ようこそ「カナダ旅行記」へ!。美しいロッキーの山々と湖に見せられた旅です。
カナダ探訪記
昨年、ジオログで紹介した美しいカナダをホームページに編集し紹介する。
ナイヤガラの滝、ロレンシャン高原の紅葉、トロント、ケッベック街並み、ロッキーの山と湖を紹介する。
contents
目次
ナイアガラの滝
トロント
ローレンシャン
モントリオール
ケベック
カナディアンロッキー
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(ナイアガラの滝1)
カナダ旅行を企画したのは、家内である。
それも紅葉のシーズンを目論んで待っていた。
カナダ旅行された圭さんから、アメリカの航空会社を使う場合、カナダでの移動で一旦アメリカの空港に出る場合があるようなことを聞き、カナダの航空会社を使った方が効率がよいのではと思い、選んだ。
7日間と9日間の二通りがあり、行くところは同じでありこれも7日間が効率的と判断した。しかし、効率良いは、しんどいことの裏腹だった。
添乗員さん(男性)の話しでは、7日間の人数は37人、9日間は18人だったとのこと。こちらは、女性の友人との旅行組が多かった。関空、17時50分発、一路バンクーバ目指して飛び立った。9時間30分を要す。
ANAとの提携で、マイレージが使える。乗客は、日本人が大半である。
食事は、サーモンをのせたマカロニか鶏肉をのせたご飯の二通りからの選択だった。味はおいしかった。
機は、バンクバーに近づいた。現地時間は昼前で明るく、上空から市内を見下ろせ素晴らしい眺めだった。(写真)ビデヲに撮らず後悔した。
バンクーバでは、入国検査があった。それほど長い列でもなく順番が来た。
最初に英語が話せるかと聞かれ、話せると答えたら、まず、旅の目的を聞かれた。案内パンフレットにはSIGHTSEEINNGと答えると書いてある。
その次に聞かれたのは、何処のホテルに滞在するのかときかれた。最初のホテルの名前は、OAKS HOTEL OVERLOOKING FALLS と長く憶え切れていなかった。それで、宿泊リストを提示した。カナダ入国審査書には、滞在ホテルの記入欄がない。
カナダの入国審査書の記入は簡単であり。機内でマニュアルもくれるので、充分、自分で書ける。
飛行機を降りて、数人が添乗員に記入内容の確認を頼んだ。添乗員は、お金出して記入を頼んだ方との手前出来ないと答えたのには、聞いていた周囲が呆れた。どうかしている。
一組の夫婦が、出口で通過時、別室へ行くように言われた。添乗員が同行したので問題なかったが、後で聞いてもなぜか分からないと言う。
バンクーバーでは、1時間35分待ち、空路4時間30分でトロントに到着。辺りは暗くなっている。
更に、ナイアガラへハイウエイで1時間30分。夕食はバスでの3個のオニギリであった。夜11時頃にナイアガラに到着したらヘトヘトであった。
明日の予定は、モーニングコール6時30分、食事7時、荷物は部屋の内側に準備。ほっとする間もない。
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カナダ旅行(ナイアガラの滝2?1)
(ナイアガラの滝 2ー1)
翌朝、食事前に前日聞いていた14階の展望室に上がった。
世界有数の観光名所であるナイアガラ・フォールズ(滝)。
滝はカナダとアメリカの国境にあり、ゴート島でアメリカ滝とカナダ滝に二分される
泊まったホテルは、カナダ側の滝を見下ろすところに建っている。
既に、何人かが大きなガラス窓から見える風景を写真に撮っている。
まだ、滝の辺りは薄明かりであるが、カナダ側の滝から落下する水の勢いで
滝の上高くまで水霧で立ち上がっている。
日の出少し前で水平線の空がだいだい色に輝いている様が美しかった。
段々と日が昇ってきている。この階は、廊下の全体が展望室になって大きな窓が何カ所もあり、ゆったりとしたソファも置かれている。
しばしの時間を楽しむ。 食事の時間が近づきエレベータで下に降り、朝食を取ることになっているホテルの右前にあるアップルビーという名のレストランに入った。
格式張ることのない木造りのレストランで、席に着くと一斉にアメリカンブレックファーストをウエイターが運んできた。 例のスクランブルエッグにソーセイジ、ポテトフライが大きい皿に盛り合わせてある。 コヒーかティーかウエイタが聞いて回り入れてくれる。 アメリカ人のホスピタリティを感ずるいつものサービスである。 食事が終わると少し時間があり再度展望室に上がる。既に、太陽は上がり眩しく滝一面を照らしている。美しい眺めを堪能し直ぐ降りる。 今日トロントまで旅するバスで、まず、ナイアガラ観光のためホテルを後にした。 我々の泊まったホテルの左右には高層ホテルがナイヤガラの滝を見下ろすように何軒も立ち並んでおり、その高台から一段下に滝を観光する遊歩道のある所にテブル・ロックと呼ばれるカナダ滝に突き出した展望台近くにバスは我々を運んだ。 もうここは滝のしぶきが雨のように降りかかかり皆が傘をさす。 既に用意良くレインコートを着ている人も多い。 日本人のガイドが滝そばに案内し、カナダ側滝の川裾から滝が落下する点まで見下ろしながら歩いて展望台場で行き落下の瞬間を見守った。川面は黒々として見え吸い込まれそうである。 ナイアガラの滝を流れ落ちる淡水は上流にある4大湖(スペリオル湖、ミシガン湖、ヒーロン湖、エリー湖)から流れてきます。 ここで自由時間があり、後ろの展望出来る建物の2階のテラスに上がりアメリカ滝とカナダ滝の全景を見渡し写真を撮る。
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カナダ旅行(ナイアガラの滝2?2)
(ナイアガラの滝 2ー2)
レインボーブリッジ方向の眺め。 アメリカ・カナダの間に架かる橋で、中央が国境。
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カナダ旅行(ナイアガラの滝2?3)
(ナイアガラの滝 2ー3)
カナダ側滝の落下点・川から滝への瞬間。 黒々として見えるのは光線の加減によると思われる。
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カナダ旅行(ナイアガラの滝3?1)
(ナイアガラの滝 3ー1)
前日からつづく・・・ 船を下りてから、上に上がるエレベータが混むからと船がアメリカ滝に向かったら下に降りるようにアドバイスを受けていたので、階段を降り、そこで、アメリカ滝を心ゆくまで見た。 こちらはカナダ滝ほどの激しい水しぶきはない。しかし、船から見た光が射した滝には何かしら神々しさがあった。 名前は忘れたが、アメリカ滝の右に小さな滝があり、実は、本当は3本の滝があるのだとガイド嬢から先に説明を受けていた。 エリー湖とオンタリオ湖を結びナイアガラ川が3つの滝に分かれて落下しているのである。その水量は1秒間に370万〓もある。 船が岸に近づき急いで出口近くに移動した。船を下りると駆け足でエレベターに急ぎ一番早く上に出た。出たところの売店で滝の飾り絵を買った。 これで、高さ54m・幅675mのカナダ滝および高さ56m・幅320mのアメリカ滝で出来ているナイアガラの滝の観光が終った。 丁度、お昼になり、バスに戻り昼食を採るべく案内されたのはヒルトンホテルで、展望レストランまでエレベータで上がった。 その見晴らしは写真のように素晴らしいものであった。長い間、食事を取りに行くことも忘れ、滝の佇まいに見とれた。 その雛壇場になった各座席から、食べながら間近に見えるのも格別であった。 また、バイキングの料理の種類も豊富で、色々ありおいしかった。 他に、160mのスカイロンタワーがあるが、これだともっと上から全体が見渡せるだろう。 食事が終わるとトロントに向けての出発である。 バスは、カナダ滝、アメリカ滝をなめるように見晴らしながら進み、レインボー橋、その先のそそり立つ崖の側面に建設されたアメリカ側の発電所、カナダ側の発電所を説明を受けながら見て、何時、ゴルフボールが飛んできてもおかしくない道路直ぐ脇にあるゴルフ場を後にして、ここでは有名な花時計をバスの窓越しに見て、更に、カナダの自然公園を管理する若者を養成する世界で唯一の学校の説明を聞き、人口7万5千人の町並みを通り抜けて先を急いだ。しばしの休憩タイムである。
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カナダ旅行(ナイアガラの滝3?2)
(ナイアガラの滝 3ー2)
船上よりアメリカ滝を見上げる人々。
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カナダ旅行(ナイアガラの滝3?3)
(ナイアガラの滝 3ー3)
カナダ滝を見下ろす右手の崖の上のホテル群。 この中の一つに宿泊した。
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カナダ旅行(トロントー1)
バスがナイアガラを離れトロントに向かって、オンタリオ湖の西端を時計回りに北上する。湖を挟んで地図で対岸、北に位置する。バスで2時間である。 首都はオタワであるが、トロントはカナダ最大の都市であり、オンタリオ州の州都である。 トロントに近づく前にガイド嬢より今から350年前フランス人の探検家シャンブランがヨーロッパの持ち帰り高価で売れたものは何か?このオンタリオ湖にもいるものという問いかけの説明が始まった。誰かがビーバと答えた。 1800年代にヨーロッパからビーバーの毛皮を求めて入ってきた毛皮商人たちによって、このカナダの開拓が始められた訳で、ビーバーは、カナダの象徴動物でもある。 しかし、乱獲により絶滅寸前間でいき、代わりにシルクが用いられたとのこと。ビーバハットがシルクハットになった。 従って、トロントにも毛皮職人の町があり、その一つにも立ち寄るとのことである。 バスが湖岸から町に入ると前方に高い塔がたっているのが、バスの正面の窓越しに見える。タワーの多いカナダで一番高く553mある。カナダ国鉄(Canadian National Railway)の頭文字をとってCNタワーと呼ばれている。 グングン近づき左折すると、右手に見えてくる。カメラには上から下まで入りきれない。 そのタワーの下に白いドームが見えている。5万人以上を収容するスカイドームである。 メジャーリーグは、アメリカの野球と考えられているが、そうではなく北米大陸の野球で、ブルージェイズの本拠地で、つい最近もイチローと城島が来たと言う。 バスは、真っ直ぐ北上し町中に入る。ガラス張りのビルが多いでしょうとと説明にビルを見る。地震がないからであろう。 ナイアガラとトロントを案内するバスガイド嬢は、トロント在住である。 聞けば、一軒の家に女性が5人間借りしているとのこと。 カナダで家を建てる時は、凍結するためか地盤をしっかりさせるために地中深く基礎を築く様に建築法で定められているとのこと。 それで、深く掘った部分を効率良く半地下の部屋を造る人が多いとのこと。確かに、よく見ると地面近くに窓の見える家が多い。 その半地下の部屋に2人、上に3人、皆、国の違う人が住み、彼女は上に住んでいるとのこと。 短い観光であるが、幸いなことに彼女よりトロントの色んな話が聞ける。
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カナダ旅行(トロント2?1)
(トロント2ー1)
トロントの町中にバスは入って、ガイドさんが車道から歩道に上がった所にある高さが1mほどの何かに気づきませんかと問いかけてきた。見ると黄色など色とりどりの箱が並んでいる。 これかと思ったらそうではなく、1mのポールが何カ所かに立てられているという。 何なのか?見ると自転車が、鎖でくくりつけられている。自転車立てなのだ。用心深い人は、前の車輪やサドルをはずして持って行くという。 それでは、色の付いた箱はというと、無料新聞が入れられているのだという。これだけの箱の種類があれば、買わなくてすむだろう。 さて、カナダは冬は寒い。それで、家に引きこもりがちになる。 そうならないようにトロント市は、かなり広範囲に地下道を造ったという。 地下鉄も同じだ。 公共交通機関は、アメリカが自動車中心のハイウエイを造ったのに対し、トロントは、地下鉄を選んだという。また、バス、市電も走っており発達しているという。 また、料金が近くても遠くても一律2ドル、約250円という。 行き先が、近い人には損に思えるが、遠い人にありがたいし助け船だ。住み易そうな町である。 乗り換えは90分以内なら無料で、非常に 便利で安心な乗り物だ。 バスは一気に北上し、やがてトロント大学が左手に見えてきた。 歌手アグネスちゃんが学んだカナダ最大の大学である。 アグネスちゃんはこの大学で主席で通したとガイド嬢の話。 右手に曲がり、クインズ・パークに入り州議会議事堂の手前で停まり下車した。 そこで、美しいクイーンズ・パークを少し歩き、その中央に立つ独特の薄紫色の州議会議事堂を格好の背景にして写真を撮った。 ここ、クイーンズ・パークが市のシンボルという。 州議会議事堂は、1893年に赤茶色の砂岩を用いて建てられた歴史的建造物である。 しばらくして、我々は州議会議事堂の内部に入った。 入った内部の右手には、事務を執る人のコーナ、左手は展示品と土産物を売る所。その先には、議会が出来た頃の政治家と思われる人の肖像画が飾られている。 その先に深紅の絨毯が敷かれた階段がある。 その奥が議会室なのだろう。はっきりとは分からないが、手前の古めかしい木造造りと違った少しピンクがかった大理石造りに見える。 聞けば、大理石やマホガニー材などをふんだんに使用し豪華で、厳粛な雰囲気が漂っているという。 観光客でも議会を傍聴できるらしいが、今回は、中に入らないのでその雰囲気は味わえないで出た。
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カナダ旅行(トロント2?2)
(トロント2ー2)
街角の車道より少し上がった歩道に立てられた金属製のポールがる。 ガイド嬢より説明のあった自転車立てである。 ポールには厳重に鎖で繋がれている。 歩道の中央を歩くのに邪魔にならないように歩道端に設置してある。 他国では見られない光景である。
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カナダ旅行(トロント2−3)
(トロント2ー3)
バスは、トロントの町のオフィス街に入ってきた。
その歩道の所々に置かれた、高さ1m少しの黄色いポストの様な箱が見える。
無料新聞が入れられている箱である。
中から取りだしてみたいが、如何せんバスの中では手が届かない。
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カナダ旅行(トロント3?1)
(トロント3ー1)
州議会議事堂から正面には一直線にユニバーシティ通りが南に延びている。 その光景が見渡せる。この道路の下には地下鉄が走っている。町のメイン道路である。 再び乗った我々のバスは、この通りの一筋東の通を南下しながら市内を見て回る。 出発して直ぐに、女子大学の総合病院、トロント総合病院と続く。ガイド嬢の病院の説明が続く。 先に進むと左手にロマネスク様式の旧市庁舎が見えて間もなく、バス右に曲がり直ぐに右手に新市庁舎が見えてくるとガイド嬢の案内。 見えてきたのは、中央あるに円盤状に議事堂を囲むようにして建っている高さの異なる半円が向かい合った初めてみる建物である。(写真参照) 説明に寄れば、トロント市の市庁舎には、建築デザインのコンペが行われ優勝者のデザインが採用された。 シドニーのオペラハウスを設計したフィンランドの建築家ビルジュ・レベル氏の設計によるもので、1965年に建てられた。 写真を撮ると間もなく市庁舎の隣に位置するオズグード・ホールが見えてきた。 オズグード・ホールは、1889年に創設された法律学校である。 1968年にヨーク大学と合併した。正面に花壇があり、非常にきれいな施設である。 この前に立派な金属の柵があるが、これについて説明があったが、思い出せない。 この後、今は、市の施策により保存されている旧市街の煉瓦造りの建物の町並みを通りを過ぎて、いつものように決められた買い物の店、革製品の工場直販店に案内された。 これで、トロントの駆け足観光は終わりトロント空港にバスは向かった。 これから空路モントリオールに行き、そこからバスでロレンシャン高原に向かう。 忙しい旅である。
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カナダ旅行(トロント3?2)
(トロント3ー2)
市庁舎前を走る今は少なくなった路面電車。 東西南北に直進するように走っており利用し易いという。 地下鉄との連携も良く、組み合わせると色々なところに行ける。 市バスや地下鉄と同じ料金で相互乗り換えも可能。
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カナダ旅行(トロント3?3)
(トロント3ー3)
州議会議事堂出たところから眺めた風景。 前庭のクインズ・パーク越しにユニバーシティ通りが広がる。 真直ぐに延びた通りで観光コースにもなっている。
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カナダ旅行(ローレンシャン1?1)
トロントの観光を終えて、トロント空港からモントリオールへの飛行機に乗ることになった。 次の日の観光メニューに「ローレンシャン高原観光とメープルハイキングにご案内」と書いてあり、水が必要と考えて誰彼となく持っている飲み物の中身を捨て、空のペットボトルを用意しようとトイレに水を捨てに走った。 カナダの水道は飲むことが出来るので次の朝入れて行こうとの段取りである。 皆の所に戻ったら荷物のチェックインの所まで行っており少しあわてた。 トロント観光案内嬢はここまで案内し皆と別れた。良い印象の子であった。 さて、チェックインが済み、手荷物身体検査場に行って並んだら、中にはいる前に入り口でペットボトルを係官が集めている。 これまで空のボトルは問題なく持ち込めているので、からにしてみんなが持っている。係官の前でemptyと言ったが出しなさいと言う。今、空にしてきたばっかりと諦めきれないが、仕方なしに出した。 ここでは、検査を通るときピーと鳴ったら靴まで脱がされている女性がいた。 私は、帽子を被っていたら取りなさいと言われた。 空港によりこの様に厳しいところもある。 私はチョッキを着ており、何時もそのポケットに時計や小銭の金属をを全て入れ、それを脱いで検知器に通し自分は金属の一欠片も無しにするので楽に通れる。もう、現役時代から何年もこうしている。 さて、飛行機は左右3人席で、カナダの国内機はいつも同じだった。 17時発で、1時間15分でモントリオールに到着。 こでも30代だろうか女性に出迎えられたが、空港からバスまでの案内だった。 空港内では、暫くバスを待ったがその夜の空港内の光景を記憶している。もう外は夜の帳がおりている。 これからバスでローレンシャン高原のホテルまで移動。 予定では20時頃に到着し、それからホテルでの夕食である。 バスが来て皆が乗り込んだ。迎えの女性が見送ってくれる。 暗い中をバスは走る。周りりの景色は全く見えない。40分ぐらい走ったらもう山の中の様子。登って行く先に先に明かりが見える。ここかなと思ったらまたその先。1時間ほどでやっとホテルに着いた。 ホテルの入り口を入るとマダムが出迎えてくれる。何となくうれしい。 ホテル名は、Hotel Mont-Gabriel。ケベック州の サンタデル(Sainte-adele)と言う村にあるホテルである。
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カナダ旅行(ローレンシャン2?1)
(ローレンシャン2ー1)
泊まったホテルモンガブリエル。 ホームページでは、モントリオールから北に45分、山の上の4星ホテルでゴルフやスキーのリゾートとある。 127部屋があり サンソヴェール(St?Sauveur)という絵のような村を見下ろせると書いてある。 残念ながら夜だから見えない。 中に入ると直ぐ左に上への階段がありレストランらしい。右にフロントがあり中央にソフアが置いてある。そんなに広くない。 ここで、部屋のキーを順番に受け取る。 急いで夕食のため、添乗員から明日の予定の伝達、6:45 モーニングコール、7:15 朝食、8:00出発だ。荷物はホテルのボーイが運んでくれる。 部屋へは、フロント奥の右手を行く。すぐに広いバーがあり、外人の男女の学生が多く談笑している。 山のスロープに建っているので、一階であるが奥へ奥へ左に右に少し登って行く。部屋に着くと直ぐにボーイが荷物を持ってきてくれた。 ベッドの上に手荷物を置いて、急いでフロント前の2階に階段を上がる。 何人かが待っている。右手で土産を売っている店があり。覗いてみる。カナダらしく手の込んだ木製品があり、立体的な鳥の形がたたむと平面になるのを店の人がやって見せる。でも、そこそこの値段がする。 少し待って食堂に入る。広いが、建物は木造で天井の柱も太くてしっかりした造りである。流石、木材のカナダである。 丸い大きな席があり適当に座る。座ってどこから来られたのと6人連れの女性の一人、隣に座った人に聞く。四国は松山という。友達の友達が集まって6人になったという。もう二人の夫婦も松山から。ビックリである。出発の朝、みんな松山空港から飛行機で関空まで来たとのこと。でも、不思議に気づかなかったという。 話しをしていると、食事が運ばれてきた。隣の人はメモを取り始めた。そこで、私は、写真に撮ることにした。 一人だけビールを飲まれたが、年輩の女性が多いので、他の人はお酒を嗜まない。 メインのサーモンは淡泊でおいしかった。日本人好みである。 こちらの地方は、フランス料理でうまいらしい。 前の日のより早めのホテルへの到着で、やっと食事らしい食事を食べたように感じでほーっとした。満足である。
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カナダ旅行(ローレンシャン2−2)
(ローレンシャン2ー2)
デザートに出たアップルパイ。 大きくて大変甘かった。 メイプルシロップの甘さ。 いつものようにミルクティを頼んだ。
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カナダ旅行(ローレンシャン2−3)
(ローレンシャン2ー3)
カナダに到着した日の夕食は、バスの中でのオニギリであった。 やっと二日目に遅くなっての夕食であったが、おいしく満足した。 机の上に献立表がある。次のように書いてある。モンガブリエウホテルへようこそ メープルフアン お夕食ご献立 二〇〇六年九月 十月 野菜のキャッシュチーズソースかけ サーモンのチャイブバター添え 野菜 ・・・ アップルパイ ・・・ 紅茶又はコーヒ ごゆっくりお召し上がり下さいませ。
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カナダ旅行(ローレンシャン3)
(ローレンシャン3)
写真は、次の日の朝、ローレンシャン高原散策にトランブラン山(Mont-Tremblant)の麓に出かける前のものである。 左がガイド嬢、右が到着時に迎えてくれたホテルのマダムである。 見送ってくれようとして外に出てくれている。こんなことは初めてである。 以前、仕事でパリに行きひなびたホテルに泊まった時も、マダムが朝食をしているレストランに現れ、なじみの客と談笑していたのを思い出した。こちらも一緒に写真を撮ったりした。 こちらはフランス風なのだ。ケッベク州は。 今日は、昨夜の夕食後のことを書いておきたい。 今、毎日、ジオログを書いているが、旅行中は書き続けることが難しい。でもホテルのパソコンを利用出来る場合もある。 夕食後にフロント前のロビーに降りると、階段下に置かれた一台のパソコンを触っている女学生を見つけた。 後ろからインターネットをしているのかと聞いた。繋ごうとしているという。 エクスプローラマークをクリックし現れたログイン欄に、一生懸命、彼女のパスワードかを入れているが繋がらない。 何度も、色々とトライしているが駄目で、スピードも遅いという。 フロントに聞くというので一緒に行った。 フロントの女性に聞けば、パスワードが必要で、5.75ドルという。・・・ここまでは前に書いたかも知れない。その時、女学生はこちらを見て右手の親指を上に向けたり、下に向けたりした。 こちらに突然振ってきたのだ。とまどった。 やるの?やらないの!とせかせられている様だった。 最初、やると行ったが、100ドリ一枚だけだったので、小銭を取りに戻ろうと、laterと言いなおしてしまった。 彼女とトライする折角のチャンスを逃してしまい後悔した。 部屋に帰りお風呂に入り、後でフロント行きお金を払い試したが、うまく行かず、フロントマンに頼んだが繋がらなかった。 残念なのは、自由時間のないこの度の旅行では期待出来ない、またとない女学生と話しをするチャンスだった。ふがいない思いをした。 ジオログも書けたかも知れない。 チャンスは積極的につかむ必要がある。 さて、カナダでインターネットをしたり、faxを打ったりする方法として、現地で短期のインターネット契約をするのが良いと書いている人がいた。 今回の旅では、外のインタネットカフェを利用する機会はなかった。
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カナダ旅行(ローレンシャン4-1)
(ローレンシャン4ー1)
手を振るマダムに見送られHotel Mont-Gabrielの前を左回りにしで独特の装飾の門を出たバスは来た道を降りていった。 丁度、坂道を降りきる前右手にスキー場があり、リフトが山の上に延びている。このスキー場の右手に宿泊したホテルが見え、皆が見えなくなるまで眺めていた。写真はそのスキー場。 山を降りたところには、朝早いので人のいないショッピングモールがあり、色とりどりの家が並んでいる。その前を通り抜けて、高速に入り、北へ進路をとった。 バスが高速に入ると周りの風景が変化してきた。 周囲の木々は、はだいだい色に色づき目に和む。所々に別荘が見える。 これから展開する景色も、日本の真っ赤な紅葉風景とは違う。山が色づいた風景なのだ。 見に来た季節の日々により異なった色であろう。 新しく乗り込んだガイド嬢が、メイプルシロップ造りの話しを始める。 メープル(カエデ)は北米には13種類あり、レッドメープル、シルバーメープル、シュガーメープルなどがあって、オスの木が紅葉し、メスの木は黄葉する。 そうなのだ、紅葉、黄葉が入り混ざった橙色というか、暖かな感じがこちらの風景である。 メープルシロップの採取する木として、シュガーメープル (sugar maple) が最もよく知られており3月から4月初めにかけて、木々から真空ポンプで採取された透明なメープルの樹液は、シュガーシャック(砂糖小屋)と呼ばれる小屋に集められ、煮詰めて、あの琥珀色のシロップになります。 水の沸点以下で固体になるまで濃縮されたものはメープルシュガー (maple sugar) と呼ばれる。同様に、水の沸点以上で濃縮された最後に残ったものは、メープルバター (maple butter) と言われます。 最初に採れたものが、一番搾りと言われるとの説明。日本人が名付けたのだろう。 話しを聞くうちに、サン・ジョビツト(St-Jovite) トレンブランの山に手前の街に入ってきた。 ここがローレンヤンの入り口に当たるとのことである。道路沿いに店が展開する。 続いて、湖が見えてきた。湖の向こうの山の色もきれいだ。 目的地のトランブランビレッジに到着するまでに、左右の窓からいくつものゴルフ場を見ることが出来た。 バスガイド嬢によれば、美女コース、悪魔コース、野獣コースがあるという。 ともかくもここのフェアウェイの色は、本当にグリーン色できれいだ。 ここは、レジャースポーツをするために来るところだ。
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カナダ旅行(ローレンシャン4-2)
(ローレンシャン4ー2)
バスが高速に入り少し登っていると感じたら、周りの風景が変化してきた。 見えてきたのは、写真に見るような紅葉、黄葉が入り混ざった橙色というか、暖かな感じがこちらの風景である。 これから展開する景色も、日本の真っ赤な紅葉風景とは違う。 山が色づいた風景なのだ。 見に来た季節の日々により異なった色であろう。 でも、良いと言われた季節に来ている。 私は、写真のような風景が帰り途、延々と続くのに感動した。
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カナダ旅行(ローレンシャン4-3)
(ローレンシャン4ー3)
ローレンシャンへの入り口の町として紹介されたのが、サン・ジョビツト(St-Jovite) である。トレンブランの山に手前の街で、トレンブランリゾート、グレイロツクスキー場への起点となる。 沿道長くカフェテラスのある店や土産物屋が続く。 サン・ジョビット教会の所で右手にバスは曲がった。
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カナダ旅行(ローレンシャン4−4)
(ローレンシャン4ー4)
目的地のトランブランビレッジに到着するまでに左右の窓からいくつものゴルフ場を見ることが出来た。 バスガイド嬢によれば、美女コース、悪魔コース、野獣コースがあるという。 元のアメリカ大統領のクリントンしもここでプレイしたとか。 ともかくもここのフェアウェイの色は、本当にグリーン色できれいだ。 ここは、レジャースポーツをするために来るところだ。
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カナダ旅行(ローレンシャン5?1)
(ローレンシャン5ー1)
バスが右手に曲がるともうその先に、おとぎの国のような色鮮やかな屋根をした建物が目に入ってきた。ガイド嬢によれば分譲住宅という。一昔前の旅行案内書にはないことからリゾートとして新しく開発された、住宅もあれば、店やホテルもある小さいが町である。 建物の向こうに起伏の少ないローレンシャン高原の中で、標高960mという最も高い山、トランブラン山の山裾がが見えてくる。 進んだバスはこの町の入り口で停まり我々を降ろした。 目の前には写真のようなおとぎの国建物が並んでいる。トンガリ帽子のお城だ。 とりあえず手洗いに土産物屋の一つに入る。 そこの自動販売機で水を買う。表示がないのでガイド嬢が1.75ドルと手助けをしてくれるが出てこない。2ドルにすると出てきた。 外に出ると目の前にゴンドラが動いており人が並んでいる。 とりあえず乗って上にと言うことで、皆が4、5人ほどが一つに乗り合わせる。 足下を滑るように噴水の上を、町を足下にして上がって行く。 目の前に展開するお城のようなホテルを見ながら上がって行く。 背景の紅葉も真っ赤ではないが美しいながめだ。 ゴンドラが到着すると、その上に行くゴンドラの発着する建物に人が並んでいる。多くの日本人がいる。 我々は、これから少しのハイキングである。 ガイド嬢より何時までにバスのところまで戻るように指示がある。 今のところからの帰りは、ゴンドラを使わず、街中をショッピングしながら歩いて帰ったらよいとアドバイスされる。 いよいよ登り始めようと見ると、多くの人が長い列になって登っている。 歩きやすく道が造ってあり、所々に木で階段がこしらえてある。 斜面の岩肌から流れ落ちる滝のあるところ見ながら過ぎたら、もう見晴らしの良いところに出た。 ここがシャッタースポットであると。 美しく下に展開するトレンブラン湖とその向こうに広がる紅葉の森をグルーット眺め渡す。この景色を目に記憶しよう。 右手にはスキーリフトが動いている。この今いる斜面がここ随一の格好のスキー場なのだ。 暫し、憩ってから下山する。想像していた真っ赤とは少し違った光景であった。 土産物屋を見ながら歩いて降街並みにしてある。 歩いて、途中、クリスマススリーの専門店で、家内が小さい飾りを買った。 メイプルバターを専門に売る店があり色々買い求めた。 トーストに塗ってから焼くとおいしいのだそうだ。ガイド嬢から聞いた。
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カナダ旅行(ローレンシャン5-2)
(ローレンシャン5ー2)
写真は、途中に岩肌に流れる落ちる滝などを見ながら我々が登り着いたところである。 ここから下のトレンブラン湖を眺め、写真を撮った。下手前に広がる町から登ってきたのだ。よく見ると湖に端には多くのボートが見える。 遊覧飛行もあり、来る途中の道ばたの標識にも飛行艇の絵が描かれてあった。
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カナダ旅行(ローレンシャン5-3)
(ローレンシャン5ー3)
ロープウエイのゴンドラから眺めたホテル。 後ろに見える木々の色が、今の時期の紅葉である。 このゴンドラが着いた先に更に上に行くゴンドラがある。 我々は、着いたところから中腹まで少しハイキングするのが今日のメインイベントである。 カナダ旅行9日間の場合は、ここのホテルの一つに宿泊し、ゴンドラで頂上まで行くようだ。それが行けないと言っていた。 しかし、今日はなぜか人を乗せていないようだ。
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カナダ旅行(ローレンシャン5-4)
(ローレンシャン5ー4)
バス到着したところからいきなりゴンドラデ町の上を行く。 下にはおとぎの国の建物が広がる。
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カナダ旅行(ローレンシャン5-5)
(ローレンシャン5ー5)
バスの窓越しに見えてきたトランブラン山(Mont-Tremblant)の山裾に広がるおとぎの国? この冬にはスキー場となるなだらかな山をこれから散策する。
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カナダ旅行(ローレンシャン6?1)
(ローレンシャン6ー1)
紅葉の美しい山と湖の風景見ながら、バスはロレンシャンのトランブランビレッジを後にした。 ガイド嬢が通り過ぎるトレンブラン湖を見て、名前は記憶にないが、ここには2種類の魚がおり、その1種類はここに住み着いてしまったサケ科の魚であると説明した。 また、トレンブラン山(Mont-Tremblant)の名前はどうして付いたかと言うと二つの説があると次の話してくれる。 その一つは、トレンブランの原住民のインディアンには、ここで起きる1年に1回の小さな地震でもビックリするような大々的な出来事であり、それを神様が怒って木が揺れる、山が震える・・・・ふるえる、即ち、トレンブル(Tremble)という言葉から名前が付いたという。 もう一つは、ポプラの木の一種のトレンブルと言う名の木があり、この木がカサカサと揺れると、山が震えると言うことでトレンブル山と名付けられたと言う。 ローレンシャン、カナダは、原住民のカナディアンインディアンの里でもある。 カルガリーの空港には、インディアンの装飾品の店があった。 さて、話しをするうちに来た時と同じ川を渡ると、この川の名前は、悪魔の川という名で、これもインディアンによって名付けられたものであるとの紹介。 バスは写真のように紅葉の美しいゴルフ場の横を通り過ぎる。 ローレンシャン高原のトレンブランビレッジでの短い観光を終え、バスはモントリオールに向かう。
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カナダ旅行(ローレンシャン6?2)
(ローレンシャン6ー2)
山の上からトレンブラン湖をビデオカメラで拡大し撮った映像をデジタル写真にしたもの。 湖畔に沢山のヨットが見える。手前には別荘、住宅が見える。 ガイド嬢の説明では、ここに2種類の魚が澄んでいるという。 湖には、空からの水上飛行機の上からの遊覧もあり、道路沿いの標識にも水上飛行機の絵が描いてある。 乗り場への道筋を表示しているのだろう。
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カナダ旅行(ローレンシャン6?3)
(ローレンシャン6ー3)
ガイドさんがローレンシャン高原への行き帰りに、悪魔の川と言っていた川を、動いているバスの名からビデオで撮ってそれをデジタル写真に取り直したもの。 動いているのと、68万画素なのできれいにはならないが。
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カナダ旅行(モントリオール1?1)
ローレンシャン高原を後にした我々の乗ったバスは、いよいよ1642年にフランスの入植者によって、セントローレンス川の中州に築かれた美しい街、モントリオールに入った。 バスは、一路、モントリオール市街を見下ろすモン・ロワイヤルの岡に向け狭い街中の道を登って行く。 最初に訪れるのはモン・ロワイヤル・パークの西側にある聖地、サン・ジョセフ礼拝堂で、ガイド嬢が礼拝堂の成り立ちを、アンドレ修道士の話しから始めた。 アンドレ修道士は、信者に抱擁することで、歩くことの出来ない足の悪い人が歩けるようになるなど不治の病を治すなど数々の奇跡を行った。 また、アンドレが建てたカナダの守護聖人とされるサン・ジョセフ(キリストの父)に捧げた小さな礼拝堂がその昔立っていた。 アンドレ修道士の死後、その志を継いだ人々の熱意で1942?1960年に渡り現在の大きな礼拝堂に建設され、今では、年間200万人が訪れる北米第一の巡礼地となった。 正面手前には、3列、99段の階段があり、中央は木製の階段で、ここは巡礼者が膝をついて、お祈りをしながら一歩一歩登って行くのだという。 また、礼拝堂の前方サン・ジョセフ像の前にある建物には、アンドレの信仰で歩けるようになった人達の松葉杖が多く奉納されているという。 この日は、礼拝堂の中には入れなく、外からその美しい銅製のドームを眺めた。 暫しいて、今度は近くのモントリオールの街を一望できるモン・ロワイヤル公園の高台にバスで移動し、モントリオール市街を眺め写真に収めた。 見渡す手前の森も紅葉しきれいで、遠くオリンピック・スタジアムも見ることも出来た。 ガイド嬢によれば、オリンピック開催までにドームの屋根が間に合わず、取り付けられたのは、7年後と言うことであった。その後も大風で飛ばされたりしたらしい。 この後、岡を左に降り、丘の上の十字架を右手に見て旧市街へ移動した。
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カナダ旅行(モントリオール1?2)
(モントリオール1ー2)
サン・ジョセフ礼拝堂前の広場に高く立っているキリストを抱くサン・ジョセフの像。 ここの手前ででバスを降り礼拝堂の全景を眺めた。
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カナダ旅行(モントリオール1?3)
(モントリオール1ー3)
1976年の五輪のために建造されたオリンピック・スタジアム。 スタジアムの斜塔のてっぺんまでケーブルカーで登ることができ、眼下に大パノラマが眺望できるという。 ドーム形の白い屋根は、オリンピックには間に合わなかったという。 拡大して見たモン・ロワイヤルからの眺め。
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カナダ旅行(モントリオール1?4)
(モントリオール1ー4)
街の中心部にあり広大な敷地をもつ市民の憩いの場、モン・ロワイヤル公園からモントリオールの街を一望。 高台にあるのでモントリオール市を左右に広く眺められる。 手前の森の紅葉が美しい。
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カナダ旅行(モントリオール2?1)
(モントリオール2ー1)
この旅行で、一人の知り合いが出来ました。奈良県にお住まいのIK様です。 趣味がクラシックギターでその長い演奏活動を記録したホムーページを持って居られます。 題名は「ギターあれこれ (On the guitar)」です。(http://www.geocities.jp/lavendersajp/) ギターの演奏が入っています。一度、聞かれたらと思い紹介します。 さて、そのIK様から、先日、次のコメントを付けて旅の写真を1枚送ってこられました。 「ノートルダム聖堂のオルガンについて・・私も響き渡っている豊かなオルガンの音に感激しました。このオルガンの写真を貼付しておきます。 原画は真っ黒でしたが、ちょっと細工をしたらオルガンの姿が浮かんで来ました。余り綺麗な写真ではありませんが。」と。 ノートルダム教会の内部は真っ暗でした。私も撮りましたが、僅かな明かりが点在するだけの写真でした。 明るさを修正するだけでこのようにきれいにパイプオルガンの一本一本が見てとれます。構図良く天井の花びら模様のステンドグラスも入っています。 良い思い出を有り難うございました。 早速、私も修正してみました。 明るさを最大に、コントラストを最小に。内部が少し、蘇りました。
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カナダ旅行(モントリオール2?2)
(モントリオール2ー2)
昨日は、モントリオールにあるモンロワイヤルの丘に登り、その後、バスは丘の左に下り降り、今度は右に回りモンロワイヤルの丘、公園の前を走った。丘を振り返ると十字架が写真の様に見える。 この十字架についてガイド嬢の説明が続いた。 フランス人の開拓者メゾヌーブが1643年、この丘に十字架を担いで丘に掲げました。当時は木製の十字架でしたが、下からは分からないが今では金属製の十字架になっています。 また、中央に天使の像のようなものが立っています。 ここがモンロワイヤルの公園の正面のようです。 カナダでは、冬に、こうした丘と公園で市民がスキーやソリをして遊ぶのだそうです。 さて、この丘の名前の由来にモントリオールの歴史があります。 1535年、フランス人の探検家ジャックカルチエが、フランス国王の命を受けて、探検にやってきますが、セントローレンス河のモントリオールの辺りの急な浅瀬で、彼が乗ってきた小さな船でさえもその急流をさかのぼることが出来ず、王様への命が守れなかったということで、その旅を断念王様への忠誠を誓うという気持ちを込めて、この丘にモンロワイヤル(王の山)と名づけましたということです。 バスは速度を上げて通過しました。
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カナダ旅行(モントリオール3?1)
(モントリオール3ー1)
さて、バスは、モントリオール発祥の地で観光の名所となっている旧市街に入り、街の本当の心臓部、プラス・ダルム(Place d'Armes)の広場に行き、そこで我々は降りて近くを観光することになりました。 この一カ所に、モントリオール創設からの過去の歴史を物語る記念的な建物が集まっています。 この広場の中央に写真で見るように、山の上に十字架を建てたこの町の創始者メゾヌープ、あの人ですよとガイド嬢説明の人物像が建っています。 また、この像の足下に何人かの人物像が並んでいるが、その中に一人の女性像がある。この人はフランスから来た看護婦さんで、初めてこの地に病院を建設したという。 この像の正面に、あの有名なノートルダム大聖堂(Notre-Dame Basilica)が聳え立っている。丁度、鐘が鳴っていた。 聖堂の中に揃って入る。 薄暗い中、後ろから透き通った青色に祭壇がライトアップされとても美しい・・・。 暗い中の青色は神秘的な美しさがあります。 中央にある十字架に架けられ金箔を施されたキリスト像、前後左右にある木彫像が切り絵のように浮かび上がって見えます。 あちらこちらの椅子に観光客の集団が座り、ガイドの話に耳を傾けています。 聞くべきだったガイド嬢の説明を聞くのもそこそこに、ビデオカメラで幻想的な内部を忘れまいとして撮りました。 カメラでは暗く映りますが、ビデオからデジタル画像に取り込みました。写真のように内部を捉えています。 青色は見る人を落ち着かせ、見るものに感動を与えます。。 1829年にオープンし、その当時は、北米最大のネオゴシック様式の教会でした。 ニュヨークから来た建築家のジェムース・オドネル氏の仕事で、彼はこの教会の下に埋葬されているそうです。 昨日、掲載した巨大なパイプオルガンの調べもにも圧倒されるでしょう。 この教会の後ろに、"wedding chapel."と呼ばれている現代的な祭壇のSacred Heart Chapelがあります。 有名な映画タイタニックの主題歌を歌ったセリーヌ・ディオンの結婚式も行われたと言うことです。 これを見て外に出ました。 我々はフランス風の店が建ち並ぶノートルダムの横の通りをノトルダム西から東へジャックカルチエ広場に向けて歩き始めました。
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カナダ旅行(モントリオール3?2)
(モントリオール3ー2)
大聖堂の内部は神秘的、幻想的な世界。 透き通る青色の炎のような背後の照明により全面に金箔を施した木製の彫刻像が周囲を照らされシルエットの様に浮かび上がっている。 特に、中央の十字架に架けられた一際大きいキリスト像が素晴らしくきれいに厳かに見える。 天空を眺めているようだ。プラネラリュウムを眺めるように・・・。 クリックし拡大し見て下さい。
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カナダ旅行(モントリオール3?3)
(モントリオール3ー3)
モントリオールの旧市街、その中心、プラス・ダルム広場の前に聳え立つノートウダム大聖堂(Notre-Dame Basilica)。 名前の最後のバシリカ(Basilica)は建物の様式で、中央の教会部分と両脇の回廊が壁でなく、自由に出入りできる柱で仕切られている建物のこと。 この回廊の外側にステンドグラスの絵がはめ込まれている。 モントリオールの歴史が語られているという。
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カナダ旅行(モントリオール4?1)
(モントリオール4ー1)
我々は、ジャック・カルティエ広場(Place Jacques Cartier)に歩いて到着した。 ノートルダム教会の北、市庁舎の前に広がる広場です。 市庁舎の横にはトラファガール海戦を制したネルソン提督の記念注がそびえ立っています。 川に向かう斜面に作られた広場で、市庁舎に向けて階段状に上がっていっています。 中央には花壇があり、両脇にカフェやレストランの椅子が並んで、パリの雰囲気を醸し出しています。 ここには冬が去り太陽の光が差し始めると人々が自然と集まってくるところだそうです。 市庁舎は穏やかな外面とは違った騒がしい歴史があります。 1872年?1878年にかけて建てられたが、1922年大火事に見舞われました。 そして、1967年7月、モントリオール万国博覧会の際に、ケベックを公式訪問したドゴール大統領は、バルコニーから大観衆を前にケベックの独立を煽る演説を行った。 両手を高くあげてあの有名な"Vive le Québec libre!"(自由ケベック万歳!)という叫びで演説を締めくくったのです。 カナダ政府としては全く迷惑な内政干渉であり、フランスに抗議したところ、ドゴール大統領は、その夜の晩餐会には出ずに怒って帰ってしまったそうです。印象に残ったガイド嬢の説明です。 以上のようにケベック州は、カナダからの独立をのぞんでいるという経緯があります。 ケベック州へ移住してきた人には、第一言語としてフランス語をな習わさせるのだそうです。 さて、これでモントリオールの観光が終わり、ネルソン提督の記念柱の近くに停まったバスでモントリオールの駅に向かいました。 これからカナダ大陸横断鉄道 VIA REILにてケッベクに行く予定です。
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カナダ旅行(モントリオール4?2)
(モントリオール4ー2 」
ジャック・カルティエ広場(Place Jacques Cartier) 19世紀の前半に市によって創られた広場ですが、そのように言うよりも古くから、ここには冬が去り太陽の光が差し始めると人々が自然と集まってくるところだそうです。 市庁舎と市庁舎の横にそびえ立つネルソン提督の記念柱(写真)の前に広がる広場で、中央には花壇があり、両脇にカフェやレストランの椅子が並んで、パリの雰囲気を醸し出しています。 モントリオールの最もポピュラーな広場です。
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カナダ旅行(モントリオール5?1)
(モントリオール5ー1)
今回の旅行案内のページには、大きくはないが、列車の写真入りで「モントリオール→ケベック間は大陸横断鉄道・VIA RAILにご乗車!」との見出しで「広大なカナダを東から西まで結ぶ大陸横断鉄道のVIA鉄道。・・乗客に良質なサービスと快適さを提供しています。」と書かれてあった。これに期待を寄せていた。 しかし、疲れている時の夜の列車旅にはつらいものであった。 モントリオール駅(12:55) からケベックシティ駅(20:30)まで3時間の夜汽車の旅である。 さて、VIA鉄道モントリオール駅は、地下にあります。 両側に店の並ぶ人通りの多い地下道を歩いて行くと、一段天井が高くなった広い駅構内に出ます。 ここには四方八方の地下道と繋がっており、沢山の人の往来があります。 この構内の両側には多くの店が並んでいます。 入ってみる簡易なレストランというか、仕切はあるが窓のない店が並んでいます。 出来上がった食べ物をを買ってそこで食べるか、または、持ち帰るようになっている。 カナダの人は、夕食を食べて帰る人が多いのでしょう。 この広くなった中央に番号札が立っていいます。 その周りには、簡易椅子があり乗客はそこに座って待っています。 ここが列車の乗り場です。 乗車まで少しの短い自由時間を地下街を見て過ごしました。 集合時間になり、乗車番号札のところに行く。 少しするとどこからともなく女性の駅員が現れ、我々を地下のプラットホームへの降り口に案内する。 駅員から乗車券をもらい、エスカレータで降りたところがプラットホームで、列車は既に到着し待っている。 男性の車掌に列車番号を見せ車両を確認してから乗る。 席は左側2列で、右側は1列である。一段高くなっている。良い座席シートである。 私は最後尾の一人席で一段低い。また、トイレの近くであった。 車掌にドアがないか聞いたが、仕切ドアはないという。 列車はゆっくりと暗いプラットホームを離れた。 外に出ると線路が高いところを街を横に見ながら走っている。 ビルには夕日が射して1日の終わりを感ずる。暮れゆく外の景色を眺めて過ごす。 暫くしてセントロレンス川に架かる鉄橋を渡ると、向こうに橋が見える。 川の中央に島が見える。サン・テレーヌ島だろう。 夕食をとり終えると外はもう夕闇である。 3時間してやっとケベックシティ駅に着いた。 我々をモントリオール駅で降ろしたバスは、高速を走りケベックシティ駅に来て、我々を拾いホテルへ案内する。
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カナダ旅行(モントリオール5−2)
(モントリオール5ー2)
列車が出発したのはもう夕暮れ時、町中を眺めながら走り暫くするとセントローレンス川にさしかかった。
夕日の中の川とそれに架かる橋の光景です。
本当は明るい内に乗れたら、もっと、外の景色を楽しめたと思う。
忙しい旅の中ほんの一時、疲れを癒してくれる光景である。
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カナダ旅行(モントリオール5−3)
(モントリオール5ー3)
モントリオール駅を(17:30)に出発し、ケベックシティ駅に(20:50)に到着。
ほの暗い歴史を感ずる駅舎でホテルへのバスを待った。
プラットホームから入った直ぐのところである。
バスを30分以上待っただろうか、モントリオール駅近くで、我々を降ろしたバスがそこにいた。
3時間の列車の旅の上、夜遅く到着し皆疲れている。
汽車でなくバスで来たら良かったのにと言う人もいた。
乗った時間がもう少し早ければ、景色を楽しめたのにとの思いである。
バスはホテルを探して、少し道に迷いやっと到着した。
泊まるだけのホテルである。部屋に運ぶ荷物も心なしか重かった。
運転手も長時間労働である。愛想の良いチャメッ気な人だった。
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カナダ旅行(ケベック1?1)
宿泊した(HÔTEL QUARTIER)は、ケッベク市の東地区にあり、空港にも、街にもそう遠くない所にあるらしい。 昨日着いたケベック駅からこの郊外のホテルに移動していた。 朝食7時の予定がレストランの準備遅れで7時30分からになった。 急いで食べたが、出発は8時になった。 ガイド嬢は、焦っていた。なぜなら2時間の観光が、1時間30分にする必要がある。どこかを割愛ししなければならないのだ さて、バスは、30分遅れで、ケベックのホテルを出発した。 出発しほどなく左手に紅葉した美しい木々を眺めていると、ガイド嬢が説明を始めた。 左手は、大学の敷地内の木々であった。 先端医療、最新のIT技術で有名な大学との説明があった。 名前は聞き漏らしたが、ラバル大学ではないかと推定する。 バスが走っていると、左手に緑の芝の美しい広い公園が続いた。 そこには写真のように白いテントがいくつも張られている。 説明では、戦場公園で、東京ドームの22倍の広さがあるという。 ここで、フランス軍は、1759年にイギリスと戦い僅か15分で負けた。有名な話しらしい。 イギリス軍は正規の兵隊なのに対して、フランス軍は農民で構成されていたからだと。「アブラハム平原の戦い」 現在では、市民の憩いの場となっているとのことである バスは市内に入り、両側に住宅が見えてくる。 前にも書いたように、半地下の部屋があり、地面の直ぐ上に明かり取りの窓が見える。 従って、玄関は、少し高いところにあり、上り階段が付いている。 更に、走るとテラスに椅子のある店や、おしゃれな店が続く。プランタン通りという。 フランスのシャンゼリーゼに似ており、プチ・シャンゼリーゼと言われている。ここまではバスからの見学だ。 何処に向かうかは、知らされていない。 さて、周りの建物から、いよいよ世界遺産の城郭都市の中に入ってきたようだ。
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カナダ旅行(ケベック1?2)
(ケベック1ー2)
バスは市内に入り、両側に住宅が見えてくる。 前にも書いたように、半地下の部屋があり、地面の直ぐ上に明かり取りの窓が見える。 従って、玄関は、少し高いところにあり、上り階段が付いている。 (地盤が弱く、基礎を深く掘るように定められている)
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カナダ旅行(ケベック1?3)
(ケベック1ー3)
バスが走っていると、左手に緑の芝の美しい広い公園が続いた。 そこには写真のように白いテントがいくつも張られている。 説明では、戦場公園で、東京ドームの22倍の広さがあるという。 ここで、フランス軍は、1759年にイギリスと戦い僅か15分で負けたらしい。 イギリス軍は正規の兵隊なのに対して、フランス軍は農民で構成されていたからと言う。「アブラハム平原の戦い」 現在では、市民の憩いの場となっているとのことである。
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カナダ旅行(ケベック1?4)
(ケベック1ー4)
バスは、30分遅れで、ケベックのホテル(HÔTEL QUARTIER)を出発した。 出発しほどなく左手に紅葉した美しい木々を眺めていると新しいガイド嬢に案内されたのは、大学であった。 先端医療、最新のIT技術で有名な大学との説明があった。 名前は聞き漏らしたが、ラバル大学ではないかと推定する。
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カナダ旅行(ケベック2?1)
(ケベック2ー1)
来て、見てびっくりするシャトー・フロンテナック(仏:Château Frontenac)は、ケベック・シティのランドマークにもなっている伝統ある高級ホテルである。 ブルース・プライス(Bruce Price)による設計で、19世紀後半から20世紀初頭にかけてカナダ太平洋鉄道(CPR)によって建てられたシャトー・スタイル("Château" Style)ホテルのうちの1つ。1893年に開業。 鉄道会社が富裕層の利用客を惹きつけるために贅沢な旅行を奨励する施策として建てられたのが起こり。と市のHPの説明にある。 数々の有名人が泊まったと説明を受けたが、9日間のカナダ旅行ではここに宿泊する。これにも驚く。 昼食をここでするツアーもあるようだ。 今回、ダルム広場では、この建物に目を奪われた
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カナダ旅行(ケベック2-2)
(ケベック2ー2)
朝早いので何もないトレゾール通りの写真。 左手に配電盤の様な箱が壁に取り付けられている。 ここを開けると、今はしまわれている絵とそれを並べる台が出てくるらしい。 フランス領時代、財務関係(トレゾール)の窓口があったところ。 水彩画、版画を壁一面に展示販売している。近くのセントアンナ通りには、似顔絵描きが立ち並ぶ。ぜひ一度、足を運びたい場所のひとついうことであるが、それなりの時間に来ないと見れない。
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カナダ旅行(ケベック2?3)
(ケベック2ー3)
ダルム広場のシャトー・フロンテナックと反対側には、フランス風のレストラン、外に椅子とテーブルの並んだ一角がある。 写真で見る一軒の赤い屋根の建物の前で説明を受けた。 昔からあるホテルでもあり、2、3階が宿泊に使われているという。 (間違っていたらごめんなさい) この建物の左手が、トレゾールである。
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カナダ旅行(ケベック2?4)
(ケベック2ー4)
今回、出発が30分遅れで何処が割愛されたか考えたが、どうも州議事堂であったようだ。 旅行書にある写真で見る建物の前には、行っていない。 ノートルダム大聖堂へ行く途中で見た建物が州議事堂の裏側ではないかと推察する。 歩いている時の写真である。
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カナダ旅行(ケベック2ー5)
(ケベック2ー5)
我々が到着した城壁に囲まれた丘の上にあるアッパータウン(Upper Town)と丘と川岸に間にあるロウワータウン(Lower Town)とに分かれる。 最初の目的場所は、アッパータウンにあるノートルダム大聖堂、既に、感動したこととして既に書いたが、内部の美しさと響き渡るパイプオルガンの調べに乗った心が高揚する賛美歌の清々しさだった。 城壁内のカトリックの教会の中心で、1647年から建てられから何度も火災にあっているため改築され、現在の建物は1925年に建てられたもの。教会内では、午前中は入館無料と午後13以降 有料$7/Pでサウンド&ライトショーも行われます。市のHPの案内に書かれている。 今回、祭壇前での祈りの写真を載せます。
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カナダ旅行(ケベック3?1)
(ケベック3ー1)
ケベックシティは、城壁に囲まれた丘の上にあるアッパータウン(Upper Town)と丘と川岸に間にあるロウワータウン(Lower Town)とに分かれる。 我々のバスが到着したのは、アッパータウンのプラス・ダルム(Place d'Armes)で、ロウワータウンを見下ろす高台にある。 旧市街の観光にはここから始めるのが良いようだ。 美しいお城を思わせるシャトー・フロントナックホテル(仏:Château Frontenac)の正面に広がる広場である。 今回、ダルム広場に到着して、まずはこの建物に目を奪われた この来て、見てびっくりしたシャトー・フロンテナックは、ケベック・シティのランドマークにもなっている伝統ある高級ホテルである。 この広場は、崖の上の城郭の中にあり、周囲の建物は、18世紀の城壁都市の佇まいを残す世界遺産のひとつになっている。 広場の中央にはこの町の基礎を築いたサミュエル・ド・シャンブランの銅像が立っている。 銅像の右手には、要塞博物館がある。この左手前に世界遺産の記念碑がある。 ケベックが初めての私達は、ダルム広場の端から下を眺め景色を楽しむことも分からず移動始めた。 銅像の右側前方には、フニクラ(ケブルカー)の発着場もあったのだ。 ダルム広場のシャトー・フロンテナックと反対側には、フランス風のレストラン、外に椅子とテーブルの並んだ一角がある。この前を進んで行く。 ホーリトリニティ・アングリカン大聖堂の入り口に行く。 1804年建設の英国国外で初の英国国教派教会である。 しかし、休みで中に入れないので元来た通りを戻る。 次に、一軒の赤い屋根の建物の前で歩きを止め、この建物の説明を聞いた。 昔からの歴史のあるホテルでもあり、今も、2、3階が宿泊に使われているという。 この建物の左手が、有名な見所のトレゾール通りである。 我々の行動が朝早いので、今は何もない殺風景なトレゾール通りである。 歩く道筋に、左手家の測壁に配電盤の様な箱が、取り付けられている。 この扉を開けると、今はしまわれている絵とそれを並べる台が出てくるらしい。それなりの時間に来ないと見れない。 ノートルダム大聖堂へ行く途中に通った広場の向こうに、市庁舎の建物が見えた。 今、歩いている最初の目的場所は、アッパータウンにあるノートルダム大聖堂である。 感動したこととして既にジオログに書いたが、内部の美しさと響き渡るパイプオルガンの調べに乗った心が高揚する賛美歌の清々しさだった。
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カナダ旅行(ケベック3?2)
(ケベック3ー2)
ダルム広場の銅像の左手の建物。要塞博物館である。 直ぐ後ろにMuse du Fortと建物の白い壁面に書かれた入り口があり、そちらの方の写真が載っている方が多い。 フランスとイギリスの何回かの戦いがあったが、その両軍に関する資料が展示されているようだ。見学はしていない。
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カナダ旅行(ケベック3?3)
(ケベック3ー3)
ダルム広場の銅像の前に来て、最初に向かったのは、広場の公園の木々を挟んで反対側にあるホーリトリニティ・アングリカン大聖堂であった。 ここは、1804年に建設の英国国外で初の英国国教派教会である。 フランスの領地だったところに英国の修道院があるのは、英国による占領の歴史があるからであろうか。 しかし、休みなのか、何故かはっきりしなかったが、中に入れずに元来た通りを戻ることになった。礼拝中だったかも知れないとあとで思った。 建物の空に高く突き出た突塔が周りから目に付く。
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カナダ旅行(ケベック4?1)
(ケベック4ー1)
ノートルダム大聖堂を見た後は、再びバスに乗りロウアー・タウン観光のための移動となった。 ダルム広場から坂道を下り始めるが、ガイド嬢が見えてくる建物の説明を始める。 最初はに白い、建物の正面に、Muse du Fortと書かれた要塞博物館が見えてくる。それを過ぎると郵便局。更に進むと先ほど見たノートルダム大聖堂の外観が大きく近くに目に入る。ガイド嬢が、ノートルと言うのは私達で、ダムはお母さんを意味し、ノートルダムはマリア様の教会ということと説明。火事や戦争でその形を変えてきたが、1925年に再建された。ここには、ローマ法王であるヨハネパウロ〓世が、北米で初めてミサを執り行う時に迷わず選んだのがこの教会であるいり、その時、教会に入られたパウロ〓世が床に跪き、キスをされたとの説明がなされた。 ここでバスは角曲がって、先ほど入った聖堂の入り口前を通過した。 聖堂の隣に北米フランス博物館(ケベック神学校跡)がある。 バスはきれいな店が次々と続く通りを過ぎ、正面に石の門が見える所で右に折れた。 緑色の屋根の建物、Hotel-Plue-de-Qiebecが見えてきた。これはホテルでなく市民病院です。その先の緑色の屋根は、大陸横断VIA鉄道の建物だとの説明。そこで坂を降りきり右に曲がると青い屋根のMarche du Vieux Port(旧港市場)が左手に見えてきた。産地直送で野菜が届くという。 バスは、ダルム広場の下に展開するロウアー・タウンのセントローレンス川沿いに向かった。 左手に、停泊している白い大型観光船2隻が見えてきた。全長261m、水面からフナそこまで8.11mでエレベータが3基 あるとのこと。2日間の停泊という。 次に、右手の崖の上にシャトー・フロンテナックが見えてきた。素晴らしい眺めで歓声が上がった。この先でバスを降りる。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061112/1163277293
Sun, 12 Nov 2006 05:34:53 +0900
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カナダ旅行(ケベック4?2)
(ケベック4ー1)
緑色の屋根の建物、Hotel-Plue-de-Qiebecが見えてきた。これはホテルでなく市民病院ですと説明された。 ケッベク総合病院である。 地図で見るとかなり大きな敷地面積を持つ。 この先、坂を降りきり、セントローレンス川沿いのロウワータウンに入る。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061112/1163277148
Sun, 12 Nov 2006 05:32:28 +0900
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カナダ旅行(ケベック4?3)
(ケベック4ー3)
バスが坂を下って、何軒もの写真のようなおしゃれな、かわいいお店の前を通過した。 時間があれば、ゆっくり買い物が出来たでしょう。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061112/1163276623
Sun, 12 Nov 2006 05:23:43 +0900
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カナダ旅行(ケベック4?4)
(ケベック4ー4)
今回、見学していないが、ノートルダム聖堂の隣に北米フランス博物館(ケベック神学校跡)がある。 1852年に設立されたラバル大学は、ラバル司教によって1633年に設立されたケベック神学校から発展してきた北米最古のフランス系大学である。 ラバル大学の旧校舎と博物館が一般に公開されている。 朝、最初にバスの左手に見た所に大学は移転している。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061112/1163276300
Sun, 12 Nov 2006 05:18:20 +0900
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カナダ旅行(ケベック4?5)
(ケベック4ー5)
再びバスに乗りロウアー・タウンに向かってダルム広場から坂道を下り始めたバスは、先ほど見たノートルダム大聖堂の横を通過する。外観が大きく近くに目に入るとガイド嬢が、ノートルと言うのは私達で、ダムはお母さんを意味し、ノートルダムはマリア様の教会ということと説明を始める。 建物の上部は、いかつい感じがするが、この下の鉄のトビラの入り口はひっそりしていた。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061112/1163275360
Sun, 12 Nov 2006 05:02:40 +0900
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カナダ旅行(ケベック5?1)
(ケベック5ー1)
ここで我々は、ロウアー・タウンの中心であるプラス・ロワイヤル 広場に歩いて行く。 停泊している大形観光船を見ながら、川縁から一筋上の道に細い路地から入る。 ロワイヤル広場を通過し、すぐ横の建物の大きな壁面一杯に絵の描かれた所に来る。 壁画の面には、ケベックの四季やシンブラン、カルティエ、当時の職人から現代人まで歴史が書かれている。 絵の中の歩道が実際の歩道へと連続しており、観光客がそこに立つと絵の中に入る。 この壁画は、一種のだまし絵的な要素があり、賛否両論があるとか。 ここで写真を撮り、ロワイヤル広場に戻る。 ロワイヤル広場(Place-Royale:プラス・ロワイヤル)は、王の広場とのガイド嬢の説明。 1608年にシャンプランが住居を建てはじめ街ずくり、毛皮交易の基地、居留地をつくったのがロウワー・タウンのこの場所。 広場は、中央にはルイ14世の胸像がおかれている。 北米フランス文化発祥の地で、回りの建物はそのまま面影を残している。 4階建て古い建物は歴史資料館、案内所になっている。 この広場の一方に建つ小さな教会、勝利のノートルダム教会(Eglise Notre-Dame-des Victoires) がある。 天空を突き刺す十字架の塔が印象的である。見学はしていない。 1690年と1711年に英国軍に勝ったことを記念して勝利の教会と名付けられた。 ここから北米で最も古い繁華街と呼ばれるプチ・シャンブラン通りへ歩き始める。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061113/1163366168
Mon, 13 Nov 2006 06:16:08 +0900
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カナダ旅行(ケベック5?2)
(ケベック5ー2)
勝利のノートルダム教会(Eglise Notre-Dame-des Victoires) ロウワ?・タウンの観光の中心地で出発点のロワイヤル広場の横に建つ小さな教会。 1690年と1711年に英国軍に勝ったことを記念して勝利の教会と名付けられた。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061113/1163365597
Mon, 13 Nov 2006 06:06:37 +0900
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カナダ旅行(ケベック5?3)
(ケベック5ー3)
ロワイヤル広場(Place-Royale:プラス・ロワイヤル) 1608年にシャンプランが住居を建てはじめ街ずくり、毛皮交易の基地をつくったのがロウワー・タウンのこの場所。 広場は、中央にはルイ14世の胸像がおかれている。北米フランス文化発祥の地で、回りの建物はそのまま面影を残している。 4階建て古い建物は歴史資料館、案内所になっている。と市のホームページに紹介されている。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061113/1163365375
Mon, 13 Nov 2006 06:02:55 +0900
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カナダ旅行(ケベック5?4)
(ケベック5ー4)
船の横の広いところにポツンとキュウビクルの白地に升目の入ったモニュメント像が立っている。 右手にお店がある路地を入る。 このお店が何の店だったか思い出せない。 そこから路地の先に見えているロワイヤル広場に入る。 観光ウオーキングが始まる。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061113/1163365092
Mon, 13 Nov 2006 05:58:12 +0900
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カナダ旅行(ケベック5?5)
(ケベック5ー5)
下からおとぎ話のお城のようなシャトー・フロンテナックを見上げた後は、ロウアー・タウンの観光となった。 来た道を少し戻ると、右手に、先ほどバスから見た停泊している白い大型観光船2隻が見える。 ガイド嬢が全長261m、水面からフナそこまで8.11mでエレベータが3基を装備と説明したことを考えると、定期的に来ているようだ。 ロウアー・タウンの観光に最も近いところに停泊している。 また、船からシャトー・フロンテナックをよく見れる絶好の所だ。 この船の前を左に街中へ進む。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061113/1163364408
Mon, 13 Nov 2006 05:46:48 +0900
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カナダ旅行(ケベック6ー1)
(ケベック6ー1)
ロワイヤル広場を後にして歩いて行く、前方にフニキュラー(ケーブル)が見えてくる。 最初に到着したダルム広場(アッパ?・タウン)とロウワータウンを結ぶケ?ブルカ?で、45度の急勾配を2基の箱形の乗り物が上下している。 短い時間であるが、箱庭のようなロウワータウンの街並みを見下ろせるという その真下近くまで来る。ここの階段は、折れ曲がりが急で、首降り階段とガイド嬢の説明。 多くの観光客が上り下りしている。 ここを登ると狭いプチ・シャンブラン通り(Quartier du Petit-Champlain)である。 シャンプレンによって街ずくりが進むにつて、港が発展し、この界隈は活気ある商業の中心地となった。 狭い路地にはクラフト・ショップやカフェ、ギャラリ?などが立ち並ぶにぎやかな場所でウィンドウ・ショッピングしているだけでも楽しいとあるが、時間がなく通り過ぎるだけだった。 これで、ケベックシティの観光は終わり、モントリオールへ3時間かけバスで移動する。 モトリオール空港で、15:00発トロント行きに乗る。トロント18:25発でカルガリー行き、そこからバス2時間かけてロッキーの入り口バンフ近くの村のホテルに入る。 23:00頃とハードスケジュルである。 さて、出発したバスは、産地直送の生鮮食料品が届く旧港市場(Marche du Viex Port)の前を通り、モントリオールからVIA鉄道に乗って、そして到着したケベックシティ駅前を通過した。古風な奥ゆかしい建物である。 少し過ぎると郊外に出た、周囲の風景が変わる。両側に近く遠く展開する森の紅葉と黄葉が素晴らしい。メープル街道である。 ローレンシャン高原より素晴らしく感ずる。 長々と続く光景に、皆、満喫する。 カルガリーは仕事できた街、空港から上昇した飛行機から以前登ったカルガリーを写真に収めた。 次の行程はロッキーですが、最初に書きましたので、カナダ旅行記は、これで終了します。 あとで、ホームページとして掲載する予定です。 これまで読んで頂いた方に感謝いたします。 有り難うございました。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061114/1163446621
Tue, 14 Nov 2006 04:37:01 +0900
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カナダ旅行(ケベック6ー2)
(ケベック6ー2)
首折り階段。 その名の通り急傾斜な階段。 この階段の手前がフニキュラーの下に当たる。 これを登るとぷち・シャンブラン通り。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061114/1163446101
Tue, 14 Nov 2006 04:28:21 +0900
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カナダ旅行(ケベック6?3)
(ケベック6ー3)
プチ・シャンプラン通り(Quartier du Petit-Champlain) シャンプレンによって街ずくりが進むにつて、港が発展し、この界隈は活気ある商業の中心地となった。 狭い路地にはクラフト・ショップやカフェ、ギャラリ?などが立ち並ぶにぎやかな場所でウィンドウ・ショッピングしているだけでも楽しい。 フェニキュラ?でアッパー・タウンから下におりたところにある小さな通り。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061114/1163445642
Tue, 14 Nov 2006 04:20:42 +0900
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カナダ旅行(ケベック6?4)
(ケベック6ー4)
昨日、VIA鉄道で夜に到着したケベックシティ駅。 到着が夜で分からなかったが、古風な、昔を偲ぶ建物。 モントリオールへの移動時に見る。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061114/1163445385
Tue, 14 Nov 2006 04:16:25 +0900
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カナダ旅行(ケベック6?5)
(ケベック6ー5)
ケベックシティの観光を終了し、モントリオールへのバスでの移動。 沿道に展開する紅葉と黄葉。 メープル街道を満喫する。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061114/1163445113
Tue, 14 Nov 2006 04:11:53 +0900
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Now in CANADA
(カナダからジオログへの書き込み)
I am now in SHERATON HOTEL at Canmmore Alberta near Banff in CANADA. It was hard trip and could not slept every day,because our party started early mornibg and got back late evening as usual of tourist behavior. I means hard schedule. But fortunately it continues fine day for our trip. Especilly I have overcomed with NIAGARA FALLS. I was just in bottom of the fall,I felt at that time. Any how our trip will meet end of drama yesterday. See you again in Japan near future.
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061009/1160362543
Mon, 09 Oct 2006 11:55:43 +0900
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海外からのジオログとデジタルカメラの故障
(海外からのジオログとデジタルカメラの故障)
体力的に今しかないということで、家内が前々から行きたいと言っていた、遠く、広いカナダの旅行をしましたました。 7日間の短期間のパック旅行で、朝早く出て、夜にホテルに帰る旅行で心底疲れ果てました。広大な土地で移動に飛行機が必要だからです。 37人中男性は6名でした。6組が夫婦で、あとは、女性の友達連れだったことにも驚きでした。 さて、ジオログも書き続けようと思っていたのですが、旅行中は、自由時間が全くなく、もし出来たらと思っていたインターネットカフェーを利用することも出来ずでした。 ホテルから書き込むとしても、パソコンを持ち歩かないと書き続けることは出来ませんね。 最初のホテルでは、着いてロビーを見渡してもパソコンがなくあきらめましたが、次の日、出発前に再度探すと隅っこにありました。有料で5ドルで30分と書いてありました。手遅れでした。 次のホテルでは、ロビーで女学生がインターネットに接続しようと試みていましたが駄目でした。フロントに聞くと有料でありました。5.75ドルで1時間1回でした。 さっそく、お金を払ってパスワードを聞きましたが、うまく行かずフロントの人に来て貰いましたがやはり駄目であきらめました。お金は返して貰いました。 泊まったホテルの一カ所、最後に泊まったバンフ近くのヒルトンホテルで無料でインターネットが出来、やっと書き込みが出来ました。 でも、日本語表示が出来ず(勉強不足で)日本語の所は□などの記号の文字列でした。 YAHOOのホームページ作成の所を探し、ここだろうと思う文字列をクリックしてログインページに辿り着きました。何とか書き込んでみました。 また、最初の日に、持っていったデジタルカメラが故障し困ってしまいました。電源を入れても液晶に画像が出てきません。 撮ったものを見ることは出来たので色々やってみましたが、駄目でした。 次の日の移動中に、飛行機の中で、家内が若いご夫婦のYN様なら分かるのではないか聞いてみてはというので調べて貰いましたが、やはり故障と言うことでした。 でも、予備のデジタルカメラがあると言うことで親切にも貸して下さいました。 家内が楽しそうに首から吊して使用していました。本当にうれしかったです。幸運にも同じ会社のカメラでした。 親切をありがとうございました。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061011/1160515591
Wed, 11 Oct 2006 06:26:31 +0900
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感動したこと
(感動したこと)
カナダ旅行で何が感動したかと自分に問いかけたら、ほんの短い時間でのケベックシテイ観光で、ノートルダム聖堂の中に足を踏み入れた時のことでした。 丁度、朝のミサが行われていて、聖堂の扉を開けたら時から、頭上に鳴り響いたパイプオルガンの壮大な響きでした。 全身が鳴り響く音に打たれました。 更に、聖楽のカウンターテナーの柔らかい賛美歌が聞こえてきました。音に包まれ、何とも言われない高揚した気持ちでした。 サーンサンスのレコードを音量を上げて聞いた時以上でした。 たまらなくそこにジーットしていたく思いました。何時間も・・・。 悲しいかな許された時間は、たった15分でした。 去りがたい気持ちで一杯でした。 写真は許されましたが、フラッシュは禁止でした。 残念なのは、礼拝の人が居たにもかかわらず、我々旅行者の何人かが心ならずもフラッシュを使っていました。 注意しても再度撮った女性がいたと年輩の男性が嘆いていました。 感動と共に恥ずかしい思いもしました。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061012/1160599794
Thu, 12 Oct 2006 05:49:54 +0900
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カナディアンロッキー観光とは
カナダ旅行出発前にカナディアンロッキー観光とは何だろう、山登りするの?・・あまりにも漠然としていると思いました。 それで、友人圭さんのホームページを読ませて貰い、ロッキー山脈の麓の湖をめぐるのだなと推察しました。 バンフというバンフ国立公園の入り口の町からジャスパー国立公園入り口にあるジャスパーという町へ抜ける左右山の谷底を行く道があります。この道沿いに点在する美しい湖のうち有名ないくつかを巡り、最後にアサバスカ氷原を見て帰る1日のバス旅行なのです。 この観光の前日に泊まったのが「Four Points by Sheraton Canmoreホテル」でした。行く前に見ていたそのホームページに下記の記載がありました。 「Four Points by Sheraton Canmore offers breathtaking mountain views from every room in the hotel. Situated at the gateway to Banff National Park and the Canadian Rockies,・・」 各部屋から息をのむ山並みの光景(breathtaking mountain views)が見えると書いてある。本当でした。町中でなく町はずれの一軒のホテルでした。 写真は、ホテルの前から出発前、8時頃に撮ったもので、山並みの頂きに朝日が少し射した光景です。素晴らしいと思いました。 ビデオで撮りましたが、この様な光景が1時間も2時間もズーット続きます。 このキャンモア近くのバンフの標高は1387mです。山肌は皆この写真の色です。 追記:ジオログ11日に故障したデジタルカメラのことを書きましたが、帰国翌日に購入したJhoshin瀬田店持っていったところ、新品と交換してもらえました。カメラはカシオのEXILIMでした。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061013/1160688557
Fri, 13 Oct 2006 06:29:17 +0900
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モーレン湖
(モーレン湖)
ロッキーの山並みを見ながらバスに乗って1時間ぐらいしただろうか、最初の湖、モーレン湖の湖畔への登り口にたどり着いた。 湖を求めて登りを少し行くと木々の間から、素晴らしい色が目に飛び込んできた。 すんだ青、氷河の白、鏡のように湖面に映った冷たく白い山、何ともたとえようのないその光景。 何も言わないが、言わなくても感動を与えるその様は静寂そのもの。 その美しい静寂の中に包まれた短い時間。 次に行くレイクルイースが一番有名であるがそれ以上に思えた。 モレーンとは氷河が押し出した岩や砂などの堆積物のこと。 この湖は落石により堰き止められて出来たという。 背後に10の峰があるが写真では見えない。 来て良かったと思った。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061014/1160769289
Sat, 14 Oct 2006 04:54:49 +0900
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カナダ旅行・・・こんなの旅?
(カナダ旅行・・・こんなの旅?)
昨日書いたモレーン・レイクの次に訪れたのは、ルィーズと名の付いたレイク・ルィーズ。[ カナディアンロッキーの宝石 ] と讃えられる美しい湖です。 元々、カナダに住んでいたインディアンの言葉で「小さな魚のいる湖」と呼ばれていたのを発見者のウイルソンが「エメラルド・レイク」と名付け、その後、この谷をかって走っていた(線路の一部が残っていた)カナダ太平洋鉄道によって、ビクトリア女王の娘、ルイーズ・キャロライン・アルバータ王女にちなんでレイク・ルィーズ名付けられたそうです。 湖面の色は、光の屈折によって変わるため、この時は、モレーン・レイクで見た湖の青さは出ていなかった。そのため、モレーン・レイクで感じたほどの感動はなかった。 ロッキーの湖は氷河の溶け出した水で出来上がっているため、氷河によって削り出された岩粉が水中に浮遊している。 湖面に太陽光線が当たった時、湖中の岩粉によって、波長の短い青系統の光だけが反射されるので、湖水が青く見える。湖の色は岩粉の量や天候、また時間帯によっても刻々と変わってゆくそうです。 さて、この湖を前にして、湖畔を散策したかったがそんな時間はなかった。 まずは、写真のポイントに案内され、きれいさを見て、急いで写真を撮って戻る旅でした。それでこんなの旅?と今日は表題を付けました。 ガイドも日本人の若い女性で、買い物も日本人が旅行者の為に経営しているようなお店に連れて行かれ、カナダ人とのふれあいのない日本式の旅。結局、美しい表紙を見て(中を見ないで)歩いているとも一方で思った。 でも、それぞれの湖周辺を1日ハイキングする6日の旅の企画もあることが分かった。そうゆう選び方も出来る。 本当はこの様に時間をかけて美しい自然に浸る時間を持つのが本来で、カナダの人の楽しみ方と同じ現地のガイド付きで回るのがよいと思う。 私は、車中からロッキーの山々をビデヲで連続し撮ってきた。 今、帰ってから、時間を補って、再度、ジオログを書きながら旅を味わおうとしている。こうしないと勿体ないと思う。 日本人のガイドさんに説明の一部をメールしてもらえないか頼んだが、会社と相談しないとと体よく断られた。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061015/1160857814
Sun, 15 Oct 2006 05:30:14 +0900
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ロッキー観光として最も代表的な氷河観光(1)
(ロッキー観光として最も代表的な氷河観光(1))
湖を巡るカナディアンロッキーの旅は、もう一つの目的、氷河観光で締めくくられる。 バスが道を進めるに従って高度が上がり2000mほどとの説明がある。落葉樹はなくなり、山裾はクリスマスツリーに格好の高くない針葉樹の林が続く、5mぐらいだろうかここまで成長するのに300年か400年かかるとのこと。苗木を持ち帰ろうとした人がいたそうであるが、禁じられている。自然保護で何も持ち出してはならない。 バス旅行中ジャスパーに向かって左手には先に紹介した紫色がかった岩肌の山が続く、山の中腹に氷河のあるものも所々にあり説明を受ける。山の名前は覚えきれなく紹介できない。 山肌には横縞模様か水平に何本も走っている。 海底で堆積してできた堆積層が、2億年前に隆起し海底火山が噴火して、現在のロッキー山脈ができたという。地層の年代による縞が出来ているのだ。この地層から恐竜の化石などが発見されて展示されている博物館もあるという。 我々のバスは、氷河の侵食で出来たU字谷を走っている。 さて、ロッキー観光として最も代表的な氷河観光。コロンビア大氷原から流れ出たいくつかの氷河のうち一つアサバスカ氷河は、バンフから182キロ、ジャスパーからは105キロに位置する。我々はジャスパーの入り口のキャンモアから来ている。 訪れてみると大勢の人が来ている。ツアーの人は必ずここに寄る。 シーズン中は巨大な 六輪駆動の雪上車による観光ができる。 また、それとは別にきちんとした装備をしていれば氷河のかなり上の方まで実際に歩いて登ることもできる。 左手の山を、片道3、4時間かけて登山する人もおり、実際に登山者の車が止まっていた。特別の許可が必要のようだ。日暮れまでの戻る必要があるとのこと。 車中の説明で、この雪上車が1日70便あるが、その内48便は日本人のツアー客とのことである。これには驚いた。バスの到着口には一軒の案内所のある、大きな山小屋風の屋根の2階建てのレストランがあり、この駐車場にバスが沢山停まっている。ここで昼食を取るのだという。中に入ると人で一杯である。赤いジャケットを着た中国人の観光客もかなりいる。勿論、日本人の多い。 レストランは、満員である。中国人の経営でアジアの人の食に会うという。1日、4000食とか、バイキング方式で満腹した。 さて、これから雪上車に乗り、氷河の上に出かけることになる。 レストラン前から見たアサバスカ氷河です。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061016/1160945833
Mon, 16 Oct 2006 05:57:13 +0900
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氷河観光(2)
(氷河観光(2))
昨日につづく。 雪上車の乗り場までバスで行き、そこで雪上車に乗り換える。37名と大人数であったので、1台が貸し切り状態で乗客は我々だけでした。外人とは、一緒になれませんでした。 この雪上車は、近くの農耕機メーカが作っており、1台5000万円だそうです。 坂道でもアクセルを踏み込まないと動かないように安全に作られています。 氷が汚れないように、大きなタイヤも、毎日、掃除されるそうです。 氷河に向かう途中、帰りの何台かの雪上車に出合いましが、お互い手お振りあう車の半分は日本人乗客。 当日は、快晴でありセータ姿でも寒くはなかった。これは、幸運にも好天候に恵まれた訳で、天候が悪いと外へ出て、直ぐ戻らないと行けない状態の時もあるとのこと。 今回で2度目の方に聴くと、前回はこのような悪天候だったとのことで出て直ぐ戻ったそうです。 到着し氷原の上を歩く、細かい新雪が少し積もっていて、その上を歩くとスニーカなのに滑らなかった。 さて、“氷河”はどうして作られる? 氷河とは山頂や高原に降り積もった雪が、夏の間少しずつ解けながらも年々蓄積されてゆくと、氷原が形成されます。この雪が30mほどの厚さになると、下層部が圧縮されて氷になる。上部の積雪で氷が厚くなると谷から流れ出し氷の川、即ち、氷河になります。 カナダは、4回の氷河期を経てきました。 コロンビア大氷原のアサバスカ氷河は、北はジャスパーから南はカルガリーの先まで、数世紀かけて達していたと言うことです。 この時、その厚い氷河は山々を削り、さらにバンフ周辺の比較的標高の低い地域では、V字形に陸を削り、現在のU字谷へと変化していったということです。ここが今我々が通っている93号線ですね。 昨日の写真で見えているのは、アサバスカ氷河で、その向こうにコロンビア大氷原が広がっています。きちんとした装備をしていれば氷河のかなり上の方まで実際に歩いて登ることもできるそうです。 アサバスカ氷河は全長6kmで、氷の厚さは90?300mです。 氷河の裂け目からは、氷の色が見れますが、うす緑青色です。 氷河の手前の方で雪上車を降り、氷河の方に少しだけ歩くことが出来ます。 周囲の山々の氷河の部分の説明を受けて帰路につきました。 途中、氷河に運ばれた大量の岩や土砂が堆積して形成されたラテラルモレーン(測堆石)の場所を見て帰りました。 氷河は、年々後退しているそうです。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061017/1161031536
Tue, 17 Oct 2006 05:45:36 +0900
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ボウ・レイク(ロッキーの湖)
(ボウ・レイク(ロッキーの湖))
往きの氷河観光前のレストランが込み合うので先を急ぎ、帰りに観光することにしたボウ・レイク。有名な湖の一つである。 バンフからジャスパーを結ぶ300kmのハイウェイ93号線は、通称アイスフィールド・パークウェイと呼ばれ、カナダ最大の観光ルートである。今、この道をバンフに向けて帰路についている。 このボウ・レイクの手前にヘクタ・レイクがあっったが、通り過ぎ。バスの窓から見ただけだった。 湖だけでなく、道路から眺める山々が、それぞれの形をしていて素晴らしい。 来るときに見た山々を、再度堪能しながらみて、やっと、ボウ・レイク脇の駐車場に降り立った。 ガイドさんより駐車場にトイレがあるが少ないので、先に行ってはのアドバイスを受けて、用を済ませて行く人、先に行く人など三々五々に湖を見に行く。 ボウ・バレの氷河が溶けて出来た氷河湖。ここからバンフの方に道沿いに流れ出ている。バンフの町中を流れるボウ川の源流である。 湖沿いに遊歩道があり、ほんの湖に触れて歩けるというか水際を歩く。 水を手ですくう人も多い。 見下ろす眺めも良いが同じ水平で眺める山も美しい。湖の青緑色も美しい。 歩く先に赤い屋根のロッジがあり、色が周りに映えて目だつ。 1920年代に活躍したガイドジミー・シンプソンさんによって建てられたNum-Ti-Jah Lodgeで、レイク・ルイーズとジャスパー間の数少ない宿泊施設とのこと。 ロッキーの旅は、山々をビデオで撮るのにバス旅行は格好である。 ホテルからモレーン・レイクまではしっかり撮れた。残念なことに往路で電池が切れてしまい勿体ないことをしてしまった。 レストランで食事中に充電された仲間がいて、大層喜んでいた。 バスにはプロのビデオカメラマンが乗っいて、これまでに用意した景色とみんなの写真を撮りDVDにして販売するという。1万5千円と聞いて買う人は数人だった。 写真はパノラマにしましたので、クリックし拡大して見て下さい。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061018/1161118328
Wed, 18 Oct 2006 05:52:08 +0900
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バーミリオン・レイク(ロッキーの湖)
(バーミリオン・レイク(ロッキーの湖))
氷河観光をを終えボウ・レイクの次に寄ったのがバーミリオン・レイクである。 トランスカナダハイウエイの道路沿いに観光客が展望するためにほんの少し広げられた所に降り立った。 今日の帰りの最終目的地バンフーから2km、約5分の近い距離にある湖である。 写真の左端に見えるのはランドル山で独特の形をしている。 湖の右端からの眺めである。 野生動物を見るのに良い場所らしい。 これが最後の湖の観光となるので、皆、写真を撮りあっている。 今日は、充実を味わった観光でホーットする。 写真はパノラマにしましたので、クリックし拡大して見て下さい。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061018/1161115315
Wed, 18 Oct 2006 05:01:55 +0900
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ロッキーの旅の始点、終点の町バンフー
(ロッキーの旅の始点、終点の町バンフー)
今朝は、泊まったホテルのあったバンフの入口のキャンモアを出発し、ロッキーの山々、湖を見て回り、最後にロッキーの旅の始点として名高いバンフの町に寄り、夕方、食事をしてキャンモアのホテルに戻った。 もう、6年ほど前に仕事でカルガリーに3度ほど来た時に、ロッキーの入り口のバンフはどんな所だろうと想像をめぐらした。 バスが町に入り、まず、一瞬、田舎の駅のようなひなびた感じのしたバンフの鉄道駅を左手に見て、線路を横切ってバンフの大通りに出た。 バスの中から、山を背景に見た町は素晴らしい景色だった。 バスを降り連れて行かれたのは、ここへ来ても日本人のツアー客は必ず行く、大橋巨泉の店として有名なOKギフトショップである。 ここで、レストランに食事に行く迄の自由時間1時間ほどで、買い物をすることになった。店内は、日本人客で混雑し、ここだけが繁盛している感じがする。 早く買い物を済ませて、町の他の店を回ろうとしたが、残った集合までの時間は20分だった。 外国のものを買いたいとしたらやはり日本人のための店では買えないものがある。時間が欲しかったが、どうにもならないのがツアー。 それでも何とか、周囲に赤いメイプルの葉をあしらったロウソクとガラスの置物、クリスマスツリーの置物を買った。 その後、思い出に撮った写真は、バンフの目抜き通りである。 時間がなく急いでOKショップの前に戻った。 目抜き通りから少し入ったところのレストランで食事をした。 出てきたのは、この地方で有名で、観光客の定番、アルバータビーフで、予定表にも書かれている。 どこでも同じように、ウエーイターは忙しく食事を運んでくる。 時間が決められているようだ。 最後の夕食は、分厚くはなかったが、柔らかいおいしい肉だった。 外は暗くなり、再び、キャンモアのホテルに戻った。 やっと夜の時間が少し取れ、フロント脇のインターネットの部屋で、自分のホームページを見てから、ジオログを書き込んだ。フロントに確かめたが、無料で使えた。
http://outdoor.geocities.yahoo.co.jp/gl/imagawakjp/view/20061019/1161203717
Thu, 19 Oct 2006 05:35:17 +0900