12番札所 岩間山  正 法 寺(岩間寺)    

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交通:JR東海道本線・石山寺駅下車。京阪バス・南郷中学校経由・中千町下車。徒歩1時間
                         毎月17日には特別に寺までのバスがある。

日記

  泰澄は、別名"越の大徳""金鎮大師"ともいい、幼少の頃より常に十一面観音を念じ、
僧侶となってからも荒行を積み、その名声は早くより中央にも知られていた。
大宝2年(702)には鎮護国家法師に勅任され、
養老6年に元正天皇の病気平癒祈願のため、奈良の都へ来たと伝えられている。

同年、加賀白山を開く途上、霊地を求め弟子神部浄定と少沙弥(寝行者)を従えて岩間山を訪れた折、
山中の桂の大樹より千手陀羅尼を感得し、
その桂の木で等身の先手観音像を刻み、元正天皇の御念持仏をその体内に納め祀った。

現在のご本尊は、元正天皇御念持仏で、
御丈4寸8分(約15cm)の三国伝来エンブダゴン(印度エンブ川より採れる砂金)金銅仏千手観音立像で
「汗かき観音」「雷除け観音」「厄除け観音」として名高い。

ご本尊は、毎夜日没とともに厨子を抜け出て136地獄を駆け巡り、苦しむ人々を悉く救済し、
日の出の頃、岩間山へ戻られた時には
汗びっしょりになられているので「汗かき観音さん」と呼ばれている。

また、泰澄大師が当地に伽藍建立の際、たびたび落ちる雷に困り果て、
ご自分の法力で雷を封じ込め、雷に訳を尋ねられたところ、雷は大師の弟子になりたいのだと申し出た。

大師に快く弟子にしてもらった雷は、その代わりに岩間寺に参詣の善男善女には、
一切雷害を及ぼさないことを約束した。
これが雷除け観音とよばれる由故で、
毎年4月17日には、雷除け法要(雷神祭)が奉修され、多くの参詣者で賑わう。

また、当地は開山当初より水の乏しい所であったため、雷は自の爪で井戸を掘ったという。
「雷神爪堀湧泉」と呼ばれる岩間の霊泉には、元正天皇御製の
「わきいづる 岩間の水はいつまでも つきせぬ法の み仏の影」という歌が伝えられている。
また「観音霊験記」によると、江戸時代の俳聖松尾芭蕉は、
岩間寺に参籠してご本尊の霊験を得、その俳風を確立したと言われており、
本堂横手には芭蕉が"古池や蛙とびこむ水のおと"を詠んだと伝えられている"芭蕉の池"が残っている。

往昔は、後白河・後宇多・正親町天皇等歴代天皇の尊崇厚く日本三大霊場の一として隆盛していた。