多 良 岳
2011年 8月 7日
豊作 いつもの 何だろう? ヤマジオウ モミジガサ 経ヶ岳 すごい! 金泉寺
時代が? 役の行者様 梵字 梵字2 多良岳権現峰 展望 展望2
風が 多良岳の花たち 多良岳の花たち2 逆ですが 楽しみだったのにな
豊作
今年はどこの山でも 「オオキツネノカミソリ」 が見事に咲いている
ということで、先週の 「井原山」 に引き続いて 「多良岳」 へ
観賞に出かけてきました。
ただ、満開が先週だったようなので少し厳しいとは思いましたが、
ここは 「イワタバコ」 も見れるので満足はできるはずです(うん)
いつもの
コースはいつもの八丁谷から群生地へ上がるコースですが、駐車場についた段階で時期を過ぎていることを悟りました。
何と! 9時過ぎに着いたのに一番上の駐車場に余裕があったのです(みなさん開花期をよくご存じなんですね〜)
何だろう?
道路脇に咲いていました?
帰ってから調べると 「ニガクサ」 とわかりました
ヤマジオウ
「ヤマジオウ」 さんはお初なのですが、葉のきれいな株を見つけられませんでした(すみません)
モミジガサ
「モミジガサ」 は登山口付近からずっとありましたが、クルリンになっているものは1本も見かけませんでした?
先週の 「井原山」 にはあったので、こちらの方が少し遅れているようです。
経ヶ岳
早春にここを歩いた時、葉が茂ると見えなくなるだろうなと思った場所です。
予想通りでした(喜)
すごい!
西野越下の群生地です。 少ししおれた花が目立つものの数がすごいです(驚)
咲き方が 「井原山」 のなだらかな斜面と違い急斜面の下から上の方までず〜〜っと続いています。
金泉寺
建て直された 「金泉寺」 です。
皆さん方の募金で立派な本堂が再建されましたが、周囲の石垣などを見ていると創建時はもっともっと大きな寺だったようですね。
正式な名称は 「高野山真言宗金泉寺」 といい弘法大師(空海)が神宮寺(神社に附属して建てられた仏教寺院や仏堂)として創建したとされていますが、16世紀にキリシタン大名大村純忠によって焼き討ちにされています。
その後諫早領主の協力で復興、真言密教の修験場として繁栄を極めましたが明治元年の神仏分離令に続き、明治5年に修験道が禁止され多くの僧房が破却されました。
江戸時代、この寺に原口新太郎というイケメン寺侍がいて、成長するにつれ輝くばかりの美青年となり当然里の娘達の評判になりますが、山は女人禁制のため普段は顔を拝めません(うん)
時折下ってくる類まれな彼の美貌を見ようと多くの女たちが待ち構えますが、寺の戒律が厳しいので新太郎は女たちには目もくれません(さすが) しかし、それがますます女たちの情熱を燃え上がらせ、新太郎を恋い慕う歌 「ザンザ節 岳の新太郎さん」 が出来ました。
いい男だったんですね〜 私も若い頃はなぁ……(笑)
時代が?
石段下の説明板ですが……、役の行者様は飛鳥時代の人なので平安末期に
布教して回るはずはないですよね???
まあ不老不死の仙人になられたであろうといわれていますから、
現代に出てこられても不思議はないですけどね(うん)
役行者は修験道の開祖といわれている方で、仏法を厚くうやまった
優婆塞(僧ではない在家の信者)として若くして雲に乗って仙人と遊び、
孔雀王呪経の呪法を修め、鬼神を自在に操っていたそうです。
役の行者様
しかし、鬼神に命じて大和国の金峯山と葛木山の間に橋をかけようとしたところ、
葛木山の神である一言主が人の姿で文武天皇に謀反を讒言、
天皇の使いには捕らえられませんでしたが、親孝行なため母を人質にとられると
おとなしく捕らえられます。
そして伊豆島に流されますが昼だけ伊豆でおとなしくし、夜には海を走り富士山に
登って修行していたそうです。
大宝元年(701年)正月に赦されて帰り、その後仙人となり各地に現れたそうです。
梵字
すごいところに梵字が彫ってありますね〜(驚)
日本には仏教伝来と共に伝来しましたが、難解なために文字自体を仏法の神聖なものとして崇めたそうです。
梵字2
あのような場所に梵字を彫るとは、やはりこの山は厳しい修行の山だったんですね〜
修験道は日本各地の霊山を修行の場とし、厳しい修行を行うことによって
超自然的な能力「験力」を得、衆生の救済を目指す実践的な宗教です。
密教と結びついて平安時代ごろから盛んに信仰されるようになり、明治の
修験道禁止令が出たときには17万人もの修験者がいたそうです。
当時の人口(4000万人以下)からするとすごい数ですね。
多良岳権現峰
和銅年間頃、行基が阿弥陀、釈迦、観音の三体を刻み、太郎岳三所大権現として
納めたと伝えられていて、”太郎岳” が後に 「多良岳」 となったようです。
でも、今度は ”行基様” ですか〜 このコースすごいですね〜
我が国の古代仏教関係ビッグ3の名前が次々と登場してきますよ(大驚)
しかしここも政治の犠牲となり、明治の神仏分離で権現様が外されて
現在は太良嶽神社上宮(麓の太良町に太良嶽神社下宮)となっています。
石祠は大正12年に造られていますが、基礎石は江戸時代の権現様時代のままです。
その頃はどのような立派な建物があったのかな?
明治になって権現様(阿弥陀、釈迦、観音)はいなくなりましたが、
山の名前は未だに 「権現峰」 と呼ばれています。
展望
風が強く長居はしませんでしたし、前岳へも座禅岩など強風にあおられると
危険なために行きませんでした。
私以外の人たちも同じ考えのようで、そのためにピストンが多く、
鎖場あたりでは渋滞もありました。
雲仙は雲をかぶっていますので山頂はさぞや風で寒いでしょうね〜
展望2
権現峰から 「経ヶ岳」 のよく見える場所がありますが、そこのベンチで食事をされていましたので、
遠慮して草葉の陰から(笑)写しました。
風が
いいですね〜
この色と形!!
ただ写しにくいんですよね〜
ただでさえ暗い岩場に咲くのに、今日のような強風が吹くともうお手上げです(うん)
9割以上がぼけ写真でした!!
多良岳の花たち
今日出会った花たちです。
左から 「ヌスビトハギ」 「ヤマホトトギス」 「オトギリソウ」 です。
そういえば 「ナガサキオトギリソウ」 の勉強する予定だったけど、ビッグネーム3人で今回は大変でしたからまたの機会にしよう(うん)
多良岳の花たち2
こちらは 「ハエドクソウ」 「ヤブミョウガ」 「ムラサキニガナ」 です。
逆ですが
「イワタバコ」 とは逆に風の無い北斜面にたくさん咲いているのですが、
花持ちが悪いのか痛んでいる花が多くてなかなか素敵な株にあたりませんでした。
その中で本日一番のべっぴん 「クサアジサイ」 さんです(笑)
楽しみだったのにな
数ある佐賀県の銘酒の中で一番好きなのがこの 「能古見」 です。
多良山系に来たときには必ず買っていたのですが、ここの直売が無くなってからは
買って帰れなくなりました(残念)
販売している店舗が少ないのでなかなか飲めないんですよね〜(悩み)
