獅子舞いの夏   2010
                                     

    
 

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                      風の獅子舞 

             
           2010年の8月は、とても暑い夏だった。猛暑の中、獅子舞いの朝を迎えた。
           酷暑ではあるのだが、杉の巨木が繁る諏訪神社の境内の木陰では、
           ほんの少し陽射しが和らぎ、時折り微かな風が通っていた。

           これから始まる獅子舞のために、庭場に立った獅子たちの背中から、涼やかな微風が吹き抜け、
           獅子頭の羽根が、いっせいにさわさわとなびいた。
           ほんの一瞬、暑さが和らいだように感じ、“風の獅子舞”という言葉が浮かんだ。

           暑い夏の空気の中を、ほんの一筋、秋の風が吹き抜けた気がした…
           それは、目には見えないけれど、夏の空気とは混ざり合わない、くっきりと輪郭のある風だった。

           獅子舞役者もささらっこも、心を静めて微動だにしない。
           演目が始まる前の、静かなこの一瞬に、限りなく美しい時が流れていったような気がした。
           この時、わたしは今年の獅子舞の物語のタイトルを、“風の獅子舞”にしようと決めたのだった。

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      1.獅子舞いの朝

      今年も、8月21日(揃い)と8月22日(大祭)に、恒例の下名栗の獅子舞が執り行われた。
      わたしは、夏の初めから、いいえ、昨年の獅子舞が終わった日から、この夏祭りの朝を、ドキドキしながら待っていた。
      そして、早朝から諏訪神社の社務所前に着いていた。
      一年に一度のこの二日間を、めいっぱい観て楽しんで、下名栗の人たちとの時間を共有したいと思っているからだ。

          

                大祭の朝、社務所の広場には獅子舞いの衣装が干されていた。

          

                    抜けるように晴れ渡った青空に、始まりの花火が打ち上げられた。

      下名栗の諏訪神社には、祭りの白い幟が立ち、青空に花火が打ち上げられ、祭りの気分は高まって行くのだった。
      開け放たれた社務所には、獅子舞関係者の方々が大勢集まっていた。
      毎年、獅子舞を拝見するうちに、わたしの中では、すっかり顔馴染みになった獅子舞役者さんたちが、晴れやかな
      表情でまめまめしく準備をしていた。みんなこの日を、どんなにか待っていた事だろう。

      昨年より、一回り成長したささらの少女たちや、笛方の少年たちが、きらきらと顔を輝かせ、社務所や、境内や、
      石段の横などで、体を寄せ合わせていた。時々、声高に話したり、ケラケラ笑いあったりしている姿が、
      お祭りが始まったのが嬉しくてしかたないと言っているようで、思わず、わたしも笑顔になってしまう。

      獅子舞役者さんたちや笛方の人たち、保存会の方々の姿を目で追いつつ、わたしは、祭りの朝の高揚する空気感を
      楽しんでいた。

       

                    子どもたちのキラキラとした表情に、思わず笑顔がこぼれた。

          

                     社務所に集まった人たち

      同じく、獅子舞が大好きなhideちゃんも、スタンバイして、目と耳とで朝の空気を楽しんでいるように見えた。
      二人とも、思い思いの違う場所で、眺めているのだけれど、想いはきっと同じだったに違いない。
      時々、目が合うと、お互いに『いいよね!』「うん、すごくいいよ!」と言っているのが分かったりするのだった。
      まるで、獅子舞役者たちのアイコンタクトのように。
      そして、今回は、獅子舞に興味を持った一葉さんも、一緒に揃いの日の見学に来ていた。

      やがて、社務所の座敷に身支度をした獅子や太刀使いやささらが座り、他の人々もみな、社務所に集まった。
      神主さんのお清めの儀式が始まったのだ。祝詞をあげ、榊が一同の頭上を舞った。
      これから始まるお祭りへの期待感と、緊張感が、しんと静まった朝の空気の中に満ちてくるような気がした。
      お神酒が酌み交わされ、いよいよ、お祭りが始まったのだった。

          

      そんな人々の中に、最年長の元獅子舞役者の方がいらっしゃった。
      毎年、保存会の大御所の方々と一緒に、早朝のお宮参りから千秋楽まで、ずっと通して、ご覧になっている。
      言葉少なに見つめていらっしゃる眼差しの先には、一心に舞っている若い獅子たちの姿がある。
      同じように、大好きな獅子舞を一途に舞っていた、ご自分の若い頃に思いを馳せていらっしゃるのだろうか。
      今年も、変わらずに、お元気なお姿を拝見出来て、わたしも影ながら嬉しくなってしまうのだった。

      

       やがて、とても懐かしく、心の奥に染みるような美しい笛の音が響き渡り、保存会の方々を先頭に全員で
       諏訪神社の境内に向かうお宮参りの道行となる。

          

              親笛の方が、美しい音色で吹き始めると、朝の空気が引き締まっていくようだ。

          

             お宮参りから、そのまま御幣懸りへと移るので獅子もささらも衣装を付けてスタンバイする。

            

                 社務所の角にある桜の古木の下を通り、今年も下名栗の人々の獅子行列が行く

          

     その年のお祭りの、一番最初の出始ということもあり、庭場に向かうお宮参りの人々の顔は清々しい緊張感と、
     待ちに待ったこの日を迎えた喜びとで、晴れ晴れとしていた。

     この時、どこからとも無く黒い蝶が現われて、先頭の花笠を先導するように、飛んで行き、ひらひらと舞いながら庭場を、
     ゆっくりと回りながら飛び去った。
     ここの獅子舞を見せていただくようになって5年目になるが、毎年、獅子舞の合間に、何度も蝶を見かけるのだった。
     今年も、ほとんどの芝の時に見かけ、一度など、ささらの花笠の花に止まったこともあった。
     まるで、蝶は獅子舞を見に来てるように思え、祖先の方々が蝶に姿を変えて来ていると思えた。
     ふと、そんな気持ちにさせるくらい、厳かで古式豊かな下名栗の獅子舞の朝の雰囲気には格別のものがある。

          

             早朝のお宮は大きく開かれて、まるで磨きこまれたように澄んだ朝の空気が満ち満ちていた。


     2.お宮参り

          

           古い石段を登り、人々はお宮に詣で、いにしえからの作法で五穀豊穣、無病息災を祈る。

          

           獅子は、お宮の前で太鼓を打ち鳴らし、舞い始める。何だかワクワク感が高まっていくのだった。
    
          

            大御所の方々を先頭に笛方、ささら、獅子と続いて庭場に降りて行く。

          

             獅子たちは踊りながら石段を降りて行く。ささらもまた、ささらを擦りながら降りて行く。

    3.御幣懸り

      獅子舞保存会のmoriさんが、御幣懸りへの思いを語ってくださった。
      親から子へと幾世代も綿々と繋がってきた下名栗の獅子舞いの継承者としての熱い思いが伝わってくる言葉だった。
      そして、改めて、“御幣懸り”と言う芝への興味と憧れをそそられる美しい文章にわたしは息を飲んだ。
      moriさんの許可をいただき、ここに転記させていただくことにした。

           -御幣懸りへの思い-  (保存会moriさんの記述より)

         「御宮参り・御幣懸り」、私にとって人生を変えた芝です。
         私の父(故人)も獅子舞役者でした。
         その父が、学生のころの私に、
         「御幣を見なければ下名栗の獅子舞を見たことにはならない」と語りました。
         子どもの時以来久しぶりに、朝から獅子舞を見に行き、これと出会いました。
         鳥肌の立つ舞でした。
         下名栗の獅子舞の再発見であり、
         私も継承者にならなければいけないと思った瞬間でした。

         序奏は女獅子がリードし、それらに呼応する大太夫と小太夫。
         深閑と張りつめた朝の杜の中で、精霊が木霊するかのようです。
         その後、次第に複雑に絡み合う3匹の獅子たち。
         その構成美は、私も数多くの獅子舞を見てきましたが、比べるものがなく、
         恐らく日本の三匹獅子舞の中でも最高位に位置する演目ではないかと思っています。
         笛の旋律とささらの舞も鮮烈です。
         朝一番(9時〜)のため観客は少ないのですが、是非見ていただきたい演目です。


           

             三匹の獅子と4人のささら、そして笛方の演奏、全てが美しく調和していく。
 
          

              三匹の獅子が、複雑に絡み合っていく場面。動きも大変早く、大きくて見応えがある。

          

                 光り輝く御幣を見つけ、きっと、これは神様に違いないと喜び勇んで舞う場面。

          

          

                ささらも、擦りざさらを鳴らしながら振袖を翻し美しく舞う。四人の呼吸もピッタリ合っている。

          

          

          

                 飛び上がったり、激しく狂ったり、獅子舞役者の個人技も光る

          

              庭場を抜けて、階段を駆け上がるパフォーマンスも。ベテラン役者の真骨頂だ。

          
 
                今年3年目のささらっこたち、まだ、小さな体で堂々と演じている。

              

          

               清々しい朝の空気の中、美しい構成美を見せて、御幣懸りの芝は終わっていく。

          

          庭場から歩いて移動してきても乱れず美しい音色を聴かせてくれる笛方の人たちの演奏は素晴らしい。

          

               笛方の女性たち、彼女たちの存在も、獅子舞に美しい華を添えている。

          

             社務所での締めが終わった。がんばったささらっこの元に駆け寄るささらの先輩たち。

          

            今年、三年目の小学5年生と4年生のささらっこたち、トップバッターの重責を果たしてくれた。

          

                大好きなお父さんとのツーショット。笑顔がこぼれる。

          

                   舞い終った獅子舞役者の元に仲間たちが駆けつける。

          

              力いっぱい舞い切って、獅子頭を肩に担いだまま獅子舞役者は冷たい水を飲み干した。

          

           御幣懸りの女獅子役は、獅子歴34年の大ベテランが舞った。満足の笑顔がこぼれる。   

     4.花懸り

      2番目の演目の花懸りの芝が始まった。この演目は、獅子やささらを初めてやる者が舞う芝なのだそうだ。
      今年はその芝を、獅子歴20年以上のベテラン役者と17年の中堅役者が舞う事になった。
      最初から最後まで、三匹の獅子がびしっと揃った素晴らしい演技を見せていただいた。
      メリハリのあるキレのいい演技は、見ていて思わず引き込まれてしまうほど見応えがあった。
      この三人の役者さんは、午後の部の最後の芝である白刃でも太刀使いと女獅子を演じることになっている。

           

                社務所を出発する時、三匹の獅子は肩を抱き合って、この芝に臨んだ。

           

      今年は午前の芝から容赦なく暑い、物凄い酷暑の中、獅子舞役者たちは、今まで培ってきた全てを出し切るように、
      白熱の演技をしている。
      それは、きっと今まで一緒に練習してきた仲間たちに応えるために、自分たちの演技を期待してくれている下名栗の
      人々のために、そして、みんなで祭りを担っていると言う継承者としての自負や、一人一人が全力を尽くすことで
      お祭りを成功させるのだと言う強い意志がそうさせるのだと思う。

           

               ピッタリと息の合ったメリハリのある演技に、スピード感が加わり見る者を引き込んでいく。

           

      わたしは、このエネルギーと情熱とがこもった、素晴らしい瞬間を映したくて庭場のあちこちを駆け回って写真を撮った。
      上手な写真ならプロに任せればいい。わたしは、獅子舞が大好きだというこの想いで写真を撮ろう。
      大きくブレたこの写真にも、下名栗の人々へのわたしの想いが、いっぱい詰まっているような気がしているから…。

          

      強烈に照りつける陽射しは、庭場に思わぬ影を落とした。
      いつもの年なら、午後の部になって、初めて影に気がつくのだが、今年は、早くも午前の部から庭場には、
      くっきりと獅子の影が浮かび上がっていた。
 
      木立ちの梢をすり抜けた陽射しがスポットライトのように降り注ぎ、地面にはまだらな影模様が広がり
      その影と日向の間を縫うように、激しく踊る獅子たちの影が、走馬灯のように巡るのだった。

          

      木洩れ陽の走馬灯…今年は、早々といい影が出てるなぁ…そう、思いながら、わたしは、すぐに
      影を写すことに夢中になる。
      黒々とした獅子の影は、たちまち地面の上で踊りだしそうな錯覚に落ちるのだった。


          

      今年は、いい影写真が撮れそうな気がする。後で、影たちの獅子舞という、コーナーを作ってみようかな?
      なんて考えたりしながら、わたしはいい影を捕まえようと真剣になっていくのだった。

          

            

               庭場を駆け回り、踊り狂う獅子舞い役者と共に、影も躍り、そして激しく狂うのだった。

          

            木漏れ日の庭場を笛方が移動していく。水が流れて行くように美しい光景だった。

          

                   獅子とささらは最後まで舞い続けて花懸りの芝は終わってく。

          

                   笑顔で駆け寄る仲間たち、何度見ても心温まるいい光景だ。
         
          

           お疲れ様、駆け寄る家族との記念写真は、微笑ましい時間だ。そして、毎年の子どもたちの成長の記録でもある。


    5.いにしえの息吹


      『百聞は一見にしかずですね!』今年初めて獅子舞を見た友人の一葉さんは、高揚する気持ちを抑えきれないと
      いうように、そう表現した。
      お祭りの高揚感や、下名栗の人々の情熱、演じるものとサポートするもののチームワークなど、実際に見て見ないと
      判らない。 そして、この獅子舞の雰囲気を実際に味わったら、虜になってしまうと思う。
      一葉さんは、『この猛暑の中、過酷とも思える演技をこなすのには、どれほどの練習を重ねたんでしょうね。
      日頃の鍛錬の賜物でしょうね!』と言葉を続けた。
         
      今年で3回、獅子舞を見ている友人のひでちゃんは、『この照りつける真夏の日差しの容赦ない強烈さや、
      杉の木立ちが作る庭場の影や、篠笛の音色や、蝉の声、この場所の空気感の全部が、下名栗の獅子舞の要素
      なんだよね。この庭場でやるからこそ、最高なんじゃないかな。』と言った。
      本当にその通りだと思う。歴代の獅子たちが踊り、狂い続けてきたこの庭場には、いにしえからの息吹が存在していた。

         
         
      『昔の人の延長線上に、今、確かにぼくたちは一緒に居合わせているんだね。』
      ひでちゃんは時々、凄いことを口にする。と、関心しながら、わたしは、また、場所を移動していった。
      一葉さんも、重そうなレンズを構えて真剣に獅子舞に見入っていた。

      獅子舞見学5年目になって、見えてきたものがある。三頭の獅子の呼吸の合った演技の素晴らしさだった。
      それは、きっと毎年同じくらい素晴らしいのだと思うが、わたしがまだ未熟すぎて気付けなかったのだと思う。
      それが、今年は見えてきたのだ。
      三拍子だけでなく、全ての芝において、三頭の獅子の所作は気持ちがいいほど、ぴったりと合っているのだった。

      わたしはファインダーを覗きながら、その凄さに、鳥肌が立つような気がした。
      そして、獅子の揃いの所作と、ささらが擦る擦りざさらの音が笛の音色とぴったりと合っていることに気付いた。
      篠笛の音色は、庭場いっぱいに、まるでオーケストラの演奏のように美しく響き渡っているのだった。

         

         
      
      後ろには山が迫り、杉木立に囲まれた空間。古い拝殿が見下ろしているような庭場は昔から変わらない。
      まるで空気までもどこか時空を越えているような気がする。そこに響く笛の音は、美しく澄み渡り、共鳴する。
      じっと耳を澄ませていると、その調べは、透明な風の音色だったり、降り注ぐ木洩れ日の音色だったり、
      木々や森の息遣いだったりするような気がしてきて、わたしは思わず目を閉じた。

         

         

    6.三拍子

      昨年、獅子舞役者としてデビューした青年が、今年はベテラン役者と共に、三拍子の演目を舞う。
      子どもの頃から笛方として祭りに関わり、頑張ってきて、獅子舞役者へと転向したのだそうだ。
      笛方として、獅子舞いの流れを良く理解しているので、もっとも望ましい形での獅子舞役者デビューだそうだ。
      『今後、彼に続く若獅子が、どんどんと出てきてくれるといいのですが。』と保存会の方がお話ししてくださった。

      昨日の揃いの時も、彼は自分の出番以外は、黙々と働き、先輩の獅子舞役者と共に庭場を走りまわっていた。
      こうした若い人たちが育っていく、下名栗の獅子舞保存会の環境は素晴らしいと思った。
      まるで、若武者のように、清々しく健やかな青年の姿に、わたしは、期待を持って、三拍子の芝に見入ったのだった。

         
      
                  今年2年目の獅子舞役者は、二十歳の初々しい青年だった。

         

         今年の三拍子のメンバーたち。新参の獅子がリラックスできるよう見守る先輩たちの笑顔が優しい。

         
         
            木漏れ日の庭場へと向かう獅子行列、こうして引いて眺めてみると何とも言えない趣がある。

      庭場に立った獅子舞役者たちの背後から、清々しい風が起こり、獅子頭の羽根を揺らしながら吹き抜けた。
      厳しい残暑の中で、その風は確かに目に見えた。庭場に立った獅子舞役者たちは気付いただろうか…。

         

      祖父が獅子舞役者だったという新参の青年。その風は、祖父からの贈り物だったのではないかと思えた。
      いにしえからの人々の想いが、風となりこの杜を吹き抜けている。きっと、獅子舞役者たちを見守っている。
      『風の獅子舞』わたしは、思わず、そう呟いたのだった。

         

              木漏れ日の差し込む庭場で、息を呑むほど美しい、三拍子の舞が始まった。

         

      先輩の獅子舞役者たちの胸を借り、青年は一心に舞い続ける。若者らしい清々しい舞を見せてくれた。
      三匹の獅子が、一体となり呼応する。独特の美しい笛の音色に合わせ流れるような美しい舞いだった。
      そして、切れ味のある舞は、見る者を魅了した。先輩役者のお二人の迫力は言うまでもない。

         

           正面を切った小太夫の舞。獅子の顔に若々しい表情が浮かんだような気がした。

         

     庭場いっぱい駆け回り、観客席の間際まっで行って狂って見せる。下名栗のベテラン獅子舞役者の見せ場だが、
     獅子歴、2年目の新参の役者が、見事に堂々と演じて見せた。先輩役者たちは暖かい笑顔で見守っている。
     きっと、これからもっともっと成長していく事だろう。今後が楽しみな『下名栗の花形役者』の一人になると思った。

         

          三匹の獅子の躍動感!!一糸乱れずと言う言葉が、あてはまるような素晴らしい演技だと思った。

         

         
           

     芝の中程では、ご座を敷いて、しゃがんで舞うと言う独特の演技もある。片膝を立てた状態で三拍子に合わせて
     何度も向きを変える。ささらたちは重い花笠をかぶり、慣れない着物姿で演じるのだ。
     姿勢を崩さずに背筋を伸ばし、着物の裾が乱れないように気を使う。とても難しい所作を彼女たちは美しく演じ切った。

                    

         獅子たちが中央に集まり、ここからが、他の芝にはないという、三拍子独自のささらの舞が始まる。

         

         ささらっこたちは、ささらを大きく振って肩に担ぐような演技から降り下ろして体をひるがえすような演技をする。

         

        こうした演技を繰り返しながら、大きく足を踏み出して移動していく。4人の動作と呼吸がぴったりと合っていた。

         

              大胆で勇壮な演技をしながら、4人の立ち位置を崩さず移動しているのが素晴らしい。

         

     彼女たちがびったりと呼応した揃いの動作で動くたびに、振袖や帯がひるがえり、とても美しく、その華やかさに目を奪われる。
     ささらっこたちは、獅子たちに負けず劣らずの存在感で、この三拍子を舞っていた。少女たちの果敢な演技に胸が熱くなる。
     これほどに、4人の呼吸がピッタリと合うためにはどれほど練習を重ねたのだろうかと思った。本当に綺麗だった。

     後で知ったことなのだが、今年の三拍子のささらは、中学3年生の少女たちが担当していたそうだ。
     下名栗のささらは、小学年生から、中学生までの少女たちが受け持ち、中学3年生になると、ささらを卒業する事になる。
     卒業してからも、頼まれて演じることはあっても、一つの区切りとして卒業し、獅子舞を離れることになるのだそうだ。

        

     中3カルテットが、ささらを始めたのは、小学3年生からだった。
     彼女たちは7年間続けた獅子舞のささらの演技を今年で卒業する。
     下名栗に生まれ育ち、祖父や父や、周りの大人たちの獅子舞を幼い時から見て育った。
     獅子舞に華を添えるように、美しい花笠を被り、綺麗な着物を着て庭場に立つささらっこたちに憧れ、そして、自らも関わり
     毎年、ささらとして庭場に立ち続けてきた。きっと感慨深いことだろう。
  
     4人で演じる最後の三拍子。彼女たちは何度も4人で集まり、この日のために練習して来たそうだ。
     揃いと大祭の日の本当に美しく素晴らしい演技に、わたしを含め多くの観客が感動を貰った事と思う。

     三拍子の芝が終わり、社務所に戻った獅子とささらっこを、仲間たちは大きな拍手と掛け声で迎え労った。
     こんな所にも下名栗の人々の絆の深さとチームワークの強さが伺える。

      

            若獅子会の仲間たちが、勢ぞろいし拍手で迎える。心温まる光景だ。

      

                     若さ漲るパフォーマンスは、人々をひきつける。

      

        舞い終った獅子舞役者を囲んで…こんな瞬間をいいなぁと思いシャッターを押させていただいた。

      こうして、午前の部はすべて終了した。白熱の演技を堪能し午後の芝への大きな期待感が膨らむのだった。
    

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 後篇へ続く