石  井  樋



2009年12月23日

復元遺跡を見学に行きました


残念      予定変更      神社      整備      水功之碑      説明板      大井出堰      昔の
      天狗の鼻      石井樋      水ものがたり館      復元模型
      成富兵庫茂安      少年・青年時代      蛤水道      銅の鳥居      もう遅い                  

残念

残念

 リハビリ登山もそろそろ終わりに近づいてきました(喜)

 今日は少し歩く時間を延ばして、1時間程度で登ることのできる山を探します。 

 しばらく冷え込んだので、「天山」 等の高い山はまだまだたくさん雪が残っています。

 かなり脚の方は回復したとはいえ、雪道で滑るとふんばりはまだききません。

 そのため、選考の対象になるのは低山で、検討するガイドブックはいつものように 「新・分県登山ガイド  佐賀県の山  山と渓谷社」 です。

 う〜ん……、これらが今日の候補だな!
 「土器山」 か 「金立山」
 今日は地区の除草作業もあったので遠出はできないから、自宅からの距離も登山時間もばっちりです。

 ……、よしっ!  なるべく近い方にしよう

 「金立山」 に決定!!

 ところが……、近くに来てみると雨が……(悲)

 平坦部は降っていないので、どうも今日の天気は山だけが雨のようです。  

予定変更

予定変更





 基本的に雨の日は登りたくないので予定変更です。



 しかし、高速まで使ったのでせめてどこかに寄りたいと考えた結果、大和IC近くの 「石井樋」 に行くことにしました。

神社

神社

 まずは神社がありましたのでお参りしてから出発です。

 説明板がなかったので(見つけられなかっただけかも) 誰が祀られているかはわかりませんでした。  

整備

整備

 整備されましたね〜 

 ここには何度か来たことがあります。

 佐賀の小学生は、学校で郷土の偉人として必ず 「成富兵庫茂安」 を習いますので、息子が習ったときに連れてきましたが、その時は駐車場もなく狭い道路脇に停めて散策しました。

 周辺は荒れ放題で説明はありましたが、何が何やらわからずに幻滅して帰ったのを思い出します(懐)

水功之碑 水功之碑

水功之碑

 大きいですね〜 

 水利の神様 「成富兵庫茂安」 の功績をたたえた記念碑です。  

説明板 説明板

説明板

 「大井出堰」  「象の鼻」  「天狗の鼻」 の説明板です。 

大井出堰

大井出堰





 復元された 「大井出堰」 です。



 後方に 「天山」 が見えるアングルですが、残念ながら雲がすっぽり! 

昔の

昔の

 発掘された、昔の 「大井出堰」 です。

 発掘した後は、壊れないように土をかぶせてあります。 

天狗の鼻

天狗の鼻







 「象の鼻」 の根元から見た 「天狗の鼻」 です。

石井樋 石井樋

石井樋

 「石井樋」 の説明板ですが、肝心の 「石井樋」 を写し忘れていました(反省) 

水ものがたり館

水ものがたり館

 「石井樋」 や 「成富兵庫茂安」 について説明してある、「水ものがたり館」 です。 

 無料なのでさっそく入場してみます(笑)  

復元模型

復元模型







 入ってすぐに目につくのが復元模型です。 

成富兵庫茂安

成富兵庫茂安

 そして、次に目につくのが 「成富兵庫茂安」 についての説明です。 

少年・青年時代 少年・青年時代

少年・青年時代

 最初から河川設計士ではなかったんですね!

 それも、武士として 「豊臣秀吉」 の命で朝鮮に渡っていたんだ(驚) 

蛤水道

蛤水道





 「成富兵庫茂安」 の3大事業と言われているなかの一つ、



 「蛤水道」 



 についての説明です。



 ここは、山好きの人たちが、「脊振縦走」 をする場合に必ず通る場所です。  

銅の鳥居

銅の鳥居







 どこかで読んだ記憶があるのですが、英彦山 にある 「銅の鳥居」 はやはり佐賀鍋島藩が作ってたんだ(納得) 

もう遅い

もう遅い

 水ものがたり館を出ると、雨雲がとれて 「金立山」 山頂付近が見えていました(驚) 

 もう、今から登ろうという気力は湧いてきませんね!(残念)

 意外と狭い範囲に史跡が収まり、散歩には少しもの足りませんのでもうひとつくらい歩く場所を加えた方がいいですね。  

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