○台湾親善訪問の感想文                          

 台湾親善訪問を終えて

三河一宮第1団 (団長) 二橋 一彦

 

 去る816日から20日の間、全国神社スカウト協議会主催で台湾へ親善訪問をし、所期の目的を

達成して、無事終了することができました。御協力深謝します。

 今回の訪問は、第10回神社スカウト全国大会参加者の所属団、北極星童子軍(中国童子軍第1929301団、中華民国女童軍第300301302団の総称)が創立55周年を迎え、国際大露営を開催することから招待を受けたものです。

 本露営には、日本のほかマレーシア、香港、澳門と台湾の友団が参加し、総勢約450名という大規模なものであり、一育成団体が遂行する大会内容には驚かされました。また、参加各団がそれぞれコーナーを設け、スキル・ロ・ラマを展開し、大会を盛り上げました。

日本も折り紙、茶道、食文化(伊勢うどん、博多ラーメン)、神宮の紹介のコーナーを設け、友好の場としてその役目を果たしました。

 スカウトたちは、17日午前・午後、18日午前の選択プログラムに挑戦、中でもオリエンテーリングでは、満点をだすスカウトもおり、その成果は見事でした。

 国際の夜、キャンプファイヤー、感謝の宴では、随分はしゃぎ、日本にはない雰囲気にのめり込んでいましたが、台湾始め外国スカウトは声が大きい、元気があることなど、そのパワーに圧倒されたことでしょう。キャンプ全般を通じて、学ぶべきところはたくさんあったと思います。取捨選択して、原隊で大いに活用してほしいものです。

 2泊3日の短かいホームステイでしたが、ホストファミリーの暖かい持てなしを受け、台湾家庭での生活体験ができ、台湾の歴史や伝統文化の一端にふれることができたことと存じます。

今回の親善訪問で学び得た良き体験を大切にして、今後のスカウト活動に、また、日常生活の上に生かして、心身ともに成長して頂きたいものであります。

更に、今回の親善訪問に参加の機会を与えて下さった両親、またリーダーに感謝するとともに、キャンプの企画、運営に携わられた北極星童軍団の皆さん、ホームステイを受け入れて下されたホストファミリーに感謝して、「スカウトはみな兄弟・姉妹」の理念をもとに、活動をともにしたスカウトと末永く文通して、友情を深め合い、国際友好親善につとめて頂きたいものと念願いたします。

最後に、全く心配することなく、楽しく、有意義に親善訪問ができましたのは、準備の段階から万端にわたり、御高配を頂いた北極星童軍団の皆さんの献身的な御奉仕の賜もので、衷心より深甚なる感謝を申し上げる次第であります。                 

謝謝

北極星童子軍団55周年記念国際大露営に参加して

 

全国神社スカウト協議会台湾親善訪問団

              副団長 猿 渡 昌 盛

 

平成20年8月16日より20日まで、中華民国(台湾)東北部に位置する台北県金山郷、青年活動中心(青年活動センター)キャンプ場にて開催された、北極星童子軍団55周年記念国際大露営(台北北極星ボーイスカウト発足55周年記念の国際キャンポリー)に、全国神社スカト協議会台湾親善訪問団41名の一員として参加する機会を得ました。

神社スカウトにとって4年に一度の伊勢大会は、神社を活動拠点とする神社スカウト相互の友情を深め、日頃の訓練の成果を発揮出来る楽しみな大会であります。又、台湾より北極星童子軍団のボーイ、ガール両スカウトにご参加頂き、日台のスカウトが交流を深める大変意義深い大会でもあります。 

今回参加した北極星童子軍団55周年記念国際大露営は、北極星童子軍団設立55周年記念の大会でありました。参加依頼を受けた全国神社スカウト協議会が伊勢大会に北極星童子軍団が参加して頂くお礼のを兼ねて、参加を希望する神S協各団より「訪台神社スカウト隊」を集い参加致す事となりました。台湾を訪れる事は、海外で初めてのキャンプ体験と共に旧知の台湾のリーダー達との再開を楽しみに致しました。

今回のキャンプの主会場で有る「青年活動中心」は、宿泊施設はもとより食堂、集会場、野営場や舎営設備、キャンプ広場、海水浴場を備えたスカウト活動に羨ましい環境を備えた場所で有りました。運営面では、海外では有りがちな打ち合わせ事項の食い違いや、予定時間の変更は多々有りましたが、北極星童子軍団の細やかな配慮には驚くと共に深く感謝致す所であります。一例として、配布された記念大会の参加帽子には、リーダー各自の氏名が刺繍糸にて縫い付けられていました。又、配布された食器袋にはお箸とナイフ、フォーク、アルミの平皿、ボール皿が入っており、参加記念の思い出として、又今後のキャンプ用品としても重宝致した次第であります。

プログラムの中で驚くと共に印象に残ったのは、朱色の漆弾を使用するサバイバルゲームでありました。参加者は、当然ながら銃の取り扱い方法やルールの講習を受け、防弾服と安全メガネを着用しますが、圧縮空気にて発射される弾は、日本のエアーガンが幼児のおもちゃに思える程の威力で、血気盛んなスカウトの事、国籍や男女を問わずに人気のプログラムで有りました。台湾では、年齢が20歳を迎えると役男と称され、1年2ヶ月間徴兵にて軍事訓練を受けます。つまり、男性リーダーのほとんどは軍隊経験者であり、プロの兵士?でありました。平和ボケした日本の教育関係者には、想像出来ない海外ならではの選択プログラムで有りました。

折り紙コーナーや野点、博多ラーメンに伊勢うどん。夜空を焦がす熱気球、台北市内で開催された祝賀会。思い出は尽きませんが、3年後の第11回伊勢大会では、林茂栄団員長を始めとする北極星童子軍団のリーダー達との再会を楽しみに致すと共に、今回参加した日台のスカウト達が、本大会を通じて深めた友情と経験を生かし、伊勢大会の中心的スカウトとして活躍してくれる事を楽しみに致しております。

 

台湾親善訪問団に参加して

 

                   名古屋第23団(愛知連盟副理事長)

                          武田 正典

 

私は過去に三回、姉妹団として、北極星童軍に友好親善を目的に周年行事に参加した。

 過去の訪台の折に車中より、金山青年活動センターを垣間見た程度であったが、実際に参加して、諸施設、付帯施設の整ったのに驚いた。ゲストハウスはホテルを思わせた、また温泉施設も隣接、海水浴場もその先百メーターにあった。

 参加団も国際色豊でマカオ、マレーシィヤ、ホンコン、日本、そして台北、台中の友好の参加で総勢四五〇人を越える人員にも驚く。

 最初に到着受付での配布品はキャップ、ポロシャツ二枚(長袖、半袖)懐中電灯、スカーフ、マイコップ、箸、スプン、日程表など豪華版だった。

 今回はプログラムに重点を置くため、炊飯は無く、全て支給、食堂でバイキングだった。初日の夕食は少し遅れたが他は概ね良好であった。

 開会式は食堂の二階の大講堂で行われた。

プロかと思われる二人のスカウター(男女)の軽妙な司会に圧倒された。日本語も所々混ぜての進行で助かる。

 始めに五十五周年のお祝いのプレゼンティイション、記念品の交換に続き、国際交流はそれぞれ参加隊が趣向を凝らしての歌や踊り、スタンツに舞台も客席も盛りに盛り上がった。些か驚いたが今、若者の間で流行中の物なのか舞台前に駆け寄る。

 我が日本隊は伊勢神宮の御木曳の木遣り音頭を披露した、白の法被に振り幣をかざして堂々と歌い上げた。三時間ほど若者の熱気にやられた。

 舞台と客席とのやり取り反応は早く、積極的動く、日本スカウト活動では見られない光景であった。

 二日目は選択プログラムが始まった。

 日本隊のリーダーも会場となる雨天用の屋外講堂でプログラムの展開に協力した。内容は折り紙、呈茶席(抹茶)を準備し開設した。十一時半頃からは日本から持参した伊勢うどん、長崎チャンポンをオープンした。

 プログラムを中休みして、午後一時半バスで法鼓山へ参拝に行く、台湾の新興宗教(観世音菩薩を祀る)教祖は立正大学卒との事である。

 山の中腹に建つ大伽藍は寺と言うより、役所か官公庁と言った感じだ。参拝者は多く、係りが丁寧に案内する。映像での由来や宝物など拝観する。一般参拝者も物見遊山ではなく信仰の場、道場と見立てていた。

 三時頃より午前に引き続きお茶席を開設、スカウトたちに作法の指導、日本から持参した干菓子の「和三盆」は好評だった。また、伊勢うどん、ラーメンも長蛇の列作り完了した。

 午後、一時雨が降り、営火が出来るか心配であったが間もなく止み、予定通り行う事が出来た。四、五百人の営火は大変だが良くやった。中ほどで以前見た事のある、「天渓天燈節」(旧暦の一月十五日)の行事で小さな熱気球(大きさは高さ一五メートル、直径一メートルの和紙の袋を逆さにした物)で本当はこれに願いを書く、中央下部の油を湿らした紙束に点火、あたかも大きな提灯が夜空に舞い上がる、数は四、五十個、星かと思うほど小さくなるまで天に昇った。スカウト達には印象深いものと思う。

 日本隊は盆踊り「炭坑節」を演じた、祭りの団扇を一五〇本持参、外国スカウト持参、外国スカウトに配り一緒に踊った。

 三日目は午前のプログラムは海水浴だった、サイトから徒歩二百メートル、我々の貸切りだ。昼前に帰営徹営、荷物の集積、午後二時野外講堂で閉会式、いよいよホームステイ、受け入れ家庭に引き渡して、リーダーは台北市のホテル(六福客機)に移動する。

 夜は林茂榮氏、林凡埼氏ら主催の夕食会は盛会であった。

 四日目はリーダーの希望で故宮博物院の拝観。私は三回目、入場者の多いのに驚く、人気の展示物には人だかりのため十分見られない。何回見ても素晴らしい。

 午後は林家公園を見学する。

 夜は今回の参加者とホームステイの家族も含めての大食事会五百人ほどの参会者は壮観だ。途中からカラオケが入り、舞台で演ずる者に合わせて踊るものがあって、舞台に近い我々のテーブルは散々であったが、私も輪に入って身振り手振りと、合わせて踊るはめになった。これらを見ると、北極星童軍が五十五周年を迎えて、これだけ元気で来られた秘密があるように思われる。父兄を巻き込んだ和気藹藹、家族も取り込む方策が成功していると思われる。

 今回の計画も若い人たちが中心に、一年以上かけて進めてきたと聞く、自由な発想が多く、大人の姿が余り無い事が成功と思う。若い人に任せる、これだ。

 

         スカウト活動の醍醐味

 

                    BS甲府第10団 長田 佳忠

 

 まずもって全国神S協台湾親善訪問団の、二?団長さんをはじめ庶務の皆様には、スムーズな運営と初めて参加した私どもに親切に御指導下さりまして、感謝致します。この親善訪問は、甲府第10団から多くのスカウトが、国際社会を理解して大輪の友好をもとに世界に羽ばたけば、ボーイスカウト活動の本文に添えるのではないか、との思いで各隊に、募集いたしました。男子のスカウトが名乗りをあげると思い込んでいましたが、何と女性のBS=深沢百花さん、VS=樋口愛美さんが名乗りをあげてくれました。何と頼もしく嬉しい思いです。

 会場に到着して各国派遣団はもとより、ひとり一人のスカウトの明るさと、GSスカウトの積極さに目を見張る物がありました。言葉の壁はありましたが、行動すれば分かり合えるのが、スカウト活動であります。日本では体験できない、ハード(ガス銃を使用した戦争ゲーム)なプロ、クラフトなど選択プロに楽しみました。キャンプファイヤーでのスタンツの楽しさと面白さ、腹のそこからの大声で合唱、大輪でのアクション、参加スカウト・リーダーの心が一つとなりました。国内では味合う事が出来ないファイヤーでした。盛り上がりは、ホストファミリーとの「感謝の宴」でもありました。ロックのリズムにのせてのアクション400人が大声援でした。スカウトひとり一人の輝く瞳と、懸命にアクションに乗るパワーとエネルギーを堪能しました。このキャンプの運営は、VSがすべてを進行していたことに、更に頼もしさを感じました。

 裏方に徹した各団指導者の、微細で入念な準備、取り組みに敬服しました。

よき体験とこの国際交流活動の素晴らしさに、更に深みを感じました。原団に伝え、この感動を多くのスカウトと指導者に提供できるよう、せねばならない。

 今回の隊に付かれた指導者の方々には、良き指導を頂感謝いたします。

 

 

         台湾親善訪問を終えて            

 

                    訪問団隊長(神宮宮掌) 吉田 吉里

 

 平成二十年八月十六日から十日までの四泊五日の行程で、台湾の台北県金山郷青年路一号にある金山青年活動センターにおいて行われた、北極星童軍団の創立五十五周年記念大会に日本隊の隊長として参加させていただきました。

 日本からは全国神社スカウト協議会の呼び掛けにより全国の加盟団よりスカウト25名、指導者、事務局員16名の総勢41名の派遣隊を送り込むことが出来ました。この五十五周年大会には地元台湾の加盟団八団の他に、香港・マレーシア・マカオ、そして日本団を加えた総勢約450名の参加者で行われました。

 私達は、中部国際空港より出発しましたが、他の空港から出発したスカウトとは台湾桃園国際空港にて合流し、空港ロビー内において台湾親善訪問団の結団式を行いました。

 私ははじめて会うスカウト達を前に、これから始める親善訪問への不安と期待感で複雑な心境でしたが、上班に指名した地道君を中心に旨く纏まってくれました。

 午後七時からの開会式及び文化交流では、日本隊は六番目に紹介され、二橋団長のご挨拶の後、伊勢の御木曳を紹介する映像を約五分間会場に流し、三重県第一団のガールスカウト松岡さんによる英語による挨拶の後、伊勢のボーイスカウト・ガールスカウトの合同による「木遣り」を披露しました。伊勢からの参加スカウトは、この日に向けて毎週練習を重ね、またボーイ隊のスカウトが振った采(ざい)は、地元の古老に指導を仰ぎ自分たちの手で完成させました。

 十七日の午前・午後、十八日の午前には、スカウト達は陸上・海上・空中活動の三分類からなる選択プログラムに挑戦。各プログラムには、三乃至四名の班単位で参加しました。一方参加隊のリーダーは、お抹茶・おりがみコーナーを開設し、言葉の壁を越えて交流を深めるとともに、参加隊の地元食文化である伊勢うどん、博多ラーメンを紹介するコーナーを併設しました。博多ラーメンには長蛇の列が出来る盛況ぶりで、開会運営側から昼食が食べられなくなるといけないのでと、振る舞いを一時中止するように言われる一幕もありました。

 営火(キャンプファイヤー)では、参加スカウトは唱歌「富士の山」を合唱した後、全員で「炭坑節」を踊り始めると歌が終了する頃には、各国のスカウトを巻き込み三重四重の踊りの輪となっていました。各国のスカウトの出し物も終了する頃には、営火の火も小さくなっていました。その後、大小約六十個の気球(大きな風船の中に火を入れその熱で飛ばすバルーン)を大空高く飛ばし、大会の成功と各国のスカウトの友好を願った。参加スカウトが見守る空は、気球の炎がつくる光により、まるで天の川ように大空高く広がっていく様子に手を合わせるスカウトの姿もありました。

 十八日の昼食後、野営地には嬉しいニュースが飛び込んで来ました。それは、選択プログラムのオリエンテーションで、河野君が400満点を獲ったという内容でした。私は、スカウトの前で本人を表彰しましたが、本人は驚きのあまり終始無言で、すこし可哀想なことをしたのかなと反省しています。

 閉会式後、スカウト達は二乃至三名一組で、台湾市内のご家庭にホームステイさせていただきました。二日間の日程は、各ホームステイ先に任されておりますが、一応に故宮博物院、中正紀念堂、台北101などを観光し、台湾文化に触れる機会を得たようでした。 最終日には、中国童子軍総会と中華民国女童軍総会を表敬訪問しました。

 今回の親善訪問を通じて多くの方にお世話になりました。また全国からご参加いただいたスカウト、リーダーに感謝するとともに、この活動を支えていただいたご家族、団関係者及び各神社の皆様には篤く御礼を申し上げます。

弥栄。

 

台湾親善キャンプに参加して 

 

伊勢7団 BS副長 松岡 弘典

 

 去る8月16日から20日の5日間、全国神社スカウト協議会の主催による台湾親善訪問に、伊勢第7団から吉田隊長始めスカウト5名、私を含め計7名で参加させていただきました。神宮から公式に海外へ派遣団を出すことは発団以来初めてのことだそうで、そういった意味で、大変有り難く思うと共に緊張した気持ちで出発の日を迎えました。セントレアで本隊と合流し台湾へ出発。更に現地で福岡の団と合流し総勢41名が台湾に集結しました。空港で結団式をした後、バスでキャンプ地まで移動しました。スカウト達は早速設営に取り掛かり、夕食後の開会セレモニーと文化交流会に備えました。文化交流では日本を代表して伊勢7団がお木曳き行事の「木遣り」を披露しました。出発前の練習の成果が十分に発揮され、スカウト達の勇姿を見て大変感銘を受けました。

 2日目からは、3人乃至は4人のチームで選択プログラムに参加しました。寺院巡り、砂遊び、オリエンテーリング、サバイバルゲーム、パラグライダー等、陸海空軍の訓練をモチーフとしたプログラムが種々組まれており、スカウト達が意欲的に取り組める内容となっていました。その間、日本のリーダーは外国の方に日本の食文化に触れていただこうということで、ボーイスカウトは伊勢うどんと博多ラーメン、ガールスカウトはお抹茶の奉仕をしました。これは大変好評で行列ができるほどでした。夜にはキャンプファイヤーが行われ、各団がそれぞれ自国の文化にちなんだスタンツを披露しました。日本隊は福岡の団を中心に炭坑節を踊りました。初めは日本隊だけで踊っていたのですが、スカウト達の呼びかけにより、どんどん他国の団が参加してきて大変な盛り上がりを見せました。また、営火の最後には熱気球が飛ばされ、気球の炎が舞い上がり、ほのかに夜空を照らして消えゆく風景は何とも幻想的でした。

 3日目の午前中は、前日と同様選択プログラムをこなし、午後からスカウト達はホームステイ先へと向かいました。ホームステイの間は台湾の観光名所である故宮博物院や台北101を廻るなど、台湾文化の一端に触れる機会があったようです。4日目の夜にはホストファミリーを招いての感謝の宴が盛大に執り行われました。2日間という短い間ではありましたが、スカウト達は互いに交流を深めたようです。カメラのファインダー越しに見る彼らの笑顔がそれを物語っているようでした。

 最終日は中国童子軍、中華民国女童軍の本部を表敬訪問しました。台湾スカウトの日頃の活動状況を知ってスカウト達も大変刺激を受けたようでした。今後の彼らの活動に期待をしたいと思います。

 最後に今回の親善訪問に際し、お世話になりました神S協の参加スタッフ、団関係者及び各神社並びに台湾の団関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

 

全国神社スカウト協議会台湾親善訪問団に参加して

 

                      府中第1団(記録班) 渡邊 平藏

 

この度の台湾親善訪問団において私は記録班として参加致しました。ビデオカメラを片手に、スカウト達の活動や交流風景を撮影していたため、私自身もその近くでスカウト達の様子を窺うことができました。

今回の大会は北極星童軍団55周年を記念するもので、平成20年8月16日から18日まで盛大に開催され、日本からはリーダー・スカウト合わせ41名、その他香港やマレーシアなどからも多くのスカウトが参加していました。また18日から20日まではホームステイを行い、スカウト達にとっては日頃の訓練を発揮でき、そしてまた国際交流の場として大変貴重な体験のできる大会であったと思います。海外ということで環境や言葉の違いはありますが、スカウト達は積極的に活動を行い、英語や身振り手振りでコミュニケーションをとっていました。

私どもは台湾桃園国際空港に集合し結団式の後バスにて会場に向かいました。会場は台北県金山郷「青年活動中心」というキャンプ場で台湾の北東部にあり、空港からは1時間程の場所で、海水浴場に面し、広大な敷地と様々な施設を備えた場所でした。この中で行われるプログラムはどのようなものであろうかと期待を膨らませスカウト達と共に開会式・文化交流に臨みました。開会式・文化交流では日本も含めそれぞれの団ごとに自国文化の紹介等を行いました。台湾のスカウトのエネルギー溢れるパフォーマンスに驚かされ、そして全員一丸となって大会を盛り上げようとする姿には感動を覚えました。

翌日からは選択プログラムへの参加のため、スカウト達は班毎での行動となり、私も行動を共にしました。その中でも驚いたのは、サバイバルゲームのプログラムで、日本では考えられない程の実戦的なものでした。防弾服とゴーグルを着用し、銃の取扱いについて説明を受けた上で参加するものです。当てた数の多い方が勝利とのことで、スカウト達も懸命に挑戦していました。まさに海外ならではのプログラムであったと思います。

選択プログラムの間、会場内には各国の食文化を紹介するコーナーが設置され、日本では「伊勢うどん」と「博多ラーメン」を振る舞いました。日本食コーナーは盛況で、長蛇の列ができるほどでした。

夕刻からは営火が行われ、台湾訪問団では、「富士の山」を合唱し「炭坑節」を披露しました。踊り始めると他のスカウト達も巻き込み大変な盛り上がりを見せました。また、営火の最後には幾つもの熱気球を飛ばし、夜空に輝く様子が美しく、これも海外ならではのフィナーレであったと思います。

大会最終日、午前はそれぞれに海水浴などの選択プログラムに参加し、撤営、午後に閉幕式の後、2から3人の組に分かれホームステイへと向かいました。最初は緊張した面もちでありましたが、大会中に交流を深めた台湾スカウトの家庭ということもあり、すぐに家族と打ち解け、台湾の家庭を通しその文化を肌で感じることができたのではないかと思います。

この度の台湾親善訪問団の4泊5日の間、スカウト、リーダー共に台湾のリーダーの皆様には細やかなご配慮を頂き深く感謝いたします。今後も一層の親交を深め、そして今回参加したスカウト達がこの経験を活かして活躍することを願います。私自身も今回の大会を通して発見した見習うべきことを今後の活動に活かしていく所存でございます。

今回の訪問団に参加させて頂き、お世話になりました皆様に厚く御礼申し上げます。

 

北極星童軍団55周年国際大露営に参加して

 

名古屋23団 団委員  羽根田 郁子

 

 今回は全国神社スカウト協議会にての参加で中部国際空港及び福岡空港、成田空港からの方も有り台湾桃園国際空港にて合流いたし結団式後金山青年活動中心へ伺いました。

桃園国際空港へ出迎えてくださった中に王君と阮君が来てくれて、彼らは当時(一昨年)は六年生でお父さん、お母さんに混って私達に色々と接待をしてくれていましたが、今回お目にかかり背も高くなり、すっかり立派な青年に成りびっくりいたしました。キャンプ地は何時も伺っていた陽明山キャンプ場ではなく、金山青年活動中心でした。海辺が近く、とても広い敷地で陽明山とは違い木陰が少なく大変暑かったです。

しかし、各隊が選択プログラム通りそれぞれをこなし、私達が行なった呈茶はめずらしさも手伝って結構参加していただきました。少しは日本文化の垣間を感じてくれたのでは・・・と思っています。中でもマレーシアから参加の廖月榮さん、傅采詩さんが熱心にお茶の作法を聞いて飲むときの三口半が通じず普通のお茶を飲む様にゴクゴクと一息飲みで終わりました。でもよかったのではと思っています。

17日夜のキャンプファイヤーは色々な出し物で大変楽しく日本隊も負けずに炭坑節で盛り上がりましたが、ふじの山の歌は上品すぎて、もっと元気に歌えたらと思いました。19日の感謝の宴はホストファミリーも交えて総勢400人と聞いていますが、それは大勢で、どこの国の方か解らないくらいで皆それぞれ舞台に上がって歌を唱って楽しみました。

テーブル席の隣りの席が司会をして下さった王怡心さんでした。羽根田さん“青春時代”でいきますよと云われ、何かな?と思っていたら日本隊全員で唱う事でした。テーブル席で手拍子を取っていらした方も全員舞台へ上がって肩を組み、上手下手とは別に心一つに皆で唱い、それはそれは楽しかったです。いつもながらの心温まる歓迎、心からの心遣いに本当に頭が下がります。

尚、この度のキャンプは、東京、福岡、山梨、三重等他県の皆々様と親しくしていただき友情の輪がひと廻りもふた廻りも大きくなった気が致し、よい思い出と成りました。この友情がいついつ迄も末永く続きます事を祈っています。終りに今回のキャンプの参加に対し種々お骨折りをいただきました神社本庁の橋野加津夫様、事務局の大原和生様本当にありがとうございました。

 

台湾親善訪問を終えて

 

名古屋56団 団委員 神谷 百々代

 

 初めに、北極星童軍団、創立55周年おめでとうございます。私は、この永く、素晴らしい伝統ある活動に5度の参加をさせて頂きました。50周年記念の行事の時もそうですが、毎回、毎回本当に感動させられる場面ばかりで、北極星童軍団のリーダーやスカウトの皆さんの強い絆、信頼関係、あたたかい指導力の強さ、「輪」、「和」どれをとっても感心して勉強させられました。スカウト達の明るくキビキビした行動、規律正しく礼儀正しい行動等、本当に気持ち良いものでした。

 今回、香港・マレーシア・マカオのスカウトとも一緒で総勢400余名。皆さん若さにあふれ金山のキャンプ場が別世界に感じられたのは私ばかりではないと思います。「国際の夜」の各国の出し物、このときは日本も負けず頑張ってくれましたし、キャンプファイヤーの時も・・・ボーイ、ガール一緒になり、又、リーダーもまったく同等の位置で行動する素晴らしさ・・・常に一体となり楽しむ姿には驚くばかりでした。「国際の夜」のボーイの上半身裸で腕を組みおどる姿・・・なんと可愛く堂々としていたことか・・・又、キャンプファイヤーの時の各々の出し物では色々趣向をこらし「静」と「動」「粛」をとり入れた素晴らしさ、400名という人数を金山青年活動センターという広大なキャンプ場で、のびのびと盛大に行われ、参加した事に興奮をかくしきれません。

 日本のスカウト達をホームステイさせた後の二日間は台北市内での行動だけでしたが、私達は今まで何度となくお会いし親しくなったメンバーの多くの方達と友好を深める事が出来、又、台湾という国が身近に感じられ、うれしくなってしまいました。

 日本のスカウト達も各国のスカウト達と別れるときの光景を見ていると私と同じ考えで、仲良く別れを惜しんでいる様子を見て、彼らも素晴らしく上手にとけ込めたと、本当に「うれしい」の一言でした。これを機会に彼らも大いに成長し、国際色豊かな人間になってほしいと思います。本当に良い経験を私もスカウト達もしたと自負しております。

 これも大神様のお導きの基、この機会に恵まれ、参加できた幸運に感謝したいと思います。

 又、お世話頂きました団長様はじめ各リーダーの皆様、本当にお疲れ様でありがとうございました。

 

おもてなしの心

 

三重県第7団 ジュニアリダー 中尾 みどり

 

「?好」空港に着くと、現地の方々に迎えられました。行くまでは、ドキドキ、ハラハラ、不安な気持ちでいっぱい。早速バスに乗り込み、金山青少年活動センターへ向かいました。

 ここで各班に分れ、キャンプサイトへ、ほとんどのテントは建っていて、私達日本隊は最後、でも15分ほどで建て終り、おやつタイム。キャンプ場をいろいろ散策しました。海馬広場では現地GS達が、かわいいネズミ・ブタのペーパークラフトのランプを作っていて、私達も教えてもらい、早速名刺交換。

夕食は、レストランでバイキング。豪華な食事ではなかったけれど、地元で取れた野菜炒めやじゃがいもの煮ころがし。何杯もお替りしました。その後の文化交流会、絶妙な司会者のもと各国各団の紹介、歌や踊りの披露、私達日本は、三重県が代表して、伊勢神宮お木曳きの木遣り歌を披露。練習の成果もあり上々の出来で拍手喝采でした。出し物が終りに近づくと、みんなでいっしょに歌ったり(言葉はわからなかったけれど)踊ったりと、司会者の上手な盛り上げで、この国際の夜が終りました。

次の日は、私達日本隊の“おもてなし”。スカウト達は、各プログラム参加で不在。リーダーのみの、お茶会となりました。名古屋のリーダーといっしょに、お茶席を作りました。当日の大原さんに、いろいろ調達していただき、ようやくお客様を迎えることができました。まずは、席に正座して、お茶菓子をいただき、お抹茶を飲んでいただきました。日本語で「おいしい?」と聞くと、「おいしい!」という答が帰ってきました。迎えた私達も、初めてお抹茶を飲んだ人達の満足した笑顔がほんとうに嬉しく感じました。BSのリーダー達の伊勢うどん、長崎ラーメンも、完売したそうです。言葉はわからないけれど、筆談、身ぶり、手ぶりで何とか気持ちは通じたようです。私達もまた、中国茶を入れていただき、日本の作法と違うおいしいお茶をいただき、楽しい交流ができました。

夜のキャンプファイヤーの演出の素晴らしがった事。盆踊りではないけれど、「踊らにゃソン、ソン」ファイヤーの回りで、リーダー、スカウトもいっしょになって、楽しみました。また次の日の夜の感謝の宴の時も、初めは緊張していて、なかなか雰囲気になじめなかったけれど、司会者や回りの人達とワイワイやっているうちに、「これは、みんなといっしょに楽しまなくては!」いつの間にか、舞台に上って、歌ったり、踊ったり、自分でもびっくり、日本人の遠慮がちな、ひかえ目な気分が、台湾の人達のパワーに押されてしまい気持ちが全開してしまいました。

“いつも、こんな雰囲気で、いっしょにいる人達を、もてなすのだなぁ”と、いろいろな集い(交流会、キャンプファイヤー、感想宴など)に出て見て、「おもてなしの心」というのを学びました。私も、日本に帰ったら、この気持ちを忘れずに、日常生活、スカウト活動に生かしていきたいと思い、今回の親善訪問は有意義な4泊5日でした。

 

 

私にとっての台湾親善訪問

 

           ガールスカウト三重県第1団シニアリーダー 浦野 公子

 

このたびは『台湾親善訪問』に参加させていただいて本当に有難うございました。

日本隊41名のひとりとして、楽しく充実した貴重な経験をさせていただきました。

今は、全員無事に、ケガも病気もなく、日本に帰ることができて心の底からホッとしています。あっという間の5日間でしたが、中身の濃い、忘れられない思い出となりました。

この台湾親善訪問は、自分にとって、たくさんの課題を積み込んだ、今まで体験したことのない、まさに未知の扉を開けようとする大冒険()でした。

出発のときは、期待と不安の入り混じった気持ちに大きな責任が重くのしかかっていました。

台湾の桃園空港に到着後、結団式が行われました。ほとんどが初対面の顔合わせでした。スカウトたちは4班にわかれました。1班2班3班は日本各地のボーイスカウトの混成、4班は全6名の三重県第一団のガールスカウトということになりました。

1日目、テント設営のあと夕食。そして開会式、文化交流、国際の夜と進んできます。いろんな出し物を見て笑ったり拍手したりして楽しみました。私達は『木遣り』を披露しました。吉田隊長のリードのもと、伊勢7団の5名と一緒に何度も練習をもったおかげで準備は万端でした。はっぴにはちまきの姿で、扇子を使って堂々と『木遣り』を支える“合いの手”ができました。

2日目、朝の会では、各自の氏神様に対しての遥拝をしました。日本の方向に見当をつけての遥拝は心引き締まるものがありました。選択プログラムでは、スカウト達が出かけている間、愛知のボーイスカウトの羽根田リーダーと神谷リーダーのペアと三重のガールスカウトの中尾リーダーと私のペアでお呈茶(お抹茶)をしました。流派の違う表千家と裏千家が向き合ってお茶を通じたおもてなしをしました。もの珍しさもあってか、大変な盛況でした。忙しさの内に、お互い遠慮がちだった女性リーダー4人は和気あいあいとした雰囲気の中でカバーしあい、息もピッタリになりました。温かい友情をいただいてほのぼのとした良いお呈茶ができました。

そしてその夜はキャンプファイヤー。ファイヤーへの点火がドラマチックで火の神の演出にも感心しました。さて、日本隊の出し物は『炭坑節』です。「掘って掘って又掘って…」と周りを巻き込んで大きな輪になってみんなで踊りました。台湾に来ての2日間が昇華されていくようでした。そしてその頃には日本隊がしっかりとまとまることができました。キャンプファイヤーのフィナーレでは、大きな気球に点火をして空に飛ばしました。ゆらりゆらりと、でも思いのほか早く空高くあがっていきました。そしてそれは遠く遠くまるで星の輝きのようになりました。あんなに歌い踊りにぎやかでいたのが、静かで名残惜しい終幕となりました。

3日目は、朝の会、朝食、選択プログラム(水泳)、昼食、徹営、閉会式と慌ただしくこなした後、ホームステイの引渡し式でした。スカウト達はホストファミリーと対面し、各2名ずつ分かれていきました。その日、日本隊のリーダー一同は、台湾の童子軍のリーダー達の歓迎を受けました。それはとても大陸的なおおらかな台湾式の歓迎でした。元気ハツラツでよく食べてよく話して…あっという間に時間が過ぎました。とても楽しいときを過ごさせていただきました。お互いに名前で呼び合ったり肩をたたいたり、昨日今日ではない、長く培ってきた信頼を見たように思いました。そして、そのおかげでこうやって交流が出来、スカウト達もホームステイさせてもらえるんだと理解しました。

4日目は、日本隊のほうからのお礼ということで台湾の童子軍のリーダーの皆さんをもてなしました。ホームステイでスカウト達がどれだけお世話になっているのだろう…と感謝の気持ちで一杯になりました。何回も顔を合わす内に顔と名前が一致し、台湾のリーダー達とさらに親しくなりました。その夜は約400名の盛大な感謝の宴でした。ホストファミリーの方々とスカウト達そして指導者(リーダー)達が中華料理の丸テーブルを囲んでいっしょに食事をしました。ステージの上に大人数で上がって、歌ったり踊ったり、楽しい台湾の夜を過ごしました。

5日目、最終日です。ホテルで朝8時過ぎからスカウト達を受け入れました。心配していたホームステイがどうだったか、別れがどんなにつらかったか、どんなことをして過ごしたか、スカウト達の話すことがあふれ出てきました。バスに乗って北極星童軍団のスカウトハウスとガールスカウト会館へ表敬訪問に行きました。どちらもきれいで立派な建物でした。そこで歓迎の式典をしていただきました。ジュースやお茶も準備してもらっていてゆっくりと建物の中もみせてもらいました。そして桃園空港。ロビーで日本隊の解団式を行いました。福岡組、東京組、名古屋組と別れました。5日間の日本隊でしたが、本当に強く団結していました。スカウト達はみんな良く頑張ったと思います。日本に到着し、セントレアから津行きの船で、津から伊勢までの帰路で、楽しかった台湾での思い出がグルグル頭の中をめぐっていました。

このキャンプのおかげで、私にとっての未知の扉が少し開きました。

前半のキャンプでは、特に 慘弋 ̄変』の動きが出来るように ⊂錣法悖喫前行動』を実行

すること 『感謝の心』をもつこと。この3つを普段の活動の中での大きな目標としてもっともっと追及していきたいと思いました。

また後半では、 慷Ь陝戮梁臉擇機´◆慂仕(もてなしの心)』の精神 『スカウト精神』を感じることが多々ありました。自分たちの行動をしっかり見つめて活動に生かしたいと思いました。

それから、仲良くしてくださったボーイスカウトのリーダーとスカウトのみなさん、ガールスカウト三重県第7団のリーダーのみなさん、スカウト及び私が大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。貴重な体験をさせていただき、思い切って参加させて頂いて本当によかったという思いで一杯です。有難うございました。

 

台湾親善訪問に参加して

 

                           ガールスカウト三重県第7団 森 栄子

 

 前から、海外旅行に行きたかったので、おもわず、参加してしまった私ですが・・・

 1日目、着いた日にテントの設営で、ガールスカウトは、ボーイスカウトと同じサイトなのか・・・と心配したのですが私の考えすぎでした。

2日目のキャンプファイヤーでは、スカウトが中心になり、もりあげて、最後のフィナレーは、すごくよかったです。泣けてきそうな感じでした・・・が、終了時間が遅いかな・・と思いましたが、台湾では、普通なのかな・・・・。でも、楽しかったです。こんな、キャンプファイヤーは、初めてでした。

3日目の「夕食会」や・4日目の「感謝の宴」では、スカウトは、もとより、リーダーの陽気さ、そして、マナーもよく、最後は、みんなで、送りだしていただいたのが、感激でした。

あのような陽気さが羨ましいです。台湾のスカウトやリーダーには、お世話になりました。通訳をしていただいたり、日本語で話をしていただいて・・・私は、ずうっと、日本語で通してしまいましたが・・・、観光もそれなりに、ゆったりと見せてもらい、夜は、また、楽しく、おいしいものをいただいて、お酒は、飲めなかったけど、食べる物は、一通り食べてきました。

まだまだ、おいしい物があるんだろうな・・・最後に、日本のスカウトが負けじとがんばってくれたのがうれしかったです。そんなスカウトの姿が、私にとって、いいおみやげになりました。ほんとうに、よかったです。北極星軍団の皆様にも、感謝しております。ありがとうございました。

 

 

            台湾親善訪問

                    三重県第7団 森 栄莉華

 

 私は816日から20日の4日間、スキャップとして台湾親善訪問に参加させてもらいました。今までのキャンプではスカウトとして参加させてもらっていたので、正直分からない事だらけでした。なので、今回の参加は私にとってとても大きなものになったと思います。

 今回、私は色々な初体験をしました。リーダーの様な立場で参加する事は勿論の事、殆ど日本語の通じない所で過ごすのは初めてでした。この時ほど、もっと英語を勉強 しておけば良かったと思った事はありません。

 他の国の人達は、とてもフレンドリーでした。そして、とても面白い人達が多かったです。初日の「国際の夜」では、凄い盛り上がりでした。ただ、言葉が分からず盛り上がる理由が分からなかったのが残念でした。でも、とても楽しかったです。

 私は前述したとおりリーダーの様な立場で参加させてもらったわけですが、正直何をしたら良いかが分からず、何も出来ず仕舞いでした。なので、次からはちゃんと行動出来るように努力したいと思います。

 私は、今回の親善訪問に参加させてもらった事に、こんな良い経験をさせてもらった事に、とても感謝しています。もし、またこの様な機会が有れば参加したいと思いました。

 

 

            大 会 参 加 の 思 い 出

                                名古屋第56団 副団委員長

(庶務担当) 大原 和生

 

 8月16日 午後1時 台湾桃園空港ロビーに於いて、成田・中部・福岡の各空港から搭乗した「北極星童軍團創立55周年記念露營大会」参加派遣団員41名が集結して結団式を行い、出迎えの北極星童軍團指導者とスカウトの案内により、大会会場の金山青少年活動センターへ観光バスで向かった。

 20日までの5日間、全員の健全な心身状態が最大の課題であるが、海外キャンプ初挑戦のスカウトが多いのに多少不安があった。大会は、日本、ホンコン、マカオ、マレーシア、地元台湾から450名程が集まり、16〜18日 午後2時に亘り、開会式、各種行事、閉会式と展開された。

 引き続き、スカウトは18日 午後2時30分〜20日 午前8時30分まで2乃至3名一組が12家庭でのホームスティ体験活動に、指導者は教育施設の視察活動に入った。

 大会行事一つ一つが極めてスムーズに進展する様子を見ていると気分も爽快になってくる。これらの行事進展の動きはどのようにしてできあがったのであろうか。

 運営組織は大会委員長の配下に、総務・行事・施設資材・救護衛生・給食・各国担当の6委員会があり、それらの各委員長は年齢が25〜50歳前後の男女で、その補佐に経験豊富な年長者が控えている。しかも、委員長から相談が無い限り、決して口を出さないが、年長者は常に委員長の視野内にいた。

 毎日午後10時乃至11時には、大会委員長以下各種委員長、派遣団長が集まり反省・連絡会議を催す。会議時間はおおよそ1時間程度であるが、発言内容は他の出席者から質問が出ないような細部まで行き届いた明瞭・的確さが印象的であった。

 ある委員長に伺ったら、1年前から大会組織を立ち上げ、月に1〜2回大会会長が各種委員長を徴集して会議を重ねたという。そして、各種委員会議も月に1〜2回同様に開催した。さらに、大会2ケ月前からは、各種委員会は平均隔日曜日ごとに会議をもち、詳細事項の対策案についても十分な議論を諮ったという。

 参加台湾スカウトの言動を2〜3日間眺めて感じた日本スカウトとの大きな相違点は、与えられた任務を各班は当然、たとえ一人になろうとも一旦了解したら確実かつ丁寧に成し遂げる強い意志を各自が持ち合わせていることであった。

 しかし、今回の派遣スカウトは台湾スカウトに勝るとも劣らない素晴らしい結団力と表現力を国際の夜、選択プログラム、キャンプファイヤー、ホームスティ、感謝宴など随所で発揮し続けていた。

 偶然、今大会に能力の有るスカウトが集まった可能性もあるが、各個人の秘めた力を上手に導いた、吉田隊長、森副長、中尾・浦野両リダー並びに各班長に心より弥栄をお送りします。

 また、参加国の食文化・文化披露では指導者による、伊勢うどん、チャンポン麺、抹茶、折り紙のブースを出店し、いずれも大好評で持ち込み食材は全て完食となった。ことに、二橋団長、猿渡副団長は三つのブースで先頭となり接客する姿は、他の派遣団には見ることの無い光景であった。

 最後に、事故も無く終始善導指揮を執り続けた林 茂榮大会会長以下スタッフ並びに私たち派遣団を夜昼無くサポートして下さいました、王 建泰、寥 崇欽、阮 耀斌各位に衷心より感謝申し上げます。

 

 

      台湾での大野営大会を終えて

                   筑紫第2団 ベンチャー隊 吉嗣 久徳

 

 台湾へ訪れるのは今回で三度目であったが、二回とも「楽しんだ」だけで「学んで」はいなかった。だから今回は、「学ぶ」ということを重点にこの台湾の野営大会を過ごそうと考えていた。マカオ・バンコク・マレーシア・台湾・日本のスカウトが集まるので国際交流的にも学ぼうと考えていた。

 最初の三日間はキャンプだった。初日の夜に行われた開会式では各国各団の伝統芸能や出し物があり、みていて楽しかったが、中国語がわからなかったため出し物の説明を理解できなかったのが残念だった。日本は伊勢のお木曳きで、自分は去年に大学の講義の一部としてお木曳きに参加した。懐かしかった。開会式でかなり盛り上がったことは今まで体験したことがなかったので新鮮だったし、これが文化の違いなんだなと思った。

 二日目からは選択プログラムが行われた。各団ごとにその日行われるプログラムのカードが渡され、各々そのカードをもってプログラムをこなすというものだ。自分は、二日目…午前・法鼓山へ寺院見学 午後…サバイバルゲーム 三日目…午前・海水浴のプログラムに参加した。

午前にいった法鼓山には寺院があり、そこには大学や出家した人のための寮があった。日本でいう仏陀 薬師如来 観音菩薩の三つが祀られており、とても貫禄があった。中に喫茶店もあったのだが、「料金はお気持ちで」というふうになっており、明確な料金はなかった。日本では絶対ありえないことなのでとてもびっくりした。戻って昼食を食べて、午後からはサバイバルゲームに参加した。ペイント弾を使用した本格的なサバイバルゲームで専用のチョッキや銃や戦場まであった。本格的装備であったが、ゲーム中に弾を避けながら移動する際に防具がないところに弾を二発当てられてしまい瘤ができた。時速三二〇キロの柔らかいペイント弾でもかなり痛かった。他にも肩にあたって腫れた者や出血した人もいた。三日目午前に参加した海水浴ではキャンプ最後ということもあり、おおいに遊んだ。他の国の人とも楽しんだ。

二日目の夜にはキャンプファイヤーがあり、各団がよういしたスタンツが披露された。点火する際、建物の屋上からあらかじめ渡してあったレールに沿って火の玉が降りてきて点火されるという派手なパフォーマンスがあった。そしって、それぞれの団でスタンツが行われ、日本は炭鉱節をした。他のスカウトも混ぜてとても盛り上がった。もちろん僕たちも参加できるスタンツにはすべて参加して楽しんだ。キャンプファイヤーでは、踊りがわからなくてもとにかく踊りまくったので、みんな汗だくだった。他の国のスタンツをみれたことは勉強になった。

三日目午後からはホームステイがあり、各々受け入れ先の家族のもとへいった。そして、夜には夜市へ出かけた。夜市は日本でいう夏祭りの出店で、とても活気があった。そこで何人かのスカウトにも出くわした。臭豆腐やタピオカミルクやかき氷を食べた。とてもおいしかった。移動の際は電車とバスを使用したが、電車の切符が日本のような紙ではなく十円玉ほどの大きさのコインだった。それを入るときは改札機にかざし、出るときは改札機に投入するという仕組みで、一風変わった切符に驚いていた。四日目は、?介石の記念堂である中世記念堂 台北101 故宮博物館へいった。どこもすばらしかった。日本史を専攻している身としてもかなり勉強になった。故宮ではすべて回りきれなかったのが残念だったが、まずすべてを1日で回ることはできないそうだ。

その夜、晩餐会があった。だが、晩餐会というよりは交流会であまり食べず記念写真を撮ったり名刺交換をしたりしていた。カラオケもあり日本のスカウトはみんなで「上を向いて歩こう」を熱唱した。

最終日はスカウト本部を正式訪問した。その後昼食をとり帰路についた。

このような貴重な体験ができたのは、支えてくださった人たちのおかげであり、大変感謝している。この感謝の気持ちを忘れてはいけないと思った。今、こうして無事に帰れているのもすべて支えてくださった人たちのおかげです。

本当にありがとうございました。 

 

 

台湾親善奉仕を終えて

                       BS甲府10   樋口 愛美

 

 「台湾に行かないか?」と最初言われたとき、正直悩みました。今まで経験したことのない世界へ行くのが怖かったんだと思います。

 出発の日、夜中に山梨から行く二人と合流し中部国際空港に向かいました。空港で、一緒に行く仲間と初めて会いました。みんなとても馴染みやすくて、すぐに仲よくなれました。

 台湾に着いて当たり前ですが、案内の看板がすべて漢字だったことに驚きました。こんなにたくさんの難しい漢字を使いこなす台湾の人はすごいと思いました。

 野営地まではバスに乗って移動しました。野営地は設備が整っていてきれいな場所でした。野営地では、多くの人と交流をしたり、プログラムを行いました。プログラムでは、台湾にある神社に行き、礼拝のやり方などを教えていただきました。日本とはやり方が違い、いい勉強になったと思います。

夜は、室内で文化交流を行いました。民族衣装を着て一生懸命踊って歓迎してくれてとても嬉しかったです。

 翌日のプログラムで、海へ行きました。山梨には海がないので海を見た瞬間すごく感動して、大はしゃぎでした。海は広くて、日本にもつながっていると思うと不思議でした。その日の夜は、キャンプファイヤーをしました。日本は、伝統である盆踊りを披露しすごく盛り上がって楽しく過ごすことができました。その後も他の国の出し物を見たり一緒になって踊ったり、すごく楽しかったです。最後にたくさんの気球で空をうめつくしました。それはすごくきれいで一生忘れない光景となりました。

 残りの2日間は台湾のお宅にホームステイさせていただきました。最初のうちはすごく緊張して愛想笑いすることしかできませんでした。でもホームステイ先の家族がすごく親切にしてくれて、いつの間にかうちとけることができました。

 台湾ではほぼ毎日外食することが当たり前だということにすごく驚きました。台湾の料理は香辛料がきいていてどの料理を食べてもシナモンの味がしました。ホームステイ先の家族にはたくさんの所へ連れていってもらいました。特に国立故宮博物院は昔の貴重な物が納められていてすごく魅力的でした。台北101では展望台に行き台北の町並みを見回すことができました。最終日の夜はホームステイ先の家族と一緒にみんなが集まっているホテルへ行き最後の夜を過ごしました。台湾に来てから一番の盛り上がり様でした。

 みんなと別れの時はすごく淋しくてずっと一緒にいたいと思ったほどでした。みんな大好きです。この奉仕を通して、もっと自分の知らない世界へふみ込んでみたいと思うようになり、いい経験ができたと思います。

 

 

          初海外!!

                   筑紫第2団ベンチャー隊  御田 幸嗣

 

八月十六日から二十日にかけて、台湾親善訪問という貴重な体験をすることができた。この体験は、私にとって初の海外派遣の活動であり、大変思い出に残るものとなった。

 この親善訪問の話が耳に入ったとき、自分はすでに参加者となっていた。父親が自分を「参加」ということにしていたらしい。最初は正直本意ではなかったが、行ってみると様々な貴重な体験をすることができた。

 まず台湾の空港に着き、バスでキャンプ地まで行った。キャンプ地そのものは日本と同じようなもので、テントをはってその中で寝た。キャンプ中の食事は、日本にはあまり無い味付ばかりで、最初は食べることができなかったが 最後の方になると大分慣れ、色々なものに挑戦することができた。

 キャンプ中の選択プログラムの中では、海での活動や、法鼓山というお寺参拝に行った。海では、たくさんの外国のスカウトと交流し、会うたびに会話をするまで仲良くなった人もいた。海に飛び込んだり飛び込ませたり、砂に埋められたりと、日本人の友達としているようなことを海外の人とすることができた。法鼓山では、実際にお寺に行って話を聞き寺中を見学させていただいた。いくつかの珍しいものも見ることができた。

 キャンプ中の色々な活動の中で、深く印象に残ったのが、キャンプファイヤーである。内容は日本と同じだが、出し物の前に、エール交換のようなものがあった。みんなほとんどの出し物に飛び入り参加し、どの団、国の出し物もとても盛り上がった。自分も、他の国の人の踊りに加わり、一緒に踊ったりした。キャンプファイヤーの最後に、台湾の祭りにも使われるランタン(熱気球の原理)を空に放つという日本では見られないような演出もあった。空を見てみると、たくさんのランタンが浮かんでいてとても綺麗だった。

 最終日に、もう一度海へ行った。その時も前日に一緒に遊んだ台湾スカウトと一緒になり楽しんだ。キャンプ地を清掃し、最後に弥栄をして、その後閉会式があった。閉会式は、盛り上がったりすることはなく、普通の式だった。司会が日本語ではなく言葉は分からなかったが、これでキャンプは終わりと思うと少しさびしくなった。閉会式が終わり、そのまま二日間のホームステイ生活へと入っていった。

 ホームステイ先では主に、観光をした。故宮博物館を見学し、世界で最も高い建築物である台北一○一にのぼり、夜は夜市で買い物に連れて行ってもらい、非常に充実した2日間となった。ホームステイ二日目の夜は、キャンプにいたメンバーで夕食会があった。とても多くの人がいて、たくさんの写真を撮り、名刺を交換し、会話をし、キャンプ中とはまた違った交流をした。とにかくどの人もノリノリで、終わってほしくないほどだった。

 最終日、北極星童軍団・ガールスカウトの台湾本部を訪問し、その後空港へと向かった。

日本全国から集まったメンバーなので、空港でお別れという人のほうが多かったが、期間は短かったもののやはり一緒に生活した仲間なので、別れる時はとても寂しく感じた。

 この四泊五日の台湾親善訪問で、たくさんの友達や思い出ができたのも、両親、神社スカウトの各団関係者、ホームステイ先の家族の方々そして、一緒に参加した仲間のおかげだと思う。いつの日かの再会を信じたい。本当にありがとうございました。

 

 

          台湾親善訪問の印象

               東京 港第18団 ベンチャー隊  西尾 貴史

 

今回の台湾親善訪問を通して私がもっとも印象に残ったことは、全部で二つあります。

一つはキャンプについてです。私はこの台湾親善訪問が初めての海外訪問でした。もちろん外国のスカウトとキャンプをするのも初めてで新たな発見の連続でした。プログラムの中ではペイント弾を使った銃撃戦をやり腕に怪我をしてしまいましたが銃撃戦をやっている最中は他の外国のスカウトと言葉ではなく心で通じることができました。

また、自分の弾が思ったところにあたらなかったり、どこから狙われているかわからなかったりととても怖かったです。もしこれが実弾だったらと考えるとゾッとしました。しかし、とてもいい経験になりました。プログラムが終わった後も外国のスカウトと仲良くなりとてもいい思い出になりました。また、プログラムのお寺巡りでは日本では触れることのできない独特の文化に触れることができました。とても自然がきれいなところでいるだけで心が和んでいくようでした。

お寺の中には、喫茶店のようなものがありメニューには飲み物があるのですが、すべてが無料で気持ちだけ払えばいいと聞き日本では聞いたことが無いのでとても驚いてしまいました。治安がいいところだからこそできることだなと感じました。

また、夜中にも関わらず外国のスカウトとグッツ交換や名刺交換をしてリーダーに叱られてしまいました。しかしグッツ交換を通じてスカウトと仲良くなりとても良い思い出になりました。

二つ目はホームステイについてです。ホームステイでは言葉があまり通じないなか、台湾の様々な観光名所を案内してもらいました。その中で私がもっとも印象に残っているのが一日目の夜に行った夜市です。夜市には日本では見られないような様々な食べ物がありました。

中でもタピオカジュースと臭豆腐はとても印象に残りました。タピオカジュースは日本のタピオカとは違いかなり弾力がありとても食べごたえがありました。臭豆腐は臭いがとてもきつく出店の前にいるだけで気持ち悪くなってしまいました。しかし食べてみると意外においしく癖になってしまいました。その日の夜は口から臭豆腐のにおいがして耐えがたいものがありました。ホームステイ家族の家のスカウトとも仲良くなりとても良い思い出になりました。

今回の台湾親善派遣では普段では体験できない様々なことを体験することができました。今回の体験を今後の活動や自分の生活に生かしていきたいと思います。

 

 

台湾派遣について(終えてのレポート)

                        あづみ1団 上條 綾香

 

今回816日〜820日まで台湾に親善交流という形で行くことが出来ました。自分は今まで海外へ行ったことがなく、今回は一つ一つのことが初めての経験でした。

出発の日までにも、要項に書いてあることが解かりにくく、持ち物の準備なども、直前まで、いろいろな人に聞いて準備しなければならなくてとても大変でした。

今回のキャンプで、見て、聞いて、会って、体験して、いろいろなことを学びました。

1つ目は、言葉がつうじない時でも互いを理解し合おうとし、文化が違っても一緒に同じことをやるということです。

2つ目の選択プログラム2で私は、探求探索ということで、みんなでコミュニケーションを取りながら、いろいろなアウトドア的ゲームをしました。

その時に、平均台の両端から一人づつ歩いていって平均台の細い真ん中の所で、互いに協力して、向こう側にすれ違うというものがありました。これは、自分ひとりが頑張っていても、出来ることはないゲームで、相手を信頼して力をかけあい、すれちがう。

少し考えれば簡単に出来るものでした。でも、台湾には日本語が通じないので英語やジェスチャー、漢字などを使うことで相手に意思を伝えます。自分はあまり英語が得意ではないんですが、台湾の人達は、一つ一つのことをしっかりと聞きみんなで力を合わせてこのたくさんのゲームをしてくれました。

あっちの言葉(中国語)が分からないと互いにあきらめていたら、何もできなかったし、楽しくもなかったと思います。でもこのゲームを終えた時、すごく楽しい気持ちになったのを今でも覚えています。

2つ目は、食文化の違いに驚きました。

全体的に甘い料理、油をたくさん使った料理など、日本にはない食べ物がたくさんありました。はっきり言うと、自分にはあまり合わず、少ししか口にすることが出来なかったんですが、台湾の人や他の国の人は、たくさん食べていて、あーやっぱり、その国々の伝統的なものっていうのはたくさんあるんだなあと思いました。

キャンプファイアーでは、たくさんのスタンツを行いました。

その国伝統なもので分からないものも多かったけれど、その国独自のやり方をみんなでまねながら、行うことは、言葉がつうじない、歌が分からないということを超えて、とても楽しい時間でした。

日本の発表の時も、福岡の盆踊りが他の国の人は最初唖然としていたけれど、一緒につれこんでおどることで、見よう見まねで、一緒にやってくれたことはうれしかったし、とても楽しかったです。

3つ目は、あっちの人達はみんな心があったかかったです。香港の人や台湾の人とキャンプで交流した時も、ホームステイの時も、文化の違いに対応しながらいろいろやってくれました。

 今回のキャンプやホームステイでたくさんのことを学べてとても楽しかったです。

 

 

                       

                  福津第一団 ベンチャー隊  増田 椋太

 

 私は神社スカウトの一員として、八月十六日から八月二十日まで台湾(台北)を訪問しました。その中で私は数え切れない程の「出会い」を体験することが出来ました。

台湾を訪問する際、不安なことが一つだけありました。それは言葉の壁です、皆には「伝えようとする、気持ちが大切だよ。」と言っていましたが、一番不安だったのは私でした。しかし、現地のキャンプ場に到着してその不安は消えました。

台湾のスカウトが笑顔で握手を求めてきたからです、その時の嬉しさと彼らの笑顔は今でも忘れられません。夜、参加している各団のスカウト代表が披露してくれた、伝統的な歌や踊りは全てが初めて見るものばかりで、私の目はステージに釘付けでした。特に印象に残ったのは、暗闇で竜が玉を追いかける様子を表した踊りです、それを見たとき、ホントに目の前で竜が踊っているような気がしました。

次の日、朝一番に挑戦したパラグライダーでは「サンダルで来るべきじゃなかったね。」と言うほどの暑さでした。気温は三十度くらいだったのですが、砂の上は五十度近くだったのを覚えています。ですが、皆の前では笑顔で砂と戦いました。

初めてのパラグライダーで体が少しだけ浮いたことに感動しました。私にパラグライダーの飛び方や走り方を教えて下さった指導者の方々には今でも感謝しています。夜のキャンプファイヤーは今までにない驚きと興奮の連続でした。

一言で表すなら「出会い」です。日本と発想が違うのか、火がつく前のパフォーマンスから心臓がドキドキしているのを感じました。

見ているだけ自然に体がリズムを刻み、参加したみんなと笑い合い、いつのまにかスカウトが国境を越え一つになっていました。「ずっと、この時間が続けばいいのに。」と言うスカウトもいました。

その言葉を聞いた時に急に現実に戻された気がしました。「もう、終わりなのか。」と別のスカウトが言いました、キャンプの終わる悲しさを感じました。

その後、交流ホールに戻って食べたサツマイモ入りアイスは食べれば食べるほど美味しく感じられました。台湾と日本の味覚の違いを一番身近に感じることができました、機会があればもう一度食べてみたいです。

食べている最中に空を見上げていたら星の輝く空に沢山の花火が現れました。その花火は二泊三日という短い期間でのキャンプで出会った数え切れないスカウト達との思い出を表しているようでした。

その後ホームスティでもキャンプとは違った台湾の文化・食事・人を見て触れて交流することが出来ました。この「出会い」は日本のスカウトに伝えるべきだとホームスティ中に思い始めました。今回、台湾親善訪問に参加することができ、父や母、原隊の隊長やその他大勢の皆様にはとても感謝しています。

また、台湾でのスカウトや関係者との出会いや経験を未来のスカウト達に教えることを今後の活動の一つとしていきたいです。

沢山の「出会い」を与えて下さった、この素晴らしい四泊五日を私は忘れません。

 

 

台湾親善訪問について

                        福津第1団 ベンチャー隊  合志 遼太

 

 81620日の活動はとても楽しかったけど、ハプニングもいろいろあった活動でした。

 初日は、午前中は飛行機だったので、何もありませんが、午後は福岡以外の人と会って、班の人とも会い、とりあえずホッとしました。このころから睡魔が襲ってきてとても眠かったです。(実は前夜、増田宅に泊まった際、徹夜でゲームをしていた。)会場に着いたら、テントを建てて、建て終わった後に、たぶん初めて台湾の物を口にしました。柑橘系のものを絞った汁に寒天みたいなものが入っていて冷やしてあったこともあり、とりあえずいけました。夕食はまだ現地になれないせいか、あまり進みませんでした。その夜の式典では、睡魔にやられそうになりながら必死にこらえるので精一杯で、盛り上がっていたのは覚えていたけど、他はサッパリ覚えていません。

 二日目は、午前に戦争ゲームと午後に寺に行きました。戦争ゲームは、防具を着けるのに少し手間取ったけど銃の扱いはとても簡単で汚れたりしたけど、絶好調だったのでとても面白かったです。午後は、寺に行きました。午前の楽しい雰囲気と違って真面目な感じがしました。夜はキャンプファイアーをして、たんこう節があんなにウケるとは全く思いませんでした。キャンプファイアーも無事終わりサイトに戻ると皆、交換品を交換する最後のチャンスなので、必死です。寝れないので右京(健)らと一緒にジュースを買いに行きました。ここで最初のハプニングが起こります。自販機にコインを入れていると、こともあろうに10元をパクられてしまい、重い思いをしょって寝ることになりました。

 三日目は、キャンプ最終日なので皆さん少々疲れ気味だったように思えます。ここで、また戦争ゲームをしました。今度は楽しかったけど、たくさん被弾してしまい結構痛かったです。閉会式の後、ホームステイ先の人と出会い、ここからホームステイの始まりです。ホームステイの行き先第一号はなんとセブンイレブンでした…その後、TAIPEI101タワーに行き、お汁粉の冷たいヴァージョンみたいなのを食べました。おいしかったけど、昼食後間もない事だったので大分お腹が膨らみました。その後タワー内をぶらぶら歩き、家に帰りました。家はとても広く右京と2人の部屋も与えられました。ホームステイはもっと厳しいものと考えていたので少しやり易くはなりました。夜に夜店に行きそこでも大量に食べさせられて「台湾の人は毎日こんなに食べて大丈夫なのか?」と、経済と体の面で思いました。ちなみに僕たちのホームステイの家族は英語が話せたので終始、英語で話しており、僕は右京の通訳のような存在になってしまいました。

 四日目は、両親が2人とも用事だったので子供たちだけでショッピングすることになり、バスと電車を使い地下街みたいなところまで行きました。その時、第二のハプニングが起こります。電車を降りる際、コインを投入するところにコインを入れたらなんと!!通行止めマークが表示され、コインは入ったままでどうにもならなくなってしまいました。しかし、紹文君(ホームステイ先のスカウト)のガールフレンドにも手伝ってもらい何とか駅を出ました。地下街はとても広く天神地下街(福岡)のようでした。広いので疲れたけど、とてものんびり過ごすことができ、少しリラックスできました。夜にスカウトが集合したときにも、皆に会って緊張がほぐれました。そのせいか、寝る前にずっと緊張気味だった右京からもポニョについてのジョーダンがでるようになりました。

 最終日は、以外に朝が早かったので二人の兄弟とは眠い目をこすりながらのお別れとなりました。今思うと、もう少しゆっくりとお別れしたかったなと思います。やさしくしてくれた両親とも別れ、台湾のボーイ・ガールスカウトの本部に行きいろいろ見て回っていり間に「滞在期間…短かったなぁ…」と、ふと思いました。そしてすべての活動が無事終了し、飛行場へ向かっている間に、午前はホームステイの方々と別れ、午後は日本隊の人とも別れると思うととても悲しかったです。飛行場につき、さよならをしたかと思えばまた会うを繰り返しいよいよ台湾を離れることになりました。さっきは短かったと言ったけど、5日間は長かったと思います。

 最後に、今回の日本隊の指導・引率etc.として頂いた指導者、上班、その他いろいろな人、本当にありがとうございました。

 

 

                 湾 

                  福津第一団 ボーイ隊  増田 桂也

 

八月十六日から十八日まで台湾で国際交流キャンプがあって参加しました。

最初は緊張して他の人となかなか話す事が出来ませんでした。

時間が経つと、段々と色々なスカウトと仲良くなりました、他国のスカウトとはお土産や名刺の交換をして仲良くなっていきました。

 キャンプ中は選択プログラムがありました、選択プログラムはサバイバルゲームとお寺の見学をしました。

 サバイバルゲームはガス銃で弾は口に入っても大丈夫な着色飲料みたいな液体が使かわれていました、弾は当たると痛いので顔や体のマスクや防弾チョッキを着用して参加しました。

 ゲームが始まる前に弾を二十〜三十個支給され銃の使い方の説明を聞いてからゲームを開始しました。

 ゲームは、十分間くらいで、笛が「ぴぴー」と二回鳴ったら、自分が今居る場所から別の場所に移動しないといけないので、その間に狙われて撃たれるので、当たって痛かったです、とても楽しかったのでまたやってみたいと思いました。

 午前中はサバイバルゲームに参加し昼食を食べて、午後からはお寺の見学に行きました、お寺には、仏像があって、とても大きくて迫力がありました。

キャンプの最終日はテントの片付けをして自分の荷物をまとめました。

閉会式が三十分程あってその後にホームスティの受け入れをしてくれる家のスカウトと対面しました。

十八時に家に着き、二十時に家を出て晩御飯を食べに行ってそのままナイトマーケットに行きました。

ナイトマーケットは、色々な店が沢山出ていました、中でも臭豆腐を作っている店が印象的でした。

次の日は故宮博物院と世界一高いタワーに行きました、故宮博物院は、白菜がとても綺麗でした。

 世界一高いタワーは、本当に高く下にいる人がぜんぜん見えませんでした、とても楽しかったけれど怖かったです。

 最終日はとても別れが悲しかったです。

 僕は、台湾に行くことができ、色々なことを学ぶことが出来たのも両親と皆さんのおかげだと思います。

 これからは、台湾で学んだことを生かして立派なスカウトになろうと思います。

 

 

          台湾のレポート

                    福津第一団 ボーイ隊  河野 励

 

 八月十六日から八月二十日まで自分達、全国神社スカウトは、台湾親善訪問参加のため台湾に行きました。初日から十八日まではキャンプ、三日目からはホームスティに参加しました。初日は、他の人と話しにくかったのですが、時間が経つにつれて話せるようになりました。

キャンプ中自分は選択プログラムでオリエンテーリングとサバイバルゲームに参加しました。

自分はオリエンテーリングで満点を取ったので記念ワッペンと懐中電灯をもらいました、嬉しかったです。

サバイバルゲームではガス銃で撃ち合いをしました、弾は食べても大丈夫な油で作ったペイント弾でした、安心して遊ぶことが出来ました。

二日目の夜にキャンプファイァーに参加しました、自分達は富士の山を歌い、炭坑節を踊りました、炭坑節は皆で盛り上がりました、皆すごく楽しそうにしていました。

キャンプ最終日は撤営をしたあと、ホームスティ先の家まで行きました。

その時はどんな家だろうと思っていたのですが、家の着くととても驚きました、その家はエレベーター付の五階建ての一軒家だったからです、部屋にはマッサージ機がついていて、他の二人も驚いていました。

その日は夜市に行きました、夜市というのは、日本と違って人がもの凄く多くて毎晩のようにしていました。

次の日は国立故宮博物院や台北101等に行きました、時間が少なくゆっくり見ることが出来なかったのが残念でした。その日の夜、ホームスティ先の家族とスカウトが集まって感謝の宴をしました。とにかく皆は歌ったり踊ったりで、自分はそこまでしませんでした。

最終日の午後はホームスティ先の家族と別れて、台湾スカウトの本館へ行きました、そこでは前大会の映像を見たり、展示室を見学したりしました。

この様に五日間を楽しく過ごしました。

台湾の人は皆やさしい人でした。

言葉が通じないとこんなに不便だとは、今まで思っていなかったのですが、この台湾行きでその様なことを学ぶ事が出来ました。

今回台湾に行けた事を、自分の親や日本のボーイスカウトの人達に感謝しています、ホームスティ先の家族には、自分達の事を何でも面倒みて下さったのでとても感謝しています。

この台湾行きで学んだことを、これから将来に活かしていきたいと思います。

 

 

台湾親善訪問を終えて

                        BS甲府10団  深沢 百花

 

 八月十六日から二十日までの四泊五日。私は台湾親善訪問という初めての貴重な体験をしました。最初は不安でいっぱいでした。みんなの輪に入っていけるか、外国のスカウトと交流が深められるかなどたくさんの心配事があったけど、過ごしている内に不安は消えていきました。

一日目。飛行場に行って、初めてみんなの顔を見ました。ちゃんと話せるかなと心配でしたが、すぐに打ち解けることができて本当に良かったです。そして飛行機にのって台湾に行きました。窓から見える台湾の景色を見て、「ここで五日間過ごすんだ。台湾ってどんな国なんだろう。」と思いました。またキャンプ地に着くといろいろな事が次々にやらなくてはいけなくて大変だったけど、楽しかったです。

なかでも、印象深いのは、夜の開会式です。いきなり上半身裸の人がでてきた時は、びっくりしたけど、他にもいろいろなパフォーマンスが見られて良かったなあと思いました。

二日目。いよいよ選択プログラムが始まりました。私は寺めぐりと探検教育を選びました。お寺では、観音様の大きさに圧倒されました。また日本とちがう参拝の仕方を教えてもらい、所々まちがったけど、参拝をすることができました。探検教育では、台湾の人ばっかりで何語をしゃべっているのかも全然わからなかったけど、私のカタコトの英語であだ名を言ったら、みんな「モモ!!」と呼んでくれたのがとてもうれしかったです。

そして夜。まちにまったキャンプファイヤーをやりました。燃えさかる火の中、それぞれの団が芸を披露して、みんなノリノリになって掛け声も、何をしゃべっているのか、よくわからないけど、ワーワー言って盛り上げていました。またキャンプファイヤーが終って、寝ようとした時、テントの前にたくさん台湾の人がいて、「交換しよう!」と言われた時はびっくりしたけれど、ОK!ОK!と言って、いろんな物を交換しました。終った時には、ワッペンがハンバーガー位の厚さになっていて、びっくりしました。そして寝れなくなった私は男子と一緒に三時位まで怖い話をしました。その時は全然ねむくなくて、自分でも「なんでこんな時まで起きれるんだろう」と思ったけど、楽しいから起きれるんだなあと改めて思いました。

三日目。選択プログラムで海に行きました。海は広くて、しょっぱくて、とてもおもしろかったです。そしていよいよホームステイに行きました。その時はすごく緊張してて何が何だかよくわからなくてどきどきしたけど、ホストファミリーのみんなに「大丈夫だよ。自分の家の様に過ごしていいからね。」と言われて、気持ちが少しゆるむことができました。

そしてホストファミリーの家族には、三日目、四日目通して夜市、台北101、国立故宮博物院、竜山寺につれていっていただきました。中でも台北101は大きく、高くて、すごいなと思いました。また夜は晩餐会がありました。踊ったり歌ったり、とすべての出来事が楽しくて、楽しくて本当に良かったです。

そして最終日。ホストファミリーともお別れになってしまいました。「謝謝」と言って、最後は別れました。とても悲しかったけど、過ごした日々は宝物になりました。また日本のみんなとも過ごした日々は大切な物になりました。台湾に行けて本当に良かったです。ありがとうございました。

 

 

  台湾親善キャンプに参加して

                      伊勢第7団ボーイ隊 右京 健一

 

 初日、キャンプで行動する人たちと合流。みんなとは、すぐに仲良くなれた。最初のミッションは、テントの設営。たてるのは、とても簡単だった。そして、すごく早い夕食を食べた後、国際交流に行った。日本は、木遣りを披露したけど、外国のダンスにはとてもかなわなかった。めっちゃ盛り上がっていた。テントにもどったら、写真や土産の交換で、3時を過ぎてようやく寝た。

 2日目の朝食は、外で食べた。この時はチーフリングの交換をめちゃくちゃ求められた。交換用のリングは1個しか持っていなかったので、かなりあせった。班長は、ワッペンを50枚ぐらい並べて交換しまくっていた。選択プログラムは、僕たちの班は全員、ペイント弾のゲームに参加した。ゲームの説明は、通訳さんがしてくれたが「もし、暑くてマスクをはずして、たまが目にあたったら90%の確率で失明します」などと言われピリピリした雰囲気だった。そんな中、同じ班の合志君は、増田君に「当てたるけん、覚悟しとけよ」といい、増田君も「中坊(中学生)をなめんなよ」と言い返し、ふたりともびびることなく、やる気満々だった。いよいよ撃ち合いが始まると、移動中に足を撃たれてとても痛かった。増田君は、どんなに当たっても我慢し相手チームに一番近い所まで行き、相手を5人ぐらい連続で当てていた。

 選択プログラムが終わった後、増田君とワッペンを見せ合ったりしていたら、外国のスカウトたちが来て「チェンジ」とか言って、土産品が交換できた。増田君は、土産が軽いワッペンになっていき「これで荷物が軽くなった」と言って外国のスカウトたちを「神様」などと呼んでいた。僕も手ぬぐいが余ったらいやだなぁと思っていたから、とてもうれしかった。

 夜、またもやパーティーみたいなのが外で行われた。めっちゃ写真をとってもらった。そして、またもや寝るのは3時になってしまった。

 3日目。ホームスティ先へ訪問した。有名な街へ連れていってくれた。そこで、合志君と射的やUFOキャッチャーのゲームをした。

 4日目の夜には、感謝のパーティーが開かれた。ダンスや歌などがあって、一番楽しかった。

 5日目。みんなとの別れ。あっという間に過ぎた、でも充実した日々だった。

 

 

          二度目の台湾

    伊勢第7団 ボーイ隊 盒供々鹸

 

  僕は台湾に行くのが、二度目なので去年よりは緊張せずに行けました。ホームステイのペアが分からないのは、ちょっと不安でした。朝、早くに外宮に集まり、隊長の車で津のなぎさ町まで行き、そこから船で中部国際空港まで行きました。

  そこで、みんなと合流し、いざ台湾へ。台湾に着き、キャンプ地へ。キャンプ地でテント設営し、マレーシア、マカオ、香港、台湾、日本のスカウトが集まり、開会式をしました。

夕食後の文化交流で、僕たちは、木遣りを披露しました。頑張って練習して、采もそれぞれ自分達で作っていきました。とても忙しかったけど楽しかったです。台湾で木遣りが披露できて、とても嬉しかったです。他の国の人は、色々な踊りを楽しそうに踊っていて、ノリが良いと思いました。 

  二日目、朝から選択プログラムでグライダーに乗りました。初めてのグライダーだったので少ししか飛べなかったので残念でした。そのあと、少し時間があったので、プレゼント交換をしました。僕の持っていったペナントが以外と人気が有り、ワッペンやリング等と交換してくれたので、良かったです。

  昼から、お寺にバスで行き、観音像等を見ました。日本の観音像より少し大きく見えました。

 夜は、キャンプファイヤーをしました。みんなノリノリで夜遅くまで続き、眠かったけどとても楽しかったです。

 三日目、海水浴に行きました。海岸には、ゴミがたくさん捨ててあったので、びっくりしました。

 閉会式をしてから、すぐにホームステイ先に行きました。ホームステイ先の人はパワーシャベルの貿易を日本としている人なので日本語がぺらぺらだったので、いっぱい質問が出来て良かったです。その夜、市場に連れていってもらいました。他のスカウトの人もいて、しゃべりながら楽しく買い物をしました。

 四日目、朝早く起きて、故宮に連れて行ってもらいました。3時間ぐらい、掛け軸や壺を見たり、台湾の歴史等を聞いたりしました。

それから、買い物をしました。次は、車に乗って、台北101に行きました。そこで、昼食をとり、最上階へ行く切符を買い、エレベーターで行きました。途中で耳に膜が張り、とても痛かったです。景色は、天気が良くて、遠くまで見ることができて良かったです。車と山が多かったのでびっくりしました。すぐに車でパーティー会場に行きました。久しぶりにみんなに会えたので、嬉しかったです。

  最終日、朝から日本への手紙を預けて、集合場所に向かい、表敬訪問しました。そこで、話を聞き、ボーイスカウトグッズを買いました。お土産を買い、日本に帰りました。

 去年と違った経験が出来て、いい思い出が出来ました。これからも活動を頑張ります。                                           

 

 

初めての台湾

                      伊勢第7団 小田 怜生

 

 ぼくは、最初台湾での活動があると聞いた時、ぼくなんかが行ったらみんなの足を引っ張るだけだと思って、あまり行こうという気持ちにはなりませんでした。でも晃喜が「怜生も台湾行けば」と言ってくれました。だから行こうという気持ちになりました。

そして台湾へ行って成長して帰って来ようと思い、親に行って良いか聞いてみました。そうしたら「遊びじゃなくて活動として行きたいと思うのならいいよ」と言われました。台湾に行ける期限はもうとっくに過ぎていましたが、隊長が申し込んでくれて台湾の活動に出ることができました。

 台湾の活動の中で足を引っ張ることはしたくなかったので、日本の代表として中国語の練習やロープ結びなどそれなりに努力して行きました。そして台湾に行く当日、とても楽しみでしたが少し不安がありました。それは、他県のボーイスカウトと仲良くできるか、他国の人たちと仲良くできるか、そして何より足を引っ張らずに自分から積極的に行動できるかということを不安に思いました。

無事にセントレアに着くと他県のボーイスカウトがたくさんいました。そしてちょっとずつみんなと交流していく内に仲良くなっていき、みんな優しいなと思いました。そして台湾に着いて最初に福岡の人たちと会いました。福岡の人たちもおもしろく、頼もしくてすぐに仲良くなりました。

 初日、テントを張るとき、ぼくはみんなと同じように動くことができました。でも今度からは自分がみんなを引っ張るようにしていきたいです。そして次のイベントでぼくたちは木遣りをしました。伊勢の伝統文化を見せるのでとても張り切ってステージに立ちました。しかしあっという間に僕たちの出番が終わってしまいました。でもみんなが拍手をくれました。その時、国が違ってもみんな心優しい人だと思いました。そして楽しかった一日は終わってしまいました。

 次の日、ぼくと励君と康也君でオリエンテーリングに参加しました。ぼくがチェックポイントを探していると康也君と会ってポイントをいっしょに探すことになりました。そしたら、とつぜん野犬が出てきて必死になって逃げたら何とか助かりました。台湾は日本じゃ見かけないおもしろい生物がいたのでおもしろい国だと思いました。そして日が暮れキャンプファイヤーが始まりました。最初はあまりのってなかったけど、日本チームが出て、たんこう節をおどった時に、うちわをみんなにたらみんながいっしょにおどってくれました。それにうちわを持ってない人まで来てくれてとても良くて心に残るキャンプファイヤーになりました。

 次の日、ぼくたちが3日間使ったキャンプ場に別れる前に、ゴミ拾いをしてキャンプ場と別れました。使う前よりはきれいになったので自分でも満足しました。そしてお別れ会のようなことをしました。他の国との別れの時、少しつらかった。

でもホームステイの人はとても感じが良くてとてもうれしかった。そのホームステイ先の人同士で仲がよいので、3チームのあずけられているボーイスカウト、ガールスカウトの人たちと行動をしました。

最初は博物館へ行きました。そこではいろんな人と会いました。それにおもしろい物がかざられていたり、売られていました。一番印象に残っているのが、ハクサイのような物がかざられていたことです。なぜあんな物があるのか不思議に思いました。

タイペイ101では、一番上の階まで行きました。世界で2番目に高い建物だけあって最上階から見た風景は絶景でした。ホームステイ先の人は最後まで親切だったので一生忘れません。別れの時は悲しかったけれども最後は笑顔で別れました。

 最後にボーイスカウトとガールスカウトの本部に行って、一昨年のスカウト活動のビデオを見せてもらいました。みんなとても楽しそうでした。でもぼくも今回それぐらい楽しかったので満足しています。そしてみんなと最後に別れを言って飛行機に乗りました。次はセントレアでも他の団のスカウトと別れました。

今回の台湾での活動はとても勉強になったし、いろんな友達ができました。そしてぼくはとても成長して帰ってこれたと自分では思います。だから次からの活動では、今回学んできたことを生かしていきたいです。このことをきっかけに、次の三重キャンポリーなどの大きなイベントも自信を持って出たいと思います。

 

 

 

         台湾遠征に参加して

                  伊勢第7団 ボーイ隊   奥野 玲央

 

ぼくは、始め空港に着いたときにいよいよ台湾に行くと思うと緊張してきました。そしていよいよ出発です。飛行機に乗ると、ますます緊張してきました。でも、かなり楽しみでした。

それから2時間30分くらいたつと台湾につきました。そして空港をでてからバスに乗ってキャンプ場にいきました。キャンプ場までは1時間くらいかかりました。キャンプ場につくと思っていた光景とはぜんぜんちがいました。

ぼくは、野原みたいな所にテントをたてて、ご飯は自分でつくってシャワーなどはついてないと思っていたけど、テントを建てる位置は決まっていたし、シャワーもついていた。しかもご飯は作ってあった。

すごく整った場所でキャンプらしくなかった。夜ご飯はなれない味だったのであまり食べられなかった。そのあと文化交流でおきひきのときにする、木遣をしました。ほかの国の人たちはダンスをしているところが、多かった。それから就寝だったけど暑くてなかなか眠れなかった。

2日目、朝ごはんは昨日の夜といっしょであまり食べられなかった。しかも、飲み物がかなり甘かった。食事が終わると選択プログラム1をやりました。朝はパラグライダーをやりました。

しかし実際に空を飛ぶわけでもなく必要な道具のつけかた、そしてそれがつけられたら走って飛ぶ練習をしました。しかし浜辺でやったので砂が焼けていて熱いし、海が見えて入りたくなってきてなかなか集中できませんでした。

昼ごはんを食べてから、選択プログラム2をやりました。昼からは砂彫刻をやりました。しかし目の前に海があるから砂で城を作れといわれたけどみんな、さっとつくって海で遊んでいました。

でも水着をもっていなかったので普通の服のまま入りました。そのまま1時間くらい海であそんでいました。その間に作った城は水に崩されました。

その日の夜、夜ご飯を食べ終わるとキャンプファイアーの会場へいきました。会場にはキャンプファイアーの準備がしてあった。そのなかから糸のようなのもが出ていた。キャンプファイアーが始まると糸のようなものをたどって火がおちてきた。

それがまきにあたって勢いよく燃え始めた。そしてキャンプファイアーが始まった。ぼくたちは富士の山をうたってから、たんこうぶしを踊りました。このキャンプファイアーはかなり盛り上がりました。それが終わるとテントに戻りました。

そして就寝でしたがまた暑くてなかなか眠れませんでした。3日目朝ごはんを食べ終わると最後の選択プログラム3をやりました。さいごは水泳をやりました。思いっきり海で遊びました。

とても楽しかったです。キャンプ中に食べたもので一番おいしかったもの「中華まん」でした。

そのあとは、ホームスティ先に行きました。ホームスティさせてもらう家につくとすぐ夜市にでかけました。夜市では、本格的な中華料理を食べました。なかでも麻婆豆腐が一番おいしかったです。

そのあと、夜市でゲームもしました。たのしかったです。2日目は101ビルにいきました。まずそこで昼ごはんを食べてから展望台のある89階へいきました。89階までは、ギネス記録にものっている最速のエレベーターでいきました。89階は町や車がかなり小さかったです。89階はけっこう寒かった。

その日の夜、ほかのホームスティをしている人たちが集まって食事会をしました。みんな楽しくてあまり食事はしていなかった。3日目、とうとうホームスティさきの人ともお別れ。空港へ行くと次は福岡から来た人たちとのおわかれでした。

そしてセントレアにつくと伊勢の人以外の人とのおわかれでした。

とても楽しかったです。いい思い出になりました。またこのような機会があれば台湾にいきたいです。

 

 

台湾親善キャンプに参加して

                      伊勢第7団ボーイ隊 右京 康也

 

 僕が台湾に行こうとした理由は、楽しそうだったし、いい経験になるかなぁと思ったからです。まず行くには2級を取らなければいけないので、がんばって取りました。

 台湾に行く当日、4時に起きたので船に酔ってしまいました。一時は、台湾へは無理かとみんなに心配をかけるほどになったけど、見送りに来てくれた人たちにも助けられて何とか回復できました。飛行機では酔わずに過ごせました。

 国際の夜ではずっと練習をしてきた木遣りを披露しました。少し失敗したけど無事に終わってほっとしました。とにかく成功してよかったです。シャワーは浴びずに12時ぐらいに寝ました。

 選択プログラムではオリエンテーリングに参加しました。ポイントを探していたら、突然友だちが「犬や!犬や!」と叫び、見ると犬が5mぐらい前にいてびっくりしました。全力で逃げたけど犬の方が異常に速くて靴をかまれました。なんとか振りほどいて、また逃げたけど、へとへとになって、オリエンテーリングは途中でギブアップしました。

 ペイント弾のゲームにも参加しました。いざやってみると、少しこわかったけど慣れました。肩に弾があたってシミになってしまったのはいやでした。でも懲りずに、このゲームには3日目にも参加しました。この時は1回も当てられなくてうれしかったです。

 ホームステイ先はとにかく豪華で、5階建てでエレベーターもあったし、車も5台あってその中の3台はBMWでした。夜市に連れていってもらった時、かき氷を食べました。マンゴーといちご、キウイの上に練乳がかけてあって、とてもおいしかったです。台北101にも行きました。見上げるほど高くて、そこから見た景色はすごくきれいで、人間がアリのように見えました。故宮博物院では、僕は意味がわからなくてそんなにおもしろくなかったけど、何となくすごい物だなぁと思いました。

 感謝の宴では、とにかく騒がしくて疲れました。次の日、表敬訪問に行って飛行機に乗って船に乗って家に帰ってきたときは、心からほっとしました。でも、また機会があったら「行こうかな」と思っています。

 

 

湾親善訪問を終えて

            ガールスカウト三重県第1団レンジャー部門 松岡 里衣奈

 

 私は、この5日間のキャンプとホームステイを通して、多くのことをいろいろな人から学びました。それは、隊長・リーダーであったり、ホームステイ先のお父さんやお母さんでもあり、また他国の友人でもあります。まず、このような素晴らしいキャンプに参加させていただいた事にとても感謝しています。

 キャンプ初日は、異国の地を訪れるということでとても緊張していて、キャンプ場に着いてからもまず何語であいさつしたらいいのか分からず、あっという間に終わってしまいました。

 ようやく2日目になると、現地の雰囲気にも慣れ、積極的にプログラムに参加したり、友達作りをしました。その日のプログラムの一つ目は『法鼓山』(ホウコサン)という所までバスで行き、参拝の作法を学んでから様々な大仏を拝みました。2つ目のプログラムはオリエンテーリングでキャンプ場の地図と方位磁石を頼りに指示された箇所を通り、短時間でゴールするというものでした。意外とキャンプ場内はとても広く、予想を遥かに超えたプログラムでヘトヘトになりました。そして、キャンプファイヤーになって他国のスカウトが盛り上がっている中、日本も何とか盛り上げようということで、アイディアを絞り出しアドリブで他国の団に褒めあう掛声をかけたりしてとても楽しかったです。キャンプファイヤーに参加した事で、日本の団がより一層団結したような気がし、また話す言葉は違っても、他国の団のスカウトと心が通じ合えたような気もしました。そしてその夜はキャンプ最後の夜という事で、夜遅くまで起きて他国の友達と、自分たちが住んでいる所や、自分の将来の夢について語り、その夢を叶えると互いに約束をしました。そしてそれは、私にとってとても深い思い出の一つとなりました。

 3日目はいよいよホームステイが始まり、楽しみにしていたホームステイ先の家族と会うことになりました。ホストファミリーはとても親切だったのでホームステイの心配はどこかへ消え去りました。そして、初めて台湾を訪れるということで、ホストファミリーに夜市に連れて頂きました。初めは市内の光景すべてに驚きましたが、台湾の食文化を感じなければいけないという事で様々な種類の台湾料理をご馳走して頂きました。美味しくて気に入ったものもあれば、日本人にはありえないような味もあり、面白い食文化を経験出来ることができました。

 ホームステイ2日目は、ほぼ子どもたちだけで台北市内の観光をし、国立故宮博物院という博物館に行き、中には数え切れないほどの品々があり一日あっても足りないぐらい広く、歴史深い博物館でした。そしてその夜の感謝の宴では、カラオケをしたり、みんなでダンスをしてとても楽しかったと同時に、徐々に台湾に居ることができる時間も少なくなってきて来た事を知りました。

 ついにホストファミリー、他国と日本からの友達と別れなければならない時になり、悲しさと寂しさでいっぱいでした。しかし、皆と再会することを約束して台湾を去りました。そしてこの台湾親善訪問は、私にとってガールスカウト経験最後で、また人生の中の大事な思い出の一つとなりました。

 

 

「台湾親善訪問」に参加して

             ガールスカウト三重県第1レンジャー部門 松本 ひかる

 

 私は、今回の「台湾親善訪問」で初めて、飛行機に乗ったし、初めて海外に行きました。台湾に行くまでは、言葉が通じなかったらどうしよう。とか、友達ができなかったらどうしよう。とかいろいろと考えてしまうことが、たくさんありました。でも、実際に台湾に行ってみると、他の国のスカウトとも仲良くなることができたし、一緒に行った日本のスカウトともすごく仲良くなることができました。それに、中国語が話せなくてもなんとか英語で話をすることができたのでよかったです。

 ホームステイ先のお母さんは日本語が話せなかったけど、おばあちゃんが日本語を話せたので、おばあちゃんに通訳をしてもらって、お母さんとも話をすることができました。私は、ホームステイ先の家に行ったときに、もっともっと英語を勉強していくべきだと思いました。そうすればおばあちゃんに通訳をしてもらわなくても、お母さんと英語で会話ができたからです。「台湾親善訪問」が終わってから言っても仕方ないけど、もしまた、ガールの活動などで海外に行くときには、行く国のことを調べるだけじゃなく、もっと英語を勉強して行こうと思いました。

 私が今回の「台湾親善訪問」で一番楽しかったことは、十七日の日の夜にやったキャンプファイヤーです。その日は、キャンプ二日目だったから、日本のスカウト同士も仲良くなっていたので、みんなで一緒に盛り上がることができてすごく楽しかったです。他の国のスカウトの出し物(踊りなど)にも、積極的に参加することもできたし、日本のスカウトみんなでやった「炭坑節」の盛り上がり方がすごくて、とても楽しかったです。最初何回か日本だけでやったときに、吉嗣さん(兄の方)とか地道さんとかがすごい頑張って盛り上げてくれたから、台湾のスカウトとか他の国のスカウトたちを巻き込んでも、あんなに盛り上がったんだと思いました。キャンプファイヤーの会場にいたスカウト・リーダーたちみんなが一つになった感じがしてすごく楽しかったです。そのときに私は、改めて「言葉が通じなくても全然関係ないんだな。」って思いました。

 キャンプファイヤーの最後に、空にあげた気球みたいなやつがすごくキレイでした。空にあげる数が三十五個や四十個とかよりもっと多かったし、紙の色も何色かあってすごくキレイでした。日本のスカウトみんなで一つ持って空にあげることもできて、いい体験ができたなぁ。って思いました。その気球みたいなやつを空に全部あげてからみんなで空に向かって祈りました。みんなが何を祈ったか知らないけれど、みんなの祈ったことが叶えばいいなと思いました。

 今回「台湾親善訪問」に行って、日本にいたら絶対に経験できないようなこと(ホームステイとか)がたくさん経験できて本当によかったと思いました。私がガールのスカウトでいれるのは、あと一年しかないけど、今回得たことをこれからのスカウト活動に活かしていけたらいいなと思いました。

 

 

 

 

台湾親善訪問に参加して

ガールスカウト 三重県第1団 レンジャー部門  浦野 早貴

私は台湾親善訪問へ参加しました。

主催は現地なので、一体どのような状態でキャンプ、又はホームステイをするのかあまりハッキリしない点がありとても不安でした。不安なまま8月16日。出発の日が来ました。集合場所への道中で車酔いしてしまい、困った状況での活動の始まりでした。

セントレア空港で愛知、大阪のボーイスカウトの皆さんと三重7団のガールスカウトリーダーの皆さんと合流して、結団式をしました。そしてセントレア空港から11時49分頃、台湾へ到着しました。

空港からキャンプ場へバスで移動します。窓から風景を見ていると、一戸建ての住宅が少ないことに気づきました。マンションやアパートがとても多く、都会を感じさせました。

キャンプ場へ到着して、初めてドーム型テントを設営しました。家型テントしか経験がないので、ドーム型の手軽さにビックリしました。国際の夜では、頑張って練習をしたおかげで上手く木遣を披露でき嬉しく思いました。

2日目には、選択プログラムで、法鼓山へお参りに行きました。そこに祀られている仏像を実際に見て説明を聞いたり、中国仏教のお参りの仕方を教わったりました。日本とは全く違った参拝の仕方でしたが、「心持大きく、自我を小さく」という心は同じだということを知りました。普段、めったに触れられない中国仏教について関わりが持てるとても良い機会でした。

このキャンプで一番印象に残ったことは、2日目のキャンプファイヤーです。蛇ダンスや、旗を使った踊り、民族衣装で踊っているのを見ていて面白かったです。他にも、リンボーダンスや、炭鉱節など他のキャンパーも参加できる出し物では、言葉は通じなかったけど、台湾、香港、マカオ、マレーシアのみんなと一緒に笑顔で踊れてとても楽しめました。キャンプファイヤーの終わりには、たくさんの小さな気球に火を灯して空へ飛ばしました。まるで、夜空に吸い込まれるみたいにゆっくりと風に流れて、灯りが星のようにキラキラと輝いている光景を見てとても感動しました。キャンプファイヤーが終わった後に一緒に炭鉱節を踊ってくれた女の子と名刺交換をして、すぐ仲良くなりました。2日目の夜は疲れも溜まっていて、すぐに寝てしまいました。

 3日目はキャンプの閉会式をして、お昼からホームステイ先の家族の方が車で向かえに来てくれました。ホームステイ先のお宅は、全員が英会話を習っているので、家族中英語が話せます。お母さんは、大学で日本語学科を学んでいたので、日本語を話せます。言語については特に不自由しませんでした。ですが、ホームステイさせてもらっている身だから、わがままは良くないと思って、つい質問に対してハッキリ自分の意見を伝える事が出来なかったことがありました。そしてお母さんを困らせてしまいました。あやふやな答え方は不親切だとわかりました。

私がプレゼントした、お土産のお木曳き車や髪飾りはとても、喜んでもらえました。その後、皆でお茶を頂きながら英語で自分の名前、年齢、クラブを紹介しました。私は弓道部に入っていることを言うと、興味をもってくれたみたいで、弓道についてたくさん質問されました。どんな競技なのか、アーチェリーとの違いや、服装など、うまいといえない英語でしたが、説明していくうちにホストファミリーの方たちと打ち解けいくみたいで、なんだか嬉しかったです。

ホームステイでは存分に台湾(台北)を見て回りました。まず世界一高い101タワーから、綺麗な台北市の夜景を見せてもらいました。展望台に直通しているエレベーターは最速分速1kmの速さで一気に上まで上がりました。その速さと身体にかかる重力に驚きました。それから、市場やいろんなデパートへ買い物に連れ行ってもらいました。台湾では日本と違うところがあり驚きました。例えば、文字がすべて漢字だらけ、自動車が右通行で走っている事や、トイレでは拭いた紙を流さず汚物入れへ捨てる事です。

 ホームステイを受け入れてくれたホストファミリーの方への感謝の宴では、豪華な台湾料理のフルコースを皆で囲み、“ありがとう”を込めて乾杯しました。他のキャンパー達と名刺交換をしたり、カラオケで日本の歌を日本のスカウト全員で歌ったり、ホストファミリーの方たちと写真を撮りました。宴の最後には二人で手をつないで手のトンネルを作りそこを通りながら退場しました。ひとりひとりが「さようなら」や「バイバイ」と声をかけてくれて、嬉しい気持ちと、もう大会が終わってしまう残念な気持ちが湧いてきました。

翌日、ホストファミリーの方と別れて、台湾のボーイスカウト、ガールスカウト本部へ挨拶へ行きました。そこで全国ジャンボリーの様子のDVDを見せてもらったり、スカウトの歴史館や展示室で日本の制服などの違いを知りました。

今回の親善訪問では、違う国々のスカウト達との交流で多くの貴重な友人をつくることができ、速やかな対応力がどれほど大事か学び、台湾の文化を肌で感じるこのできるとても良い機会でした。これからも、この場でつくった友達へ手紙を書いて交流を更に発展させていきたいです。このような機会を与えてくださって感謝しています。この活動での経験を今後の活動に役立てられるようがんばりたいと思います。

 

 

台湾親善訪問 

            ガールスカウト三重県第1団レンジャー部門 中川 早織

 

初めて『台湾親善訪問』の話を聞いたとき、私はすぐに、“行きたい”という気持ちになりました。

なぜかというと、2年前ガールスカウト三重県支部で、韓国との交流会に参加したことがありますが、言葉の壁があってあまり交流できなかったのですごく残念に思っていたからです。

 キャンプ地に着いてドームの設営をしました。ドームテントは立てたことがなかったので、暑い中、日本語の話せる中国のボーイ隊の人におしえてもらいました。この中に6人が寝られるのかと思いましたが、中に入ると結構広かったです。選択プログラムでは寺めぐりとキャンプ地の見学と海へ行きました。お寺は階段がたくさんあり疲れるほどでした。お寺で台湾の参拝の仕方を教えてもらいました。手の動きを厳しく何回も注意されました。キャンプ地見学では2〜3人のグループで地図をもらい、柱の番号をチェックしてまわりました。海はきれいな青い海を想像していましたが、砂浜はゴミやガラスの破片などが落ちているところもありました。砂がとても熱く足の裏を火傷しそうになりました。

一番楽しかったのは、キャンプファイヤーです。日本の炭坑節は 特に盛り上がり、アンコールがありました。言葉がわからなくても外国のスカウトたちも一緒になって楽しんで踊っていたのが印象的でした。名刺交換で外国のたくさんのスカウトと知り合い、写真も撮りました。かわいいな…と思うガールスカウトの制服がありました。中でも緑のワンピースの制服がかわいいと思いました。

 ホームステイでは、ホストファミリーがどんな人達か少し心配でした。でも会ってみると、お母さんは日本語を話すことができたので安心しました。   101(イチマルイチという高いビル)からの夜景や夜市に行き食事にも連れて行ってもらいました。台湾料理は、いろんな味があったけれど、本場の炒飯や小龍包はとてもおいしかったです。ホストファミリーがやさしい人で本当に良かったです。

 私はこの親善訪問でいろんなことがわかりました。台湾の参拝の仕方や日本の良さなどもわかりました。日本は水にも食べ物にもこまらず生きていけます。私は台湾へ5日間行っただけですごく困ることがありました。生活の違いや食文化、国の文化などいろんなことがわかりました。日本みたいに水道水が飲める国が少ないことも後から知りました。台湾では水道水を飲まないよう注意しました。日本の水道水とは違うのでお腹が痛くなると困るからです。これからは日本の水をもっと大事にしていきたいです。また他の国のことも調べて日本の良さを見つけ出していきたいです。

 

 

 

終わってほしくなかった台湾の5日間

             ガールスカウト三重県第1団シニア部門  藤田 裕子

 

今回初めてガールスカウトで、海外へ行きました。最初は他見のガールスカウトの参加がなくてちょっと不安でした。でも、参加してみて本当にたくさんのことを学び、良い経験になりました。

まず1日目の文化交流では、わたしたちの木遣りが無事に終わって本当に良かったです。それから二日目は、選択プログラムで法鼓山へ行ったり、海で泳いだりしました。そしてその夜にはキャンプファイヤーがあって他の国もめっちゃ盛り上がって、日本で経験した以上の私にとって最大のキャンプファイヤーになりました。

次の日からは、いよいよホームステイです。私達のホームステイ先の家にはスカウトがいないと聞いていたので少し不安もありました。でも家に着いたらすごく優しそうな家族で本当に良かったです。ご飯を食べに連れてもらったり、買い物にも行って本当に楽しかったです。とても優しい家族に出会えてうれしかったです。

私が一番心に残っているのが、『感謝の宴』です。大人の人達もみんなが一つになった感じで、他の国の人という感じではなかった。明日でここにいるみんなとお別れ…という空気ではなかった。でも、『感謝の宴』もいよいよ終わりに近づいてきていて、本当に終わってほしくないなあって思いました。

でも、次の3年後伊勢で行われる神社スカウトのキャンプで、みんなと会いたいと強く思いました。

5日目の帰る日も、もう帰る日かって思うくらい日のたつのが速かったです。でも、この長くて短かった5日間の時間でたくさんのことを学びました。残念なことに英語がしゃべれないのでいろいろと大変でした。だから英語力をもっとつけたいと思います。それとあらためて一期一会の大切さも知ることができました。中学3年生の夏にとても良い経験ができたことを感謝します。そして3年後、たくさんの人達と伊勢でのキャンプ(全国神宮スカウト大会)で会えることを願っています。台湾最高!

 

 

台湾親善訪問

               ガールスカウト三重県第1団シニア部門 綿民 舞

 

台湾行きのキャンプはとてもいいキャンプになりました。

1日目は、初の海外で、初の飛行機に乗って、英語も自信がないので、すべてに緊張しました。でも台湾についてから、すぐに友達もできて緊張がほぐれました。みんなでドーム型のテントを立てました。普段あまりドーム型のテントは立てないのでとまどいました。けれどリーダー達が一緒に立ててくれたので助かりました。

キャンプ先でのバイキング料理はとてもおいしかったです。日本よりとても味がでていて最高でした。

夜は文化交流をしました。いろんな国の出し物はとても盛り上がりました。私達の国は、木遣りをしました。胸を張ってみんなの前で出し物ができました。いろんな国の人達が、わたしたちの出し物を見てくれていて、嬉しかったです。

2日目は、朝ごはんのときにいろんな国の子と交流をしました。すごい仲良しになって写真もいっぱい撮りました。そのあと選択プログラムで法鼓山(ホウコサン)にバスで行きました。台湾の参拝も教えてもらいました。日本とやり方が全然違いました。台湾のやり方は難しかったです。その寺の水をもらいました。すごくおいしい水で、くせになりそうな味でした。

昼からは、スタンプラリーをしました。あまり見つけられなかったけど、とても楽しかったです。夜はキャンプファイヤーをしました。またまたすごい盛り上がりでした。みんなでいっぱい踊りまくりました。いろんな国が出し物を披露してくれてもっともっと盛り上がりました。私達は炭坑節を披露しました。みんなすごく盛り上がってくれて嬉しかったです。今まで一番楽しいキャンプファイヤーになりました。その後、アイスを食べました。日本のとはやっぱり味が違ったけど、日本のよりおいしかったです。

3日目は、朝から海に行きました。私は背が低く、すぐに足がつかなくなって危ないのでみんなに助けてもらいました。それから、テントをしまって荷物をまとめました。

昼からはホームステイ先の親子と会って、その家に行きました。夜は他の日本のスカウト達と合流して夜市に行きました。臭い豆腐とか珍しいものを食べさせてもらいました。

4日目は朝から国立故宮博物院につれてもらいました。昼からはバスや電車に乗ってタイペイ101(イチマルイチ)に行って展望台に上った。景色がすごくきれいだった。そのあと、感謝の宴だった。いろんなスカウト達と友達になってメールアドレスの交換もした。出し物ですごい盛り上がった。

最終日。ホームステイ先の家族と別れるのがいやなくらい、ホームステイは本当に楽しかった。

キャンプで得られたものは私にとって宝物です。台湾にまた行きたいと思いました。

 

台湾親善訪問

        南大阪地区 藤井寺第四団ベンチャー隊 地道 崇浩

 

 日本人の「代表」として参加した台湾親善訪問。海外に行くのは、初めてではないが、不安でいっぱいだった。一つも分からない中国語に加え、日本と同じようにはできない食に対しての安全性。色々な不安材料が頭の中に思い出されていき、「ちゃんと帰って来る事が出来るかな?」とも少し考えた。出発の前日に、友人と一緒に、食事をした。「行くからには、楽しんでこいよ。」の一言。なぜか私はその時、「勇気」をもらった・・・。

 ちょっと大げさに書いてしまった。小説のような文になってしまったが、本当に不安でいっぱいだった。でも、期待ももちろんあった。「どんなスカウトが参加しているのだろう。」「どんな楽しいプログラムが待っているのだろう。」と色々考えた。最終の準備をしているうちに、出発当日となってしまった。名古屋まで行く電車の中では緊張でいっぱいだった。そんなこんなで朝の早くにスカウトが集まり、台湾親善訪問は、スタートした。

 日本からの参加スカウトが全員あつまった頃には、みんなが仲良くなっており、緊張感など、これっぽっちも無かった。最後には、このメンバーで台湾に行くことができて、本当に良かったと思うことができた。明るく、楽しい子達ばかりで、気を使うことなく楽しめたことに、感謝している。

 台湾に着いて、一番始めに感じたことが、「汚ない」ということだ。空気もあまりキレイじゃなさそうで、少しがっかりした。しかし、一日経ってしまうと、そんなことも忘れ、一日一日を楽しむことが出来た。私は、上級班長として任命されたのもあり、「自分が前に立って楽しもう。」とも思った。

 数多くのスカウトがいる中でこういう係を任されたことに、とても誇りを持った。こんな自分に、ついてきてくれた班長や他の外国人スカウトにも感謝している。ホームステイ先でお世話になった、家族の人達にも、もちろん感謝。

 本当に内容の濃い親善訪問で、一生の思い出になったのは、まちがいない。自分が台湾に訪れることができ、色々なスカウトと出会えたのも、今まで活動する上で支えてくれた、リーダーや、大人の人、もちろん両親のおかげだと思っています。これからは恩返しする意味で、正しいスカウト活動を送っていきたいと考えています。

 そして台湾親善訪問でお世話なったリーダーの方々、本当にありがとうございました。

 

日本派遣団最高!!

 

 

台湾親善訪問について

                              BS福津第1団 合志 遼太

 81620日の活動はとても楽しかったけど、ハプニングもいろいろあった活動でした。

 初日は、午前中は飛行機だったので、何もありませんが、午後は福岡以外の人と会って、班の人とも会い、とりあえずホッとしました。このころから睡魔が襲ってきてとても眠かったです。(実は前夜、増田宅に泊まった際、徹夜でゲームをしていた。)会場に着いたら、テントを建てて、建て終わった後に、たぶん初めて台湾の物を口にしました。柑橘系のものを絞った汁に寒天みたいなものが入っていて冷やしてあったこともあり、とりあえずいけました。夕食はまだ現地になれないせいか、あまり進みませんでした。その夜の式典では、睡魔にやられそうになりながら必死にこらえるので精一杯で、盛り上がっていたのは覚えていたけど、他はサッパリ覚えていません。

 二日目は、午前に戦争ゲームと午後に寺に行きました。戦争ゲームは、防具を着けるのに少し手間取ったけど銃の扱いはとても簡単で汚れたりしたけど、絶好調だったのでとても面白かったです。午後は、寺に行きました。午前の楽しい雰囲気と違って真面目な感じがしました。夜はキャンプファイアーをして、たんこう節があんなにウケるとは全く思いませんでした。キャンプファイアーも無事終わりサイトに戻ると皆、交換品を交換する最後のチャンスなので、必死です。寝れないので右京(健)らと一緒にジュースを買いに行きました。ここで最初のハプニングが起こります。自販機にコインを入れていると、こともあろうに10元をパクられてしまい、重い思いをしょって寝ることになりました。

 三日目は、キャンプ最終日なので皆さん少々疲れ気味だったように思えます。ここで、また戦争ゲームをしました。今度は楽しかったけど、たくさん被弾してしまい結構痛かったです。閉会式の後、ホームステイ先の人と出会い、ここからホームステイの始まりです。ホームステイの行き先第一号はなんとセブンイレブンでした…その後、TAIPEI101タワーに行き、お汁粉の冷たいヴァージョンみたいなのを食べました。おいしかったけど、昼食後間もない事だったので大分お腹が膨らみました。その後タワー内をぶらぶら歩き、家に帰りました。家はとても広く右京と2人の部屋も与えられました。ホームステイはもっと厳しいものと考えていたので少しやり易くはなりました。夜に夜店に行きそこでも大量に食べさせられて「台湾の人は毎日こんなに食べて大丈夫なのか?」と、経済と体の面で思いました。ちなみに僕たちのホームステイの家族は英語が話せたので終始、英語で話しており、僕は右京の通訳のような存在になってしまいました。

 四日目は、両親が2人とも用事だったので子供たちだけでショッピングすることになり、バスと電車を使い地下街みたいなところまで行きました。その時、第二のハプニングが起こります。電車を降りる際、コインを投入するところにコインを入れたらなんと!!通行止めマークが表示され、コインは入ったままでどうにもならなくなってしまいました。しかし、紹文君(ホームステイ先のスカウト)のガールフレンドにも手伝ってもらい何とか駅を出ました。地下街はとても広く天神地下街(福岡)のようでした。広いので疲れたけど、とてものんびり過ごすことができ、少しリラックスできました。夜にスカウトが集合したときにも、皆に会って緊張がほぐれました。そのせいか、寝る前にずっと緊張気味だった右京からもポニョについてのジョーダンがでるようになりました。

 最終日は、以外に朝が早かったので二人の兄弟とは眠い目をこすりながらのお別れとなりました。今思うと、もう少しゆっくりとお別れしたかったなと思います。やさしくしてくれた両親とも別れ、台湾のボーイ・ガールスカウトの本部に行きいろいろ見て回っていり間に「滞在期間…短かったなぁ…」と、ふと思いました。そしてすべての活動が無事終了し、飛行場へ向かっている間に、午前はホームステイの方々と別れ、午後は日本隊の人とも別れると思うととても悲しかったです。飛行場につき、さよならをしたかと思えばまた会うを繰り返しいよいよ台湾を離れることになりました。さっきは短かったと言ったけど、5日間は長かったと思います。

 最後に、今回の日本隊の指導・引率etc.として頂いた指導者、上班、その他いろいろな人、本当にありがとうございました。

 

 

台湾親善訪問を終えて

               全国神S協・前事務局長 橋 野 加津夫

 神S協台湾親善訪問団に御参加のリーダー、スカウトの皆様、連日35℃にもなる気温の中、各プログラムに精励され、本当にお疲れ様でした。

 今思い返せば、この親善訪問の実施には多くの問題が立ちはだかり、実施が危ぶまれたことが思い出されます。

先ず、一つめは、国際原油取引価格急騰のあおりを受け、参加者募集時には、航空運賃(燃油サーチャージ部分)が昨年末の計画段階より2万5千円以上も上昇し、予定していた参加費での実施は困難な状況となっていました。

そのような状況の中、台湾スカウト関係者の御厚意で、大会日程を当初より1日ずらして実施して戴くこととなりました。お盆シーズン料金が上乗せされている関係上、15日出発と16日出発とでは航空運賃が随分違うものですから、大変有り難い計らいでした。

それにしましても、約二千人もの参加予定者がいる中、しかも、香港、マカオ、マレーシアなど国外からの参加者がいるにも拘わらず、40人程度のわずかな日本からの参加者のために大会日程を変更してもらうなど、考えてもいないことで、大変な驚きでした。

更には、台湾スカウト関係者の仲介で、中華航空と直接取引をすることが出来、旅行会社に対する卸売価格で引受けて戴けることとなりました。なお、それでも吸収出来なかった分は、参加費の増額(五千円増)をお願いして、なんとか乗り切りました。

二つめは、6月に日本の海上保安庁の巡視艇が、領海侵犯した台湾漁船を拿捕したことをきっかけに、尖閣諸島の領有権を巡って台湾での反日感情が高まり、連日のように激しい反日デモの様子がマスコミに取り上げられていました。

日本人が台湾へ渡航することに危険を感じるほど過激なものでしたので、訪台を実施して大丈夫なのか団長(二?神S協会長)と相談しました。団長からは「台湾の人達とメールで何度もやりとりしているが、ごく一部の人達とマスコミが騒いで世論を煽っているだけで、大部分の台湾の人は事件のことを冷静に見ているから、大丈夫」という力強い返事が返ってきました。

三つめは、台湾で小型の蚊が媒介する伝染病(脳障害を起こす日本脳炎によく似た病気)が流行する兆し、との情報が入ったことです。インターネットで情報収集を行った結果、2〜3人の患者が確認された後は患者数も増えず、終息に向かったようでした。

四つめは、台湾北部では、7月の後半から連日40℃近い猛暑日が続いていたことです。熱中症対策など、スカウトの体調管理が心配でしたが、810日過ぎ頃には気温も少々下がりました。

日本の訪問団は、全国各地より参加のスカウトからなる混成チームでしたが、お互いすぐに仲良くなり、大会期間中は団結して課題に取り組み、スタンツも力一杯演じていました。その姿は、非常に頼もしく、誇らしくもありました。中部国際空港がら台湾へ出発したスカウトの中に、乗物酔いでダウンした男児が一人いましたが、その周りにはその子を気遣い、励ますスカウトの姿がありました。学校現場などでの弱い者いぢめが社会問題化する現今、スカウト教育の素晴らしさを垣間見て、日本の将来はまだまだ明るいと感じました。

処で、台湾ではスカウト活動が日本よりも遙かに盛んで、学校毎にスカウトの団が存在し、平均100人〜200人位のスカウトが所属しているということを、此度の訪台で知りました。幹部の方々は非常に友好的で、日本語を解し、且つ会話ができる人も沢山いました。スカウトの子供達も人懐っこく、日本人だと判ればすぐに、ワッペン等の記念品の交換をせがんで来ました。団体(神S協)に対しては、ブロンズ像やペナント、記念楯など、やや大きめの段ボール1箱分にもなる記念品を頂戴しました。

私事ですが、大会期間中、洗面時に剃刀負けを起こし、左顎から出血を起こしました。猛暑のせいで汗をかくために瘡蓋ができず、出血が何時間経っても止まりませんでした。

そんな時、「ふれあい広場」(各国の文化紹介コーナー)において、高校生位と思しきスカウトの少女が近寄ってきて、脱脂綿と絆創膏をサッと差し出してくれました。何気ないことのやうですが、異国で受けた親切に大変感激しました。

大会終了時、スカウトを迎えに来た父兄が乗っていた車が、何れも高級車であったことから、台湾では、上流階層の子供達が、スカウト活動の中心にいることが推察できます。今回交流を行なった彼等、彼女達は、きっと近い将来、台湾の社会・経済の中枢で活躍しているに違いありません。訪問団参加スカウトには、此の度の交流によって、彼らからよい刺激を受け、有意義な交流となれば幸いです。

 

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