7月24日
「旅立ちの瞬間」
 西日の照りつける蒸し暑い夏の夕方。午後5時、成田空港第2ターミナルにバスが横付けされる。出発まで4時間以上もある。ロビーの大きなインフォメーションボードにも、搭乗する便の案内がまだ出ていない。ちょっと早すぎたかな?この旅に備え、1ヶ月前に会員になったばかりのカード会社の待合室で、時間をつぶすことにする。「ビール無料」というのを聞いて無条件で会員になった。20分も探してようやく見つかる。やれやれ、ここか…。お〜確かにフリードリンクだ!しかし、ビールがない!受付のおねえさんに、あの〜ビールありますか?おそるおそる聞く。は〜い、今、お持ちしますから、おかけになってお待ち下さい。はぁ、お願いします。そして運ばれてきた缶ビールとコップ、それに、おつまみまで。ん〜無料のビールはうまい。文庫本を読みながら、出発前のひとときを過ごす。

 7時過ぎ日本航空のカウンターに行きチェックインをする。はい48番、通路側をお取りしました。えっ通路側?窓側をお願いします。と頼み込む。トイレに立つときは面倒だが、オーストラリア上空で、日の出を見るには窓側でなければならない。ついでに、食事のスケジュールを聞く。出発1時間後に夕食、明朝には軽食が出ますよ。更に、チケット会社から言われていたリコンファーム(予約確認)についても聞いてみる。我が社ではどの便もその必要はありませんよ。そうですか安心しました。チェックインを済ませインフォメーションボードを見上げる。21:10 SYDENY JL771 B74 GO TO GATE お〜出ている。この便の航空券を取るのにどれほど苦労したことか…。

 出国手続きを済ませ、出発ロビーに移動する。搭乗を待つ人たちが思い思いに時間を過ごしている。日本人は3割程度、意外と少ない。"エコノミー症候群"にかからぬよう売店で500ミリの生茶を買う。定刻より20分遅れで搭乗開始、窓側に並ぶ3列の席。あとの2人分の席には女子大生らしい日本人の2人組が座る。良かった、恐そうなおじさんでなくて…。この飛行機、座席の背もたれに液晶テレビが付いていて、映画やニュースをやっている。リモコンが手元にあり、好きな番組を個人で楽しめる。ん〜これは楽しい。しかもこのリモコン、裏側が電話になっている。そんなことをしているうちに飛行機が加速を始める。日本を発つその瞬間がついに来たのだ。

 この瞬間をどれほど夢見たことか…。いつかはオーストラリアをバイクで走りたいと考えていた。今年の2月、仕事の帰り道、「いつか」っていつ?と考える。定年退職してから?子供が成長してから?誰かが行ってもいいよと言ってくれた日?そんな日を待っていたら体力も気力もなくなってしまう。いつかとは”今”しかないのでは?今こそ最大のチャンスなのでは?と考えたのがきっかけだった。以来、立ちはだかる問題を解決すべく動き回った。バイクのこと、オーストラリアのこと、航空券のこと、仕事のこと、そして家族の説得…。すべてはこの瞬間にたどり着くためだった。

 離陸して1時間、午後11時。ちょっと遅い夕食の時間。ビーフですかチキンですか?ビーフにします。それにビールも。狭いエコノミーシートで、ちぢこまりながら食事を楽しむ。
「あの〜ビールおかわり下さい。」
隣の女の子はワインをおかわりしている。なかなかやるな…。ビール2本(3本)のおかげで眠れそうな気分になる。生茶をちびちび飲みながら、リモコンパチパチそして意識を失う。



7月25日
「夢の始まり」
 午前4:00浅い眠りから目を開ける。飛行機の小さな窓から東の空を見ると、冬の星座オリオンが視線の真横に見える。飛行機が南半球に入っている。季節が夏から冬へと逆転している。ついに来たか!そろそろ、ケアンズあたりの上空だろうか?間もなく東の空が白み始める。飛行機の翼をシルエットに、朝焼けのオレンジ色が広がる。そして間もなく雲海の向こうから朝日が昇り始める。首だけを残して体に毛布を掛け、刻々と変化する高度11000メートルの景色を見つめる。これは夢か…?いや、夢じゃない、現実なんだ。感動、期待、少しの不安、色々な感情が入り交じる。

 すっかり夜も明け、軽い朝食を機内で済ませる。出国カードに記入し、準備万端、着陸を待つ。午前8:00前オーストラリア、シドニーキングスフォード空港に着陸する。機内で時計を1時間進ませ、シドニー時間に合わせる。荷物を受け取り検疫手続きをする。どんな食料品も、靴についた土までも申告しなければならない。検疫の順番を待つ。前の客はテントのペグについた土までチェックされている。予想以上に厳しい、と思いきや、10秒でパス。KATOさんとの約束のMeeting Pointにたどり着いたときには、シドニー時間の午前10:00を回っていた。「片手にヘルメット」が会うときの約束。お互いほぼ同時に待ち合わせの相手を確認する。
「お待たせしました…どうぞよろしく。」
あいさつもそこそこに、トラベラーズチェック(T/C)の現金交換所に立ち寄る。バイクのレンタル料金の残りは現金払い。ここで日本から持ってきたT/C、3500ドルをすべて現金化する。(1A$=約70円)35枚のT/Cすべてにサインをする。あまりに高額なため、電話で確認作業をしているらしい。ここでも15分ほど時間がかかる。KATOさんに案内されて空港の駐車場へ向かう。

 シドニーの空気は冷たく乾いていた。日本の初冬、関東地方なら12月初旬の空気。
「昨日はめずらしく雨が降ったんですよ」とKATOさん。
そしてバンの後部座席に乗る。ここからオフィスのあるWindsor(ウィンザー)まで小一時間ですという。メールでやりとりをしていたので初対面とは思えない。ツーリングのコースのことや、様々な話をする。

「タナミロードを走るのは難しいですかねぇ…?」
「ん〜時間が足りないですよ。ダーウィンから遠ざかってしまいますからね。」
「そうですか…。」
「宿泊はどうするんですか。」
「キャラバンパークでテント泊を基本にしようと思っているんですが。」
「そう…でも、99.99%の人はテント泊しないですよ。」
「えっ、そうなんですか。」
「ええ。他の宿泊施設があるのに、俺はいったい何してんだって気持ちになっちゃうんですよね。」
「そうなんですか。」
「田口さんはビール好きですか?」
「ええ、大好きです。おいしく飲むためならどんなことでもします。」
「オーストラリアにはおいしいビールありますよ。」
「タナミロードはガソリンがないんですか?」
「ええ…ラビットフラットのオヤジさんが変人で、そこにガソリンがあるのに、「今日は休みだ!」と言って売ってくれなかったりするんですよ。」
「そうですか…。」
「そこに見える公園みたいな所、なんだかわかります?」
「ゴルフ場ですか?いいえ、お墓なんですよ。」
「オーストラリアの人たちもそんなに大きな家に住んでるわけではないんですね。」
「そうですね、土地代も結構高くなりましたよ。市街地を避け、住宅地がどんどん郊外へ広がっていますね。」
「KATOさんはブーメランづくりもやっているんですか?」
「ええやってますよ。」
「田口さんは私のホームページ、隅から隅まで見ているんですね。」
「ええ、仕事に疲れたときよく見ていました。元気がわいてくるんです。」
「ブーメランは高校生の修学旅行客相手に作ったりしてるんです。」と言って足下のブーメランを取り出す。
「私は普通の観光旅行じゃない旅行をサポートしているんですよ。」
「これからはそんな人も多くなると思いますしね。」
「そうですよね、私がシドニー来るのは初めてなのに、ガイドブックに必ず載っているオペラハウスとかハーバーブリッジに目もくれず、こうやって郊外に向けて、車を一目散に走らせているんですからねぇ。」
「タナミロードにはクレーターが見られる場所があるんですよね。」
「ええありますよ。」
「そうですか…。今日中にDubbo(ダボ)まで行けますかねぇ…。」
「ちょっとキツイでしょう。」

途中、ガソリンの入れ方教えてもらう。オーストラリアでは、ほとんどセルフ。自分で給油して、レジに行って給油機の番号を告げお金を支払うのだ。

 そして小一時間、オフィスのあるWonbat(ウオンバット)Motorcycleに到着。ガレージ前に停めてあったXT600が目に入る。あれか…。日本では販売されていない車種。実物を見ることなく予約するしかなかった。が、意外に車高は高くなさそうだ。すぐにオフィスの机に向かって手続きをする。旅の途中で整備を受けるバイクショップやダーウィンで返却する場所。おすすめコースなどを教えてもらう。
「エアーズロックに向かうなら、こちらの道がいいですよ。ここでもダートが走れますから十分楽しめます。タナミは時間が足りないと思うのでこちらのコースでダートを楽しんだ方がいいかも知れません。」
「そうですか…。」
車の中での会話で、あきらめきれない私の気持ちを察してか、別コースを薦めてくれるKATOさん。
「そうそう、夜間は絶対走らないでくださいね。夜行性のカンガルーがヘッドライトめがけてつっ込んで来ますから。それに昼間は牛に気をつけてください。あれにぶつかったら大事故になりますよ。」
「ええ、気をつけます。」

 手続きを済ませ、バイクにまたがってみる。一番不安だったこの瞬間。おや、普段乗っているKDXより車高は若干低い位だ。お〜これならノープロブレンだ。ちょっと安心。すぐにジャケットやブーツを履いて旅のスタイルに変身。スキーバックに満タンだった荷物も、体に着込んでしまえば残りはほんのわずか。バイクのビックキャリヤに縛り付けていると、
「荷物それだけですか?」とKATOさん。
「ええ、最小限に絞って来ましたから。」
バイクの最終点検をする。KATOさんが点検項目を読み上げる。メカニックのGalyが動作チェックをしてみせる。
「ライトok,ストップランプok,ターンライト右ok,左…あれ後ろが点かない。」
「Galyがすかさずランプを引っ張ったり、たたいたりすると点滅を開始する。」
「左ok…。」
「okじゃない!と心の中でつぶやく」まぁイイか。ここはオーストラリア。とにかく点けばいいのだ。そのプロセスにこだわらないのが"大陸"なのだ!?。
「OKですね。」
そう言って確認書にサインをする。バイクの前で記念写真を撮り、12:00前、いよいよ出発!KATOさんと握手をする。Galyやオフィスのスタッフに手を振る。XTのエンジンを2,3回軽くふかし、ギヤを一速に入れる。ゆっくり慎重にクラッチをつなぐ。オーストラリア6千キロの旅が始まる。ブルーマウンテンを越えLithgow(リスゴー)の街を目指す。

 冬枯れたオーストラリアの田舎道を走る。乾いた冷たい空気。快晴の空。アップダウンとカーブの続く道を慣れないXTでおそるおそる走る。4ストバイクに乗るのは教習所以来初めて。いつもの相棒KDXに比べたら違和感の固まり。まるで象にでも乗っているような重量感。2ストの軽量、俊敏、はじけるようなエンジンとは正反対。アクセルをふかすと、鈍いが、じわりと太いトルク、低い排気音。これが短気筒600ccか!

 昼食場所を探しながら90キロくらいのスピードでゆっくり走る。いきなりMacのハンバーガーも何だし…と、適当なところを探すうち、Orangeの街に着いてしまった。結局初日の昼食は抜いてしまうことに。いきなり不摂生な生活。午後5:00近く、かなり大きな街だ。「すぐに見つかる」と言われていたキャラバンパークがなかなか見つからない。右も左もわからず見当さえつかない。20分ほど街中を走り回る。が、手がかりになりそうなものがまるでない。ジョギングをする女性2人組の300m先にバイクを停め、彼女たちが通り過ぎようとする瞬間をねらって声を掛ける。
「あの〜キャラバンパークはどこですか?」と聞く。すると今来た道の反対方向を指して、
「○*Ω?…×▲"オーバーゼアー"」だけ聞き取れる。
とりあえず方向はわかった。礼を言ってバイクを彼女たちが指さす方向に向ける。しかし、見つからない。やっぱキーワードだけじゃダメだ。今度はメモ用紙に地図を書いてもらおう。そんな作戦を立て、50歳くらいのおじさんを捕まえる。
「あのーキャラバンパークはどこですか?」
「○*Ω?…×▲"レールウエイ"と"ペトロステーション"」のキーワード。そして念のため用意していたメモ用紙に地図を書いてもらうことに…がこの地図が意味不明。"→と×とAMPOL"だけ。しきりに、アンポー、アンポーと言っている。後になってわかったことだが、アンポーとは「AMPOL」のことで、オーストラリアでは超メジャーなガソリンスタンドだ。そして、この看板を掲げたスタンドがそこらじゅうにあったのだ。しかし、不幸にも、このおじさんが説明していたスタンドは看板の工事中だったのだ。というわけで、結局見つからず、3人目を探す。住宅街の小さな肉屋の前にバイクを停める。店から出てきたやはり50歳代のおじさんに道を聞く。このT字路をレフトへ、その先をライトへと言う、これまで聞いた3人の指さす方向が、地震の震源地をつきとめるように同じ方向を指している。今度こそ、と思いバイクを走らせること2分。ようやくキャラバンパークを見つける。ここまで1時間。あたりはすっかり暗い。

 キャラバンパークのレセプションに行き宿泊の交渉をする。この寒さでテントを張る気力は0%。ロッジが50ドルという。およそ3500円。すぐにOk。細長いプレハブの建物の扉を開けると、外観とはうって変わってキッチン、ソファー、ベッドルーム、シャワー室、トイレ、テレビ、一軒の家の機能がすべて整っている。しかもキッチンには電子レンジや冷蔵庫、食器や鍋もある。食料があれば一家4人楽しく生活できる。

 荷物を部屋に放り投げすぐに買い出しに行く。町中まで2,3キロ、歩くには少し遠い。XTのエンジンをかけ、さっきの住宅街の肉屋さんへ。おや、もう閉店の準備をしている。
「あの〜イイですか。」
「ああイイよ。」
「肉ください。焼いて食べます。一人分です。少しでいいんです。」
牛肉の固まりを買う。200g位だろうか?百何十円。なんだか安い?次にスーパーを探す。幸い街中を事前に探索していたので、おおよその見当がつく。初めてのスーパーに入る。が、ソフトボールよりでかいピーマン。巨大ピザ。大袋に入った冷凍食品。とても一人旅にはもてあます。それになぜかこの店、ピーマンの横にTFT液晶ディスプレーなんかも売っている。八百屋さんと電気屋さんが一緒の節操のない店。結局何も買えずに店を後にする。どの店もこうだったらやばいな…。バイクを駐車場に停めたまま、オフロードブーツで町中を歩き回る。まだ、午後6時だというのに、ほとんどの店が閉まっている。

 Orangeの街はレトロなアメリカの街並みみのよう。照明に浮き上がる建物が絵になっている。こんな街に住んでみたと思う。暗闇の歩道を歩く。黄色いリカーショップの看板。左に曲がり30m程の所に、ラジカセで音楽を流しながら店番をする若いお兄さん。店というより歩道の壁に沿ってアルコールを並べてある露天販売のよう。ビールないかなーと探す。するとお兄さん。
「なに探してんだい?」
「ん〜Beer!Victoria Bitterある?」と英語+日本語で尋ねる。
「Yah! カモンと言って冷蔵庫の扉を開けて中を見せる。」
「大きいの小さいのどっちだい?」 
「小さいの4本ちょうだい。」
「どっから来たの。」
「シドニーから、今日来たんだよ。国は日本。」
「何日いるんだ。」
「14日だよ。」
「バイクは何。」
「ヤマハだよ。ヤマハのXT。」
「あんたのそのウエアー暖かそうだね?」
「ん〜暖かいよ。」
「で、どこまで行くの。」
「ダーウィン!だよ。」
「ワオー、イイ旅を!」
「ありがとう。」
そんな会話をして分かれる。

 ビールは手に入ったが食材がない。さらに街中を歩きまわると、スーパー「WOOL WORTHS」(ウールワース)を発見。中にはいると、さっきのスーパーより断然品揃え豊富。しかも小売りしている。日本のスーパーに近い。白い粉のかかった大きなパン、ピーナッツバター、インスタントコーヒー、チーズ、リンゴ1個、じゃがいも一個、野菜サラダを買い、すぐにキャラバンパークへ。

 満月に近い白い月が東の空に昇っている。吐く息が白く長い流れになる。ガスストーブに火を入れる。シャワーを浴び、夕食の仕度をする。電子レンジでじゃがいもを蒸す。日本では3,4分かかるのに、あっという間にできあがる。電気製品のパワーが断然ちがう。コンセントの電圧が200ボルトなのもダテじゃない。フライパンで肉を焼き、コップにビールを注ぎ、かんぱーい。このビールちょっとフルーティー。そしてうまい。肉もうまい。キッチンのカウンターで気ままに夕食。

 オーストラリアの初日、みんな親切。言葉も結構通じる!?何とかなりそうだ。そんな安心感と、暖かくなった部屋、昨日の睡眠不足と、うまいビールで、そのままベットに倒れ込み意識不明。

走行距離237Km

7/26
「冬の朝」
 昨日の機中とはうって変わって、ぐっすりと眠れた朝。外が明るい。ベットの上のカーテンを開けてみる。午前8時近いというのに太陽が見えない。朝焼けの空。そのまま4,50分まどろむ。ストーブに火を入れる。ピーナツバターを塗ったパンとコーヒー、それに小さなリンゴがオーストラリア初の朝食。テレビショッピングをぼんやり見ながら食べる。怪しげな商品を、早口の英語と手際よい実演でアピールしている。日本のテレビショッピングそのまま。昨夜、食事をしたままで食器やフライパンが流しに散乱している。このままでいいのか、洗って元通りにするのか、システムがわからない。しかし、「日本の代表としてこのままではまずい」という考えに至り、台所仕事を開始する。枕カバーやタオルもきちんとたたみ、模範的日本人になる。すべての荷物を整理し、出発する頃には午前10時近くなっていた。

 部屋の鍵を返却し、バイクに戻ると、3,4歳の小さな男の子と女の子がバイクの近くで遊んでいる。隣のロッジの子供たちだ。「名前は?年いくつ?」と英語で聞いてもきょとんとしている。4歳とすれば、私の英語力より上級者のハズ。ということは英語圏以外の子たちか、単に発音が悪いだけなのか…?仕方なく手をふりながらハーイと言ってみる。ようやくニコリとして手を振ってくれた男の子と女の子。バイクのエンジンをかける。子供たちは固まり視線も動かない。さよならをして出発したのが午前10時。

「Cobarに沈む夕日」  
 ガソリンスタンドに立ち寄り給油をする。朝の混雑時間帯のようだ、レジに長い行列。給油ポンプの番号を告げ金をを払う。お〜意外に簡単じゃん。Dubboへ向かう32号線を探しながら、Orangeの街をゆっくり走る。冬枯れた街路樹、統一感のある色調の建物、どことなくアンティークな街並み。すべてはしっくりと調和し落ち着いている。こんな街に住んでみたいと思う。Orangeの街を抜け緩やかな丘をUp Dounしながら時速100キロで快調に飛ばす。「これがオーストラリアか〜。夢のような一日が始まる」そう考えた瞬間、電流のような感動がこみ上げる。アクセルを更に空け加速する。

 Wellingtonの街でマクドナルドに入る。日本でいつも注文する、フィレオフィッシュとポテトをオーダーする。が、レジの女の子になかなか伝わらない。イントネーションを替えてみるのだが、わかってもらえない。写真を指さし、ようやく伝わる。テラスのベンチで、日本の生茶を飲みながら、ハンバーガーを食べる。日だまりが暖かく心地よい。そういえば、オーストラリアでは「ポテト」とは言わず、「チップス」と言う、と何かに書いてあったような気がする。
 今日は気合いを入れて走る。10分ほどで昼食を終えすぐに出発。Wellingtonの街を抜けると次の街DubboにあるMacの看板。ここから110キロ先!。この距離感とスケールがオーストラリアなのか。

 今夜の宿泊はCobarにしよう。午後1時Dubboの街に入ったところで、そう決める。と、そこに「WOOL WORTHS」。その品揃え、オーストラリアならではの食材、昨日のOrangeでの買い物ですっかりはまってしまったようだ。ここで夕食の食材を買ってしまおう。町の入り口にある巨大な店は食料品だけでなく、生活用品すべてが揃っているショッピングセンターだ。インスタントのラーメンやうどん、ミックス野菜、それにオージービーフを買う。サーロインステーキ400gで450円。激安!なんだか得をしたようなうれしい気分。気をよくして、店内を探索する。絵画を売る店、毒々しい色のドーナッツ、おしゃれな服を売る店、おもちゃ屋さん…。どろんこブーツを履いた、髪の毛ぼさぼさのおじさんが、もの珍しそうにウインドショッピングを楽しむ。

 気合いを入れて走るはずだったのに、思わず長居をしてしまった。巡航速度を110キロに上げ先を急ぐ。午後5時30分32号線を西に走る。進行方向に沈む夕日。水蒸気の少ない乾燥した空気で、地平線に沈むまでその輝きを失わない太陽。バイクを道ばたに停めそんな夕日を背景に写真を撮る。Cobarについた時には、あたりはすっかり暗くなってしまった。
 
 今日は、町はずれのキャラバンパークがすぐに見つかる。キャビン30ドルを借りる。昨日より20ドル安い。その分シャワー、トイレ、ストーブ、毛布がない。それに昨日のプレハブのような建物ではなく、タイヤの付いた本物のキャンピングカーだ。自動車をつなげばこのまま走り出す。それでもベットが3人分も備え付けてあり冷蔵庫、キッチン、テレビ、ソファーにテーブルと十分すぎる装備。3人で借りたら一人700円。超経済的!

「Cobarのバー」
 食材は揃っているもののビールが昨日の残り1本で心細い。シャワーを浴びる前にビールを買い出しに行く。ここも、街まで2キロくらいある。荷物を下ろし身軽になったXTに乗って、街中を目指す。午後6時30分。なんだかやけにシンとしている。リカーショップの前にバイクを停める。電気の消えた店内。不穏な空気を感じながら店に近づくと、CLOSED!がーん。ビールが存分に飲めない。絶望的な気持ちになる。日本なら夜の11時でもビール買えるのに。まだ6時半じゃないか…。そういえば、昨日のOrangeの街もこの時間はほとんどの店がCLOSEDだった。気を取り直して明かりのある方へ歩いてみる。と、そこVBのマーク。あそこにビールがあるに違いない、と歩みを早める。

 そこは、街のBarだった。薄暗い店内の様子が窓からちらりと見える。屈強(そうな)男達が20人ほど、テーブルやカウンターで飲んでいる。まるで西部劇のBarそのもの。ここでドアを開けたら、あの視線が突き刺さるに違いない。そして、店内のざわめきが静まり「おまえ何もんだ」なんて言われたらどうしよう…。すっかり弱気になり、あきらめて帰ることにする。店の前を引き返す。しかし待てよ、やっぱり、ビールを存分に飲みたい!1本のビールをちびちび飲むなんていやだ。勇気を出して中に入ろう。そう決意してまた引き返す。もう一度店内をうかがう。チラッと中の男と目が合う。もうイイ。なるようになるしかない。勇気を出して、入り口のドアをそっと押し開ける。予想に反して、誰もこっちを見ていない。みんな楽しそうに飲んでるだけ。カウンターの空いてる席に半分腰を掛け、ビールのテイクアウエイはできるかと店員に尋ねる。
「YES、OKだ。」
「VBのスモールボトルを3本!」
と注文する。店の奥に消える店員のお兄さん。外から見るのと違い、明るい店内。こんなところで飲むのもイイかもという気持ちになる。さっきまでの気弱さはすっかり消え、ビールを手に入れた喜びと、一つの仕事を成し遂げた充実感に浸っていた。12ドルちょっと、かなり高い、けどまあイイか。ビールを背負ってキャラバンパークを目指す。途中、コンビニのような小さな店に立ち寄る。

 パン、アイス、野菜、缶詰、日用雑貨、などが狭い店内にぱらぱらと置いてある。店番のお母さんと5,6歳の男の子と、国籍不明の私。沈黙の時間。ん〜何も買うものがない!しかし、何も買わずに帰りにく〜い雰囲気。缶詰買ってもしようがないし、アイスなんか食べたくない。バナナ3本とトマト一個を買う。男の子にハーイと声をかける。ニコリと笑う男の子。   

 キャビンに戻り大切なビールを冷蔵庫へ格納するため扉を開ける。が、またも冷気が出てこない。電源は入っているのだが、製氷室が分厚い霜に包まれ、ものを入れるスペースがほとんど埋まっている。これじゃ冷えるはずもない。霜をスプーンで崩し、雪のような氷をスーパーの袋にかき集める。その中にビールを入れ冷やすことにする。すぐにシャワーを浴びに行く。今日は2,30メートル先にある共同のシャワー室だ。清潔で熱いお湯もじゃんじゃん出る。オーストラリアは砂漠の真ん中のようなキャラバンパークでも施設が整っている。テント泊でも、ちゃんとシャワーが浴びられるのだ。日本のように3分200円!なんてけちなことは言わないのだ。

「怪しい野菜」
 今夜の夕食はサーロインステーキ。備え付けのフライパンで焼いてみる。狭いキャビンの中は瞬く間に煙で充満し、昔の焼き肉バイキングの店のよう。旅行中はビタミンが不足しがちになる。WOOL WORTHSで買った野菜パックの袋を開けると、なんだか怪しい匂い。スーパーの石けん売り場のような匂い。切り刻んだ野菜の中に得体の知れぬ野菜が混じっている。犯人はそのうちのどれかに違いない。が、その強烈な匂いはピーマンやキャベツ、にんじんなど、他の正常な野菜にまでしみこんでしまっている。炒めれば少しは匂いが消えるかもと思い、油を引いて炒める。きんきんに冷えたビールが今日も飲める幸せ。オーストラリア2日目の夕食。幸せな時間。しかし、野菜が怪しい。炒めてもあの匂いが鮮やかに残っている。口の中に広がる石鹸の香り。

 キャビンに備え付けられたテレビでは、シドニーオリンピックの開会式の模様をずっと流している。何で今更…?よほど番組コンテンツが少ないのかな…?テレビを部屋のBGM代わりに、食後のひとときを過ごす。このキャビンにはストーブがない。夜が更けるにつれ気温が下がる。ガステーブルに火をつけ暖房代わりにする。ついでにお湯を沸かしコーヒーを入れる。ベットの上でシュラフにくるまり、その上に、ベットカバーを毛布代わりに掛け眠りにつく。

走行距離559Km



7/27
「地球を走る」
 朝方、日本では聞いたこともない鳥の声で目覚める。冬のオーストラリアの日の出は7時30分頃。午前8時頃になってようやく夜が明けたという感じ。そんな中で午前9時に出発するには、よほど気合いを入れて旅支度を進めねばならない。朝食は昨日買ったインスタントラーメン。トライデント社のラーメン。トライデント社と言えば。あの「シュガーレスガム」が真っ先に浮かぶ。まさかあの会社が作ったラーメンなのか…。少し不安になる。お湯を沸かしラーメンを作る。一度買った食材は、めったに無駄にしないのだが、ラーメンに入れようと残しておいた、石鹸風味の野菜は捨てることにする。2分で完成するラーメン。スープはまぁまぁ、しかし、麺がまずい。つるつるしこしこの正反対、ぼそぼそ、ねばねばの麺。日本のインスタントラーメンの完成度の高さを思い知る。

 てきぱきと準備を済ませ午前9:05分出発。近くのスタンドで給油ついでに、XTのエンジンオイルのチェックをする。オイルゲージに全くオイルが付かない。二日でこんなに減るの?漏れてる様子はないし、始めから入っていなかったのか?予備として持ってきたオイルを注入する。およそ800CCを飲み込んでようやくゲージの"F"手前までオイルが上がる。

 シドニーから内陸部に向かって3日目、地平線まで続く大地が続く。赤い土、背の低い草、どこまでも真っ直ぐな道は、その先端が地平線と空の境目に消える。XTのアクセルをどんなに開けても、あたりの景色はゆっくりと流れる。唯一、ヘルメットの中を吹き抜ける風の音だけが、そのスピード示している。あまりに広く大きい大地。地球ってこんなにでかいのか。地球の大きさを実感する瞬間。ついに根負けして道ばたにバイクを停める。道ばたに転がるカンガルーの死体。地球から生まれそして今、土に帰る。地球上の同じ生き物として、彼の立場と自分を比べても、たいした違いはないのでは?ふと、そんな気持ちにさせられる。



「二度と会うことのない人」
 午後1時Wilcanniaで給油をし、ホットドックとミルクセーキを買う。どこに行っても、オーストラリアでの昼食はこの手のものしか選択肢はないようだ。20pほどのソーセージにケチャップをかけ、野菜とパンではさむ。バニラ味のミルクセーキは、バニラというより、杏仁豆腐の風味がする。Wilcanniaの街は32号線沿い300メートルほどの小さな街。ガラスの割れた建物、ベニヤ板が打ち付けられた窓、閑散とした雰囲気がどことなくゴーストタウンのようだ。しかし、人はいる。アボリジニの若者3人、反対側の歩道に座り込んで話し込んでいる。遠くの方では小さな子供たちが遊んでいる。ガソリンスタンド横の芝生に腰を下ろし、ホットドックを食べる。明るい日差しが心地いい。
 出発しようとXTのエンジンをかけた時、歩道に座り込んでいた若者達がこちらに向かって叫んでいる。ヘーイラーダー!どこまで行くんだい?「ダーウィンさ」と大きな声で叫ぶ。ワオーと肩をすくめる。ここからあと何千キロ彼方なのか、彼らにとっては行ったこともない遠い世界に違いない。バイクを走らせながら左手を大きく振る。両手を挙げそれに応える彼ら。二度と会うことはない、こんな出会いと別れがこの旅で何度繰り返されたことだろう。

「謎の旅人」
 午後5時Broken Hillに着く。街の入り口にLakeVewのキャラバンパークがある。右のウインカーを点灯し32号線を外れる。丘の上のキャラバンパーク、確かに、はるか彼方、眼下に小さな湖が見える。湖というより、適切な日本語に訳せば"沼"。しかし、この3日間、川は干上がっているし、まとまった水は一度も目にしていない、それを考えれば、乾期でも干上がらないこの湖は相当なものなのだろう。そして思う、今日もキャラバンパークでは芸がない。町中で別の宿泊方法も挑戦してみることにする。XTに乗ってゆっくり町中を走り抜ける。Orangeほどではないが、かなり大きな街だ。レストラン、ホテル、郵便局、カー用品店などが32号線沿いに広がる。街の南側には鉱山で掘りだした石なのだろうか、巨大な丘が見える。街の終わりの少し手前にMOTELがある。入り口のあたりで老夫婦がくつろいでいる。その近くにバイクを停めレセプションに入る。
あの〜今夜泊まれますか。一人です。
ああ泊まれるよ。80ドルだ
80ドル…。
もっと安い部屋はありませんか?
だったら隣のバックパッカーズの宿があるから、そっちに行ってみな。
はい、行ってみます。
その足でMOTELを出ると、すぐ隣の建物にTHE TURIST LODGEと黄色の大きな看板が出ている。中に入り宿のおじさんと宿泊の交渉をする。
あの〜今夜一人泊まれますか?
予約してあるのかい?
いいえ、予約はしてありません。
そう、料金は20ドル、部屋の鍵のデポジットが10ドル、合計30ドルだけどいいかい?
ええOKです。
デポジットの分の10ドルは明日の朝返すから。といいながら、じゃあ、ついて来な、案内するよ。

 おじさんのあとを追いながら宿の案内を聞く。ちょっとした広間を通ると、若い男女が楽しそうに卓球をやっている。日本の温泉旅館だけかと思ったら、こんな所にも卓球台があったのだ。更に奥へと進むとイスとテーブルの並んだ食堂に出る。ここは自由に使ってイイよ。冷蔵庫もOKさ。その食堂の裏庭に抜ける扉を開け外に出る。空き缶やペットボトルの山、小型潜水艦のようなプロパンガスのタンク。この宿の舞台裏になぜ案内するのかと思ったら、バイクはここに置きなさいという。ここなら通りからも見えないし安心だろう?とおじさん。なんとうれしい気遣い。バイク乗りにとって相棒を道ばたに無造作に停めておくことほど、気の休まらないことはない。更に細い通路を通って客室に入る。廊下の両側に客室が配置されており一番奥の右側36号室が今夜の寝床だ。なぜかドアを数回ノックし鍵を開ける。その理由はすぐに判明する。四角い部屋の両側に2つのベット。ただそれだけ、他に何もない部屋。左側のベットには荷物が散乱している。この宿は相部屋だったのだ。部屋を出て廊下の突き当たりを指さしながら、ここがシャワールームだと説明する。あの〜夕食や朝食を食べるところはありますか?と尋ねる。ああ、自分で作るか、通りの向こうにはレストランもあるよ。そこで食べるといい。Okわかった。そう言って部屋の前でおじさんと別れる。

 部屋に入り先客の荷物を観る。2つのリュックサック、エアマット、英語版のオーストラリアのガイドブック、着替えの数々、サンオイル、ニベア、スリッパ、そして青リンゴ2個。かなり豊富な装備。自転車で移動する若者だろうか?もう一つのベットの上で一息つきながら謎の旅人を推理する。昨日飲みきれなかったビールを食堂の冷蔵庫にしまい、すぐにシャワーを浴びる。今日は自炊ではなく、街のレストランにしようと決める。

「BrokenHillのレストラン」
 昼間の服装とはうって変わり、デッキシューズにトレーナーの身軽な服装。西の空に明るさが残るBroken Hillの街に繰り出す。5分ほど歩いたところにイタリアンレストランを見つける。薄明かりのイルミネーション。歩道はテラスになっていて、イスとテーブルが置いてある。一度こんなところで食べてみたかったんだよな〜。そう思いながら店に入る。システムはわからないがレジのところで食べたいものを注文するようだ。あの〜メニュー下さい。はいどうぞ。日本のように写真が一切ない。細かい英語だらけのメニュー。しかし、読んでみればなんてことはない。パスタは、ボンゴレ、ナポリタン…、ドリンクは、サラダはという感じ。シチリア風スパゲッティーにサラダを注文する。しかし、このメニューにはソフトドリンクしかない。あの〜ビールありますか。とお姉さんに尋ねる。ええありますよ、と言ってアルコールメニューを渡される。中身を読むまでもなく、「VB一つ」とたのむ。席は外のテラスの席にしますと言って指をさす。18.5ドルをその場で支払う。しゃれたレストランのテラス席で食事が届くのをぼんやり待つ。やっぱり自炊より断然楽だなと思う。でも宿泊費と同じくらいの夕食費、ちょっと贅沢かなと考えるがそれもつかの間、食事が高いのではなく宿泊費が安すぎるのだと納得する。3,4分待ちビールが届く。グラスに注ぎBroken Hillの街に向かってかんぱーい。ヴェーうまい。今日もおいしいビールが飲める幸せ。そして届いたシチリア風スパゲッティー。日本ではスパゲティーは"皿"なのだ。しかし、ここはおしゃれな"どんぶり"に入っている。日本のラーメン感覚。こんなに食べられるかな〜?一口食べると、なかなかうまい。そしてぺろりと平らげる。この街を一歩出れば地平線の続く荒野。そのど真ん中での食事とは思えぬ贅沢。 

 午後7時過ぎ、レストランを出て、今度は反対側の通りを歩いてみる。これまでの街がそうであったように、やはり、ほとんどの店はCLOSEDだ。唯一ピザハットや、ビデオやさんだけがOPENしている。
 
 宿に帰り、冷蔵庫に入れたビールを持って部屋に入る。部屋の相棒はまだ部屋に戻っていない。ビールを飲みながら明日の作戦を考える。今日の走行450キロ、かなり気合いを入れて走ったつもりだが、地図の上ではたいした距離ではない。このペースじゃダーウィンどころの話ではなくなりそうだ。

走行距離464Km


7/28 
「過酷な一日」
 外が暗いので、もう一眠りと思い時計を見ると7:50分。今日こそ600キロ走ろうと思ったのに…。隣のベットでは若者が寝ている。初めて見る相部屋の相手。結局一言もしゃべらずお別れになりそうだ。彼を起こさぬよう静かに出発の準備を整える。朝食を調理するならあの食堂で作ることになる。しかし、先客がたくさんいる。そこでラーメンなんか作って、食べるのもなんだか恥ずかしい。今日は、ニュー・サウス・ウエールズ州から南オーストラリア州に入る。昨日、ハイウエイ沿いにフルーツの持ち込み禁止らしき看板を何度か見かけた。病害虫の進入を防ぐためだろうが、そのために検問をすることがあるという話を聞いたことがある。そこで、荷物をまとめながらCobarで買ったバナナやミカンをバクバクと食べる。午前9:00、宿のおじさんに見送られ出発。

給油のためにガソリンスタンドに立ち寄る。いつものようにノズルを持つと南京錠が掛けられている。おや、CLOSEだ。もしかして今日は日曜日で休みって訳?そして、次のガソリンスタンドもまたCLOSE。やばいぞ、日曜日は全部休みなのか…。もしそうなら、ここで足止めを食ってしまうことになる。しかし、そんな話は聞いていない。街中を探し回り、3件目のガソリンスタンドでようやく給油を済ませる。結局、出発は午前9:30分。いつもと変わらぬ時間だった。

「砂の罠」
 XTのアクセルをふかし、32号線を西に走り出す。昨日までの天気とはうって変わって、雲行きが怪しい。水墨画の筆ではいたような雲がたれ込めている。気温も日本の12月の寒さ。Marnahillを過ぎたあたりから雨が降り始める。時折、ゴーグルとヘルメットの間を通り抜けた、ヒョウのような氷の固まりが、針を突き刺すように顔面に当たる。冷たい冬の雨が体をがちがちに固まらせる。地平線の彼方に、わずかに青空が見える。あそこまで行けばこの雨もやむはずだ。あと100キロか200キロか…。そして小一時間、雨は上がり日差しも戻ってきた。やれやれ助かった。近くに線路が通るパーキングエリアに立ち寄る。干上がった川にかかる鉄橋の上を歩いてみる。赤い大地、枯れた大木、どこまでも続く線路…

 パーキングエリアの出口に深い砂の轍がある。XTで砂地を走ったことはまだない。悪路があればつっ込んで行くオフローダーの習性。自宅近くの河川敷をKDXで遊ぶときのように、XTのアクセルを軽くふかし砂の中につっ込む。とたんに前輪が深い砂に取られ、ばっさりと倒れる。KDXの軽さと瞬発力とはまるでちがう挙動。おっといけねぇ。バイクを起こそうとしたそのとき、右足がバイクの下にはまって引き抜くことができない。しかも、タンクからは、ちょろちょろとガソリンが漏れだしている。これに引火でもしたらやばいことになる。映画"マッドマックス"が頭をよぎる。ガソリンが漏れる車に縛りつけられた悪役に、のこぎりを渡しその場を立ち去る。引火を待つか自分で足を切るか、究極の選択を迫るシーン。バイクを動かしてみるが、びくともしない。と、そのとき今度は"世界丸見えテレビ"を思い出す。テラスの下敷きになった子供を引き抜こうとしたが、あまりの重さにびくともしない。そこで、挟まっている下の土を掘って救急隊の到着を待つ場面。おお、これだ!幸い、砂は柔らかく、さらさらしている。右足の下の砂を掻き出し引き抜くことに成功する。「やれやれ助かった」と思ったのもつかの間。今度はバイクが起きあがらない。足場の悪い砂の中、荷物満載で、あまりに重いバイク。こん身の力を込めても、支点となるはずのタイヤが、づりづりと向こう側にづれてしまう。ガソリンは依然漏れている。ここでガス欠になったらやばい。あわてて、タンクバックとリアキャリアの荷物をはずし、砂の上に放り出す。これで30キロは軽くなったはず。力を蓄え一気にバイクを持ち上げ、ようやく立ち上がらせる。バイクの重さを思い知らされた、30分間の出来事。この体験は、その後のコース設定や走りに、微妙な影響を与えることになる。

「冬の雨」
 午後12:40分、ハイウエイのパーキングで昼食を取る。日本から持ってきた玉子スープに、ピーナツバターを塗ったパン、それにバーナーでお湯を沸かしコーヒーを入れる。インスタントコーヒーなのにうまい。簡単に済ませようと思った昼食なのに40分もかかってしまった。さっと片づけすぐに出発をするが、またも雲行きが怪しい。しかも今度は、地平線まで雲の切れ間がなく暗雲が立ちこめている。この寒さで雨に降られたら、去年、北海道の夕張あたりを走ったときの再来になる。しかし、予想は的中し本降りの雨となる。100キロ以上のスピードで何時間も雨の中を走れば、体のあちこちに水がしみこみ、冷たく広がるのを感じる。もちろん、手足はびしょびしょ。その上、胸のあたりや股下のあたりが何となく冷たい。雪になるほどではないが、午前中はヒョウがぱらつくような寒さで、体から体温が奪われてゆく。こらえきれずパーキングで休む。体のふるえが止まらない。手がかじかんで、ジャケットのファスナーが開けられない。手が"かじかむ"なんて何年ぶりだろうと思う。昨日までの天気が恨めしい。

雨のハイウエイ、Peterboroughの手前で4日間走り続けた32号線を右折しB56に入る。道幅が少し狭く、カーブも多くなる。景色は一変し、手入れの行き届いた牧場が広がり、日本の北海道に似た景色が続く。午後3時前、Peterboroughに着く。あちこちに深い水たまりができ、道路の両端を水が流れる。給油を済ませ地図を見る。今日は100キロ先のPort Augustaまで行くのが精一杯のようだ。冷たい雨の中走り出す。街を抜け十数キロ、道が行き止まりになる。地図にはない街の名前が標識に出ている。どうやら道を間違えたみたいだ。泣きっ面に蜂とはこのこと。仕方なく、今来た道を戻る。Peterboroughの街の手前まで戻ったとき、交差点にPTAugustaの標識が目に入る。Port Augustaではなく、地名が省略された標識を見落としていたのだ。今夜の宿泊パターンを考えながら走る。昨日のYHAは安かった。しかし、泊まり客が夜中まで騒いだり、歌を歌ったりで気が休まらなかった。この寒さでかなり疲れている。今日はキャラバンパークでシャワー付きのロッジにしようと心に決める。

「第一ステージの終わり」
 街の入り口のインフォメーションボードでキャラバンパークの位置を確認する。雨の中でOrangeの街の二の舞はごめんなのだ。Port AugustaはStuartHWYが走る交通の要衝。Supencer Gulf(スペンサー湾)が街の真ん中にあり、南極の海につながっている。久々に見る海、昨日までの乾燥した大地とは違った気配を感じる。次に海を見るのは3千キロ彼方のダーウィンだ。今夜はロッジに泊まり自炊となる。キャラバンパークに入る前に「WOOL WORTHS」で買い出しをする。今日はサラダの量り売りを買ってみることにする。高校生くらいのお兄さんに、マカロニのサラダを指さし、これ下さいと言う。サイズは一番小さい容器でとお願いする。小さいといっても直径10センチ深さ6センチはある。ひとりで食べたら3回分の量だ。この他にリンゴやチーズ、それに肉を買い込みレジに並ぶ。

 オーストラリアの人々は買い物の量が半端ではない。特大の買い物カートに山盛り一杯の買い物をする。乗用車のトランクに入れたら、それだけでいっぱいになる量だ。しかし、何百キロも離れた街から一週間分の食料の買い出しとなれば、無理もないことかも知れない。前の若いお母さんは、そんな特大カートを2台押している。1台は食料いっぱい、もう1台は2歳くらいの男の子をかごの中に入れて運んでいる。その男の子が、全身びしょ濡れ、髪の毛ぼさぼさの見慣れぬ東洋人になにやら訴えている。上下に2本ずつ歯が生えている、真っ青な目はまるでキューピー人形。左手を挙げハーイと愛嬌を振りまいてみる。○・×…*▲!?よだれダラー。良かった泣き出されなくて…。店を出ると雨は上がっていた。西の空が明るい。あたりを見回しリカーショップを探す。すぐ目の前に発見する。今日はWESTEND BEERという名前のビールも買ってみる。

 Port Augustaのキャラバンパークは、スペンサー湾を渡った向こう側と、インフォメーションボードにあった。XTを走らせ橋を渡ると、すぐ右側に案内板を発見する。今日はトントン拍子に目的地が見つかる。レセプションの前にバイクを停める。今日は暖かい部屋のふかふかベットで寝たい。受付のおねえさんと宿泊の交渉をする。あの〜シャワーがあって、暖房と毛布が付いてる部屋がいいんですけど…。結局今日の宿は、これまで最高の60ドルの部屋。ちょっと高いが、一刻も早く冷え切った体を温めたくて即OKとする。部屋の鍵を開け中に入る。お〜!値段も最高だが部屋の内容も最高。念願のふかふかベット、ヒーター、シャワー、トイレはもちろん、調理器具や食器ベットが4人分用意してある。一人で泊まるにはあまりにもったいない豪華な装備。すぐに熱いシャワーを浴びる。部屋に紐を渡し、濡れた衣類を干す。そして夕食を作る。てきぱきと作業をこなす。今日はWESTEND BEERで乾杯をする。ん〜やっぱりVBの方がうまい。焼き肉にビール、あまり健康に良くなさそうだが、気ままな夕食を楽しむ。

冷たい雨に打たれた一日、辛いだけの走りだった。旅の行程を3段階に分ければ、ここまでが第一ステージ。これまで、ひたすら西に向かって走ってきたが、明日から90度進路を変え、北上を開始する。内陸部のダートを走る第2ステージが始まる。

走行距離450Km


7/29
 外はまだ暗い夜明け前、午前7時15分、窓のカーテンを開けると暗闇の中にスペンサー湾が見える。今日はウドナダッタのダートに入る。少しでも時間を稼ぎたい。StuartHWYを北上しWoomera(ウーメラ)経由でウドナを目指す。午前8:15分これまでで最も早い出発。Woomeraまで170キロ、1時間半の行程を快調に飛ばす。昨日上空を支配していた雲は一片もない快晴の空。しかし、気温は昨日のままで、かなり低い。時速120キロの巡航速度で走るが、これまでのような強い風圧がなく走りやすい。道ばたの草に目をやると、進行方向に強くあおられている"追い風"の状態。昨日は雨の中、時速100キロで走るのが精一杯だった。よし、Woomeraまで一気に走ろうと心に決める。

 StuartHWYを右に入りWoomeraを目指す。KATOさんの話によると、こ街は昔、犯罪人の刑務所があったという。今はロケットの発射基地で、ついこの間、日本の実験ロケットが墜落したという。刑務所とロケット基地、その共通点は「まわりに何もない」ということのようだ。緩やかな起伏のある丘の上に街の建物が見えて来る。ゆっくり徘徊してみる。ロケットや戦闘機を展示した公園や軍の制服を着た人たちが多い。

 Woomeraの街を後にOlympic Damを目指す。緩やかな起伏のある丘陵地帯、追い風の中を巡航速度130キロで突っ走る。午前11時Olympic Damで給油をする。支払いをするために店内に入ると、なんだかいい匂い。Takeawayのメニューが豊富だ。ちょっと早いが、この先はダート。ここで昼食にしよう。チキンを挟んだホットドックと、"ポテト"ではなく、チップスを注文する。店の外にあるテーブルとイスを日だまりに引っ張り出し、ホットドックにかぶりつく。そんな姿を見て近くを通る誰彼となく、話しかけられる。ハーイ調子どう?何処まで行くんだい?とか、そんな話。




「ウドナダッタの廃屋」
 いよいよウドナへ向かうダートに入る。走り出して700メートル。すぐにその入り口に着く。ここからMarlaまでおよそ700キロのダートが続く。入り口にはロードコンディションを知らせる大きな看板がある。ウドナ周辺に接続するすべてのダートはOPENだ。よく見ると、その表示板はすべて南京錠で固定されている。誰かがいたずらでもて、CLOSEの道に入り込んでしまったら、命取りになりかねない危険をはらんでいるのだ。それを裏付けるようにダートの入り口には必ず危険!を知らせる黄色い看板が立っている。XTのエンジンをかけ走り出す。久々のバイクの振動が心地よい。しかし、慣れないバイクでちょっと恐い。勢い腕に力が入り、ますます不安定になる。最初の2,30分は、アクセルをふかしたり、車体を軽く傾けながらバイクの挙動を確かめる。じゃりの浮いた固く締まった路面に、時々砂が混じる浅い轍。気が付くと巡航速度が80キロになっている。慣れれば快適なダート。が、油断は禁物。ここでバイクや人間を壊してしまったらこの旅は終わる。ダートを100キロほど走ると、ウドナダッタトラックに合流するT字路にさしかかる。右に行けばMarree、左に行けばMarlaに向かう。荒野の真ん中の交差点。誰も見ている者はいないが、反射的に左のウインカーを出す。

 ウドナダッタのダートをしばらく走ると荒野の真ん中に、廃屋がぽつりと建つ。レンガ造りのそれは屋根が崩れ落ち、壁も穴だらけ。いったい誰がこんな過酷な場所に家を建てたのか。食料を手に入れるにも、水を飲むにも、ここでは容易ではない。乾期の今は、草もバリバリに枯れ、乾燥し切っている。雨期にはいたる所で道が寸断され、交通は何日も遮断されるに違いない。この土地に何を夢見たのか。壁の落書きに1985年と記してある。何十年も前に見た夢は、この廃屋のように崩れ、そしてここを去った人がいる。ウドナダッタの太陽と風は、廃屋と、そこにあった夢を少しずつ、そして着実に、風化させて行く。



「オフロードの先にあるもの」
ウドナにはいると時折対向車に出会う。1時間走って5,6台か、対向車の運転手がすれ違い様に手を挙げサインを送っているようだ。バイクではよくあることだが、車のドライバーまで?それにしても、このダートを80キロで走っていると、片手を挙げる余裕などない。あいさつを返さずにすれ違ってしまった、かすかな後ろめたさか、右のバックミラーの中で、ホコリを巻き上げながら遠ざかって行く車を見送る。その瞬間、バイクがわずかに左の路肩側に寄り、やわらかい砂の路面に突っ込む。ハンドルが激しく左右に振られる。突然の出来事に体の重心はバイクの後ろの方。振り落とされぬよう、しがみついているのが精一杯という体勢。膝でバイクを押さえつける状態ではない。もうだめかと思ったその時、ハンドルの振れが収まる。体がじーんと冷たくなるような冷や汗。このスピードで転倒していたら相当なダメージを受けたに違いない。そして、旅は終わっていたかも知れない。危機一髪。危なかった、そして「油断するな」と自分に言い聞かせる。


 快晴の空、乾いた空気、広漠とした大地に一本のダートが何処までも続く。何を好きこのんで、ほこりだらけのじゃり道を目指すのか。そこには、オフロードを走る者にしかわからない、何かがあるのだ。この道を普通乗用車で走ったら、泣きたくなるような振動に悩まされるはず。しかし、ロングストロークのサスペンションが路面の振動を吸収し、心地よい振動だけをライダーに伝える。ダートの方が乗り心地がいいのだ。

 さらに、走る実感を味わえること。舗装道路のハイウエイでは、アクセルは一定に開けたまま、半分居眠りのような状態でもバイクは勝手に前に進む。しかし、ダートはこれを拒む。刻々変化する路面に最適なコントロールを要求するのだ。これを怠れば即、転倒につながる。故に、刻々変化する路面を注意深く観察し、即座にアクセルワークや重心を合わせ、これを乗り切る。結果としてバイクをコントロールし、乗りこなしている実感を味わえるのだ。

 そして、究極は、ダートにしかないその土地の空気を感じるためだ。確かに、ハイウエイを走っていてもオーストラリアを実感できる景色が広がる。しかし、ハイウエイを一歩離れ、脇道にはいると途端に、これがオーストラリアという景色、そして空気が広がる。そこには、何の手も加えていないその土地の本当の姿がある。日本の国内を旅するときも同じだ。高速道路はただ、移動のための場所でしかない。しかし、山道に入り林道を抜けるほどに、そこに暮らす人々や、その土地の空気を感じることができる。そして、こうした場所に通じる道はダートで結ばれ、オフロードバイクでなければ立ち入ることができない世界なのだ。


「ウイリアムクリークホテル」
 午後5時William Ck.(ウイリアムクリーク)に着く。日はまだ高い。もうひとっ走りしたいところだが、一番近い街まで160キロ以上。こんな砂漠のような荒野で真っ暗になったら命取り。ちょっと早いが今夜の宿泊地に決める。William Ck.にはこれまでのキャラバンパークのような施設はない。一番目立つ所に、これしかないのだがWilliam Ck.(ウイリアムクリーク)ホテルがある。ホテルの裏手には飛行場があり、ホテルの建物の西側にはセスナ機が駐機してある。ホテルの前にバイクを停める。ホテルといっても平屋建ての小屋という感じ。OPENの札がかかってたドアを押し中に入る。名刺やらなにやら、そこら中に貼ってある。中には大きなカウンターがありバーになっている。その右奥にレジがある。そこのおねえさんにハーイとあいさつをし、宿泊の交渉をする。
今夜泊まれますか?
ええ、で、どのタイプにするのか説明している。しかし、説明を聞いてもよくわからない。OK一緒に来てと言われ部屋を見せてもらうことに。え〜この部屋は25ドルよ、シャワーもトイレもあるわ。え、25ドル?それにベットが1・2・3・4つもある。これって誰かと相部屋ですか?と尋ねる。いいえ、プライベートよ。じゃあ、一人で使っていいんですね。ええ、もちろん。次はこっちよ。と言って見せてくれたのは、電車のコンテナを改造したような鉄の箱にベットが二つ。こちらはシャワートイレは外にあるものを使ってね。こっちは15ドルよ。さぁどっちがいい。そして迷わず、あっちにします! OK!あっちね。そう、バイクはここに停めるといいわ。部屋の前なら安心でしょう?ところで、夕食や朝食はどうなってますか?食事はレストランで食べてね。朝食は7:30からやってますよ。OKありがとう。そう言って部屋に入る。

 広い部屋に4つのベット、どれにしようか迷ってしまう。全部のベットに座ると微妙にスプリングの堅さが違う。結局、部屋の隅にあった一番固いベットを使うことにする。ベットや部屋の広さの気前よさに反して、照明は20ワットの蛍光灯一本が高い天井にあるだけで、薄暗く寒々しい。遠くで自家発電用のディーゼルエンジンがまわる音がする。ここでは、電気は貴重なのだ。ここのシャワールームにはバスタブが付いている。こんな荒野の真ん中で湯船に浸かれるなんて幸せ。そういえば、ホテルを名乗るからには最低限必要な設備が決められているという話を聞いたことがある。バスタブのないホテルなんて今までなかったよな〜と思う。蛇口から出るお湯は少し赤みがかかっている。そしてしょっぱい。このあたりの地下水なのだろうか。そういえば、ここまで来る途中の干上がった川や池の所々に白い塩の固まりがあちこちにあった。そんな土地柄なのだろう。久々の湯船にゆっくりつかる。これで一泊25ドル(1700円位)なんて安過ぎ!仕上げのシャワーを浴びてさっぱりした頃、ちょうど夕日が地平線に沈む時間だ。ほとんど真横からの強いオレンジ色の光が、部屋の中まで射し込んでくる。カメラを持ってホテルの前を走るウドナダッタトラックに出る。ただでさえ赤茶けた砂の道が夕日に照らされ一層赤みを帯びている。道の反対側に近隣や世界の都市までの距離を表示した案内板がある。東京まで7085キロ…、ずいぶん遠くまで来たもんだ。一人感慨に浸っていると、やはりデジカメを持って夕日を撮っている若者1人。お互いに記念写真を撮り合う。あなたもこのホテルに?いや、僕はキャンプサイトだよ。キャンプサイト!?寒くないかい。いや、大丈夫。それより、星がきれいに見えるよ。天の川も見られるしね。お〜、なんとロマンティック。この寒さにすっかり怖じけ付いてしまった私。25ドルでホテル暮らし。キャンプ用品を持っていることを忘れたふりしている自分に気づく。

 今夜の夕食はホテルのレストランで食べるしか選択肢がない。買い出しどころか、水を買うにもこのホテルしかないのだ。ホテルのカウンターはバーになっている。そこでビールを飲む人たちでいっぱいだ。片隅には蒔ストーブが部屋を暖めている。ホテルの客室は暖房設備がない。寒さにいたたまれなくなれば、このバーで過ごすしかない。しばらくそこで時間を過ごしその奥にあるレストラン入る。中央に丸く大きな蒔ストーブ。白熱電球の柔らかい光、木のイスとテーブル、青く光るネオンのイルミネーション。ホテルの外観からは想像できないほどしゃれている。この壁のむこう側には何もない荒野が続いていることを完全に忘れさせる空間がそこにあった。

 これまで毎日のように肉を食べていたので、今日はシーフードバスケット、それにビールを注文する。20.5ドル、またも宿泊費に迫る値段。と言っても1400円程度。安いもんだと自分に言い聞かせる。それにしても、テント泊で天の川を見ている彼は、今頃何を食べているのだろう…?"YEN"の強さだけを武器に、金に糸目をつけず贅沢三昧な振る舞いをしている日本人の自分に、少し後ろめたさを感じる。運ばれて来た料理は確かにシーフードだ。白身魚、イカ、エビ、カニ、ホタテの唐揚げが山盛りのポテトの上に盛りつけてある。そのまわりに、キュウリ、トマト、アスパラ、キャベツ、豆、オレンジ、レモンが配置されている。ボリュームたっぷり。ポテトだけで腹一杯になりそうな量。レストランの夕食は多国籍の人たちでかなり賑わっている。一番奥に10人ほどのドイツ人のグループ。その横にフランス人3人、反対側の奥にオージーの老夫婦1組だ。

 食後は部屋に戻り体を休める。何かをしようとするほど体力は余っていないようだ。昨日Port Augustaで買ったビールが2本ある。部屋の前に停めたバイクの上で自然冷蔵してある。ベットに座りビールを開ける。ん〜十分冷えている。今日1日ダートを走って、思い切りシェークされた割にまずくない。毛布をかぶり地図を見ながら、明日からの気ままな旅を考える。Kooper Pedyにも行ってみたい。KATOさんおすすめの場所だ。世界一のオパールの産地で、街には、いたる所に掘りだした石の山があるという。その掘った後の洞窟をそのままホテルにしたところに泊まってみてはという。ホテルはともかく、オパールの入った原石が欲しかったのだ。ここに行けば必ず手に入るに違いない。しかし、ここからKooper Pedyを目指すとその先はStuartHWYで、ダートは終わってしまう。かといってそこから戻って再びウドナを走るほどの時間はない。ウドナダッタトラックも最後まで走り抜けたい。あの、ピンクロードハウスにも寄ってみたい。オパールかウドナか、結論の出ぬまま眠りにつく。

走行距離522Km


7/30
 自家発電用のディーゼルエンジンが止まった静かな朝。赤く染まる地平線が東向きの窓のカーテン越しに見える。蛍光灯も点灯せず薄暗い部屋の中では、夜明け前からの行動ができない。ベットの中で明るくなるのを待つ。こんな朝早く、ホテルの裏手にある滑走路から、セスナ機の飛び立つ音が聞こえる。朝食のプランを頭の中で練る。ホテルのレストランで食べている時間が惜しい。今日も、リンゴとピーナツバターを塗ったパンで軽く済ませる。

 ウドナダッタトラックのちょうど中間地点。このあたりは道の両側に"石"の大平原が広がる。赤茶色をしたチャートを敷き詰めた平原が地平線まで続く。粒の揃った石がロードローラーで踏み固めたように、平らに敷き詰められている。どのような自然現象の組み合わせで、こんな景色ができあがるのか?石の上にあおむけに寝ころんでみる。平らで固い背中の感触と真っ青な空。赤と青の2色の世界。

illiam Ck.から130キロPeak Ck.(ピーククリーク)にさしかかる。雨期には川幅100メートルくらいになるのだろうか?乾期の今は干上がっていて、川底にそって弧を描きながら、バイクで簡単に横断できる。方々に塩が析出した白い固まりが見える。100メートル先には池のような水たまりも残っている。XTのエンジンを停める。シ〜ンと静まりかえった大河の底を歩いてみる。

 ぽつぽつと木の生える草原で2頭のカンガルーに出会う。ハイウエイの道ばたで、命尽きたカンガルーは無数に見た。しかし、夜行性の彼らを昼間の草原で見るのは初めてだ。写真を撮ろうとバイクを道ばたに停める。彼らもまた立ち止まってこちらの様子をうかがっている。耳をピクピク動かしながら、見慣れない"生物"を観察しているのだろう。カンガルーといえば、オーストラリアのマスコットのような感覚だが、いかにも用心深そうなその行動に野生を感じる。過酷な環境の中、油断をすれば即、命がなくなる野生の鋭さがそこにある。ここでは生命が生き延びることを容易に許さない場所なのだ。

 12:30ウドナダッタの街の入り口で、オフロードバイクのグループに出会う。こちらに向かって手を挙げ合図をしている。キャラメルを貼り付けたようなタイヤの、ホンダのXRやヤマハのTTだ。トラックに乗せてここまで運んできたようである。ガソリンスタンドで給油を済ませバイクに戻ると、XRに乗った若者が近づいて来る。ハーイ。何処まで行くの?今日はMarlaまで。で、あなた達は。シンプソン砂漠を走りに来たんだよ。ワーオこのタイヤならグットだね…。そんな話をする。こんなバリバリのマシンで砂漠を思い切り走ったらさぞやおもしろそうだと思う。

「PINK ROADHOUSE」
 ウドナダッタのロードハウスはピンクロードハウスだ。日本でも知る人ぞ知る、有名なロードハウスだ。その名の通り、建物から柱、天井、ナプキンまでピンク色だ。ここで昼食にFish&Cipsを注文する。レジの前にコーヒーとお湯が置いてある。勝手に飲んでいいのかな〜?店のおねえさんに聞いてみる。2ドルだけど、1杯でも2杯でも3杯でも同じ値段よ!と教えてくれる。そして2ドルを支払い、インスタントコーヒの粉を入れお湯を注ぐ。乾燥した空気の中を何時間も走るからだろうか、オーストラリアで飲むインスタントコーヒーは、どこでもいつでもうまい。店の中央には、3つのテーブルをつなげたその上に、黄色のジュースパックが15位並べてある。団体さんでもバスに乗ってくるのかな〜?と考えていると、子供たちがわいわいと店にやって来て、テーブルに腰を下ろす。そして、がやがやと食事を済ませ、風のように去って行く。店の斜め前にはアボリジニの小学校がある。その給食の時間だったようだ。食事をするにも他に食べる所などない。小学校の子供たちは毎日ロードハウスで食事を取るのだろう。注文したFish&Cipsは、フライドポテトの山に、白身魚のフライが横たわる。まわりには、レタスやトマト、それに生の巨大マッシュルーム。注文の品が届くのを待つこと30分、これを、食べきるのに30分。ここでは時間がゆっくり流れているようだ。

「ウドナダッタの友」
 ピンクロードハウスを後に、走り出してすぐ、道ばたに立ち止まる、巨大バイクのツーリング野郎。右手を挙げあいさつを交わす。ここまで来て初めて出会うバイクツーリング仲間。トラブルに見舞われた様子ではない。そのまま走り去る。ロードハウスから50キロほど走り、道の真ん中にバイクを停め記念写真を撮っていると、さっきのバイク野郎が追いつき、XTのそばに並べてバイクを停める。そしてしばらく立ち話をする。ライダーは、マレーシアから来たおじさんだった。BMWの1100CCに乗っている。荷物満載の巨大バイク。エンジンはボアアップしてあるとか、メルボルンから走り出しているという。今夜はMarlaにテント泊する。一緒にコーヒーでも飲まないかと誘われる。ん〜いいね。でも、私はビールを飲みたいな〜等と話をする。彼が先に出発し、およそ5分後に後を追うように走り出す。1時間ほど走るとBMWを草の中に停め、木陰で休んでいる彼を追い越す。更に30分ほど走り休憩をしていると、今度は彼が私に追い着く。そこで、走っているところの写真を撮り合おうという話になる。自分がバイクに乗って走っている写真は、たとえ三脚があっても不可能なのだ。その貴重な一枚が撮れる。彼は使い捨てカメラ、私はデジカメを交換してお互いに撮り合う。

「まさかの立ちゴケ」
 Marlaまで30キロの地点にさしかかったとき。前方を牛の群が砂煙を上げて横断している。50メートルほど手前でバイクを停め、牛が通り過ぎるのを待つ。写真でも撮ろうかとポケットからカメラを取り出し構えたそのとき、バイクのバランスを崩し左側にゴロンと倒してしまう。そしてまた、ガソリンがちょろちょろと漏れ出す。今度は迷わず荷物を取り外し、バイクを軽くする。力を蓄え一気にバイクを起こす。もう少しのところで、じゃりの上でタイヤがずるずると向こう側に滑り、起きあがらない。この間の砂の上より条件が悪い。一度挑戦するだけで体がへとへとに疲れる。少し休んでまた繰り返す。繰り返すほどに疲れて、力が出なくなっているのがわかる。日は傾きガソリンは漏れ続ける。またもピンチ。体を休めながら作戦を練る。力でなく頭を使え!神の声。あたりを見回す。道ばたに大きな石が転がっている。この石をタイヤの向こう側に置けば滑らなくなるかも。持ち上げることなど到底できない大きな石を、10メートルほど引きずり、タイヤの向こう側にあてる。呼吸を整え、こん身の力でバイクを起こす。シートが胸のあたりまで起きあがる。ここが重さのピーク、ここであきらめたら…そう考えながら最後の力を振り絞る。このピークを越えた瞬間、すーっとバイクが軽くなり起きあがる。スタンドを出し、バイクを立てる。バイクのシートにもたれかかり、そのままじっと体力の回復を待つ。ふと顔を上げると、道を渡りきったさっきの牛たちが、口をもぐもぐさせながらこちらを見ている。人間の、なにやらめずらしい行動をずっと楽しんでいたようだ。

 気を取り直し、エンジンを掛ける。が、エンジンがかからない。セルをいくら回しても、その気配がない。セルを使い過ぎてバッテリーが上がったら、二度とエンジンを始動できなくなる。しばらく休んで再びセルを回すが、エンジンはかからない。プラグがかぶったか…。車載工具でプラグをはずし点検する。しかし、かぶっていない。他に原因があるのか…。プラグを取り付け、キャブやそのまわりを目視で点検するが異常はない。試しにもう一度、とセルを回したそのとき、再びエンジンが動き出す。やった〜。助かった。思い切りエンジンを空ぶかしし、バッテーリーに充電しながらエンジンの調子を見る。荷物をくくりつけようやく走り出せるようになる。あたりを見回すと、さっきの牛たちがどこにもいない。エンジンの音に驚いて逃げてしまったのか?夕日が今にも沈みそうだ。バイクの陰が何十メートルにも伸びる。そして懲りずにまた写真を撮りはじめる。

 日が沈むとあたりは急に暗闇に包まれる。幅30メートルほどの広く固い路面を慎重に走る。「夜間走行は危険」と言われていたのに、その状況に陥ってしまった。昼間なら30分で走れる距離も、スピードを落とした分、時間がかかる。よって、あたりはますます暗くなり、更にスピードを落とさなければならない。日が暮れた途端にこの悪循環に陥るのだ。カンガルーなどの動物が突っ込んでこないか、あたりに注意を払いながら暗闇の中を走る。

 ようやくMarlaに着いたときは、西の地平線にわずかに赤みを残すだけの、真っ暗闇の中だった。Marlaは街というよりガソリンスタンドやレストランが付属したキャラバンパークだ。給油をしてレジで支払いを済ませる。このガソリンスタンドはちょっとした食料品と雑貨類が置いてある。店を出てバイクのエンジンをかけキャラバンパーク内をゆっくり一周する。テントエリアにBMWが停まっている。マレーシアのおじさんが、テントの前で小さなイスに座り、こちらに手を振っている。寒さに備え着ぶくれしている。この寒さの中でテント泊か〜。えらいな〜。それに較べたら、自分はホテルに泊まったり豪華なロッジだったり、すっかり軟弱になってしまった。今日は疲れているとか、寒いとか、何かといいわけを見つけているのだ。…まぁいいか。今日はキャビンにしよっと。またも軟弱路線に走る。

 案内に従ってレセプションをさがすと、さっきのガソリンスタンドに戻ってきてしまった。レジのおじさんに尋ねる。
「あの〜キャラバンパークのレセプションはどこですか?」
レセプションはここだよ!
なんだここですか。
それで、今夜泊まりたいんですけど。
キャビンあります?ああ、あるよ。エーとあんたはA7のキャビンだ。
そして何やらおじさんが説明しているのだがどうしても聞き取れない。何回か聞き直した結果、シャワールームの場所を説明していたのだ。パーク内の地図でキャビンの場所を確認し、鍵を受け取る。今日の部屋はプレハブづくりの部屋に2つのベット。冷蔵庫やキッチンは無くて30ドル。まぁまぁかな。シャワーを浴びてウドナの砂埃を洗い流す。ん〜さっぱり!レストランでビールでも飲もうかと、部屋の鍵を掛けキャラバンパーク内を歩き出す。そうだ、マレーシアのおじさんどうしているかな?テントサイトの方に向かって歩く。BMWにはバイクカバーが掛かっている。その横にあるテントの近くに行って声を掛ける。ハローフレンズ!グッドナイト…!テントの中で人の気配はするものの出てこない。やっぱり、ブロークンなイングリッシュではダメなようだ。まあいいや!あきらめてビールでも飲もう!おっと、デジカメ忘れたと思い、キャビンに戻る。

 部屋を開けようとポケットから鍵を取り出す。手に持った鍵はなんとバイクの鍵。部屋の鍵を中に入れたままロックしてしまったことになる。ガーン!そういえば、バイクも部屋の鍵もプラスチック製の全く同じキーホルダーなのだ。手触りだけで部屋の鍵と勘違いしてしまったのだ。ドアの取っ手をがちゃがちゃしたり、バイクの鍵を差し込んでみたり、無駄な努力をする。窓から部屋の中をのぞき込むと、窓枠のすぐ下のテーブルに部屋の鍵がぽつんと乗っかっている。仕方ない、合い鍵で開けてもらおう。そう思いレセプションに急ぐ。あの〜鍵を部屋に入れたままロックしてしまいました。他のキーで開けてください、と頼み込む。状況はすぐに伝わる。さっきのレジのおじさんが鍵の束を持って、着いて来いと言う。一緒にA7のキャビンに行き、合い鍵を探す。しかし、鍵の束から、なかなか合鍵が見つからない。手元が暗い中でその作業は思った以上に難航する。こんな作業をもう20分もやっている。冷たい空気の中、思わず空を見上げる。満天の星空がそこに広がる。冬の天の川、見たことある星座の形。鍵を間違えるなんて、相当疲れている。ついに合い鍵で開けることをあきらめたおじさん。窓枠をがたがたやっている。4センチほど窓と窓枠の間に隙間が出来る。おじさんより腕が細いので、手を突っ込んでみる私。もうちょっとのところで取れそうだ。針金のようなものがあれば取れそうだ。ワイヤーないですか?と尋ねる。ん〜ないとおじさん。そうだ、キャビンの前に停めたバイクから、リペアパーツ用のタイラップを取り出し、鍵を引っかけられるようにする。そして窓枠の中に。ようやく、鍵を引っかけ取り出しに成功する。やった!いつの間にか姿を消していたおじさんが、針金製のハンガーを持ってやって来た。引っかけるものを探してきてくれたんだ。ありがとう、成功しました。知ってる限りのお礼の言葉を出し切って、感謝の気持ちを表す。おじさんの後ろ姿を見送り、こん度こそレストランへ。おっと、その前に家族への定期連絡の時間だ。公衆電話から国際電話を掛け、今日も無事に生きていることを伝える。

 こんなことをしている間に、時間は午後9時15分。レストランの前に立つ。照明の消えた店内、テーブルに裏返しに乗せられたイス。げげ〜もう終わってる。腹ぺこでへとへとの気分が体中に広がる。今持っている食料はピーナツバターとパン。こんな夕食じゃ、やだ〜。心の中で叫ぶ。仕方ない、ガソリンスタンドで何か食料を買うか…。しかし、またあそこに行ったら4回目、あのおじさんに顔を合わせたくないよな〜と思う。そして、やっぱりいた、あのおじさん。さっきはありがとうと今度は軽く礼を言い、買い物かごを手に取る。肉でも焼いて食べたいが生鮮食料品はない。仕方なく、カップラーメンとスモークハムを買う。今夜は淋しい食事になりそうだ。でも、Barはやっている。テイクアウエイでビールを買い込む。キャビンに戻りお湯を沸かす。ハプニングの多い一日だった。旅を始めて1週間。疲れがたまっているのか、ちょっとした不注意が多い。と、反省会はここまで。カップラーメンをつまみに、ビールでかんぱ〜い。そして夜が更ける。

走行距離415Km

7/31
 今日はエアーズロックを目指す。ハイウエイだけでも500キロ以上はあるのに、KATOさんに薦められたダートを走る。一刻も早く出発しなければならない。午前6時30分、まだ星の残る暗闇の朝、ベットから抜け出す。「WOOL WORTHS」で買ったトライデント社のインスタントラーメンを作る。タイ・フレーバーと書いてある。少しの不安がよぎる。バナーでお湯を沸かし手早く調理する。湯気から立ちのぼる香りがなんだか怪しい。一口食べてみる。グエッ、またも洗剤売り場の香りがする。その上、意味もなく辛い。日本の食品の辛さには、こくやうまみと言ったものが必ずある。薄っぺらな辛さに、この香り。我慢の朝食。日がようやく登り始めた頃、出発の準備が整う。冷たい空気を破るようにXTのエンジンを始動する。チェーンオイルをていねいにスプレーし、静かにキャラバンパークを走り出す。マレーシアのおじさんが、テントの前のイスに座ってぼんやりしている。手を振ってあいさつを交わす。

 スチワートハイウエイを北上し156キロ先のKulgeraを目指す。昨日までの、ウドナのダートとは異なり、あまりにイージーなハイウエイで、思わず眠くなる。そんなときはすぐにパーキングに入り、歩き回ったり写真を撮ったりする。そう思って入ったパーキングで、この旅始めての日本人に会う。スズキDR250の前にテントを張っている。昨夜はここに泊まったのか…?彼のそばにバイクを停め、一週間ぶりの日本語をしゃべる。ワーキングホリデービザでオーストラリアをまわっているという。もう1年近くになる。ハイウエイのパーキングなら宿泊費はタダ。シャワーは、ガソリンスタンドの無料シャワーを使うのだそうだ。無駄なお金を使わず長い旅を楽しむ。うらやましい旅のスタイル。金を惜しげもなくつぎ込み、ビデオの早送りのような旅をする自分が少し後ろめたい。

 ハイウエイを巡航速度110キロで快調に飛ばし、午前11時過ぎKulgeraに到着する。ここでガソリンを満タンにし、エアーズロックに向かうダートに入る。いつものように給油をする。このバイクはACERBISの20リッタービックタンクがついている。しかし、タンクのガソリンキャップが、どうにも締まりにくいのだ。キャップ側とタンク側のねじピッチがあっていないような感じで、何度やってもうまく締まらない。仕方なく、力まかせに噛み合わないねじを締め付けるが、その作業に5分ほどかかることもある。給油を終わって金の支払いが済まないまま、もたもたしているのもいけないと思い、軽くキャップを閉め、先にレジで支払いを済ませる。

 スタンドの向かい側にはテイクアウェイの店があり、少し早いがここで昼食にする。フィッシュハンバーガーを注文する。普通のハンバーガーだが、なんだかうまい。上のパンをめくって中身を分析する。直径10センチくらいの、赤紫色をした漬け物みたいな野菜が挟んである。甘酸っぱい味で、ぐにゃっとした独特の歯触りが、このハンバーガーの隠し味となっている。

  スチワートハイウエイを20キロほど戻り、ダートの入り口に立つ。DANGERの黄色い看板をチラッと見、勢いよく走り出す。ここからエアーズロックまで347キロ、ダート区間は234キロだ。2〜300メートル走ったところで突然、ガソリン臭とボチャボチャ音。一瞬何ごとが起こったのかわからなくなる。視線を落とし、ガソリンタンクを見ると、タンクのキャップがない。タンクの中でガソリンが暴れているのが見える。ダートの振動で、まだ満タン近く入っているガソリンが、給油口からまき散らされている。しまった、さっきの給油で、キャップを軽く閉めただけになっていた。そこから20キロあまり走行するうち、脱落してしまったのだ。すぐにバイクを停め対策を考える。探しに戻るにも、キャップがないとガソリンが飛び出して、とても走れない。ミネラルウオーターのボトルキャップを給油口にあててみる。お〜ぴったり。ペットボトルを給油口にさかさまに立て、今来た道をゆっくり走り出す。100メートルほど戻ると、ダートに転がるプラスチックキャップを発見。しかし内側のゴムパッキンが無くなっている。「これはなくしやすいから気をつけろ!」と、出発前メカニックのGalyに念を押されていたのに…。更にハイウエイまで戻るが見つからない。仕方ない、キャップがあれば、とりあえず走行に問題ない、このまま先を急ぐことにする。




 細かい石の固い路面に、時折砂が混じる。ハイウエイをそれた途端、あたりの景色が一変する。一層赤みを増した砂、乾燥し荒涼とした大地。オーストラリアの本当の姿がそこに広がる。走り出してすぐに4,5台の対向車と続けざまにすれ違う。かなり交通量がある道なのか?対向車をよけてバイクを左に寄せると、深い砂に突っ込み、途端にハンドルが左右に振られる。ここで転倒したら、かなりのダメージを受ける。立ちゴケでバイクを起こすだけでも、相当な時間と体力を消耗する。自宅近くの河川敷で遊んでいるのとは訳が違う。このあたりは、オーストラリア中央部に広がるビクトリア砂漠の一帯なのだ。対向車に出会ったのは最初だけで、その後は一向に出会わない。何かあったらやばい。そんな気持ちが緊張感を高める。

 ハイウエイの入り口から30キロ、じゃりは少なくなり、赤い砂に被われた、ふかふかの路面が目立ち始める。600CCのエンジンをこれだけ吹かしても、前に進もうとする力は砂に飲み込まれる。ギヤを5速に下げ、トルクの一番太い3千から4千回転あたりを使う。ハイウエイなら100キロの道のりを走っても平気なのに、ここでは30キロも走ると、へとへに疲れる。気温は30度を超えている。乾ききった炎天下の道。うかつに砂深い場所に停止したら、再スタートが出来なくなる。水分補給のため、固い路面を探しバイクを停める。

 雨が降ったわけでもないのにバイクのシートが濡れている。なぜ…?荷物にくくりつけた500ミリのペットボトルに手を伸ばしたとき、愕然とする。貴重な水が空っぽだ。ガソリンタンクのキャップ代わりに使ったとき、キャップが緩んでしまったのだ。KATOさんに「水は切らさないようにと」言われていたのに、一番必要で、かつ、入手困難な場所で失ってしまった。トラブルは連鎖する。タンクキャップの調子悪さが、水を失うという事態につながる。どんな小さなことでも完璧な状態にしなければ、そこから傷が更に大きくなってしまうのだ。とにかく140キロ先のMulgaPk.を目指すしかない。地図には小さく出ているだけだが、ここまで行けば水が手に入るだろう。

 幅30メートルほどの熱い砂の道が続く。砂はますます深くなる。時として、数百メートルに及ぶ深い砂の轍が続く。少しでもひるんでアクセルを戻すと、ライダーの弱気につけ込むように、バイクがコントロールを失う。選択肢は2つ。砂に攻撃を仕掛けるか、飲み込まれるかだ。 砂地獄を抜け出すまで、思い切りアクセルワークを繰り返す。巡航速度60キロ。これ以上はとても出せない、かといって、これ以下のスピードになると途端にバイクが不安定になる。覚悟を決め一気に乗り切るしかない。3,40キロも走っては5分休む。これを繰り返す。これ以上集中力が持たないのだ。バイクを停めると途端に汗が出る。小さな木陰に逃げ込む。熱中症をふせぐため、ジャケットの前を開け体温を発散させる。

 真上から照りつける白い太陽、これでもか!と続く赤い砂の道、白骨化した動物の死骸、広漠とした大地、エンジンを停めると音のない世界、これがオーストラリアなんだ。そんな実感を体中で感じる。これでも季節は冬。太陽が南回帰線にさしかかる季節には、ここがどんな状態になるのか想像すら出来ない。

 何度も休憩をとりながら前進を続ける。アクセルを握る右手にマメが出来ている。グローブをつけているのにかなりの痛みがある。たとえマメがつぶれても、アクセルワークをやめるわけには行かない。KATOさんは気楽に薦めてくれたのだが、ウドナダッタに較べたら数段難しいロードコンディションだ。どう見ても自分の体格以上のバイク。ステップに立ち膝でバイクを押さえつける。もう少しオフ指向のタイヤだったら…、荷物が少なければ…、KDXだったら…、などと無い物ねだりをしている自分がいる。

 前方の深い砂の中で、ボンネットを開け立ち往生している車がある。アボリジニの若者3人が手を振っている。ここで彼らの手助けをするための物資も余裕もない。しかも、この砂の中でアクセルをゆるめるわけにはいかないのだ。道ばたには、バースとしたタイヤや、車のバンパーが落ちている。整備を怠った車はこの過酷な道に飲み込まれてしまうのだ。

 スチワートハイウエイから140キロ、午後4:30分MulgaPk.に着く。日はだいぶ傾いているが、熱い西日が照りつける。Storeは、この道を300メートル入ったところだと、小さな板きれに書いてある。ブッシュの中の砂深いところに獣道のような通路が一本走る。とてもバイクでは乗り込めそうにない。バイクを道ばたに停め、歩いてMulgaPk.を目指す。「水だ、水が欲しい。」そうつぶやきながら汗をかかぬよう、ゆっくりブッシュの中を歩く。200メートルほど歩いたところで行き止まりになる。ここに水はないのか…絶望的な気持ちになる。来た道を引き返し、バイクに戻る。再び、走り出して300メートル。MulgaPk.入り口の大きな看板、ここが表の入り口だったんだ。今度はバイクでも入って行ける。ハイウエイ沿いのロードハウスとは全く異なり、ここは個人の牧場のようだ。ガソリンスタンドや売店のようなものはない。しかし、遠くに見える小屋の前に、赤いコカ・コーラの看板が見える。その看板の前にバイクを停める。

 とても、ものを売っているとは思えないような建物。しかし、今の私にとっては、まさに砂漠のオアシス。トタン板で囲まれた店の入り口に、不機嫌そうなアボリジニのおばあちゃんと、子供たちがたむろしている。そこを分け入り店に入る。簡単な雑貨と飲み物を売っている。助かった。すぐにミネラルウオーターを手に取りレジに並ぶ。白人の店主らしき人から話しかける。」
「あなた日本人かい?」
「ええ、そうです。良く来たな…。」
「どこから来たんだい?」
「Kulgeraを今日の昼に出発しました。これからエアーズロックに向かう所です。」
「そうかい。」
「ところで、ここからエアーズロックまでどのくらいありますか?」
「あと120キロだよ。」と言う。

 店の外で600CCのミネラルウオーター半分を一気に飲む。庭先に水道の蛇口が地面から突き出ている。ここで働いているらしいアボリジニの男に大きな声で、「これ使っていいか?」と聞く。OKだ。蛇口をひねる、冷たい水、頭から水を浴びる。生き返る思い。もう一度ミネラルウオーターを一気飲みし、出発する。ここまでで3分の2は来たはずだ。気合いを入れて走り出す。MulgaPk.からの道は、固く締まった道で走りやすい。車の通りも増えてきた。猛スピードで砂埃を巻き上げながら、地元の4WD車が追い越してゆく。このまま一気にゴールかと思ったのもつかの間、またも、深い砂の道が続く。何度も休憩を取り、気力と体力を蓄えて走り出す。4回目の休憩を取るため、道のど真ん中の固い地肌が露出したところにバイクを停める。すると、どこからか現れたのか、アボリジニの乗ったトラックがバイクのすぐ横に止まる。「ヘーイ、どうかしたのかい?」「ノー、ノープロブレン!」と叫ぶ。するとトラックから若者達が飛び降り、何ごとかと思う間に、バイクを取り囲む。2、4、6人…。そのうちの一人がカメラを取り出し、写真を撮る。間髪を入れず車に駆け乗り、砂煙を上げて立ち去る。その間30秒、いったい今、何があったんだ…?驚きと同時に、ちょっと恐かった。

 この道の唯一の救いは、ほとんど直線であること。深い砂の道も、勢いで走れる。コーナーの続く道だったら、更に数段難しくなるはずだ。固い路面にさしかかったとき、ふと顔を上げると、Mt.Connerがはるか右前方に見える。これまで、ただただ、前方の路面を見つめるだけだった。景色を楽しむ余裕など無かった。もういい、ダートは十分満喫した。早く抜け出したい。ケガをせず無事走りきらなければ…。集中力も、もう限界に達している。走り出して6時間、ようやくLasseterハイウエイにたどり着く。標識も何もない道を6時間も走り続けると、本当にこの道でいいのか不安になる。前方の壊れかけた看板にエアーズロックの案内が出ている。この看板を見つけた瞬間、やった、無事に走り抜けた、うれしさがこみ上げる。一瞬のミスで旅が終わっていたかも知れない緊張感から開放され、旅を続けられる幸せ。助かった…。

 カーテンスプリングスのロードハウスで給油をする。ガソリンスタンドの若者に、「あなた大丈夫?」と声を掛けられる。見た目にも、相当疲れているらしい。「ええ、とても疲れています。」と応える。エアーズロックまであと100キロあまり。まだそんなにあるのか…。早くしないとまた夜間走行になってしまう。ハイウエイを思い切り飛ばす。午後7時、夕闇迫るアウトバックの地平線にエアーズロックが姿を現す。ついに来たか〜。

 ハイウエイを左に折れエアーズロック・リゾートに入る。今日は(も)ホテルに泊まりゆっくりしたい。キャンピンググラウンドを下見したあと、バイクをパーキングに停めホテルを探す。William Ck.のような安ホテルはなさそうだ。かなり高級そうなThe Lost Camelのレセプションに入る。全身ホコリまみれ、髪の毛ぼさぼさのその姿を見ただけで、断られてしまいそうな高級ホテル。一応宿泊の交渉をしてみる。が、やはりダメ。今夜はいっぱいのようだ。というより、飛び込みの客が泊まるようなホテルではないらしい。ここはオーストラリア随一の観光地。次々に人々がバスに乗ってやって来る。昼間の砂漠地帯とは別天地。日本人を含め世界中の人々が豪華な旅を楽しんでいる。やはり、バイクツーリングは、キャラバンパークがお似合いのようだ。

 そうとなれば自炊のための買い出しが必要だ。リゾート内のスーパーに入る。肉や豆腐ヨーグルトなどを買う。しかし、ビールがない。とりあえずバイクに戻ろうとしたとき、あれ!?バイクを置いたのはどっちの方だっけ…?ホテル探しや、買い物をしているうちに方向感覚をまるで失ってしまった。暗闇の中のエアーズロックリゾートでは、頭の中にその全体像ができあがっていない。とりあえず、わずかに思い当たる方向に歩き出す。が、見つからない。日本のように街灯が煌々とついているわけでもなく、道路に出れば、自分のつま先も見えないほどの漆黒の闇だ。

 リゾート内を、ヘルメットと買い物袋をぶら下げ、1時間以上も歩き回る。なんてまぬけた話だ。昼間のダート走行で完全に集中力を失っているのか?情けない気持ちになる。仕方ない、キャンピンググラウンドへ行こう。オフロードブーツで15分、キャンピンググラウンドに着く。すでに午後9:30分をまわっている。レセプションに入ろうとするが、すでに鍵がかかっている。中をのぞくと、おねえさんか一人、帰り仕度を整えている。扉をこんこんとたたいて、鍵を開けてもらう。
あの〜今夜泊まりたいんですけど…。
ええ〜もう終わりよ。
そこを何とか。
キャビンは空いてますか。
ここはキャビンはないです。
あなたテント持っている。
ええ、持っているには持っていますが…
だったら、あっちにテントエリアがあるから、御自由にして。
はぁ、
じゃもうイイでしょ?
そして、ばったっと扉を閉められる。早く帰りたいのはわかるけど、冷たいおねえさんだった。疲労の極限状態で、この寒さにあの装備では寝られない。しかも、今はその装備すらどこにあるのかもわからない。レセプションの前のベンチに座り空を見上げる。満点の天の川、泣きたい気分…。

 スーパーでもらった地図をもう一度見る。エアーズロックリゾートは、ぐるっと一周する道路のまわりに、ホテルやその他の施設が配置されている。キャンピンググラウンドの反対側にPのマークがある。ここはまだチェックしていなかった。歩いて20分位だろう。ベンチから立ち上がり再び暗闇のエアーズロックリゾートを歩き出す。Outback Pioneer Hotelの前にさしかかったとき、ロックバンドのような音楽が聞こえる。金持ちの観光客が酒でも飲んで盛り上がっているのか?自分はこんなに苦労しているのに、その脳天気さに腹が立つ。ほとんど八つ当たり状態。オフロードブーツを履いて3時間近く歩き回っている。靴のあちこちがすれて痛い。地図にあったPマークの駐車場に着く。ほのかに見覚えがある。おお!ここだ、この奥の方だ。と思ったそのとき、ちょこんと停まるバイクが目に入る。赤い砂まみれのXTに会えてこんなにうれしかったことはない。待たせたな〜と言って、バイクをぽんぽんとたたく。すぐにヘルメットをかぶり、エンジン始動。キャンピンググラウンドを目指す。歩けば何十分もかかる道のりも、バイクならたった3分。エンジンの回転を最低限に下げ、テントサイトに向かう。芝生の広場にたくさんのテントが張ってある。その一番端にバイクを停める。やれやれ、これからテント張って、シャワー浴びて、夕食作って…やるべきことがいっぱいある。そして寒い。

 暗闇の中、音を立てぬよう静かにテントを張る。10分後"我が家"の完成!すぐにシャワーを浴びる。ようやくほっとした気分。テントに戻ったときは夜中の12:00をまわっていた。幸い今日は食材豊富。メインは、またもオージービーフ。野菜の代わりにグレープフルーツ。今日の目玉は"TOFU"。もう、あわてることはない。早く寝ても寒くて眠れないはず。ゆっくり夕食を楽しもう。と、思ったその時、しまった、ビールがない!オーストラリアに来て初めてのビールなしナイト。まさかエアーズロックでビールが飲めないとは…。弱り目にたたり目!泣きっ面に蜂!本日最大のピ〜ンチ!…仕方ない。今日のダート走行、ケガもせずここにいるだけで幸せ。コーヒーで乾杯だ。と自分に言い聞かせる。

 肉を焼く音が真夜中のテントサイトに響く。"TOFU"にしょうゆをかけハシを突き刺す。か、固い。冷蔵庫で固まったバターのようで、日本の豆腐とはまるで違う。ようやくちぎった一切れを口に入れる。ぼそぼそしていてまずい。焼けば何とかなるか…?肉と一緒に焼いてみる。が、結果は同じ。オーストラリアの人々はどうやって食べているのか?食材を無駄にするのはとても心が痛む。しかし、あの石鹸の香りのする野菜以来、2度目、やむなく捨てることにする。食事を終えたのは午前1時過ぎ。ありったけの防寒をして、シュラフに潜り込む。意に反してのテント泊。これでテントを持ってきた甲斐があったと言うもんだ。少しやせ我慢をしている。それにしても大変な1日だった。ピンチが何度もあった。明日は移動せずゆっくり過ごすことにする。疲労が限界に来ている。体と気持ちを休めなければ、思わずハプニングを誘発する。そんなことを考えながら浅い眠りにつく。

走行距離542Km


8/1
 寒くて何度も目が覚める、寝た気のしない夜だった。まだ暗闇の午前6時30分。たまりかねて起きあがる。熱いコーヒを入れる。バーナーの熱気がテント内にこもり久々に暖かい。テント内での火気使用は厳禁だが、入り口を全開にしたまま、バーナーをテント内に持ち込む。コーヒーをすすりながら青い炎を見つめる。ようやく体か暖まる。あたりが白み始める。今日一日の計画を頭の中で練る。「今日はのんびりしよう」Mt.Olgasを見てエアーズロックに登る。残った時間で買い物でもしようか…そうだ、洗濯もしなければ。

夕食を"さっき"食べたばかりで、朝食はあまり食べたくない。青リンゴを半分食べ、洗濯をすることに。ランドリーの説明を読む。2ドル40セントで、1ドル硬貨2枚と20セント硬貨2枚が必要だ。しかし、硬貨の持ち合わせがない。近くでキャンプをする老夫婦にコインの両替をたのむ。そしてすぐさま、そしてフレンドリーに応じてくれる。トレーナーや靴下、パンツまで、今着ているもの以外のほとんどを、洗濯機に放り込む。日本から持ってきた65gの洗剤の半分を入れ、スイッチオン!30分ほど経って戻ると、UNBALANCEの点滅。ふたを開けてみると洗濯物が偏っている。まんべんなく配置をし直しふたを閉めると、脱水機が勢いよくまわる。そして無事洗濯完了。外にある物干し台に洗濯物を干す。テントをたたみ荷物をまとめ出発の準備をのんびり進める。朝日が体に当たり暖かい。つま先まで、久々に暖まった感じで心地よい。バイクに荷物をくくりつけていると、さっき両替をしてくれたおばさんが近寄ってくる。
「あなた、荷物それだけなの?」
「ええ、そうです。」
その中にテントも入っているの?
ええ、シュラフも調理器具なんかも入っていますよ。
すごくコンパクトねぇ
ええ、でもさっき洗濯したから、その分は少ないですけど。
わ〜。私たちなんて車一台に満タンよ。
そんな何気ない話をする。

 日もすっかり昇った午前10時エアーズロックの"観光"に出かける。料金所で入場料を払う。ハイウエイを右に折れ先ずはマウントオルガを目指す。「風の谷のナウシカ」のモデルになった"Valley of the winds"がある。時間があればそこまで歩いてみたいが、ここは、遠くから眺めるだけとする。大きな岩の固まりが砂漠の真ん中にそびえ立つ。どんな地殻変動でこのような景色が生まれるのか。写真をパチパチ撮って、エアーズロックを目指す。ここまで来るとエアーズロックとは呼ばず、アボリジニの呼び方である、Uluru(ウルル)と呼ぶ人が多い。ハイウエイの案内板の"Ayers Rock"が黒のスプレーで"Uluru"と書き換えてある。白人が勝手に付けた名前への先住民族の抗議なのか?

 「あなたが登ろうとしているのは、神の山だ。登らない方がいい。良いことではない。」と言われてもどうしても登ってしまう、典型的な日本人なのだ。ふもとの駐車場にバイクを止め、デッキシューズに履き替える。身軽な服装に、水とリンゴ半切れをリュックに入れ登頂開始。鎖を伝わって直登する。一歩登るたびに、乾いた大地が眼下に広がる。足元を見ながら小刻みにゆっくり登る。ロックの表面には無数の穴があいている。その形が巻き貝のよう。もしかして、アンモナイトの化石が抜け落ちたあとなのか?50分ほどの登りでようやく頂上に着く。360度の地平線が広がる。乾ききった強い風を浴びる。地平線を見ながら食べる青リンゴが、やけにうまい。

 キャンピンググラウンドに戻る。風がだいぶ強く、パンツがそこら辺に飛ばされでもしていたら、あまりにまぬけな話しだ。真っ青な空に洗濯物がたなびいている。エアーズロックの風と太陽を浴びて、ぱりっと乾いている。洗剤のCMに出てきそうな場面。ん〜気持ちいい。思わずトレーナーにほおずりをしてみる。おや、靴下を干した位置が変わっている。やっぱり誰かがかけ直してくれたのか…。

 今夜こそテント泊はゴメンだ。すぐにレセプションに行き宿泊の手続きをする。昨日のおねえさんがいたらいやだな…と思いつつ、ガラス越しに中をのぞく。今は違う人が受付をしている。よかった。

「あの〜今夜一泊お願いします。」
はい、イイですよ。
キャビンかロッジはありますか?
いいえ、ここはないですよ。やっぱりないのか…。
でも、あなたテント持っていればOKよ。
いえいえ、テントは寒いのでイイです。
交渉決裂。ダメだ作戦変更。すぐに荷物をまとめてエアーズロックリゾートを発ち、最寄りのキャラバンパークでキャビンに泊まることにする。

 その前におみやげものやさんに寄って、KATOさんにも、明日、アリススプリングス入りすることを電話で伝えなければならない。バイクのメンテナンスを手配するための連絡だ。初めての国内電話、とりあえず50セント硬貨を入れダイヤルする。日本にかける国際電話よりも声が一瞬遅れて話しづらい。要件だけ伝えるやいなや、料金切れで回線がブチッと切れる。KATOさんごめんなさい。公衆電話のすぐそばに、トラベラーズインフォメーションがある。もしかしてホテルが取れるかも。聞くだけ聞いてみよう。中央のカウンターにいるおねぇさんに声をかける。

「あの〜ホテルの予約はここで出来ますか?」
「ごめん、ここでは出来ないけれど直接ホテルに行ってみて。」
「そうですか。どんなホテルがありますか?」
「そ〜ね〜と言って地図を指さしながら、5つのホテルの説明を始める。」が、意外と内容が聞き取れる。
「このホテルは5つ星よ。ちょっと高いかな。ここは普通ね(昨日断られたホテル)ここからすぐ近くよ。このホテルはちょと遠くて、通りの向こう側だけど、ロッジもあるわよ…」(昨日のロックバンドのホテルだ)。早口の英語で2,3分の説明。
「Ok!ありがとう試してみます。」
Outback Pioneer Hotelにはロッジがある。その言葉を頼りに、一件だけ当たってみることにしよう。バイクに乗り直すのは面倒だ。バイクを昨日のあの駐車場に停めたまま、シャトルバスに乗って移動することにする。

 このシャトルバス、5分以内にはやって来る。エアコンが効いている。好きなところで乗って好きなところで降りられる。そして無料。お〜らくちん。昨日あんなに歩き回ったので土地勘はばっちり。全て頭に入っている。Outback Pioneer Hotelの前でバスを降りる。ホテルで宿泊の交渉をする。
あの〜今夜泊まりたいんですけど…。私の姿を見て、すぐに

「ロッジにしますか?」と薦められる。
「ええ、お願いします。」
「それじゃ、ロッジのレセプションに行ってみて。ここを右に、バーの前を横切った右側よ。」
言われて通り歩いて行くと、その通りにたどり着く。手続きの順番を待つ人2人。
「1泊40ドル、ベットは4つだけど、いかが?」
「すぐさまOkする。またウイルカニアのホテルみたいに、ベット4つじゃ迷うな〜。」
じゃぁこの書類に記入してちょうだい。到着日と出発日もね。
えっ到着日?え〜と今日は何日でしたっけ?
あなたホリデーなのね?日にちを忘れちゃったのね。
ええ、まぁ。
日は8月1日よ。はい、じゃ813号室です。
 やれやれ、今日は暖かい部屋で眠れる。部屋の鍵を開ける、確かに4つのベット。しかし、狭いコンクリートの部屋に2段ベットが二つ、しかも相部屋。ガーン。これで40ドルは高い!ところで、どのベットを使えというのか?全てのベットがすでに使われていて、荷物が散乱している。すぐに受付に戻り事情を説明する。ゴメン、じゃぁ816に変更してね。こんどこそ、と思いドアを開ける。2つの2段ベットのうち下の段が二つともすでに使われている。2階席に登るしかない。部屋の先客は、大きなサムソナイトの旅行ケース。ここに4人分の荷物を置いたら、足の踏み場もなくなるほど狭い。刑務所に泊まるとしたらこんな感じか…?

 悲嘆に打ちひしがれていると、先客のおじさんが入ってきた。なんと、50代くらいの、人の良さそうな年輩のおじさん。握手をしてあいさつを交わす。どこから来たのか国籍が聞き取れない。まぁイイか。明朝はウルルのサンライズを見に行くので早く出発するという。うるさくなるけど…。何という心遣い。この人なら相部屋でも楽しくやれそうだ。

 シャトルバスに乗って、バイクを取りに戻る。今夜の宿泊場所が決まって一安心。ロッジに戻りシャワーを浴びる。ロッジの裏手に小高い丘がある。ウルルやマウントオルガが見える。夕日に赤く染まるその姿を見ようと、数人がカメラを構えて待つ。今夜はレストランで食事が出来そうだ。BBQバーがある。バーベキューの種類を選び自分で焼いて食べるのだ。アウトバックコンボ、22ドルを注文する。カンガルーの肉、エミューの肉、牛肉のソーセージ。さすがにエアーズロックには日本人が多い。日本人の中年のおばさん2人が楽しそうに肉を焼いている。熱せられた鉄板の上に肉を載せ焼いてみる。焼き加減がまるでわからない。出来ればレアーにしたいのだが、念のため少し強めに焼く。肉を載せた皿をテーブルに置き、バーでビールを買う。「ワンVBプリーズ。」コップに注がれる冷たいビール。昨日は飲めなかったので感慨ひとしお。テーブルに座りかんぱーい。

 カンガルーの肉ってうまい!牛肉のそれと変わらない。エミューの肉はゴムのようでかみ切れない。ビールをお代わりしながら食事を楽しむ。気がつけば、長いテーブルが3,4列置かれた席はほとんど埋まり100人以上の人々が思い思いに食事を楽しんでいる。その食堂の一番端にはステージがあり、そこに一人のおじさんがギターを抱えて立つ。アコースティックギターで、イマジン等のスタンダードを、インストルメンタルにアレンジして奏でる。ん〜渋い。次第に曲調は賑やかになり歌も入るようになる。ギター以外の演奏はシーケンサーによる演奏だ。ドラムやベースに合わせエレキギターとボーカルを一人でこなす。昨日、このホテルの前を通りかかったときに聞こえていたロックバンドの正体はこれだったのだ。そして一緒に手拍子をしながら、今度は自分が"脳天気"な観光客になる。昨日の泣きたくなるような夜とはうって変わって楽しい気分。

 宴たけなわではあるが、昨日の寝不足やウルル登頂の疲れで眠気が襲う。今日は早く休もう。部屋に戻る途中、レストランを少し離れたところで、自炊派の一団がテーブルを囲む。ちょうどスパゲティーが茹で上がったようで、皿に盛り分けていただきますをしている。質素倹約の精神。バックパッカーズの確固たる哲学。酔っぱって盛り上がる集団からは確実に一線を引いている。テントに自炊、と心に決めていたのに、気がつけば享楽的で脳天気な観光客になっている自分に少し反省。

部屋に戻り、昼間買ったメロンをナイフでほじくりながら食べる。赤みの半切りで、その名も"ロックメロン"冷たくさわやかな味。日本ではめったに出来ない贅沢。部屋にあのおじさんは戻っていない。一人で2段ベットによじ登り寝ころぶ。少しだけのんびり出来た一日。お休みなさ〜い。

走行距離143Km


8/2
「サッカーボールの男の子」
 夜中にトイレに行くため2段ベットを降りると、若い女の人が下のベットで寝ている。男女まで相部屋とはなんとおおらかな風土。と思うが、どうやら相部屋のおじさんの娘らしい。それに若い男の子も隣の上のベットで寝ている。家族3人、水入らずの部屋に、得体の知れぬおじさんが、割り込んでしまったようだ。

 朝方、がさごそと音がする。寝ている私に気遣ってくれてか、声を殺して静かに旅支度を整えている。と思ったら、あっという間に部屋を発つ。サンライズのエアーズロックを見に行くと言っていた。まだ外は真っ暗なのに、そうまでして見に行くとなると、なんだか自分も見てみたい。外が明るくなったところでベットから抜け出す。ロッジの裏の小高い丘まで歩いて、日の出を待つ。

 朝食はインスタントのうどんを作る。自炊のための立派な厨房が自由に使える。冷蔵庫や鍋、食器、トースターなど、何でも揃っている。しかし、できあがったうどんの鍋に顔を突っ込んで、ここで食べるのは恥ずかしい。自分の部屋まで50メートル、外に誰もいないところを見計らって、鍋を片手にダッシュする。麺はつるっとして意外においしい。でもスープはやっぱりダメ。日本のうどんが食べた〜い。

 昨日のウルル登りの反動で、足の筋肉が痛い。バイクとは違う筋肉が疲労して、体中に疲れがたまっている。今日は400キロ先のアリススプリングスを目指す。全てハイウエイなので少し余裕がありそうだ。10時5分過ぎチェックアウトをする。バイクに戻ると、サッカーボールを持った5歳くらいの男の子。サッカー好きかい?と尋ねる。こくりとうなずく。手に持ったボールがこぼれてバイクの下へ転がる。ヘーイと言ってボールを軽く足で蹴り返す。エンジンをかけ走り出す。手を振って見送る男の子。

 LasseterHWY.とStuartHWY.の合流点、Eridundaで昼食を取る。ここでもやはりハンバーガー。しかし、日本のチェーン店のような同じ味ではない。それそれのロードハウスオリジナルで微妙に中身や大きさが異なる。それでいてかなりおいしい。店先のテラスでハンバーガーを食べていると、ハーレーに乗ったバイク軍団。ちょーかっこ良い。
あんたのバイクは600ccかい?
ええ、写真とってもイイ?
ああいいとも。
言葉の壁もさほど感じず、すぐにお友達。

 午後5時前アリススプリングスに着く。日はまだ高く、気温も高い。バイクを停めただけで汗ばむ陽気だ。バイクショップや宿を探しながら、アリススプリングスの街を1時間ほど徘徊する。これまで訪れたどの街よりも大きい。バイクショップがなかなか見つからない。街中に一軒のホテルを見つける。The Dsert Rose Inn。今日は街中のホテルで、夜の街に繰り出したい。その希望にぴったりの立地だ。一泊65ドルのツイン。今日は相部屋ではなく、ふかふかベットで落ち着きたい。ちょっと高いが、まあイイか。こちらのホテルもバイクを中庭の一番安全なところに停めさせてくれる。自分の部屋のカーテンを開ければすぐそこにバイクが見える。ホテルのおねえさんにバイクショップの場所を聞く。道案内の説明の中でしきりに、"マコナー"と言っている。大きなmの字のある…とまで説明され、マクドナルドのことと判明する。

 メンテナンスを受けるRACE MOTORCYCLESは街の入り口近くにあった。ショップの前にバイクを乗り付け、カウンターに行く。かなり威勢良く、気の短そうなオーナーらしきおじさんに、バイクのメンテナンスのことを告げる。

「あの〜KATOさんから言われているものです。バイクのメンテナンスに来ました。」
「OKわかっている。わかっているが時間がない!」
「時間がない!」
そうだ。もう店はおしまいなんだ。
そうなんですか?
おまえ、あしたは何時にここを出発する?
え〜9時頃ですが…
そうか、じゃ、8時30分にもう一度ここに来い。
はぁ。
そのときにメンテナンスをしてやる。
ところで店は何時からやってるんですか?
うちは朝8時からオープンさ。
そうですか。わかりました。じゃまた明日!
ああ、明日の朝会おう!

「オーストラリアを食す
 シャワーを浴び身軽な服装に着替え街に買い出しに出かける。日本の、春先の心地よい風という感じ。地元の人々は半袖、すっかり寒さに臆病になってしまった私は、長袖トレーナー1枚でちょうど良い。まずはビールを買いだめしなければ。街中を30分も歩いてようやくリカーショップを見つける。そのうれしさあまって、缶ビール6本も買ってしまう。これでビールを切らすことはしばらく無いはずだ。エアーズロックの時のような非常事態は二度と繰り返す訳にはいかない。それにしても、日本から持ち込んだ洗剤はフィルムケースに入れ65グラム。少しでも荷物を軽くするためだ。それに較べたらビール6本の重さは2100グラム以上。なんとビールには寛大な処置。

 ホテルに一旦戻り冷蔵庫でビールを冷やし、再び買い出しに。街の中央で見つけた「WOOL WORTHS」で、エアーズロックで味をしめた青リンゴやヨーグルト、それにカップラーメンを買う。レジを済ませると、店の一角にリカーショップ。最初からここに来ていれば良かった…。

 今日の夕食はレストランと心に決める。。街の外れに見つけたレストランbluegrass(ブルーグラス)なんだかしゃれてるじゃん。店内に入り二人がけの小さなテーブル席に着く。壁にかけた黒板に今日のおすすめメニューが20種類以上も書いてある。昨日の夕食で味をしめたカンガルー肉の料理を注文する。赤と青を基調にしたインテリア、照明を落とした店内でビールを飲みながら料理を待つ。

 カンガルー肉の焼き具合は、表面をちょっとこがしただけの超レアーな感じ。カツオのたたきのよう。昨日のバーベキューは焼き過ぎだったようだ。牛肉を生で食べているような食感。付け合わせの野菜ともぴったり。柔らかくておいしい〜。ビクトリアビターにカンガルー肉、これぞアウトバック、オーストラリアを食す!って感じ。ウエイトレスのおねえさんが、テーブルの上のデジカメを見て、写真取ってあげようかって言う。ちょっと恥ずかしいけど、この際だからお願いしてしまおう。ストロボがぴかっと薄暗い店内に光る。するとあっちの方でも写真を撮り始める客。なんだ、みんな我慢してたんだ。ついでに料理も撮ちゃおっと。レストランの帰り道、夜9時をまわっている。街のあちこちでアボリジニがたむろしている。決して観光客に声をかけたり、悪さをしているわけではないのだが、不穏な空気がそこにある。そろそろホテルに戻ろう。
 ベットの上でビールを飲みながら明日からのことを考える。いよいよ第3ステージ。午前中はアリススプリングスの街中をぶらぶらしよう。タナミへの道をあきらめた分少し余裕がある。そんなことを考えながらふかふかベットで眠りにつく。

走行距離473Km


8月3日
「アバウト・メンテナンス」
 9時間以上もぐっすり寝た朝。体もずいぶん元気になっている。バイク屋さんとの約束を1時間以上も遅れてショップに顔を出す。

「お〜来たか。バイクを裏に回せ!」
大きな工場に世界中のバイク。KTM、YZ、KX、WR、DUCATI。
「すごい工場だね。」
「ああそうかい。今とても忙しくてね〜。」

と言いながらメンテを始める。工場の入り口にXKXというバイク。見たことあるような無いような不思議なバイク。ホンダのXRとカワサキのKXを合わせて2で割ったようなバイク。シートにはHYOSUNGのロゴ。もしかして韓国製?倒立サスの4スト250ccか、一つ一つのパーツもしっかりしていて良くできている。日本車がその見本になっていることは疑いもない。このデザインでは、後ろめたくて日本に持ち込めないだろう。しかし、ブレーキやサスの作りがしっかりしている。バイク自体は世界に通用する水準かもしれない。いずれ、日本の自動車がアメリカの市場に食い込んだように、うかうかしていたら、日本車より安くて性能のいい韓国製バイクが、日本の林道を走り回る日が来るかも知れない。
 めずらしいバイクに気を取られて2,3分、「OK、終わったよ!」の声がかかる。えっ!もう終わり。オイルチェックもタイヤの空気圧も、エアフィルターも見てない。出来れば洗車もしてほしかった。が…これがオーストラリア、細かいことをいわないのが"大陸"なのか…?それとも、単にアバウトなのか…?。

「笛を吹く少女」
 アリススプリングスの街中にバイクを停める。ブーツをデッキシューズに履き替えトッドモールを歩いてみる。全ての店がオープンしている。当たり前か…。今までこんな昼間に街中をぶらぶらしたことがない。日の出から日没までひたすらバイクを走らせていた。そしてビールを飲んで寝る、そんな毎日の繰り返し。通りの一角に"THE ROCK SHOP"の看板。お〜!もしかして、クーパーピディーで買えなかったオパールの原石があるかも…。
店にはいろいろな原石が整然と並べられている。岩石の知識がもっとあったら宝の山に違いない。小学校6年生くらいの男の子が母親と一緒に店に立つ。オパールとアズライトの原石を持ってカウンターの前に立つ。母親は他の客の相手をしている。

「それにしますかおじさん?と声をかけられる。」
「え〜。この白く見えるやつがオパールかい?」
ええ、そうです。
じゃぁ、この青い部分は何?
それもオパールです。
そう、こっちの青い石は何?
それは、アズライトです。
私の質問によどみなく答える。
で、値段はいくら?と聞くと、これだけは母親に聞いている。
ん〜10ドルね!
母親が付けた値段を、彼が私に中継する。
じゃこの2つちょうだい。
ありがとうございますと言って、白い紙でていねいに包装を始める彼。お目当てのものが手に入って、なんだか買い物が楽しくなる。

 次の土産物屋で、自動車のナンバープレートを買う。ねじのあとや傷が付いている本物だ。いろいろな州のプレートが置いてあるが、州によって文字の色が決まっているようだ。何とっても、N.T.-OUTBACK AUSTRALIAの文字が入ったNT州のプレートが一番だろう。地元の人にはただのがらくたかも知れないが、なんだかそそられる魅力がある。そして、NT州のプレートだけ少し高い。店のおじさんに値段を聞いてみる。

「あの〜このプレートは27.5ドルですよね…?」
ああ、でも、あんたなら25ドルでいいよ。
そうですか。ありがとう。
なんだかうれしくなって、ブーメランやキーホルダーなど52.5ドルも買い物をする。そしてまたも、
あんたなら、全部で50ドルでいいよ。とまけてもらう。

 トッドモールは午前中の明るい日差しに包まれていた。通りの芝生の上にちょこんと座り、ソプラノリコーダーを吹く金髪の女の子。小学校3年生くらいだろうか。学校の宿題という感じの曲を吹いているが、とても上手だ。しばらくすると、どこかで聴き覚えのあるメロディー。そうだ、映画タイタニックのテーマ曲「MY HEART WILL GO ON」だ。そういえばこの曲、街のスーパーやロードハウスでも良く流れていた。リコーダーの音がトッドモールに響く。建物に反射して、少しだけ反響のかかるその音が、通りの雰囲気とぴったり調和する。

「カンタストラベル」
 土産物屋を物色していると、カンタストラベルのオフィスを見つける。もしかして、帰国時のダーウィン・ケアンズ間の航空券変更が出来るかも知れない。渡豪前、この間の直行便が取れず、やむなく経由便になっている。直行便ならケアンズまで2時間50分、経由便で4時間15分。この時間差でケアンズから成田行きの便に乗るまでの間、買い物が出来るのだ。ケアンズで買い物が出来れば、ほとんど荷物にならずに成田まで持ち帰れる。オフィスに入りソファーにかけながら順番を待つ。

「あの〜、この航空券を、経由便から直行便に変更したいんです。」
「OK、ちょっと待って…コンピュータの端末を操作するおねえさん。」
「ん〜801便なら席が取れるわ。」
「801便、そう、それですお願いします。」
「日本で1ヶ月以もキャンセル待ちして、結局取れなかった便だ。」
「はい、8月7日、午前6時発の便です。」
「お〜、ありがとう。」

やった〜。今日はトントン拍子にうまく行く。
 さっきの"ロックショップ"の前にカフェがある。歩道にイスとテーブルが並べられ、コーヒーや簡単な軽食が食べられる。通りの向かい側で、アコースティックギターを奏でるアボリジニ一人。演奏をぼんやり聴きながら、遅い朝食を取る。


 ここ2日ほどゆっくり過ごしたせいか、疲れも取れ、元気が回復している。バイクにまたがり巡航速度130キロでスチワートハイウエイを疾走する。半日でどこまで行けるか、たどり着いたところが今夜の宿泊地の、気ままな一人旅。アリススプリングスの街を出てすぐ。南回帰線のモニュメントを通過する。太陽がこの真上に来る夏至にはどんな暑さになるのだろうか?更に北上をすると、タナミトラックへの分岐点にさしかかる。これか〜。荷物を屋根に満載した4WD車が3台、砂煙を舞い上げて走って行く。ん〜行きたい。バイクを停めしばらく考える。この間、エアーズロックへ向かう道で、ダートはもう充分と思っていたのに。体力が回復した途端、血が騒ぐ。タナミへは行かないつもりで、少しだけ貯金してあった時間も使い切ってしまった。それに、またあの砂深い道が1000キロも続いたら、日本へは帰れなくなる。また来るチャンスがあったら今度こそきっと。そんな思いを残しながら、スチワートハイウエイを北上する。

 時間が経つのを忘れ、デビルズマーブルに沈む夕日を眺めていたらすっかり遅くなってしまった。ここまで来たらテナントクリークまで行くしかない。あと100キロの道のりだ。しかし、街の40キロ手前で真っ暗になる。ハイウエイには道路灯など全くない。道ばたにある小さく光る反射板を唯一の手がかりに、またも夜間走行。スピードを落として慎重に走る。霧雨のように降りかかる小さな虫が、ヘルメットやヘッドライトにこびりつく。午後7時過ぎようやくテナントクリークの着く。買い出しをしていないので、自炊は無理だ。通りに面したテナントクリークホテルに宿泊の交渉に行く。閑散とした外とは対照的に、宿泊客でごった返している。

「あの〜今日泊まれますか?」
今日はいっぱいだ…ゴメンよ。
そうですか…。
すぐに気を取り直して、街中を再び徘徊する。町はずれにSAFARI LODGE MOTELの看板。ここを当たってみるか。レセプションのおばさんに、宿泊の交渉をする。
38ドルだけど、いい。
ええ、OK。お願いします。
通りの向かい側の建物へ行ってちょうだい。バイクもそこに置くといいわ。

「テナントクリークの焼きそば」
 モーテルかと思った宿は、バックパッカーズ用のYHAも併設していた。宿の前にバイクを停めて、部屋を確認する。Wベット一つにテレビ、エアコン。相部屋ではないので気兼ねなくくつろげそう。食堂には日本人の男女のグループ3人もいる。チラッとあいさつをする。久々の日本人に会うが、彼らの動向にあまり興味はないし。親しく会話を楽しむ気も何となく起きない。すぐにシャワーを浴びて街のレストランを探しに外へ出る。第一候補にテナントクリークホテルのレストランに入るる。さっき見たとき同様かなりの賑わいがある。一人で4人がけのテーブルを占領してしまっては気が引けるし…。と考え、ここはパス。ホテルの向かいの明かりのある方を目指す。ピザ屋さんか〜。どこに行ってもピザやさんは夜遅くまで営業している。よほどオージーはピザ好きなのか。その隣のチャイニーズレストラン。ラーメンにビールというのもイイナ…。かなり高級そうだが、初めてのチャイニーズを食べてみることにしよう。

 メニューから"NOODLE"の文字を探す。2種類ある。しょうゆ味のNOODLEをたのもうとすると、レストランのおばさんが、これはスープだけだ、麺は入っていないと強硬に主張する。仕方なく、想像がつかないもう一つの"NOODLE"をたのむ。おばさんも満足げにオーダーを受け付けてくれる。あっ、それにビールもお願いします。赤を基調とした店内には、あの、まわるテーブルもちゃんとある。こんなところでラーメンを食べられるとは思ってもいなかった…。そして、届いた料理は"焼きそば"だった。出汁の利いたスープに浮かぶ麺を、じゅるじゅるとすする姿を想像していたのに…。その麺は、どんぶりではなく皿に載っている。細麺を野菜と炒め、ゴマがふってある、しかし、日本の典型的なソース焼きそばではない。一口食べると、これがなかなかおいしい。スープはなかったが、ビールと焼きそばで楽しい夕食に今夜もありつくことができる幸せ。

走行距離530Km


8月4日
 アボリジニの母親が子供の名前を何度も何度も呼ぶ声で目が覚める。頭の上のカーテンの隙間から明かりが漏れる。午前8時10分、窓の外には、東の空から登ったばかりの太陽の光りが差し込む。日本の春一番のような、生ぬるく強い風が風が吹く朝、ゆっくり朝の仕度をする。朝食は新メニューのビーフライスに挑戦する。鼻歌交じりで調理をする。細長い米を水から炊きあげ、スープをかけて完成。そして、鼻歌は途絶え、やがて始まる我慢の朝食。結論として、オーストラリアのほとんどのレトルト食品は口に合わないことが確認されたのだ。午前10時前チェーンオイルをたっぷりと塗り、エンジンオイルをチェックして出発。

 Katherineの手前の、MatarankaにあるElsey国立公園には温泉があるらしい。しかし"ホットスプリングス"温泉、ではなく"サーマルプール"暖かいプールと地元の人は言っている。ここから500キロあまり、今日はそこを目指そう。

「午後のコーヒー」
 巡航速度120〜140キロで快調に飛ばす。このあたりに来ると3連結のロードトレインと、頻繁に出会う。全長50メートルのその姿は、全てがでかいオーストラリアの象徴的な存在。すれ違うときの風圧はものすごく、ヘルメットをかぶった首が、その瞬間、空を向いてしまうほど。バイクもかなりの勢いであおられるので、スピードを100キロ程度まで落とす。追い越すときは何キロも先の見える直線の道で、バイクのアクセルをふかし一気に抜かなければならない。そんなロードトレインのが炎上している。タイヤが発熱してそこから燃え広がったようだ。3連結の真ん中の車両のタイヤから黒煙を勢いよく上げている。トラック仲間が集まり無線で連絡を取ったり、連結を切り離したりと事故処理を行っている。そこを通過する車の見物渋滞が起きる。と言っても、2,3台の車が渋滞しているだけだ。RennerSpringsのロードハウスでミートロールハンバーガーを食べる。かなりしょっぱさに水をがぶ飲みする。

 食事のあとに必ず襲う睡魔。単調なハイウエイなら、なおさら。こらえきれずパーキングに入り木陰のベンチに仰向けになって寝る。5分か15分か、ふと目が覚め体を起きあがらせると、背中の方で誰かが呼んでいる。

「ヘーイ、コーヒーか紅茶でも飲むかい?」
振り返ると初老のおじさんがこっちに向かって歩いて来る。
えっ。私にですか?
そう、コーヒー、紅茶?
はい、じゃぁコーヒー下さい。
ミルクは、砂糖は?
ブラックでOKです。
わかった、今入れてやるから。待ってて。

ベンチで寝ている間に、いつの間にかこのパーキングに来ていたらしい。あまりに眠そうなラーダーに、声をかけてくれたのだろう。キャンピングカーの外にイスが2つ出してある。奥さんが中でコーヒーをわかし旦那さんがイスでくつろいでいる。そちらに近づきながら、
これからどこまで行くんですか?と声をかける。
まぁ座れば、と言ってイスを勧めてくれる。
礼を言ってイスに座る。奥さんがコーヒーを入れて車から出てくる。
あなた、テーブル出せば…
おお、そうか
そう言ってもう一つのイスとテーブルを出して来る。そして始まる3人のティータイム。
大きなマグカップのコーヒーがうまい。
クッキーでもどうぞ?と言って差し出される。
お〜、こんなお菓子食べるの久しぶりだ。と言いたいのだが"久しぶり"の単語が出てこない。とりあえず
おいしいです。と感謝の意を伝える。
どのくらい旅をしてるんですか?
私たちは、9ヶ月目だよ。
9ヶ月!うらやましい。
私は、14日です。
そう、どこから来たの
シドニーを出発してダーウィンへ行きます。
そう、オーストラリアは大きいでしょう。
ええ、そうですね。日本の22倍あるって本に書いてありました。
そう22分の1なの。
いいえ22倍です。
あなた、22分の1ですって…。
どーも話が噛み合わない。数学的にはあっているのだが、お互い自分の国が基準になっているようだ。
住まいはどちらですか?
西海岸のパースだよ。
ああ、パースですか。私は、今回は行けないので地図は切り取ってしまいました。ほら。と言って3分の1ほど切り取ってしまった地図を見せる。
写真撮っていいですか?
ああ、みんなで一緒に撮ろう。
おお、それはデジタルカメラかい?
ええ、そうです。こんな風に撮れました。
15分ほどの午後のひととき。昨日のように暗くなってはいけないので、出発することにする。手を振ってあいさつをする。眠気もすっかり取れた。なんて暖かい人たちだろう。

「トロピカルリゾート」
 ハイウエイ沿いの木々が次第に高さを増している。これまでの乾いた平原から、植物の植生も豊かな林が続く。傾きかけた日差しに、地面から生えたタケノコのような蟻塚や、木の長い影が道路に向かって伸びる。
Katherineの手前120キロの地点を右に入りElsey国立公園を目指す。午後6時30分マタランカホームステッドのレセプションで宿泊の交渉をする。受付のおねえさんに…

「あの〜今夜泊まれますか。」
ええ、OKよ。モーテルが75ドル。バックパッカーが70ドルよ。
えっ!70ドル?もっと安い部屋ありますか。
いいえ、"セブンティー"ではなく"セブンティーン"
えっ!じゃぁ17ドル。安い。安すぎる。(もしかして相部屋か?)
個人で使える部屋ですか。(瞬間"相部屋"の単語が出てこない)
ええ、そうよ。
そうですか。じゃぁお願いします。

11号室はバックパッカーズの建物の2階。角部屋で二つの窓があり、ブラインド越しに椰子の木が見える。
2つのベットに、レトロな扇風機が壁に掛かる。決して新しくない設備だが、ペンキを直に塗った内装が、トロピカルで熱帯のリゾートという感じを醸し出している。窓の下には、レストランの野外テーブルとイスが並び、人々が食事を楽しんでいる。ん〜最高!これで17ドルは安い。この旅で1,2位を争う、お気に入りの宿に登録決定!


「旅の終わりの予感」
シャワーを浴びて外に出る。このあたりはすでに、砂漠気候を抜けて亜熱帯の地域。半袖シャツが心地いい。野外のレストランでシーフードバスケットをたのむ。ビールはその隣のバーで買う。コップに注いで一杯3.7ドルを飲みながら夕食を食べる。バーの前に作られたステージで生演奏をしている。今日のバンドは男女2人組。それにドラムやベースのシーケンサーがバックバンドを務める。エアーズロックのバンドより少し豪華?だ。野外のテーブルで生演奏を聴きながらビールを飲む。なんて幸せな時間。

 ひとしきり食事を楽しんだあと、パーク内をぶらりと歩く。テントエリアにはたくさんのバイクが停められ、そばにはテントが張られている。この暖かさなら、持参した装備でも充分テント泊が出来るのに、すっかりその気を無くしている。結局、テントを使うのは、エアーズロックで仕方なく使った1回限りの気配。「テント泊は、ほとんどしないでしょう」というKATOさんの予言通りだった。キャンピングカーのエリアもほぼ満車の状態。

 キャンピングカーの窓越しに家族団らんの影が見える。お母さんらしき影だけ、ちょっと離れたところで洗い物をしている。我が家の夕食後にどこか似ている。暗闇にイスとテーブルを出し、静かに語り合っている人。ここにいる全ての人たちが、穏やかに思い思いの夜を楽しんでいる。パークのはずれまで歩いて空を見上げる。プラネタリュウムのような星空。地平線まで続く天の川。この星空をあと何回見られるか…。少し遠くなったバンドの音が、カントリーロードを歌っている。そろそろ家へ帰る日が来たか…。

 この2日間で1100キロ走り、少しゆとりが出来た。明日の午前中はここでのんびりしよう。となれば洗濯。今夜干せば明日の午前中には乾くはず。ビール売りのおばさんに、1ドルコイン3個を両替してもらい洗濯機を回す。宿の1階は、簡単なキッチンと冷蔵庫が置いてある。アリススプリングスで買った缶ビールが冷えている。椰子の木の下のテーブルでビールを飲みながら、洗濯が終わるのを待つ。

走行距離575Km


8月5日
「ジャングルの温泉」
 午前8時30分、ブラインドから漏れる光。朝の仕度を済ませ水着を着てサーマルプールへ。歩いて5分、ジャングルの中の温泉だ。お湯はジャングルで湧き出し100メートル下流のWATER HOUSE RIVERに合流する。その中間地点にプールのような温泉がある。すでに3,4人の人たちが水(温泉)に浸かっている。階段を下り中に入るが、背が立たぬ深さがある。青みがかって匂いのない水。回りの人に迷惑にならぬよう軽〜く泳いでみる。シュロのような背の高い木に囲まれたジャングルの中の不思議な空間。ふと気がつくと30人近い人がプールに入っている。入るには気持ちいいが、あの、ぬるま湯から抜け出す時の勇気が、なかなか出せないでいるのだ。

 せっかくなので、少し下流のWATER HOUSE RIVERにも入ってみる。両岸が植物でうっそうとし、ワニがにょっきり顔を出しても不思議ではなさそうな川。片足を川に突っ込んで、ばちゃばちゃとやり、念のためワニを追い払ってみる。川の表面は暖かく、深いところは冷たい。朝の日差しがまぶしい水面をゆっくり泳いでみる。場所によって水温の差があり、急に冷たい水にびっくっとする。見物に来たおばさんにシャッターを押してもらう。

 のんびり川遊びをして部屋に戻る。その途中、洗濯物の様子を見る。午前中だが、明るく強い日差しに、ジーパンの厚手の部分以外は完全に乾いている。部屋に戻り荷造りが終えたのは、チェックアウトぎりぎりの午前10時。ここまで作戦通り。昨日のバーの隣にファストフードの売店がある。ハンバーガーと水を買い、シュロの木陰のテーブルで遅い朝食を取る。今日はどこまで走ろうか…。ダーウィンまで400キロあまり。最後の目的地は射程距離だが、今日は少し手前で宿泊しよう。そんな綿密?な計画を立て、マタランカを後にする。いいところだった。また来たいな。今度来るときは、もっともっと時間をかけ、ここでのんびりしたいと思う。

「風のいたずら」
 まずは100キロ先のキャサリンを目指す。ハイウエイ沿いの蟻塚と森の木々が、一段と高さを増す。日差しもきつく路面からの照り返しが熱い。気がつけば日本の夏のような気候帯に入っている。ついこの間、冬の雨に打たれ、寒さに震えていたのが、よその国での出来事のようだ。

 キャサリンは、ダーウィンからの観光ツアーコースの最右翼候補地。中でもキャサリン渓谷はガイドブックにも必ず出ているほどメジャーな観光地。行ってみたい気もするが、ここは、老後にバスツアーで訪れたときのためにとっておこう。その分、この先にあるNitmiluk国立公園にある、Edith Falls(エディスフォール)に行ってみよう。ここにはツアーバスの運行が無く、バイクだからこそ行ける場所なのだ。ハイウエイを左に折れ国立公園内に入る。熱帯特有の植生が目立つ林の中を走り抜ける。高さ30メートルほどのつむじ風が、進行方向の道を横切ろうとしている。手前にバイクを停め、やり過ごす。巻き上がる砂埃と木の葉が、林の中を左から右へゆっくり移動する。風のいたずら。

 まるで絵に描いたような滝のEdith Falls。池の向こう200メートルほど先に流れ落ちる。高さのある滝ではないが、手前の池の色や、周りを囲む岩石など全てが絵になっている。手前の池に手を入れればかなり冷たい水。この中で5,6人が泳いでいる。楽しそうだな…。でも、今日のうちに、もう少しダーウィンに近づいておきたい。ここでの泳ぎは断念し出発する。カカドウ国立公園をまわるのは時間的に苦しい。今夜はリッチーフィールド国立公園の周辺に泊まろう。

「寝床探し」
 日没少し前Batchelor(発音不明)の街に着く。宿泊施設は一通り揃っているが、買い出しできる場所がない。スーパーマーケットの看板を掲げた店も閉まっている。1件目のホテルに入り宿泊の交渉をするが、泊まれない。続けてジャングルドラムロッジに入る。なかなかいい宿。カウンターの鐘を鳴らし誰かが出てくるのを待つ。しかし、ここも満員。その隣のアコモデーションに入る。
「あの〜今夜泊まれますか?」
今夜はいっぱいだけど…。
そうですか…。
70ドルの豪華な部屋はあるけど、それでも良ければあるよ。
70ドル!いえ結構です。他を当たってみます。
そうかい…。あ、ちょっと待って。どうしても他に見つからなかったらもう一度ここに来てみなさい。
もう一度ですか?
そう、もう一度だ。
は、はいわかりました。
もう一度とは、とっておきの部屋でもあるのだろうか…?あとは、キャラバンパークしかない。バイクを乗り付けレセプションへ
あの〜キャビンはありますか?
キャビンはないね。でも、テントエリアならあるよ。
いえ、テントはいいです。(食料の買い出しもなくテント泊では辛いよな〜)はぁ〜、ここもダメか。もう一度さっきのアコモデーションに戻るか…。いや、もういい。この街はやめだ!街中は人通りもほとんど無く閑散としているのに、4件まわってどこも満員だなんて。もういい!よし、20キロ手前にあったアデレードリバーで今夜は泊まろう。そう決め、さっき来た道を戻る。

 スチワートハイウエイに突き当たる。右に戻ればアデレードリバー、左に曲がればダーウィンだ。ここまで来て、みすみすダーウィンから遠くなる方向に戻りたくない気持ちになる。すると、ダーウィン方面にもリゾートの看板が出ている。よし!左に決めた。"風まかせの旅"とはこんな旅なのかとふと思う。30分ほど走って夕暮れ間際、5件目の宿泊候補地に着く。見慣れぬバスが何台も停まっている。軍隊のキャンプのような、モスグリーンの大きなテントがいく張りもある。ここは旅行会社直営の団体専用のようだ。仕方ない、ここまで来てしまったらダーウィンを目指すしかない。午前中はトントン拍子だったのに、また歯車が狂って来た。あたりも、気持ちも、すっかり暗い。

 急いでスチワートハイウエイを北上する。またしても危険な夜間走行。ふと、トリップメータを見ると350キロを超えている。リッター20キロなので、あと50キロでガス欠になる計算。オーストラリアでは危機的状態。次に現れたガソリンスタンドにあわてて飛び込む。ふぅ疲れた。レジで支払いをしながらおじさんと話をする。
「どこまで行くんだい?」
ん〜ダーウィンなんですが…どこかキャンプ出来るところ探しているんです。
キャンプならここでも出来るよ。6ドルだ!
いえ、まぁ、その〜キャンプはいいです…。
そうかい。
ところでダーウィンまであと何キロですか?
あと60キロだよ。
そばにいたおばさんが、教えてくれる。
そうですか。ありがとう。

 暗闇のスチワートハイウエイは、ダーウィンに近づくほど道路がよく整備されている。センターラインと道の両側に、小刻みに反射板が取り付けてある。その反射板が赤とオレンジに明るく反射する。まるで飛行場の滑走路のようで走りやすい。巡航速度も100キロで走れる道だ。
 ダーウィンの手前20キロにウールワースを発見する。ここにはキャラバンパークもあるようだ。ブレーキをかけ、その先にあるガソリンスタンドにバイクを停める。どうやらキャラバンパークの受付もこのガソリンスタンドらしい。ウールワースで買い物が出来るので、ど〜してもなら、テント泊でも良しとしよう。そう心に決め、宿泊の交渉をする。鼻と耳にピアスをした背の高い若者に向かって、
「今夜泊まれますか?」
ええ、タイプは?
キャビンあります?
ええ、キャビン58ドル、電子キーのデポジット20ドル、部屋のキーのデポジット5ドルだけど。
(58ドルかぁ…高いな〜)でもいい、ここに決めよう。
はぁじゃお願いします。
全部で83ドル。デポジットの25ドルは、明日返します。
思春期をやっと抜け出した年頃、なんだかぶっきらぼうで、素っ気ない振りをするこの青年。ふと、昔の自分が頭をよぎる。

「旅の相棒」
 やれやれ、6件目にしてやっと宿が決まった。そうとなれば買い出し。ウールワースの駐車場に入ると、なんだか様子がおかしい。大きな駐車場、なのに車が1台。店の前にバイクを停める。中にいた警備員が、ダメダメとジェスチャーをしている。そこに張ってある張り紙を見ろ!と、指をさしている。「通常は9時まで、月曜日は8時で」と書いてある。今日って月曜日なの…?食べるものが、な〜んにもない!どうしよう…。依然として歯車が狂ったままの事態が続く。仕方ない、さっきのガソリンスタンドで夕食を探そう。そして再びガソリンスタンドへ。しかし、乾物や冷凍食品しかない。ビールをおいしく飲める夕食の献立を考えながら、おなじ所を行ったり来たり。おお、そうだスパゲティーでも作ろう。トマトソースの缶詰もある。このハムも入れてみよう。そして、再びピアスの若者の所で会計をする。なんだか今夜の夕食を見られるようで少し恥ずかしい。ようやく準備が整いキャビンを探す。

 それ程広くないエリアなのに、暗闇の中20分も探し回る。中央にシャワート、イレユニット、左がキッチン、右がベッドルーム。とても使いにくい配置。ビールを冷凍室に入れシャワーを浴びる。日本へ、無事を知らせる電話をかけるため、公衆電話を探しに外に出る。目を閉じて歩いているような暗闇。結局、またあのガソリンスタンドへ。そうだ、ビール2本では心配だ。万が一、もっと飲みたくなったら大変だ。もう2,3本買っておこう。ついでに、冷凍エビも買ってスパゲティーに入れてみるか。そして3たびピアスの若者。もぅ顔なじみって感じで、少しだけ愛想がいい。

 一人旅が故、ビールをおいしく飲むためにとことんこだわれる。失敗しても間違えても、弁解も謝罪も不要。自分のしたいことを一つ一つ説明しなくていい。自分が疲れるまで、いやになるまで、納得ゆくまでやればいいのだ。それこそが気ままな一人旅の所以(ゆえん)だろう。

 58ドルもするだけあって、キッチンの設備は充実している。大きな鍋で麺を茹でる。解凍したエビをフライパンで炒め、茹でた麺と合わせ更に炒める。最後にトマトソースをかけようと缶詰を開けると、ここで愕然とする。トマトソースではなく、トマトソース味のスパゲティーが入っている。スパゲティーにスパゲティーをかけてどうなるんだ〜!これまで、どんなに歯車の狂った一日でも、シャワーを浴びれば、きれいさっぱりリセットされていた。しかし、午前中のトントン拍子とは裏腹に、気の抜けない事件?が続く。そして塩としょうゆ、今ある、ありったけの調味料をかけ、味付けをする。「エビ入り、しょうゆスパゲッティー、トマト風味」ができあがる。とにかく乾杯。怪しい味のスパゲティーをつまみにビールをいただく。

旅の終わりも近い。明日はいよいよ旅の終着点、ダーウィン。旅の相棒XTともお別れ。つべこべ言わず、怒りも、すねもせず、ただ従順にそして淡々と走り続けていたバイク。赤い砂と、にじみ出たオイルで汚れ切っている車体。ダーウィンで洗車をしてあげたい。明日はどんな一日になるのか、予定も決まらぬまま眠りにつく。

走行距離504Km


8月6日
「カンガルーポケット」
 午前8時10分起床。今日は午前中にリッチーフィールド国立公園を巡ろう。出来れば昨日できなかった滝のある池で泳ぎたい。服を脱げばすぐ泳げるように水着をはいてしまう。昨夜の"滑走路"を走り、右に折れる。Wangi Fallsの標識。よしこれだ、今日はここで泳ごう。その途中、思いがけず、全長47キロのダートに出くわす。これが走り収めか、振動が心地よい。硬い石のダートで走りやすいが、目のあらい石が、時折、厚くたまっている。油断せず60から80キロで、アクセルワークを小刻みに繰り返し、最後のダートを楽しむ。

 Wangi Fallsは2本の滝と、その下に広がる大きな池がある。クロコダイルに注意という看板を横目に、ウエアーを脱ぎ捨て水に入る。水の冷たさが心地いい。深いところは3,4メートルあるだろうか、平泳ぎで崖側の滝壺まで泳ぐ。水面から2メートル程の高さの所に、カンガルーのポケットのような穴があいている。直径2メートル程のその穴に、滝の水が流れ落ちている。中には3,4人、風呂につかるように入っている。ドイツ語をしゃべる父親と子供も楽しそうに入っている。
「あなたも入ってみれば…温かいよ」と誘われる。
「ええ」と言って一緒に"お風呂"に入る。
ほのかに温かい。上から流れる滝の水がそうなのだ。地球のポケットでカンガルーの赤ちゃんのようにお湯につかる多国籍の人々。ひとしきり遊んで水から上がる。近くのキオスクでハンバーガーを食べる。これまでで最大級の大きさ。ワオ〜ビック!と驚くと、店のおばさんがニコリとする。とてもおいしい、が、はえがうるさい。うっかりすると、はえまで食べそうなほど群がり、落ち着かない。滝のまわりの芝生広場では、バーベキューをしたり、のんびり寝ころんで、ゆっくり時間の流れを楽しんでいる人たちがいる。しかし、日本からやって来たライダーは、せわしない。ハンバーガーを食べ終わるとすぐに、バイクにまたがり、去って行くのだった。こんなところで1日ゆっくりしたい。また今度、いつかきっと、ここでのんびり過ごそう。


「南国のモーテル」
 午後3時ダーウィンの街に入る。シドニー以来の大きな街。スチワートハイウエイをそのまま走り続けると、右に空港が見える。探すまでもなく明日の出発地の場所は確認できた。あとはバイクを返却する「SUZUKI TERRITORY DARWIN」を探さなければならない、と思ったそのとき、一瞬"SUZUKI"の文字が視界をかすめる。強くブレーキをかけバイクを停める。30メートルほどバックし看板を見ると、探していたバイクショップが見つかる。店にはスズキのオフロードバイクなどが展示してある。いつも"緑"のバイクばかり乗っていたが、"黄色"もなかなかかっこいい。店の奥にいた男の人に、バイクの返却のことを言い出すと、
「ウオンバットだろう」と一言。
「そうだ、ウオンバットだ」と言葉を返す。
KATOさんのバイクショップの名前だけで全てが通じてしまった。しかし、返却方法についてもう少し説明が必要だった。これからバイクに乗って今夜泊まるところを探すこと。バイクの返却は明朝になること。しかも、午前4時になることだ。
OK!わかった。と言われ、私について来いと言う。ショップの裏手で、
明朝バイクはここに置いて行ってくれ。
OK!で、バイクの鍵は?
鍵はバイクのタイヤの下に隠しておけばいい。
お〜グットアイデア!それじゃ明日の朝!

 バイクの返却の手配が済んだら、次は宿。スチワートハイウエイをもう少し進めばダーウィンの海に着くはず。それを予感させるかのように、これまでの熱風が和らぎ、涼しくさわやかな海風に変わる。海が近い!はやる気持ちを抑え、今夜の宿泊場所を探す。ショップから5分ほど走ると、Beagle Gulfの案内板。左折をし、走ること5分。前方にダーウィンの海が広がる。ついに来たか…。ヨットが静かに浮かぶ、青い青い、コバルトブルーの海。椰子の木の公園。ヨットハーバーや高層アパート。そんな海沿いの道を走る。

 一泊55ドル!モーテルの看板。これは安い。しかも海沿いで、絶好のロケーション。バイクを停め、中に入ってみる。プールのそばのテーブルでくつろぐ人たち。レセプションの場所を尋ね、中庭に入る。椰子の木が植えられた中庭をぐるっと囲むように、2階建ての客室が並ぶ。ん〜トロピカル。そして宿泊の交渉をする。中国系なまりの威勢のいいおじいさん。
あの〜今夜泊まれますか。
ああいいよ。あんた一人かい?
ええ、一人です。
そう、一泊60ドルだけど。
60ドル!?(55ドルじゃなかったっけ…まぁいいか)
OK、お願いします。
ところでおまえ、その暑苦しい服は何だ。脱いでしまえよ!
これは、バイクのウエアーです。安全のために必要なんです。
お〜おまえ、バイクで来たのか。よしわかった。バイクはこの中庭に置いておけ。ここなら安心だろう。
は、はい。ありがとう。それにしても絶好のロケーションだね、このモーテル。
そうだろう。それに値段もほら、こんなに安い!
えっ!そうかな…?
ところで、ここからエアポートまでどのくらいかかりますか。
タクシーで20分だ。
そうですか…。

 ここのモーテルも昨日と同じように、どこか南国風。自分は、この雰囲気がなんだか好きだ。動作音が、やけにうるさいエアコンまでも、この雰囲気作りに一役買っている。荷物をほどき、着替えをしようとしたそのとき、立ち昇る怪しい匂い。缶ビールが荷物の中ではじけている。そういえば、今朝、荷物を小さくしようと上からのしかかった。心当たりがある。幸い、スキーブーツを入れる場所だったので防水処理されている。被害は最小限だった。くつろぐ前にもう一仕事。バイクショップから空港ターミナルまでの地理を確認しておく必要がある。明朝午前4時に道に迷っているヒマはない。特に、ケアンズから成田までの航空チケットは、便の変更が出来ない。明日は全て、しかも完璧にオンタイムで行動しなければならない。"気ままな旅"は今日で終わりなのだ。

バイクに乗って空港の周辺をまわる。バイクで一周30分はかかる広大な敷地。バイクショップとターミナルは正反対の位置。バイクを返却したあと、とても歩いて行ける距離にない。バイクショップに再び立ち寄り空港へのアクセスを聞いてみる。
あの〜ここから空港のターミナルまでどのくらいかかりますか?
ん〜相当かかるよ。歩いて行けるような距離じゃないね。
そうですか。
ここから行くならタクシーをつかまえるしかないね。
明日の午前4時にタクシーつかまりますか?
それはわからないと、肩をすぼめる。
OK、ありがとう

そして再びホテルのオヤジさん
あの〜いくつかお願いがあります。
お〜なんだ、何でも言ってくれ!
まず、モーニングコールをお願いします。明日の午前3時30分です。
すぐにコンピュータの端末をかちゃかちゃと設定するオヤジさん。かなりせっかちな性格?
それから、タクシーを朝4時にここに呼んでください。
と言い終わるやいなや、電話を手にダイヤルを始めている。
かなり威張った口調でタクシーを予約している。
よしよし、タクシーは取ったぞ。これでOKか?
ところであんた、バイクはどうするんだ。
はぁ、明朝タクシーを先導し、バイクショップまで行き、そこからタクシーに乗って空港へ行きます。
ん〜、そんなことしないで、今返して来いよ。その方がいい。明日は直接空港へ行け。
でも、今返したら、バイクショップからこのモーテルに戻る足がないし…。

「ダーウィンの風」
 身軽な服装に着替え、椰子の木の歩道を歩く。海沿いの坂の多い街。ビールの買い出しに出かける。海岸で夕日を見ながらビールを飲む作戦だ。歩きながら考える。モーテルのオヤジさんが言うことも一理ある。明日もう一度バイクに乗るということは、ブーツやヘルメットの荷造りが出来ない。それに、寝ぼけ眼で運転してケガでもしたら、大変だ。よし、今返しに行こう。海の方を振り返る。日はまだ高い。バイクやさんからモーテルまでは、この時間ならタクシーもキャッチできるはず。XTのエンジンをかけ半袖シャツでダーウィンの街を走り抜ける。夕方の心地よい風が、体中を包む。

 バイクショップはすでに閉店時間だった。後ろの整備工場へバイクを乗り入れると、さっきの男の人と、メカニックの人たちで立ち話をしている。仕事を終えて家へ帰る所だ。
「ハ〜イ、こんにちわ。今夜の宿が見つかったので、今、返しに来ました。」
「そう、どこの宿?」
「え〜と、(モーテルの名刺を見せ)ここです。」
「ああ、ここかぁ…」
工場の片隅にバイクを運ぶ。赤土とオイルにまみれたXT。よく走ってくれた。デジカメで2,3枚写真を撮る。ショップの彼が、私が撮ってあげよう。そこに立ちな。
「ありがとう。」
ヘルメットを片手に、それじゃさようなら。と言ってバイクと彼らに別れを告げる。

 ハイウエイに面したショップの通路に、スズキの1200CCオンロードバイクが置いてある。ライトには9,500ドルの値札が貼り付けてある。ぴかぴかの売り物バイク。かっこいい!

 スチワートハイウエイ沿いの芝生の上を、タクシーが通るのを待ちながら、とぼとぼと歩き出す。バイクなら一瞬の道のりなのに、なかなか前に進まないもどかしさ。景色もほとんど動かない。急に行動半径が狭まり自由を失われた気分。飛べなくなった鳥がいるならこんな心境か…?後ろからバイクが近づく音。バイクショップの彼が、"売り物"のバイクに乗ってすぐ横に停まる。タンデムシートのステップを起こし、ここに乗れと合図をする。お〜サンキュー!

 スチワートハイウエイを2人乗りのスズキ1200が走る。なめらかな加速。モーターのようなエンジンで振動を感じない。XT600とはまた性格の異なるバイク。あっという間に110キロに加速する。ウォ〜ナイス!ダーウィンの風を感じながら疾走する。さっき会ったばかりの彼が、気遣ってくれる。いろんな人に出会って、いろんなことがあった。みんな親切で心優しい。一人旅の孤独さを感じさせない国。雄大な景色は言うに及ばず、こんな人たちの何気ない暖かさが、旅の感動を増幅させる。これが本当に本当に最後のオーストラリア。明日、夜が明ける頃には飛行機の中。もう一度来たい。いつかきっと。そしてゆっくり時間をかけこの国を味わいたい。彼の運転するバイクが、ぴたりとモーテルの前に停まる。
「名前を聞いてもいいですか?」
ベーリーだ!」
「サンキューべーリー!」
「そして握手を交わす。」
「いい旅を!」
風のように走り去る彼。

 西の空を見上げる。べーリーのおかげでダーウィンの海に沈む夕日に間に合った。ビール片手に海岸へ出る。ヨットハーバーの隣の椰子の木と芝生の広場。海沿いの崖に座り、オーストラリア最後の夕日にかんぱ〜い。ついに走りきった。ここまで6千キロ近い道のり。感慨深いダーウィンの海。旅行会社のツアーでやって来る観光旅行では、同じ海でもその印象は大きく異なる。それに、一人であるか、ないかも大きな要因だ。バイクに乗った一人旅だからこそ、見える景色、感じる風景、そして、出会いがある。あたりが暗やみに包まれ、また、あの星空に変わるまで、1時間以上もその場に座り、ぼんやり時間を過ごす。

「最後の晩餐」
 今夜は街のレストランで食べよう。オーストラリア最後の夕食。ちょっと贅沢してしまおうか?海岸から歩いて5分、イタリアンレストランに入ろうと思ったら、すでにCLOSED。やばい、少しのんびりし過ぎたか。まだ午後7時過ぎなのに…。客のまばらなカフェはOPENだが、軽食しかなさそうだ。ピザハットなどがあるテイクアウエイ街が明るい。その一角に、中華料理のテイクアウエイがある。よし、今日はこれにしよう。牛肉の野菜炒めと、チャーハンを持ち帰りにし、宿に帰って食べよう。おっと、ビールが底をついている。近くのスーパーに入り缶ビールを7本買う。1本は今夜の分、6本は日本へのお土産だ。ついでに我が家へのお土産に、日本では見られない、チョコやお菓子をどっさり買い込む。レジで会計を済ませると、おばさんが、「今夜はあ〜まい夜になりそうね」と笑う。「違うよ。これは息子達へのプレゼントさ…。」ホテルに戻りコップにビールを注いで、本日2度目の、かんぱ〜い。気ままに、最後の晩餐を楽しむ。

 食後は旅の荷造り、先ずはオフロードブーツの中に、衣類や小物、カサの張るものを圧縮して詰め込む。更に、ブーツのバックルで締め込んで体積を減らす。ヘルメットの中にも、ぎゅうぎゅうに詰め込みスキーバックに格納する。バイクのジャケットはスーパーの袋に詰め、空気を抜き、ヒモでぐるぐるまきにして小さくまとめる。こうして残ったスペースが、明日ケアンズで買うことの出来るお土産スペースだ。全てのパッキングを終えるのに2時間、午前12時30分をまわっている。あと3時間しか寝られない。まぁいいか、明日(今日)は一日、機中の人、そこで存分に寝られる。午前1時近く、ようやく眠りにつく。


走行距離335Km



8月7日
「夢の終わり」
 午前3時30分モーニングコールで目が覚める。朝の仕度を済ませ3時55分、ホテルの前に出てタクシーを待つ。真っ暗で静まりかえった夜明け前の街。本当にタクシーは来るのだろうか?ほんの2,3分待っただけなのに不安になる。そして4時1分過ぎ、一台のタクシーがモーテル前に横付けされる。全てがオンタイムでなければならない今日一日が、順調に動き出す。荷物をトランクに積み込む。一瞬、後部座席の左のドアの前で立ち止まる。そうか、ドアは自分で開けるんだ。エアポートまで!と一言、鋭い加速で走り出す。時速80キロ、やけにスピード感がある。およそ20分、距離にして20キロ弱は走っただろうに、おまけに、迎えにまで来てもらって17ドル(1200円位)とは安過ぎ。思わず口をついて出るお礼の言葉。

 早朝の便に乗る乗客が、まばらな出発ロビー。念願のカンタス801便ケアンズ直行便。チェックインカウンターで窓際の席をお願いする。今回は行けなかったKakadu国立公園や、カーペンタリア湾、ケープヨークの上空を通過するはずだ。空から眺めてみたい。午前6時05分、定刻通りダーウィンを離陸する。夜明け前のArnhemLandが眼下に見える。細く自由気ままに流れる一筋の川。川の水分の供給を受けられる、わずかなエリアに沿って緑の帯が続く。それ以外は不毛の大地のようだ。カーペンタリア湾の海岸線を通過し、ケープヨークの東側、南太平洋上に出る。着陸態勢に入り高度を下げている。およそ1000メートル上空から見るグレートバリアリーフが、朝の光を浴びて緑色に光る。使ってはいけないデジカメで写真を撮るが、幸い、飛行機の墜落はまぬがれたようだ。

 ケアンズ空港午前9時、出発までの時間はたっぷり確保されている。お土産を物色して国際線ロビーへ、そこでもまた買い物をする。クロコダイルのソーセージにカンガルーの肉。日本のみんなに食べさせてあげたい。どんな顔をするかなぁ?
 成田への国際線はJALとカンタスの共同運行だ。2機のジャンボ機で人を運ぶ。相当な混雑ぶり。チケットがなかなか取れなかったのも無理はない。日本へは7時間弱の旅。食事をしたり、ビールを飲んで昼寝をしたり、音楽を聴いたり、この席で出来る全てのイベントを消化してもまだ着かない。日本時間午後6時30分、成田空港への進入路に飛行機がさしかかる。銚子沖をぐるっと旋回し、利根川上空を低空で飛行し成田に着陸する。バイクで利根川河川敷を銚子に向けて走るとき、この航路の下でバイクを停め、空を見上げる。どこから来た飛行機だろう…いつか自分も飛んでみたい、そう思っていた。

 バイクに出会えてよかった。旅の終わりに、いつも思う、夢のような旅だったと。バイクがなければこんな旅はあり得ないこと。必死で走った14日間、5800キロの旅が終わる。あまりに広すぎたオーストラリア。14日間で辛うじて残した細い線の足跡。また行きたい、いつかきっと。今度はもっと長く、太い線をあの大地に描いてみたい。夢を果たしたはずの旅が新たな夢をかき立てる…。そして、オーストラリアの旅は終わる。

バイクツーリング 気ままに一人旅
オーストラリアツーリングレポート 出発地:シドニー 到着地:ダーウィン
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