富岡製糸場

富岡製糸場

     富岡と言えば、軽井沢に向かうときに群馬県の名山である妙義山が見えてくる当たりにある地域である。 下仁田のこんにゃくの地域の手前と思えば間違いがない・・・・所でこの群馬県の周辺が今は自然がかなりかわっtしまっている事を知っているだろうか? 過去をよく知っている人ならば、農村田園風景の中に何か怪しげな太い古木が、手を沢山出したようなまるで千手観音のような木が沢山植えられており何か不思議な気にされたのであるが今はそのような肝余り見受けられなくなってしまった! 実はこれ養蚕のための桑の木の姿であって決して不思議では無いのであるが、今は、これを見つけるのにも事欠くようになってしまったのである・・・・ 今日は、ここに富岡製糸場を紹介してみたいと思います・・・・現在世界遺産の申請手続きに入っているところであり、この地域の観光と会わせて活動を進めているのです。

富岡製糸場

      では、ちょっとここでこの歴史の簡単な紹介ホームページ「富岡製糸場のあらまし・・| 富岡製糸場・世界遺産推進ホームページ」を見つけたので紹介してみましょう・・・・以下は、先ほどのHPからの紹介の一部です・・・・1. 富岡製糸場は明治(めいじ)5年(1872年)、明治政府(めいじせいふ)が日本の近代化(きんだいか) のために最初に設置(せっち) した官営模範器械製糸場(かんえいもはんきかいせいしじょう)です。2. 明治3年、横浜(よこはま)のフランス商館勤務(しょうかんきんむ)のポール・ブリュナ(Paul Brunat)らが 武蔵(むさし)・上野(こうずけ)・信濃(しなの)の各県 を調査し、上野(今の群馬県)の富岡に場所を決定しました。3. 殖産興業*1(しょくさんこうぎょう)を推進(すいしん)させるために国が建てた大規模(だいきぼ)な建造物(けんぞうぶつ)が並(なら)ぶ工場です。 繰糸場(そうしじょう) は長さ約140.4メートル、幅12.3メートル、高さ12.1メートルで、当時、世界最大規模を 誇(ほこ)っていました・・・云々。 如何ですか、何か凄い工場がここにあったことがお分かりいただけるでしょうか? では、ここを簡単に見てみましょう・・・・

     現在、富岡製糸場の中には車は駐められないので外の駐車場を利用するようになります・・・・決して大きな町ではなく、しかもこの周辺は道路も広くはありません・・・・昔の静かな佇まいと言った感じの場所に急に大きな煉瓦色をした製糸場が現れると言った方がっよいのかも知れません! 非常に大きな工場なので最初は驚きますが、これらが養蚕産業を育てた母になると言うことを聞かされたとき女工哀史などとの相互関連がよく分かってくるのです・・・・

     町は、こぎれいな町で、小さな商店が多くあるので結構見て歩くのには楽しみもあるのです! 赤煉瓦の工場が見えてきましたがあの奥がもっと広大な工場跡であり、左に曲がると工場の内部が今でも見ることの出来る場所となっています。

     ここが一番綺麗な煉瓦で出来た製糸工場でありここで色々な展示が行われていますが、内部を統べてみることは出来ません・・・・

     何か、そばで見るとこの中で沢山の女工が働いていたという様子が目に浮かんできます・・・・高い煙突が当時からの歴史を刻んでいたのでしょう・・・・工場のイメージを更に々に考え深くしてくれる風景です・・・・残念ながらこちらの方は入ることは出来ませんでした!

     蚕をそばで見たことがない方々のためにほんの数匹ですが、ここで実物を見ることが出来ます。 勿論、桑の葉も見ることが出来ます・・・・

     養蚕地ですから昔からこのような飾りが作られていたのでしょう・・・・色々な美しい製品が展示即売されています・・・・

     本物の未だ加工されていないままの生糸が展示されていました・・・・・現代の化学繊維と違い美しい光彩を放っていたのが印象的でした・・・・

     糸を紡ぐ時の駒でしょう・・・・大切に展示されていました・・・・そばで見ることが出来ます!

     この時期は5月だったので園内もつつじの花が綺麗でした・・・・

     工場内は非常に広いことが分かりますが、内部は多分1/4程度しか解放されていないようです・・・・

     同じく繭の細工です・・・・・非常に綺麗です!

     一番南側の工場内部です・・・・・当時の面影を残した輸入された機械がそのまま大切に保管されていました・・・・・良く見ると今でも使用できるほどの綺麗な整備がなされていました・・・・それにしても当時のヨーロッパは既にこのような危機が作ることが出来たのですから驚きです!

    女工さん達の寮とかフランスの指導者の住んでいた場所が、紹介されていました・・・・これだけよくほぞんされていたと、驚くばかりです・・・・ここは歴史的に研究してから行くともっと良く理解できるでしょう。 今回時間があったので突然訪問したのですが、時間的には一時間程度で十分ですが、説明者を付けての説明が用意されており、その時間を待つと2時間程度かかるのかも知れません・・・・沢山の人達がそれを待っているのが見受けられました・・・・

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