへの鹿ガ壷分岐方向に進み、分岐標を見つけ尾根を南西に入る。実は「鹿ガ壷から雪彦山('94/10/29)」で鹿ガ壷から迷って尾根の約半分ほど歩いたことがある。もっと道が良かったと思っていたが 、シキミの木が生える踏跡Bで歩き辛い。808m東峰でやや西にふると藪になるが、幸運にも鹿ネットが現れて方向性が増した。808m峰には、トウヒの大木があって、南にウリュウド・北に雪彦山三角点峰が見える。直角に南に折れても200mほどは藪だった。ここが伐採地だったころ鹿ガ壷から迷ってここに登ってきはずだ。 イバラが混じって歩き辛い。ウリュウド本峰に登り着くと藪がなくなる。平らな山になって方向感覚を失い易い。誰かが付けた白+赤+白のテープのうえに鳥追いの金テープを付けて復路を確保する。残雪がいたるところ見られるようになって、ウリュウドの南峰二等三角点に着いた。5m四方の空間があるがまったく展望がない。写真を撮ろうと三脚を出していると200mほど南の尾根で猟犬の吠える声がし始める。 猟師はいないだろうが、逃げる動物から危害を加えられる恐れもある。近くの木に登る準備をしたが、吠え声は谷へ下っていった。写真を手早く撮ってウリュウドを離れる。 808mの大木まで引き返すと、またもウリュウド側から猟犬の吠え声。今度は100m以下の距離だ。808m東峰まで全力で藪を漕ぐ。鹿ガ壷分岐から往路は55分かかったのに、復路はわずか35分で縦走路に戻ってこれた。疲れた。ゆっくりしたいが、縦走路の暗い道ではそんな気にはなれず、重い足を引きずり雪彦山三角点峰に登って弁当を食べた。落ち着いた。その後、笹薮の枯れた縦走路を鉾立山に出て好展望を独り占めする。登山口で会った初老の登山者は492mピーク東でチェーンソーで倒木を切り縦走路の確保をしていた。感謝。しばらく立ち話をして虹の滝へ下る。
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0684 '06年03月04日 八十八巡り大師堂から白倉山 [地形図2万5千-山崎・長谷・寺前] 先週は猟犬に追われた。狩猟期間は2月15日までだと思っていたが、Webによると『シカの捕獲に限った狩猟期間:11月15日~翌年2月末日まで』と告示されている。本日は3月4日。これで晴れて藪漕ぎできる。伊和三山の一つ白倉山に登る。この山は昨年岡城山に登ったとき、東に屏風のように聳えていた山で、この山にを登って三辻山まで足を延ばすことにする。神福寺の八十八巡りの大師堂に車を駐め、行者堂の「延命の水」を補給してから、上部の不動さんに寄って滝ノ内林道を詰める。林道分岐(四等金属三角点345.5m)から右に入ると100mほどで林道終点に着く。 「平成元年ふるさと100年の森林(もり)」の石碑が立っており、巡視路のプラスチックの階段がある。荒れて歩かれてはいないようだが大助かりだ。最初は急でネズミサシが蔓延り歩き辛いかったが、だんだん広い道になって峠に出る。左に示標岩が立っている。どうも谷の北の支尾根に出たようだ。右手の巡視路に2m四方の池がある。そのまま巡視路を進むと653mを廻いて、雪が2~3cm積もっている巡視路が続く。鞍部に出ると下っていく巡視路標示が2箇所あった。心配したがその後も道は悪くならず、岩場も現われ高圧線鉄塔で位置確認もできて順調に歩を進める。 849mが近づくと昨夜の雪が踏跡を隠し、尾根筋もはっきりしない地形になるが、何とか[三]の黄色杭のある白倉山最高点ピークに着いた。西へ白倉山三角点を探しに行く。山の北面全体が一昨年の台風で倒木しているようで、南に稜線を外して歩いて、ここはと思うところで北に登ると倒木の下にきれいな三角点があった。北が全面倒木帯だから、後山から雪を満々と湛えた氷ノ山、暁晴山と先週登った鉾立山までが全開だ。先は長い菓子パンを放り込み、三辻山を目指し町境尾根をたどる。849m直ぐの下りが二重山稜になっているが、何とか南に尾根を移して稜線をたどる。 時々南に高圧線鉄塔も見えるが、雪が完全に踏跡を覆い、地形図も境目なこともあり歩き辛い。時々現われる赤い町境杭を追う。830m+で黄色杭を認め真南にとったが、正面に見える鉄塔を意識しすぎ鞍部から二番目の鉄塔の谷に下りてしまった。裸地の上に鉄塔があり、這い上がると建設に使われた思える作業道があった。地形図をとっかえひっかえ作業道を進んで、目印の支尾根を越えると広い伐採地に出て、破線路峠と思える分岐に出た。あと三辻山まで一時間弱かかるし、行けば林道歩きも2時間近くはかかるだろう。今日はここまでと諦めて分岐から岡城川に下った。
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0685 '06年03月11日 頃谷林道PL75入口から峰旗 [地形図2万5千-山崎] 峰旗山は、昨年岡城山に登ったとき、南西の方角に聳えていた山で、黒尾山の南に位置し山頂近くまで高圧線鉄塔がある山だ。国道29号線の与位温泉からは稜線上の743m標高の南に白い反射板の見える山でもある。同じ稜線上の581.3m三角点に巡視路があるだろうから反射板・峰旗・北の巡視路を下って稜線を馬蹄形に歩けないものか。与位の洞門を通って与位集落に入ったが、シカキ谷と書かれた廃別荘地に迷い込んで時間を喰う。頃谷林道に入り、人家から200mほどの古い簡易水道の取水施設に車を駐める。 ワゴン車が一台あり猟犬のケージが積んである。 嫌な予感。用意をしてたら鈴のついたビーグル犬が周囲を走り回る。脅かすなよ。5分ほど登ってPL75に着いた。ここから左に出て、PL74鉄塔を目指す。巡視路は整備悪く、小石が流れて道の見分けがつかない。突然右の谷上部から「お~ い」「お~い」と動物を追い立てる勢子の声がし始める。狩猟期は終わったはずなのになぜだ。男達の声が巡視路尾根でもしているようだ。逃げ場なくなり真っ只中の668mに続く尾根に赤い服に替え鈴を鳴らし走り上がる。勢子達は谷側50mほど北を下っているようだ。休まず15分ほど登って高低差150m程の距離ができる。 まあ一安心。尾根にはトウヒの大木があって、白いペンキの目印もあるが、手入れの悪い桧の植林帯を右に左に避けながら踏跡Bを急登する。一度だけ南が開け581.3mの三角点峰が見えた。668m標高ピークに出る。西に水剣山が見えるのみで、ひと気の薄い稜線だ。少し歩くと北側ピークからやっと反射板と峰旗が見え始める。一昨年の台風の倒木で剥き出し岩の稜線を慎重に歩いて関電与位反射板に着く。ここからは巡視路らしき道、青色のテープを追っての稜線歩きだった。迷い道もなく50年物の杉の植林帯で歩き易い。水剣山方向から涼しい風が吹き大助かりだ。 縦走路には時々反射板の順路を表す「火の用心」も現われる。743m北鞍部からは銀色の鳥脅しテープも上ってきて賑やかになった。直下の尾根の出合ったところに 「奥山官林第二十六号」の石碑があって、そこから10分で峰旗に到着する。展望なく樹間から黒尾山の頂上が見えるだけだ。古株の石板に山名をマジック書きして巡視路で下山を開始する。嫌悪な尾根で鹿柵もあり、巡視路も荒れているから予定した下山路の支尾根を見つけられるか心配で、巡視路の290m+の手前から743m峰を意識して、30分ほど杉の植林帯を下ると林道終点の砂防ダムに下りついた。
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0686 '06年03月25日 赤西渓谷から瀬戸山 [地形図2万5千-音水湖] 「播磨 山の地名を歩く」播磨地名研究会編p296の波賀町に瀬戸山の山名がある。Webに書き込みはないがどんな山なのか。今日は少々寒いが雲ひとつない快晴、この上ない登山日和だ。原から赤西渓谷に入る。波賀町の取水場まで来ると、間もなく舗装道路が地道になって左手にアバラ屋がある。ここを登山口に登り始める。右岸によく歩かれた道があり、10分で谷が二分するが、正面の尾根が今回登った尾根で瀬戸山の三角点に真っ直ぐ続くものだ。谷の水で喉を潤し取り付く。東側が杉の20年もの西が雑木、いずれも疎な植相の尾根を木に縋っての急登する。 東の杉の植林は落ちているが手入れしているから、明るくて見通しがきく。左尾根が合流し30分で中間地点のコブに着く。ここまで踏跡はなかったが、ここからは少し斜度も緩み、やっと薄い踏跡Aになる。所々に大木が残されいい目印になる。西の樹間が開け三室山が大きく見えるようになると、また急登になるが前方の植林帯が、一ヶ所だけ開き鞍部が見えてくる。谷にトラバースして鞍部に上がる。読図か正しければ東側に三角点があるはずだ。平坦な尾根を東に歩くと、まだ根雪が残るミズナラの明るいピークにきれいな瀬戸山山頂の三角点があった。 ただし付近はテープで囲まれ、急作りの梯子まで設置されているではないか。例の地籍調査のものか木の杭も打ってある。北方向にも視程が延び、宮中山から落折山に続く山並み、東には三久安山に続く稜線も紺碧の空に一望だった。登路は別にあるのかもしれないが、下山は往路を下った。登るときには気がつかなかったが、登山口には三連の大きなおくどさん跡もあって、古き良き時代の男達の息吹が垣間見えた。時間も早く山品山だったら登れるのではないか。林道を奥に走ってみるが、明神の滝の上部で大木倒れていたので諦め、波賀町皆木の笠ガ城山に登ることにする。 この山も「播磨山の地名を歩く」に載っている山で林道が相当上部まで延びているから、2時間以下で登れそうだ。林道は東山の東山フォレストステーションへ続くらしく随分広くなっている。皆木の上部に上水配水場があり、ここで道路が分岐するので車を駐める。整備された左の谷をつめると、猪柵のある田んぼに出て、暗い杉の植林の谷の右側を歩き、一度渡った左側の山道をたどると650m+ピークの北鞍部に出られた。岩稜なるが、東山・大甲山から植松山までの景色が堪能できる。落ち葉の積もった平坦地に出るとやや東に一山の見える笠ガ城山山頂の三角点があった。
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0687 '06年04月01日 電柱「スギガセ13」から伊和高畑山 [地形図2万5千-山崎] 関東地方では桜の花が満開というのに、兵庫県ではこの一週間花冷えで県の北部には時ならぬ雪が降ったという。国道29線の最奥、宮ノ後山に登ろうと出かけるが一宮に入ると、標高500m以上は雪が山肌に雪が見える。無理すれば登れるような気もするが、今夜から雨の予報で空模様もパッとせず、引き返して伊和の高畑山に登ることにする。国道29号線の杉ガ瀬のドライブイン「ながさわ」の揖保川の対岸に屏風岩が見えるが、あそこを起点に高畑山に登れないものか。またも与位の洞門を通って、屏風の尾根尻に行ってはみるが、高い猪柵があるのみ。 諦めて駐車してたスペースの電柱「スギガセ13」脇をよく見ると横木の歩道があるではないか。ここから用意をして登り始める。登り切った所に役行者像を祀った祠があり、稜線へは途中からトラバースができた。最初は倒木で悩まされるが、次第に安定し覗き岩もあり絶景、揖保川の瀬音もマルチの大音響で聞こえる。最後のピークに広い尾根道跡があり更に安定した道になると巡視路も兼ねた峠に出る。今度は「火の用心」標に従いPL78に向かう。広い巡視路でPL78に着くと北が開け、先々週登った峰旗と黒尾山が雪を冠して見える。次は、470,7m三角点のあるPL鉄塔を目指しての上りだ。もう炭焼きにはならないような大きなアベマキの純林帯が続き、頭からは冬枯れの揖保川が俯瞰できた。 40~50年ものの桧林を潜ると三角点があり、PL7鉄塔に出る。伊和の里が眼下に広がる。東に水剣山のピーク、難儀した峰旗の縦走路、黒尾山。北の平な縦走路の先に高畑山のピークがちょこんと乗っている。あと30分はかからない。一応PL8への巡視路だが歩かれておらず、伊和側が雑木、山崎側が杉の植林帯だった。スズランの花に似たアセビのトンネルを潜って、数日の雪の残る小さなピークを幾つも越すと最後の急登になって高畑山山頂に着いた。ここも杉の植林地で台風の倒木があり峰旗が見えるだけ。三角点がないから持ってきたプラ用紙に山名を書き写真を撮った。 薄日が刺すのみで暖かくはなったがぱっとしない。時間が早いから景色のいいPL7鉄塔で弁当を摂ろうと、菓子パンを放り込み下山を始める。なお下山ルートで2つ目のピーク(ピークが下刈りしてある)ところに赤テープのある下山路があり、下ってみたが葛篭折れが深く水平道に近く下れない、おまけに台風の倒木で歩けず引き返した。もうひとつ、これは峰旗登頂のときにも気がついたことだが、1番から(北側)の巡視路は手入れがされておらず歩行は困難だ。
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0688 '06年04月09日 宮ノ谷林道から宮ノ後山 [地形図2万5千-戸倉峠] 波賀町原で6℃少し寒い。今日は国道29号線最後の1000mを越える山である宮ノ後山に登る。このコースは昨年宮ノ奥山に登ってヤマメ茶屋に下山したとき、丁度居合わせた地籍調査の人に聞いたコースだ。 落折山に登ったときにもそうだったが、この山域は三角点までの藪を下刈りをしているから、ここ数年が登るチャンスだ。宮ノ谷林道の入口は、戸倉スキー場の最奥、大森神社の待避所があるところだ。林道は一応、「関係者以外立入禁止」の看板とチェーンでクローズドしている。今年は雪が非常に多いようで待避所の周りにも50cm以上の残雪がある。 さいわい林道は除雪されていて、広く乾いた林道で歩き易かったが、材木搬出の索道のところで除雪は終りだった。林道にはまだ除雪されてない雪が1m以上の雪が残っている。空が鉛色になって、雪がちらつき始める。登れないかもしれない。不安がよぎる。周囲を観察すると尾根筋は雪解けが相当進んでいるように見える。林道には足跡はないが、左手の尾根に向かって山靴が上がっているではないか。読図が正しければ、ここは標高815mの南の沢らしい。とにかく足跡を追って登り始める。ところどころにチェーンソーの切り粉が落ちているから、どうも林業関係者のものらしい。 15分ほどで標高815mに着く。雪が深く危うく西に引き込まれそうになるが、東に下って最低鞍部に出た。少し登ると割れた碍子が散乱した高圧鉄塔の基礎があり、雪が完全に消えた快適道なった。踏跡Aの広葉樹の尾根で平成14年と書かれた地籍調査の杭が打たれている。空も持ち直し4等(871,3m)三角点のあるピークに着いた。北にまだ雪深い氷ノ山、西には落折山がこれも長い尾根を広げている。ここから雄鹿のひずめ跡の残る快適尾根の赤テープを追って登る。一度50年を越える杉の植林帯の頭に沿って歩き、ミズナラ帯の若干の上りで996m稜線ピークに着いた。 町境の稜線に地籍調査のと思える下刈り道がある。残雪が1m以上あるが雪は締まっているから踏み抜くことはない。大屋側には大きなブナが残り、1010m+からは残雪の氷ノ山が望める。雪原を大胆に歩いて、赤い地籍調査「337」の杭と三角点と落折山の長い尾根の見える宮ノ後山山頂に着いた。このコース踏跡は明瞭だから、四季を通じて登れる。頂上部にブナ林が残っているから、連休からの新緑の時期がお薦めだ。林道から815m北の鞍部に登って尾根歩きがお奨めだが、林道歩きが嫌いなら、確かめてはいないがヤマメ茶屋から4等(871,3m)三角点に続く尾根が登れそうだ。
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0689 '06年04月16日 深谷の滝から石堂丸山 [地形図2万5千-備前三石] 今週は雨の一週間、土曜日は雨で諦めたが、日曜日は晴れ間が出るらしい。朝近くまで雨が降っていたので県北の山を諦め、播州の山に登ることにする。Webに10年ほど前「船坂トンネルから石堂丸山(船坂山('95/03/04)」に登って三角点を踏めなかった石堂丸山を、岡山県側深谷の滝から登ったと書き込みがある。結局は別荘地内の読図にかかっているが、ここからリベンジ登山をやってみるのも面白い。名爆「深谷の滝」に着いて登山の用意をしていると。地元の老人がやって来て、石堂丸山は船坂トンネルの工場のところから登るのだと言う。以前そこから登りましたと答えると、昔はここから登れたが藪になったから一時間以上かかるぞと言う。 これでここから登れることが確信できた。先ずは滝見物と洒落こむ。2段の滝で10mほど落差があり、水量も豊富で端正な滝だ。滝の右側に滝の落ち口に至る山道あり、ここが石堂丸山に登る登山口のようだ。シダが覆っているが、岩地のよく掘られた確かな道で谷の東尾根を上る。一度尾根を外すが、もう一度尾根に上がる分岐がある。ここを谷へのトラバース道をいくと今度は支谷の分岐があったので、ここを支谷側(右)に上がっていく。が、この谷は長くは続かず、結局は第一分岐からの尾根に(標高300m+)合流せざるをえなかった。尾根道は踏跡Aのシダ道で歩き易い。 次ぎの330m+ピークで東へ出ると別荘地内の道路に出れたのだろうが、取り付き分らずそのまま北の谷に下った東に砂防ダムがあり、別荘内の道路に這い上がる(電柱「石堂幹6」)。ここを右へ(番号の若い方)登っていく山桜とミツバツツジが満開で、道路が真北に向くとセキスイハウスのマッチ箱のような中古住宅を移築したところから目指す石堂丸山が正面に見える。まず着いた辻の東に「ゲート1」看板。ここから山頂までは蚊取り線香のようにぐるぐる巻きの道路になっているから注意。北側から入ると最高地点に今だ建設省と書かれたアンテナがあった。 山頂に続く立派な踏跡と野仏が迎えてくれ、なぜか真新しい二等三角点がある石堂丸山山頂に着いた。下山は電柱「石堂幹8」まで下り、本谷の右岸(谷の上部から見て)の踏跡Aを下った。ここも不思議にいい道だったが、一度ナメの広場と落ちた炭窯が現れると辺りが一変した。さらに下部に落差7mほどの滝口に出るとまったく道がなくなる。あれほど良かった道を外したかもしれないが、そのまま右岸の悪路を下り、地形図の谷合流まで下ると支谷分岐はすぐだった。
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0690 '06年04月22日 知見公民館からトンガリ山 [地形図2万5千-栃本] このところ天候不順で雨の日が多く寒い。今年は南の風が2日しかなかったから、おそらく日本海側にはフェーン現象も起こらなかったはずだ。「たじまハイキング」磨岡 輯著p74に載っている日高町(豊岡市)のトンガリ山に登る。四月も後半だが知見大桜は見頃に違いない。本文通りに公民館に車を駐め蓮臺寺から八十八ヶ所観音巡りの巡拝路を歩き始める。「二十七番」の石仏のところで左からの作業道に出合い、こちらのほうが道がいいので作業道を歩く。作業道が終点の少し下手に「八幡神社」が見えるが、復路に立ち寄ることにして道標を追い山道に入る。 枯れ木が落ちてところどころ道を塞ぐが、平坦で広く歩き易い道だ。5分ほどで平坦な杉の植林帯に出る。杉は50年以上たっているが、ここは営々と受け継がれた隠し田跡だ。分岐のある竹林に出る。黄色いテープがここから付けてあったので、それを追い2回目の隠し田の中を歩いた。2つ目の「知見大桜」の道標がある。谷に降下すると登山道は一変した。右岸の岩稜尾根尻が迫り狭く、急登で泥地が崩れて歩き辛い。横木があるようだが、泥が流れ込み機能していない。低い大きな杉をかわしながら登るとこぶし大の礫帯に出る。満開の知見の大桜がなんの前触れもなく現われる。 想像していたよりも小ぶりだが、風雪に耐え朽ち果てた幹から枝を出し、いっぱいの花を咲かせている。礫帯が急なうえ、前方に低木があるから身構えて写真を撮る。ここも復路にもう一度寄ることにしてトンガリ山へ登る。同じような低く大きな杉と泥と低木の急登10分で稜線に上がる。東へ折れ本文の「展望台」へ行ってみる。先の岩稜尾根のピークで遮るものがない。今も雪を抱く蘇武岳と北に三川山・大岡山、手前に神鍋高原が広がる。美味し国の極上の景色だ。さてトンガリ山とやらはどうか。とんでもない急傾斜の山でトンガリの意味が素直に理解できる上りだった。 すこし蘇武岳が見えるが展望なく、朽ちた倒木の陰に二等三角点があった。この山は、最初にいい道につられて桜の見物気分で登ると痛い目に遭う。特に谷に下りてからは、しっかりした足回りが必要だ。道標が登山口を含めて3つしかないし、竹林以降は黄色テープに従うが、谷降下点までの200m程しかない。トンガリ山から往路を下山したが、トンガリ山から竹林分岐にでるのは容易かもしれない。最初から逆コースでトンガリ山から知見大桜に下るのは難しいだろう。
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0691 '06年04月30日 西有年(うね)上組から清水山 [地形図2万5千-備前三石] 瀬戸内海の気候は温暖で雨が少ない。おまけにまったく人が入山していない山が多いから、名があっても登れない山が多い。背の低い雑木・松・照葉樹が密生し、シダ藪も多くサルトリ棘が混じる。こんな里山を訪ねて山頂探しをするのも、また違った面白さがある。当然のことながら残存テープもないし、衣服も汚れ、虫かぶれになる。そこがまたいい。わかってもらえるかなあ。こんな山の代表、清水山へは、北西の谷からの登山を予定していたが、北の尾根先に立派な歩道が上がっている。真新しい亜鉛びきの猪柵に囲まれているが、セメントのいい道だ。道路に一台分の余裕があり、車を駐めて登り始める。まあこんな立派な道が頂上まで続くとは思えない。案の定、5分ほどで上水の高架タ ンクに着く。 さて踏跡はあるか。階段を上がり取り付けを探すが、右手に細い踏跡Bがあるのみ。 諦めて登り始める。初めて嗅ぐ強烈な酸っぱい臭いが辺りに充満していた。昨夜短い間だったが強い雨が降ったので、衣服が濡れ木の汚れが付き始める。シダ類も繁茂しているが、踏跡を拾って歩くと初めて左からの尾根(第一分岐)が合流する。低い松の疎林帯でここだけ地面がみえる。尾根通り進むと、だいぶ踏跡が交錯するようになって掻き分けなくとも歩けるようになった。一度だけ尾根の東側が崩れ山頂部が見える場所があった。まったく残存テープなしだが、道は上に上がるほどよくなって、ついには立派な山道になる。山道が横にトラバースするところに薄いが山頂へ続く踏跡がある。 途中に踏みつけられたビールの缶が2個。10分ほどで清水山山頂に出る。三角の平坦地でまったく展望がない。人為的なものはビール缶が一個と苔むす石が三個積上げられてのみ。写真を撮ってすぐに下山した。復路はトラバース道を西に5分ほど行き、予定していた北西の谷を下る。猪のヌタ場があり、溺れ谷からナメに変わり西から谷が出合うとしっかりいた山道になったが、何年も歩かれておらず、倒木が道を塞いでいた。やっと林道に出て「上組」に下りついた。登山対象にならない山で、大汗をかきぐったり、近くの「坂折池」へ行ってのんびりと弁当を食べる。
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0692 '06年05月03日 西名阪針IC周辺の300名山を4座を巡る
①不動滝口⇒②上部避難小屋⇒③三峰山⇒④アメダス観測所⇒⑤大タイ林道出合⇒①不動滝口 7:40 8:25 8:35 9:10 9:20 10:05 10:20 10:35 神末川を遡り、旅行村の手前から大タイ林道を上った。不動滝登山口は大タイ林道出合の15分上部にあり、炎天下の舗装道路の上りはきつい。不動滝口からアメダス観測所(新築の避難小屋あり)に連絡道路があるから、今回の逆コースはいかがだろうか。ここも道・標に加えて展望・頂上部の自然と申し分ない。
①大(高見)峠⇒②ベンチ展望台⇒③高見山⇒ベンチ展望台⇒①大(高見)峠 12:15 12:25 12:55 13:05 13:20 13:30 国道166号線高見トンネルの右手の旧道から登山口に入る。上部に行くほど道はいい。殆どの人がここから登っていようで、当日も30台ほどの車があった。低いミズナラ帯の小石混じりの葛篭折れの道だが一時間とかからない。頂上部に大きな祠と屋上がテラスの避難小屋があってつい長居をしそうだ。
①林道終点⇒②三津峠⇒③PL104⇒④竜門岳⇒③PL104⇒②三津峠⇒①林道終点 15:00 15:10 15:30 15:40 15:50 16:00 16:15 16:25 ここも新鹿路トンネルの右手に旧道の道路がある。この道路をつめると今でも二軒の人家があったので、登れるのですかと尋ねると、水神さんがあるからそこを右に上って終点から登れと教えられた。数台の駐車スペースだが、青年部の登山口の表示もある。10分でコースに出るが頂上から北側は木イチゴ薮が繁茂している。 ホームへ∥三百名山∥Copyright(c) 2005-2006 Team-orang. All Rihgts Reserved |
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0693 '06年05月04日 不動小屋山登山口から釈迦ガ岳(三百名山/202) まだ明るいうちに予定していた道の駅「吉野路大塔」に着く。一番奥のいい位置に車を駐めて、ぐっすり車中泊することができた。一度用に起きたが、星が奇麗で久しぶりに天の川を見た。朝5時半に起き、旭橋から「奥吉野発電所」と「釈迦ガ岳」の案内板を追って18Kmの林道を走る。舗装はされているが、特に発電所の上部分岐以降は狭いうえに、ガードレールもなく夜間の走行は控えたい。谷が深く一歩間違えば一巻の終りだ。30分で着くと思っていたのに慎重に運転しすぎたのか、10分も遅れて下部駐車場に着く。ほどんどの車が上部の駐車場に上がって行っているようだ。 それでもこの時間にもう10台は駐まっている。登山口から沢筋に出て尾根に上がるが、酷い葛篭折れの道で何度も尾根と谷を行き来する。やっと本格的な尾根に出るが、ここは「関西の山あるき100選 昭文社」の尾根出合ではないようで、本当の出合は10分も登った最初のピークだった。急なのはここまでで、あとは低いミズナラとブナ林の倒木帯。草地の低いピークを越えての楽々道だ。ただこの日は空は快晴のはずだが、1500mから上部は薄 いガスがかかり視界はいまいちだが、もののけの世界で幻想的な森の本来の美しさがあった。 古田ノ森を過ぎた辺りから奥駆道の稜線が見え始める。三百山を目指すという下山者と立ち話になり、千丈平の上部に水場があること、あと20分で着くだろうと教わる。水をたっぷり飲んで10分で奥駆道に出ると10分で釈迦如来像の立つ釈迦ガ岳山頂に着いた。ガスが濃く展望がなかったが、だんだん陽射しの間隔が短くなって展望が回復しつつある。弁当を食べながら、ガスの晴れるのを待った。広かった山頂部も視界が開ける期待感から下山する者がいないので、登って来る登山者で満タンになってきた。みんな八経ガ岳の方を向いているのがおもしろい。食事も手につかない様だ。 この山は登り易く、屈指の展望の山だが、たくさんの人が一度に入ると脆い山のようにみえる。近い将来日本でも山に入るのに、何らかのレギュレーション(規制)が必要になってくるだろう。山頂に観音さんの像があるから、登ってみようと運動靴姿で登られて、あの倒木の森が跡形もなくなったら、本当に残念だから。
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0694 '06年05月05日 大峰表参拝道から山上ガ岳(三百名山/203)・稲村ガ岳 県道21号線「大峰公園線」は全線駐車禁止のようだが、毛又橋を渡ったすぐのところに5台ほどの駐車スペースを見つける。登山者の利用のようで、旨い具合に脇に右岸の遊歩道もある。道路の照明も薄っすらさし、小川のせせらぎも心地良く、この夜もぐっすり安眠ができた。起きたのが4時半もう明るく、用意してこの遊歩道を山上ガ岳方向に歩く。講寄進の石碑が林立するところに、女人結界の石柱が建っていた。正直、トイレで混んでいるからといって入ってこられる婦人がいる世の中、ここと大相撲の土俵ぐらいは、女人禁制もよかろうと思うのは駄目な考えなのか。 英語でもトラディションと苦しい言い訳が書いてある。地図の一本松茶屋から尾根筋に取り付くものだと思っていたのに、広く平坦な参道が続く。ただ杉の見事な美林だが少々暗い。まあ暑くないし周りの景色が良く見えるのは事実だ。お助け水から吉野道(奥駆道)出合になっても遊歩道のようで足応えのない山だ。「ちょっと休憩でも」という茶屋のおやじを蹴散らして、鐘釣岩まで来るが、ここも先の台風のため通行禁止。仕方なく右側の木製の階段を登る。等覚門をくぐると大峰山寺が見る。西の覗から展望を楽しみ、大峰山寺の詣でて南の山頂部(お花畑)に出ると、稲村ガ岳・大峰・奥駆の山々が、雲ひとつない透き通った空の下に一望できた。この景色、満足満足、男で良かった。
大日山は稲村ガ岳の本峰で昔の人が雨乞い祈願に登ったという。錆びた階段・木の根を拳じると山頂部に大日如来を祀るという2つの祠があった。この先は、平坦な登山道で展望台のある稲村ガ岳の三角点に登り、もう一度大峰の山並みと深い神童子谷の樹海を見て稲村小屋に戻る。洞川へ下山道も樹林帯の水平道で安心して歩ける。ドアミの水を過ぎると杉の植林帯になり、涼風と落ち葉がクッションになって歩き易かった。法力峠からは山上川側を下り、母公堂から右岸の遊歩道を歩いて車まで戻る。いつの日かまた大峰の山に来てみよう。天候にも恵まれ久々に充実した連休だった。
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0695 '06年05月14日 西有年(うね)横山から六道山 [地形図2万5千 備前三石] 今日は2~3日前の天気予報では雨だったが、朝起きてみると快晴。夜遅くまで雨が降ったから少し遅い時間に登れる山がいい。そうなると播磨の山、六道山になる。Webに書き込みがある山で、踏跡はあるらしいがどうも迷い易いコースらしい。連休前の清水山登山のおり、横山の集落は下調べ しておいたので、山頂の南西の野池(長谷池)までスムーズに入る。紫外線は射すが風は涼しくて絶好の登山日和だ。堰堤に車を駐めて取り付きを探す。谷の右手(左岸)によく踏まれた山道を見つける。谷の道にしてはよく踏まれた道で、何度も渡渉をしてが15分ほど歩いて谷出合に出る。 右の谷にナメ滝がある。谷がこんなに続くのは少しおかしい。鞍部までせいぜい20分で上がれるはずだ。Webと同じように道を間違えたようだ。 東の尾根に這い上がる踏跡もないまま右側の谷を遡行する。いっこうに谷の道は悪くはならなかったが、谷の水が没したところで東尾根に踏跡Cが上り始めた。シダ薮だが背は低く谷から10分ほどで稜線に出る。コース上に黄色いテープがあって、真東のに谷を隔てたような格好で高い山が見える。山の形で地形図を読むとどうも六道山らしい。鞍部の崩落地も見える。やれやれあと一時間はかかるぞ。 所々裸地の低い松主体をした尾根で、シダが覆った踏跡Bの径を黄色いテープを追い鞍部まで下った。鞍部には多数テープが取り付けられた木があり、鞍部の両側に道が下りているが北の方が明瞭だった。歩き難いのか所々木の枝を折り、目印をつけてある。第一ピークで北にふり、ほとんど真北のシダの径で第一ピーク北峰からは六道山が双耳峰として見える。一度下って同じようなシダ径を上ると東のピークか らの踏跡Bが合流し三角点のある六道山山頂に到着した。城跡か寺社の遺構のある平坦地で、石積も見られる。樹間から石堂丸山も見えるが眺望はあまりない。一度ご一緒した高砂市の稲岡さんの山頂標(H13-9-26)が三角点に刺さっていた。 下山は鞍部から南側に下ったが、ここもいい山道が下っており、一時間半ほど前に歩いた谷道に合流 した。この山は迷うのがおもしろい山かもしれないが、地形は複雑で谷を登りきったピークは平坦で万一のこともあるので、鞍部への取り付き道を記す。写真の最後をみてほしい。登りはじめて5分ほどで谷の右岸(谷上部からみて)に渡渉後、再び左岸に渡るナメのところに黄色と透明のテープが2つ取り付つけてある。ここで谷道を捨てる。右手にアラ樫の木。当然歩いてきた谷道の方が明瞭だから注意のが必要。谷出合に出たら私と同じ目に遭う。
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0696 '06年05月21日 家ノ奥谷林道から奥山・鹿伏から宮中山 [地形図2万5千 戸倉峠] また国道29号線沿線の山に登る。奥から登っていくことにすると現在の最奥の山は、道谷の奥山になる。この山は新戸倉スキー場入口から100mほど東にある家ノ奥谷林道からのアプローチするのが近そうだ。林道を走り最下部の砂防ダムのヘアピンカーブに車を駐めて林道を歩く。ここから先は倒木で車では進めない。予定していた790m+ ピーク南の尾根は、切り通し高く取り付けず、引き返し西の谷から予定してた尾根に登る。急登だが10分ほどで尾根に出られ、後は踏跡はないがよく手入れされた杉の植林帯の尾根を登って950m北の鞍部に出る。 ここにも地籍調査の杭が打たれ「w5g6 11-7」の表示があった。西にブナ林帯が残り、そのブナ林と杉の植林境につられ868m尾根に迷い込む。引き返すと950mピークに地籍調査杭があり、それを追って東に行くと道谷奥山の四等三角点があった。まったく展望なし。950m標高から稜線が一ヶ所開け藤無山がわずかに見えるのみだった。 50年を越える杉の植林帯でどこからでも登れそうだが、地形はやや複雑だ。
⑤林道下部橋⇔⑥林道上部橋⇔⑦稜線出合(アンテナの残骸)⇔⑧宮中山 13:55 13:40 13:20 13:10 国道29号線「63.2km」表示から林道に入るが、ここも林道下部の橋から右岸の道路は倒木と法面の崩落で通行が困難だった。 この山をWebでは、谷に平行して走る主稜線を縦走しているようだが、首までの根曲がり竹を漕いだ書き込みがある。右岸林道を 10分ほどいくと谷を隔てて宮中山が見える。写真をみてほしい。左奥下に伐採地が見え、何本かの大木が残されているところが宮中山山頂だ。上部橋を渡ったところの支尾根を覘き込むと、予想通り薄い踏跡があった。尾根に2つ境石がある植林と天然林の疎な混合林で胸を突くような急登を除けば登り易い。 手入れの悪い桧の幼木帯になり、主稜線に出る。ここにまだ錆びていないVHFアンテナの残骸が残さている。こんなに明瞭な目印がWebに載っていないが不思議だ。ここからは根曲がり竹の枯れたブナ林のプロムナードが200mほど、手入れの悪い桧の幼木の頭を200m、北からの手入れの良い桧の幼木帯がこれも200mほどで宮中山山頂に着いた。南が伐採地で山品山・瀬戸山と三久安山から南の1000mを越える山が見える。三等三角点は根曲がり竹の中、何の目印もなく判り難い。最高地点の桧の北西2m。すこぶる展望が良い山だが、炎天下で長居もできず往路を下山した。 ホームへ∥兵庫の山∥Copyright(c) 2005-2006 Team-orang. All Rihgts Reserved | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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0697 '06年06月10日 音水渓谷から山品山・波賀公園から波賀城山 [地形図2万5千 音水湖] 先週はいい天気だったが、土曜日は午前中出勤で、日曜日は「鹿の瀬」へつきあいの釣(釣果アジx9+鯖 x1全部30cm超)へ行った。近畿地方は今年は6月9日梅雨入り、まあ例年、入梅後は一週間ほどは 天気はいいのだが、今年も御多分にもれず水曜日まで晴れる予報だ。今週もまた波賀町の山に登る。奥から登るとすると今回は山品山になる。昨年、波佐利山に登ったとき走った音水渓谷の林道に入って、山の神を過ぎるとニッセイの森の標示のある橋に出る。ここから次ぎの右岸に渡る橋の間ならどこから登っても、標高差から30分以内で山品山に着くはずだ。 右岸に渡る橋に行くと「音水103班管理歩道」の標示があって、横木のある遊歩道が左岸に上がっている。 東屋のところに車を駐めて遊歩道を歩く。歩道が最初の尾根を外したところで、この尾根に取り付いた。ミズとブナ林が手付かずのまま残る尾根で、広く見通しのいいのだが、ここも宮中山と同じように胸を突くような急登だ。上り尾根では一ヶ所だけ視界が開け、波佐利山方面が見える。踊り場があってまた急登になる。予想通り30分で稜線に出られた。 広いかまぼこの稜線で、降下点を確保するため金色の鳥脅しテープを付け右(南)へ進む。音水渓谷側はブナ林帯、少し行くと引原ダム側が杉の植林になる。数本の杉の倒木があり三久安山が見える。5分ほどであっけなく三等三角点ある山品山山頂に着いた。暗く全く展望がない。ここにも一度ご一緒した高砂の稲岡さんの登頂標(H16/11/7)が刺さっている。まだ元気で登って居られるようだ。展望を楽しむ場所もないから写真を撮って早々に下山を開始した。
このまま帰るのはもったいない。波賀町(宍粟市)の背後に聳える波賀城跡に登ることにする。実はこの山、1995年城跡が復元された時、車で上がったことのある。「播磨 山の地名を歩く播磨地名研究会編」によると宝殿神社から1時間30分で往復できると記載がある。国道429号線分岐交差点の北の三叉路に波賀城史跡公園の標識がある。 車で上がってみると波賀公園の駐車場に出た。近くにこれも復元された茅葺屋根の家があって、もう真上の尖った山頂に波賀城が見える。 もう宝殿神社を探す気もなくなった。復元された家の庭先を歩き、田んぼの水路をたどって、道路を横切り、さらに水路をたどると真新しい猪柵に出る。この猪柵の端に沿って歩くと赤テープの付く開き戸があって、杉の暗い植林帯に入る。間違いなくここに大手の道跡があるが、まったく歩かれていない尾根を急登し波賀城跡に着いた。10数年前の人出はなく、誰も来ない静かな山頂で展望を心置きなく楽しんだ。 ホームへ∥兵庫の山∥Copyright(c) 2005-2006 Team-orang. All Rihgts Reserved |
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0698 '06年06月17日 駒ノ尾山登山口から大海里 [地形図2万5千 西河内] 「はりまハイキング」須磨岡 輯著p20の県境尾根の写真に、駒ノ尾山とダルガ峰との間のひとつ頭を持ち上げた山を大海里と記載がある。「播磨 山の地名を歩く」播磨地名研究会編では1206.8m峰はダルガ峰と しているが、「ダルイ」は播磨地方では「平たい 平凡な」を意味する方言でこの山容には似合わない。1163m峰の方がダルくなっており、地形図の表記が正しいように思う。大海里は、前回('95/09/29)に後山から千種スキー場まで縦走したときに南の鞍部まで行ったが、中国自然歩道は鳥取側に廻き道になっていて登るのを諦めた山だ。今日は午後から天気が怪しくなるらしい。 新しくなった登山口標の駐車場に車を駐め登り始める。地形図の破線路は誤記で実際の登山口は、林道から約300m上部で登山口標がある。前回この道について地形図に「道は難だが、しっかりしている」と鉛筆書きしているが、登山者も多く歩くようになったせいか広く快適な道に変っている。その時、幼木帯であった杉の植林帯も立派な大木に成長しているし、中国自然歩道もかつては暗く、兵庫県側降下点の間違った道標でおろおろしたものだが、明瞭な分岐標とベンチがあり、岡山県側には作業道も上がってきて明るい。10数年前の元気な自分を追い、まず駒ノ尾山に登る。 横木はもう朽ちているが、歩き易くなった道を登り駒ノ尾山山頂に出た。山頂標を中心に腰かけ石が並べられすっかり様変わりしている、一面の笹原で三角点も見つけられなかったなんて、昔の話になってしまったようだ。自然歩道出合まで戻り、いよいよ大海里に登る。南側からは明瞭は踏跡はないが、枯れ木に掴まり10分ほどで岩地の南北に長い頂上部に出る。全体が草地で文字通り360度の展望が開け、四等三角点と2つの登頂標があった。那岐山が大きく弁当でも食べながらゆっくりしたいが、ポロポロ雨が降り始めた。写真を撮って頂上鞍部から倒木帯を西へ自然歩道に下る。 雨は一時間は持ちそうだから「ちぐさ高原」の標示を追う。鞍部の大茅スキー場への下部分岐標を見送り、北に登ったところがダルガ峰で鳥取側が伐採されている。水平で平坦な自然歩道を北に進み、上部の大茅スキー場分岐標から自然歩道を捨て県境を歩く。雨が近いからスキー場までほとんど水平な道が遠い。歩く方向の右手が自然林・左手が植林の均衡が崩れ、スキー場の境杭が見えスキー場上部に飛び出した。すっかり良くなった登山道、広く歩き易く、そこそこの自然と展望も楽しめるいいコースだった。車まで戻ると池にまたポロポロ雨の波紋が広がった。
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0699 '06年06月24日 名草神社から東鉢伏山 [地形図2万5千 栃本] 梅雨を言えば、しょぼしょぼ雨が何日も続き、アジサイにカタツムリが這うのが相場が決まってたのは過去のことで、昨年当たりからは、降るときは南洋のスコールのように強烈な降りになるようになった。連日のワールドカップはベスト16が決った。ちなみにF組出場の日本の結果は対オーストラリア1-3、対クロアチア0-0、対ブラジル1-4の完敗。個人の当りと体格のなさ、大会本練習でシュート練習するようでは、これから本選出場も危うい。今日は連夜のTV観戦で寝不足だが梅雨の中休みを縫って、 Webで1000mを越える山だと書き込みのある東鉢伏山に登る。 名草神社に車を駐めて妙見・蘇武基幹林道を歩く。最初は作山峠から東鉢伏山に縦走を考えたが、途中にある1080m+峰は地形が複雑で、薮漕ぎでは越えられない山だ。淡い期待だが反対方向からなら踏跡さえあれば何とかなるのじゃないか。林道には通行禁止の看板はあるが、広くどこにも危険個所はないが暑い。1000m尾根尻までは若干の上り、ユンボが放置してあり、鼻先をカーブすると風が吹き始めて、前方に東鉢伏山らしい小高い丘が見え始める。ここから20分下って稜線が鞍部になった谷まで行くと、通行禁止の看板のある作業道が稜線鞍部に上っている。 稜線鞍部に出ると踏跡Bが北の法面にあり、赤テープのつく踏跡から南に妙見山が見える。若干登って僅かに残るブナ林を超えると今度は平坦な荒地となって、三等三角点のある東鉢伏山山頂に着く。明るい頂上だが潅木が目の高さ以上で展望は望めない。ここからさらに北の下刈りされた道を行ってみると兎和野高原が開け、鉢伏山・氷ノ山が夏の熱気の中に遠望できた。この道も地籍調査のものらしくラフに刈られた道は作山方向に下っていた。さあ作山峠へ縦走だ。鞍部の作業道に引き返し、南側の稜線部を覘くとまたもラッキーな赤テープ取り付けられた立派な踏跡Aがある。 倒木が数箇所あるが、遊歩道と見間違がうような道になり、15分ほどで水場、また10分で分岐に出る。平坦な廻き道でここらが1080m+の北の端らしいので、右に分けると遊歩道は終り薮になる。少し薮を漕ぐが諦めて左に進み下る。また尾根道になって下って行くから、てっきり縦走尾根を作山峠方向に下っていると思いきや、何とすぐ下に林道が見えて遊歩道が突然尻切れトンボになる。嫌な予感。林道に下るとまだ1000m尾根尻の手前。時空の違う遊歩道ですっかり意気消沈。林道に座り込んで遅い弁当を摂った。
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0700 '06年07月08日 地獄西鎌尾根から七種薬師 [地形図2万5千 前ノ庄] 今年は梅雨入りしても雨が降ったのは数日で、しかも夜半の雨ばかり。今後の台風3号の行き先によっては、明日から夏の陽射しが到来するようだ。今日は曇りだが雨は降らないらしい。今年もこの暑い時期に七種薬師に登る。昨年は福崎町側の野外センターから登って七種山まではどうにか縦走できたが、湿度が高く七種槍への縦走は断念した。気象条件は去年と似ているが、今年はどうなるか。Webに書き込みのある地獄尾根からも登れるが、今回は西尾根から登ることにする。村田牧場の下手の建屋にスピーカーがあって、その脇に290m+鉄塔への巡視路の登り口がある 。 うまい具合に下刈りがしてあるので登って行くが、とんでもない急登で30分近くかかってしまった。使われないアンテナピークまではシダ薮も薄かったが、明王池への降下点くらいからシダも深くなる。露岩に出てもまったく風がなく暑くて、明神山も霞みがちだ。三角点を過ぎるとシダ薮もなくなり、登山道が安定し始める。尾根の頭まで出ると微風が得られ、鈍足が少しだけ持ち直す。十字峰までは上り一方、何度も立ち止まり、やっと見覚えのある縦走路に出て、3度目の七種薬師山頂に着いた。眺望より眼は南の縦走路に釘付け、490m+峰の先の馬の背に出られれば何とかなりそうだ。 予定より一時間遅れでスタート、10分で分岐標があり、三枝(さえ)草方向に進む。縦走路は照葉樹で暗いが、信じがたいほど安定していた。予想通り35分で490m+に到着。もう二度と来れないからパウチ標のある「そうびろ山」に寄り道して、490m+まで引き返し、分岐標に従い東尾根へ下る。大きなヌタ場周辺が迷い易いが左手に出て、また照葉樹暗い道を下ると、岩稜になって縦走路から見えていた「馬の背」に出る。360度の展望で南に大倉山と播州平野、西に明神山と西鎌尾根・地獄鎌尾根、北にさっき登ったばかりの七種薬師とそうびろ山が見える。 397.3m峰の東の谷が、一昨年の19号台風の風害で広範囲に倒木していて痛々しい。木陰で10分ほど休み、最後の露岩から四等三角点『三谷奥』397.3mに着く。板坂への東への道はなく、10分ほど行くと分岐に出た。ここがこの縦走路最大のポイント、標も多いが正面に370m+が見えるから注意が要る。通り雨がザーッと降る。南に下るとまた露岩の道になり、板坂峠への降下点に着く。6時間ほど歩き、予定していた峠山(322.1m)に登るのは到底無理だから、そのまま進んで村田牧場への谷を下った。10分で山道が現われ、糞尿臭がして村田牧場の堆肥集積場に出た。
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0701 '06年07月15日 豊岡市竹野支所から猫崎半島 [地形図2万5千 城崎・香住] ワールドカップがイタリア優勝で終ったのを時を同じくして、梅雨明け宣言はないが、連日30度超の日が続く。雲りかげんで湿度も高く、陰に入っても暑いのだから始末が悪い。「たじまハイキング 須磨岡 輯著」に載っている最後の山で、この夏のためにとっておいた猫崎半島を歩く。Webにも書き込みがあり、猫の背にあたる最高点峰は「賀嶋山」というらしい。今日は午後からにわか雨の心配があるが、青く丸い水平線が見えるか運試しに、旧竹野役場に車を置いて竹野浜海岸に向かうく。竹野町も豊岡市と合併したようで、豊岡竹野支所の看板が揚がっていた。 ガイド通りに竹野川沿いに歩き、鷹野神社、御用地館と歩いて竹野川沿いに出ると、河口部の漁港から横板の打ち付けられた民家と竹野橋、目指す猫崎半島がもう近くに見えている。漁協の共同作業場から北前館の西の道路に歩き、竹野浜海岸に入る。 もう25年も経っているがここに泳ぎに来たことがあったっけ。家族連れが多く子供達が走り回っている。いい夏にするんだよ。子供を見る目も我ながらおじん臭くなってきた。道路通り歩いて賀嶋公園入口に着く。公園入口にも駐車場があるから、夏休み以外であれば無料で利用できるようだ。 賀嶋公園まではセメント道があり、夜でも歩けるように裸電球がぶら下げられていた。公園南の納涼台からは色とりどりのパ ラソルの花が咲く竹野浜海水浴場、遠くに山頂にアンテナをいっぱい建てた来日岳が見える。「この先猫崎半島北端まで歩道未整備のため危険」の危険標識から地道になる。西国巡りの石仏が奥の院の顔の剥がれ落ちた石仏まで続くが、下刈りしてないところがあるものの、遊歩道は突端までしっかりいていた。暖地性の照葉樹の暗い森の中に三角点を見つけ、猫の頭部93mへ下る。もう波が見えて、砕け散る波の音が聞こえる。 足場用の橋を渡り、草地の遊歩道を登り振り返れば、三角点峰の槍先が天を突く。東側のトラバース道を下り、兵庫県最北端の猫崎灯台に立つ。白い灯台に青い海、砕け散る波と丸い水平線、突端にもう実のついたシシウドが生え遊魚船が通り過ぎる。暑いが灯台の陰に隠れしばらく憩う。復路もガイド通りの道を歩き、弁天浜から山間に入り、竹野海岸休暇村、さらに西側に下りJR山陰線沿いに歩く。真夏の峠を越え鏡宮神社の前を歩いて、閑散としたJR竹野駅に戻った。帰路は豊岡市街から予想通りの強烈な落雷と夕立に遭う。
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0702 '06年07月29日 嵯峨山万燈ノ尾から花咲山(嵯峨山) [地形図2万5千 安積] 南アルプスの笊ガ岳に登ろうと意気込んでいたのに、梅雨明けが10日ほど遅れて予定が1週間ほどずれ込む。こんな時にとって置いた花咲山に登る。この山は西の嵯峨山側から林道で登れるので、足元の危ないこんな時季でも安心だ。今日は兵庫北部地方は午後雨の予報。多少気にはなるがまあ14時ごろまではもってくれそうだ。国道29号線の安積の交差点から県道6号山崎八鹿線に入って、1kmほどで「嵯峨山森林組合」標があったので林道方向に入る。どんどん上がるとどうもバブル期に分譲した別荘地、一軒だけ今も生活しておられるようだが、あとは廃墟同然だった。 別荘の入り口に「万燈ノ尾」の字標があり、そこが広めなので車を駐める。次回の遠征は半ズボンで登りたいので、日焼けを兼ねて半ズボンを履き身軽になって歩き始める。地形図から最初の電柱「ユリダニ-11-E2」を右折すると簡単に頂上に繋がる林道に出られた。林道としては古いもののようで、カーブ地点がセメント舗装ではある以外は地道で、機械をいれて整備されているようで安心して歩ける。25分弱で別荘地からのトラバース道が合流する分岐(「火の用心NHK→」の標がある)に出る。杉の植林帯で手入れも悪いから変化に欠けるが、時々視界が開け安積山方向が見える。 本谷を絡んで3回折れると529m鞍部の下部に出ると、やっと目指す花咲山の山頂アンテナが大きく見えた。一旦平坦な道になって尾根を挟むと葛篭折れの道になり、林道では限界のカーブと傾斜で最後の上りになる。唐突に「初日の出登山記念」と書かれた登山口標が3つ、最後のカーブを折れると花咲山山頂部に出た。看板に嵯峨山と書かれた真新しいアンテナ施設が2基。伊和の里が広がり、北に生栖行者山、東側にアンテナの影に隠れて白倉山・三辻山、宮山も低く見える。曇りがちだった空も夏の太陽が照り付け、辛抱できずアンテナの日陰に隠れて食事を摂った。 この山は暁晴山の長尾根で、揖保川に鼻先を没するから「はなさき」となって漢字表記で花咲となったものだろう。林道終点まで行くと標高500m付近に建つアンテナ方向にも山道が明瞭だから、地形図の三軒屋付近から登れるのではないか。また先の登山口標には「曲里(まがり)町づくり運営委員会」と書かれていて、歩かれてはいないが緑の基金で作られた新しい遊歩道が、おそらく下野田辺りから上がってきているようだ。また曇ってきて風がでてきた。退屈な林道歩きでNHKの標がある分岐まで下ると小雨が降り始めるが、車に戻るとまた夏の陽射しと蝉時雨が降り注ぐいだ。
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0703 '06年08月02日 唐沢鉱泉から天狗岳 [天狗岳:300名山/204] 偏西風の蛇行が影響らしく、梅雨明けが例年より12日ほど遅れ月末になった。8月に入ると気温も上昇し、午後から落雷の危険もあるが、計画した南アルプス東部の山に登ることにする。名神高速は大垣インター付近の工事等あり、諏訪SAに2時間も遅れて到着する。2時間ほど仮眠して高速を下り、国道152号線の山寺上交差点から「尖石遺跡」の標識を追い、「三井の森」の別荘地を過ぎる未舗装だが広くて走り易い道になり、いい地合で「唐沢鉱泉」の看板があった。山小屋を想像していたが、大きくモダンなロッジ風の建物に吃驚する。駐車場に車を駐めて登り始める。 都会から近い山らしく整備された登山道と道標は申し分ない。地形図では本谷を歩くようになっているが、谷の左岸側を遠巻きして登山道があり、山靴で削られた一抱えほど岩の登山道で幾分水分を含み滑りやすい。だいたいコースタイムどおり渋ノ湯からの分岐に出て、今度は本谷の底を歩くと30分強で、割った薪が堆く積み上げてある黒百合平ヒュッテに着いた。山小屋らしい明るい雰囲気を持ついい小屋に見える。天狗岳へは、ヒュッテ正面のガマ岩を登り、火山湖の擂鉢池や天狗ノ奥庭を見て反時計に回わる。真っ青な空の中に特異な岩を乗せた東天狗岳が見えている。 岩だらけの縁を半周して主稜線の登りにかかる。西の主稜線小ピークの先に蓼科山がすそ野を広げ、八ツ岳の縞枯れの山々が顔を覘かせる。中山峠への分岐を右に分けると15分ほどで東天狗岳に着いた。女性4人の登山者いて、縦走路の根石岳の先に八ツ岳主峰の赤岳・横岳 ・硫黄岳・阿弥陀岳が見える。ここには三角点などないはずだが、西天狗岳三角点と同じ標高の頂上標があった。西天狗岳に行き、西尾根コースを下る。尾根伝いの岩稜で等間隔で展望台が開け、オオシラビソ帯に入ると25分で分岐に出て、谷方向に下り橋を渡って起点の唐沢鉱泉に戻る。
11:50 12:00 12:10 12:20 12:25 12:30 そのまま笊ガ岳へ行くのも勿体無く、富士見町の入笠山に寄り道する。国道20号線を韮崎方向に走り、富士見町に入ると南側に大きな山が見え始める。この山が入笠山らしい。富士見峠交差点を見つけ車で上っていく。途中にこれより大型車進入禁止表示とガイドの登山口があるが、そのまま車を走らせると稜線部に出る。ここは高遠町、富士見町、長谷村の境で、首切清水を過ぎると仏平峠側の登山口に着いた。車を駐めるスペースが2台分あるが、ここから登る人は少ないようだ。頂上部から「ヤッホー」と子供達の声が聞こえる。御所平峠側に行ってみると駐車場があった。
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0704 '06年08月03日 老平から笊ガ岳 [笊ガ岳:300名山/206] 老平のゲート近くの駐車場に車を駐め車中泊する。農作業をしていた老人が近づいて来て、この山は上りだけで10時間かかると話す。広河原までの道は森林鉄道のあった道で集落のあった所までが林道になっていて、若い頃は1時間で広河原まで歩いたと言う。今回歩く予定の尾根道は材木集積と索道の道で、戦前からオオシラビソ、カラマツを切 り出しておおいに儲かったと、半世紀ほど前のことを昨日のことのように話された。う~んWebの情報とまるっきり違う。駐車場の看板も老人の話と妙に一致する。11時までに布引山に到着しなかったら引き返すことに決める。 暑くなりそうだし心配で2~3時間うとうとしただけだった。ゲートに入山届けを出し、LEDのヘッドランプを点けて出発する。林道は書かれていてた通り30分ほどだったが、終点付近で迷い10分のロスをする。広河原までの道の半分ほどは発電所の取水口への巡視路らしく整備がよかったが、後半は地元の山岳会の整備らしく注意のいる道だ。頭上から何回かシャワーを浴びる。谷が深く真っ暗で広河原に着いてやっと周囲が見え出した。渡渉をして、4リットルの水を汲んだ。今回から考えた熱中症対策の0.1パーセントの食塩水を作りリュックに詰め込む。肩にずしりと重い。 この尾根を4つに分ける。山ノ神まで・・・今まで登ったなかでも上等の山道。山ノ神上部に木材集積場があったようで、泊り込みの飯場に行く通勤道だったはずだ。桧横手山まで・・・土の急登で登山者ならなんでもない。一度崩壊地があって七面山が見える。周囲がシラビソ帯になると10分ほどで桧横手山に着く。布引山まで・・・岩の混じる暗い急登で最大の難所だ。2時間ほどだが長く感じる。布引崩れまで出ると高山植物もあり、南アルプスも見えて歩が進む。笊ガ岳往復・・・展望の道。アップダウンも少なく縦走路も安定している。運がよければ、富士山と南アルプスの景色を堪能できる。 真夏しかも14時間もかかるのだから自然条件によって成功の可否は分かれる。私の場合、上り材木集積場以降は微風に恵まれ、布引崩れまではガスって涼しかった。ピストンの場合は、やはり布引山で11時到着が限度で、それ以降は下山の体力とすべきだ。尾根が東に傾いており暗くなるのも早い。陽のある内に巡視路までたどり着きたい。コースは簡単だが、体力的に限界の山であることは間違いはない。荷は軽くしたいが、水とツェルト等万一のビバークの用意も怠りないように。なお桧横手山の水場標識はなかった。
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0705 '06年08月04日 池ノ茶屋林道駐車場から櫛形山 [櫛形山:300名山/207] 笊ガ岳の14時間にも及ぶピストン登山は達成感はあったが、筋肉の負担は大変なもので酷い筋肉痛になった。これで明日鋸岳に登れるだろうか。特に太腿の筋肉が下るときに痛い。櫛形山に登って不安を感じたら、中央道沿 いの6時間くらいの山に変更しなくては。青柳2丁目交差点から県道413号線に走って、池ノ茶屋林道に入った。もう南アルプスの3000mの高峰達が勢ぞろいだ。林道は大型車等は侵入禁止だが、広い地道を走って駐車場に着く。 大きい概念図の脇から登山道に入る。登山道というより遊歩道で斜度もなく安心して歩ける道だ。お花畑には、色とりどり花が咲いていた。奥櫛形三角点からは富士山が上半分だけ見えている。ガイドで想像したより近く感じる。カラマツとシラビソの混生林帯で、こちらではありふれた森林も残念だが関西には存在しない。実に羨ましい。櫛形山山頂標のあるピークで写真を撮って、駐車場に戻った。鋸岳登る自信が少しだけ湧いてきた。
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0706 '06年08月05日 釜無本谷砂防道ゲートから鋸岳 [鋸岳:300名山/208] [地形図2万5千 甲斐駒ガ岳] 登山口の釜無林道は8月2日に確かめておいた。武智温泉はもう廃業だが、3キロほど下った国道沿いの道の駅「信州蔦木宿」に風呂がある。更に2キロで小渕沢ICの導入路があって、更に1キロほどでセブンイレブンがある。予定では前日林道10キロ歩きの先にあるという個人の山小屋の善意の避難所で泊ってから登頂の予定だったが、今夜は道の駅に車中泊し、筋肉痛を治すことに専念して早朝出発で鋸岳を目指すことに変更する。ぐっすり寝れた。2時15分に起きて、セブンイレブンで弁当を2つ買い、バナナを2本食べて土建屋さんに聞いたゲート前に到着する。 前日入山したと思える車にはダンプ埃がびっしり付着している。5分でゲート。真っ暗な林道をヘッドランプを頼りに歩く。「本谷**キロ」と書いてある谷の左岸道を忠実に歩くが、3.5キロ地点(地形図の黒川出合)の事務所のあるところは、最近が崩落したようで、右岸に道路が移設され迷い15分ロスする。この道路は、東西方向に延びているから一日中、 太陽に炙られるのを覚悟しなければならないが、勤務時間内なら働く人が居てくれると思えば心強い。Wed通り、第五堰堤まで砂防ダムが完成しており、その奥に鉄製の砂防ダムがあり、歩行2時間40分で休憩所に着く。 本谷を15分ほど遡ると「この先富士川の水源」の標があり、ここで3リットルの0.1パーセント食塩水を作った。さらに10分ほど歩いて「富士川の源流」に出てから登ったが、この付近は残存テープと足跡が入り乱れ迷い易いから注意がいる。本谷側から一度尾根に出て右手が崩落地の縁を歩き、低いダケカンバ林の中を歩くようになると横岳峠は近い。以降道標はまったくなく暗い急登だが、明瞭な踏跡が続きまず迷う心配はない。横岳峠上部に手付かずのシラビソ林からは仙丈ガ岳がくっきり見えたが、縦走路2200m付近には集材用ワイヤーが残されていて昔人のパワーに驚く。 横岳峠から1時間半ほどで南から尾根が合流すると、視界開けて中央アルプスと北アルプスが見え始める。樹間から尖った鋸岳の穂先も見えている。やったぞ。初めての岩場の三角点峰に駆け上がる。鋸岳の天を突く三角錐の槍先に見惚れる。ここからは嫌悪な岩稜歩きだが、夢の中の歩きだった。紺碧の空の中、360度大展望の頂上に立てた。今日この感動を味わったのはたった8名。20分で下山したけれど、一生の想い出になった。林道でダンプに拾われる。乗務員の話だと、先の長野地方を襲った豪雨の影響で、未だに門口沢には土石流センサーが設置されているそうだ。
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0707 '06年08月14日 東因幡林道ゲートから悪谷ノ頭 [地形図2万5千 若桜] 遠征から帰ってもまだまだ暑い日が続く。連日35度Cで1000m以下の標高の山で登山はきちがいざただ。こんな時は足元がいい林道歩きもいいもんだ。赤倉山の西側の鳥取若桜と香美町(旧美方町)を結ぶ国道482号線の県境の峠から北に延びる東因幡林道を歩き、数少ない兵庫県の1000mを超えるの山の悪谷ノ頭に登ってみることにする。氷ノ山若桜スキー場内を走っていると、国道482号線は兵庫県側香美町熱田付近で道路崩落通行止めの表示が出ている。鳥取側は大丈夫なようで、東因幡林道の入り口ゲートに着き、入り口の2台ほど駐車スペースに車を駐める。 何と高校生位のライダーの運転する「足利」ナンバーの50ccのバイクが通行止めを開け兵庫県側に入ろうとしている。「止めといたいいよ」というと「舂(つく)米の区長さんの話ではバイクなら行けると言ってたよ」と言う。ここまで言われると「危ないと思ったら引き返すんだよ」としか言えなかった。鮎の友釣りの人が被る竹製の三角帽で出発。水は2リットル。コウベルを最初から取り付けた。Webでは林道往復5時間で、林道から三角点に向かって踏跡があるらしい。このところ午後は夕立が降っているので少し心配だが、感では今日は落雷はない。ゲートにはチェーンが取り付けらいるが、簡単に外れるようになっていて、このお盆休みに走ったらしい真新しいオフロードバイクの轍があった。 高低差のない林道を歩くことぴったり一時間で陣鉢山稜線鞍部に着く。陣鉢山方向は酷い藪で踏跡もなかった。鞍部から5分行ったところで上部法面のブナの大木が倒れ車両通り抜け不可。一部切断して努力の跡があるが、土砂も崩落していて重機がいるので断念している様子。林道は、トチノキやブナ林、針葉樹等植相豊かだ。深い入り江を二回過ぎ、扇ノ山が見え出したころ(11:30)で、前方にWebで見た悪谷ノ頭の山容が見えてくる。あとは踏跡の登り口さえ見つかれば、12時までに山頂に立てる。林道をそのまま15分ほど進むと林道に測量ポールが立ててある登山口に着いた。 藪漕ぎ用の長ズボンも持参したが、ここまで歩いて来た七分の半ズボンのまま登れた。「国土調査」と書かれたピンク のテープがあるからここも最近地籍調査が行われたようだ。ここまで涼しく歩けたのに、僅か15分ほどの上りで汗だくだく、三等三角点のある悪谷ノ頭に到着する。兵庫県側が切り開かれ、南に氷ノ山、北に青ガ丸と仏ノ尾、その中間の山谷を隔てて見える山は鉢伏山に違いない。夏の陽射しでとにかく暑く、写真を撮って即刻下山した。復路は、夕立の前触れの生暖かい風が吹いたが、ポロポロしたものの東因幡林道ゲートまでは快調に歩くことが出来た。
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0708 '06年08月20日 上小田峰山登山口から小田原川本谷遡行 [地形図2万5千 長谷] 台風10号が九州を横断して朝鮮半島に抜けたがいっこうにに涼しくならない。それじゃあ、水の中をじゃぶじゃぶ歩く沢登りはどうだろう。英語で沢登りのことをシャワークライムというらしいが、頭から沢水を浴びる本格的な沢登りでなくと も、簡単な装備で歩るけるところはないか。Webで探すと峰山高原の下流の小田原川の本谷がぴったりのようだ。鉄製の橋から2時間弱で黒岩滝に到着しているようだ。装備は頭の保護にヘルメットかヘッドギアを着ければ、運動靴にジャージーで十分だ。携行品は、厚めの40リットルくらいのナイロン袋に入れリュックに詰める。宿泊施設が上流部にあるから、本谷の水は汚れていると考えられるが、結構支流の冷たい湧き水が得られる。 登山口の上小田のヘアピンに車を駐めて歩き始める。今はほとんどの人が旧峰山レクセンターまで車で上がるが、古い山行記録などを見ると、ここが峰山高原への登山の玄関口であったようだ。5分強で林道が終わり鉄製の橋(本谷橋)が見えてくる。この林道はしっかりしているが転回地が終点付近に一箇所しかない。一台位なら何とか駐められそうだが、後の車の迷惑になる。橋には「この橋は歩道橋につき、自動車等の通行に耐えることはできません」の看板があるが渡れるようで、轍はあるが果たして方向転換ができるか。鉄製の橋から本谷へ入る。 すぐに砂防ダムの堰堤だからもう少し登山道を登ってから入ってもいいだろう。堰堤の左岸(右手)を廻き川原に出る。ここからが本当の沢登りで、しばらくゴーロが続き、その後3~5m位の滝が続く。水量は深いところで70cmくらいで、落差はないのに滝壷は深いものが多いから滝壷に落ちぬように。次々と滝と登り難そうな岩が現れ、パズルを解くようでまったく飽きのない遡行が続く。途中たたみ20畳くらいなテーブル岩があり、岩の上でドーナツでも食べようと思っていたのに写真を撮っただけで、すぐに遡行再開してしまったほどだ。太陽が刺すと緑が本当に鮮やかだ。 谷の右手から大きい谷が合流してすぐに、実にあっけなく黒岩滝に着いた。落差10m余り水量がないから迫力はいまひとつだ。写真を撮って滝右手の階段のような岩場を登って滝上部へ出た。まあやったね。沢登りのコツは、まず岩を飛び移らないこと、移ったさきで滑ると事故になる。濡れた岩は苔より滑り易いものだ。臍まで浸かってジャブジャブと水の中を歩くのも結構おもしろいものだ。次に、取り付く岩の向こうの状態を読むこと、見えないが水量、岩の状態が読めだすと引き返しや滑ることが減る。この谷は右岸に廻き道が多く、左岸に登山道があるから安心だ。
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0709 '06年09月02日 大井谷林道ゲートから沖ノ山(登路上級者向け) [地形図2万5千 板根] 暑かった夏も、8月22日頃から夜間涼しくなり、急に秋めいてきた。佐用町の道路の温度計で19℃、窓を開けて運転できるので気持ちがいい。前回「若杉原生林(研究路)から東山('01/05/26)」で若杉研究路から登って藪を見て登るのを断念した沖ノ山に登る。Webによると登路はないようで、大井谷林道から私道の悪谷線に入ると頂上近くまで行けるようだ。播磨学園都市から国道179号線に出て、佐用町で国道373号線に乗ると加古川から2時間で道の駅「あわくららんど」に着いた。ここからは高速道路仕様の道路で志戸坂トンネル北詰すぐのランプを降りる。以後全く標示のない林道だが「私有林・私道につき立入禁止」と大きな看板のあるゲートに出る。施錠がしてあり、車ではこれ以上は入れない。 地形図の551mの千代川に架かる橋近くに車を駐め、林道を歩いたが10分ほど行った南の谷に作業者がいて歩いてもこれ以上は無理のようだ。だめかなあ。橋近くで黄色の電工テープを見つける。尾根に水が流れる小さな谷に薄い踏跡がある。このまま帰るのもったいないので、12時までの期限を切って登り始める。谷の右手を登るとゲート付近からの山道に出れて、551mの真北の尾根に取り付いた。まったく歩かれた形跡なしだが、明るくて下草もなく急登を除けば歩き易い。30分ほど登ると右手が自然林になり、谷を隔てて1064m南東尾根越しに沖ノ山らしい高い山が見える。 倒れた木を引っ張る荷テープが散乱する桧林を過ぎると広葉樹の低木になり、970m付近で岩稜に当たったので、右手の谷にトラバースすると10分で稜線に出られた。踏跡Aがあり快適に歩ける。1064mの東端から真北に方向を変えるとアングル杭があり、東の谷に林道が見える。1090m+東端でも同じように真北に方向を変える。台杉があり東の樹間から沖ノ山山頂が見える。ここから背の高い根曲がり藪になるが、尾根東側が下刈りされていて、15分ほどで1150m+南まで延びた作業道にたどり着く。地道の作業道路を下り、舗装してある林道を20分ほど登ると林道最高点に到着した。 南と東が開け、東山から後山と駒の尾山が見える。最初に東の鞍部にある趣味の悪い銅像を見てから引き返し、林道最高点付近の2つの谷の東谷を登る。密生藪を漕ぎ15分弱で三角点に出られた。誰かの消えかけの山頂標にマジック書きをして写真を撮る。こんなところは長居は無用すぐに林道に下って道路に座って弁当を食べた。復路は登ってきた藪の稜線を下る気持ちは消え失せて、怒られてもいいからと林道を下る。45分ほどで伐採地の頭に出て、真っ直ぐ下ると砂防ダムがあり、さらに下って供養塔が2つとログハウスの建つ林道分岐を分けるとゲートはすぐだった。
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0710 '06年09月09日 大師堂から生栖(いぎす)行者山 [地形図2万5千 安積] 涼しい日がしばらく続いたが、一昨日当りからまた真夏日になって体に応える。明日からは秋雨前線が張り出し雨が続 くようで、山に登るんだったら今日しかない。昨年末、一宮町の岡城山(宮山)から見た時に端正な双耳峰だった生栖行者山に登る。スズメ蜂の活動期に入ったこの時期は道のいい山に登りたい。Webにも書き込みのある山で、山頂まで参道があるらしい。国道29号線安積交差点から県道6号線山崎八鹿線に入り北進する。田尻まで行くと揖保川にまだ鮎の友釣 りの釣人が川に入っており、奥に生栖の行者山がすっきりと尾根を広げている。 道路沿いに立派な登山口の石柱があり、山側に進んで林道「能栖線」に入る。土石流の防災工事をやっているようで、ゲート手前のスペースには工事関係の車が駐車しており、ゲートを開けて大師堂まで入ったが、ゲートから大師堂まで徒歩で5分程度の距離だから、開閉の手間を考えるとゲートの手前に駐めておくべきだ。大師堂の左側に山道があり、手入れの悪い杉と桧の植林帯の小尾根を登る。小笹の踏跡だが5分ほどで参道に出て、さらに5分ほどで大師堂前の林道から派生した作業道に出合う。正面の梯子のある尾根に取り付くと広く明瞭は参道になって安心して歩ける。 尾根の曲がりに合わせて右手方向に進む。40~50年ほどの杉の美林の植林帯で石積のゴーロ帯を過ぎると行者山から北西に派生する尾根の南側の支尾根に取り付いた。少し登るとカラフルは道標があって、赤い字で「あと55分」と書いてある。だが、残念ながら小雨が降り出した。雨合羽は兵庫の山では数えるほどしか着たことないが、仕方ないリュックから合羽を引っ張り出す。西峰の尾根近くまでの長いトラバース道の先に「あと25分」の道標。いくらゴアテックスの合羽でも蒸暑く水ばかり飲む。急登になって葛篭折れの振幅が小さくなると頂上鞍部に飛び出した。 ここも5分ほどで行者堂、さらに5分ほどで行者山三角点に出れた。標石はこれ以上ないほど叩き割られている。同じように叩き割られた大路山('96/03/26)でも書いたことだが、博打ちや相場師が『賭ける』の語呂から墓石や石碑を割って、持ち歩くのだと中学生のとき先生から聞いた事があるから、まあそんなところだろう。時々青空が戻って東河内の棚田が黄金色に見えたが、北峰からはまったく展望はなかった。長居はできず菓子パンを放り込み下山開始。こんな天気の中、西峰へ行く気にはなれず往路を下った。この程度の山では鍛錬の場にはならないだろうから、少年達が母親(世俗)から離れて、行者堂に篭もり共同生活し、いい?大人になる修行を積んだ程度の山だったのじゃないだろうか。
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0711 '06年09月23日 多田銀山金山彦神社から大日山・一本松山 [地形図2万5千 武田尾] 今年の夏はどういう訳か残暑のないままに秋になってしまった。日中でも涼しい。久しぶりに北摂の山の大日山と一本松山に登る。Webでも書き込みがなく情報がつかめないが、多田銀山跡があるようなので、下山後に史跡巡りでもしてみよう。多田銀山までの取り付け道路が分かり辛いが、県道12号線で白金団地の中を通りそのまま南下すると、野尻川沿いの交差点に「多田銀山」の標識があった。5分も走れば大きな史跡の案内板のある駐車場に着いて、史跡案内図を読みながら登山の用意をする。天気は雲一つない快晴。気温も低く歩くには絶好の日だ。 目と鼻の先の代官所跡を過ぎるとすぐに「近畿自然歩道」のツエ谷峠への分岐があり、その上流部に金山彦神社があった。まずは道中の安全を祈って詣でて、「青木間歩」の坑道を見学した。この後、5分弱でセメント型枠工場があり日本鉱業事務所跡の道路分岐に出て、標識に従い万善方向へ進む。山陽自然歩道の道を10分ほど行くと谷間の田んぼに出た。2組の老夫婦が刈り入れの真っ最中だ。栗の実もイガが割れかかっている。のどかでここだけは時間が止まっているようだ。奥に一本松山が西だけすそ野を広げて見えている。近畿自然歩道の案内板のある口池分岐に出た。 迷ったから言い訳がましいが、案内図の地形図両方ともこの分岐が十字路に読めるがそうではなく、万善への分岐はここから30m先だ。東光寺への歩道が真っ直ぐで、三叉路が北へ2箇所ある感じだ。間違ったのにも気づかずトライアルバイクの轍が残る明瞭な道を調子に乗って歩いたものだから、送電線にも気かず芝外新田方向へ進み、大日山の南の尾根を一本松山の取り付きと勘違いしてシダ薮漕ぎをしかけた。東側の送電線を見て間違いに気いた。久々のミスコースでがっかりだ。急遽コースを変え竹薮まで戻り、巡視路で大日山と310m+の鞍部に上がり、大日山から一本松山まで縦走した。下山後、「台所間歩」を見学して金山彦神社に戻り、道場駅まで道を継ぐために一ノ池まで往復した。 このコースを歩かれるのであれば、逆のコースをお勧めする。310m+西鞍部から万善への峠までは腰の高のシダが密生するが方向性はあり、若干の白テープがあるものの、310m+の北東尾根に引っ張り込まれそうになる。が、310m+ピークまで登ればPL23鉄塔が目の前に見える。なおPL23からは西側の幹線の連絡道で、北に少し廻き道になるが大日山に出られる。西側幹線の巡視路で玄能池に下って、金山彦神社に戻ってはいかがだろう。
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0712 '06年09月30日 林道カニワ線から黒滝・三辻山 [地形図2万5千 長谷・寺前] 「播磨 山の地名を歩く」播磨地名研究会編p298によると姫路市の最高峰は葛城山(478.6m林田町奥佐見)だったが、先頃の夢前町との合併により夢前町最高峰の黒滝(大阪山:977m山之内雪彦山)に最高峰の地位を譲った。今日はこの黒滝と今年白倉山から縦走を試みて途中で諦めた三辻山を併せて登る。登山口は安富ダムをつめたカニワ林道から登ることにする。カニワ林道は雪彦山千畳敷の登り口で近くに「千寿の水」の湧水場があるところだ。3台ほどの駐車スペースに車を駐め橋を渡ると「鉾立山 4400m」の道標があるから、この道で最短距離で鉾立山に登れるようだ。 途中の「かしわの大木」の入り口までは舗装道路だったが、以後地道ですぐに林道終点。もう丸木橋も腐り、渡渉を指示しているところもあるが、高圧送電線の巡視路を兼ねているから概ね道は良い。巡視路分岐も時々分岐する。峰山高原はかって「陸軍直轄地」になっていて姫路師団の演習地だった。この関係だろう峰山へ通じる道はいずれの道も広くて歩きやすい。騎乗でも登ったらしいからこの道も所々に石積みも見られる。「カニワの廊下」「げんこつ岩」等標があり、いよ いよ谷道を捨て尾根に取り付く。「10~15分の最後の急登でここ以外は急登はない」と書いた標識もある。 左手に谷を隔てて三辻山が見え、倒木尾根を登ってきれいに下刈りされたPL12鉄塔に着く。南に鉾立山と雪彦山三角点峰も見える。 意外と峰山縦走路まで遠いが分岐に出た後、PL13に一旦登り位置関係を確認する。時間が遅く鉾立山に登る暇などないから引き返して黒岩へ急ぐ。峰山への縦走路は倒木があり一部足跡が交錯するが、基本的に鹿ネット沿って歩くと林道「阪水線」の北の鞍部に出れた。後は巡視路で黒滝に登り、もう一度PL13の縦走路分岐まで戻り、三辻山まで地形図の破線路を進んだが、酷い倒木帯で古い残テープや広い道もあるにはあったが難渋した。 三辻山からPL95峠への巡視路は歩けたが、PL95から千寿の水に下る西の峠道も酷い倒木帯で廃道に近かった。このコースを歩くなら、阪水林道出合から林道を歩き、884m標高の鉄塔巡視路から三辻山に登って、三辻山の南へ尾根を下って南の幹線巡視路に出れば、一時間は時間を短縮できたはずだ。この尾根は倒木が少ないように見えた。
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0713 '06年10月07日 仲仙寺(羽広観音)から経ガ岳 (経ガ岳:三百名山/209) 久しぶりに休暇が取れたというのに、長野県北部地方は10月8日までは大荒れで強風と雨の予報。長野北部地方の岩菅山・横手山・斑尾山と戸隠の山を予定していたが、天候には勝てず途中の伊那ICで中央高速を降りて経ガ岳に登ることにする。中部と南部地方なら40%以下で登れるようだ。国道476線から仲仙寺までは、山の中と思いきや、別荘地とも団地とも着かない住宅地で標識もなく分かり辛い。町内案内板を見ると北に寺のマークがあったので何とか仲仙寺に着いた。思いのほか大きな寺で、羽広公民館の裏手に大きな駐車場が2面とトイレがある。 小雨が降り出したので雨合羽を着て登り始める。羽広観音の階段の右手の橋の架かる道を登り、北へ広い道を歩く。平坦な道で途中から羽広側から道が合流した。真新しい轍があり、谷の手前に軽トラックが駐めてある。どうもキノコ取りの車らしい。谷を渡ると北へこれでもかこれでもかというほどのトラバース道。笹竹の道になり心配になったころ小学生がこしらえた「ピット 2」の標があって、4合目大泉ダム分岐に出た。ここまで下刈りはされていなかったが、まだ枯れてない笹が落ちる手入のいい登山道になる。5合目に簡易のトイレがあるが、はたして使い物になるかどうか。 カラマツと笹の傾斜の緩い尾根で単純で苦しい。7合目で伊那谷が開けるが、以降まったく展望開けず。7合目からはアップダウンが重なり疲れる。手入れのいい道も8合目「望郷の碑」までで、胸近くまで達する笹を掻き分け進んで慈覚大師の石仏のある9合目から2回のアップダウンで経ガ岳山頂に到着した。ここもまったく展望なし。写真を撮って菓子パンをほうり込んだだけで下山した。道標は完璧、一本道で迷う心配なし。なおガイドの5合目の道は藪に返りつつある。 鉢伏山荘から鉢伏山 (鉢伏山:三百名山/210)①鉢伏山荘(14:55)⇒②鉢伏山(15:15 15:30)⇒①鉢伏山荘(15:45)
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0714 '06年10月08日 南登山口鳥居から飯縄山 (飯縄山:三百名山/211) 高速道姥捨PAで車中泊して、4時ごろ戸隠バードラインに入る。長野市内では星が見えてたのに、ここは酷い突風が吹いて道路上にも枯枝が散乱し、落ち葉が厚く積もっている。飯縄山以外の戸隠の山に登るのはこの気温の低さと突風では危険が伴う。明るくなり始めたので飯縄山の登山口を探す。長野カントリークラブの案内板があるからいい目印になる。Webによるとこの山は4時間ほどで往復できるようなので、少し先の戸隠商工会の駐車場に車を駐め、突風止み待ちの不貞寝を決め込む。明るくなり名物戸隠そばのドライブインまで引き返すと大きな虹が出ていた。 雨の境目がちょうど真上にあるようで、陽が射しているのに雨がザーと降ってくる。下見した登山口の鳥居を潜ると車が20台ほど駐められるスペースがあり、1台だけ車が駐まっていて男単行者がまさに出発するところだった。挨拶をして登山の用意をする。北から強烈な風で稜線に出ると吹き飛ばされないか心配だ。登山道は参拝道のようで「一不動」「二釈迦」「三文殊」というように石仏が並ぶ。この南登山道は風裏で暖かく小雨はあるが、雨具をつけないで快適に歩けた。「十一阿閦如来」の石仏のある駒つなぎの場に着く。駐車場で挨拶をした単行者が小休止しており、「若い男女混成5人のグループが先行しているよ」と話す。水場のところで彼らを抜いたが、森林帯を抜けたので雨合羽を着けた。 ゴロ場の登山道に雨水が流れ歩き難いが、相変わらず長野側は太陽がさんさんと降り暖かく視界も開けている。笹地を急登して稜線に出る。北からの突風はやや西にずれているのか心配したほどではなかった。振り返ると遠く西登山道からも黄色のヤッケの5~6人のパーティーが登っているようだ。分岐からひと登りで金属製の鳥居が建つ飯縄神社に出た。ここは偽のピークで頂上の石の祠に「あと10分」と 矢印が道標があった。東に進むと山頂部が見え、山頂部に2人先着者が動いている。途中で山頂にいた老夫婦とすれ違い、青空の広い飯縄山山頂に着いた。こんな天候だから長居するほどのこともなく。写真だけ撮って、途中の飯縄神社拝殿に立ち寄り下山した。 ここしか登る山がないのか登山者は多く、下ると駐車場には15台ほど車が駐めてあった。ラジオのニュースによると今回の天候の急変で白馬岳でガイド付のパーティー4人凍死、穂高と御岳でも2名凍死と報じている。ガイドが付いていてこの天候が読めないようでは泣けてくる話だ。中宮に詣で、奥社の登山口へ行くと疲れきった表情の青年が身繕いをしており、戸隠山は暴風でアラレが降り、鎖を持つ手が冷たく登頂を断念したという。彼は今夜から天候は回復すると残念そうに話した。山では勇気ある撤退こそが一番難しい。
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0715 '06年10月09日 大橋林道ゲートから黒姫山 (黒姫山:三百名山/212) 奥社の駐車場で車中泊をしようとするが、突風が吹き車体が揺れる。戸隠の村まで引き返しバス停のトイレ脇に2台ほどのスペースを見つけ車を駐めた。夜半から星が降る空になって、月の光で明るかった。4時半に起き戸隠キャンプ場の駐車場へ行って登山の用意をする。ここは'99年に百名山の高妻山を登ったときの駐車場だ。前日の偵察で黒姫山登山口の大橋ゲート付近の駐車場周辺では車上狙いが出没していることは承知していたので、万一を期してこのキャンプ場から歩くことにする。窓を割られると車中泊できないから戸隠山も登れなくなるし、距離も2キロ以下と近い。 大橋までの道すがら黒姫山が朝日に顔を出す。風は少し残っているが快晴だ。大橋は中部電力の取水場があり、もう4台の車が駐めてあり、5~6人のパーティーが出発したところだ。付かず離れずついていく。一度、支線が分岐するが地道の広い林道で30分ほどで登山口に着く。ここで先行パーティーを抜き七曲に入る。湿った黒土の広い道で傾斜がなく歩き易い。2度ほど林道を横切り最後は林道を歩くようになる。この道古い峠道のようで石積みの側溝が残っている。大ダルミ分岐でもうひとグループを抜いて、真正面の小尾根のブナの巨木と根曲がり竹の登山道に取り付く。 道は広いが急登で昨夜の雨の影響でどぶっぽいので雨合羽を着る。登山道からは頂上付近に雪を冠した高妻山と乙妻山、同じく雪を冠した白馬岳の峰々が戸隠山の左肩に見える。途中に「シナの木」の看板のある木があるが、この辺りが稜線までの中間だった。直登だった道が僅かに葛篭折れの道になりオオシラビソ帯に植相が変わり稜線に出る。小黒姫山と頚城山塊の山々が見える。「しらたき平」と表示のあるピークには雪が残っていた。平坦な稜線を歩き、1998mのピークを過ぎると黒姫山の山頂部と野尻湖・信濃町が見える。分岐からひと登りで黒姫山山頂に着いた。 南側は雲海の中だがこれだけの展望なら文句はない。写真を撮りまくって弁当を食べ鞍部分岐から大池に下った。ここは静かな水面に小黒姫山が映りまさに山上の楽園だった。この先、谷の滑り易いゴロ岩帯が天狗岩(10:45) まで続き、その後は心配になるくらい笹ガ峰方向に下った。やっと横かけ道に出て10分ほどで西登山口(笹ガ峰)分岐に着く。後は先の広い峠道を下って大ダルミの湿地から黒姫山を眺め、カラマツ林帯に入ると見覚えのある大ダルミ分岐に下りついた。峠道は旅人の行き通った道。いつ歩いても何か心が躍る。
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0716 '06年10月10日 戸隠神社奥社から戸隠山 (三百名山/213) 今日は快晴、風もなく絶好の登山日和だ。朝5時25分に戸隠キャンプ場から奥社入口へと歩き始める。車の計測では2.4キロだったのに25分で奥社入口に着いた。連休明けで駐車場にはたった2台駐まっているだけだ。大鳥居を潜り真っ直ぐの参道を進む。両側に水が流れ周囲が自然林広葉樹で小鳥が囀り気持ちがいい。隋神門を潜ると両側が大きな杉並木になる。後ろを振り返っても人っ子一人いない。車の走るところだけセメント舗装された道だったが石の階段になり、さらに登って静寂の中に戸隠山の岩壁を背にして建つ、戸隠神社奥社に着く。 宮司が朝のお勤めを行っている後ろで拍手を打ち、やや下手の社務所脇から登山道に入る。ブナを主体とする広葉樹林帯で黄葉も始まっていて写真を撮りながらの急登が続く。前方に大岩が現れた。これが五十間長屋らしい。百間長屋のデブリの下で夫婦ものらしい登山者を抜く。西窟を過ぎると岩壁の上りとなる、さあここから1時間が戸隠山の核心の部分だ。西岳の南肩に雪を抱いた北アルプスの峰々が遠望できる。お亡くなりになった人に合掌し、太い鎖を登ると天狗ノ露地で真下に昨日行った鏡池が光って見えている。この辺は雪の害がなかったのだろうか紅葉の赤が本当にきれいだ。痩せた岩稜と鎖場が連続しやがて胸突き岩の基部に出る。この上部が難所、蟻の塔(戸)渡りだ。 鎖を登り蟻の塔渡りの南端に出る。正面の尾根で先行者が見ているのが分かる。身支度を点検し中央の切れ目まで中腰で歩く。ここは右手の下側に廻き道もあるようだ。切れ目からも下りの鎖が降りているがかまわず進む。廻いた鎖が上ってきたから終わりかと思ったら、ここからが剣ノ刃渡りのようで幅50センチほど長さ5~7mほどのナイフエッジが続く 。低い四つん這いになって渡りきる。全部で5~6分ほどか、期待の割には大したことはなかった。先行者が見ていた急な岩尾根に座り、コンビニおむすびを片手に次の夫婦の健闘を見物する。 八方睨まで登るとまさに360度の展望が開けた。高妻山が鳥の翼を広げたように聳える。ここから一不動への道に入る。10分で戸隠山山頂。どうでもいいことだが、標高は1904mのはずだが、戸隠遭対協の山頂標には1911mと表示 してある。南側が切れ落ち、奥社の杉並木が飯縄山の方向に真っ直ぐ延びている。すっかり秋色の稜線をたどる。北に雪倉岳から朝日小屋と栂海新道の山々も見える。実に懐かしい。九頭竜山から屏風岩を越えると更に懐かしい五地蔵山が見え始めて一不動避難小屋への下りにかかる。もう少しで楽しかったこの旅も終わりだ。
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0717 '06年10月21日 ブン廻し(ホードー杉)から氷ノ山(20回目) [地形図2万5千 氷ノ山] 恒例の鉢伏山・氷ノ山紅葉登山大会が10月22日に開かれると紅葉の写真と共に神戸新聞に載った。今年は関西地方に影響のあった台風はなかったから、おそらく今まで一番の紅葉が期待できる。記録では毎年一度は氷ノ山に登っていたが、今年はまだ一度も登っていないし、今度登ると20回目の氷ノ山登頂になる。氷ノ山登山というとほとんどの人が、地蔵堂コースを登って、東尾根コー スに下るのが定番のようだが、ガイドにはないがブン廻しから登るが紅葉登山には最高だ。大きいブナの登山道が1時間以上も続き、登山道も子供たちのサマーキャンプの道で広く安定している。 以前「鉢伏大久保からホードー杉(04/07/25)」でこのコースから氷ノ山に登ろうとした時、たまたま立ち寄ったホードー杉が前夜の落雷で燻っていて2時間もの間消火した。その後も確かめたい。奈良尾登山口に車を駐め、大久保の民宿街を過ぎ、福屋別館の前を1019m鞍部(小代越え)を目指して登る。どうも高丸の下部で大きな土砂崩れがあったようだが、登山道にはまったく影響なく、アキノキリンソウやリンドウの咲くススキに覆われたスキー場の縁を登って鞍部に着く。明日の準備のためかこのコースはロープで封鎖されていた。縦走路を右へ分けいよいよブン廻しのコースに入る。 鉢伏山に続くスキー場の緑のスロープを見て、117,5mの三角点のあるとことからホードー杉へ降下する。ブナの大木の間を縫うようにコースが西側へ移設されている。入口に「ホードー杉 0.5km」の表示があるが随分遠く感じるから注意がいる。ホードー杉の前に出る。残念ながら四本の枝の消火した洞(うろ)がある南側の枝はあの時の影響か枯れ始めているし、右手の内側の枝も空洞が広がり生気か感じられない。あの時あと何千年も生き続けて欲しい願って消火活動をしたのに残念。水を運んだ沢に下り喉を潤し、あと一息がんばれだけ言ってホードー杉に別れを告げる。 赤倉山を目指し紅葉真っ最中のブン廻しを歩く。布滝の頭から鉢伏山と青ガ丸・仏ノ尾が遠望できる大平頭の広がる紅葉の絨毯は圧巻だった。後は氷ノ山越えに出て定番のコースを歩く。氷ノ山山頂に出てもこの時間になっても30人以上の登山者が居てびっくりする。弁当を食べいつもの場所で記念撮影するが、山頂ケルンは下部が取り壊され木製の山頂標に取って代わっていた。この辺昨日雨が降ったようで、滑り易い下山道を東尾根にとって下ったが、どうにか奈良尾の登山口まで1時間半ほどで下れた。奈良尾の駐車場は、明日の紅葉登山大会の準備がすっかりと整っていた。
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0718 '06年11月03日 塩地峠地蔵から塩地・豆腐ヶ市(読図難) [地形図2万5千 千草] 「播磨 山の地名を歩く」播磨地名研究会編p294の南光町を見ていると「塩地」と「豆腐ヶ市」という珍しい山名がある。Webを見てもまったく書き込みはないので分かり難い山だが、山崎側小河内からなら林道が塩地峠近くまで延びているので登れそうだ。文化の日の好天気の日にこんな奥山に登るのもまた面白い。中国道の側道である県道53号線を走り、土万交差点から県道154号線に入る。大沢に入った道路分岐に「史跡 千種鉄の道 塩地峠」の石碑を見つける。5分ほど走ると集落があり、最奥の老人に尋ねると、ここは小河内で塩地峠は車では難しいが歩いてなら行けるという。 段からの道は廃道で、地道の林道はぬかるんで走り辛いが車で走れるところまで行って、東に林道が延びる三叉路に車を駐める。塩地峠を向け歩き始める。立派な橋を右岸に渡ったところに峠地蔵があった。ここで道が分岐し山(左)側へ進む。また分岐があってここも左へ進んだが、これが間違だったようで峠道と信じて登った道は途中で消え、獣道を拾って何とか稜線に出る。まったく現在地が分からないから、南の小ピークを越えて倒木地から読図を行う。どうも529.0m塩地三角点の南側の鞍部に出た可能性が高い。三角点を探しにまた稜線出合に戻り、塩地三角点へ上る。 が、なかなか三角点が見つからない。塩地の山頂部は平坦で広く隅々までは目が届かない。北端まで2回往復し諦めかけたころ朽木の倒木に下に三等三角点を見つける。切り通しもプラ杭もないからとにかく分かり辛い。ここから塩地峠に下ってみようと植林帯の頭まで下る(5分も下れば峠だった)が、下山後行ってみることにして豆腐ヶ市方向へ進む。稜線出合からも踏跡はあり、584m峰には古いテープがあった。あれが豆腐ヶ市だと分かる山が南東方向に見え隠れするが、雑木が縦走路を塞ぐ小ピークが続き、やっと530m+に出て、豆腐ヶ市の北鞍部まで70m急降下する。 急登を登り返して四等三角点の埋まる豆腐ヶ市に到着する。千草側から物売の声が聞こえ、涼しい風が吹き上げるが全く展望なし。写真を撮って鞍部の谷の倒木帯を回避し、南側の小尾根を下る。ここも谷近くで酷く崩落するが、谷の底まで降りるとモノラックが設置してあり、段からの出合の上流側の小屋に出られた。時間も早く塩地峠に行ってみる。峠には「一、山を巡れば稔の秋に 無事に今年も年輪を重ね 細い肩でも腕なでも 人の情けにすがりつつ 熱い大地に根をおろす 二、育つこの木の囁きを 笑顔一人で見渡せば 俺の意見はなにもない 冬の嵐に耐えて来た 生きてこの木の育つまま(一部判読)」と書かれた素朴な詩以外、峠を示す物はなにもなかった。
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0719 '06年11月12日 梅中橋からから六路木山・淡路ヶ丸 [地形図2万5千 山崎] 「播磨 山の地名を歩く」播磨地名研究会編p294の安富町に林田川を挟み対峙する六路木山と淡路ヶ丸という山が載っている。安富町周辺は狩猟の盛んな土地柄だから、狩猟開始日の11月15日からあとは、この山には登れないので、午前中は天気が悪い予報だが登る。国道29号線安志南交差点から県道430号線に入り、名坂集落で左手に淡路ヶ丸が、続いて安富北小学校の背後に六路木山が見えて来た。地形図では皆河集落からなら両方の山を登れそうだ。まず六路木山に登ることにする。皆河の北の橋の尾根を登ろうと思っていたが、全く手入れがされておらず、取り付けそうもないので、南の梅中橋から真東の小尾根を目指して集落の南端の竹薮に猪柵を開いて入る。 取り付いた小尾根は手入れが良く、少々岩が混じるが歩き易い。お茶の木があるから昔は茶畑だったのかもしれない。最初は杉の植林帯だったが、上部は桧の20~30年物の植林地で物凄い急登だった。倒木帯が見え始めたので、右手方向にトラバース気味に登ると広葉樹林帯になって窓から次に登る淡路ヶ丸、樹間越しに六路木山の南ピークも確認できる。六路木山の山頂の北面は倒木帯で、岩が剥き出しのところもあるがやや北に方向を変えて最高点に着いた。三角点のない山頂だから一番高い木に名前を書いて写真を撮り、倒木帯の頭に引き返して北に開ける眺望を楽しむ。 白倉山の南654.0mピークの奥の山に反射板が見えるが、おそらく関電山崎実験センターの北峰750m+に反射板でもあるんだろう。その東側に見える高圧鉄塔ある山は、三辻山から雪彦山の山々だ。何度も淡路ヶ丸の登路尾根を地形図と見比べて往路を下った。梅中橋に戻り淡路ヶ丸に登る。橋の南詰め(電信柱トミス 126)の住宅の奥に猪柵が見える。この谷の左手の尾根は、上部まで広葉樹林が続くから登り易いはずだ。猪柵を開いて入ると、ここも竹薮で簡易水道の取水タンクがある。尾根に出ると墓地があり、はっきりとした尾根道が残っていたが、歩かれた形跡がない。 暗い20~30年物の桧の植林帯で下草がまったくないがここも急登だ。尾根に松の木が現れるところで、左手の植林帯に迂回し斜度が緩んだところで尾根に乗る。桧の植林地だったが、一度だけ斜度が緩み、岩稜の馬の背に入る。雑木が繁り両側が切れ落ちている。コガラとシジュウガラの群れが鼻先を通り過ぎる。この尾根は淡路ヶ丸の北のピークに続く尾根だから、最後の桧の植林地で、稲妻を切って頂上北のコルにトラバースした。淡路ヶ丸山頂は、10m四方がきれいに整備され中央に4等三角点、東に板で作ったベンチらしいものがあったが、眺望はまったくなかった。
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0720 '06年11月18日 千町小屋から杉山・笠杉山 [地形図2万5千 神子畑]「新はりまハイキング」須磨岡 輯著p78 狩猟期に入り、もう登山道のない薮漕ぎの山は危険だから、登山道がありまだ登ってない山はないか。狩猟が終わる2月末までに、10回くらいは登らなくてはならないから、この時期山探しもたいへんだ。書店に加美町(現多可町加美区)の地形図「中村町」を買いに行く。この付近は未踏峰の山も多く、狩猟が盛んな地域ではないように見える。帰り際に「新はりまハイキング」 須磨岡 輯著の新刊本を見つける。半分以上登った山だが、この本で今年の冬はなんと かなりそうだし、もうないと思っていた1000mを越える山が2つも載っていて即刻買い込んだ。 宍粟一宮の杉山に登る。今日は天気のいい予報だったが、国道29号線安積交差点から県道6号線山崎八鹿線に入ると、空がどんより曇ってしまったうえに、三方のAコープ前の道路の温度計で4℃と物凄く寒い。百千満家の分かり難い三叉路を右折して4回目の上千町に入る。ここに来るのも10年以上経っているが、前とあまり変わらない。ただ牧場跡へ林道が延び、牧場の跡地に千町小屋という施設が建っている。林道は上に延びているようで、上部からブルドーザーの音が聞こえる。登山口に道標がないが、本文通り歩いて、横木のある遊歩道のある尾根に取り付いた。 紅葉も盛りだが陽が射さずいまひとつ、目の前に見える大段山、笠杉山、千町ガ峰も上部がガスっていい写真は期待できない。よく整備された葛篭折れの遊歩道を登ると970m峰からは、林道出合まで下りになるが、ここで初めて道標が現れて林道に出る。くじら岩に続くなだらかな尾根に入る。ただこの尾根倒木帯で、林道を左に行き止まりまで歩き、取り付いた踏跡もいままでの歩道とは桁違いに歩き辛いかった。くじら岩を見て、残存テープを頼りにミズナラと笹地の国境尾根に出る。鹿の害で見通しがいいが、尾根が広くて踏跡も薄く、ガスって往路に不安が残る。 山上庭園から先行者の話し声が聞こえ、段ガ峰への分岐を右に分けると杉山はすぐだった。頂上には段ガ峰からも見えた風力発電調査用のアンテナが2基設置してあり、三木市から来たという2人の登山者がいた。ガスが晴れて360度の展望が開ける。弁当は山上庭園側に引き返した1080mピークで、東に開けた眺望を見ながら3人で食べる。段ガ峰から縦走していた2人の女登山者も加わるが、寒くなってきた。彼女らと別れ3人で田路峠に下り笠杉山に登る。 ここ山頂に着くとガスが晴れ、視程が大いに延びたが写真の光量には達しておらず、山名当てにだけに時間を費やした 。下山はWebで見つけたという、直下の尾根を下り千町小屋に下ったが、残存テープもあって歩き易い踏跡だった。
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0721 '06年11月25日 ちぐさスキー場から長義山(2回目)・タタラ [地形図2万5千 西河内] 「新はりまハイキング」須磨岡 輯著p110に載っている長義山とタタラに登る。長義山は既登の山だが、前回「千草スキー場から長義山('95/04/01)」で長義山に登ったときは、積雪が1m以上あり三角点は見つけることができなかった。本文では北の鞍部から踏跡があるようだ。この山域はスキー場もあり、鳥獣保護区で積雪がなければ快適に歩けるはすだ。国道29号線山崎の中広瀬交差点から県道53号線を西進し、更に下三河交差点で県道72号線に乗り換えると加古川から2時間ほどで「ちぐさスキー場」に着く。ラドンの湧水場に車を駐め登山の用意をする。 今日は午後から曇りの予報だ。県境の峰越峠を目指し15分ほど歩くと伐採地が現れ、「清流・千種川地域づくり会議」の白い杭が打ってある。ここにあるはずの「たこ」の道標はなく、谷の作業道を登って鞍部に出る。今は青空だがいつ雲が覆うか分からないので、北の小ピークに登り沖ノ山の写真を撮った。鞍部に下って踏跡薄いフェンス沿いを登り返して、伐採地の頭に出ると、三室山、天児屋山と大通峠方面の山が見える。すぐに長義山山頂に着く。11年前に登ったときは低い幼木だった桧の植林が空を覆い、沖ノ山側に切り開きがあるが、まったく展望がない。 このコースを登山道と呼ぶにはまだ時間かかるようだが、3等三角点脇をゆうに2mはある古い山陽自然歩道らしい道が東から南に折れて下っている。黄色いテープが3つ進行方向に取り付けてあるので追う。岡山県側が手入れの悪い桧の植林帯で、兵庫県側がミズナラ等の自然林帯になって急坂を下る。鞍部までは道がなく、これが山陽自然歩道だったのかと疑いたくなるが、1035m峰で著者が主宰する山の会が取り付けたと思える道標が現れ、道も本来の広さを取り戻し歩き易くなる。一度だけ兵庫県側が植林帯になったところで西に折れ、1081m標高に近ずくがこの辺が迷い道になっている注意がいる。鞍部に出たところはスキー場側を歩くと、地形図の破線路が上って来た。 この道を歩き尾根が細ると馬の背に出る。この馬の背の頭が1081m峰だ。もう車は走れないような作業道が稜線上に現れる。10分ほどでコンクリートの簡易舗装してある所が、ちぐさスキー場への降下点で、そこからひと登りでダルガ峰の一角に着いた。タタラまで半分が作業道、少しの倒木帯を越えるとタタラの四等三角点に出られた。まさに沖ノ山の展望台。沖ノ山は、今年「大井谷林道ゲートから沖ノ山('06/09/02)」で夏道を苦労して登ったことのあり感慨ひとしおだ。東山のピーク、くらますの右手に氷ノ山も見える。もう空も曇ってきたが谷の紅葉も見えて気分最高だった。
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0722 '06年12月02日 多可高校から城山・妙見山(2回目)・段ノ城山 [地形図2万5千 丹波和田・中村町] 狩猟期になったので、多可町の山に登る。多可郡の山が狩猟期に安全なこともないだろうが、ここらでは今までに銃声を聞いたことがない。「播磨 山の地名を歩く」播磨地名研究会編p285の中町にある城山と段ノ城山という山に登ってみる。妙見山へは、国道175号線から西脇トンネルの野村東交差点で、県道346号線で西脇市街に入り、国道427号線を加美町(現多可町加美区)方向に走ると西脇消防署中分署の前を曲がって直線道路の先、正面に見える山が妙見山だ。交差点のたいこ弁当で弁当を調達し、山麓に白く見える多可高校に向かう。妙見山は、「多可高校から中妙見山('94/12/24)」で登った山だが、今は東山古墳群が整備され、新設された中ふるさと交流舘のところに広い駐車場があった。 雲一つない快晴の空の中に妙見山と城山が見える。林道脇の概念図を見ると、新たに牧野方面へ2つコースが整備されているようだ。もうこの林道を歩いた記憶のなく、10分ほど歩いて登山口標のところに出て、朝露の残る登山道に入る。最初の分岐を左に分けて3合目標示とベンチのある城山(364m)北の鞍部に着いた。城山の指標もあるので踏跡を進むが、等高線に沿って城山を廻き南側からの上りで意外と遠い。小規模な山城のようで切り開きから妙見山の山頂部が見える程度だった。下りは北の直登路を見つけて鞍部まで下り、また妙見山への登山道を復帰する。 5合目展望台から西の松の樹間から見えるアンテナピークが段ノ城山らしい。7合目から新設された「あまんじゃこのわすれ岩」コースで展望台に登り、登山道に合流して、妙見社跡から丸太小屋の平坦道を歩いて2回目の妙見山山頂に出た。方位盤があり、北が開き笠形山からマタニ山、稜線上に竜ガ岳と篠ガ岳が見える。段ノ城山へは再度社跡まで引き返し、567m支尾根を下る。赤色の布テープが付けてあり、踏跡Bでしかも頭を下げずに歩ける。567m標高の西の尾根端540m+とその下部510m+はそれぞれ読図を要すが、その以降はいい山道が続いた。 段ノ城山が近づくとイバラと岩の踏跡になり、平坦な遺構の段ノ城山に出た。イバラが繁茂し歩き辛いが北に出ると加美の町が真下に俯瞰できる。が、あるはずの三角点がない。結局広い平坦地を探し、四等と書かれた杭と測量ポールは見つけたが標石は見つからなかった。写真を撮って西側へ下山する。が、ここも10mほどの岩が乱立し歩けないので、中側に下り トラバースして「NTTドコモ門前無線中継所」のアンテナ基部に出る。ここでも一転時雨が降りだす始末。仕方なく補修が終わったばかりの保守道を下る。雨は10分ほどでまた青空が返り、瑞光寺へ下り行く秋を楽しんだ。
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0723 '06年12月10日 膵明湖から黒木山・竹谷山 [地形図2万5千 中村町] 土曜日は雨が降った。雨は宵の口まで降ったから、登山道のある山に登りたい。今日は午後から晴れる予報だから県の北部では時雨が残るかもしれない。「新はりまハイキング」須磨岡 輯著p22に載っている膵明湖から黒木山に登る。膵明湖のある糀屋ダムへは、国道175号線から西脇トンネルの野村東交差点で、県道346号線で西脇市街に入り 、国道427号線の中区の糀屋交差点で左折すると、セントラル・サーキットのところに標識がある。少し入っていくと右手に糀屋ダムの堰堤が見え、駐車場のある湖畔広場に着いた。天気は晴れ間が30%といったところか。 湖畔広場からは2つの尾根道が上がっているが、左手の尾根の登山道を登りたいので、谷の奥の「黒木山展望コース」に進む。横木のある遊歩道で、道標も整備され本当に歩き易い。30分で稜線の縦走路に到着し、分岐を左に分けると5分で黒木山の山頂に着いた。西光寺山、笠形山から三国岳、妙見岳から大井戸岳までが見えるが、西の谷を隔てた竹谷山が気になる。ここから南の386mピークに縦走路が整備されているから西の谷へ下れば登れるかもしれない。竹谷山をよく見ると東に3つの尾根があるが、登山道はないように見える。諦めて北に整備された遊歩道を下る。 結局、諦めきれず「山の交差点」で西の谷に下る。「森の休憩所」近くで歩道を整備中の人に、竹谷山の登山口について尋ねるが、山道があると聞いてたのに知らないと言う。少し下った370m+のピークの尾根尻に取り付いてみる。最初は踏跡はなかったが、低いシダの踏跡が上にあがるほど良くなり、370m+からは踏跡も明瞭になり、崩壊地から笠形山がいい形に見える。竹谷山の北ピークにはNHKの共同視聴アンテナがあり、四等三角点のある竹谷山山頂に着いた。5m四方の鉄条網の付いた柵があって、展望は南が少し開けるのみ。写真を撮って俵田方向に下山道を探す。 細い踏跡が俵田方向に下っているが、下りつくように思えない。結局、山頂から真東に延びる尾根を獣道を拾って下る 。下りついた谷に黄色の電工テープがあり、「渓流の広場」の上流の休憩所に下りついた。ここからは林道を森の休憩所まで戻り、「山の交差点」へ登り返し、展望台の東屋まで縦走したが、時雨模様になり東屋に入り遅い弁当を摂って、展望デッキからの遊歩道を膵明湖に向かって下った。帰路に俵田の林泉荘へ行ってみると、石仏群の入口に「竹谷山道」の登山口標があった。竹谷山と黒木山を登るだけならこちら側から登られることをお勧めする。
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0724 '06年12月16日 豊部から豊部山・立岩山(森内山)と大袋から打越山 [地形図2万5千 丹波和田] エクワドル沖のエルニィーニョ現象で12月になったというのに雨がよく降る。今日は曇りの予報だったが、朝起きてみるといい天気で夕方まではもつという。「播磨 山の地名を歩く」播磨地名研究会編p286の加美町にある森内山と打越山に登ってみる。Webによると森内山の西方の三角点532.7mに豊部山の名前の書き込みがある。この森内山、何十年か前のコピーで出処ははっきりしないが立岩山の名前もある。このコピー今までに一度として間違えたことはないから信用できる。多可町加美区のコンビニまでは物凄い霧で心配したが、豊部に着くと快晴の空になった。 最奥の家の裏手の三叉路に車を駐め、東に見えるゲートを開けて林道を歩く。最初の道路分岐を左に、PL59鉄塔の手前で目指す570m+の鉄塔が一直線に見えている。新しい幹線は巡視路の手入れが悪いからと心配したが、林道終点まで行くとちゃんと「火の用心」の標示があった。PL57方向に巡視路を登るが、杉の枝が積もり歩き辛い。ナメに出たところで、上部が崩落してるようなので巡視路を捨て左手の尾根に取り付く。幸い低木などない杉の植林帯で急登ではあるが登り易かった。PL57播磨中央線の表示のある570m+ピークに着く。北に千ガ峰と飯盛山が大きい。 大休止後、位置確認のため豊部山まで往復して森内山へ縦走を開始する。一昨年の台風による倒木はあるものの広く歩き易い稜線で、636mを過ぎると10mほどの岩が2つ忽然と現れる。やはりこの山は立岩山に間違いない。最低鞍部から急登するともう1度岩場があり、2度目の岩場が森内山山頂だった。狭いが城の遺構があり下部の平坦地に何故か真新し三等三角点がある。礎石に座って弁当を食べて景色を堪能する。下山は林道の291mカーブを目指し大手の道を下ったが、立ち木がなければ下れないような激坂だった。下ったところに森林組合の「作業中」の表示がある。 ①大袋観音堂⇒②無名峠⇒③打越山⇒②無名峠⇒①大袋観音堂
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0725 '06年12月24日 大歳神社から烏帽子山と北播磨余暇村公園からひょうたん山 [地形図2万5千 中村町] 多可町加美区の烏帽子山に登る。この山、加美区の入口にあり、頂上部に磐座をもった山でよく目立つ山だが、中腹に送電線の鉄塔がたっているものの、Webを見ても明確な登路はないらしい。子供の頃登ったという加美町出身者に聞 いても取り付きさえ分からずしまいだ。どうも山頂東側の西脇か、山野辺の社寺から登ったらしい。安楽田橋を渡ったところで地形図を広げ、巡視路の尾根を見上げる。写真を見てほしい。左手が山野辺集落、一番低く見えているPL53鉄塔 、一番高く見えるPL54、右手の稜線上にPL55鉄塔(曇りで写真に写らず)だから参考にしてほしい。 山野辺の集落に入り、野良仕事をしている人に尋ねても誰も登ったことはないと言うが、西脇の今改装中の寺から登るんじゃあないかと答える人が一人だけいた。山野辺は道路も狭く車を駐めをスペースないので、西脇に向かって車を走らてすぐに、「大歳大明神」の鳥居のある大きな神社があった。ここならPL53尾根に取り付ける。正月用の幟の竹竿の立つ駐車場に車を駐め、神社裏手を登る。最初は谷の手入れの悪い作業道終点から左手尾根に上がり、これも手入れの悪い桧の植林帯を登ると、PL53とPL54の分岐標のある尾根に出られた。 ここからPL54側へ進めば良かったが、珍しく枝打された尾根に騙され、この尾根をそのまま登ってしまった。この山は岩稜の山でどんな支尾根でも彫りが深く、頂上部まで続いているから、すぐ南の尾根を登っているのにPL54の尾根にトラバースできない。やっとできたと思ったらPL54の50mほど上部の尾根に出てしまった。踏跡薄い岩尾根だが10分ほど登ると下部の磐座に出れた。南が開けまさに絶景。ここからは鉈目と踏跡をたどり、Webにある地形図470m+の上部磐座(展望岩)に出る。ここから猪に耕された四等三角点までは青テープと明瞭な踏跡があった。 下山はもう一度430m+の磐座に引き返し、鞍部右手(北)の黄色テープを追って下る。明瞭な踏跡があり、上部磐座を真下まで廻くとPL55の尾根に出られ、10分ほどでPL55鉄塔に下り着いた。ここからPL54側に巡視路を進んだが、巡視路は旧鉄塔の巡視路にも使っていたようで一部も登り返すところもあったが、まあ薮漕ぎを思うと快適道だった。PL53尾根の北側の谷の杉の植林帯を登るのが、最短で烏帽子山に到達できるようだ。帰路、北播磨余暇村公園に立ち寄り、「播磨 山の地名を歩く」播磨地名研究会編p285の中町のひょうたん山に登ったがここも登路はなかった。
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0726 '06年12月30日 淡河疎水橋から論破山と三木山 [地形図2万5千 淡河] 暖冬気味だったが、28日、29日と冬型気圧配置で、雪の少ない加古川でも少し雪が舞った。天気予報では大晦日まではいい天気ら しい。こんな天候では中国道以北に登ると時雨に遭いそうだ。今日は神戸市西区淡河町の論破山に登ってみる。都会の山は、予想に反して薮だったり、駐車場のない住宅地の中を右往左往することもあるがこれも意外と面白い。この山インターネットの「EARTH」の衛星写真で見ると山全体がロータリーゴルフクラブの敷地内にあり、立ち入りは不可能のように見えるものの、PL鉄塔もあるから、隙をつけば三つある池のところから登れるかもしれない。 淡河の道の駅のところの交差点を北に分けると山陽自動道の北に論破山らしい山とPL鉄塔が見えて、池の東の道路にはお誂え向きの駐車スペースがあった。池側をみると下池の堰堤の奥に論破山と手前に淡河疎水への水道橋が見える。ここから登れなかったら登れないだろう。1時間はかからないから水とカメラをディバックに詰め込んで一枚田んぼの左手の道を歩き始める。下池の堰堤に出ると予想通り「火の用心」の標示と猪柵があった。猪柵を開けひと登りでPL鉄塔に出たが、ゴルフカート道がすぐで、正月休みでプレー中のゴルフコース内に出てしまった。 ここからは無理だ。猪柵まで引き返し、下池の左側に踏跡を見つけ中池の堰堤に出る。珍入者に水鳥が一斉に飛び立った。コースでプレイする人が見える。左岸にゴルフ場に続く地道を歩き、4番ティーの入口からオービー杭を回って、間合いをみて一番近い尾根に取り付く。物凄い小竹の密生薮だが南に廻り込むと何とか歩けるやや疎な雑林帯になる。この十年は誰も歩いてないようだが10分ほどで頂上部に出ると、落ちた枝の溜まる溝状の道があった。西の疎な雑木を歩き、最後の密生薮を50mほど漕ぐと、叩き壊された標石をセメントで補修した論破山三角点に着いた。周囲に2mほどの密生した竹薮でまったく展望なく写真を撮ってすぐ退散だ。稜線まで引き返すと真東の尾根に古い踏跡があった。 下りつくと取り付いた薮よりやや北に出たのでコースの真ん中。走って横断しアプローチ道路の上部の法面を歩く。プレイ中の人がいたら少々ばつが悪いが、ラッキーにも切れていた。地道になった道を足早に歩くと4番ティーの入口に出られた。論破を踏破できた。ゴルフ場に囲まれているせいか、兵庫の山では珍しく鹿の糞の落ちてない山だったが、代わりに白いOBのボールが何十個も落ちていていた。帰路、「播磨 山の地名を歩く」播磨地名研究会編p32の三木山を探す。本文中の大宮八幡神社から西に歩いて、県立三木山森林公園に入り、茶室「成蹊閣」から展望台に行き雌岡山を展望し、茶室に戻って鉄塔巡視路を通って、市立総合公園内で植え込みで「三木山」の表示のある三木山を見つけた。
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