管理人:嘘八百  案内人:藤原の定食

熊野詣 平安時代編

今は・・・鎌倉幕府が作られる前・・平清盛・源頼朝・義経の時代・・後白河上皇(1127〜1192)が権力を握っている時代や。
そして私は藤原の定食(ふじわらのていしょく)・・なにやら・・よ〜似た名前で「藤原定家(ふじわらのていか)」っちゅう者がおるらしいが、名前が似とるだけで別人やからな・・そこんとこ間違えんようにな・・
勤務先は宮廷。権の少将(ごんのしょうしょう)という役柄だ。

何やしらスゴイ役職のようやけど・・「権」が・・アカン・・これついたら少将より下なんや。
そもそも少将いう役が別に・・ものごっつい高い位やいうワケやないし・・好きな歌を詠んでおればええんやけど・・何とか出世のチャンスないんかなあ・・

その頃・・熊野の神はスゴイらしいで〜どんな人でも助けてくれるんやで〜
この時代、山は女人禁制やけど、熊野の神だけは女でも子供でも、らい病のような病気の人でも・・誰でも助けてくれるそうやで〜
・・というウワサが広まり、多くの人が押しかけていた。
熊野の人達は賢い。行商をしとる美人の女性が宣伝して宣伝して歩くんやから、そら・・クチコミやから広まる!広まる!・・ウワサほど広がるもんはないなあ・・インフルエンザと、どっちが感染力強いやろか?

挙げ句の果てに、奥州・平泉の「藤原秀衡」の名前をチョイと拝借・・「秀衡桜」なんて命名した桜の木をつくって・・あたかも当人が詣でたときの記念のようにするもんで、どんどん広まった。あんな遠いところから来れるもんか・・と・・ワシは思うで・・ホンマに来たんやろか?誰か知らんか?

院政の頃だったので、天皇は伊勢神宮へ、上皇・法皇は熊野へと、足げく通ったもんや。よ〜やるわ〜ワシは汗かくのんは嫌じゃ。優雅に歌詠みなぞして・・恋でもして・・ゆったり過ごすんが好きじゃ。
  
熊野詣
解説






後白河
参考HP



・・ところが・・そんなワシに・・「後鳥羽上皇のお伴をせい」との・・お達しが
そ・・そ・・そんなあ・・嫌じゃあぁぁぁぁ・・わしゃ、もう・・40なんやで〜〜〜〜

・・でも・・待てよ・・一緒に行けるっちゅうんは・・チャンスかもな?・・直接に謁見が叶うっちゅうわけやしな・・帰ってきたら・・絶対に出世するよな・・せめて「権」は取れるやろ・・

「はい!お伴します!」・・あ・・いうてもう〜た〜・・
・・と・・いうわけで・・早速・・準備にかからんとアカン・・
これがまた・・実に厄介で・・行く前から疲れてしもて・・アカンアカン・・出世や出世!!

・・さあ・・準備にかかりまっせ・・

真面目な熊野詣のHP