2002年 4月臨時活動報告

2002年4月27〜28日

平成14年4月27日〜28日 残雪のF山

出席者 カリスマ会長・会長ご子息・Y厚生大臣・T青年部長・D.Chan

昨年に引き続き、今年もF山にて遊ぼ!の臨時クラブ活動開催。出席は、上記5名。昨年3月以来の会長ご子息も参加。カリスマ会長宅25日午前11時出発。途中、下高井戸でD.ChanとT君を拾って一路T高速を西に向かう。KからYトンネル入り口まで少々混み合っていたが、ゴールデンウィークの初日としてはまずまずの流れ。Gのダイエースーパーで食料・酒類の買出し。一気に新5合目の駐車場に到着。4時にスカイラインの入り口ゲートが閉鎖されるとのうわさであったが、どうやらDのガセ情報だった。

登山道の入り口にで〜んと駐車し、タープをセットして夜の宴会準備。気温は、10度を切りかなり寒く宴会のメインは味噌味ごった鍋。Oシェフ不参加のためチーフはD.Chanでわいわいがやがや。
ただ安さにつられて買ってしまった2袋入りのえのきだけは、半分傷んでおり、安物買いの銭失いだった。野菜にがんも・ちくわ・つみれ・ちくわぶにメインは鶏肉と豚肉で味噌仕立て。ふーふーいいながらお酒をがぶがぶ、仕上げはうどんでしめ、なんと7
ごろからもう就寝タイムいびきの大競演が始まり2階のY・T組はYさんの不戦敗。T君の圧勝。1階は会長・Dの互角の勝負の中、ご子息に勝機は無かった。
さて、26日午前5時に全員起床。天候もまずまずで、各自朝食をとり、出発の準備
スキー組は会長親子にD.han・登山で同行のYさん。T君はH永火口のハイキング。6時過ぎに出発。昨年と違い、今年は積雪が少なく、夏道を登る。
必死で登って昨年到着点は楽々?クリアー。ひたすら上り続けYさんは途中で下山。雪面を登るようになり9合目の小屋でD.Chan「もう、やめようよ。」と泣きを入れるが聞いてもらえず、9合5勺を目指す。上り始めて少ししてDは完全離脱。
会長親子は軽装でがんばる。以下不明だが、すぐに雪が硬く断念したようだ。

少々腐った雪は、快適とはいえないが、充分楽しめる。F山の雄大な斜面を一気に下る爽快感はなんともいえない。雪渓を渡る手前で会長親子と合流。ファンスキーで踊るように下ってくる。
ルートの見極めは、時々ガスがかかり、うっかり下りすぎると大変(昨年の苦い思い出がある)なので慎重に。西の雪渓に移動するわずかな距離でも、スキーをはずし、歩いていくのは大変。Dはがっちりと前方転倒をやらかし痛い思いをする。
次の雪渓を下り、さらに西の雪渓に再移動。ここの横断は楽だった。
最後の雪渓もあっという間に滑り降りて夏道にたどり着く。
ここからブル道を進み、もう1つ雪渓を滑るといっている会長親子と分かれる。当方は、へべれけに疲れていて滑る気力は残っていない。必死に夏道を下りやっとの思いで駐車場にたどり着く。
T君のハイキングは雪渓のトラバースが恐ろしかったとのことで9時過ぎには戻っていたそうだ。Yさんの戻りは11時。1時半までには会長親子も戻り無事終了。早々と駐車場を後にする。

Gのインター手前の「吉野家」で昼食をいただく。若い小猿は、並2つを注文し、ぺろりと平らげる。
T高速に入り連休の渋滞も無く調子よく戻るが、Aインターで乗用車3台の事故で大渋滞。1台が炎上しかなり手前から黒煙がみえた。その後は順調。無事帰京する。
ところで、今回は異常な暖冬のために雪が少なかったが、来年こそは、念願の山頂からの滑降を実現したい。

そのためには、アイゼンを準備し、体力をアップし、秘密特訓をおこない・・・・・・・・・・・、
とにかくやるぜ!小猿君。
カリスマ会長ご子息

親を反面教師として
よゐ子に育ちました。
クラブ活動には小学生の
頃から参加しています。
背中に付けているのが
ファンスキーです。


彼がまだ小学生の時
残雪の大菩薩峠で
少々へばっていたときに
「ぐずぐず言ってるなら
つれてこないぞ!!!!」

と、厳しく育てられました。
カリスマ会長

スパルタンな子育ての
結果、今では、ご子息の
相手には、なりません。
ただし、アルコールだけは
まだまだ負けないと
負け惜しみを言ってます。
謎のD.Chan

体型から想像できますが
ねっから登りはだめです。
下る楽しみでひたすら
頑張りますが今年も
だめでした。
来年こそはと、誓いをたて
日々精進する予定でしたが
決してかなわぬ事でしょう。
急坂にあえぐ「ちゃん」

9合目付近より傾斜が
きつくなってきます。
来年はアイゼンを用意して
登頂を果たし、
念願の大滑降を???
写真提供Y厚生大臣