『ウルトラライトハイキング』のページ


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『ウルトラライトハイキング』という本について(金子みすゞ風総括)

『長期縦走原論』と『ウルトラライトハイキング』の比較対照表(類似表現や言い回しの数々をご検証下さい)


 『ウルトラライトハイキング』
山と渓谷社
土屋智哉著
2011年2月25日発行
                     292g
『長期縦走原論』
私家版
山姥とその仲間著
2007年6月1日発行
2009年4月24日校正版発行
 622g


 このページは、『ウルトラライトハイキング』と拙著『長期縦走原論』における表現、言い回しの類似性について、検証するための叩き台として作成したものです。

 『ウルトラライトハイキング』という本の存在を知ったのは、筆者から直接送られてきたからです。まさか『長期縦走原論』と関係ある本とは思ってもいませんでしたが、パラパラと眺めていて怪訝な感を受けました。
 何もこの本を『とんでも本』とは思いませんし、山歩きの本としては極標準的なレベルです。

 しかし、気になったので類似表現を比較した対照表を作ってみました。気の進まないやっつけ仕事ですから、不足の点や思い過ごしの所もあるかもしれませんが、類似表現、言い回しが多く驚きました。
 以後、弁護士と何度も相談を重ねました。
 まず対照表(掲載したものの初期版、コメントなし)を添付して出版社の意向、著者の考えを確かめたところ、剽窃には当たらないとの見解でした。当方の見解とは異なります。

 相手は老舗の山岳書出版社、今をときめくウルトラライトハイキングの伝道師かつ専門用品店主、それに対し当方は単なる趣味の一私人。きっちりと司法の場で結論を得たい反面、一介の個人にとって彼らを相手にすることは、物理的にも精神的にも大変負担が大きく躊躇しています。また、唯一の証拠である比較対照表をもっと正確に厳密に完成させ、自らの主張をより確かなものとする必要も感じます。

 そして悩みましたが、今のところは取りあえずキッチリ資料(対照表)を作り上げ、最終手段に訴えるのはそれからでも遅くはないと考えるようになりました。

 『長期縦走原論』のページ』には、『ウルトラライトハイキング』に対する総括批評と、比較対照表をアップしたものの、アクセス数は極少です。そこで、新たにサイトを立ち上げ多くの人からの意見をお聞きして、比較表作りと今後の対処の参考にさせて頂きたいと思いました。(2011.9.29.記)

ご意見、お気づきの点や間違い等ありましたら、何なりとご教授頂ければ幸いです。
  e mail:  juusou3192*yahoo.co.jp (*を@に変えて下さい) 
 3.11フクシマ後の世界になって、そしてこのページを作りました

 3.11東日本大震災により、三陸海岸一帯全てに渡る広大な地域が壊滅的被害を受けました。さらに追い打ちをかけるように起きた東電福島同時多発原発事故により、この小さな国に、放射線量が高くて人が住むのに不適当な何百平方キロメートルもの地域が生まれ、その人災被害はまだ現在進行中です。3.11以前の一般人に対する年間被曝許容限度を適用すれば、500万人以上を強制避難させなければならないほど甚大な被害です。

 今では3.11直後のゾクゾクした感覚にも慣れ、茹でカエル状態になってしまっています。アウシュビッツでさえ音楽会が開かれていた様に、人はどこまでも慣れるもののようです。しかし、これから何万年、少なくても数百年は厳重な管理が必要な放射能と付き合わざるを得ない現実の重さに心が沈みます。原発というパンドラの箱から放出され続ける放射性物質.。箱の中には、まだ膨大な量の放射性物質とたぶん「希望」が残っています。もちろん現在も、事故を起こした原子炉と使用済み燃料貯蔵プールの安定冷却はおろか、中にある放射性物質を閉じ込める目処さえ立たない状態が続いています。

 有史以来、どんな天災でも数十年後にはほぼ回復され、大抵は元の場所で普通の生活が戻っていたのに対し、人類の知恵がもたらした核、原発事故により放出される放射性物質は少なくても何百年もの間、人が安全に住めない土地を作り出してしまいました。放射能に汚染された土地、海から得られた食料も全て汚染され、ヒトの体を蝕み続けます。もちろん、現在保管中の大量の高レベル放射性廃棄物も非常に発熱するため、100年くらいは冷却し続けないと容器が溶けて放射能が漏れてしまいます。その後、子々孫々、何万年後かに安全な放射線量になるまで隔離し続けなければなりません。自然に任せる(その物質の持っている固有の半減期により、放射線量が減るのを待つ)以外、放射能をなくする手立てはないからです。放射能は、まるでパンドラの箱から出たあらゆる災いや不幸や悪そのもの。早く箱のフタを閉めないと、希望まで出て行ってしまいます。

 しかし、これだけ未曾有の大人災が起きたにも係わらず、まだ電気のために原発が必要と考えている日本人がいることには、怒りさえ起きません。余りの当事者意識のなさ、現実感の欠如に、命より経済活動を優先する思想が伺え情けない限りです。国旗国歌を守ることが愛国の証という考えを持つ人々と、全く同じ倒錯です。原発による発電コストが安いと言っても、そこには事故の場合の莫大な賠償金も、核廃棄物を何万年も隔離保管するための費用も殆ど含まれていないとは呆れるだけです。
 10年10月、69年日本が西独に対し、核兵器開発を持ちかけていたとのNHKのスクープ報道がありました。日本の防衛のためいつでも直ちに核兵器を作る能力を持つために、核兵器に必須のプルトニウム確保のために原発を増やしてきたのでしょうが、その事故により緩慢で広範な核攻撃を受けたような事象を招いたのは、唯一の被爆国であるはずのこの国にとってなんと皮肉なことでしょうか。
 「「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう」(伊丹万作)、「問題は過去を克服することではなく」「心に刻むこと」とのヴァイツゼッカーの演説を思い出しました。

 静岡県でも基準以上に汚染されたお茶が見つかっていますから、南アルプスにもホットスポットが出来ているに違いありません。しかし、日本で生きる限り否応なく3.11後の世界を生きるほかありません。それでもまだプレ・プレ・『風の谷のナウシカ』の世界です。悲しい時代が始まってしまいましたが、希望はまだ残っていると信じたいものです。

 しかし、日本開闢以来最大の危機の中、不謹慎な行為ではと思ったのですが、『長期縦走原論』と『ウルトラライトハイキング』について比較するページを作りました。

 今回は叩き台として、3.11後の原発ぶらぶら病の中、『ウルトラライトハイキング』について(金子みすゞ風総括)気づいたことを覚え書きとして書いてみました。 『長期縦走原論』と『ウルトラライトハイキング』の比較対照表の類似表現や言い回しの数々をご検証下さい。

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