管理人:嘘八百  案内人:庶民

熊野詣 江戸時代編

江戸時代になるとな・・お上は無理難題を平気で押しつけてくる。
「藩から出たら打ち首やで〜」・・そんなアホな・・

以前やったら、よ〜戦があったんで、わしらも金が湯水の如く要ったけどな、徳川はんが天下取ってからというもの、安定した生活がおくれる。せやから有り難いとは思うとるで。ウソやないで。
そやけどな・・裕福になっていく分、次第に欲が出るわな・・話に聞く○○という土地は、どんな所やろ?天皇はんが詣でる「お伊勢さん」ってワシらでも詣れるんかいな?
男も女もどんな病気のモンも分け隔てのう御利益を下さる「熊野の神さん」に詣でてみたいのぉ・・
海というものも見て見たいのぉ・・
他の土地では、どんな美味しい食い物があるんやろ?・・


そんな要望に応えるような雑誌がドンドン出版されはじめてなあ〜

江戸時代になると今とほとんど変わらへんで。

        ・・って・・今って・・江戸時代やないんかいっ★

アホ!誰や?突っ込むなっ!黙っとれっ!



みんなも聞いたことあるやろ?「弥次喜多道中」って。これが当たってなぁ。弥次さんと喜多さんが、二人で漫才しながら旅する話や。え?ちょっと違う?おかしいなあ・・

十返舎一九はんが書いた「東海道中膝栗毛(ひざくりげ)」
なる本がベストセラーになったんや。
ほな、すかさず!パロディー本が登場!
「東海道中膝摺毛(ひざすりげ)」・・・各宿場の女郎本!・・・これがまたベストセラーに!しかも!値段も完全に収録!更に!値切り方まで・・・旅をする男性にはスターだったろうな〜・・あ・・ついでに?宿代も載ってマス!

・・な・・こんなん出たら・・行きとうなるやろ?ほんでもお上は「藩の外へ出たら脱藩で打ち首じゃ!」って言うねんで。殺生やろ?・・我慢できるか?・・でけへんやろ?・・そこでや・・へへへ・・あんさん、抜け道がありますねん。

・・「お詣り」や!お詣りに行く言うたら手形が出ますんや!お上かて神仏には逆らえまへんがな!
「だめ」っちゅうて何か災いがあったら困りますやろ?
・・てなわけで・・「蟻の熊野詣」っちゅうくらい・・ゾロゾロと・・第二次お詣りブームですわ。う〜ん〜お詣りブームというより・・「物見遊山」ですわな・・
せやから、本来の熊野詣でとは、ちーと様子が違うんですわ。

本来のメインルートは中辺路ですわな。上皇はんが熊野の神に祈りを捧げながら、歌会を催しながら、地元の民が上皇ご一行を接待し、山を越えた・・そら・・あれ・・誰やったかなあ・・
ああそうや!「藤原の定家」や!藤原定家はんが同行して日記に書いた「熊野御幸記」の中辺路がメインやねんけど、なんせ・・ワシらは物見遊山や。そんな辛気くさいトコやのうて・・

海沿いに通った「大辺路(おおへち)」や、東から来た人達はお伊勢はんに詣でてから景色のええ海沿いの道を選んで来るもんで「伊勢路(いせじ)」が流行りましてな・・中にはスゴイで!高野山から山越えで熊野まで・・これが「小辺路(こへち)」っちゅうて最短距離で行けますがな・・


・・と・・そういう事で・・中辺路は平安の頃の藤原定家はんに任せて・・え?違う・・そいつは出演料が高いから、パロディーを使ぅてる?・・誰やねん?・・え?・・藤原の定食?・・おもろいやないか〜ウデあげたな〜?・・ま・・そいつに任せて、ワシらは伊勢路・小辺路・大辺路を紹介しまっさ。