クラブ・ゴクウの2001年記録です!
2001年の記録
2001年1月9日 平成13年新年会だぜ〜。
2001年1月14日 奥多摩S尾根
2001年2月4日 J山一の尾根
2001年3月18日 いつものS尾根
2001年4月8日 いつものJ山
2001年5月6日 残雪の富士山散歩!
2001年5月20日 D峠からOの寝尾根
2001年6月3日 奥多摩Mドッケ〜Y尾根!
2001年7月7〜8日 Y河原温泉・M山。
2001年8月19日 真夏の恒例肝試し・富士見パノラマ。
2001年9月2日 H向山・帰りはW工場で飲み放題。
2001年10月14日 G岳で芋煮会!!!
2001年11月11日 K形山・仲尾根のDH!
2001年12月2日 K尾根で走り納め!
2001年12月21日 忘年会だぞ〜!
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平成13年(2001年)の活動記録


平成13年1月9日
■平成13年新年会だぜ〜
平成13年1月9日西荻窪「H」にて
出席者 O沢・I藤・T橋・O田

集合時間1月9日午後7時30分、いつもの「H」にて記念すべき新世紀始まりを祝う2001年新年会は、出席者は、な・な〜んと上記4名で寂しいかぎり。まるでお通夜のような幕開きだと思っていると、会長は現実に明日、告別式に出るとの事。会にはそぐわない厳かな?雰囲気のなかで開会の辞。続いて前年の会計報告の監査が終わり、書記の会費使い込みは、今年も発覚しなかったと安堵すると、いきなり目前に並ぶ料理の数々に少々圧倒されるも、食い意地が勝り、少しも臆することなく、鮨のつまみ食いからバリバリ全開突入したのであった。

I上氏からは、正月元旦から仕事で稼ぎまくって挙げ句の果てに、風邪をひいて欠席との連絡があった。Y口氏は、なんでも2月上旬にならないとクラブ活動は一切ままならぬとのお告げで欠席。O倉氏は、会議で遅くなるとか。携帯留守電には、何が何でも参加せよと特別指令をメッセージ。参加人数が少ないと新年会費・頭割りの1人当たりの負担額が激増して、参加クラブ員の財布を強力ダイエットしてしまうため、必死の連絡をするが・・・・・・。

そんな中、歩くポリバケツの異名をとる書記は、せっせと食べまくっていた。酒に浸っている会長は、焼酎が甘すぎておかしい、と店のママに苦情を言って何となく険悪な雰囲気に、長老は寝込み、また某肉体労働者は余った料理を弁当箱に詰め込んでお持ち帰り。会計の際は、会費からたっぷり補助金をせしめて、無事お開きとなったのであった。

平成13年1月14日
1月 月例ツーリング
1月14日  奥多摩S尾根
出席者 O沢・I藤・O倉・O田

新世紀の初ツーリングは、奥多摩S尾根コース。1月8日東京地方に降った雪は、今回のツーリングにどのような影響を与えるだろうか。こんなことを楽しみに参加するのは物好き4人組。
H沢の滝駐車場に集合。O田タウンワイドを残し、キャラバン改にMTB3台+4人を乗せDH出発点のK峠駐車場に向かう。ところがK馬を過ぎると雪が降り始め道路がみるみる白くなっていく有様。そんな中、K峠駐車場に到着。このまま通行止めになったら車が回収できない。チェーンと装着し下山するか?などと悩んでいると雪は突然にやみ、予定通りの行動とする。

O沢さんは徒歩、他3人はMTBでダウンヒル開始。山道は雪に覆われているところが多いが、トレースがしっかりしていてDHには問題なく快調にとばす。O沢さんも山歩き現役の強さでMTBに後れをとることなく、元気に進む。石仏のある見晴らしの良い稜線で一休み。ハイカーの他に犬(背中に発信器?を装着したハイテク犬)をつれたハンターがいてこんなところで発砲されたら恐ろしい。しかも猟銃はライフル銃なのでいったいなにを狙っているのかしらん。尾根を北に巻き、S嶺に到着。休憩所にはハイカーたちでにぎわっていた。そんな中、長老はケース付きレイバンのサングラスをゲット。徒歩参加の敢闘賞を自ら手にしたのであった。

S嶺の小屋で小休止の後、最後のガレ場コースへDH。今日は積雪のため、丸太の段々も楽に通過。ガレ場の難易度も少々甘くなった。O沢長老は、林道からそのまま駐車場に下り、自転車は、最後の小沢へ下るコース(伐採でかなり荒れている。トレースあとは1人分で走りにくい)を経由して駐車場に到着。(途中ロードバイクをパス?)4人でK駐車場に向かい、すばらしい展望の中、鍋とうどんでどんちゃん騒ぎをしたかったが、あまりの寒さで3時過ぎにはお開きとした。

平成13年2月4日
■2月 月例ツーリング
2月4日 J馬山2本立てならず!
出席者 I藤・Y口・O田

都内も例年にない雪で、山はどうなっているか心配しつつ、今回のツーリング参加者は、変態?3人組。O沢長老の出発前情報によれば、先日高尾に出向いたときは一部60センチメートルの積雪もあったとの事。どうなる事やら。


集合時刻前にバス停陣馬高原口に集合。O田タウンワイドを路上駐車し、キャラバン改でW田峠に向かう。除雪されて道路脇に積もっている雪はどんどん多くなる。いよいよ峠の手前の所、とうとうスリップし動けなくなる。峠から下りてきた車に頭を下げながら、フリマで仕入れたゴムチェーンを装着し最後の坂を上りきる。(このチェーンが1,500円とは信じられない。)峠の駐車場は除雪されていない。今日は駐車料がただかもしれないと期待をする。

押し始めからスキーのトレースがあるくらいの積雪。押しがきつく、頂上に着く頃には、ふーふーしていた。山頂では、軽アイゼンをはいたハイカーがMTBの変態3人組にびっくり。富士山も展望できたが、どんよりした天気で寒いためそこそこに出発。

しっかりした踏み跡があるが、たどっていくのは容易ではなく、利かぬブレーキで苦労しながらのDH。そんな中、各自、雪を楽しみながどんどん下る。つづらルートはけっこう面白く、直線はトレースを外さぬよう飛ばす。途中、Mさんに出会った。(O田は必死だったため気づかず。)最後のつづらを通過すると、雪も無くなり、きれいなはずが、泥汚れでフィニッシュ。無事、雪の一の尾根をこなす。


峠に戻り、(やったぜ!今日は駐車料無しだ!)無人の茶屋のベンチでおでんパーティの開始。冷えた躰を暖めるべく日本酒をいただくが、ふと気づくと一升瓶が空になってしまい、仕方がないので、おでんうどんでしめることになった。この積雪では、3月のツーリングコースも危なかろうと、次回のルート変更を決め無事解散となった。

平成13年3月18日
■3月 月例ツーリング
3月18日 O峠は止めていつものS尾根!
出席者 O沢・Y口・I藤親子・O倉・O田

新コース「早春のO峠越え」は登りもしんどいし、残雪も多かろうとのことでいつもの軟弱コース「奥多摩S尾根・車2台楽々ルート」に変更。

当日、小雨が降る中、H沢の滝駐車場に8時半過ぎ集合。会長は仕事で背筋を痛めたらしく今回は運転手及び調理人として参加。その穴を埋めるべく久しぶりにご子息のたけし君を投入。O沢さんは1月に続き徒歩参加。総勢6名でK峠駐車場へ向かう。天気も持ちそうで準備を整え、出発進行。走りたくて仕方のない会長は、DH出発点まで登って指をくわえて皆を送り出したのであった。


ところどころに残雪があるも、前回に比べれば無いも同然。皆、快調にとばす。
ただ、稜線状のコースの残雪は、凍り気味で注意を要する。植林の枝払いが終わったばかりで大変見通しよく、会長が参加していたら大転倒をかましていただろうな。そうこうする内にいつもの見晴らしの良い所に到着。一休みして出発。すぐに1月にはなかった「猿岩」の案内板。かっとんでいるので内容は不明。続いて「1本松跡」。コースを整備しているのか。北斜面にまわると、コースがぬかるんでいる所が多く、Vブレーキはタイヤとのクリアランス不足のため泥詰まりでロック状態。押すのも辛い。やっとの思いでS嶺のあづまや到着。会長に食事の準備を促すべく、電話するが留守電になり役立たず。昼をまわりそうなので、そこそこに出発。最後のガラガラコースを猿小屋茶屋に到着。O沢さんを回収するため、先に下り車で戻る。全員無事、駐車場に帰着。

会長が肉まん・シュウマイを蒸かしていて、ビールで乾杯。続いて肉野菜入りの味噌ラーメンに舌鼓。会長もやればできるのだ。スタート地点までの搬送、及び調理人をベースキャンプに待機させていた今回の企画は、大成功。ま、2度とこんな事は無いと思うが、また会長にツーリング前の怪我をしてもらえれば実現するかも。3時前には無事閉会式を行えました。

平成13年4月8日

■4月 月例ツーリング
4月8日 T山は止めてJ山!!!
出席者 I藤会長・T橋・O田

参加人数が少なく、またT山もまだ辛そうだということで前々日にJ山に変更。軟弱陣馬を少々手強くするため、自走で登ることにする。中央道・国立府中インター手前ローソンに集合。キャラバン改に3人で一気にJ山登山道入口まで。少し登ったところで路上駐車し、久しぶりの舗装登りの始まり。

O田はグズグズしている会長に「お先に失礼!」と言ってさっさと走りだす。W田峠の登りは、このところ車でしか登っていないので、たいへんハードであった。途中、下を走ってくるT橋君に優越感を感じながら会長は更に下を喘いでいるはずだと頑張っている中、前回来たときキャラバン改がスタックした峠直下の最後のカーブ手前で会長にパスされ唖然としたのであった。峠について燃料を入れ、T橋君の到着を待ち、程なく姿をあらわした彼に向かって「さ、行こうか。」を気力をくじけさせて小休止。小屋のおばさんが出勤してきて駐車中の車に「600円」徴収し、ぐずぐずしていると「何か買ってちょうだい。」と怒られそうなので逃げるように出発。

いつもの押し登りも軽量のモンプリ号を投入している会長は、すいすい進み頂上に一番乗り。富士見の茶屋になだれこみ、ビールで乾杯。富士山は残念ながら見えませんでした。つまみのおでんと名物おばあちゃんからの差入(たくあん・のびるの酢味噌あえ・蕗の葉の煮付け)をいただきながら、話好きのおじさんも加わりわいわいがやがや酒がすすむ。

ほろ酔い気分になったところでDH開始。ダイネーゼに身を包んだ会長はヘルメット忘れでノーヘル白髪のいでたち。ドライなコースは大変気持ちよくとばせました。短いコースですが変化に富み面白い。そこそこに出発点に戻る。12時過ぎには、帰路に。途中、高速Hバス停でO田は戦線離脱。会長・T橋君は第2部の「猿遊会」会場の緑山に向かったのであった。以下、不明。


平成13年5月6日

■5月 臨時活動報告
5月6日 残雪の富士山散歩!!!
出席者 I藤会長・O沢・Y口・O田

連休の最終日、クラブの変人達が集合。残雪の富士山散歩をやろう!!
前日、キャラバン改で東名を西に。上り車線は東京に大渋滞。サービスエリアで夕食をすませ、御殿場から富士宮口下の駐車場にて仮眠。といっても酒が入りやや睡眠不足。

早朝、霧の掛かる中、時折、白く残雪の輝く富士山が現れる。8時のゲート開門に合わせ、出発。ゲートは時間前に開いていたようだった。新5合目まで一気にあがる。登山道入口の前に駐車。スキー・スノボは××の立て札があり、少々気が引けるがザックに板をくくりつけ、出発の準備。会長は、ファンスキーとやらでザックにすっぽり板が収まっており、具合良し。O沢氏は自慢のピッケル・スイスの名品ウイリシュを携え、Y口氏はポール持参。てんでんバラバラの4人組は残雪の富士山を目指す。駐車場よりすぐに残雪があり、観光客もなくゆっくりと登り始める。5合5勺の山小屋は閉まっている。いつもなら自転車を担いでひーひー言ってる頃だが、自転車が無くともやっぱりひーひーするのであった。

帰りに滑ってくる雪田を確認しながら、徐々に高度を稼ぐ。会長は得意のフリマで仕入れた秘密兵器の酸素スプレーを持参したが、登りでは即効性が少ないようである。途中、散策組は下山を始め、スキー組はもう少々頑張ることに。あえぎあえぎ7合5勺小屋まで登り小屋下よりスキーを装着。腐り気味の斜面を滑りは初める。一瞬青空が現れたり、ガスがかかったりの中、会長は快調に飛ばす。O田は、うまく滑れず、しかもちょっと滑っては、はーはーぜーぜー。O田は、心中、来年のリベンジを固く誓ったのであった。しかし調子よく下った会長は、最後にミスコースをやらかし、登り返しの地獄を味わうのであった。ザマミロー。

そのころ、散策組は駐車場で待ちくたびれていて、大変申し訳ないことを致しました。本文にてお詫びします。順調に帰京致しました。来年も来るぞ!!!


平成13年5月20日

■5月 月例ツーリング
5月20日 新緑のU尾根!!!
出席者 I藤会長・O沢・Y口・O田

輪行のはずであったが、キャラバン改利用で計画の立て直しをする。早朝、会長宅出発。O沢さんを拾い、更に中央高速Hバス停でO田を拾って一路K沼に向かう。談合坂の登りではキャラバン改に鞭打ちながら頑張るが、トラックと互角の勝負に持ち込むのがやっとの状態。このストレスが会長をDHの鬼に変身させるのか?

K沼インターよりS石を経てK日川峠の駐車場に到着。峠より少々奥に行ったところに立派な駐車場があった。ここよりO沢氏は徒歩。他はMTBにてFちゃん荘を目指す。いつもはタクシーなので、この登りは大変こたえる。O峠へ山道を進む。他の山塊と違って、ハイカーには若い女性も多く、長老は吸い寄せられるようにK山荘に一番乗り。計画ではD嶺まで散歩するはずであったが中止してビールをいただくことにする。長老のザックからは酒の肴があふれ出てくる。いい気分になったところで行動を別にする。時間は10時半位。長老には車を回収してもらい、MTB下山予定地のK菅の湯までキャラバン改を搬送。運転手となってもらい謝々。MTB組はいつもの牛の寝へ。集合時間を午後1時とする。

K沢山を過ぎI丸峠の下りに入るところでO田キャノンデールを転倒させ、リアスィングアームをへこませ、車軸が歪みがっかり。ブレーキのあたりを取って出発。今日は1時集合なので飯も食わずに真面目にDH。新緑の気持ちよいコースを各々飛ばしていく。途中、雉の親子を驚かせる場面もあったが、全員無事に1時にK菅の湯到着。携帯電話でO沢氏を捜すが、徘徊がひどくなかなか合流できず、1時半に全員集合。お湯に入って、第2運転手にY口さんを生け贄にして酒をいただき極楽極楽。M姫峠経由でO月に出て、中央道を東京へ戻る。勿論、車中で酒宴は続き、長老は爆睡状態に突入。無事、帰京。


平成13年6月3日

■6月 月例ツーリング
6月3日 奥多摩Mドッケ〜Y゙尾根!!!
出席者 伊藤会長・Y口・O倉・T橋・O田

立川7時38分発・奥多摩行き普通列車に全員乗り込み、本日のルートを検討するが、なかなかハードなコースであるという実感はまだなかった。

奥多摩に着き自転車を組み立てる段になり、第1回目の悲劇がO田に。前輪がパンクしていて修理。タイヤのチューブは懐かしの赤チューブ。張り切って入れた空気圧に耐えられずチューブはぼろぼろに。スペアのチューブをセットし予定より20分遅れの9時20分出発となる。
N原街道を北に進みゲートで塞がれたK乗谷への分岐に入る。林道登りを必死で登っていると第2の悲劇。O田のパンク。取り替えチューブのパッチ補修あとの劣化。補修をしてタイヤをセットしさて出発。走り出す前にすかさず襲う第3の悲劇。またまたパンク。走り始めたO倉氏を呼び戻し、氏のスペアのチューブをお借りして修理。ここですでに予定の45分遅れ。ここからの登りは、さらにきつくO田は押しが入る。やっとのことで仕事道入り口に到着。ここからは、整備された道を楽に押しあがり、40分少々の登りだとのO田ガセ情報で登り始めるが、いきなりの担ぎでもう大変。少し登った小ピークで、S麦粒山頂での予定を早めて昼食にする。持ってきたビールに生き返るかと思ったが、完全には疲労回復しなかった。
S麦粒山頂を目指しさらに登りは続く。息も絶え絶え、やっとの思いで山頂に到着。今日のコースの完走が見えてきた。あとから先に進んでいたはずの若いMTB3人組(GT・キャノンデール・クライン)が到着。彼らもY尾根に向かうそうだ。あまりにばてていたので、展望の記憶が全くなく、山頂からの眺めはどんなだったかな?
2時すぎには山頂を後にし、S元峠への下りで会長の一転びを見学し(実は、転んだ先にハイカー達が注視する中の転倒で、会長は、ギャラリーがいると妙に張り切って、いつも失敗しているような気がする)稜線の道にすすむ。O田は、このころより太股がつり気味でまともに進めず、皆の足を引っ張る。登り・下りを繰り返しながら、やがてI杯水に到着。冷たい清水にのどを潤し、生き返る。水場からすぐにMドッケの避難小屋に到着。あめ玉をしゃぶってDHに備える。

Yスズ尾根は、前半、雑木林で気持ちの良い下り。やせた尾根を通り過ぎると植林の急な斜面をトラバース気味に下る。そこから、かなりのスピードで進み最後はつづら下りで、ガレた道を過ぎDH終了。最後の民家のあるあたりのガレは、全コース中もっとも緊張するところであった。一気に奥多摩駅まで快走する。4時15分過ぎに駅に到着。自転車をばらして、酒・つまみを仕入れ50分発の特快で東京へ。車内でおいしくビールをいただく。

第4の最期の悲劇は、拝島駅で起こった。五日市線との接続のわずかな時間を利用して用足しに飛び出した会長とT橋君は、発車のベルが鳴っても現れず、駅に取り残される。走る車窓からは、呆然と立ちつくすT橋君の顔が見えた。ところが西立川でひょっこりと会長が現れ、置き去られはT橋君のみであった。会長曰く「最後の一振りの問題だった。おれは省略してきた。それが高橋君との差だった。」会長の名誉のために付け加えるが、会長のレーパン前部を凝視し観察したが、お漏らしのシミ痕は発見できなかった。今回のツーリングで足をひっぱったのは、土壇場でO田からT橋君にバトンタッチされたのであった。立川で、T橋君の自転車・ザックをおろし、無事合流・解散となった。

編集後記

本年は、雪が多く、コースがいつものお馴染みばかり。S尾根・J山の繰り返し。そんな中、突然企画の残雪富士山滑降・こんなに真面目に走っていいのかYスズ尾根がクラブの新メニューとなりました。皆さんのご希望等ございましたら「何か文句あっか。このコースに」係までお知らせ下さい。後半もがんがん頑張るぞ。
リアル・アスリート Y.O


平成13年7月
7〜8日

7月 月例ツーリング
7月7〜8日  Y温泉・M山
出席者 O沢・Y口・I上・I藤・O倉・T橋・O田

7月ツーリングは、お泊まりのコース。出席者もなんと7名の大賑わい。天気も予報の雨を吹き飛ばし、夏真っ盛りの青空。7月7日七夕・温泉つかって舟盛り肴に飲みまくりの企画は、大成功でした。

7月7日の午後2時頃、O倉さんを除く6名がキャラバン改に乗り込み東京を出発。車内は夜の宴会に備え、準備飲酒でガヤガヤやっている中、会長は律儀にドライバーを務める。Y河原の街で晩の飲み物を仕入れ、本日の会場S荘に到着。ここは、O倉さんの会社の保養所。この報告書をもち厚く御礼申し上げます。酔っぱらう前に明日のコースを検討するが、ぜんぜんまとまらず、結論は当日に持ち越し。温泉につかって6時より宴会開始。この場をお膳立てしてくれたO倉さんはまだ到着せず、そんな中、怪人歩くポリバケツは全部食い尽くそうと舟盛りに近づこうとすると会長がO倉さんのためにそれを死守。アルコールもどんどん入り、いつもの「ばかやろ〜」の連発の中、O倉さんの到着前に書記は昏倒し、その後は不明。しかし3時過ぎに長老「いつまで寝てるんだ」と一喝。風呂につかって又酒宴。パンツ1枚姿で会長の例の大声「ばかやろ〜」の連呼と長老の「ぎゃははは〜つ」の大きな笑い声が深夜の奥湯河原の温泉街にこだましていた。げに恐ろしき長老パワーとたぐいまれなるカリスマ会長。その2人のそばでいびきをかいて寝ていたT橋君も豪快だ。今日は我々だけなので無礼講だったが他に宿泊者がいたら大変だったろうな。

朝8時より朝食。本日のコースをM山〜N山に決定。総勢7名+MTB山積みのキャラバン改をベースのM山公園駐車場に到着。とてもきれいに整備された公園でぷりぷりのクライマーやハイカーでにぎわう。会長は、ディスクブレーキを装着したリニューアルクワハラ号を披露。I上さんは懐かしのリッチー号(サビが浮き出ていて愛されていない様子)・O倉さんは一見フルサスの実はリジッドGT号・T橋君は長老お下がりのアンプ号・O田は会長ご子息の愛車LTS号。長老とY口さんは、徒歩で幕山へ直登コースよりハイキング。「Yの湯」で集合とし、それぞれ出発。
MTB組は林道をゆっくりと進む。押しが入りそうな林道は思いの外きつく、必死にもがく。林道より登山道に入ると、自慢の19KgDHマシンが、ただの鉄屑と化し遅れをとる会長の悲しい姿に、皆、狂喜乱舞し喜んでいたのであった。昨日の刺身を確保してくれていた恩義を感じ、任侠の世界に生きるO倉さんは、自転車を会長とチェンジ。しかし、O倉さんに追い付けず、ハイパーO倉の称号を獲得。M山分岐では、会長が「どうせ戻ってくるんだろ。」とパスを表明したが皆に無視され、いやいや山頂へ。
山頂はまるで芝生の公園のよう。親子のハイカーが弁当広げてピクニックの様。相模湾と真鶴岬・初島・大島と素晴らしい展望。ごろっと横になって休みたかったが鹿の糞がころころ。また長老・Y口組をいつまでも待たせるわけにはいかないので、そそくさと出発。会長はやっと鉄屑からDHマシンに変身したクワハラ号でかっとび。皆、それぞれ楽しみながらDH。すぐに舗装道路に到着。ガイドブックに従い山道に。自鑑水は涸れていた。(少々水が湧き出ていた)このあたりは、DHの要素は少ない。最後のピークN山をパスして五郎神社へ下る道に。やっとDHコースらしくなったが、すぐに舗装道路になる。I上さんが腐った赤チューブ(こんなに長い間、チューブ交換をしてもらえなかったリッチー号はやっぱり愛されていなかったのだ)をパンクさせるが、みな転倒もなく、無事に下山。最後に登り返して12時30分過ぎ、集合の場所「Yの湯」に到着。長老・Y口ペアは2時間前に到着し昼寝も終わったとの事。M山頂は、熱中症の恐れがあるとのことで途中引き返したそうだが、3時過ぎまで飲んでいれば当たり前のような気がします。

「Yの湯」は露天風呂メインで、海水浴帰りの人が多く利用するようである。せっかくネットの割引券を用意したのに下駄箱・コインロッカーと有料で面白くない。小菅の湯は良かったな。

会長お薦め?のY河原のドライブインに行き、遅い昼食。海辺で眺めは良かったが、すぐにオーダーストップとなり本格的の飲む間も無く、各自◯◯丼にて締めとする。Y口さんの運転で無事帰京。


平成13年8月19日

8月 月例ツーリング
8月19日 真夏の恒例肝試し・富士見パノラマ!
出席者 O沢・I藤・O倉・O田・Y口・Y口甥御 Y・Y口甥御 M

真夏の恒例肝試し・富士見パノラマ参加者は上記7名。甥御さんのY口君は、体重73s(自称)の巨漢中学3年生。M君は、おっとり型の大学生。車2台で前夜に現地の駐車場に到着。未成年者はさっさとやすみ、不良グループは深夜の宴会開始。ビール・焼酎・ワイン類で酒浸り、アルチュウハイマー2世の書記は何を話していたのかさっぱり覚えていない。どうせ、いつもの互いの悪口か下品な話しかしていなかったのでは?覚えているのは、雲がかかりながらも、星空の素晴らしい眺めと、その中で1人だけ隔離されてお休みされた〇〇さんの一件だけだった。

翌日は、天気もよく絶好の肝試し日和。寝起きと共に会長・O倉のフリ魔組はゴミ捨て場に宝物探しにいそしむ。川崎市備品のアルミ製保温バケツ・蒸し器セットの他いつのもタイヤ・チューブを掘り出してくる。捨てられているタイヤのクジョーなどは書記の装着品よりよっぽど良いものであった。
朝食をいただき、リフト券を購入して準備万端。甥御組は見た目よさげのジャイアントのフルサスバイク(実は、BBがたがた)をレンタルして参加。なんと書記は、会長の手による鉄馬のMTB。気印の会長以外は、ロープウェイ山頂駅より少々下ったところにある入笠山湿原に散歩。真っ青な空と白い雲の下、色とりどりの花が咲き乱れ、蝶が舞い素晴らしいところであった。O沢長老は、ここで昼寝の後、徒歩で下山することとなる。さてDHコースは、ドライな路面で走りやすい。A・B・Cコースに各自飛び込み楽しむ。特に会長は張り切りすぎで、ロープウェイ乗り場でばったり転倒する有様。しかもかわいい女の子の目前での失態・・。書記の鉄馬号も調子よく(未だに使用しているのか、幻の赤チューブでパンク1回)、O倉号もフロントサスが動くようになったのでごきげん。そのO倉氏、Bコースの途中、ゲレンデルートへの入り口のギャップで悶絶。なんでもサドルと大切なところをがっちりと挟んでしまい、ものが、ちぎれてしまったかと思ったほどであった。なんでも、ものに血豆ができ「赤チン」になってしまったそうだ。少年達もこわごわながら楽しんだ様子。てな訳で、昼食になる。
ソーセージとキャベツのポトフ風・コーンポタージュ・ステーキ・パン・餅の磯辺焼き・キューリとミニトマトのサラダ等々。O倉総料理長の下に作り出される多国籍料理の他、もちろん無くてはならないアルコール。昼間からずいぶんと盛り上がる。午後の部のDHは、飲酒運転になりそう。未成年者の手前、良識ある大人達を演技しなければならなかったのに、いつもの馬鹿さ加減全開で、悪影響を与えてしまったかも・・・・・・。
そんなこんなで午後の部突入。会長とO田はAコースに進み、絡みながらDHするも、途中O田が本日2回目のパンクすると「空気入れはあるな。じゃあ。」と言ってさっさと一人で下ってしまう会長であった。
みな、てんでに楽しんだので、各自のレポートは無し。書記は、再度パンクでタイヤの空気圧を上げがんばり、もうブレーキをかける力がなくなるまで各コースを走った。4時前には会長を除いてDH終了。各自、5〜7回DHをこなす。1人会長は、ロープウェー運転の最終まで頑張り根性で10回のDH。コーステープ切断・安全ネット突入・立木のガードマット衝突等の大ハッスルでウェアーの肘を破り、ダイネーゼの下まで泥汚れ。しかし、あのスタミナにはたまげた。10回も走れば、ロープウェー4,500円の1日券の元は充分取ってお釣りがくると思ったら、昨年の仇を取っていないとの事で、満足と言う言葉を知らない猿なんだ、と妙に皆を感心させたのであった。
ここには、来シーズンまで訪れることはなかろうに、なぜかメンバーの登録をし、1名のみしっかりと洗車をする。タイヤ・チューブをキャラバン改のルーフに山積み(なんだか東南アジアの辺境を走るバスの様子を連想)にして駐車場を跡にする。

町営のお風呂によって汗を洗い落として帰路につく。高速入口のコンビニでY口組と別れる。高速道路20`渋滞のなか、O倉運転手には頑張ってもらった。グースカ眠って、無事、帰宅。

暑気払いの富士見の巻 完

平成13年9月2日

9月 月例ツーリング
9月2日 H向山・帰りはウイスキー工場で飲み放題!
出席者 O沢・Y口・I藤・O倉・O田

新コース・H向山はMアルプス入口のお手軽ハイキングコース。会長宅6時出発、H野バス停6時45分でO田を拾ってキャラバン改は西へひた走り。N崎インターでおり、甲州街道を経て林道を喘ぎ喘ぎ登り着いたところがH向山登山道入口。4〜5台の車が駐車しており、キャラバン改をUターンさせて路肩に寄せる。どこぞで仕入れた車止めをセットしMTB4台とハイカー1名で9時20分頃出発する。誰やらの「楽に押して行けるよ!」との言葉とはやや違い、えぐれた所の押し上げは結構辛く、いい準備運動となる。O沢・Y口・O倉組は調子よくすいすい進むが、軽量のモンプリ号を投入した会長は、重量級鉄馬号のO田に調子を合わせてすっかり遅れ気味。しっかり45分歩いて10時5分小休止。幸いなことにコースは、日差しがないため何とか頑張れたのであった。
10分休んで頂上を目指す。登りの途中でO田に仕事の連絡が入り、これ幸いと休み、携帯電話でお仕事。頂上近くにロボット雨量計が設置されており、その付近はなだらかで一部MTB乗車可。気合いを入れてこぎ上がったO倉氏のチェーンはもろくもちぎれ、富士見パノラマ以来の注油を今朝やったのが仇になったか。チーフメカニック会長により無事修理完了。H向山の三角点はパスして11時にGケ原到着。ここは花崗岩の塊と風化した白砂のダイナミックなところ。残念ながらK斐駒ヶ岳やYヶ岳の遠望はできなかったが、Kアルプスの燕岳や鳳凰三山のオベリスクの様な雰囲気で充分に楽しめた。砂礫の上で昼食をとり11時30分過ぎには下山を開始する。
O沢氏は年齢を感じさせず、MTBをリードして駆け下る。MTBも負けじとがんばり、楽しくDH。登りはあんなに辛かったのに、下るとあっという間。いやらしくえぐれたルートを過ぎれば、後は素晴らしいコースとなる。岩や木の根も少ないつづら気味の高速コースで12時10分には全員出発点に戻る。すべて予定通りに進み、自転車を積み込み本日のメインイベント会場に向かう。
甲州街道を左折してサントリー白州蒸留所に到着。木陰に駐車して、いよいよ決闘の始まり。誰に貧乏くじを引かせるか、じゃんけん真剣勝負。数回のあいこの後抜け出したのがY口・O田。残り3人で勝負の結果、敗者はO倉氏に決定。唖然とするO倉氏であったが、誰からも「代わってやろう」などとの言葉はなく胸に燦然と輝く赤シールを貼ったのであった。(敗者が仮にY口氏を除く3人だったらと想像すれば、そら恐ろしく、今回の勝負結果は、神様が平和と安全を願ったため、O倉氏に栄光を与えたものと推察される)
3時の予約をしていたが、1時30分に繰り上げ、工場見学。発酵・蒸留・樽のファイアーショー・熟成の様子をお勉強。いよいよ、ピュアモルトウイスキー・白州12年ものの試飲。見学では列の最後尾に着いていたはずなのに、いつのまにか会場ドアの真ん前に勢揃い。ドアが開くと一気に試飲テーブルの側に着席し、ストレートから戴きます。水割りやらロックやらストレートやら、書記は20分の間に7杯までは勘定していたが、あとは忘れた。とにかく、スモーキーな香ばしさになかに、フルーティで涼やかな香味がうんぬんはまったく感じず、まるきり一気飲みの状態であった。途中で、白州からなにやらブレンドウイスキーに変わったりしたが、もはや、何でも来いの状態。空になったグラスをさっさと片付けせっせと飲みまくっていたのであった。その間、胸に赤シールを付けたO倉氏はなっちゃんのオレンジ・グレープジュースなどを召し上がり、とても寂しげな様子。会長がそっとウイスキーを勧めるも、帰りの運転の義務感からきっぱりと拒否し、やはり神様の人選に誤りは無かったのであった。
わずかな試飲時間で飲みまくった後、気を失う前にお土産をかって帰路につく。

H野バス停まで書記は何も覚えておりませんのでレポート書けません。バス停でクジョータイヤ2本を首に巻き付け、しばしお休み。その後、自転車を杖代わりに必死に自宅に戻った書記は、ベットに上がることができず、ベットの下で轟沈していたのであった。皆さんはいかがでしたか?

「おまけ」  痛飲しましたが、翌朝には残りませんでした。やはり、これが高級品の証でしょうか?         

アルチュウハイマー轟沈の巻 完

平成13年10月14日

10月 月例ツーリング
10月14日 G現岳で芋煮会!!!
出席者 I藤会長・I上・T橋・O田

T橋・O田組は、高速道路の3台追突事故の影響でW見入口の駐車スペースに20分遅れで到着。オ◯ムの麻◯をイメージさせるチベットテント売りの某氏に缶コーヒーをおごってもらっていた会長に合流。キャラバン改に乗り込みW見峠まで移動途中、初老のハイカーを拾い上げ、いつものところに駐車。出発。
つづらの登りは、やっぱりきついが、1本休みを入れて稜線に到着。久しぶりにG現山頂をめざす。山頂直下の急坂をふーふー押し上がり、展望の素晴らしいピーク到着。三頭山の後ろには、奥多摩の山々・八ヶ岳・南には富士山。訪れた価値があった。
山頂を後にしていよいよDH。滑りやすい急坂を下り、本日のメインイベント会場の岩を削り出した神社前石段到着。O田、出発点でびびり前半カット。次発会長は、出発点で気合いを入れて臨むが、しくじったO田の「危ない。止めろ。途中で前転するぞ〜。」との声援?に影響されO田と〃。「モンプリではなくてクワハラ号だったら絶対メイクしていた。」と負け惜しみ。来年のG現で勝負しようではないか。
気持ちのよい稜線コースで、モンプリ号のリアサスのエアー抜け。集合地点を雨降山頂にして、かっとび。しかし、山頂で待ってもT橋君が到着せず、最後に見かけた稜線からW見への分岐点まで探しに行くも見つからず。先行のMTBのトレースがあったので山頂に立ち寄らずに下り始めていると判断。どんどん進むがT橋君には追いつかず。ブレーキ痕( 環境を壊すことなくツーリングを楽しむ、そんな精神で走っているのか、緑の党のT橋君は。)を残していないが、間違いなく新鮮なメガバイト風のトレースを追いかける。会長のクランクのゆるみトラブル等あったが、順調に下り、ろくに休みもせず飛ばしてA原部落に到着。今日の高橋君の走りは、ずいぶん気合いが入っていたな。追いつくことができなかった。そんなことで、まもなく出発点に戻る。
「ずいぶん遅かったですね。」などとT橋君に言われるかと思っていたが、戻ってもT橋君はいない!!!!遭難だ。そうなんです。
現地にいた巨漢95sのH本君(MTBツーリングで途中足を痛め留守番をしていた。)に聞くも、見かけていないとのこと。山に入っている仲間に携帯で連絡してもらうがやはり見つからない。これは、まずいことになったが、ビールで喉を湿らせてから捜索隊を繰り出そうと決定。W見峠まで車回収に行き、1人は徒歩で稜線からDHルートをたどり、下に戻って下から1人コースを登ってあーだのこーだのあたふたしているところにちゃっかりと舗装道路を和見から下ってT橋君生還!!!!!!!!!!!!!!!T橋君は、稜線の和見分岐から少し進んだところで山頂に進むつもりで脇道に入りそのまま我々がいなかったのでどんどん進み、W見部落へ下っていったのであった。
とりあえず、めでたしと念願のビールで乾杯。車回収をすませ芋煮会の開催。

鍋の話
今日の芋煮会は里芋(調理済み里丸君)をメインに野菜・豚肉・油揚げ・がんもどき・うどんに長ネギをめんみベースに味付け。芋煮となれば、本場山形では牛肉であるが、豚バラ好きのロジ担当が準備した豚肉を、今日の料理長・シェフI上は油で炒めてから入れる本格派。長ネギの刻み方などは、素晴らしい包丁さばきで、日頃の家庭での訓練が想像される。具が少なすぎたが、うどんも一緒にいれて、芋煮うどんの新メニューとなった。

酒の話
ツーリング後の鍋会の後、飲酒運転はいけない。とのことで、ロジ坦はビール6缶しか準備せず、やっぱり少なすぎたと後悔したが、これが正解なのであろう。

宴会には巨漢、H本君も加わり盛り上がり、会長は必死にステムを売り込んでいたが売れずにがっかり。終わりごろテント屋さんの某氏がくるも既に宴会終了。H本君の仲間も戻り帰る。帰路20号は渋滞。高速道路は上野原より小仏峠まで11qの大渋滞。眠気をこらえながら、大沢さんのようにならぬよう、頑張って無事帰京。


平成13年11月11日

11月 月例ツーリング
11月11日 櫛形山で枯葉のジュータンかっとび!!
出席者 I藤会長・Y口・T橋・O田

前夜7時30分、都下組みのT橋・O田を世田谷でピックアップし首都高速の永福インターより西に向かう。O田は「運転手は君だ。」と会長に通告し、自ら持ち込んだ鳥唐揚げ・餃子・マカロニサラダを肴に酒宴を開催するのであった。会長はじっと我慢のジェントルぶりを発揮し目的地まで頑張る。もう出来上がっている田はさっさと就寝し翌日の登りに備えようとしたが、そうは問屋がおろさず酒乱の会長に付き合わされることになった。日本酒・ワイン・ウイスキーがみるみる消費され結局全員が寝付いたのは1時過ぎ。用足しから戻った会長は、どこかで転んできて半身を水たまりに浸していた。ロフトへ追い払おうとしても言うことを聞かず、ぎゅう詰め状態。あげくに寝ぼけて猥褻行為をはたらき、寝言でT橋君に意見し、翌朝起きると8時をまわっていた。

あわてて出発の準備。T橋君は前夜に飲み過ぎ、青い顔をしている。Y口さんは、愛車に新しいダブルクラウンサスをセットし期待わくわく。会長は、前夜の乱闘で眼鏡のレンズを紛失し、スペアの度の弱い眼鏡で自信なさげ。(この眼鏡のレンズ紛失は、O田がそれを掛けていてしばらく気づかず、何か調子悪いなと眼鏡をしげしげと見つめて判る始末)朝食をとり、9時に出発。

舗装道路の登りは、約1時間。途中、溝の切ってある傾斜のきつい登りになると会長は俄然ハッスル。「この登りはモンプリ号で登れるぜ〜。」一気にまくるがすぐに沈没。T橋君はうずくまる会長を横目にしこしこ漕ぎ上がろうとするがなぜか立ち止まり、二日酔いのために・・・・・・。Y口さんは先行逃げ切りで、2番手O田は黙々と押し続けH成新道入口に1・2フィニィシュ。3番手は会長でラストはT橋君。すぐにK尾根登山道入口・展望台駐車場に到着。

富士山は展望できなかったが、まずまずの天気であった。ここからが本当の登りの始まり。舞台は、ロードから山道に移って第1ステージはロード同様Y口さんの独走態勢。O田・T橋君と続き、最後尾は完敗の会長。つづく第2ステージは、独走のY口さんを追いかけ豚と猿の2番手争い。ケツは、二日酔いの為にT橋君が・・・・。盛りの過ぎた紅葉の林の中、黄色の葉っぱの中、青い顔が補色効果でくっきりと浮かび上がっていたのであった。そんなこんなのきつい登りの末、12時45分に全員Aヤメ平到着。少々雪が残りとても寒い。避難小屋で昼食をとりルートを中尾根コースに決定し1時15分に出発する。

原生林の中しばらくの登りの後、いよいよDHの開始。前回、◯◯さんの遭難事件があったので、ピッチを細かくして散らばらぬ様注意しつつ枯葉の中を思い思いに疾走?する。木の根は濡れていて滑りやすく、枯葉の下には隠れた岩屑があり難しい走りとなっているが、Y口さんは、新しいサスが合ったせいか会長を突きまわす。会長はモンプリはクロカン仕様なのでどーたらこーたら・よく前が見えないのでなんたらかんたら言い訳しながら走っている。O田は鉄馬号で張り切り、二日酔いから回復しつつあるT橋君も頑張る。

本日のメインイベントである林道合流地点の階段は、うふふの鉄馬号で楽勝かと思っていたが、現地に着くと怖じ気づき、できなかった。歳をとると共に恐怖心が人並みになってしまったのか。会長には「危険だ!!!!怪我をするぞ!」と脅しをかけ諦めさせ会長の鼻を高くするのをなんとか阻止した。

ここより、途中木の枝に頭をぶつけたT橋君は、なんとなく調子が悪いので、大事をとって1人林道を下り、他の3人は引き続き山道を下る。階段おりをメイクできなかったO田は、続く山道階段で鉄馬号の力を借りたが最後に突き刺さりまともにクリアできず皆の鼻をあかすため秘密訓練を誓うのであった。調子のよいY口さんは、飛ばしすぎでパンク。たいした事故もなく3時過ぎに出発点のグリーンロッジに戻る。

出しっぱなしのテーブル・イス・食器類・サイドオーニングを撤収して、眼鏡が違うので運転が危険?との理由で運転手はY口さんとなる。途中のコンビニでアルコールと食料を調達して高速道路に入る。日曜日の中央道は、いつも渋滞がひどく、今日は何と25qの大渋滞。書記は、Y口さんの横で疲労とアルコールで熟睡モードに入る。小仏トンネルを抜けると渋滞は解消し、H野バス停でおろしてもらい後はしらん。本当に今日は疲れた。Y口さんごめんなさい。   


平成13年12月2日

12月 恒例忘年ツーリング
12月2日 K比羅尾根で走り納め!!!
出席者 I藤会長・Y口・T橋・O田・O沢・O倉・H松

当日は、3組に分かれて行動する。
1.費用節約組(自走・体力気力充分) T橋・O田
2.金満組  (タクシー、ケーブルカー利用) I藤会長・Y口
3.現地集合組(宴会準備担当係)O沢長老・O倉 

1組は、やる気ばりばり。約束の9時30分に集合地点のケーブルカー山頂駅前に到着すべく、8時3分M岳駅着、自走で滝本へ向かう。T本手前の激坂で息も絶え絶えになっていると、2組がタクシーで到着。すぐに金満組に編入させていただく。輪行袋に収納していれば自転車はただとなり元1組は助かる。

山頂駅前の公園で準備を整え、9時30分に出発。去年まではO田が鍋を背中にくくりつけてのツーリングであったが、今日は3組に鍋運搬を押しつけたので身軽になった。いつものコースを順調に下る。今日は、S雲山荘前の階段をきめる予定なのでHの出山頂に立ち寄り。会長がダダーと一気にきめO田、Y口もメイク。会長・O田は山頂からの展望を楽しむ間もなく直下の連続階段に挑戦。3段目の下でO田こけ、下の登山者より「登山道を維持している人に申し訳ないだろ。」とお叱りを受け中止。それはそうだ。でも刺激のないMTBも考えられないのでその辺の調整が難しい。木の根の張り出した植林帯の登り下りの長丁場をこなしていく。途中、会長が190,000円も入っていた財布を吹き飛ばしながらDH。後ろについていた守銭奴O田は「財布みっけ。ラッキィー」とくすねようとしたが、サスのコイルを入れ替え、走り絶好調で後ろについていた堅物の某氏に目撃されたため10割ゲットはあきらめ、拾得物に対する謝礼金の1割を要求するもかなわず、しかたなしに財布を会長に返還する。ま、ここで恩を着せておくのもよかろう。自転車整備は何時もやってもらっているので。

たいして休みもせずに神社に到着。3組に途中連絡を入れるも、留守電で通じず。河原の会場集合時間は午後1時なので早めに行こうと最後の下り。全員無事に下山。 

河原に12時到着。ちょうど3組の鍋準備が始まりジャストタイミング。本当は到着と同時に熱い鍋をつつきながら、ビールで「乾杯!!」と行く予定であったので、今度、こんな企画のときは、こっそりと橋の上から進行状況を見極めてできあがりに合わせて到着するようにしよう。

  さて、O沢さんは交通事故の後遺症が残るまま、O倉さんは前夜の湯河原宴会より直行で河原に到着。宴会準備係りの3組にはこの場をかりて深く感謝致します。今後とも宜しく。

現場は、まさに寄せ鍋挑戦中であった。大根・にんじん・里芋・白菜・春菊・椎茸・エノキダケ・長ネギ・鶏肉・豆腐・ソーセージ?の具だくさんで、しょうゆ味ベース。野菜を刻み、鍋を火に掛け、できあがりをひたすら待つ。

さほど寒くもなく、O沢さんのネパール土産話を聞きながら酒をいただく。鍋もできあがり酒もどんどんすすみ、毎度お馴染みの中傷大会となる。なんか、いつも同じ話、悪口を言っているような気がする。自転車で走っている時間よりも悪態ついている時間の方が長いだろうな。

3時前には、おひらきとなり、飛ぶ鳥少々跡を汚して、I日市駅に向かう。階段下で輪行をおえ、乗車券を購入し出発しようか・・・というところに予定外の4組(1名)参入。H松君がおそろしく古い自転車で到着。「こんちわ〜」ということで2次会が始まる。連日の疲労でダウンのO倉さんは、先に退場。よく見かけるホームレス集会のごとく、地べたに車座になり酒を飲み始めるが、長老は大の字でお休み。H松君相手に、会長が飲み足りない分を飲みまくって、でかい声を張りあげている。O田は、ちゃっかりとクラブ会費(来年分まで)徴収。

ここよりT橋君は、H松君とともに自転車で帰ることにする。若い2人は、体力・気力充分でうらやましい限りだ。

電車に乗り込むやいなや、眠りより覚めた長老と会長は、第3次酒宴を開催する。良識派のY口と、今日はたまたま良識派のO田は、向かいに座って知らんぷりしていた。立川に近づくにつれ車内は混み合ってくるが、ぜんぜんお構いなしに酒宴は続くよ、どこまでも〜。立川後は不明です。       


平成13年12月21日

12月 忘年会だぞ
12月21日 いつもの西荻「Hサ」!!
出席者 O沢長老・I藤会長・Y口・O倉・T橋・O田

1年も前に決まっていた忘年会の出席者は上記6名。集合時間は、午後7時半であったがぼちぼちと集まり全員そろったのは8時過ぎ。I上さんは、25日までにあげなくてはならない仕事により不参加。配島さんは、参加の予定が1日スケジュールを間違えてボツ。H松君にも特別会費で参加を呼びかけたが返事なし。 鍋をつつきながら、13年の会計監査をおこない、会計部長の使い込みは発覚せず、無事皆の承認を得る。本当は、青森の住宅公社職員のまねをして、チリの愛人に5〜6億円ほど送金したかったが、何しろ残高が万の位に達せず、断念したのであった。ついでに来年のクラブ会費を徴収し、会計部長の年越し資金への流用ができるようにしておく。続いて来年の年間計画の素案を提示し、討議に入る。あーでもない、こーでもないともめながら、結局、ほとんど本年同様となる。次ページに掲載しますので来年の忘年会まで皆、予定を空けておくこと。

さて、今日の鍋は、肉団子・たら・ホタテ・焼き豆腐・白滝・油揚げの袋つめ・白菜・春菊・他で煮え頃を見計らってつつき回す。寿司をつまんで、酢豚があったり、取り合わせが何ともいえない。いつも、誰が食ったのかと問題になる蛤がなかったので醜い争いはなかった。初めのうちは、カナダのウィスラーに遊びに行こう、短期滞在か、ワーキングビザで自転車屋のバイトをして長期滞在だとか、鍼灸だったらカナダでも仕事があるとか、何とかまともな会話だったのに、いつもの会長の大声の「ばかやろ〜」が飛び出し、会話内容は日本経済のように底なしに落ちていくのであった。それにつられて、はまちゃん(長老のお知り合い)乱入でサクラますの講義がはじまり、結局のところ間男の話をしたかったらしく支離滅裂の大忘年会。来年は更生して1から出直しだ。

それでは皆様、よいお年をお迎えください。                                                     


■なんか文句あっか!この計画に!!平成14年版■


忘年会会場で討議の結果、平成14年の活動予定は次の通りとなりました。年間スケジュールは、クラブ最優先にしてね。

1月10日    もうすぐ新年会だぜ!  会場「Hサ」
1月27日    走り初めは、正月恒例のS間尾根!
2月 3日         毎週クラブ開催か?J馬山ツーリング
3月 3日         ひな祭りはJ馬山??
4月 7日    Tノ巣・Kの木尾根。もちろん車2台でね。
5月12日    新緑のUの寝尾根。(輪行です)
6月 2日    新コースのD地峠からダウンヒル!
7月6〜7日    K取山からI尾根縦走。
8月 4日    富士見パノラマで遊びましょ。
9月 8日    K津温泉のおまけにYヶ平ツーリング。
10月 6日    K形山で枯れ葉のジュータンかっとび!
11月10日    G現岳で芋煮会。
12月 8日    K比羅尾根で走り納め。
12月27日    もう、忘年会だ〜。(会場未定)

各自カレンダーに貼っておくこと!

平成13年の活動記録の巻   終わり