タイトル 地底旅団ROVER元老院第59回CAVING
サブタイトル 第36次内間木洞調査委員会プロジェクト at 山形村・内間木洞
分 類 合同・調査(測量)ケイビング
入洞洞穴 内間木洞/水道穴/下の岩穴bP/下の岩穴bQ(権の穴)/下の岩穴bR/中戸鎖洞(山根洞)
日 程 2001年9月22日(土)〜24日(月)
参加者 千葉、黒田、菊地敏雄、山口泰史(以上、東山ケイビングクラブ)、後藤聡、落合直之、山西敏光、湊幸栄、小池純、松澤亮、大久保秋、冨永直樹、両角耕一、村田玲奈(以上、東京スペレオクラブ)、斉藤久、小林日、小野秀一郎(以上、亀戸ケイビングクラブ)、湊正代(早稲田大学探険部OG)、伊藤隆夫(パイオニアケイビングクラブ)、野池耕平(Japan Exploration Team)、宮崎朋彦、槇島啓子(明治大学地底研究部)、浅井里佳(大阪市立大学探険部)、杉浦芳久(京都産業大学探険部OB)、円谷健秀、佐藤光則(以上、無所属) 以上26名
中戸鎖洞
「中戸鎖洞」は流出型
水道穴
過酷な「水道穴」測量
プレハブ小屋
手作りケーキ(黒いのは蝙蝠)
1995年から「東山ケイビングクラブ」を中心に行われている内間木洞調査委員会プロジェクト、今調査の日程は9月22日(土)〜24日(日)である。


22日5:00、先発隊(千葉・黒田・両角・宮崎・杉浦・野池)、坪沢の穴経由隊(小野・冨永・浅井・大久保)、仙人トンネル経由隊(落合・後藤・山西・湊・小池・槇島)が前沢SAで偶然合流する。待ち合わせすることなく16人のケイバーが会うというのは何とも凄い偶然。

先発隊は、杉浦君の希望で「龍泉洞」にてウサギコウモリ・携帯ストラップを購入してから「中戸鎖洞」を見学、13:00内間木集落へ到着する。
まずは地権者に挨拶、カギを受け取り、宿舎セッティングを行った。その後昼食をとっていると伊藤さんが到着、活動を開始する。

宮崎・両角・野池班は「風寒洞」のラダーセッティングと状態確認を行う。予想はしていたが「あきらめのホール」への通路が水没、よって千葉・黒田の最大目的であった新支洞「砂沈支洞」のディギングは不可能となってしまった。

千葉・黒田・杉浦・伊藤班は久慈へ買いだし、サンマを大量に買い込んだ。

19:00、ほぼ全員が到着。夕食(サンマとキノコ炊き込みご飯)をとり、宮崎君の誕生日前夜祭を行ってから消灯となった。


23日9:00、各班に別れて活動開始する。

千葉は「下の岩穴第2洞」でスケッチ及び追加測量を行う。この洞穴は2000年5月第26次調査(第28回CAVING)に測量を行ったが、スケッチがいい加減な為に再スケッチすることになったものである。午後になって応援に駆けつけた浅井ちゃんと断面図もスケッチ、16:00に本洞穴での活動を終了した。なお、総延長88m+となった。

黒田・小野・野池班は「大瀑布下の空間」「内間木水道」への接続測量を行った。

後藤・村田班は「北洞・神秘の門」付近と「北洞・うらぎりのホール」支洞の測量を行った。これで「北洞」は終了となった。

斉藤・小林・伊藤班は「風寒洞・死の谷」の再測量を行った。
残り全員は、「水道穴」の測量を行う。洞口付近は水流に浸かりながらの測量で、今回一番の過酷な作業であった。

16:00、千葉は「内間木水道」入口で測量している黒田・小野・野池班のところへ陣中見舞いに行く。すると、斜洞の途中に隙間が空いているのを確認。落盤の先には母岩も見える。これまでの測量図には記載されていなかったような気がしたので、期待半分、虐待半分で野池君を狭洞に突っ込ませる。すると「内間木水道」と類似した通路を発見、おおよその方向をチェックしながら隅々まで探検して出洞した。この通路は増水時に流れる水路のようである。
この発見した通路は、夜のブリーフィングで新洞部と確認、急遽、翌日に測量することになってしまった。

その後、夕食(加工肉汁)、宮崎君誕生日会を行って消灯となった。


24日9:00、活動を開始する。

斉藤・小林・伊藤班は引き続き「風寒洞・死の谷」の再測量を行い、「風寒洞」は終了となった。

地底研及び地底研OB班は引き続き「水道穴」を測量、わずかに支洞を残す結果となった。

小野・黒田・野池班は「内間木水道」への接続補足測量を行った。

千葉・杉浦班は昨日発見してしまった新洞部を測量する。スケッチ&コンパス千葉、メジャー杉浦の体制でおこない、途中からスケッチ千葉・コンパス黒田・メジャー野池に体制を変えて約50mを測量を完了した。この新洞部をデータ入力してみると、「(仮)覗き岩裏支洞」の下流部にあたることが分かった。「(仮)覗き岩裏支洞」は2000年5月第26次調査(第28回CAVING)&11月第32次調査(第39回CAVING)に地R元が測量しており、何とも不思議な偶然である。

その後、宿泊所清掃後、全員撤収。千葉車は「ぴょんぴょん舎」で盛岡名物冷麺を食べてから帰京となった。


今回で「内間木洞」測量は「砂沈支洞」を残して終了した。
しかし、「下の岩穴bQ」はディギング、「水道穴」は支洞が幾つか残っている。
次回はケイフェスの打ち上げに併せて11月に行う予定である。今度こそラストである。(文責 千葉伸幸)

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