
〜定年を迎えた親との付き合い方〜
現在、団塊の世代と言われる年齢層が一斉に退職を迎えようとしている。人数が多く競争率も高い世代で企業戦士としてただひたすら働いてきたというのがこの世代の特長だろう。
企業戦士の典型的パターンとして「家族のためにひたすらがんばっているのだから、家にいるときくらい自由にしたい」というのがある。家事はもちろん、子育ては女の仕事として基本的には協力はしない。家ですることといったらテレビのリモコン操作くらい。性格はまじめだが無趣味でけっこう肩書きにこだわる。だから友達をつくるのも苦手だ。こういうタイプがそのまま定年退職して家にいるようになるのだから、家族も腰をすえて考えたほうがいい。
毎日家にいれば飽きるのも当然だが、肩書きがないから動きがとれない。一念発起して地域の歴史研究会に入っても、つい自慢話やエラソーな口をきいて自分の位置を測ろうとするから、やっぱり友達ができない。こうなると妻だけが頼り。おまけに、単身赴任中にもしっかり家庭を守ってくれた妻は、自分のことを理解しどこまでもついてきてくれると信じて疑わない。
だから「親戚や幼馴染のいる生まれ育った土地に退職金で家を建て、妻と2人で悠々自適に暮らすつもり」(商社・58歳)、「水のよい寒村に家を借りて、小さな畑を耕したり読書をしたりという生活を予定」(放送・55歳)なんて一方的なことを能天気にいいだすのだ。
そんなとき妻達は何を考えているか。「娘たちのいる東京から離れるつもりはまったくない」(パート・60歳)、「ずっと社宅暮らしをしてきたのは、退職後山梨の実家近くに住むつもりだったと最近になって知った。主人は言葉ではっきり言わないから私も黙っているけど、山梨に行くなら私は自分の故郷に帰る。60歳を過ぎてから気のはる田舎の親戚づきあいを始めるなんて絶対に嫌」(主婦・57歳)。
夫ががんじがらめの会社人間をしている間に、子育てを終えた妻は社会の変化や自分自身についても十分目を向ける時間があった。
世の中の大きな変化に気付き、とくに女性の社会的進出や女性と男性との関係の変化には目を見張った。
女性たちは結婚しても子供を産んでも仕事を続け、社会の中でのびのびと活躍している。
「女なんだから夫より早く帰って夕食の準備をするのはあたりまえ」なんて自分が育てた子供たちの結婚生活に口を出そうものなら、言葉の通じない異性人扱いをされる。初めはとまどっても女たちは得意の『柔軟性』でポジティブに受け入れる。自分も働けば生きていけるのではないかという思いと、残りの人生はなるべく自由でありたいという漠然とした願望がつのっているのだ。
親が定年を迎えるというのは、子供にとってもなんだか不安なものだ。「仕事ばかりしていた趣味もない親がどうすごすのか」「経済的に大丈夫なのか」「1歩、老後に近づいた」といった心配要素がいろいろ絡み合って親を見てしまう。
しかし、当の親は50代とそう大差なく、元気にシャンシャンやっている。とくに母親の若々しさは目を見張るものがある。女優でも「あの人が60代!」と驚いた経験は1度や2度ではないだろう。この若々しさはいったいどこからきているのか。
平均寿命が80歳ともなれば、60代はまだ現役。人生50年時代で換算すれば30代後半の働き盛りとなる。ある程度の蓄えがあって、気力、体力とも衰えていないとしても、もし自分を生かす場があればまだまだ十分社会的な活躍ができるということだ。
家族の中でも、実際に自分の老親を介護する世代でもあるから、とても受身ではいられない。また、子供の結婚年齢が上がっているため「結婚までは親の責任」とばかり、子供が成人した後もまだ子育ては完了していないという気持ちも強い。結婚式に結婚後の住宅資金、孫の祝い、孫の世話など、親が子供の世話を焼く場面はいくらでも用意されているのだ。こうしたことからも、子供が思うほど60歳の親は心配ないどころか、むしろ、まだまだ「やっぱりオレが面倒みなけりゃ・・・」という気分でいっぱいというわけだ。
人生60年といわれた昭和10年代の新聞には、56歳の女性が「老婆」として紹介されている。それが、いまやすっかり若返って、博報堂の調査によると、高齢者、老人という言葉がピッタリくるのは70代だという。それによると、高齢者と呼び始められる平均年齢は72.8歳、老人は71.5歳、シルバーが少し若くて67.9歳。そして60代が呼ばれたいのは「実年」「ゆとり世代」だという。10年前でこの意識なのだから、今はさらに若さのバロメーターは進んでいるだろう。まだまだ30代の子供は親に甘えられる世代なのかもしれない。