熊野古道:出発の地






 熊野神社

★811年 嵯峨天皇の時。国家護持のために熊野大神を勧請して建立された・
熊野三山に重ねて、京都の熊野三山と呼ばれるうちのひとつ。
神社の裏にあるのは
「八つ橋発祥の地」
ここだぁ〜! 最初は丸かった!
¥580だったかな?
哲学の道・・?





もともと神に供えるのは
榊ではなく・・・
葉が左右対称で
更にキレイに縦に割れる
・・・の木だった。
しかし気象条件などで
栽培が難しく榊になった。
京都の熊野三山では
今でも、これを使っている
との事・・何の木だったかなあ・・?

 熊野若王子神社 京都の熊野三山と呼ばれるうちのひとつ。
この神社で、熊野に詣でる前の一週間ほど滝行や精進料理(肉・魚・ニラ・・なんでニラ?・・)を絶って身を清めなアカンねん・・。
右の写真の方向・山に滝があるんや・・辛いで・・しかし・・(やっさん風)
宮司さんのお話
学生に「この文字は烏でできている。何羽いるかわかるか?」と尋ねると一生懸命数えてくれます。
けれど、これは諭しの文字で、烏というのは正面から見るのと横や後ろや方向を変えて見れば全く違う形になる。
物事を一方からのみ見てはいけない、という教えです。
そろばん神輿

学問の神かと思ったら・・・

「ああ・・これは私の趣味です。そろばんを教えているので古くなったもので半年かけて私が作りました」
この神社の右横の階段を登っていけば去年植えた110本の桜が満開だという。え?去年って何年や・・ってか?・・ええやんか・・いつでも・・平安時代やて・・いうてるやろ・・

桜は「陽光(ようこう)」北海道から持ってきたとか・・・え?平安時代にどうやって持ってきたのかって?・・アホやな・・自分で歩いて来たんやないか・・







ちょっと寄り道・・

後白河天皇法住寺陵
ここへは細い道を入って右に曲がるのだが
土日祝日は閉まっている・・何で?
観光客は、そういう日こそ見たいんじゃあないのか?
実は・・宮内庁の管轄なのである!
といことは!定休日なのだ!
しかも・・本来は右の写真が正面の出入り口だったのだが・・
平安時代も・・今も・・お役所仕事って・・え?今っていつやってか?・・ええやないか・・しつこいなあ・・





新熊野神社  京都の熊野三山と呼ばれるうちのひとつ。
後白河上皇が平清盛に命じて紀州熊野の土砂材木などをもって、この地に造営して、聖地・熊野をこの地に再現、熊野の神を勧請して熊野の新宮・すなわち新熊野神社を創建されたといわれる。この御土は往時を偲び「熊野三山」より奉納されたもの。
城南宮

熊野若王子神社で、禊ぎをした一行は、ここで出立の儀をとり行う。
ここでは「当時は、こういうものであったろう」という再現を関係者で行っていて、そのビデオを見せてもらった。

目の前では、陰陽師が、一行を清めるシーンが長々と続く・・大変な行事や・・
すごかったのは庭園!
ミヤマツツジが満開で、桜が満開で・・美しいアセビも満開だった。
今日のアルバムに収納してまっす!


色っぽい木・・
 
巫女さんが掃除をしていた!
何だか驚いてしまった・・・
 


第二駐車場・・?
この奥に上への神社へ続く
長い階段がある。



石清水八幡宮と
祈願した神社の
アルバムへ・・












さてさて・・出立の儀をすませた熊野詣の我々は、城南宮近くの船着き場から船で八幡の「石清水八幡宮」へ!

そこで一旦船を降り、一行の安全祈願をとり行う。

この石清水八幡宮、200mくらいの小さな山で上に大きな神社がある。
しかし、このご一行様、上へは登らず・・・誰でも面倒やねん・・


右の写真に小さく見える鳥居の奥の所で・・・
安全祈願をした・・

今では小さなお社しかないが、当時はキチントした大きな社だったんやで〜・・


その社のそばには、とてもとても重々しい
素晴らしい御神木が!

触れることができないくらいの迫力だった






ここから、船に乗って大阪は天満に・・
そこからは陸路となる。

出世のためにがんばるぞぉっ★