クラブ・ゴクウの2000年記録です!
2000年の記録
2000年1月8日 平成12年新年会だぜ〜。
2000年1月16日 奥多摩のS尾根
2000年2月6日 雪の無いJ山
2000年3月5日 奥武蔵W山
2000年4月2日 奥多摩T山〜K尾根
2000年4月22日 大長老・卒業式!
2000年5月1日 長老主催の謝恩会!
2000年5月21日 新緑のK形山
2000年6月4日 輪行でUの寝尾根
2000年7月1〜2日 K里高原よりM盛山
2000年8月20日 ブチキレ富士見パノラマ
2000年9月3日 登らないF山
2000年10月1日 お久しぶりのY久保尾根
2000年10月14〜15日 K津 Yヶ平 MTBとハイキング
2000年11月5日 ブイヤベースのG岳!
2000年12月10日 20世紀 忘世紀会のK尾根!
2000年12月22日 今度こそ最後の忘世紀会!!!!!
Copyright (C)  クラブ・ゴクウ All Rights Reserved





平成12年(2000年)の活動記録


平成12年1月8日

■平成12年新年会だぜ〜
平成12年1月8日西荻窪「B小屋」にて
出席者 O沢・I上・I藤・T橋・O倉・O田・(Y口&令夫人ご挨拶のみ出席)

記念すべき2000年新年会会場は、昨年末忘年会に引き続き、西荻窪の「B小屋」にて午後7時より開催されました。Y口&令夫人は、新年の顔見せのみ。用事があるとのことでご挨拶後すぐに退席されました。

出席者全員着座、西暦2000年・クラブゴクウ開きだぜい〜 !!!!!ビールで乾杯の後、新年会が始まりました。I藤会長からのありがたい年頭の訓辞は、毎度の事であるが書記が書記が目の前の刺身の盛り合わせの中に生たこを発見し、1人せっせとつついていたので、いったい何を述べられていたのかわかりませんでした。

景気が相変わらずのせいか、話題はいつもの通りフリーマーケットが安いのとか、これからはユニクロの時代だ、やっぱりジーンズメイトだろうとか・・・・クラブ員のふところ状態が、対前年比マイナス成長を予感させ、輝かしい2000年の幕開けを期待していた人はがっかりしたのでありました。そんな中でH島氏は、かわいそうにサタディーナイトにお仕事中。1人好景気に沸き、忙しすぎる様子。

で、そのころには、鍋もすっかり空になりお決まりの雑炊をむさぼり、ほろ酔い加減のいい気持ち。来週日曜日には、1月の初ツーリングでお目にかかりますので、本日はこれにてお開き、解散となりました。今年も宜しくお願いします。

終わり

平成12年1月16日

1月 月例ツーリング
1月16日  奥多摩S尾根
出席者 O沢・Y口・I藤親子・O倉・O田

2000年初ツーリングは、奥多摩S尾根コース。気合いの入った自走はしないで車2台の楽々コース。H沢の滝駐車場に集合。O田ドミンゴを残し、キャラバン改にMTB6台積み込みDH出発点のK張峠駐車場に向かう。M頭山頂方面に霧氷の林が朝日に輝いていたが、心配していた積雪は、まったく無く、一安心。

K張峠駐車場に到着し、いよいよダウンヒル開始。DHに先立ち小猿は出発点にマーキングをする。コースは林業の仕事か倒木、枯れ枝等の整備がなされ走りやすく、皆、順調にMTBを飛ばす。石仏のある見晴らしの良い稜線で一休み。尾根を北に巻き、S嶺に近づく頃、何でもないところで小猿の転倒・転落。胸を打ったものの大事には至らずほっと一安心。「小猿も木から落ちる」

S嶺の小屋で小休止の後、最後のガレ場コースへDH。会長自慢のクワハラは、チェーンの外れ止めが着いているにもかかわらず、チェーン外れのトラブル発生。ガレ場での高性能は、発揮できず。そんなこんなで全員無事茶屋に到着。O沢長老は、林道をそのまま駐車場に下り、張り切りグループは、最後のO沢へ下るコースを楽しみ駐車場に到着。Y口・O田でキャラバン改の回収に向かい、その間駐車場では炭を熾して焼き鳥と煮込みうどんの準備。再び全員揃って懇談会。久保田の碧寿・大分の焼酎・ビールで盛り上がり1日の終了となった。

O田自慢のオリンパスボイスレコーダーによるコースタイム

H沢駐車場出発 9:02 ⇒ K張駐車場到着 9:43   同出発 10:05 ⇒ 石仏着 10:34 同出発 10:43 ⇒ 小猿転倒 11:16 ⇒ S嶺到着 11:27 同出発 11:34 ⇒ ガレ場終了地点 11:50 ⇒ 茶屋 11:54 ⇒ 林道・登山道分岐 11:57 ⇒ O沢着 0:20 ⇒H沢駐車場着 0:20    車回収終了 1:16  懇談会終了解散3:51
以上


平成12年2月6日
2月 月例ツーリング
2月6日 雪の無さそなJ山!
出席者 I藤・O倉・T橋・O田


天気予報は1月同様あまり思わしくなかったが、O倉氏の参加にもかかわらずツーリング日和?(雨が降らないだけ)となり、氏は完全に雨男返上となった。

集合時刻10分前にバス停Jに集合。「ここは駐車できないよ」と注意され、O田ドミンゴを路上駐車し、全員キャラバン改でW田峠に向かう。峠の手前の空地に駐車し、いよいよ押し上がり開始。と思っていたらぐずぐず出発した会長が「こんなところに駐車しやがって」と言う苦情を聞いたため、良心の呵責に耐えかね、営業O倉氏により車を有料駐車場に移動。600円の出費となる。

J山までの登りは前半快調。後半より登山道がぬかるみ、タイヤを泥で太らせて山頂に到着。頂上からは、真白き富士山は見えなかったが、風もなく穏やかであった。今日は、下山後に食事のためアルコールはいただかず。O氏が参加していたら、きっと第一次宴会が始まっていただろうな。雪は日陰にほんの少々、走行にはまったく問題なし。で、いよいよDH。

直下は、丸太階段のため走りにくいが、そこを抜けると細かいつづらの山道、その後ハイスピードコース。楽しく走っていると前方よりアベックの登山者が来る。なんとY口さんとうら若い女性のアベック。すわ、不倫現場目撃と思ったら、後から奥様と友人の4人パーティの山登り。しかし一の尾根登りはご苦労様です。ハイスピードコースは続き、最後に沢井に向かう。ガレ混じりのつづらで気は抜けない。距離は短いが気持ちよく下れるコースであった。

O田ドミンゴに全員乗車し、W田峠に車回収。和田部落手前の広場にて昼食会。豚汁と焼き鳥、焼きおにぎりとお決まりのアルコールで大いに盛り上がって無事解散となった。

O田自慢のオリンパスボイスレコーダーによるコースタイム

Jバス停出発 8:56 ⇒ W田峠駐車場到着 9:12 一悶着後 出発 9:37 ⇒ J山頂着 10:00 同出発 10:22 ⇒ 不倫目撃 10:42 ⇒ K沢井到着 11:03  以後らんちき昼食会突入

平成12年3月5日
3月 月例ツーリング
3月5日 新コースの奥武蔵W山
出席者 Y口・I藤・O倉・T橋・O田


新コース・奥武蔵W山の出発点「Sの湯」駐車場にキャラバン改・スーパーアルトが集合したのは、予定時刻10分遅れの9時10分。昨日の雨もあがり、曇天ではあるが、割と暖かい朝であった。

2月8日に左手の人差指切断?慈恵医大病院に救急車で搬送され入院、0.4MMの動脈縫合・蛭による血流確保による驚異の現代医学の結果、本日のツーリングに参加できた会長は、己の傷具合も気にせず、本日の参加。花粉症のO倉は、マスクをつけての参加。少々おつむのいかれた集団である。気合いを入れキャラバン改に5台MTBを積み込み出発。A湖沿いの舗装道路をドライブ、道はやがて細くなり急な未舗装路となる。O田の数年前の記憶とは明らかに違うため、地図を確認するとミスコース。さいわい、キャラバン改のバックが入り無事Uターン。車でぐんぐんと高度を稼ぎS川乗越に到着。路肩に駐車しMTBを組み立て準備完了。I藤は、いつものターミネーター姿でやる気満々。3月2日に抜糸したばかりで、指先からは固定するための針金が飛び出ている人間のやることではない。

いよいよツーリング開始。前宣伝では「完全バリアフリーコース」となっていたがW山まで雪も残っているドロドロ道の押し上がり。各自のタイヤは1インチずつサイズアップで体力もアップアップ。W山下りで早くも転倒の伊藤は、自慢のショーワダブルクラウンサスの右側バルブをへし折る力の入れよう。藤棚山頂からの下りでも2MほどMTBを落とす転倒で尻に痣。結構上り下りの多いコースで皆泥団子に悪戦苦闘。Oヨケの頭で昼食をとる。ここからはほとんど下りでK比羅神社に到着。最後の下りでI藤は、左サスバルブを折り、DHは終了となった。車回収してさわらびの湯にて疲れを癒しました。(入湯料800円)
O田自慢のオリンパスボイスレコーダーによるコースタイム
Sの湯駐車場出発9:21⇒S川乗越到着10:07出発10:21⇒W山頂着10:43同出発10:51 ⇒F棚山頂11:16⇒Oヨケの頭到着11:50 昼食後0:23出発⇒K比羅神社着0:52⇒駐車場1:03

平成12年4月2日
4月 月例ツーリング
4月2日 T山 K尾根だよ!
出席者 O沢・I藤親子・O倉・O田

定刻通りM谷橋駐車場に集合、キャラバン改に乗り込み舗装道路の登り1時間をカットする。O部落の登山道入口でおそるおそるバックに入ることを確認し、方向転換・路肩路上駐車する。

登りをカットしたため今日は楽々のはずであったが、いきなりの階段登りにつらい思いをする。ところが会長は、モンスタークワハラを捨て超軽量のモンプリ号を投入。バイクを担ぎ上げ意気揚々と登り始める。何度も来ている山道は、面白くもなくひたすら小さな白い標高プレートを数えるだけの辛い登りであった。そして避難小屋下の水場は、涸れていて水が補給出来ず、今日のT山頂は、これを言い訳にカットすることになる。

小屋の裏側には、残雪があり、薄ら寒いので稜線上のベンチで昼食をいただく。頂上をパスするので力が湧いたはずであったが、巻道をよろよろと押し進むO氏2名であった。他のO氏I氏は元気にこごこぎしたようである。K尾根入口からは、少々荒れた面白いDHコースの始まり。O・M根沢の分岐を過ぎると道は登り返し。ここはいつも「もう登りはないはずた。」と思っている連中の期待を裏切るところである。今日ももちろん辛い登り返しであった。そんなこんなでK戸山到着。ここからはいよいよ下りのみのコース。枯葉の積もるつづら下りを各自快調に転倒しながら走り下る。フィニシュは階段降り。慎重に下るO氏とは対照的にいつも切れているI氏のスピードパフォーマンスで無事終了。A海から舗装道路をM谷橋に戻る。年長のO氏は限界で足をつっての帰還となった。
車回収後、新装された駐車場のベンチで一杯やって解散。

O田自慢のオリンパスボイスレコーダーによるコースタイム

M谷橋の駐車場出発9:38⇒登山道入口到着10:00出発10:17⇒H=1200着11:13⇒H=1400着11:52⇒避難小屋到着0:28昼食後0:59出発⇒K戸山頂着2:25⇒A海バス停2:59駐車場3:12着

平成12年4月22日
第1回クラブゴクウ卒業式
4月22日 O沢長老・自転車現役引退のため卒業式!
出席者 O沢K介・令夫人、Y口S美・令夫人、I藤K文・ご令息、I上T、O倉M男、H島S二、T橋M幸、O田Y三

4月2日の月例ツーリングでは、T山K尾根のハードコースをこなしていたO沢長老が、膝痛の持病悪化のため現役引退表明し、その意志も大変つよいため卒業審査会に諮ったところ、これを許可する裁定がなされ本日の卒業式の挙行となった。審査会席上では「まだ留年だ。」とか「小指を・・・・。」とか、もめにもめたが、永年の功績によりクラブ初の卒業が認められたものである。

O沢長老の別宅「西荻窪H」にて午後7時半に開催。「私が会長です。」と会長の挨拶から始まり留年生代表Y口氏の送辞・北海道支部長のU村一郎氏からの祝電の披露・卒業生答辞と続き、I藤会長から卒業証書の授与がされた。また、卒業にともない初代OB部長の任命がなされ、今後の活躍が期待されるのであった。記念品贈呈・花束贈呈と続き、記念撮影をすませ、第1部は無事終了した。

待ちに待った第2部は、T橋青年部長の乾杯の発声により卒業祝賀会に突入。


おでんに始まりビール・焼酎・日本酒・ウーロン茶の飛びかう中、祝賀会は盛り上がりを見せ、記念品(イタリー製・ワイングラス)に焼酎を入れ長老・令夫人に飲んでいただく。クラブ発足当時の思い出話に花が咲き、わいわい・ガヤガヤいつもの他人の中傷・誹謗合戦となり、会場の片隅では杉並第9小学校の同窓会が始まる始末。総勢11名による祝賀会は終了予定の9時はあっという間過ぎ、11時半頃まで続いたのであった。途中、「H」常連のハマちゃんから黒ビールの差し入れもあり、あらためて長老の人柄を見直したのであった。しかし人の良い長老の人柄につけ込んで、初代OB部長の初仕事は、謝恩会の開催・5月のK形山ツーリングのカレー当番等を要求され、今後もクラブ活動から逃れられそうもない雰囲気であった。果たして長老は本当に卒業させてもらったのか。??

平成12年5月1日
卒業式謝恩会開催!
5月1日 O沢長老主催で卒業式の謝恩会!
出席者 O沢K介、Y口S美・令夫人、I藤K文、O倉M男、H島S二、T橋M幸、O田Y三

4月22日・O沢長老の卒業式が無事終了しアルコールもまだ抜けきっていない内、長老主催の謝恩会が荻窪「Tの冒険」で開催されました。ここはO倉氏の会社の経営するカラオケルーム付きパブで、クラブゴクウの雰囲気とは180度違うところでO田などは入口ドアを開けたとたん「失礼。場所を間違えました。」と言ってしまいそうな店構えでした。7時30分開演、テーブル席に着いた面々は、上記8名。

クラブでは赤提灯の座敷かカウンター、又はカツ丼を食うために入った食堂でしか飲んだことのないO田は、テーブル席にかしこまって座っている絵が信じられない様子。しかも先付けは、鰹のカルパッチョ。どういう取り合わせか水餃子も並び、厳かにビールとでワインで乾杯。しかし、なんだかんだと言ってもやっぱりいつものクラブの飲み会に突入していくのでした。今日は、会長の後見人が付いていないので大爆発するのでは?と心配でしたが、テーブル席での行いは、なんとかぎりぎりのところで節度を保ちました。別室にはO倉氏の会社の同僚がいましたし、当然、氏の上司もいたせいもあったかと思われます。

しかし、会社の皆さんが引きあげ、空いた別室になだれ込むとそこは、カラオケ天国。会長は腰をくねらせ、蛮声を張りあげ大盛り上がり。一気にいつも以上の様相となりました。長老の出費は、多大な額になったはずです。Tを後にして、第2次会に突入。駅前の2階のS木屋???(名前は思い出せない。)にて更に酒がすすむ。謝恩会が大飲酒会に変更され、へべれけまでもう一歩のところで何とかお開きとなりました。

これからもこのたぐいの集まりには、O沢さんにも必ず出席してもらいますだ。

平成12年5月21日
5月 月例ツーリング
5月21日 新緑のK形山!
出席者 I藤・T橋・O田・O沢・Y口&令夫人・K池さんだったかな?

今回は、自転車組・山歩き組に分かれての行動となりました。前夜、Y口夫婦と友人K池氏は、県民の森Gロッジのバンガローに宿泊。他4名はキャラバン改に乗り込み12時半頃現地入り。いつものようにタープを出し、椅子・テーブルをセットして深夜の酒宴に突入したのであった。ピザ・餃子の鉄板焼きから始まりカレーラーメンを酒の肴にビール・ワイン・泡盛・焼酎がすすみ、ローリング族の騒音に負けじとI藤会長の大声が半径50mに響き渡っていたのであった。3時にO沢氏が敵前逃亡の戦線離脱、残った3人はアルコールと戦い続け空が白々と明けてきた4時過ぎに慌てて就寝する。

8時半まで爆睡し、先に起きだしたO沢さんが、管理人さんからのお叱りをうけて全員お目覚めとなった。幸いなことに雨は降らず、その管理人さんによれば10時には晴れるとのこと。朝食をいただき、キャラバン改に全員乗り込みK形山山頂直下、Iの茶屋林道の最奥をめざす。10時半頃林道終点。残雪をいだく南アルプス白峰三山の素晴らしい眺めが楽しめた。終点には、立派な小屋が出来ていてトイレも完備されていた。K形山頂までは押し登り1時間弱。途中、T橋君箱根のY坂道状態。頂上からは山歩き組はH山ピストン。自転車は中尾根をダウンヒル。途中、カタクリの花の群落も観察でき、いつもの階段降りも無事こなし、それなりに楽しいツーリングで12時半過ぎには、ベースに戻る。

山歩き組は、車回収のため、遅れて帰着。おでんで再び大アルコール戦争に突入。


酔った会長は岩飛びのパフォーマンスを披露。頭でも打つのでは、と皆を心配させる。お開きの後、キャラバン改は、移動居酒屋を続け、ついにO田は自宅で轟沈したのであった。K形山は方角が悪い。(K形以外でも同じか)

平成12年6月4日

6月 月例ツーリング
6月4日 まじめ輪行 U尾根〜っ!
出席者 O沢(笹子まで)、Y口、I藤、O倉、O田

なぜか予定列車より早い列車に乗り込んだのはO沢・Y口・I藤と別車輌で気がつかなかったO田。ビアンキのロードバイクを輪行で持参したO沢氏は、途中の笹子で下車して甲州路を東京へサイクリング。(砂利道は辛くて無理との事)土産にサントリーホワイトとこんにゃくゼリーをいただいき謝々。

E山8時15分到着。O田と合流し集合時間まで酒宴が始まる。ホワイトはあっという間になくなりビールを詰め込む。O沢氏がE山まで来ていたら、きっとこんな軽い酒宴では済まなかったろう。そうこうするうちに定刻の列車が来るが現れたのはO倉氏のみ。T橋君宅に連絡すると寝坊したとのこと。つかえる会長が手配したタクシー2台に分乗し一路福ちゃん荘へ。しかし、途中、ちゃっかりジンを仕入れた会長であった。

Fちゃん荘から自転車を組みD峠に向かう。まじめに登って30分少々で峠に到着。今日は天気は最高で正面に富士山を眺めながら第2次酒宴に突入。ここでのビールに備え、おつまみ各種を用意して臨んだ馬鹿者もいた。しかし30分で酒宴終了。登りの辛いK沢山に向かう。会長は横綱をやめ超軽量のモンプリ号でここに挑戦するが果たして正解であった。ハーハーゼーゼーして熊沢山に到着。眼下には、Kダムが完成していて水を満たしていた。ここから石丸峠へDH。ここはいつも気持ちよく下れる楽しいコースである。あっという間に到着。

I峠で昼食。いつもは、ぶるぶるふるえながら避難小屋の中で風をしのいでの昼食をいただいた記憶しかなかったが、きょうはぽかぽかで、気持ちの良い草原での昼食であった。しかしその避難小屋も、さらに朽廃がすすみ倒壊するのは時間の問題。食事を済ませ、U尾根DHに備え、各自準備。今日は、真面目にここまでこなし、なんと昼前にここを出発。もちろん、会長はいつものターミネータ姿だし、O倉氏も黄緑色の肘当てを装着しやる気満々。O田も気合いを入れてコルセット装着。Y口氏のみ、一人落ち着いた大人の様子。

さて、I峠から下り初めはつづら混じりの気持ちの良いコース。なぜか季節前なのにヒグラシ?が鳴いていて、山つつじの咲く新緑の深山。残念なことに南側の眼下には、林道が山肌を削っていた。ところどころ登り返しをまじえ、どんどん下る。あっという間にDマテイ分岐につく。途中、休憩も2回位いしかとらず、会長の禁煙も続いているのでぐずぐずすることなく走った結果であった。温泉看板に間違って引き込まれないようT元に向かう。枯葉のコースの先頭を走っていたO田は、倒木を単なる段差と判断。ぼっこり突っ込んで前方宙返り半ひねり枯葉顔面着地を見事決め、9.70の高得点をマーク。本日の金メダルをゲットしたのであった。T元の上まで舗装道路が延びていて、O駅までのサイクリングが始まる。駅まで20キロメートルの看板であっという間に疲れた。会長のチェーンは、ぶち切れメビウスの輪になって修理に手こずり、昔路を下ってへとへとになって奥多摩駅到着。カツ丼を食べようか?などと言ってる間にホリデー快速に飛び乗り(座れませんでした)酒をいただきながら、本日、無事終了。

O田自慢のボイスレコーダーによるコースタイム

T田駅    6:54発
E山駅 8:15着
Fちゃん荘 9:19着 9:36発
D峠 10:14着 10:40発
K沢山 10:59着
I丸峠 11:19着 11:54発
Dマテイ分岐 0:54着 1:05発
T元上分岐 1:18着
舗装路 1:46着 2:00発
O湖駐車場 3:28着
O駅 4:00着 4:21発

U尾根の巻、完

平成12年7月
1〜2日
7月 月例ツーリング
7月1〜2日 K高原よりM盛山
出席者 Y口&令夫人、I藤、O倉、T橋、O田

今回は、O倉さんのご厚意で、勤務先「株式会社××」のK高原寮を利用しての1泊2日コースです。
7月1日、会長宅を午後0時30分発・途中T橋君を拾って高速道路を一走り。途中のスーパーで夜の大宴会のための買い出しをして、緑美しいログキャビン風の高原寮入り。今日の泊まりは、我々だけで明るい内からエタノール(I氏は酒と称している)の入った誰かが、お尻を丸出しにしてカラオケを絶唱していたそうな。さて、O田は、1人仕事場を7時過ぎに出発。高速道路をアルトで飛ばして9時半に現地入り。風呂に入って、クラブ始まって依頼、初めての浴衣をはおっての大宴会は始まったが、誰かは、すでに倒れ込んで1人お休み。
翌朝、6時に起床して(I藤が起きるとは、驚異的!!!)8時に朝食をいただき、高原寮を出発。H研修センター少し上の無料駐車場にアルトを停める。キャラバン改をS岩迄すすめ、そこから押し上がり小一時間でH沢山に到着。ガスがかかり、展望は楽しめなかった。M盛山まではバイクにのれるところもあり、最後の急坂を上がると山頂。
いよいよダウンヒル開始。初級者コースとの事であったが、滑りやすいガレたところもあり初心者のM姫には、少々きつすぎた。ハイスピードで気持ちよく走れたところもあったが、あっという間に林道分岐のトイレに到着。Y口夫婦は林道コースに向かう。山道コースはなかなか手強く、それぞれ苦労しながら無事にベースに到着しY口夫婦と合流。キャラバン改を回収してM盛山をあとにする。昼食はカツ丼を予定。しかし温泉によったり(入らず)このドライブインは不味そうだと入ってすぐ出たり、結局、高速道路の双葉サービスエリアで昼食をとり、解散。(途中激しい雨降り、山の中でなくてよかった。)
今回は、K高原寮の利用にご尽力いただき、O倉さんに謝々。

平成12年8月20日

8月 月例ツーリング
8月20日 ブチキレ富士見パノラマ
出席者 O沢、I藤、O倉、T橋、O田


前日、T橋君をピックアップして国立府中インターより高速に入り、目的地とは逆の都心方向に向かった会長はやはりブチキレているようだ。調布インターにてUターンをしているそのころ、O田は、Hバス停に自転車をもちこみ、会長のおでましを待っていると、赤灯をつけた道路公団の巡回車の職員より高速道を自転車で走っている気印と間違われ、事情説明に必死をこいていたのであった。無事、参加メンバー全員が乗車し富士見パノラマに向かうが、暴走族のたらたら走行による渋滞にはまり、いらいらは募るばかり。車が流れても重量オーバーのキャラバン改のスピードは・・・・・・・・。1時過ぎに現地入りして、寝床の確保のため久しぶりのモンベルテントを設置し、軽い酒宴に突入。4時まで騒いでいた。 8時起床で朝食をいただき、準備完了。割引1日券4,100円を購入し出発。

ロープウェイ分乗し、山頂駅に到着。ここよりバイク狂とハイキング組みに別れる。ハイキング組はO沢・T橋・O田。ガスのかかる中、花の咲き乱れる湿原をすすみ、入笠山山頂を目指す。雨男・O倉氏と別れたおかげで、すっかり晴れ上がり、山道を登ること30分ほどで広い山頂到着。草花が咲き乱れ、蝶が舞っている穏やかな所である。昼飯作りに間に合わせるため、そうそうに山頂を後にする。T橋・O田はMTBで下山。山頂直下は乗れないところもあったが、おおむね快適に下る。O沢氏は徒歩で下ると言っていたが、ちゃっかりロープウェイで下山。

昼食は、そーめんパーティ。お湯の量と火加減が不味く、1回目はくたくた。2回目はまあまあ。ビールをいただき、ゆっくり休養。O沢氏が昼寝モードに入り、他メンバーはMTB三昧。A・B・Cコースを思い思いに各自楽しみ、終了までの間、I藤8回・O倉7回・O田5回・T橋4回のDHをこなした。

帰りは、恐怖の大渋滞。O倉氏にがんばってもらい、ドライバーをやってもらい、無事、帰京。


平成12年9月3日

9月 月例ツーリング
9月3日 登らないF山
出席者 O沢、Y口夫妻、I藤、O倉、T橋、O田

前日2日、都心組・多摩組に別れてG駐車場集合。1台O田タウンボックスを置き去り、キャラバン改にてF口新5合目駐車場に到着。登山道入り口付近はゲットできなかったが、トイレ下に無事駐車。満天の星で望遠鏡を構える大勢の人たちが起きている。さっそく、タープを張り出し宴会開始。大騒ぎせずにおひらき。キャラバン改とモンベルの特大テントにわかれて就寝。

7時には全員起床。明け方は、大変冷え込み寝不足もあったが、元気に朝食をいただく。晴天で、伊豆・三浦・房総半島・相模湾・駿河湾や大島・遠くに三宅島の噴煙まで見通せる素晴らしい展望。気持ちの良い朝であった。準備完了、ハイキング組のO沢・Y口M嬢は一足先に出発。遅れてMTBの面々が出発。O田を除く全員が、プロテクターを装着し、やる気満々。6合目までの登りはほんのちょっと。先出発のハイキング組は、お茶をしていた。重量クワハラと煙草まみれの会長・T橋は少々ばて気味。景色を堪能し、H永山に向かう。荒涼とした火口は、自然の破壊力のすごさを感じさせる。縁で記念撮影。ここからは別行動となりハイキング組は、火口に下り、H永山頂を目指す。MTB組は、火口縁沿いに豪快にDH開始。下り始めは砂礫の中のかっとびコース。会長はすこし切れていたような飛ばし方。第2火口・第3火口とすすみ、かなり下りにくい所もあるが順調にすすむ。O倉氏は借り物のラガーシャツを破いては大変と、自重しながらのDHであったが、全員あっという間にF塚に到着。ここからG口の駐車場まで最後のDH。一気に下り降りて駐車場到着。ビールをいただき、タウンワイドに無理矢理5人+5台搭載してF口に戻る。H山頂を途中棄権したらしいハイキング組も戻り、合流して満車の駐車場にタープを広げ、きりたんぽの入らないきりたんぽ鍋うどん入りをいただき、無事、本日の予定終了。

帰りは、中央道を挫折したO田が、東名に戻り、厚木の事故渋滞にどっぷりはまり3時前に出発したのに7時をまわってお疲れ帰京であった。


平成12年10月1日

10月 月例ツーリング
10月1日 お久しぶりのY尾根〜っ!
出席者 I藤、O倉、T橋、H松、O田

お久しぶりのH松君が参加。当日は、雪でも降るか?と思ったがなんとか午前4時過ぎに雨もあがり、集合地点の佛沢の滝駐車場に9時過ぎに到着。早速キャラバン改に自転車5台を詰め込み、アルトGTRを残して鋸山林道Oダワに向かう。順調に高度を稼ぎ、Oダワ到着。

ここからは、G前山まで真面目な押し上がり。会長には無差別級のクワハラ号を期待していたのであるが、軽量モンプリ号を投入。H松君は懐かしのモンキー号(完全リジッド)をご披露。O倉氏のバイクは、フロント側がサスペンションフォーク形をしているノンサス車?。他はいつもと同じバイクで、楽しい登りの始まり始まり。ここでT橋君が1人絶不調のハーヒーフー状態。落伍者がでると、他のメンバー(O田だけか?)は、気持ちが楽になりいつの間にかG前山の避難小屋に到着。この素晴らしいクラブハウスで昼食となる。

いよいよY尾根のダウンヒル開始。下り始めの滑りやすい木の根トラバースを過ぎると、なぜか下草が多く、道もよく見えない状況でミスコースしたかと思うほど。いままでこんな事はなかった。しばらくするといつもの状態となるが、今朝までの雨のために、たいへん滑りやすい所もあり変化にとんだ楽しいダウンヒルとなる。各自、適当にこけたりしたが無事ダウンヒル終了。Y村からは、舗装道路をまじめにサイクリング。これがけっこう力が入り疲れました。

H沢の滝駐車場にてビールで乾杯。アルトGTRはキャラバン改の回収に向かい残留組は、自転車の洗車と味噌ラーメンの準備。ころあいよく回収も終わり、全員集合でテーブルを囲みラーメンをすする。と、突然スバルランカスターが目の前(20M程先)で柵を突き破り河原に垂直に倒立をしてびっくり。運転者は怪我もなく、アクセルとブレーキを間違えたとのこと。驚きのツーリングフィナーレとなった。


平成12年10月
14〜15日

10月 月例ツーリングその2
10月14〜15日 K津 Yが平MTB&ハイキング
出席者 O沢、I藤、O倉、Y口&令夫人

書記欠席のため、参加者にレポート提出をしていただきました。

[レポーターO倉氏報告]

10月14日pm9:00I藤宅集合。南Aヶ谷にてY口令夫人と合流。

丸正にて夜食、15日昼食用うどん仕入れ。出発10:00。関越・上信越を経由、軽井沢より万座高原、K津スキー場へ。(途中、霧に悩まされ、運転手のO倉、ライトをつけたり消したりビームにしたりで悪戦苦闘)am1:00スキー場到着。am2:10まで酒盛り。Y口氏・令夫人・O沢OB・I藤・O倉の順に就寝。

15日am7:00起床。9:00出発。白根駐車場にてハイキング組・MTB組に分かれる。Yヶ平経由、いつもの木段にO倉苦戦(前サスが?状態にて)
一足先にMTB組スキー場到着。
30分後、O沢ハイキング組車回収にて到着。

早速、うどん(関西風うす味)。さぬきうどんなかなかの好評を受け、コック長O倉しばしうれしさをおさえる。令夫人参加にテーブルクロスにクラッカー・ワインと本格アウトドア風。

恒例のK津の湯は、今回は大露天風呂(有料500円)に入る。天気に恵まれて気分は最高でした。O沢OB今回は、観光客風の為、待望の温泉饅頭を2ヶもいただき大満足。I藤会長、温泉饅頭店の湯飲みをお土産に(ちゃんとその店で饅頭は買ったようだが)。
帰路は上信越〜関越経由、60kmの大渋滞。I藤、Y口、O倉の順に運転交代にて無事、会長宅到着9:00。大変ご苦労様でした。

(O倉、途中渋滞情報を自宅に電話したところ家人より「温泉にのんびりつかって天国を味わってから、渋滞の地獄を味わうのよ。」と言われ言葉を失ってしまいました。)

以上、O倉特派員より現地レポート

[レポーターY口令夫人報告]
15日は、朝9時ごろS根山の湯釜を見学しまして、徒歩組はYヶ平まで、バイクはその先、T狗山スキー場までのコースをたどりました。このコースは、紅葉が6〜7割程度であるにもかかわらず、とても目の保養になり、また人が少ないというのが何より心安まる気分になりました。

12時には合流しまして、さぬきうどんを作り宴会が始まりました。2時ごろ出発して、K津の「Sの河原」という露天風呂に入りました。温泉まんじゅうを食べて4時ごろ出発。最初22キロだった渋滞が、一時は60キロまで上がり、東京のA佐ヶ谷に着いたのは夜9時少し前でした。

以上、M特派員からメールレポート

[レポーター書記O田報告]
今回は、都合で参加できず、大変残念であった。悔しいので、てるてる坊主を逆さにつるし、丹沢大山の雨降神社方向に雨乞い踊りを披露して、当日の現地の大雨を祈願したが、かなわなかった。皆さん、ツーリング・ハイキングを堪能されたそうで、しかも大露天風呂での締めくくりと聞いて結構なことですな。しかし、60`大渋滞の報で、密かに「ヒッヒ、ヒッヒ、ヒッヒ。ソレミタコトカ。ザマミロ〜」と悪魔のつぶやきをした書記でした。

以上、参加できずに悪態をつく書記のレポート

平成12年11月5日

11月 月例ツーリング
11月5日 ブイヤベースのG現岳〜っ!!
出席者 O沢、I藤、I上、新人M本S美上、O倉、T橋、H松、O田 以上8名

今回は、お久しぶりのI上さんと氏の会社から紅一点の新人「M本S見嬢」の参加で、なんと総勢8名の大パーティとなった。移動中の東京組キャラバン改号より多摩組タウンワイド号に現在位置の確認電話が入り、話をしているとなんとバイクをはさんで追走していた。偶然とは恐ろしいものだ。早くもニューフェイスM本嬢に引き寄せられたのか?

さて、W見入口に到着し、自転車7台・人間8人を詰め込んだキャラバン改号は、あえぎながらW見峠に向かう。帯状疱疹に冒され、痛みをこらえながらの参加となったO沢長老は、ここから即下山。宴会会場設置準備に向かうのであった。10時少し前に峠を出発。稜線までの押し登りは、いつものようにきつい山道。S見嬢から「話が違うよ。ちゅうさん」とI上さんに激しく抗議していたが、ここまで来たからには、後は行くしかない。しかしO倉さんと一緒に張り切り、若さで1番に稜線に到着。
11時にはダウンヒル開始。A降山からのDHで「まじすか〜」と絶叫のS見嬢。しかし何回かの転倒にもめげず、涙を必死でこらえながら、このロングコースを無事完走。(噂では、涙をこらえられなかった時もあったようだ。涙と言えば、遠い昔「グズグズ言ってると、連れてこねーぞ!」などと怒鳴り誰やらを泣かせた時以来の事か。)
12時半には、宴会突入となった。ビールで乾杯の後、ブイヤベースとバーベキューでいつものようにわいわいガヤガヤ。長老のご就寝と会長のお下品お下劣、失敗ブイヤベースで幕を閉じたのであった。もう2度とM本嬢は参加しないであろう事を予感した書記であった。


平成12年12月10日

12月 月例ツーリング
12月10日 20世紀の最後を飾るK比羅尾根!忘世紀会の大乱闘!!!!
出席者 I藤・O倉・T橋・O田

さて、今世紀最後のツーリングは、12月3日改め10日となった。ホリデー快速に乗り合わせた出席者は、上記4名。M獄の駅に着くとタクシー確保し3台+1名・1台+3名の2回でケーブルカー乗り場に到着。(自走の計画は果たせなんだ)オーストリアの恐ろしいケーブルカートンネル事故を話しながら、急勾配の線路を一気にM嶽山頂へ。(押し上げの話はみじんもでなかった)

山頂で11月ツーリングの泥がこびりついたままの自転車を組み上げる。12月とは思えないようなポカポカ陽気の中、会長はおなじみターミネーター姿に横綱クワハラ号・T橋君は、ニシキ号・O倉さんは、ノンサス同様のGT号・そしてO田は、背中に燦然と輝く鍋を背負ってキャノンデール号。

異様な一団となり、颯爽と観光地を走り出す。いつものコースでどんどん進み、Hの出山は、まるでそこに存在しないようにパス。木の根混じりの山道を快調に飛ばし(前転が1回あった様だが)11時半にはK比羅神社に到着。いよいよ鍋大会に向け、今世紀最後の走り納め。しかし、鍋を背負ったO田は、ショートカットのつもりの山道に入り込み、行方不明となる。O倉氏からの電話呼び出しにて無事生存が確認されたのであった。たまには携帯電話も役立つものだ。

買い出しのスーパーで集合。会費徴収ししこたま買い込む。酒も仕入れていつもの宴会場に到着。橋の下で鍋パーティの始まり始まり。今世紀最後の忘世紀会は、あまりにも品が落ち過ぎて、文字には出来ません。これも皆、お下劣会長の独壇場です。ま、しかし、こと自転車のこととなればお下劣会長の汚名返上、自他文句なく認められたカリスマ野郎です。この点だけは、誉めてやろう。会長の上に会長なし。会長の下に会長なし。今年も無事に終了したのであった。


平成12年12月22日

12月 世紀末大忘年会
12月22日 今度こそ最後の忘世紀会の大乱闘!
出席者 O沢、I藤、Y口、I上、M本、O倉、T橋、O田

世紀末、大忘世紀会が緊急招集され、大本営西荻支部に集まった面々は、上記8名。11月のG現岳ツーリングにおいて、会長の真の姿をを目撃したM本嬢は、あまりの衝撃で二度とクラブには出席しないと思っていたが、したたかなガッツを見せ、参加したのであった。

会に先立ち、書記の独断と偏見による来年の年間計画「何か、文句あっか。この計画に。」が示され、賛否の決をとるも、全員異議なしと同意をいただき、さい先よいスタートをきる。

長老の開会の発声で乾杯し、大忘世紀会に突入。書記は、酒より目の前にある寿司に食らいつき先制ポイントをあげる。会の流れは、いつも通りの各自攻撃。特にカリスマ会長への攻撃は激烈を極め、会長もしばしうなだれる局面もあった。それは、新世紀記念として¥2,100円でM本嬢へのMTB売買契約が成立した瞬間であった。会長は、妻より愛する秘蔵っ子アディクト号またはモンプリ号を手放すことに、言葉を失い、おろおろしていたのであった。¥2,100円では酷すぎるとの会長必死の抗弁には、代案としてアディクト号をオークションにより¥80,000円で売却し、¥30,000円のMTBを仕入れて、M本嬢に約束を果たし、なおかつ会長が¥52,100円の売却益をあげ、これで丸く収まるとの結論に至った。この結果に会長は本性を現し「昨夜ネットでパ○○ィ検索してさ、・・・・・・・・・。」と落ちるところまで落ち続け、またしてもカリスマ伝説を大きく前進させたのであった。そのころ会場には、若き日の会長の写真がM本嬢によって公開され、その昔のくそ真面目なK文君の思い出話を肴に、大忘世紀会は盛り上がりの最高潮に達したのであった。

来年もまた、会長を頭とし、好戦的な極左右暴走集団としての活動により平凡な日常生活に活力を得られることになるだろう。無事、閉会したのであった。
平成12年の活動記録の巻   終わり