高 千 穂 峡


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*根子岳 →*1024×768*
阿蘇の白水村から325号線に入り、高千穂に向います。阿蘇の周囲は雄大な景色があちこちで見られます。
久住側から見た阿蘇涅槃像の顔にあたる部分です。

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駐車場→*1024×768
ボート乗り場の上の駐車場です。シーズンの休日だとすぐに一杯になりそうです。(この日は月曜日)

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*高千穂峡 (五ヶ瀬川峡谷)→*1024×768
阿蘇山の噴火(約12万年前と9万年前の二度)の際に噴出した溶岩流が五ヶ瀬川に沿って帯状に流れ出したものとか。その後侵食されて現在の渓谷となったらしい。

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*案内図→*1024×768
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高千穂峡 →*1024×768
日本の滝100選にも選ばれている「真名井の滝」。ボートの定員は3人です。
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*遊歩道 →*1024×768
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*柱状節理・高千穂峡 →*1024×768
大量の溶岩がゆっくりと冷却すると、体積減少に伴って割れ目が入る。そうしてできる割れ目を節理という. 節理は冷却面に垂直に低温側から高温側伸びるそうです。柱状節理の断面は六角形が基本らしい。板状節理というのもあるらしい。
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*高千穂神社 →*1024×768

神社の由来などは
高千穂神社の御由諸
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*秩父杉 →*1024×768
源頼朝は秩父の豪族畠山重忠を代参として、この神社に天下泰平の祈願をしました。その時、重忠が手植えしたというのが樹齢約800年の秩父杉です。
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**鎮石・高千穂神社 →*1024×768
垂仁天皇の勅命で、伊勢神宮と高千穂神社が創建された時に用いられた鎮石(しずめいし)。
日本書紀には第11代垂仁天皇は殉死を禁止、埴輪を代用し始めたとあるそうです。現在でも家を建てる時は地鎮祭が行われています。色々な工事だと定礎式が行われ、その礎石が鎮石。
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*天岩戸神社周辺の案内図 →*1024×768
ここでは何よりも天岩戸をみなければ意味がありません。神社の前にいれば人が集まり次第案内してくれます。(無料) この辺りのすべてをゆっくりみようとすれば半日はかかりそうです。
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*おがたまの木 →*1024×768
天照大神が天の岩屋(天岩戸・天岩屋戸)に隠れた時、天も地も暗闇に包まれ、多くの禍(まが・災い)が起こりました。天照大神を岩屋から出すために神々が話し合い、天鈿女命(アメノウズメ)が天の岩屋の前で裸♪で舞うこととなりました。
天鈿女命が舞った時に持っていたのが、このおがたまの木の枝です。 実に由緒正しい木でござります。(=^ェ^;=)
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*古代いちよう→*1024×768
細長い実(ギンナン・銀杏)に特徴があります。このイチョウ(銀杏・公孫樹)には雄雌の区別がないとか。銀杏の樹は突然に雄雌が入れ替わる事もあるらしいし、不思議な樹です。
銀杏の先祖はは化石の中にみられる古い樹です。しかし、現在の我々の銀杏のすべては平安時代に中国からもたらされた栽培種と言われています。
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*天孫降臨 →*1024×768
高千穂の由来です。
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*天孫降臨の像・国見ケ丘 →*1024×768
天孫降臨の説明を読んでからなら、この不可思議な像を見ても親近感が沸きますね。
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*国見ケ丘 →*1024×768
高千穂峡が遠望できます。秋の早朝、雲海に包まれた神話の世界がみれるそうです。
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*蘇陽峡→*1024×768
九州のグランドキャニオンと言われています。(=^ェ^;=)
紅葉の季節の隠れスポット。途中、道の狭い所も少しあります。
地図