朝ドラ「おひさま」と両親の戦争体験

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 ノモンハンの空で戦った大叔父に関連して、当時を調べるようになってから12年になる。最近、少しだけ当時の風潮や考え方が理解できるようになって来た。そんな中、戦時下を舞台にした映画・ドラマを見ると、ついつい気になってしまうのが“時代考証”である。

 ここ数年で、戦争を題材にした映画に見られる映像リアリティは、以前とは比べ物にならないほど向上した。CG技術の進歩もさることながら、イラクやアフガニスタンで撮影された生の報道映像により、戦場に関する情報が増えたことも一因しているのだろう。特に“音”に関しては、ただの効果音から実際のサウンドに、より近づいているように思う。

 映像リアリティが向上する一方で、この数年、日本で製作される太平洋戦争(大東亜戦争)を舞台とした映画・ドラマの“時代考証”は、戦後生まれの私が見ても、映像リアリティの向上と反比例するように悪化の一途をたどっているように感じる。  戦後70年近く経過すれば仕方のないことかもしれないが、当時を必死になって生きた世代の方々が見れば、いたたまれない気持ちになるのは当然だろう。

 そんな中にあって、NHK朝の連続テレビ小説「おひさま」は、ドラマという枠の中にあって比較的良い時代考証がなされていると感じる。もちろん、当時を全て再現しているとは言えないが、概ね私がイメージする当時を上手く描き出しているように思う。(簡単な表現をすると「見れるドラマ」である。) また、NHK戦争証言アーカイーブス等の事業の影響もあるのだろうか?「おひさま」で語られる当時の考え方や世相は、以前の反戦一辺倒の内容から、少し変わってきたようにも思われる。

 しかし、多くの人が視聴すれば立場の違いにより感じることは様々だ。

 ネット上では「おひさま」の時代考証に関して様々な意見が論じられている。実際に戦場に行った方、予科練経験者、大都市部と農村部での生活の差、また、戦後生まれの団塊の世代、私のように戦後生まれで当時を調べている人間、大学生、中学生、小学生・・・・全てに異なった感想が発生するのは当然だ。

 時代考証にこだわり過ぎれば、まずドラマが成り立たなくなってしまう・・・だからと言って、ドラマだから何をしても良いというわけではない。考えれば考えるほど、自分の抱いている当時のイメージに自信が持てなくなってきた。そんな時、当時を一番良く知る一番身近な人物を思い出した・・・私の両親である。

 終戦当時、私の父は16歳で学徒動員中、母は11歳で国民学校6年生だった。 父は昭和21年4月から旧学校制度で代用教員から教職をスタートさせ、母は旧学校制度下で高等女学校に進学した。また、昨年亡くなった父の姉もやはり教員で、終戦当時は陽子と1歳違いの24歳だった。  私の両親は、当時を知るアドバイザーとして、まさにうってつけの人材だと言えよう。

 そんなわけで、当サイトでは「おひさま」の主人公“陽子”が、国民学校に赴任してから教職を退くまでの間のストーリー(第7週「教室の太陽」37話~第19週「再出発と嫁姑」109話)で発生した様々な時代考証に関する疑問点を、両親への聞き取りを中心に検証してみたいと思う。(昭和16年4月から昭和22年3月に該当する。)

 また、別途、両親にインタビューした際の証言も掲載した。両親が少年少女時代を送った地方農村部と大都市では、同世代の少年少女が置かれた状況は随分異なっていたように思う。人口の大半を占める都市部と、地方部との違いを認識できる資料として活用して頂ければ幸いである。